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手を洗う【シロクマ文芸部】副題[小さな嘘]

夏希はよく手を洗う女だった。
出会い系サイトで知り合った夏希の第一印象はツーベースヒット、つまり想像以上。
顔は美人とは言えないが小首をかしげて笑うと、赤ん坊をあやす母親のような安らぎを覚えた。僕は最初から有りっ丈の自分をさらした。家族構成から出身校はどこ、クラブ活動はサッカーで高校まで続けたことなど一方的にウィットを交えながら話をした。そんな僕を夏希は目を丸くしながら嬉しそうに、時に手を顔に寄せ、子犬のように甘える仕草をしながら聞いてくれた。
「僕ばかり話して、夏希さんはどんな子供だったの?」
夏希は恥ずかしそうに
「わたし、一人っ子で友達も少なかったの、いつもクマのムンとおしゃべりしてたのよ」
「ムンってクマの名前?今もいるの?」
「今もいるよ、何回も洗ったからクマのムンじいちゃんみたいになっちゃたけど」

最初はたわいもない会話だった。別れ際になると僕は夏希に
「別れたくないな、もっと君のことが知りたい」
僕は、ストレートに気持ちをぶつけてみた。
夏希もそれに応えてくれて
「私も同じよ、会えて嬉しかったわ、貴方と気が会いそうね」
僕は有頂天になった。
しばらく話をしていると、突然会話を絶つように
「わたし、手を洗ってくる、ごめんね」
夏希は席を立ち、暫く間が空いた。夏希は綺麗好きなんだ。
帰ってきた夏希は嬉しそうに手のひらと甲をひらひらさせて
「わたし、手のモデルに成りたかったの、どう?綺麗?」
僕の前に両手をもみじの葉のように広げた。白くふっくらとした甲、指先は中国ドラマの貴姫のように細くとがり、爪は手入れが行き届き薄いマネキュアが塗られていた。
二度目に会った時から僕は結婚を意識し始めていた。それほど夏希にのめり込んでいたのだ。会えば将来を見据えての話をしてみた。夏希は「そうね、私も賛成、夢が実現すると良いわね」僕の将来の夢をすんなりと受け入れてくれた。そしてその日も別れ際に突然会話を遮り、手を洗いに行くのだ。決まって美しい手をひらひらさせて帰って行った。
三度目に会ったときに僕は思いきって告白した。
「夏希さん、結婚を前提に真剣にお付き合いしてくれませんか」
夏希は目を煇かせて
「私も真剣にお付き合いしたいと思ってました、嬉しい」
潮風が夏希の髪を撫でていた
夏希は髪の乱れを気にしながらその美しい手を髪に添えて伏目がちな横顔をこちらに向けた。
僕はたまらなくなり、白く美しい手に自分の手を合わせ、軽く横顔にキスをした。
「来年には一緒に住まないか」
夏希は恥ずかしそうに頷いた。
そしてまた突然に立ち上がり
海水浴施設の水道の蛇口を見つけ急いで手を洗いに行った。
随分丁寧に洗うんだな、
僕は少しばかりの不安を覚えた。
それから一週間、夏希との連絡は途絶えた。僕は不安で胸がかきむしられそうな焦燥感で幾日も眠れなかった。
十日後やっと夏希から連絡が入った。
それは小さな震える声で
「母が十日前に突然倒れて救急車で病院に運ばれたの、脳梗塞だったみたい、症状は落ち着いていて明日は退院出来そうなんだけど…、」
そう言って言い淀んだ。
「どうしたの?」
夏希はためらうように
「明日、退院するんだけど、治療費が払えないの、それで困ってしまって…、」
「いくらなの?」
「ごっごじゅうまん」
「それって五十万円てこと」
夏希は詰まりながらも
「ご免なさい、貴方に頼めるはずもないのだけれど、親子二人貧しい生活でそんな大金用意できないでいるの」
「分かった、明日会えるかな
いつもの喫茶店で待ってるから」
次の日、夏希は喫茶店に現れた。美しい白い手は小刻みに震えていた。救急で運ばれ特別室しか空きがなくて法外な治療費を払わなければならなくなったこと、母には内緒にしていることを口早に告げコーヒーも口をつけないまま喫茶店を後にした。

それから夏希は一切の連絡を絶った。
僕は欺されたのだろうか、
いや、夏希はそんな悪い女なんかじゃない。
だってあんなに手を洗う潔癖な人が、
でも、嘘をついた自分を洗い流す為だったとしたら
嘘や欺瞞で汚れた手を…、洗う…。
警察に訴えることも出来るがしようとは思わなかった。
ただ、小さな嘘を積み重ねて
大きな嘘となってしまった汚れた手をどうやって拭うつもりなのか、僕は夏希にその答えを問うてみたかった。

夏希がいなくなって二ヶ月が過ぎようとしていた。季節は夏から秋へと駆け足でビルの隙間を風が吹き抜けて行った。駅で似たような人を見かけると、どうしても手に目がいってしまう。そしてその手をつかんで、自分の方に抱き寄せ
「もうそんなに手を洗わなくていいんだ」と
もう一度この胸に抱きしめてみたかった。

終わり
「手を洗う」からのお題に
「手を洗わないでいい」とは、なんぞや? それは自分を偽ることを終わりにしたらと言うこと
悪に手を染めてはいけませんよね😰 いくら手を洗っても落ちない汚れ、『嘘』はね😌 ここまで、お読みくださりありがとうございます。今日は書き終えてゆっくり眠れそうです。おやすみなさい😪











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