小説「隠れ里春秋」note06 公家の位
公家の位、つまり身分はどうなっているのか?これが意外と難しい。
そこでざっくりとだがそれをみてみたい。
(正直、私もよくわかっていないのだが。まあ、史学者でない限り、この程度の理解で十分だと思うが。。。)
公家はざっくりと分けると、三つに分かれる。
①上位の公卿(くげ)
②一般的な諸大夫(しょだいぶ)
③位の低い地下人(じげにん)
下の表は、縦軸に身分である「位」、横軸に所属である「官」をあらわしている。そして縦軸と横軸の交わるところが「官職」、つまりポストである。生まれた家の家格で将来どのポストに付けるかも分かる。
これを官位相当表と言うが、これは結構よくでるもので、位も官制ももっと多くある。
ちなみに〇〇公、〇〇卿と呼ばれる人は、位の高い、一位、二位、三位の人までで、その人々だけが公卿。それ以下の人は諸大夫と呼ぶ。

また、天皇が執務する清涼殿に昇殿出来ない官人のことを地下人と呼ぶ。よく小説で殿上人と呼ばれるのは公卿の官人である。このあたりはややこしい。諸大夫であっても、天皇に仕える業務についている五位以上の蔵人(くろうど)でないと昇殿は出来ない。 つまり、昇殿出来るのは、三位までの公卿と、五位内の蔵人となる。
公家は家格により位が決まる。
たとえば岩倉具視の場合、低い家格の家である。公卿にはなれない(しかし、彼は最高位に昇りつめるが)。元服した時の位は、従五位下である。それから禁中に出番し、17才で従五位下。
30才の時に侍従となれて、従四位下。36才の時に官職を右近衛少将となる。あくる時に正四位下。そして38才にして左近衛中将まで登り詰める。このあたりが家格の頂点である。そして彼は失脚して大雲寺に引籠ることになる。ここからが小説で書くところだ。
それでは公卿になれる公家とはどのような家格か?
これは実はもう決まっている。下図の堂上家(どうしょうけ)だ。
読みも特別扱いで、地下人はじ「げ」にん、或いはじ「げ」びと”と濁るが、堂上はどう「しょう」と澄んだ音で呼ばれる。
最高位の家格は、公家の頂点を目指せる家で、公家は藤原氏が最も高貴で、始祖鎌足の子不比等からの流れの北家の系統が摂関家となって公家の最高格である。その子孫道長から別れた五摂家(近衛・鷹司・九条・二条・一条)が最高の家柄である。

位階一位の太政大臣になれる家格が、清華家。徳大寺・西園寺・三条などで、大臣のみなれる家系が、大臣家の正親町三条・三条西などとなる。
このように、家格により極められる地位は決まっている。
ちなみに、武家も官位を持つが、徳川将軍はおよそ正二位。ほとんどの大名が「守」「介」などの従五位、六位で、公家に比べて身分は低い。民間人の最高位もこのあたりが極官である。
小説の中でも、様々な公家が出て来るが、その度に紹介したいと思う。
