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ショート・ショート         山桜咲く道

 あんたは冬の間に腐って、つぎの春のくるころには、骨になってるってわけ。

 どうして、静かに寝てるあたしの頭のてっぺんをゲンコツでなぐったのよ? あんたはお勉強がよくできて、先生のお気にいりだった。友達もいっぱいいたし、ナニをしても許されると思ってたンだ。――だと思った。あたしがいつもひとりぼっちだったからって、ひどくない?

 ねぇ、きいてる?

 ずっと黙ってるんだ。なんでついてきたの? 寒くって凍えそうな小汚い場所でいきなり出会ったのにさ、わからないわぁ。あたしンちへタクシーで行くって言ったから? なんであたしを信用すンのよ。ワケわかんない。ペンライトで照らさないと道も見えないのにさ――白目でにらまないでよ。ガムでも、噛む? 無理ね、口にハンカチを突っこんでるからさ。その曇った目玉。いいわぁ、腐ってるみたいでさ。

 わざと、どんぐり目にしないでよ、キモいから。

 覚えてる? 漢文のメガネに殴られたと一瞬、勘違いしたわ。退屈で退屈で死にそうだったから、目覚ましにちょうどよかったけどね。でも、あんたあの日と、少しも変わらないわね。いまもお嬢様の顔してるよね。ひとことも謝らないふてぶてしい態度も、あの日のまンまだよね。
 もしかして、あんたも退屈してたのかもね。あたしなんて根性ナシだから、いまもこうやってクダをまいてるだけ。このさあ、うっとおしい気分はなに? だれか説明してよって言いたくなる。あんたを殴って縛りあげたくらいで、サイテーサイアクの気分はおさまらないわ。

 ねぇ、きいてる?

 あんたんち、お父さんもお母さんも死んだンだよね。うらやましいわぁ。どうして、孤児に生まれなかったのかしらン。赤ちゃんポストに捨てて欲しかったのに――ま、近所にそんな便利なものがなかったからからしかたないけどね。

 ねぇ、天涯孤独って、どんな気分?

 うちなんて、兄に弟までいるのよ。兄貴ときたら時々、わたしの下着を盗み見ているの。サイテーの変態よ。ぶっ殺したくなるんだよね。弟は弟で、親の顔色ばっかうかがってるしさ。マスかいてときでさえ、勉強してんじゃないかと思うわけ。遠い昔の話になったけどさ。いまはあんたといっしょのひとりぼっち。だから電気がなくってもへっちゃら。
 イヤホンで音楽きく? あたしさ、いまでもMDもラジカセも捨てられないんだよね。ウォン・ウィン・ファンの「運命と絆」が入ってるCDがスキなの。「FINAL FANTASYⅧ」のCM曲にも入ってるヤツ。ちょっと前じゃなくって、ずいぶん前に、流行ったでしょ?

 しらないの? そんなことないよね?

 あんたは、あたしにとって手の届かないお嬢様だった。ずぅーとそうだと思っていた。もう一度、地獄で出会うなんて、びっくりよ。
 
 ねぇ、その目、グルグル回ってさ、どうにかなんない?

 もしかして、眩しいの? 暴れないでよ。ひとつしかない椅子に縛りつけてンだからさ。目玉をひとつ、おでんの竹串で串刺しにしてあげる。ゆっくりやったげる。だからしらっとしてないでよ。お願い、ボヤけた頭を覚ましてよ!
 まさか本気にしてんだ。急に真剣な顔つきになっちゃって。
 笑っちゃうよね。
 あんたさぁ、あたしのあの日の怒りが、ずっと続いているってわかる?      もう十年も経つのにさ。
 
 たった一度の意味のない暴力が、だれかの人生を打ち砕くなんて、思わなかったでしょ?

 とうとう、お嬢様さまにも鉄槌がくだる日がきたンだよ。
 あたしが子供の頃さ、この家は、山の中で一軒だけある食堂だったンだ。毎日、登山客がいっぱいやってきた。でも、気がついたら、だれもやってこなくなってた。店がつぶれて、家族がバラバラになった……。なんか、悲しい。ウソウソ。足音もたてずにみんな消えてゆくんだ。

 それいでいい。
 
 あんたは本物のお姫さまだと思ってた。あたしを見下し、殴る側でずっといてほしかった。まさか、あたしとおんなじ、オヤジ相手に日銭を稼いで生きているなんて――しょぼくない?

 ねぇ、きいてる? 泣いてる?

 行くわ、もう。
 ロープ、ほどいてあげる。手首に切り傷がいっぱいあったからさ、どっちみち骨になる気だったんだ。
 二度と、ついてこないで。
 山桜の咲く道を、あたしは独りでくだっていきたいからさ。
 地獄まで――。


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