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3月は【#シロクマ文芸部】あの日にかえりたい

シロクマ文芸部お題〖3月は〗から始まるお話です。

3月は、別れと、旅立ちの時

在校生 「3月の空!」
卒業生 「柳は芽を出し!」
在、卒 「桜も膨らむ3月の空よ!」
在校生 「お兄さん、お姉さん卒業おめでとう」
一同校歌
「桜よ春は向山、夏は蛍の水田川…、」
小学校の頃、何度も練習した
このフレーズ。
半世紀過ぎても思い出す。
男子12名女子24名の歪な学年
1クラスだけの六年間、今でも会えば兄弟のように打ち解けるかけがえのない仲間だ。
中学は四校合同の大きな学校になる。仲間もクラス分けで散らばってしまう、萎縮しないようにと先生は勉強でも鍛えてくれた。教室の後ろに相撲の番付表を作り、事あるごとに競わせた。漢字テスト、算数、徒競走等々、
横綱1名、大関2名、関脇4名、小結8名、前頭と倍数で張り出された。私は元来おっとりの争い嫌い、関脇、小結の間を行ったり来たりしていた。ただ徒競走は女子の中でもぶっちぎりで速かった。毎朝の忘れ物検査で何かしら忘れ物をするぼんやりな私は始業ベル前に、学校から300メートルの家まで忘れ物を取りに猛ダッシュで帰り、また学校に滑りこむという荒技を何度か繰り返す内に走りだけは断トツ速くなった。
番付表で気になるのは、横綱は誰なのか、
6年生の1年間、誰にもその地位を譲らなかったM君
運動も漫画を書いても、落語をしゃべらせても旨かった。「じゅげむ、じゅげむごこうのすりきれ…、」を初めて聞いたのもM君からだった。卒業式を前にM君が家へ数人招待してくれた。絵的には私はまる子でM君は花輪君みたいな存在、違うのは金持ちぶっていないところ。
トランプゲームをすることになり二人一組で作戦を練ることになった。私は なんと!憧れのM君と組んだのだ。
作戦を練ろうということになり
皆に探られないようにと、コタツの中で二人頭を突っ込み練ることになった。まる子風に言うと、
「あたしゃ、コタツの赤いハロゲンの光と熱で、頭ん中もう夏の日の海辺の砂浜だよ」
恋の熱と暑さで、脳みそぐにゃぐにゃ、まる子の頭の周りを小鳥がピロピロ回っていた。

きっと、それは…、
  は、つ、こ、い
初恋でーーーす。
キンコンカーーン🎯

中学校に入り、学年の定期試験は上位二十人の名が張り出された。ここでもM君は1位を3年間譲らなかった。我が小学校の誇りであり、「あたしの達だよ!」と皆に自慢したかった。
M君は地域の高校にはいかず、5%枠で隣の市へ越境入学して行った。最早、手の届かない雲の人へと駆け上がっていた。
その頃の私は、宝塚少女歌劇にどっぷりはまり、一人部屋の中で「アンドレ~、オスカル様」んて、一人芝居に興じている
オタク少女へと変貌していた。
M君は東京のW大学へ、一流企業へご就職。かがやかしい未来を想像していたのに、僅か3年で地元に戻っていた。さしたる産業のない田舎で中学の先生になっていた。そして定年を迎え地域の発展に尽くし校長として任期を終えた。地元に就職した友達は数人しかいない、東京や大阪、神戸広島など都市部に居る。
「こんな田舎が似合う人じゃなかったよね~」そう私がぼやくと、
「あんたも珍しいよ、九州渡ったのあんただけだから」
「だよねぇ~」

あの時、頭が空っぽになるまで笑い、駆け回った学校は今は廃校となり校歌は二度と響かない

36人の仲間達、どんな人生を送ってきたのか想像もつかないけれど、会えばまたあの日に戻れる気がする。
何処までも青く抜けるような3月の空に向かい、大切な仲間に愛を込めて 生きていればまた会えるからと呟いた。

同窓会でM君に聞いてみよう
「あんた、あたしのこと好いとったと?」
「好いとったと!」
「あんた、ジョーダンうまくなったねぇ」
まだこんなこと言えませんがね😅
シロクマ文芸部 小牧部長殿
貴方も優等生でしたか?





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