私には、「ドラマ」がない
友達と話していると、いろんなドラマが出てくる。
妹の旦那さんが、浮気して探偵を雇って突き止めた話とか、
お義母さんがロマンス詐欺にあった話とか。
聞いているぶんには面白いし、なんなら続きが気になる。
でも話を聞くたびに、ふと思う。
私には、そういうのないかも。
「ちょっと聞いてよ〜」というような話もないし、
「最近何かあった?」と聞かれても、
「いや特にないかな」という調子。
友達と集まっても、自然と聞き役になっている。
たいてい、話したいことが山ほどある人が主役になって、
ひとしきり話して、「あ、ごめん、みなさんは何かあった?」となる。
別にそれでいい。
あったら話すし、ないから聞いてる、それだけのことだ。
でもふと気づいた。
友達が話してくれるのって、友達の周りの人の話だったりする。
浮気したのも、ロマンス詐欺も、友達じゃない。
たまたまそういう人が周りにいるだけ……と思いきや、よく話す友達は本人のことだったりもする。
周りの人でも、本人でも、どっちにしても私には話すネタがない。
やっぱりそこに戻ってくる。
そもそも私にドラマがないのか、ドラマとして捉えていないのか、
話すのが面倒なだけなのか。
自分でもよくわからない。
もしかしたら、何かあっても私自身が必死でそれどころじゃなかったのか。
振り返ればそれなりにいろいろあったのかもしれない。
でも記憶にないなら、なかったのと同じな気もする。
友達の人生ドラマを、サブスクなしで視聴している気分。
でも、その劇場の外に出た瞬間、私は自分の静かな生活にホッとすることもある。
ただ、聞きながら頭の中はわりとにぎやかだったりする。
友達の話を聞きながら、密かに自分の中で会話していたりする。
「それはヤバイでしょ」とか「我が家はまだマシなのかもしれない」とか。
外は静かな聞き役で、内側は密かににぎやか。
それが「何もない私」の実態なのかもしれない。
そして家に帰ると、旦那さんに「今日はどんな話してたの?」と聞かれる。
面倒くさいから「いろんな話」と答えて終わりにする。
根掘り葉掘り聞かれるのも好きじゃないし、そもそも話があちこちに飛ぶから、何がメインだったのか自分でもよく覚えていない。
昨日食べたランチもなんだったか覚えてない年頃なんだから、尚更無理だ。
聞いていた私も、案外そんなものだったりする。
刺激的なドラマはないけれど、私は今日も、
私の静かな日常をちゃんと生きている。
さて、明日は何を食べたか、覚えていられるだろうか。
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