読書クラブ15冊目 若きウェルテルの悩み(ゲーテ)
『Pretender』
もっと違う設定で もっと違う関係で
出会える世界戦 選べたらよかった
もっと違う性格で もっと違う価値観で
愛を伝えられたらいいな
そう願っ“ても無駄だから
グッバイ
君の運命のヒトは僕じゃない
辛いけど否めない でも離れ難いのさ
その髪に触れただけで 痛いや いやでも
甘いな いやいや
グッバイ
それじゃ僕にとって君は何?
答えは分からない 分かりたくもないのさ
たったひとつ確かなことがあるとするのならば
「君は綺麗だ」
Official髭男dism『Pretender』の一節である。
何度も耳にした曲だが、ある日のドライブ中、ふとこの歌詞が心に残った。
YouTubeの再生回数1億回プレイリストを何気なく流していたときのこと。
片道2時間の道のりの途中、夕暮れに差しかかるころに聴いたこの曲は、
なぜか胸の奥に沈んでいった。
そのとき、頭に浮かんだのは一冊の本だった。
かのナポレオンが七度も読み返し、遠征の際にも携えたという小説——
ゲーテの『若きウェルテルの悩み』である。
「恋に落ちる」という、どうしようもなさ
若き青年ウェルテルが人妻ロッテに恋をし、
叶わぬ思いに絶望して命を絶つまでを描く、
いわば昼ドラのような物語。
一見単純に見えるが、この小説が文学史に残ったのは、
恋の情熱や苦悩を内面から描いたからだ。
ウェルテルは手紙という形で自らの感情を友人に語る。
その手紙には、出会いの瞬間の衝撃も、
理性では抑えきれない感情の奔流も、そのままに記されている。
「私は誓いを立てた。私が愛してわがものと思いたいこの少女には、 私よりほかの男とは踊らせない。たとえわが身はそのために滅びようとも──。」
ロッテには婚約者がいると知りながら、
それでも惹かれてしまう。
どうにもならない恋の痛みが、ページをめくるたびに滲み出る。
「アルベルトはいい方です。私の婚約の相手ですの。」
この一言を聞いた瞬間、ウェルテルの世界は音を立てて崩れる。
それでも、彼はロッテに会いに行くことをやめられない。
面白くも切ないエピソード
面白くも切ないエピソードがある。
ウェルテルは家にロッテの影絵を飾っていたのだが、
アルベルトとロッテが正式に夫婦になる日に、
その影絵を外してしまおうと考えていた。
しかし、いつまでたっても知らせは来ない。
そう、二人はウェルテルに気を使って知らせをよこさなかったのだ。
結局ウェルテルは後で婚約の日を知ることになる。
影絵もそのままにしておくことに決めたのだった。
それだのに、もはやあなたがたは夫と妻、
そしてロッテの影絵はまだここにかかっている。もう今となってはこのままにしておこう。
「恋は盲目」だけでは片づけられない
ウェルテルはロッテをこう評する。
天使!──やれ、やれ!誰でも自分の恋をする女のことをそういう。だろう?それでも私は、彼女がいかに完全であるか、いかなれば完全であるか、を君にはいえない。あのひとが私の感覚を捉えてしまったのだから。
あれほど理知的でありながらしかも無邪気で、 あれほどしっかりしていながらしかも優しく、あれほどいきいきと働きながらしかも魂の平安をたもっている。
もはやべた褒めの域を超えている。
恋は盲目とは言うが、それ以上に、
彼はロッテを通して完全な存在を見ようとしているのかもしれない。
ゲーテは晩年にこう語ったという。
「もし生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じる時期がないなら、その人は不幸だ」と。
私は、この言葉を前にすると少し戸惑う。
ウェルテルほどの情熱も、あの激しい感受性も、
私にはないように思えるからだ。
けれど、読み返すうちに少しわかってくる。
もしかすると私たちは、
理性という衣の下に、似たような情熱を隠しているのではないか。
それに気づかないふりをしているだけなのかもしれない。
無意識の抑圧とウェルテルの情熱
青春時代を思い返すと、
たとえば友人グループの中にいた異性への感情を、
「恋愛」ではなく「友情」として処理していた記憶がある。
そのとき、私は無意識のうちに抑圧をしていたのかもしれない。
ウェルテルは、そうした理性のフィルターを捨て、
ただ自分の感情のままに生きた人だった。
それは破滅を招いたが、同時に、
彼は生をもっとも激しく感じた人でもあったのだと思う。
「このピストルはあなたの手からさずけられ、あなたが埃を拭いてくださいました。あなたがさわったものですから、私は千度も接吻します。」
この手紙を読むと、痛ましさと同時に、
ここまで誰かを想えるという事実に圧倒される。
しかしまたこうも思う。
結局、今思い出す過去というのは、本当の過去ではなく、今現在の脳が作り出す仮想現実であり、私の青春時代の本当のところは分からない。
「理想」と「現実」のあいだで
『若きウェルテルの悩み』は単なる恋愛小説ではない。
それは当時の「疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)」の象徴であり、
若者が理想と現実の間で苦悩する姿を描いた作品である。
ウェルテルの恋は、
個人の自由を求める魂が社会の枠に押しつぶされる象徴でもある。
理想を求めるあまり現実を生きられない——
その苦しみは、今も形を変えて私たちの中にある。
どうにもならない無力感に襲われたとき、
私はこの本をまた開きたくなる。
ウェルテルの絶望をなぞるのではなく、
彼の中にあった生の衝動をもう一度見つめ直すために。
終章:ウェルテルの叫び
最後に、ウェルテルの言葉をもう一度引こう。
「私がこれほどにもあのひとだけを、これほどにも熱く、これほどにも胸いっぱいに愛して、あのひとのほかには何も知らず、何も解せず、何も持ってはいないのに、どうしてほかの男があのひとを愛することができるのだろう?愛することがゆるされるのだろう?」
その言葉は、時代を越えて静かに響く。
理性では説明できない痛みを、
私たちは誰もがどこかで抱えているのかもしれない。
