見出し画像

#シロクマ文芸部 深夜二時

深夜二時、時計の秒針がジ、ジ、ジと時を刻む。その音が段々脳を支配し始めると、首筋からじわりと汗が滲む
『誰か来る…、』
美春は、決まってこの時間になると体が思うように動かなくなり、布団に縛り付けられたような金縛りに遭う。
心臓がドクリと高鳴り、時計の秒針と呼応するように二つの音だけが部屋を支配する。
すると、何やら黒い塊がするりと忍び寄り美春の枕元に座るのだ。
その黒い塊が何なのか、もし見てしまえば捕り殺されるのではないだろうか
恐怖から美春は、堅く目を閉じたまま
気配が消えるのをひたすら待った。
ものの五分もすれば、その黒い塊は気配を消すのであるが、恐怖からか午前二時には毎晩覚醒してしまうのであった。

美春がこの様な恐怖に怯える事の発端が、あることに起因していた。

美春は母の実家がある山里で墓じまいの供養に訪れた時のことであった。
菩提寺は荒れ果て、数人の檀家を残すのみの鬱蒼とした木々に囲まれた住職の居ない古寺であった。
隣町から宗派の同じ寺の住職が葬儀や法事のたびに呼ばれ簡単な読経でお開きとなるのである。
その日美春は法要が始まる前に、ご不浄に立ったのであるが場所が分からなくなり暗がりをうろうろとしていると
美春の前方を白い着物の美しい女性がこちらをちらりと振り向き奥に消えていったのだ。美春は何かに導かれるように後を追った。少し開いていた襖から中を覗くと美春は息を飲んで
「あっ、」と思わず声が出た。
そこには若い僧侶と先程の白い着物の女が手と手を取り合い見つめ合っていたのだ。
美春は弾かれたようにその場から逃げ出し、母の元に座った。
母は、荒い息をしている美春を見て顔を覗き込んだのだが、間もなく何事も無かったかのように読経が始まった。
帰りの車の中で美春は母に寺で会った若い僧侶の話を切り出そうかと悩んだが
言いあぐねたまま、一日を終わろうとしていた。
しかし夜中に、何らかの異変が美春を襲いそれが何日も続くと言う事態に恐ろしくなり、母にあの日のことを打ち明けた。
母は一瞬にして顔色が変わり、菩提寺を管理している隣町の住職に連絡をした。
「あの日、私達以外に寺に誰がおりましたか」
住職は母の言葉を理解できず
「それは、どういうことでしょうか
私達だけです。私が鍵を持っておりますし人の入った形跡はありませんでした」
母は食い下がった
「娘は奥の部屋に若い僧侶と女性を見たと申しております」
僧侶は少し口ごもりながら
「奥の部屋には、秘仏の収められた廟があります。かんぬきで固く閉ざされ決して開けてはならないと伝え聞いております。」
「秘仏…、でも娘ははっきり人を見たと、それからというもの何かに取り憑かれているようなのです」
僧侶はあることを思い出したのか
「お手数では有りますが、寺にお出で頂きたい、話したいことがあります」
それから数日後
再び鬱蒼とした古寺に着くと
住職は緊張した様子で出迎え、母は車の中で待つようにと指示された。
美春と僧侶は向かい合い静かに話し始めた。
「この山里に伝わるこの寺の話をこれから貴女にします。彼此百年位前の事です。この寺の住職には大層年の離れた寺庭様(奥方)がおられました。檀家総代を務めていた家の娘を貰われたそうです。寺は毎年本山から若い僧が弟子として修行に来ておりました。その中の一人と寺庭が恋仲になったそうなのです。それを知った和尚は烈火のごとく怒り、煩悩を取り払えと独房に押し込め、罰として食べ物を与えなかったそうなのです。いわゆる断食で即身仏になるよう命じたのです。
若い僧は座したまま即身仏となりました。それと同時に寺庭も食を絶ち間もなく亡くなったそうです。寺庭の墓はこの寺の裏にひっそりとあります。それ以来即身仏の廟にはかんぬきがかけられ誰も見た者はいないのだそうです。」
美春は食いさがった
「では、なぜ百年もたって私に取り憑いたのでしょうか」
「それはあなたが若くて美しかったからでしょう、寺庭様に似ていたのかもしれませんね、もうじきこの寺も取り壊されます。その前に成仏したかったのではないでしょうか」
美春は僧侶に縋るように懇願した
「どうか成仏させて挙げてください、寺庭様の傍に埋めてやってください」
僧侶は頷き奥の部屋の即身仏の前で読経を唱えた、そして空に向かって何やら文字を書き最後に
「喝っーー!」と腹の底から声を張り上げた。その声と同時に天も雷名を轟かせ廟の真上に雷が落ちた。そして
扉が開いたのだ。
美春は中を見た途端気を失ってしまった。

しばらくして

美春が目を開けるとそこには心配そうに覗く母親の顔があった。
「よく耐えたわね、もうこの世とは断ち切れたそうよ、」
僧侶はなをも廟の前で読経をあげていた。
母は美春の体を抱えながら
「寺庭様の隣に埋葬するそうよ」
美春はこくりと頷き後を振り向きもせず車に乗った。
気を失ってる間に若い二人が手を取り合って三途の川を渡るのが美春には見えていた。
それからは二度と枕元には現れることは無くなった。しかし美春は深夜二時にしばしば目が覚めることがあった。
いつの間にか
若い僧侶に恋い焦がれている自分がいた。

くれぐれも即身仏には近づきなさるな、

終わり

#シロクマ文芸部
#午前二時
#即身仏







 




いいなと思ったら応援しよう!