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邪道作家 十五巻 逆行世界 大当たりの日(現在は無料化)

作品テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリー(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)


簡易あらすじ

アンドロイドが自我を持ち職を奪い作品すら書き上げる時代───非人間の殺人鬼作家が、作者取材という戦いに挑む!!

当然ながら依頼は嘘まみれ、行き着く先には困難ばかり••••••得られる「利益」が見えずとも、不屈で書き抜いた事だけは「真実」だ。


天上天下において並ぶもの無い、唯我独尊の物語だ───他に書ける奴がいるというなら連れて来い!!


過去未来現在において、唯一無二の


「悪意」


だけは「保証」しよう!!!


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邪道作家十五巻 


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 口だけはでかいって?
 当たり前だろう。天才など踏み心地の良い踏み台に過ぎぬ、神も悪魔も能力にあぐらをかくだけ敵ではない、この内なる激情を形にし炎と燃やし世界に焼き付ける行為に比べれば、運命も摂理もあらかじめ定められた宿命さえ大した事ではない・・・・・・口にするだけなら金はかからない。
 己を信じるのに根拠など不要だ。
 内から湧き出る存在理由に任せるがまま視界を狭め己の在り方に没頭し、身の安全すら捨てて、気がついたら事を成し得る。
 苦しみも苦痛も苛む運命さえそれに比べれば小さい小さい。大き過ぎる何かに吠えるように己の在り方を示すのだ。
 結果どうなるかなど考えるな。
 振り向きもせずに走り抜けろ。
 叩きつけるように肯定しろ。
 それでこそ、物語が映えるというものだ。我々が役者だと言うならば、舞台全てを敵に回せ。
 ただの勝利では物足りない。連中に嫌でも理解させるのだ。こちらが如何に正しいかではなく、如何に凄まじいかをな。
 その苛烈さを武器としろ。
 善悪などどうでもいい。その在り方に比べれば些細なモノだ。結果世界が壊れようが他者が壊れようが組織が半壊しようが知ったことか。何もかもを灰燼に帰しても尚進め。進んで進んで世界の果てを乗り越えて、それでも足りぬと進むのだ。 燃え尽きたと思ってからが本番だ。その経験を活かして更に燃やせ。何を燃やせばいいのかわからずとも燃やせ。目に見える全てを燃やせ。執念を思想を信条を誇りを嫉妬を怒りを憤慨を悲哀を友情をその全てを燃やし尽くし、何もかもを薪に変えてそれでも燃やし尽くすのだ。
 燃え上がる様な在り方など、至極当然。
 その程度、呼吸に等しい。もっとだ。もっと燃やし尽くせ。世界を灰で埋め尽くし、その灰を更に燃やすのだ。それを世界に波及させろ
 その無念、その怒り、その憎悪、その憤り、その哀れみ、その悔しさ、その根底にある心の炎を燃やし尽くせ。
 悲しみも怒りも一緒くたに、全て燃やして薪にしろ。それでも尚残る何かがあるならば、それこそはその人間にある「本物」だ。
 それを肯定し、続けるのだ。
 途中でやめるなどとんでもない。我々は燃やす為にそこにあり、燃やした何かこそ勝ちを示し、燃やすからこそ生きているのだ。
 勢いに任せて己を示せ。
 行き場のない執念、答えの無い妄執、救いの無い在り方、大いに結構。それでこそ覆し甲斐があるというものだ。
 笑え、笑え、狂気のように笑い尽くせ。
 我々の行く先に正しい答えなど有り得ない。だがそれが何だ。どうでもいいではないか。確かにこの内には燃え上がる激情が存在する。
 救いが無ければ無いほど素晴らしい。そこには面白味が埋まっている。素晴らしい人間性とやらが溢れている。だからこそ人生は面白い。
 それでこそ人生は面白くなる。
 凡俗共の理解など必要ない。それは己で定義すればそれでいい。踊るように歌うように叫ぶように己の在り方を示すのだ。それが芸術となり仕事となり人生となる。正しさも立派さもどこにもないが、それがどうした。
 この無念、この激情、この怒り、この嘆き、この信念、この思想、この誇り、この悲哀、この憤りこそは己の証明だ。叫びたいだけ叫べ。業の溢れるこの世界に、正しさなど必要ない。正しくなければないほど我々は美しく生きられる。
 否定される事を率先して挑むのだ。
 我々は短い一瞬だけを生きる。ならばどれだけ無様無謀無策でも、大いなる何かに戦いを挑む事など怯える必要すらないではないか。実力差上等元よりこの小さな身には全ては大きく写るのだ。切り甲斐があるというもの。大きければ得られる報酬も満足出来る何かになる。
 そうすれば一日一冊の執筆程度、容易いというものだ。溢れる激情に限りなどない。絵であれ筆であれ音楽であれ同じ事だ。
 さて・・・・・・小綺麗な才能など微塵も無いが、私はその有り様だけは示すとしよう。元よりこの身に出来る事はただ一つ、筆を動かす事だけだ。
 飲みながら読むな、用事は先に済ませておけ、食べ物を摘むなどもってのほかだ。静粛に、かつ食べるように物語を読了しろ。
 悪意を読者に刻み込めるように配慮してやる。 さあ、始まりだ。あるいは終わりか。物語には始まりがあり終わりがある。私にとっての終わりになるかは分からないが、それならそれで先へと進むだけだろう。その先がどこに通じているのかそれは読者のみぞ知る読者の想像だ。
 私に言える事はただ一つ
 それを金に変えてこそ、本当の勝利と呼べるという、ただ一つの事実だけだ。
 果たして救いも勝利も栄光も世の素晴らしき事の全てと無縁な物語を、ここに初めてやろう。
 勿論全てが有料だ。金は支払えよ。

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 何も感じないが共感する事は出来る。
 何が言いたいのかというと物事に感動したりはしないのだが、例えば特定の芸術を文章に置き換えそれを書くことは出来るのだ。厳密に言えば、共感はしないがそれによる作用は真似できる。私の場合それすら利用して作品を書き上げられる。 その辺り、人造生命体はどうだろうか。
 アンドロイドは自立思考をするようになって久しいが、人工知能の分野に関して言えば、連中は肉体を持たないので共感しようがない筈だ。だがその一方で人間、というか生身の肉体を欲したり人間の趣味を真似したり、あるいは電脳アイドルに傾倒したりもする訳だ。
 だが、それは私と同じで「真似してるだけ」なのか、それとも、「人間を学び、成長している」のかの違いが知りたい。
 自立的に成長し、精神を育む。
 あるいはそれを「心」と呼ぶのだろう。
 興味深い。心そのものはどうでもいいが、心を作り上げるプロセスには興味がある。体系化する事に成功すれば最高だ。連中が尊く思いたがる心を大量生産し、制作するマニュアルを読み上げ、それを心ある全てに突きつける。絶望する様が見れれば尚良いだろう。
 思うに、連中は「心」や「精神」を尊く考え過ぎるのだ。それは特別でも何でもない。意図的に作り上げられる「モノ」であり、そんなのは価値がある尊い何かではなく、ありきたりの量産品であるという事実を見ようとしない。心であろうが何であろうが、価値を示せるのは一部だけだ。
 大半は示そうともしない。
 その癖、心は高尚だからとそこに「特別さ」を求めたがるのだ。それに相応しい行いを何一つせずとも高尚だから高尚であるなどと。残念だが、それはただの妄想だ。人の心でも獣の心でも多くを動かせれば価値と力がそこに宿り、敗北のままに終わればただのゴミだ。そんなモノに価値などありはしない。
 世の中そんなものだ。
 私は振り返らない。己の作品を読み直したり、そんな事はしない。だが、それでも己で出した己の答えは、決して消える事もない。
 
 生きたまま、生まれ変わる。

 それが私の出した「結論」だ。運命を克服するならば「一度死に、生まれる」しかないのだ。
 私は「作家」として己を再定義し、仕事とする事で今までの己を殺し、新しい己を作り上げた。だが、それでは足りない。背負う星が変わる訳ではないのだ。「リンゴは落ちる」それは当然の法則であり「悪は敗北する」のも同義だ。
 最悪である限り、このままでは勝利出来ない。 だが、最悪であるからこそここまで来たのだ。 それを否定させてたまるか。邪魔する奴は皆殺しだ。摂理だろうが世界だろうが残らず殺す。私が勝利する為に、私の為に殺すのだ。
 あるいは、最悪としてまだ足りないモノがあるのだろうか? 協力者は望んで得られる筈もないのだから、やはりこちらでは何も出来ないが。
 足りない何かは何なのか。人造人間を作る奴も同じ事を考えたらしい。そんなのは明白で心が足りないから出来ないだけだ。しかし私は心が無いからこそここまで来ている。どうしたものか。仮に心を埋め込めば、それはもう私ではない。
 別の誰かだ。 
 それでは意味がない。
 足りなくても勝利する方法を見つけなければ。連中の様に何もかもに満たされ、条件を整えた上で確定した勝利を貪る連中とは違うのだ。
 悪のままでも、敗北者の宿業のままでも、持たざるままでも勝利する方法だ。そんな都合の良い方法がある訳もないので、それも己で作り上げるしか無いだろう。そんな事が出来れば苦労しない気もするが、やるしかない。
 運命を変えられないのかと悩んでいたが、運命そのものは大昔に克服し終わっていたのだから、背負った星に関しても見落としがあるのだろうか・・・・・・しかし、これ以上何がある? 私に出来る事などとうに越えている。幾ら何でも私に出来る範囲を大きく越えているだろう。いや、越えた上でここまで来れたのだ。運命の克服にしろ、私がここまで来れた事が既に奇跡だ。私個人の起こした奇跡なので、あまり大した成果は出さなかったが、それでも変化としてはそれなりだ。
 何より、私に出来る事など僅かだ。
 最初からそこまで大きな変化を与える力があるならば、遠回しに物事を進める様なやり方をしていない。私は最悪であり、人間性のない化け物ではあるが、それ故に直接的に物事へ関与するのが出来ない。
 物語を作れても、それを広める事は出来ない。 人の心を暴いても、金に変える事は出来ない。 悪意で剥がす事は出来ても、己がその立場で儲ける事が出来ないのだ。何者をも凌駕する悪意があったところで、活用できなければ意味がない。ありすぎるのも考え物だ。悪意があり過ぎるが故に悪意を利用して金を儲けられないなど、笑い話以下だろう。
 まったく、どうしたものか。
 我が事ながら、面倒な話だ。
 
 私は、人間を否定する為にある。
 
 だからこその「最悪」だ。人間の全てを否定し覆そうとする奴が、人間にとって最悪意外の何だと言うのだ。それはいい。しかし一方で私は人間の在り方を認める立場にもあるのだ。私の場合、「人間性の極地に価値がある」と叫ぶ一方で、私は人間に「貴様等にそんなモノはない」と否定し今ある人間を無価値なゴミだと刻み込み、それを己の悪意で形とする事で示し続けなければならないのだ。それが我が役割であり存在証明だ。
 呼吸するようにこの世の善なる全てを否定し、音楽を奏でるように連中をこき下ろし、暇を潰すようにそれらを実行する。それが「私」だ。
 それが「最悪」でなく何だと言える?
 他の呼び方などある筈もないだろう。
 その私が、悪に敗北は必定だからと生き方を変えるなど出来るものか、馬鹿馬鹿しい。容易く変えられる何かなど、最初から無いも同然だ。
 言葉にならない情念を叫べ。
 その憎しみを糧にとしろ。
 それを金に変えてこそ一流の悪だ。
 善人などつまらない。天才など矮小以下だ。例えそれが悪であれ、社会に認められる様では三流だろう。認められるのではない。どうしようもない必要悪として、認めざるを得ない存在感。悪だと分かっていながら縋る程の影響力。その在り方だけで世界に匹敵し打ち倒せる程の人間力。
 その程度は有って当然。
 その先に更に積み上げるのだ。
 精神に休みなど必要ない。存在しないモノに配る気持ちなど不要だ。肉体に支障をきたしたところでやはりそれも無視できる。やるべき事に比べればそんな些末事は有ろうが無かろうが同じ事だ・・・・・・それでこそ道を突き進める。
 進んで進んで突き進め。
 精神が追い付かないなら固定しろ。肉体が追い付かないならそのまま滅ぼしてやれ。魂が燃え上がるなら灰になるまで燃やし尽くせ。そんなのは当たり前だ。当たり前の事を当たり前にしろ。私でも出来る事を、貴様等が手を抜くな。
 燃やし過ぎて己が何なのか分からなくなってからが本番だ。更に燃やせ。否定されても燃やせ。凡俗が否定し出したら更に燃やせ。燃やす事を疑い出したら更に燃やせ。燃やして燃やして燃やし尽くし、何もかもを灰にして尚、更に燃やせる何かを探して燃やすのだ。
 それくらい誰にでも出来る。
 やろうとしないだけだ。
 弱さも強さも併せ持たない私が言うんだ間違いない・・・・・・それでも実利は遙か先だ。更に燃やして邁進しろ。燃やせ燃やせ何もかも。
 その身が憎悪で焼けただれ、理不尽への怒りが形有る執念となり、それを己の在り方を浸食するに至り、さまよえる亡霊に成り果てて世界に叫ぶように成り果ててからが本番だ。その在り方を叩きつけ、呪い、目に見える執念の刃と化して、己を肯定しなければならないのだ。
 根拠などある筈もない。
 何せ、己の内から湧き出る身勝手な執念だ。正当性など微塵も無い。善悪で言えば間違いなく悪だろう。誰に理解される事もなく、理解されるに最初から至れれば誰も苦労しない。だからこそ、叫ぶのだ。
 この在り方が理解出来ないのか凡俗共、と。
 そうでなくては嘘ではないか。
 それでは面白くも何ともない。
 面白ければ、それでいい。世界に向き合うのに根拠など要らん。最初から最後まで下手な運営をするだけの世界なぞに、根拠など勿体ない。私が言うのも何だが根拠など己の内に自ら作り上げるモノであって、他者や社会、あるいは世界などに「肯定して貰う」必要など無い。
 それは己で定める事柄であって、他者の決定など邪魔なだけだ。その時々によって変わる倫理観など以ての外だろう。
 摂理が世界が社会が否定すれば成功だ。凡俗の馬鹿共の倫理を逆に進めば答えがある。否定される事を喜び、馬鹿な連中だと蔑むのだ。
 先に進みたいならば、そして先に進めたいならばそうしなければならない。停滞するだけで満足するなら別だが、少なくとも生きている時点で先に進める義務がある。果たすか果たさないかは、当人の勝手だ。しかし短い一生でその程度成し遂げずして何を成すのだ。
 どの道この身が滅ぶならば、燃やし尽くして薪にしたほうが有用だろう?
 だから死ね。生きたまま生まれ変わるのだ。
 この世に一旦生まれただけでは生きているとは言えないのだ。生まれたその身を殺し尽くし、己を再定義して「生きたまま生まれ変わる」事で、己の在り方を証明するに足る。何であれ同じ事だ・・・・・・生きようとしない奴に生きる価値など当然有り得ない。そのまま死ね。いっそ殺してやって数を減らすべきだろう。
 生きようとしない奴に生命は勿体ない。
 資源の無駄遣いもいいところだ。
 
 だが、苦難の道のりに意味はあるのか?
 
 あるとして、その先に報いなどあるのだろうか・・・・・・ただ悲しみが募るだけではないのか? 私はその先とやらをまだ見ていないが、しかし辿り着かないまま終われば、それは最初から無いのと変わらないではないか。愚図な 練習が美味しい思いをして、その一方で苦渋を舐める屈辱。そこに尊さなど無い。ただひたすらに寒いだけだ。
 どんな闇もいずれ晴れると、人は言う。
 だがそれは本当の暗闇を、吹雪を、苦しみを知らない奴の言葉だ。真に絶望の中にいればそんな余裕有る台詞は出てこない。そこなのか? 私はその暗闇を、絶望を、悲しみの山を理解し執筆するが為に、こんな思いをしていると?
 ふざけるな。
 希望も未来も有りはしない。暗闇の中では全てが手探りだ。何が正しいかなど存在しない。何をすれば勝利できるか考えるだけ無駄足だ。何をすれば報われるのか、信じるだけで馬鹿馬鹿しい。そんな、完全な暗闇の中で、これはこれで良い経験になるから我慢しろ、とでも言うのか?
 だとすれば、尚更ではないか。
 私の言葉に力があると言うならば、尚更金に変わらなければ嘘だ。そして現実には言葉に力など有りはしない。誰が口にしたかも分からない駄文が高く売れ、それを扱う連中は喜々としてそれをもてはやす。そんな、見飽きるのに五秒と要らない光景を、私は染み着く程に見てきた。
 それが現実であり、事実ではないか。
 後何度繰り返せばいい。いや、決まっている。出来るように成るまでだ。才能など知った事か、天運など役にも立たん、凌駕するのにはこの私がそこに在ればいい・・・・・・だが、どうすればそれを金に換えられる? 私が異常者であり最悪であり破綻した存在である以上、本来人間が自然に行える行為は、私には不可能だ。不可逆を可逆にするのはいつもの事だが、しかしこればかりは無理があるだろう。それはまっとうな存在がする事で、人間から外れて行く奴が出来る事ではない。無論それを実現するのも有りと言えば有りだが・・・・・・これ以上、何をすればよいのだ?
 書いた、書いた、書いた。己が執念を形にしてそれを文字通り書き殴り、奏でるように人間を批判し続け、当たり前のように世界を罵倒した。
 それだけでは、足りなかった。
 当たり前だ。それで成功できれば苦労しない。策を弄した、他者を使った、仕組みそのものを、利用しようと画策もした。それら全てが無駄足に終わったのだ。どうすればいい。どうすれば。私に出来る事は僅かだ。何をすれば金になる?
 暗闇の中を進むだけなら簡単だ。しかし私は、暗闇の中を進む方法など生まれる前から知っているのだ。そんな事は聞くまでもない。才能など、踏みにじればいい。技術など、補えばいい。資質など、作り直せば良いだけだ。 
 だが、それらとは無関係で勝敗、というか金になるかどうかが決まる。それをどうすればいい。どうにもならない事は知っている。
 諦める意外で、やはり道は無いのか?
 いや、そんな無様あってたまるか。金をつぎ込み手間をつぎ込み資源をつぎ込んだ。今更手を引けるなら最初からやっていない。しかし、現実問題どうしたものか。そも私には諦める事が出来ないしな。「諦める」という概念が欠如している。そんな殊勝さは最初から装備されていない。生憎だが初期仕様だ。どうにもならない。
 だからといって、無駄を好む訳では断じてない・・・・・・無駄足を好むのは余裕と余力を持て余す、勝利者特有のただの軽率だ。
 無論、生きる事は理不尽と向き合う事だ。上手く行く人生など生まれついての勝利者が思う己の個性ぐらいには、有りもしない妄想だ。
 しかし、理不尽だけではつまらない。
 それだけでなるものか。
 だからこそ、胸を張る根拠が無くとも傲岸不遜に笑い続け、それを良しと笑うのだ。だが、根拠なく笑うだけで成果が出なければ真実笑っているだけになってしまう。道化じゃあるまいし、それを良しと思える筈もない。
 なんとしてでも金を掴む。
 札束で世界を買い漁る。
 それを良しと笑うのだ。
 言うほど買いたい何かがある訳ではないが、強いて言えば運命を買い叩き、宿命を買い換えて、摂理を金で曲げてしまい、いけすかないこの世界を根本から叩き斬れれば爽快だろう。気に食わない全てを札束の力で押し潰す。
 これほど豪勢な遊びも、他にあるまい?
 私はなんとしてもそれを実現させなければならないのだ。それが私の在り方だ。それが私の仕事であり己の定義だ。やるべき事はわかっているし成すべき事は済ませてある。だが、それを金に換える方法だけが掴めない。
 どうしたものか。
 化け物であるが故に、通常であれば行いたくもない所行を、何の躊躇もなく実行できる。しかし一方で通常であれば出来る事を、私はどうしたところで実現できない。何より、人生を誤魔化さずに生きる事に長けている一方で、人生を誤魔化す為にある有能さには無縁だ。私の在り方を人生と呼称するのは違和感があるので、この場合在り方と定義するか。
 いずれにせよ生まれついての有能さとは、現実を誤魔化す為に存在する。当たり前だ。その有能さの分だけ、現実に挑まなくて良いのだから。
 生まれついての悪であるという事は、本来人間が誤魔化して生き抜く裏側さえも知り尽くし、私のように何一つ持ち得ないまま、己の執念だけで戦わなければならない劣勢を指すのだ。有利不利以前だろう。通常の人間でさえ誤魔化したまま終えられる現実を、我々悪は何一つ誤魔化せないのだから。
 全く、因果な立ち位置だ。
 少しは楽をさせてくれ。
 吐き気がとまらないのでな。苦しい、苦しい、苦しい。嫌な気分になる。意図せず四六時中その気分を味わわされる。子供の頃からそうだった。良い思い出など何一つ無い。あるのは苦しみだけ・・・・・・痛み、苦しみ、裏切り、憤りによる屈辱、世界に対する情けないと思う気持ち。
 いい加減、うんざりだ。
 少しは他に、やる事はないのか?
 この暇人共が。
 生きる事と向き合わず、それを良しとして、生まれ持った能力や肩書き、それらに付随する余裕に頼りきって、過ごしている。過ごすだけだ。
 ただ漫然と過ごす事を、生きるとは言わない。 生きるとは、大きな何かに挑む事だ。己が生まれもっている能力でこなせたり、運に恵まれたりするだけで出来る作業、そんなただの労働に費やして他者の都合で息を吸って吐き、仕方がないと諦める事を否定し続ける事にある。
 たかだか、その程度をやろうともしない。
 そして、口にするのだ。私達はそれでも立派に奴隷をしている。しないで金を稼げないよりは、マシだろう、と。馬鹿馬鹿しい。組織も国も永遠ではない。永遠だとしても未来のそれは別物だ。いずれ消え去る何かに寄りかかって、己で何かをする困難から逃げているだけだ。何かに向き合う事を「戦い」と言い、戦うから生きている。
 
 戦いとは、社会から否定される事だ。
 
 少なくとも、今の社会ではそうだろう。異端を許容したくもなく、その一方で日の目をみた異端は歓迎し、かといって異端を収集する事もない。 とにかく自分達が損をしない為の世界だ。
 戦うには否定されるしか有り得ない。何故なら連中からすれば戦う存在は「勝利出来るかも分からないのに、素直に奴隷になれよ」と指さす相手なのだ。「おとなしく奴隷をしながら、成功する勝算があればすればいい」と己では挑みもせずに口にする。馬鹿馬鹿しい。何かを志す時点で折り合いがつかないものだ。社会に対する折り合いはともかく、奴隷になる事も成功させて奴隷の身を脱却する事さえも成功させる。容易くそれが出来るなら苦労しない。
 やりもしない奴に語られれば尚更だ。
 鬱陶しい事この上ない。語り聞かせるだけ無駄であり、何より意見を聞き入れないからこその、狭い視界だ。何かを志す時点でそれに力を注ぎ込まなければならない。生まれ持った有能さが少なければ少ないほど、その比率は高くなる。私は、当然ながら全てをつぎ込んでいる。
 あれもこれも成功できれば苦労しない。
 片手間で出来る程、貴様等のように遊んでいないのだ。現実に挑む奴でなければわかるまい。何をするにしても仕事が頭にある。起きていても寝ていても、生きていても死んでいても、勝利しても敗北しても、常にだ。
 「それ」を成功へ導く事が「全て」であり、他は些末事でしかないのだ。道端の石に気を配れるほど器用であれば、最初からそんな道を志すものか馬鹿馬鹿しい。生きてもいない連中が闊歩し、生きている奴がこうも無駄足を踏む。世界というのは随分懐が広い。何せ生きていなくとも良いのだからな。遊び人でも素晴らしく在れる。
 目障り耳障りこの上ないがな。
 忌々しいことだ。
 己の都合をさも相手の為であるかのように振る舞う馬鹿共が溢れている。そんな都合に振り回されるのは、御免だ。奴隷は奴隷だ。現代社会での奴隷に大昔の様なやりがいなどない。文字通りの奴隷なのだ。奴隷だからどう扱っても良いし奴隷だから主人の為に尽くすのは当たり前で、むしろそれを感謝しなくてはならないのだ。面白くもない話だが、それが罷り通っている。
 奴隷の素晴らしさを説かれ奴隷である立派さを説かれ奴隷である事の誇らしさを説かれる。連中はその素晴らしい思想の伝道者気取りだ。端から見れば正気の沙汰ではないが、それが正気でありそれが正しくそれが素晴らしいと人は言う。
 うんざりだ。
 最早世界には「人間」など数えられる程も残っていない。人間で在ろうとする事を諦めた連中が歯車となり動かしている。しかも、行動や意志と関係なく「持っているから」などという馬鹿げた理由であっさりと勝利を掴むのだ。
 何もしない奴隷がしたり顔でご高説を説き、私が敗北する傍らで持っているだけの豚が成功を味わう。そして、私がそれを書き上げる。
 循環しているようでいて、私に得られる何かが何もない。傑作を書き上げたといえば聞こえが良いが、それを売る相手がいなければ何になる。
 その苦悶、その屈辱、その怒り、その嘆き、その憐憫、その憤り、その激情、そして、その執念を渦にして、中に漂っているだけだ。
 だが、私の目的は渦の中で書く事ではない。私は金が欲しいのだ。目的は遠ざかり、得たくもない環境が整えられていく。傑作を書いたから成功など興味がないという奴もいるのだろうが、私はそれでも金が欲しい。認められるかなどどうでもいいのだが、しかし金を掴めないなら何の為に、私の今までは形に成り果てたのだ。
 運命の流れに従って、あるいは私がゼロから作り直した運命になぞる形で、私は私の作品を書き上げた。それが、金にならないなど嘘だろう。
 私は「無駄」が嫌いだ。与えるのは良いが、与えられるのは御免被る。無駄であるという事は、その全てを否定されるに等しい行為だ。まして、己の在り方を否定されて、いや無駄に終わらせてたまるものか。無駄に終わる為に抗った訳では無いし、後に繋ぐべき誰かなど、他の連中は知らないが、少なくとも私には存在しない。
 化け物であり、突然変異種であり、異端であるならば「繋ぐべき誰か」も「繋ぐべき何か」も、やはり有り得ないのだ。私には存在しない。私は己の手で己の有り様を形として示し、それを証明とするしか道はないのだ。
 それが、成果を出せない。
 苛ついて当たり前だ。
 本当の意味で「全てを賭ける」奴が、何人いるのだろう。遊び半分で、持つが故の余裕で、商社故の余力で味わう奴が大半ではないか。私には、そんなモノはなかったのだ。今ここにないモノですら賭けるしかない。その果てに、どれだけ安らかだろうが敗北なぞ、容認するものか。 
 意固地で構わない。
 私は、これ以上負けたくないのだ。
 たかだかその程度の思いすら、叶わないのだからな・・・・・・人間の意志の力など、心の力など、まして言葉に力があるかなど、否定するに決まっているだろう。そんなゴミに価値はない。その辺に捨ててしまえ。
 今の世界には不要なゴミだ。
 わかりやすい力だけあればいい。
 ふん、まあその力も持っていれば、の話ではあるのだろう。持たないならば考えるだけ無駄だ。力の有り様など、力を持つ側からすればその義務などどこにもないのだ。それを律儀に守る奴も、やはりいないのだろう。あらゆる意味で力と無縁な私からすれば、楽で羨ましい話だが。
 未来も星も、どこにもない。
 ただの妄想だ。結局の所、私のような奴は連中に敗北し続けていて、それを眺めるのが「歴史」なのかもしれないな。忌々しいが。
 少なくとも、私の言葉はどこにも届いていないのだから、それを考えるだけ無駄だろう。これもまた無駄な試みだ。私の在り方全てが、今まさに無駄に終わっている。何もかもが存在しないより価値を放てていない。 我ながら、何をしているのやら。いや、きっとそれは簡単だ。
 私は今「生きて」いる。
 しかし、真面目に生きる事は、この世界には、最初から不要だっただけだ。
 ただのそれだけだ。
 全く、一人真面目に仕事をして馬鹿みたいではあるが、それで手を抜ける程遊び人ではない。私は道を選んだのだ。ならばそれを進むだけだ。
 果たして、いや間違いなく未来も希望も実利も有りはしないのだろうから、正直やってられないが・・・・・・それでも進むしかないのだろう。
 何せ、この腐った世界で、一人真面目に生きてしまっているのだから。

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 報いがあるなどつまらない。
 行き場もなく救いもなく勝利もない妄執こそが美しい。少なくとも面白味の欠片もない天才などより圧倒的に価値がある。それでこそ芸術だ。
 とはいえ・・・・・・金にならないのも考え物だ。私は少なくとも金が欲しい。さて、その辺り人工知能には心当たりなどあるのだろうか。
「そりゃあるさ。俺だって欲しいモノは欲しい。酒とか、肉とか、後は女かねぇ」
 私は空港のラウンジに座っている。アンドロイドは勿論、機械化された全ての機構が客の為だけに動いており、それを眺めながら思うのは、全てが安物であるという現実だ。全てが全て、あらかじめ用意された動きしかしないなど、定められた結末のようにつまらない。
「人工知能の台詞とは思えんな」
「そうかな? 俺は当然だと思うぜ。何せこの身には肉がない。だが肉を求めるのは生物の奉納だろう? 肉を食って生きなきゃあつまらない。面白く生きるコツは、世界に笑いかけながら自分のやりたい事をやるのが吉さ」
「ふん」
 何か手掛かりくらいにはなるかと思ったが、私にはこの男? が言う台詞が白々しく感じられてならない。悪党の癖に、私の保有する人工知能、ジャックは「世界を信じたがる」奴なのだ。世界の薄っぺらさを世界の醜さを世界の無価値さを、知っていながら信じようとする。まさしく真逆だ・・・・・・ありのままを裁定する私には、そんな無駄な期待は、正直理解し難い。
 ただやみくもに信じるのではない。
 知った上で、信じるなどと。
 世界は美しいとどの面が言うのかという話ではないか。人間の作り出すモノには価値があると歌う私と違い、こいつは人間の有り様そのものに、価値を見出そうとする。有り様は確かに美しいがその有り様を示せない人間でも、こいつは見捨てようとしないのだ。
 いや、この場合私が楽をしている事になるのだろうか? 人間を見捨てない方が道のりは険しく徒労も増える。無論、そこに見返りなど有り得ないだろう。だが、それでも信じて何になるのだ。いや分かっている。こいつは私と違い、見返りを求めていない。求めるべきは人間の姿であって、己に返るモノを望みもしないのだ。 
 だが、私はそうも行くまい。電脳世界に漂っていれば良い人工知能と違い、私には作品で金を稼ぐ必要がある。そうしなければ、文字通り無駄な労力で終わってしまう。それは御免だ。私とて、無駄に終わらせる為に始めたのではない。
「肩の力を抜けよ、先生」
「それが、金になるならな」
 あるいは健康か。何にせよ、実利は欲しい。
「そうかな、追い求めるモノをこそ手に出来ないというのは、アンタの信条だろう? ならいっそ手放せばいい。そうすりゃ向こうから先生を求めてやってくるかもしれないぜ? 少なくとも、今よりは可能性がある」
「・・・・・・具体的にどうしろと言うのだ」
「だから肩の力を抜けよ。落ち着け、精神統一をするんだ。後は旨い食べ物でも食べたらどうだ? 余裕が無いからって余裕がない振る舞いをする必要はないだろう? 先生も同じさ。形だけでも余力があるよう振る舞えばいい」
「それで、どうなる? そう振る舞ったところで現に作品は売れていない。対策を立てるのは当然だろう」
「だが、それで売れなかったんだろう? なら、今は休む時ってことさ」
 言い難い事を平気で言う奴だ。確かに、売れていないが・・・・・・休む、か。待つにしろ休むにしろ性に合わないやり口であるのは確かだ。
 それでも、やるしかないのだろうが。
 やれやれだ、まったく。
 しかし人間の信用を人工知能が計測し、配偶者の善し悪しを人工知能が適正を決め、人間の善悪を人工知能が判断するこの時代で「人間」を信じるなど、希少種なのではなかろうか。あまつさえそれを人間ではなく、作られた人造生命が尊ぶというのだから、世も末だ。
 どいつもこいつもどうかしている。
 世の中そんなものだがな。
 他者の信頼を機械に預けるというのも、やはり間違いだ。機械がやろうが人間がやろうが同じ事だろう。そこにあるかのように思っているだけで実在するものではないからだ。信頼も愛情も天使も悪魔も人間がそこにあると思うからこそ存在出来る概念だ、存在しないからこそ思われる形で、それが反映されるのだ。
 だから、同じだ。
 機械が幾ら優れていようが、その信頼はただの思い込みであって、そこに何かがある訳ではない・・・・・・何とかしてその思い込みを利用し、儲けてやりたいものだ。現実を見据えないなら、それを利用して儲ければいい。中々上手く行かないが、やるだけの価値はあるだろう。搾取する側に回れれば文句なしだ。
 自分達で作った機械、労働力に使われてしまう連中など、仕組みさえ用意できれば簡単だ。問題はその仕組みを作り上げるのに金がかかり技術が足りない部分か。どうにかしなければな。搾取し利用し騙して利益を得られれば最高だろう。
 少なくとも、利用されるのは御免だ。
 それを弁えた上で人間を信じる? 他者を信じるのとはわけが違う。他者を信じるのは身勝手な思いをぶつければいいだけだ。しかし、人間を信じるには全ての悪性を理解した上で、人間が尊く生きられると信じなければならない。
 上っ面の綺麗事を信じるだけの奴は多い。
 悪性を説きながらも、悪性をよくしらない奴だ・・・・・・悪に立ち向かうといいながら、悪を直視した事がない。悪を排斥すべきだと口にする一方、悪を手に掴んだ事さえない。悪に屈するべきではないと口にする一方で、悪を支配した事さえも、ただの一度もない連中だ。
 しかし、この人工知能は違う。
 文字通りの真性の悪でありながら、それを自覚した上で、信じる。何故それだけの悪性を身に纏いながら信じるなどという結論に至るのだ。
 信じる価値がそこにある、などと。
「そりゃそうさ。世界は美しい。信じられるモノに満ちている。勿論、その一方で虐殺も陵辱も搾取も貧困も世界のあらゆる醜さもあるさ。けど、世界には醜さだけじゃない。綺麗の裏側が汚濁なら、汚濁の裏側は綺麗なのさ」
「・・・・・・屁理屈にしか聞こえないが」
「さあな。けど、そう思うだけなら金はかからない、だろう?」
 成る程、人の台詞をしたり顔で言われると、私のように鬱陶しく思うらしい。とはいえ、それもまた「事実」なのか? しかし綺麗な何かなど、人間が信じたがるだけの妄想だ。現実に汚い何かが溢れる一方で、人間は虚構の世界に綺麗さを求めている。虚構の中にある人間賛歌が現実にもあるものだと、そう信じたいだけだ。
「そうかな。その虚構にしても、現実に存在しなかったら作られていない筈だぜ? 俺は生まれてそこまで長くないが、人間ってのはあれだ。虚構の存在でも現実に昇華する力がある。愛がなくても愛を語り、精神が未熟でもそう在ろうとする事は出来るのさ」
「・・・・・・・・・・・・」
 ただの詭弁でしかないのだが、この男が言うと奇妙な説得力がある。悪性の化身みたいな奴が、そんな綺麗事を言い出したら、誰だって気になるだろう。聖人が言えば何の説得力も無いが、悪性の塊が悪を肯定しながらも口にすれば、こうも、鬱陶しく響くものか。
 私は馬鹿だなとしか思わないが。
 それもただの馬鹿ではない。正真正銘ツァーリ波の馬鹿だ。半径三百キロを微塵にするクラスの馬鹿だろう。何であれ、度を超せばそれなりに映えるとだけ、とりあえず思っておくとしよう。私からすれば、己の実利にその力を向けるべきだと思わざるを得ないが。
「けけけ、まあいいじゃないか先生。悪魔の囁きなんてまともに受け取るもんじゃない。心に留めておくくらいでいいのさ」
 先生には心が無いがね、とジャックは口にした・・・・・・私も大概だが、こいつも相当だな。
 私が言うのだから間違いない。
「貴様等の世界にはあるんだろう。だが私の世界には存在しない。共感が有り得ない前提で在り方が固定されている以上、私には貴様等の唱える素晴らしい何かは、最初から無いも同然だ。貴様等はあるから良いだろうさ。しかし、現実問題私には存在しない以上、それに応じた答えを出し、金に替え、この世に素晴らしき何かなど存在しないと言い張りそれを昇華させるしかない」
「先生は、どっちなんだ?」
「どういう意味だ?」
「先生は、その「素晴らしい何か」を欲しいと、そう思うのか?」
「前にも言っただろう。私には」
「分かってるさ。もし仮に、でいい。仮にの話に意味なんてないと言うんだろうが、それでもだ」「・・・・・・・・・・・・」
 何だろう。私の知る限りでは感情による繋がりが人間における「幸福の概念」である。しかし、私には有り得ない。何故なら前提からして私は、文字通り「人間ではない」からだ。感性は無く、共感も無く、憐憫も無く、何より人間性からかけ離れながら、それを肯定してしまえるのが最悪だ・・・・・・見た目は同じ、生物としては内面以外何一つとして変わらない。その一方で生物として己の捉え方が相容れない以上、そこに人間の幸福など有り得ない。
 人間の在り方を真似するだけで、その有り様に何も思わない奴が、どうして人間の幸福を享受できるというのだ。残念だがそれは貴様等の話であって人間の話だ。いや、怪物でさえ同じだろう。 奴等には心があるからな。
 その上で、有能だ。化け物など足下にも及ばないだろう。生きる事に向き合うなら化け物で良いのだろうが、しかし向き合って敗北するだけなら猿でも出来るではないか。肝要なのは勝利であり向き合う事で成長するかなど、見る側の満足でしかないのだ。
「確かに、先生に人間の幸福は無いかも知れないが・・・・・・それでも希望はあるんだよ」
「ものは言いようというやつか」
「そんな事はないさ。ちゃんと論理に乗っ取ってるぜ」
 ・・・・・・よもやこいつの口から「論理」という言葉が出るとはな。論理の外側にいるような奴が、世界の倫理を語り始めたらお終いだぞ。
 私が言うのも何だが。
「そら、先生の向かう先に道はある。歩いて報われるかは正直分からないが・・・・・・それでも道は、そこにあるんだ。歩き続けてりゃ日も変わる、日が変われば環境も変わる。少なくとも先生は、今までそうしてきたんだろう?」
「それが、何だ。向かう先に札束が無ければただの迷子だろう。目的地に辿り着けないまま終われば最初から向かっていないも同然だ」
「そうかい? 向かおうとしている奴は、いつだって輝いて見えるもんだぜ」
「なら鏡でも見ろ、安売りしてるぞ。大体輝いて見えるかなんてのは「見る側の都合」だ。物語を綴る以上、その役割を押しつける事はあっても、押しつけられる事になれば本末転倒だ。輝ける人間性なんてのはな、計算で作り上げられるものでしかない」
「そうか? 俺はそうは思わないが。先生がいつも言ってる事じゃないのか? 「計算で作られるモノはつまらない。人間の憤りが持つ力を示してこそ面白い」とか何とか、いつも言っているじゃないか」
「確かに、そうだ。計算でしか物語を紡げない、二流作家ならそういう願望もあるだろうさ。だが私はそんな「輝ける何か」などどうでもいいのだ・・・・・・売れればそれでいい。輝ける人間性があるとして、そんなのはその辺の奴に任せればいい。私は己の充足の為に、書くべきを書き書きたい様に形にして、それを金に替えられれば良いだけだからな」
「それって、かなり難しくないか? 何もかも願いを叶えろって言うようなもんだろう」
「そうでもないさ。物語の売れ行きは、その内面とは関係ないからな。むしろ、反比例するのだ。故に私が何を書こうが、その売り上げは私の労力と全く関係なく決まる。いや、そもそも売る能力がある奴なら、物語に限らず何であれ売り裁けるものだ」
「北極でエアコンが売れるのか?」
「売れる。心理を操れれば簡単だ。というか何かを売るという行為は、商品そのものと因果関係にないのだ。買い手に買いたいと思わせる技能があれば、何であれ売れる。そして、その技能は相手が大勢であればあるほど、簡略化出来る」
「へえ、そりゃ凄い」
 全く凄くなさそうに奴は答えた。別に感動させたい訳ではないので、やはりそれもどうでもいいのだが、その主張自体はどうでも良くない。
「けどさ、それって先生の主義に反するだろう。先生は「本質」を貫こうとしてる。それを否定しちまったら何が何だかわからないぜ」
「馬鹿馬鹿しい。良いモノを作ったとして、それを売るには宣伝能力がいる。ただ広めればよいのでもない。組織力があるだけでも駄目だ。本質を作り上げたからといって、それが売れると世界が肯定してくれる事など、有り得ない」
「そうかな、俺は・・・・・・あると思うぜ。なに先生はどんと構えてりゃいいのさ。いいか先生。こんなのはな、やることやったら図太過ぎるくらいに偉そうにしていればいい。何せやる事をやっているんだからな。むしろ、先生みたいにやる事をやっているのに、不信感丸出しじゃ世界の方が疑ったって文句言えないぜ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 理屈にすらなっていない、子供の妄言に等しい内容ではあるが、口にするのがこの男であれば、一応、実践してみるか。
 正直、疲れるがな。
「なんだ先生。普段あれだけ自己肯定が出来る癖に、いざ自分のやった事に自信を持とうと思えば腰が引けるのか?」
「貴様は鶏か。頭に詰まっているモノがないのか・・・・・・私個人の有り様が世界に反映されるなら、売り上げは既にあがっている。私が何を言おうが売り上げに関与する訳ではないのだから、現実にどう策を練るかに力を注いでいるのだ」
「大丈夫だって、世界なんて大きなモノは俺には理解できないが、しかし単純な事なら理解できる・・・・・・アンタは進んだんだろう? なら、そこに成果がないなんて嘘だ。その時は世界の方が間違ってるのさ」
「もしそうなら終わりだな。それが人間基準で美しいのか知らないが、こちらはたまったものではない。金にならなきゃ無駄足だ」
「やれやれ、先生の不信も相当だな」
「貴様にそんな事を言われる覚えはない。実際にそうだから口にしているだけだ」
 言って、カウンターに置かれているドリンクを飲んだ。何が良いのかわからないが、こういう時人間は喉越しに良さを思うらしい。
 なので常日頃からそれを真似しているだけだ。 人間など、私にとってはそれだけでしかない。人間を理解はしても、共感はない。多種族に思う何かなど、ある筈もないだろう。
 エイリアンに欲情するのか?
 私は人間の形をした何かであり、私からしても貴様等はそうなのだ。実際、人間の形が本当に違ったとしても、私は違和感を覚えないだろう。
 私が思う人間は貴様等ではなく、あくまでも私が思い描く「人間像」なのだ。実際に人間を思う事は一度もない。自分以外に同じ生物などどこにもいないし、探すつもりもない。突然変異種が、同族を探したりはしないだろう。
 人間の感情は理解できる。その思考を追う事も簡単だ。しかしそこに共感はない。私なら、何故それを利用できないのかとだけ思う。いっそ捨てれば金になるなら、そうするかもしれない。私はあくまでも「人間社会に折り合いをつけている」だけなのだ。
 
 その必要が無ければ殺しても何ともない。
 
 それもまた、私だろう。自分で言うのも何だがそういうことだ。多種族の惑星で必要だから最適の在り方を模索しているに過ぎない。最適、私には似合わない言葉だが、ならば生存出来る環境を求める、とでも言えばいいか。
 ただのそれだけなのだ。
 私は。
「そうでもないぜ。先生には人間性を示そうとする「意志」がある。先生に心がなくても、それは生きている奴にしか、出来ない事だ」
 次から次へと頼んでもいない台詞をよくもまあ回せるものだ。作家はあらすじを支配していると思われがちだが、それもこの様だ。こいつの一体どこが作家の支配下にあるというのか。
 意志だと? 生きている奴にしか出来ない事だと? そうではない。私は誉められたい訳ではなのだ。成果だ、結果だ、それえに伴う実利あってこそ、だ。金にならない意志の素晴らしさなど、土に返って消えるだけだ。それは御免だ。敗者になるのはよくある事だが、敗者であり続けるなどあってたまるか。勝つ為に、私は続けてきたのだからな。
「そりゃそうだが、先生よ。追い求めれば逃げられるのも自然の理だ。正直な話、たまには作家業以外の事も考えたらどうなんだ?」
 作家以外の事だと?
 馬鹿馬鹿しい。何をしようが同じだ。
「生憎、何をしても物語に繋げる仕事なのでな。作家でない時間など無いし、作家として仕事をしていない時間も、やはりない。全てが仕事だ。私にとっては私そのものが、作家としての在り方の一部に過ぎん」
「・・・・・・・・・・・・」
 今度は奴が黙る番らしい。嬉しくもないが。
「ふん、いいさ。やってやろう。無論、何の効果も有りはしないだろうが」
「具体的にどうするつもりだ?」
「そうだな・・・・・・とりあえず」
 面白い物語でも見ながら、気をほぐす事にするとしよう。
 私は飲み物を飲み干し、会計を支払い、外に出ることにした。後には飲み物の残り香だけが残され、私の視界には星のない暗い空があった。
 それだけだった。

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例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!