東大医学部准教授が“はした金”に手を出したそのわけ
第一章 最初に浮かんだのは「どうして?」という感情
東大医学部の名前がニュースに出た瞬間、胸がざわつきました。
でも、心の中で一番大きかったのは怒りでも失望でもありませんでした。
「どうして、こんなことになったんだろう」
准教授まで到達するには、長い時間と積み重ねた努力が不可欠です。
そこには、真面目さも、忍耐も、才能もあったはずです。
だからこそ、今回の“100万円”という金額が余計に理解しがたい。
人生をかけて築いてきたキャリアが、そんな数字で崩れるなんて。
最初に浮かんだのは、その不思議さでした。
第二章 東大医学部でも給料は上がらないという、外から見えない現実
外から見ると、「東大の医者=待遇がいい」というイメージがあるかもしれません。
でも、それは現実とはかなり違います。
医師の給与体系は、卒業大学ごとに大きく差が出る仕組みではありません。
正直学歴や腕前なんてほぼ関係なく、年次や肩書で収入が決まります。
そして教授や准教授という肩書きがあっても、収入が劇的に増えるわけではありません。
むしろ、“責任”だけが積み重なっていくのに比べれば、給料は横ばいに近い。
東大医学部というブランドの下で、
研究・教育・臨床の三つを同時に背負い、
日々すり減るような働き方をしても、
生活が大きく変わるわけではありません。
これは、実際にそこで働いてみないとわからない現実です。
第三章 大学を離れて気づいた、“人をすり減らす働き方”という構造的問題
大学にいると、忙しさが“日常”になってしまい、負担を負担と思わなくなります。
研究、診療、教育、学会発表。
どれも必要な仕事で、どれも手を抜けない。
気づいたら、自分の時間なんてほとんどなかった。
それでいて大学からの給料は雀の涙、バイトがなければ日々の生活すら賄えません。
大学病院を離れて初めて気づきます。
「あれは、かなり無理のある働き方だった」と。
あの環境に長くいれば、心身の余裕は間違いなく削れていきます。
第四章 医師なら100万円は稼げる範疇なのに、大学病院では時間すら奪われていく
医者なら誰でも知っていることですが、
外勤(アルバイト)に本気で力を入れれば、100万円は決して大きな金額ではありません。
実際、1か月『アルバイトだけしていれば』届いてしまう数字です。
だからこそ、今回の“100万円”という金額が重くのしかかる。
それは、生活を劇的に変える金額ではないからです。
大学病院で働くと、外で稼ぐための時間がどうしても奪われていきます。
研究の準備や講義、学会準備、若手指導。
どれも自分の時間の切り売りでしかありません。
「外で稼げるはずなのに、その時間がない」
この感覚が続くと、人は“ほんの少しの誘惑”に弱くなる瞬間が訪れます。
第五章 “100万円”という手の届きそうな誘惑が、境界線を曖昧にしてしまう
ここからは推測です。
しかし、医師として大学病院の現実を知る者として、
その構造は手に取るようにわかります。
大学病院は華やかなように見えて、
実際は心も体も時間も削がれていく場です。
その中で、「やりがい」を支えに働き続ける。
それが悪いことではないけれど、
報酬とのバランスが崩れていることは否定できません。
「これだけ頑張っても、生活は変わらない」
「時間がなくて、稼ぐ余力すらない」
そんな“報われなさ”が積み重なると、
人は気づかぬうちに判断が鈍ります。
100万円は、一生遊んで暮らせる大金ではありません。
でも、その"頑張れば手の届きそうな感覚"が、今回の発端になったのではないでしょうか。
「このくらいなら」
その感覚が、今回の踏み越えてはならない一線を越えるきっかけになったのではないでしょうか。
努力してきた人間ほど、甘言に惑わされるもの。
今回の事件は、その悲しい現実を映し出しているように感じました。
終章 この事件は個人の弱さではなく、医療の構造が生んだ必然かもしれない
今回の事件は、
個人の倫理だけの問題ではありません。
東大という看板だけの問題でもありません。
大学病院が抱える構造的な疲弊、
時間的・精神的・金銭的な余裕の無さ、
世代を超えて続いてきた“使い潰される働き方”、
そして、それでも医療に向き合い続ける文化。
これらが全部重なったとき、人は境界線を見失います。
東大の後輩として、
この事件を“異例の不祥事”として切り捨てたくありません。
むしろ、誰でも落ちうる穴がそこにある、と伝えたい。
今回の出来事が、医療者の働き方や大学病院のあり方を
少しでも見直すきっかけになるなら、
それが唯一の救いかもしれません。
