バレンタインに、初めて彼女の「好き」を知った
大学一年の冬。
初めての彼女と付き合いはじめ、はや数ヶ月。
高速バスで身を寄せ合った夜から時は進み、
ようやく恋人らしい距離になっていた。
公園デートで手をつなぐのも、
別れ際のハグも当たり前になっていた。
でも彼女は「好きだよ」とは言ってくれなかった。言葉にしなくても伝わるような、そんな時期だった。
それでも──
バレンタインが近づくにつれて、
僕は胸の奥がそわそわしていた。
僕は中高一貫の男子校出身だし、
バイト先で…なんてことにも縁はなかった。
だからこそ、
「彼女なんだから、もらえるよな?」
という期待と、
「万が一、何もなかったらどうしよう」
という不安が、ぶつかり合っていた。
バレンタイン当日。
大学が終わった夕方、彼女からメールが来た。
「今どこ?今日一緒に帰れる?」
──きた。
いや、一緒に帰るのはいつものことだ。
別に特別でもなんでもない。
やっぱり今日、帰りに渡されるんだろうか?
ソワソワしてたらカッコ悪い。
むしろ、
「バレンタイン?あぁ、そういえば今日だったね」くらいの余裕を装いたい。
彼女といつもの場所で待ち合わせて、
並んで歩いた。
手をつないだら、彼女の手のひらに、
自分の緊張が伝わってしまいそうだった。
「レポートの締切が今日までで、マジで焦ったんだよね」
「そ、そうなんだ。」
──レポートで忙しかった…?
何気ない会話が、意味深に聞こえた。
自分の声も、どこか浮ついている気がした。
「はいこれ、あげるよ」
……帰り際に、あっさりと渡された。
「…あ、そういえばそんな日だったっけ…」
──素直に嬉しそうにしろよ。
帰宅して、もらったギフトボックスを開けた。
細いフィラーの中に、小さなマカロンが並んでいた。ギザギザの紙のカップに一つずつ、収まっていた。
味は……どうだったかな。
たしか、一日ひとつずつ、食べた気がする。
翌日、友人にこう聞かれた。
「お前いくつもらった?俺、バイト先の子とかから三つ、もらったぜ」
「……俺は、ひとつだけ」
「あー…でもお前の場合さ、それ”質のいいやつ”なんだろ、どうせ」
……図星だから、適当に笑ってごまかした。
実は、箱の中に紙切れが一枚入っていた。
ドイツ語で短く3語、メッセージが書かれていた。
それは、彼女が初めて言葉でくれたものだった。
──今でも訳さないまま、心のどこかに残っている。
「美味しそうだったからちょっと早いけど、はいこれ、バレンタインね」
つい先日、僕は妻から小さなリボンの貼られた、黒い箱を渡された。
「あ、そういえばそんな季節か。ありがとう」
「高島屋の催事でやってたから。期間限定の」
僕が好きな、ウイスキー入りのチョコを買ってきてくれた。毎年、バレンタイン期間限定で売られているものだ。
味はビター。
アイラ系のスモーキーな香りが鼻に抜ける。
…今日の妻との晩酌にも、ぴったりだな。
バレンタインの意味は、
年齢とともに、静かに形を変えていく。
四歳の長女がもう少し大きくなったら、また違った形のバレンタインが来るかもしれない。
そんな未来もつい、期待してしまう。
──あの三語を訳さないまま、
今年もバレンタインを迎える。
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