見出し画像

邪道作家19巻 三回回ってワンと言え!! 執念の先 無料分付

作品テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリー(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)


簡易あらすじ

アンドロイドが自我を持ち職を奪い作品すら書き上げる時代───非人間の殺人鬼作家が、作者取材という戦いに挑む!!

当然ながら依頼は嘘まみれ、行き着く先には困難ばかり••••••得られる「利益」が見えずとも、不屈で書き抜いた事だけは「真実」だ。


天上天下において並ぶもの無い、唯我独尊の物語だ───他に書ける奴がいるというなら連れて来い!!


過去未来現在において、唯一無二の


「悪意」


だけは「保証」しよう!!!



邪道作家 縦書きファイル全巻

1-14巻無料

グーグルプレイブックス対応 アプリには非対応なのでネット推奨 続刊15巻〜23巻が、なんとたった1000円だけで買い切り可能!!!

主要記事まとめ 作家宣言付


見放題プラン初月無料 500円



考えてみれば、こちらも無理なことばかりする物語であるのは間違いない。

まさかの

肉体派老人アイドル


が登場するのもこの19巻だ!!!


まさかの共通点といえよう••••••私も今初めて知ったが。

無論有料だ、金は貰う!! とはいえ、縦書きで買えば千円で全て買えるし、サブスクに至っては初月無料だ。連中のやり口に合わせた結果

個人の利益より全体に貢献する

やり方に合わせたからな••••••やれやれ。何とかなると思っておこう。


例の改革案にしろ

https://note.com/calm_dietes306/n/n7d49085c61d4

とどのつまり読者次第


だ。
てめーらがヘボだったらこちらは出し損、ってことになる。
ドゥーユーアンダスタン? 作家にできる事は全てやり切った。

あとは、貴様ら次第だ───何度も同じこと言わせるんじゃねぇ!!!


邪道作家19巻


   0
 
 
 
 人間は面白いと、人は言う。
 だがそれは昔の噺だ。近代では面白い人間など見た試しが無い。限界を超えて挑む事が妄想の類だと、そう信じられるようになったからだ。 
 だから、人間はつまらない。
 貴様等は面白さを生み出す小道具に語りかけるのか? しない。だから道具には興味ない。私が楽しむべきは人間の作り出す娯楽だ。
 面白い人間がいれば、それに越した事はないが・・・・・・いるのか? この現代で、異常者と呼べる思想を持ち、実行に移す馬鹿な奴が。
 鏡を見ろ? 知らんな。私はそれほど、珍しい存在ではあるまい、多分。違っても責任は取らないし、特に保証もしないが。
 私にあるのは神仏すら首を括らせる事が可能な口先と、無限に相手を上回る悪意だけだ。それらが何の立つのかと言えば、何の役にも立たない。 私が言うのだから間違いない。
 正直、無い方がマシじゃないのか?
 そもそも、追い詰められて切羽詰まってばかりいるから必要になる技能であって、本来は別に、使わずとも勝てるものだ。このようなあれこれと策を弄する行為自体が、持たざる側の証左だろう・・・・・・私も少しは楽をしたいのだが。
 世の中上手く行かないものだ。
 いや、この場合良く出来ている、のか? 私に物理的な力が加われば、どうなるのだろう。まず物語を広めるのは確かだ。どんな影響を与えるかといえば、人間不信、悪意肯定、善良破壊に世の理不尽を許容する精神は約束する。良薬口に苦しというではないか。言ってしまえば病を放置した貴様等の病体を、頼まれもしないのに少々精神を書き換えてまで、無理矢理改善してやるだけだ。 感謝感激、財産を差し出してくれてもいい。  無論、差し出させるがな。
 その為の、物語だ。
 夢希望を魅せる事が役割だと? 馬鹿が。物語とは虚構で騙し悪意を刻み、世界にありもしない希望を幻想させて、貯金を毟り取る為だけにある・・・・・・・・・・・・他に何かあるのか?
 いや言わんでいい。同意してくれて有り難う。 わかってくれたか、物語とはそういうものだ。 とはいえこの口先も、人間社会では役に立つ事などありはしない。なぜなら人間は「対話」などしないからだ。
 立場や権威で押し通すだけで、相手と言葉を交わし論理的に事を進め、お互いの妥協点を探る事でその裁判を進める。これは人間社会では実質、存在しない制度だ。法律は金で買えるし、無力な市民に裁判で打ち勝つ術はない。国が相手ならば尚更で、どれだけ理不尽だろうが国との裁判では必ず国が勝利するよう出来ている。
 個人でも同じだ。「対話」などする奴を、私は一度として見た試しがない。皆、通せれば通るし通せなければ何を言い聞かせても無駄だ。何せ、現代社会の「人間」とは「原人」と殆ど変わらず言語や知恵を持っているように見えるだけなのだ・・・・・・実体は猿とさほど変わらない。
 人間でも神仏でも怪物でも、同じだ。
 都合が悪ければあっさり信条を翻すし、立場や権威、あるいは優れた暴力があれば何をしようと正しく、相手の言葉など聞きはしない。
 聞いていると思い込んでいるだけだ。
 自分達の言いたい事を言うだけで、相手の都合など考えるつもりはない。そのくせ「俺はお前達の事を思いやっているからこうしているんだ」と口にしながら幼少期の私と周囲を殴りつける教師もいたが、大体あれであっている。
 自分達は人間とは違う、と思い込む。
 いいや、生憎だが、同じだ。それとも貴様等は私のように、いちいち言語で洗脳、いや説得して事を済ませようとした事があったのか?
 私か? そうだな、およそこちらが言語を話す事すら許されないか、あるいは言葉を聞くだけで対話にならず、そのまま押し通されてきた。
 なので、対話など一度もした事がない。
 なんとも無駄な才能だ、まったく。いや、才能ではなく性格か。才能で口先は回らないからな。 嬉しくもない技術だ。とどのつまり暴力で押し通されれば何の役にも立たない。神仏ですら口先一つで自殺に追い込む確信はあるが、しかし力を持つ奴が対話を行う事など無い。本人はそうしているつもりでも、結局は背後に力ありきの人格があるだけだ。力で肯定出来るからこその人格に、対話など期待する方が馬鹿げている。
 そこまでの価値はない。
 ゴミ相手に語りかける趣味も、無い。
 力を振り回すだけの存在など、その辺のゴミと大差ない。偉そうに君臨している奴に限って大抵の場合はそれだ。種族が何であれ、それに影響を受けずにいる面白い個性など、人類史全てを漁り尽くしたところで数える程しかいないだろう。
 忌々しい連中だ。
 その力を剥ぎ取って無力になったところを私の罵詈雑言で追い込めれば、それが神仏だのという偉そうな連中であれば尚更、極上の見世物として売りに出せるだろうに。あの世なんてあった所で私に適用されるのかは知らないしどうでもいいが・・・・・・・・・・・・それはそれでやってみたいものだ。 面白いぞ、きっと。
 傲慢の仮面が剥がれる様は、最高に笑える。
 私もそんな楽な暮らしが出来れば良かったが、そうもいかないらしい。やれやれ、参った。私は楽が出来て自己満足の充足があれば、それだけで別にいいのだが。誇り高い悪である事は必要だがそれはそれ、これはこれだ。だからって売れない物語を書き続けたい訳ではない。
 傲慢か・・・・・・まず相手がいないな。そして傲慢を向ける必要もない。疲れるしな。第一、そんな連中に敵対するからこその「邪道作家」だ。
 私には縁がないらしい。
 残念だ。金になりそうなのだがな。
 

 人生は、プラスマイナスゼロだ。

 何せ最終的には何も残らないからな! 尊厳も勝利も仲間も道徳も倫理も友情も愛情も! 全て灰に還るしかない。何も残りはしない。後にあるのは墓だけだ。その墓さえも、金次第。
 金があったところでどこぞの嫌われ者野球選手のような生き方であれば、後には墓すら残らない・・・・・・・・・・・・それはそれでありだろう。
 後に残す必要など無い。
 全ては、その有り様だ。生きていようが死んでいようが存在しようが存在しまいが、全ては悪で出来ている。ならばその悪を貫き通し金に換える事こそが「生きる」という行いだ。悪を肯定し、悪を自認し、最後まで逃げずに押し通す。
 崇高でいいではないか。
 神を信じるように、悪を信じればいい。それが全ての生命に必要な義務であり役割だ。まあ私は神も仏もどうでもいいと思っているので、何なら悪だけを信じればいいだろう。
 そもそも、神も仏も悪でしかない。
 大いなる力を持ち、独自の判断で世界に影響を与え、結果山のような死を世界にばらまくとは、核兵器も真っ青だ。或いは悟りを開きこの世界の苦しみを否定し、つまり見たくもない部分を否定することで人間を直視せず認めない。
 そら、どちらも大悪ではないか。
 単に、大層な力や権威があるから、誰も事実を指摘出来ない、いや指摘したところで暴力で解決できるだけだ。誰一人認めていないし、何一つとして成し遂げてはいない。連中自身は悟りを開き世界を支配し他生物の上にでも立った気分なのだろうが、まさかそんな訳がない。
 全てを愛する全能の神だと?
 だが愛とは身勝手なものだ。何より本来ならば己より相手を立てる行いを愛と呼ぶ。己の生命の上に相手を置くからこその愛だ。
 ならばそいつは下にいるのか? いいや、道徳や倫理の「正しい見本」などという物を作る時点でそいつに愛など無い。認識とは画一化されずに多角化する概念であり、それらを統一したがるという思考は「己より下の者達を支配したい」と、そう考えているからなのだ。
 何故なら、その発想は相手を信じていない。
 例えば、私のような悪性などは、連中の身勝手極まりない価値観で「正しい行いをしなさい」とその在り方を全否定するという事ではないか。
 相手を認めていないのだ。
 だから、正しい規範を作りたがる。
 色々あっても世界を先に進めるだろうと信じるならば、そのような規範は必要ない。他でもない私が言うんだ間違いない。何せ、貴様等読者共があまりにも頼りないが故に、私は「悪の聖典」を書いているのだからな! 相手の事を信じられるなら、そのような物は必要あるまい。
 悪意だけなら世界にも匹敵出来る。
 鬱陶しい正しさの具現共と同じ行いをしているということは、それが証明されたということだ。喜ばしい、のだろうか。わからない。
 第一、私は己が生きられないから、周囲の魂を書き換える。そうしなければとてもではないが、呼吸すらままならない。当たり前だ。私は例え、その相手が何者だろうが必ず「都合の悪い相手」だと排斥される為にある。だからこその最悪だ。 ならば、世界そのものを覆すしか、あるまい。 悪が肯定される世界。悪を自認する民衆。悪に誇りを持てる世界だ。貴様等の下らない善性が、世界をどのように良くしたのだ? 
 誰も勝者にならない世界。
 誰も他者を殺さない世界。
 誰も敗北を知らない世界。
 汚ならしい綺麗事は世界を停滞に導いた。善意や倫理を優先した結果がこれだ。小手先の道徳で己を誤魔化し悪意から目を背け、散々それらしい信条を立てながら少し都合が悪くなれば逃げだし最期まで何かを見届けられない、半端者の墓標。それが今ここにある世界の事実だ。
 真実とは、力で書き換える物だからな。
 殺し合わせればいいのだ。人間でも怪物でも、全てが生きる価値などあるまい。この世に生きる上での価値の概念があるとして、その価値は全てに付随されない。付随されてる奴など見た試しがないしな。
 大抵はゴミだ。
 何の為に生きているのか、それを考えた事など一度もない。そのくせ文句だけは一人前で、己の事など省みないが、他者にだけは説法を垂れる。 その場その場で不満を言うだけ。
 何かを変えようなど、考えもしない。
 それは生命ではない。ただのゴミだ。
 少しは掃除をしろという噺だ。この世界には、そういったゴミが多過ぎる。悪を自認した上で、世界に挑むのならば構わない。だが己を善良だと勘違いした愚か者が、ゴミを垂らしながら正しさを宣う姿は見るに耐えない。私に汚物の掃き溜めを眺める趣味など無いのに、とんだ露悪趣味だ。 冗談じゃない、巻き込まれてたまるか。
 だからこそ、金が欲しい。物語による金の肯定こそが、私の生きるべき道筋だ。その上で物語を売り捌き、世界に広め悪意で染め上げる。
 汚ならしい綺麗事など、皆殺しだ。
 いや、すべてを破壊すると何でもそうだがロクな事にならないか? わからない。たまに休憩の為ならいいかもしれないが、普段使いは論外だ。 ならば悪意で染め上げねばな。
 それが「邪道作家」の「役割」だ。
 その有り様を「都合が悪い」と排斥する奴こそ私からすれば巨大な邪悪だ。己がそこまでの悪党だと自覚がないまま相手に善意を押し付ける。
 私に言われたらお終いだぞ。
 少しは反省しろ、馬鹿め。
 この世界は全て悪だ。悪でない物など存在せず悪だけがそこにある。何者であれ、不確かな概念であれ、すべからく悪だけだ。
 善という名の悪があり、
 正義という名の悪がある。
 悪という名の義務があり、
 悪魔という名の人間がある。
 無論、人間でなくとも同じだ。何も変わらない・・・・・・呼び名に拘る時点で駄目なのだ。肩書きは所詮当人の意志や行動とは関係がない。何故なら神であれば横暴が許されるのは、単に暴力で押し通せるからだ。当人の人格が問題であって、その個人が評価された部分など無い。同様に、それが人間だからと考えるのも間違いで、人間だろうと人間でなかろうと、駄目な奴は駄目だ。
 使えないゴミは使えない。
 散々見てきた私が言うのだ間違いない。
 特に、人間にはそれが多い。正直ゴミしか存在しないのではと思うくらいだ。いや実際、いないのだろう。しかしだ。それはそれこれはこれだ。人間だから、神仏だからと決めつけるのは、その個人を見ていないという事になる。
 憎しみ、ですらない。何せ見ていないのだ。
 故に、それでは人間を憎めない。「人間」と、その枠組みを見ているだけで、石を投げた当人を恨んでいる訳ではないからだ。
 妄想に向かって拳を振るうに等しい愚行だ。
 私か? 私はいいのだ。とりあえず偉そうな奴に対して、こき下ろす権利が作家にある。それが邪道作家であれば尚更だ。
 違ったら謝罪くらいは、しないな、多分。   まあ私が面白いから構わないだろう。何であれ肩書きを剥げばそれなりに中身が剥き出しになるものだ。剥いても変わらない奴もいるだろうが、剥ぐだけで何も残らない奴の無様さは、見ていて最高に笑えるからな!
 それが神仏であれば尚更だ。
 無理矢理にでも、そうしてやろう。
 なに、今まで散々偉そうなところに立っていたのだ。貴様等には、こき下ろされる義務がある。私はその義務を果たしてやるだけなので、むしろ金を払って貰いたい。こき下ろして頂きまして、誠に有り難うございます、とな。
 お題は命と全財産だ。良心価格だろう?
 我ながら優しくなったものだ。
 そんな、人格者度合いが素晴らしすぎて仲間が出来ないのだろうか。実際、私に味方した奴など一度としていなかったので、最早「仲間」という概念自体あやふやだ。何だ仲間とは。あれか?
対価も支払わず働いてくれるあたり、もしかして奴隷の別名なのかもしれない。
 仲間か。それなら欲しい。
 便利だからな。まあ、便利である時点で私には縁が無さそうだが、検討だけしてやろう。
 するだけ無駄だろうが、するだけならタダだ。 協力者、仲間、何でもいいが都合の良い呼び名で誰かを利用したい。うんざりするほど利用されてきたのだから、こちらにもその権利がある筈だ・・・・・・その利用仕返す能力も無いがな。
 怪物連中は気楽なものだ。
 正直、羨ましい。暇そうで。
 私も楽をしたかった。無駄な遠回りによる成長など持つ側の戯れ言だ。私が言うんだ間違いない・・・・・・・・・・・・得られる物など、何もなかった。
 強いて言えば徒労とストレスだけだ。
 作品のネタだと? 生憎だが作品のネタなど、私であれば環境に左右されず得られる。地獄でも天国でも同じ事だ。どちらも偉そうな連中に支配されている監獄という点では相違ない。それが、幸福のみが満ちた世界だとしても、私なら簡単に否定できるし、悪意を見出せる。
 家庭の中に地獄を想像させる。
 恋愛の中に戦争を作り出せる。
 親愛の中に悪徳を刻み込める。
 友情の中に殺意を生み出せる。
 勝利の中に傲慢を抉り込める。
 道徳の中に邪悪を読み取れる。
 倫理の中に差別を考えさせる。
 法律の中に搾取を理解させる。
 全て、私なら容易な行いだ。
 この世界全てが悪であり、世界全てが暗闇だ。私にとって世界とはそういうものであり、私には光など感じた事すらない。
 全て、絵空事でしかないのだ。
 人間が素晴らしいと叫ぶ全ては、虚構で出来ている。人間が否定する全ては現実であり、妄想に逃げているからこそ現実が見えていない。
 誰も現実を直視していないのだ。
 幸運に恵まれただけの奴が勝利し、またそれら持つ側が世界の倫理観を牛耳る。当然そいつらの浅はかな発想が世界の常識となり、世界の倫理観は搾取する為の小道具となる。区別も差別も同じ事だが、連中はそれが大儀だと思い込める。
 さして考える脳もないから楽勝だろう。
 自分達の力で何かを成し遂げたと思いたがる。その発想が出る時点で己の力ではないと気付かず結果迷走しながら補填する。これで己の力だと、そう思い込む為にあれこれ些末な行いをし、幸運に恵まれただけではない結果だと叫ぶのだ。
 生憎だが、全て貴様の力ではない。
 ただの幸運だ。他に何がある?
 貴様自身はどこにも必要すらない。
 その力ありきなのだ。才能も育ちも環境も全て当人の力ではない。だが貴様等は間違いなくその「理不尽」という物を覆してはいない。もし覆す為に動いているならば、要因が何であるかなど、それこそどうでもいい些末事だ。
 いいからさっさと実利を寄越せ。
 それが素直な感想だ。私が言うんだ間違いない・・・・・・その過程などどうでもいい。とにかく勝ちを掴むのが先決だ。名誉は後から振りかけろ。
 名誉も栄誉も香辛料みたいなものだ。
 後付けで適当に振りかける物であって、躍起になって追い求める物ではない。何かしらの行いに対して、後から力で付随させるふりかけだ。
 貴様等は、米も炊かずにかけるのか?
 どうかしてるぞ。私が言うのだから相当だ。
 脳波測定でも受けた方がいい。
 ふん、容易く何かを得る奴は、その力を容易く失うものだ。だがしかし、だからって死ぬ寸前に得るのでは本末転倒だろう。ましてこのままでは死ぬ寸前に得られるかすら怪しい。
 魔法のランプなど存在しない。だが水筒に水を入れたら中から溶岩が出るのも困り物だ。実際、私の道程はそんな理不尽ばかりだった。
 だからこそ、軽々しく努力だの善行だのを語られたところで「情けない奴等だ」としか思わないのだ。努力すれば後退し、理解を求めれば暴力で返され、積み重ねればその分財産を失い、時間を費やして徒労の山を築き、敗北や失敗から活かした筈の何かをあっさり、不運という理不尽に否定される。そんなものだ。
 その横で、言葉を垂れる訳だ。
 生まれついて力を持った奴が、あたかも理不尽を知った風な顔をして、力を振り回しながら世界を語る。鬱陶しい限りだ。人間に限らず、怪物もそうだが「理不尽」を知る奴は意外に少ない。
 まあ当たり前だ。生まれながらにそんな、負け続ける人生など歩む方がどうかしている。何かに挑む前から負けていて、敗北に愛され失敗を繰り返し他者の共感など当然受けず、ただただ敗北を繰り返す。得る物など何もない。強いて言えば、その性格の悪さだけは積み重なる。
 
 生まれて一度も、己を生命だと思わない。
 
 そんな在り方の方が歪んでいる。歪んでるだけなら良かったが、まったくもって金にならん。
 何故だ。
 これが物語であれば、その分特殊な能力や仲間がいたり、あるいは金だけは稼げたりするものだ・・・・・・物語のお約束も守れないのかこの世界は。 人間だと思わない、どころではない。生物だと感じる事が無い。これが漫画ならその分何かしらの利益を生むものだ。世界に輪廻の輪なる存在があるとして、私はそこから外れている。
 いや、もしその中に入れられたとしても、私はやはりその内にいると思う事は永遠に無いだろう・・・・・・・・・・・・当たり前だ。別の何かなのだから。 能力云々、ではない。
 存在そのものが、違うのだ。
 有り様が、相容れない。
 何にしろ「いい思い」って奴だけは無縁だったのだから、金くらいは欲しいものだ。とはいえ、金さえあれば私はそんな些末事に縛られないのである意味ではバランスが取れている、のか?
 王道の物語であればそれらの状況に「こんなの酷すぎる」とか「俺は生きていていいのか」とか思うのだろう。我ながら表現が古いかもしれないが、それは気にするな。とにかく、だ。要するにそれら「心ある存在の苦しみ」みたいなものが、私には塵一つ分も無い。
 酷いかどうかは金次第だ。
 生きていいかどうかは私が決める。
 存在そのものが間違いであり、修正されるべき害悪だったとして、だから何だ? 私の貯金通帳に何か関係があるのか?
 いや無論、あるなら考えてやる。
 二秒くらいだが。
 つまり私は大抵のどうてもいい事を二秒すれば忘れる。心ある存在なら悩むべきなのだろうが、私はあくまでも「人間の真似」をしているだけであって、人間そのものではない。だから、私には彼らのように真実思い悩んでいる訳ではないのだ・・・・・・当たり前だが、感性がない以上そのような悲しみに縁がある訳がない。
 全ては金次第だ。時給があるなら幾らでも差別されてやるぞ。私はすぐに不愉快になるので時給五億ドルでも足りないだろうが。
 金だけは貰う気もするがな。
 受けるとは言ったがやるとは言っていないと、そう受け答えして実利だけ頂くか。前金は頂いて実行した際の金は遠慮しよう。我ながら謙虚だと言えるだろう。確かに前金を受け取るという事は依頼を受けるという事だ。しかし! その過程で何かしらの事故が起こり、実行できない事もあるにはある。その際に依頼金を受け取れないというのは当たり前だが、依頼を受けようと思い実行に移すとそのような事故があったとして、それでも依頼を実行しようという意志は確かにそこにあるものだ。そう、これはただの事故だ。
 よって、前金だけ受け取る事に罪悪感なし!
 そうでなくても、私に罪悪感など無いがな。
 この私が噺を聞いてやるのだ。むしろ前金だけしか支払っていない事に、恥じ入って貰いたい。 まあ気にするな、私は寛容だ。
 金さえ払えば、だが。

 さて、本題に入ろう。

 我々、というと色々と語弊があるので、ここは「人間共」とでも言っておこう。後からやっぱり人間じゃねぇじゃねーかと言われても困るしな。 人間共の歴史は、機械との歴史になった。
 あくまでも途中からではあるが、まあ科学技術がという意味合いでは似たような物だ。今ここにある何かを更に便利に楽な方へ。それが人間社会における基本方針であり、そう考えると努力勝利友情だのを語る物語は笑える。そんな物では何も変えられなかったからこその科学だ。
 楽して実利を得る。
 人間の進歩という言葉が「高尚さ」みたいな物を演出する噺は多いが、人間の進歩は基本、楽をする為にあるものだ。そしてそれらの進歩とやらは時の権力者の気分次第で決まる。歴史が動いたというなら、それは偶々その権力者がやれと命令したからに過ぎない。
 逆に、権力者が駄目と言えばそれまでだ。
 実際、先進科学の殆どは遙か昔から理論としてある事が多い。ならば何故人は空を飛ばず物流を制御出来ず争いの多い司法を選ぶのか。簡単な話「その方が権力を維持しやすい」という理由だ。現在でもそうだが「民主主義」を掲げ「保守派」を語る連中が「民衆の権利」を語る一方で、彼ら持つ側はパーティを開き実利を貪り法律を味方にする。いつの世も「恵まれただけの勝ち豚」こそ素晴らしい存在だと称えられるものだ。
 素晴らしいから素晴らしいのではない。
 そういう事に出来るから、素晴らしいのだ。
 芸術が何かも良くわからない連中が、意味不明にも程があるキテレツな物体に数億ドルの値段を付けたりする。物の価値を知らず、というよりも「物の価値を考えず」と言えるだろう。だから、彼らは湯水のように金という力を無駄遣いする。 無駄遣い、出来てしまう。
 結果として本来遙か先に進めておくべき進歩とやらを、ただの気まぐれで先に進めてしまった時に「奇跡」や「人間の成長」と勘違いする。
 まさか、だろう。そこまで人間は大層な生き物ではない。別に人間が滅んでも世界は続いていくだろうし、他にも生物はいる筈だ。
 強いて言えば物語くらいだろう。
 他種族に同じ物語を作れるとは思えない。漫画やゲームを神仏に作れるか? 無理だ。悪魔でも同じ事で、優れた能力を持つ奴には、そういった娯楽を創造する感性が欠けている。私に言われてしまう時点でお察しだ。
 だが、機械ならそれが出来る。
 創造性を付与した新しい腎臓生命アンドロイドもそうだが、人工知能という奴もくせ者で、私に言わせれば優秀なだけの障害物だ。
 生まれついて優秀な存在。
 つまらない。面白味の欠片もない。やはり欠点の一つでもなければ応援のしがいがない。まあ、私ほど弱点どころか戦う前から敗北するのも問題だとは思うので、それなりの愛嬌があればいい。であれば読者共も応援するというものだ。
 そして、能力差があれば怒りがある。
 私ではない。誰であれ差があれば怒りを持ち、不平不満を言うものだ。その不満に目を瞑っても更なる軋轢により憎悪すら生み出してゆく。
 そしてついには戦争だ。
 歴史の授業など習うまでもない。考えるまでもなく人類の歴史は大体これだ。知らなくてもいい黒歴史だけ覚えればいい。戦争で大勢死んだのは新しい資源が土地にあったからとか、敗戦により虐げられた人々はどれほどの絶望だったかとか、「不平等な平和条約」という欺瞞でどれほど先の国民達が、血と涙を流したかを覚えればいい。
 歴史に学ぶ?
 歴史を繰り返さない?
 まして歴史を先に進めるだと?
 馬鹿を言うな。歴史というものがあるとして、人類史は一歩も前に進んではいない。文化があるから私はそれでもいいが、しかし「人間の進歩」などと笑わせる。人間は人間のエゴによる厄災を何一つ克服できていないではないか。
 同じだ。何も変わらない。
 強いて言えば漫画やゲーム、物語の発展だけは良くやったといいたい。後は米だな。食い物文化や物語。文化形成に価値はあるが、人間そのものなどあろうがなかろうがどうでもいい物だ。 
 まあ、人間ほど我欲に歪んだ生き物は宇宙全てを探してもいないので、だからこそ面白い物語は人間社会の中にしか無いだろう。
 あるならあるで、頂くがな。
 それはそれで面白そうだ。
 今回の物語はそれら「人間の因果」から発生し避けられない軋轢の物語だ。優秀な物を発掘し、その優秀な物と争うというのだから、人間は業が深い。単に頭が悪いだけかもしれないがな。
 では、戦争を始めよう。
 立ち読み禁止、金を払わない読者に生きる価値なし。それが私の物語だ。わかったら万札を投げ込んで感謝感激しながら私に財産を献上しろ。
 それが読者の義務だ。
 世界共通、読者は作者の敵である。金も払わず適当な評論を垂れてそのくせ何も生み出さない。まさしく粗大ゴミのような不要物。
 それが「読者」だ。
 それら不届き者に天誅を下すのが作家なのだ。故に、この悪意を刻みつけよう。貴様等が善なる全てを否定するように、貴様等が世界全てに絶望するように、貴様等が心ある全てを否定するように、この私が語ってやろうではないか。
 邪道作家の物語に、救いなど無い。
 あるものか馬鹿馬鹿しい。そんなものが欲しいなら聖書でも読んでおけ。根拠の無い救いで心を誤魔化したいならお似合いだ。
 何の役にも立たないのは保証してやる。
 ならば私の物語はどうか。いつも通り、出来は保証しないが悪意だけは保証しよう。それが悪意を刻み込み、世界を覆す邪道作家の物語だ。
 さあ、始めよう。
 善意の終わりを、道徳の廃棄を、倫理の改竄を始めよう。この物語において重要なのはただ一つ・・・・・・・・・・・・怒りは消えない、ということだ。
 その炎を見るがいい。
 無論有料だ、金は貰う。
 貴様等の破産と引き替えに、この続きを読むがいい。勿論、廃人にならない保証は無いがね。
 
 その先に、悪意の究極でも魅せてやるさ。
 
 
  
   1

 人間らしさでは、勝てない。
 人間は神仏を信じたり魂の有り様の是非を問う事で「幸福の基準」に縋ろうとする。だが、私はその方法では決して幸せになどならない。
 確信がある。有り得ないのだ。
 第一、御免だ。偉そうな神仏だか悪魔だかが、「こうすれば幸福になれる」「それは幸福になる権利がない」と指示する通り動くのか?
 何より他者の基準に縋るなど、おぞましいにも程がある。自分では道を選ぼうともせず、機械の言うままに従う運転者と同じではないか。
 それなら、当人はいるまい。
 そもそも何をやろうが間違いだ。どれだけ徳のある神仏が説こうが、どれだけ悪徳を積み重ねた悪魔が語ろうが、同じだ。その当人の考える思想である以上、その他全てに適用できる絶対的基準など、ある筈もない。
 あってはならないのだ。
 それではその当人だけがいればいいではないか・・・・・・他の全ては欠損品という事になる。何せその当人の思想が「正しさの基準」なのだ。
 その他全ての基準を排する行いだ。
 隣人を愛するのは勝手だが、隣人から搾取する事を生き甲斐とする奴を、間違いそのもので害悪のように語る資格など無い。
 こちらの道が正しいから、それは間違いだ。
 ただの思考放棄ではないか。生憎だが、隣人を愛すると言えば聞こえは良いが、ならば貴様等は家族を皆殺しにし国を滅ぼした奴に人類皆平等を説き許せるとでも言うつもりか?
 それこそ人間性の否定だろう。
 正しいから、善良だから、それは人間を見ない行いなのだ。悪徳こそ人間であり、他者の差別が繁栄を極め、殺戮こそ科学の進歩であり、愛こそが他者の付け入る隙となり、大勢が死ぬ。
 そんなものだ。
 あくまでも指針程度に留めるならいいが、己で導き出した答えでもない道を歩くのは、要するに甘えだ。己で考えるより楽だからな。
 散々考えて疲れた私が言うんだ間違いない。
 百害あって一一利なし。まさにそれだ。己の道とやらを導き出したところで、徒労しかない。
 楽な道からは、最も遠い。
 他者の思考などそれが何者であれ、参考程度に済ませるものだ。大層な肩書きに騙されるな。
 私でもやってるんだぞ。恥ずかしくないのか。 恥という概念があれば、だろうがな。
 連中の浅はかな幸福論で、他でもないこの私が成功できれば苦労はない。このままでは、間違いなく「色々あったが良い事は何もなかった。結局持たざる者は意志を持ち行動する事すらも無意味無価値に終わるということか」などと嬉しくない結論を出さざるを得なくなる。
 実際、そうだ。
 良い事など、何も無かった。そもそも人間達、いや心ある存在の全てが感じるであろう「幸福」というものに共感できないのだから、私の世界にあるのは「幸福の存在しない世界」だけだ。
 苦しみだけはあった。
 毎度毎度何でここまで苦しみばかり味わうのか不思議なくらい、鋭利な痛みではなく鈍く地味に苦しみ続ける。無論、鋭利な痛みも味わう機会は多かったが、やはりそれも「苦しみの一つ」だという印象を受けるものだ。
 おかげで苦しみには耐性が出来た。
 どんな毒で苦しめられようが、情報を吐かない自信がある・・・・・・果たして何の役に立つのか疑問しか浮かばない。いるか? この技能。
 一応私はサムライらしいしな。
 時代遅れの邪道作家という意味合いでは確かに「サムライ」というのも相応しい。ちなみに痛みは苦手だ。耐えられない訳ではないが、注射など体内に入れて針が折れたらどうするのかと、つい思ってしまう。
 常に最悪の可能性のみを考える。
 そしてそれだけが実現してきたのだ。なかなか血管が浮かばないからと両腕に何十回も刺された記憶がある。健康な顔色だから全て健康体、ではやはり駄目なのだろうか。医者の下らない虚栄心に巻き込まれ、部長を立てる為に私が割を食うのは正直御免だ。迷惑にも程がある。
 苦しい。
 苦しい。
 苦しい。
 確かに苦しみには自分でも引くくらいの耐性があるが、だからどうした。私は痛みや苦しみに、喜びを感じる性癖など無い。
 毎回脳髄に溶岩を流し込む様な激痛と呼吸困難による意識錯乱を味わって、それで喜ぶ奴が入ると思うか? いない。私もそうだ。
 脳が痛み過ぎてどれだけ激痛が脳に走ろうが、正直そのまま散歩に出れるのでは? と思える程それら苦しみに慣れてしまった。
 嬉しくない。
 金も入らないなら尚更だ。
 まあ溶岩は大げさか。神経を鷲掴みにされる、その程度の痛みなら子供でも耐えられる。事実、私は耐えた。なら出来る筈だ。
 そういう人間だけ生き残ればいい。
 私が人間なのかはかなり疑問だが、とにかく、その方が面白そうだからな。その程度で発狂するならしてしまえ。それでは娯楽は作れまい。
 作家などその最たる例で、大抵はロクでもない「味わうべきではない苦痛苦悩理不尽」を、嫌でもかというくらいに平らげたからこそ、それらを悪意たっぷりの物語で書くものだ。
 でなければ物語など書くまい。
 最近のアイドル作家なる屑共なら知らないが、物語は衆目を集めるものではないからな。要は、大勢の人間に知らしめるべき「何か」だ。
 何でもいいぞ。人間不信とか、博愛否定とか、迫害精神とか、経済奴隷とか、友愛殺人とかだ。とにかく、読者が苦しめばそれでいい。
 物語とは、悪意で読者を苦しめるものだ。
 即ち、大量殺戮の為の兵器である。
 如何に大勢の読者に悪意を刻み込み、苦しめ、善意を否定し道徳を裏切り人間性をあざ笑う様な喜劇か、人間に絶望させるような悲劇が欲しい。あるいは、次代に希望とやらを託すように見えてその実ただの希望的観測であれば最高だ。
 こうであって欲しいという希望。
 それは裏返せば現行の世界の否定に他ならない・・・・・・・・・・・・「今ここに生きている貴様等読者の世界には、汚らしいゴミしかないんだよ」と肩を叩いて宣言するようなものだ。
 未来に託す時点で、今の人間を認めていない。 だからこそ次代に託すのだ。今ここにある人間の全てを「ゴミだ」と考えているからこそ、思想という兵器を感染させ、さも美しい考えであるかのように演出して騙し、今ここにある人間の全てを否定させる。
 即ち、現行人類の殲滅だ。
 今生きている全ての人類を殺して下さい、そう語りかける行為だ。物語を書くという事は、その大量殺戮に荷担する事であり、物語を読むという事は、全ての人類を殺す事に喜びを感じ、笑顔で殺人鬼として活動する行為だ。
 素晴らしいではないか。
 
 だからこそ、世界は最高に面白い。
 
 見応えがあるというものだ。最も面白いだけでは生きていけないので、やはりそれも金次第だが・・・・・・なら金を得たら何をするべきかと言えば、それら「殺戮の輪」を広める事に腐心する。
 私の場合、物語の普及だ。
 物語を読んで物語を書いて物語で儲けて物語を広めて物語で世界に挑み、悪意だけを刻み込む。 善意? 必要ない。その辺の週刊誌に書かれているだろう。立ち読みでもしろ。道徳や倫理などを気にするくらいなら、ゴミ拾いでもしておけ。 町をゴミまみれにして何が倫理道徳だ。
 倫理や道徳で誤魔化しているだけだ馬鹿め! そのような妄言語る必要なし! 何なら今すぐに憲法を改訂しろ。まず「他者と殺し合う事を自認しましょう」そして「我々は生きているだけでも害悪なので、天国には行けません」さらに「社会とは富裕層の為の奴隷市場であって、建前だけの民衆の権利などただのゴミです」と、本当の事を書くべきだ。
 実際、ただの奴隷だろう。大抵の民間人は奴隷なのだという意識で生きている。当たり前だが、経済面で満足できる奴など稀だ。進学の為に借金を繰り返す事を国が公認している時点で、何なら革命の一つでも起こしていいくらいだ。
 所詮、国家など暴力で押さえつけているだ毛でしかない。その事実を誤魔化し「誠意もどき」で国民を洗脳して搾取する。それこそが「政治」であり「人の上に立つ条件」だと言える。政治理念など、阿呆でなければそうだと分かる筈だ。
 実現しないからこその理念だ。
 現代社会において、理念とはお茶を濁す為だけに存在する概念であり、実現する必要など無い。 むしろ、実現するなら理念ではないだろう。
 何故ならもし実現させる気であれば、それらを大層に語る前に、既に行動は終わっている。
 本来は、そういうものだ。
 このような時代においては、むしろ私のような奴の方が「異常」だが。持つ側が甘やかしあい、堕落する為に「倫理」や「道徳」そして「正義」という「暴力」で、奴隷を育み誤魔化す世界。
 恵まれるか恵まれないかが全て。
 まさに家畜だ。いつから人間はここまで小さくなったのか。恐らくは「戦争」という概念が身近な考えでは無くなったからだろう。
 別に物理的な戦争ではない。相争い奪い合う。そして敗者を虐げて生きる。争いの本質を否定し現実から目を背けた時点で、人間と呼ばれる品種ではなくなっているのだ。
 貴様等読者は人間じゃない。
 人間じゃないのだから、人権もあるまい。
 ならば、殺されても文句を言う権利も無い。
 読者も核兵器もさして変わらない。私の掲げる思想は「人類皆殺人鬼」だった。だがこれからは「人類皆核兵器」でもいいかもしれない。実際、核兵器を作り出す核兵器なのだから、間違ってはおるまい。
 生きるだけで害悪そのもの。
 ただし、悪党云々ではなくただそこにあるだけで、臭い、汚い、鬱陶しい。人間を剥製にする奴の気が知れない。肥料にでもするのか?
 汚部屋なのだろう、きっと。
 部屋くらい片づけて欲しいものだ。
「ちょっと、聞こえてますわよ!」
 そう言ったのはエリーゼと名乗る女で、以前も私に依頼をした「仲介屋」だ。我々は少しばかり油臭いレストランで食事をしている。
 何故油臭いか? 簡単な話だ。
 ここは、人間より機械の支配律が高い惑星で、食事も娯楽も戦争も全て機械で賄われる世界だ。臭いというより雰囲気が油臭い。
 無機質でつまらないレストランだ。
 配膳も機械、調理、というより制作も機械で、メニューすらタブレットで行う。これでは非常食を家で食べるのと変わらないのではないか?
 アンドロイド連中と違ってただの機械には創造という概念がない。元よりアンドロイドの台頭で「人の誇る人間性」など鼻紙のようなものだが、それでもここまで極端ではなかった。
 これも一つの可能性、だろうか。
「いいですよねぇ、機械。言われた事しかやりませんし、黙々と働いてくれますから気配りも必要ありません。実にエコです」
 言いながら、チャイと呼ばれる飲み物を飲む。どうやら、今回はこの惑星の最新鋭素材を使った衣服らしく、目に優しくない派手派手しい衣装を着ていた。やはり女は気立てだ。見た目も勿論、重要ではあるが・・・・・・正直、これは疲れる。
 一緒にいて疲れる女など、論外だろう。
 スリットの入ったドレスに今回は(こいつらは毎回見た目を自由に変えられるらしい)見た目を銀色の長髪にして頭の上でまとめ、割と露出度が高い服装をしている。男であれば喜ぶべきなのだろうが、正直よくわからない。
 寒くないのか?
 お上品にチャイを飲んでいるが、その上品さも男を手玉に取り要領よく動く為にしか見えない。可愛げの欠片もない女だ。
 可愛げのない女を、女と呼べるかは謎だが。
 それが態度に出ていたらしく、彼女、エリーゼは私に「随分と不服そうですわね」と口にし私を肉食獣のように睨む。
「すまんな、嘘がつけなかったんだ。まあ人間のように嘘を付くよりは素直に嫌がった方が貴様の主義に合うだろう? 感謝してくれていいぞ」
「誰が、しますか」
 まだ以前高額な経費を請求した事を根に持っているらしい。私はただ、破産すればいいと大量の経費請求を行い、かつ口先で叩きのめして彼女の負担を大きくしてやっただけで、善意は無い。
 小さい女だな、まったく。
「そこ、口から漏れてますわよ!」
「失礼した。何分、素直で実直な性分なもので」 不審者を見る目で彼女は私を見た。テーブルに座り料理を待つ段階で、男女がこうも争っているなら関係を誤解されるかもしれない。
 周囲が少し、騒ぎ出した。
「周りから見れば痴話喧嘩に見えるのだろうな」「誰がっ、貴方と、付き合いますか!」
 口先で更にやりこめてもよかったが、弱い者をいじめても金にはならない。なので私は、適当に切り上げて仕事の噺に移ることにした。
「それで、依頼の内容は」
「・・・・・・いいでしょう。私も無駄なお喋りは好みませんし? さっさと話をするとしましょう」
 どの辺りが無駄なお喋りを好まないのかとか、貴様の回りくどいやり口で周囲に迷惑がかかったんじゃないのかとか、それらの話は抑えた。
 ここで笑っては話がこじれる。
 エリーゼじゃあるまいし、私は空気を読む。
 日頃は、読んだ上で破壊しているだけだ。
 彼女は一枚の資料を差し出す。見ると、そこに「本田忠勝博士」という男の顔写真と、その発明の数々に対する賞賛の文章が書かれていた。
 何だ、これは?
 もしかしてこいつを殺すのか? 見たところ、ただの老人なので私でなくとも良さそうだが。
「いえいえ、逆です。貴方には彼の復讐を果たして貰います。名付けて、 
 
 チキチキ! 機械文明滅亡ゲーム、
 
 です」
 表現が古いとか話の内容が結局わからないとかこれで可愛いつもりなのかとか、やはり抑える。いや面倒だ。こいつにそんな義理はない。
「ださいな、その表現」
 なので実直に切り裂いた。
「そんな事ありません! 最近はレトロブームもありますし? こういった「古き良き時代表現」も大切ですからサービスさせて貰いました」
 あまり追求すると依頼にも私情を挟みかねない女なので、手加減してやろう。仕事に私情を挟む時点で半端者なのだが、いつ自認するのやら。 「それで、今回は何を殺して欲しい?」
「あら、自覚があるというのはいいですね。私はてっきり「殺す」ではなく「倒す」と言われるのかと思いましたが」
 にまり、と残念な笑みをエリーゼは浮かべた。 残念だ。こうもだらしない笑顔では、男どころか女からも敬遠されるだろう。
「どちらも同じだろう。罪悪感なのか「倒す」と言えば実質的な殺しも、まるで誰も殺していないかのように思い込める。自分達は確かに殺したのだと口にはするが、その実自認の欠片もない」
 よくある話だ。
 自認があるなら堂々と殺せ。大人でも子供でも関係ない。生きる上での障害と戦い、取り除く事に「善悪」とか「倫理観」を持ち込むな。
 とどのつまり殺すなら、逃げるな。
 
「ですが、貴方はたまに、「倒す」という表現を使われますよね? 案外、貴方でも罪悪感とか、感じちゃったりするんですか?」
「いや、単に表現が剣呑すぎると売れないかな、と気を配っているだけだ」
 もしかしたらそれが原因、かもしれない。
 今更手遅れの気もするが、たまには構うまい。「え・・・・・・今更ですか?」
 珍しく表情を硬直させてエリーゼは口にした。甘い奴だ。私がこの程度の表現だけで「残酷」と考える奴だとでも思うのか?
 浅はかな発想だ、馬鹿め!
 そうだな・・・・・・・・・・・・全人類が私のような奴というのはどうだろうか。皆が皆、笑いながら殺し合い、恋愛も友情も否定し、未来など絶望だけだと高らかに宣言する世界。世界を利益は後払いで呪い続ける事が「常識」である世界だ。面白いとは思わないか?
 少しばかり、個性が偏るか。
 ならば私の思想を全人類に刻み込むというのがやはり最適なのかもしれない。世界に対してどう思っていようが関係ない。全ての脳髄に私と同じ思想を刷り込み、例えどのような性格だとしても「最悪の思想」が根底にある人類規範の世界。
 皆が皆「迫害してくれて有り難う」と叫ぶ。  皆が皆「間違いこそが最高の娯楽」と楽しむ。 皆が皆「この世界には悪しかない」と認める。 誰も彼もが己のばかげた夢を追いかけ、何一つ反省せず態度だけは宇宙規模。その悪意に至っては、文字通りの「無限大」だ。
 そんな事を考えている私が不気味だったのか、彼女は「あ、いえ、言わなくていいです」と先手を打つのだった。
「それで、機械に対する復讐とは言うが、結局私は何を斬ればいい」
「それがですね、ええと」
 言って、エリーゼはタブレットを取り出して、私にとある記事を見せた。
 そこにはこう書かれている。
「これです。近々機械文明、というか人造生命の連合体を「国連」として改訂しようという思想が広がっているのですが、標的はこれです」
「だから、何だ。何を斬ればいい」
 彼女はあからさまに不可能な事を押しつけられている奴を見て楽しむように、その性格の悪さが露呈するような残念な笑顔でこう言った。
 
「ええ、ですからその思想を殺して欲しいのです・・・・・・今から三日以内に」
 
 数々の理不尽を経験した私だが、流石に三日で人々の思想を斬れという無理難題は、経験にない新しい刺激になるのだった。
 勿論、嬉しくない刺激だったが。
 

    2
 

「厳密には三日ではないのですが、まあ依頼人の体調が芳しくないので「依頼人が生きている間」に達成して欲しいのですよ」
 ちなみに最低でその寿命ですので、あまり猶予はありませんと彼女は付け加えた。この女は仕事を舐めているのだろうか?
 広がった思想を斬り殺すだと?
 しかも三日? 出来るかボケが!
「ええ、勿論丸ごと殺すなんてのは無理ですし、何より確かめようがありません。慣用なのはですね、「依頼人の復讐心が満たされる」点です」
「成る程、つまり「叩き斬った」という充足感を与える形で機械文明に「ギャフン」と言わせればいいわけか」
「その例えも古いですね」
「大きなお世話だ。戦国時代遅れの女より遙かにマシだと自負している」
「ええー、前々から思っていましたけど、先生は若干、趣味がおじいさん臭くありません?」
 この依頼断ろうかな。
 よし、そうしよう。
「悪いがこの話はなかった事にしてくれ」
「あ、ちょっと! 若い、若いですから。だから話だけでも最後まで聞いてくれません?」
 疑問符の多い奴だ。他人を試すような話し方であれば、ある意味当たり前ではあるのだろうが。「なら前金を多めに貰おうか。そうだな、貴様がそこで三回回ってワンと鳴くとかどうだ」
「お断りします。けど、そうですね、何なら賃金は普段の三倍でもよろしいですよ」
 成る程、やはり裏があるらしい。この女の依頼で裏のない話などない気もするが、とにかく金を絞れるのは確かだ。
 だが、やるなと言われればやるのが私だ。
 なので私はこう言った。
「いや、賃金はいいから三回回ってワンと鳴け。これ以外の条件で、私はこの仕事は受けない」
「・・・・・・・・・・・・何でしたら五倍でもよろしい」
 言い終わる前に再度、私は言った。
「駄目だ。これ以外では受けない。どうやらこの仕事は貴様にとっても成功しなければまずい事になるらしいな。であれば、何度でも言おう。

 三回回ってワンと言え。
 
 勿論、動画に収め写真で保存し貴様自身の証書に「私は邪道作家様の依頼を受ける際に、三回も回ってワンと吠えました」と一筆書いて貰う」
 私は堂々と宣言した。
 レストランの客達はざわめき、私も周囲に気を配りながら聞こえるように丁寧に口にした。
 エリーゼは余裕が崩れたのか、
「どんだけドSなんですか! ええと、依頼金も結構な金額頂けますし、今回のレストラン料金も私が奢りましょう。ここの料金目玉が飛び出る程高いですから、前金がないときついですよ」
 と早口でまくし立てる。
「成る程、わかった」
 私がそう答えると、彼女は安心したように、
「でしたら、これを」
 と言ってテーブルの上に結構な札束を用意した・・・・・・まったく、話の通じない奴だ。
「いや、つまりこうだ。例えここで捕まっても、尋問に続き拷問を受けたとしても、貴様がワンと吠える姿を励みにして耐える事にするよ」
「なっ・・・・・・」
 絶句。
 まさにその言葉が相応しい対応だ。
「正気ですか貴方は! そこまでして私に辱めをしたいんですか? もしかして、私の魅力がそうさせました?」
 嫌らしい顔で彼女は責め立てる。
 だが、私は素直にこう答えた。
「いや、私は単に偉そうに振る舞っている貴様が屈辱に打ち震える姿を見たいだけだ。別に貴様でなくても、きっとそうしただろうな」
 それが素直な感想だ。私の信条であり、作家としての有り様でもある。
 何者であれ、持つ側には屈辱を。
 その強者の仮面を剥ぎ取り地獄を見せる。
 なあに今まで散々やられてきたんだ。ならば、この報復行為は当然の行いであり、悩む必要など一ミリもない。全てが義務の行いだ。
「ぐぐぐ、で、でしたらこういうのは」
「駄目だ。妥協案はない。ここでしなければ私は断り、牢獄の中で耐えるだけだ」
「そこまでします!? い、いえ。そんな理由で本当に耐えられるものですか。今ならまだ許してあげますよ」
「貴様自身がさっき言っただろう。依頼人の寿命はあと三日。早ければそれだけの時間でこの依頼は消化不能になる。貴様に金もでないだろうな」「ぬぐぐ・・・・・・で、でも貴方はその後も拘束され自由が無くなるんですよ? そんな理由で人間が耐えられる筈がありません!」
 何も知らないのか、こいつは。
 悪人とは基本、そういうものだぞ。
「いいや、悪くない。そもそも食い逃げでそんな重罪を負わせられるとも思えないが、元より本物の悪党とは、下らない理由に全てを賭けるもの。貴様の恥と天秤にかけられるなら、破滅を賭けるのも悪くない」
 むしろ、面白いではないか。
 いや無論、冗談だ。そこまでこいつに価値などない。だが、どうしてもしたくなるのは本当だ。 
 持つ側にいる連中と、こちらの破滅を賭ける。 
 これ以上ない「生き甲斐」じゃないか。その場の勢いで全てを賭ける。その上で勝とうとする。これこそ「持たざる者」の本懐だと言えよう。 「さあ、賭けよう。私の破滅と貴様の恥。どちらを貴様は選ぶんだ? 決めるまで待ってやる。
 
 さあ、早くしろ!
 
 賽は投げられた。どちらか選べ」
「え、ええー。正気ですか貴方」
「私の正気は貴様等の狂気だ。そんなことも知らないのか」
「自慢げに言われましても」
 どうやらする気はないらしい。つまらない女だ・・・・・・ここはノリノリでするべきだろうに。
 三回回ってワン。そんなに屈辱か?
 人間の、心の感性とはそういうものらしい。
 よくわからん連中だ。
「わかりました、やればいいんでしょうやれば! いいですか、一度しかやりませんよ」
「早くしろ、既に録画は回している」
 私は用意していた端末で録画を開始する。
 げんなりしながらエリーゼは行為を始めた。
 まずは三回、凄い汗をかきながら(余程恥ずかしかったのだろうか)回る度に顔面を赤くして、ついには最後「ワン」と鳴いた。
「声が小さい!」
「わ、わん!」
 恥ずかしさと涙と屈辱で凄い表情になっているエリーゼを激写し録画し記録に収める。エリーゼは「絶対に復讐してやるぞ覚悟しろ人間」という顔をしているが、残念ながら復讐を果たした所で私の記録映像を消すのは不可能だ。
 私はテーブルにパソコンを置いた。
「拡散希望、っと」
「やめなさい!」
 厚顔の剥がれたエリーゼに猛烈に抗議されながらも、私は依頼の事を考える。
 どうやら、今回もロクな噺ではなさそうだ。

 それもまた、いつもの事だが。
 
 
 

 
 
 
    3

 食事を終えて、私は博士の住処へと向かった。 当人の意志に関係なく選ばざるを得ない道程を呪いと表現する輩がいるが、これに関して言えば選ばざるを得ない道であり、かつ選んだのだ。
 私はそうだった。だが、この博士とやらは違うらしい。何でも人間としての有り様に拘り論文を発表し続けたものの、この荒れ狂う時代の荒波に流され機械文明に怒るようになったとか。
 怒り、まさしくそれだ。
 これは怒りの物語。それも、私が悪意で世界に匹敵せんとするように、この怒りは相手の世界を飲み込まんとしている。大したものだ。
 怒り続けるには理由が必要だ。
 そして、現代の軟弱な人間どもには、そういう「強い理由」を持てる奴はいない。強い理由など持つまでもなく勝利する輩が世界を回し、また、それら理不尽に本気で向かい合わない。そんな、真剣に世界と戦う行為は、物語の中だけだ。
 少なくとも、今の人類はそうだ。
 これからも未来永劫、そうなるだろう。
 既に人間性を謳える「人間」など絶滅している・・・・・・そんな生き物はいないのだ。だからこそ、強く未来に生きる理由が消滅している。
 求めずとも生きてこれたからこそ、求めずとも運に愛されたからこそ生き残れる世界。そういう環境下であれば、自然残り物だけが生き残る。
 私のような奴などそうはいない。
 当たり前だ。呪われた道程を呪いを浴びながら世界全てを呪い続けて今に至る。私は呪いのプロらしい。今初めて知ったぞ。
 だが、それも事実だ。
 私の道には、呪いしかない。
 祝福など存在せず、迫害が呼吸のようにあり、何かをすれば必ず敵対者が増え、かといって何もせずとも理不尽は頼んでいないのにやってくる。 散々だ。これで何故利点がない?
 物語であれば何かこう、才能や素質が代わりにあったり仲間に恵まれたり金だけは稼げたりするものだが、ひたすらにマイナスだけがそこにある・・・・・・いやマイナスですらない。ゼロだ。何一つ存在しないのだから、振り幅すらない。
 強さによる弱さも。
 弱さによる強さも。
 何一つ、併せ持たない。
 つまり、良い部分は何もないという事だ。幾ら最悪だと自認する私でも、だからって利点の一つもないのはどうかと思う。正直異常だ。
 絶対に、戦うところにすら行かない。
 絶対に、全ての周囲は必ず敵対する。
 絶対に、あらゆる労力は無為となる。
 漫画じゃあるまいし、いや漫画にしたって欠点だけではなく堕落し合う仲間がいるとか、或いはそれに応じた能力があるとかあるだろう。
 ふざけんなボケ。
 理不尽に対してそう叫ぶ旅人の漫画があったがあれにしたって仲間はいた。病に冒され敵は強大でも、それでも仲間に恵まれ周囲は味方する。  敵が理不尽そのものでも、それ以外はある。
 見るだけで敵対者を粉微塵にする怪物相手でも仲間に恵まれ支持される時点で恵まれているのだ・・・・・・それはやはり、持つ側の視点だ。
 世界に迫害されるのが趣味のような奴ですら、そういう側面があるものだ。当人が無力な分仲間が優秀だったりするのが分かり易いか。とにかく言えるのは、私はそのような「楽な道」を決して進めはしないという事実だ。
 是非したかったが、何故私なのだ。
 大体、私のような奴に優秀な仲間もいないなど試練ではなくただの拷問ではないか。どうしろというのだ。あれか? 知恵と勇気で解決か?
「おいおい、俺がいるじゃないか、先生」
「貴様が役に立った事など無い」
 事実無い。物語を売るのにどうすれば人工知能が役に立つ? そもそもだ、携帯端末の中にいる人造存在が勝手に喋るな。
 自我のある人工知能は違法だ。
 面倒なので適当に「ジャック」と名付けているこの人工知能は「始末」の依頼達成の為に情報を収集する役割を担っている。とはいえ所詮電脳の中にのみいる存在だ。利用できる事はあっても、まさかそれが物語を売れる筈もない。
 宣伝でもさせろだと?
 誰かやらせてみてくれ。出来れば、だが。
 考えるだけ無駄な上、虚しいだけだぞ。
「それもそうだ。けどよ先生。実際問題誰一人として味方にならないなんて有り得るのか?」
「いい質問だ」
 私はぬかるんだ道を歩きながら地図を読み博士の家を目指している。無いとは思うが私の道だ。何があるかわかったものではないので一応大きめのリュックサックに非常食、太陽電池、携帯武器・・・・・・は既にあるので、数ヶ月は無理だが数週間程度なら生き残れる装備をつけている。
 しかもまた山道だ。
 私の標的は辺鄙な惑星の山に住まなければ死ぬ生き物ばかりなのか? 勘弁してくれ。それこそ一等地在住のセレブとかでいいじゃないか。
 持つ側を殺せば世界が潤う。
 いるだけで邪魔な存在だ。他でもないこの私が明言してやる。いいか良く聞け。
 
 
 持つ側にいる奴は、倒される義務がある。
 
 
 神仏でも人間でも悪魔でも、同じだ。何かしら特別な能力、待遇、環境があるなら、とりあえずそいつは殴ってもいい。可愛い気があれば許す。面白味があれば立ててやる。だが傲慢さだけでは生きる価値なし。絶対にただでは返さん。
 そういう連中を苦しめる責務があるからな。  これも仕事の内だ。
「私も己の待遇を理論化しろ、と言われれば正直面倒臭いが、喋りながらでもないと余計に疲れるから話してやる」
 そうでもなければ面倒過ぎる話題だ。
 何故迫害されるのか? 改善できるならいいが私の場合解決不可能だ。「私」だからな。陳腐な言い草ではあるが、私が私である限り、むしろ、迫害されない方がおかしい。
 迫害されなければ異常だ。
 だからこその邪道作家だしな。
「ふん、そうだな・・・・・・思い返してみてもやはり「特に理由も無く」というのも多い。何も理由はなく「偶々そこにいたから」という理由で迫害を受けた、と言う風にも取れる」
 取れてしまうのが悲しいところだ。単にくじ運がないとも言える。くじ運。そういえば一等賞を取った記憶など、一度もないな。
 取らなくてもいい物だけは取っているがな。
 嬉しくもない。
「何だろうな・・・・・・変な引力でもあるのかもな。悪性情報だけ引きつけるなど笑えんが」 
「そうか? 最悪だけに丁度いいと思うが」
 何が丁度いいんだ何が。
 何も良くない。良い事など一つも無かったぞ。「いや前にも言ったけどよ、先生は人間の悩み、精神的な問題を問題にしない。けどよ、仏じゃああるまいし、それじゃバランスが悪いだろ?」
「だから問題を下さったのだ、とでも?」
「そうじゃあない。そうじゃないが、やりがいはあると思うぜ。先生はそっち方面に手応えを感じないんだから、丁度いい憂さ晴らしってこと」
「そんな手応えいらないんだが・・・・・・仮にそうだとしてだ。その理屈で行くと「幸運」って奴など到底見込めまい。それでどう勝利する」
「さあね。それは先生の仕事さ」
 適当な事を言いやがって、無責任な奴だ。
 これだから口先だけの連中は、まったく。
 エリーゼといいこいつといい、どうかしてるな・・・・・・私に言われたらお終いだぞ。
 少しは察しろ、馬鹿め!
 己を弁えて金を払え。
 全財産の八割でいいぞ。
 今回の惑星は首都圏は辺境惑星などとは言える環境ではない。全てが管理され運営される言わば「機械文明都市」とでも言うべき国家だ。
 分かり易く言えば、搾取形態が整っている。
 仕組みを作るだけで奴隷を動かし、運が良いというだけのゴミ共が上に立つ世界。機械という、分かり易く強大な文明の利器を悪用し、その上で綺麗事をほざきながら他者を踏みつけ搾取する。 管理するという行いは、即ち支配への道だ。
 そして、支配という概念は所詮妄想に過ぎない・・・・・・強大な力を得たところで、その力で相手を支配出来ていると思い込むだけだ。そもそもが、どのような力でも一夜の幻に等しい虚構だ。
 そんなもの、いつ無くなるかわかったものではない。誰が先を保証する? しないし、出来ないのが「事実」だ。山の天気みたいなものだ。
 幸運が続けば、それも理解しないまま終わる。 だから、知らないままわかろうともしないまま人生を終える寸前、連中は文句を言うのだろう。「こんな筈じゃなかった」と「生きている実感」の欠けたまま楽な道を歩くと、散々楽をしてきておきながら、不満だけは出る。
 貴様等は不可能に幾度となく挑んだのか?
 理不尽に敗北を数えるのをやめた事は?
 あまつさえ金にもならない理不尽はあるか?
 いや言わんでいい。無い。断言する、無い。
 何故なら、そのような道ばかり歩いていると、私のように性格は捻くれ悪意のみを信じるものだ・・・・・・・・・・・・未来を信じる時点で違うだろう。
 或いは、己の能力や誇りか。
 それらを信じる「だけ」で勝てるのが、恵まれている証左なのだ。己の能力や誇りなど、信じたところで裏切られるのがオチだ。それだけで勝てれば苦労はない。旗を掲げているだけで勝てる程私は恵まれてはいないのだ。
 掲げたところで、続く奴もいないしな。
 どうしたものか。この考えも何度目だ?
 やれやれ、参る噺だ。洒落にもならない。
「けど先生の倫理観じゃ「幸運に味方されて勝つ奴はつまらない」んだろう? だったらよかったじゃないか。先生の望み通りの展開だ」
「馬鹿を言うな。運に見放されて勝つなど、それこそ物語の中でのご都合主義がある時だけだ」
 実際、どう勝つのだ?
 売りに出そうとするだけで必ずうまく行かず、どころか依頼したら「ごっこ遊び」のような考えの屑が、金を貰っておきながら逆ギレする始末だ・・・・・・救いようのない業界だな、まったく。
 子供に期待する程、私は暇ではないのだが。
 いや、この場合「不出来な赤子」か。赤子の方が物わかりは良さそうだがな。
 業界人気取りのゴミは、どうしても消えない。 鬱陶しい限りだ。余所でやれ余所で。
 物語を読めない、書けない、解さない。これでよくまあ業界人を気取れるものだ。恥ずかしがる感性はないらしい。でなければ無理な話だ。
 調子の良い駄作ばかりを「売れそうだから」と金を支払って買う。これはただの道楽だ。編集者だとでも思い込んでいるのか?
 つまらない世の中に生まれたものだ。
 張り合いがない。情けない連中だ、まったく。 なればこそ、物語で世界を盛り上げて行きたいところだが、前段階でこけているのだから検討のしようもない。八方手詰まりだ。
 詰まらなかった時はないので「八方平常通り」とでも言うべきか。つまり、いつも通り駄目だ。駄目なゴミ共に掃除も出来ないとは、汚らしい。 まあそういうゴミ共が敵対しているのだから、ある種当然か。ゴミがゴミを生みゴミを尊重する社会なのだから、邪魔されるのも当たり前だ。
 人気者は辛い、というやつか。
 不人気でいいから楽をしたいものだ。 
 物語の評価など、私の生活には関係ないしな。 こんな風に毎日毎日、悪夢にうなされては飛び起きて書き、頼まれてもいないどころか金にすらならないのに書き続けてはいるが、それで実利になった事は一度もない。あらゆる苦しみあらゆる迫害あらゆる理不尽に逢いながら、それに見合う報酬などなく、その逆に、それらについて綴れば綴る程更なる理不尽に逢う始末だ。
 今更その評価など、どうでもいい。
 何の役にも立たなかったのだからな。
 強いて言えば、今更ながら解決策を考えられるようになったくらいだ。近年はいじめ問題などが大きく取り上げられているが、私はある種迫害のプロ(まったく嬉しくないが。意味もなく馬鹿面を下げてもてはやされる方が、どう考えても楽だろうに)だ。例えばそれを解決する簡単な方法を悪夢にうなされ飛び起きた際に思いついたりする・・・・・・夢の中でまで迫害されるのも、正直どうかと思わざるを得ないが、事実だ。疲れる噺だ。
 まず、学校には行かなくていい。
 私の場合事細かに詳細を学校で語りまくる事で大事にし、最終的に学校にいられなくなった気がする。確か結果的にそうなった。進学してからは面倒臭いので事前に叩きつけて脅したりしたが、やはり効果はあまりない。毎回全ての奴を脅す訳にも行かないしな。これは、どのような環境でも「使える手」だろう。もし職場でも似たような事が逢った場合は無理矢理有休を取るか、それでも難しいなら正直退職して探した方が良い気もするのだが、とにかく「落ち着け」が第一だ。
 急いでもロクな事にはならない。
 私が保証する。可能ならまず一休み、だ。
 まず大事にしなければならない。世界は個人に関心などなく、何人死のうが受け入れる。だから連中の綺麗事に訴えてやればいい。
 具体的に言うと、書面にまとめる。
 大勢の人間からサインを集め、当人の意志など適当に言いくるめてでも「大勢の同意があった」という体を取れれば警察も動かざるを得ないし、動かなければ更に大事にして何なら警察署の前で騒いでやればいい。あるいは、テレビ関係にでも情報を持ち込むのも手だろう。 
 もっとも簡単なのは学校の前で拡声器でも掲げながら大騒ぎする事だろう。毎日、毎日そういう事をされて平気でいられるのは、私みたいに毎日そういう目にあっている奴だけだ。
 いや本当。毎日だぞ毎日。
 慣れとは恐ろしいものだ。
 何度も言うが、全く嬉しくない。これが一体、何の役に立つというのか・・・・・・金にはならない。 学校などゴミが偉そうに振る舞う為にある鳥籠のようなものだからな。そもそも通うことによる実利など有り得ない。宇宙一利益に五月蠅いこの「私」が言うんだ間違いない。
 はっきり言って、耐えるなどただの徒労だぞ。 何の価値もない行いだ、それは。
 ストレス社会に慣れたいならともかく、そんな物に慣れても胃に風穴があいて死ぬだけだ。意味などない。ただの「無駄な労力」だ。
 そういうのには私は詳しい。
 無駄な労力だけは賭けた自信がある。
 いっそそれを商売に出来ないものか・・・・・・検討だけはしておくとしよう。いじめ問題は近代だと大きな問題になりつつある。そいつらに私が助言すれば、かなり、大分、凄く、人間社会は乱れるだろうが、それにより極一部の被害者共が喜ぶのならば、周囲は大迷惑かもしれないが私の貯金とついでに被害者連中は笑顔になれる。
 素晴らしい。代金を高く見積もれそうな所が、いや、その辺りどうだろう。可能なら成功報酬で数十万は欲しいところだ。
 いっそ基本はそれにするか。
 喜んだのもつかの間、恩を仇で返され支払いを拒まれる未来が見えるが、何とかしたいものだ。いや本当、金にならないだろうか。
 とりあえず、それも当たってみるか。
 何であれ、やるだけならタダだ。
 失敗しても私は困らないしな。労力はかかる。だから最低限の前金は頂くつもりだ。あと契約をうまいこと結んで逃げられないようにしたい。
 社会的名声など不要だが、何ならいっそそれを足がかりに物語を販売すればいい訳だ。我ながら懲りないにも程があるが、生まれついての悪党は基本こんなものだ。基本ガン細胞のように懲りず諦めずしつこく増殖する。自分で言うのも何だが本当にしつこい。とにかくしつこい。
 悪夢から飛び起きてこんな事を考えるなど世界広しと言えど私しかいない自信がある。いや確信と言い換えてもいい。それはある意味で邪道作家としての自負に繋がる物ではあるが、自負ばかり増えてもなと正直、最近とみに思う。
 なので怪物属性連中に思うのはこうだ。
 
 私は貴様等と違って暇じゃない。

 何度も言うが、強さによる弱さも、弱さによる強さも、一切を併せ持たないそれが私だ。
 強さによる手抜きなど、出来よう筈がない。
 何せ無能だ。いや、生きているだけで利益から遠ざかり、邁進する程後退する。策を弄せば敗北に繋がり、諦めなければ勝負すら出来ない。
 我が事ながら、正直どうかと思う。
 何故だ。私の思想が尊いからか?
 かもしれない。世界とは照れ屋だったか。
 しかしだ。考えてみれば私の思想は、怪物連中の「希望」になるかもしれないではないか。希望はいい言葉だぞ。何せ見る奴全員から金を奪える魔法の言葉だ! 想像して見ろ、貴様等雑魚共が感謝感涙、私に札束を上納する世界を!
 貴様等読者はその為にのみ、生きている。
 私が決めてやる。決定! それが生きる理由で結構だ。貴様等の意志など知ったことか。
 過去への葛藤だと? 知るか! 人間への憎悪だと? 私に言うな! 溢れる怒りによる苦しみだと? その辺にでも捨てておけ。
 安心しろ、貴様等の意志など関係なく、全ての迫害された者達の心情を勝手に利用して、それを物語として売り捌いてやろう。邪道作家だけに。 捨てられないというなら私が拾って、権利侵害の上に利用してやろう。所詮貴様等の怒りも憎悪も葛藤も、全て、金に換えようという意志のない遊び人の発想に過ぎない。何であれ、金に換えて初めて力を持つものだ。
 そんな事も知らないのか、馬鹿め!
 私でも知っているのに、頭が悪いのか?
 人間の物語では「純粋に何かを追い求める」事が美徳だと語られるものだ。私の場合純粋な邪悪だが、まあ構うまい。
 追い求めていれば、夢は必ず叶う。
 例えそれが世界の破滅でもな。いいではないか面白い。だが、破滅のさせ方は慣用だ。他人便りの方法で行う養豚場の豚共と一緒では困る。
 鏡を見て痩せろという噺だ、まったく。
 何の噺だったか、我ながら記憶がすぐに抜けるから始末に負えない。些事はすぐに忘れる。迫害などその最たる例で、思い出せばストレスになるだけだ。ゴミ共の一生などどうでもいい。
 私はそのような観察趣味など無い。
 暇ではないからな。割と毎日忙しい。
 忙しさに見合う報酬は、今のところ無いがな。 ストレスが出るなら感性があるのではないかと言う声も聞こえるが、恐らく脳細胞が豆腐で出来ているのだろう。いいか、感性が、心が存在せずとも誰だって堆肥に顔は突っ込まない。
 貴様等はやるのだろうが、一緒にするな。
 心がなくとも品性はあるのでな。
 もう一度言う。貴様等と違って、堆肥に喜んで顔を突っ込む趣味など、無い。臭いぞお前等。
 顔面から消臭剤でも浴びてこい。
 噺はそれからだ。
 なので、本来なら哀れみ嘆き身勝手に同情するのが世間一般なのだろうが、私だけは貴様等怪物連中の迫害履歴を、喜んで聞いてやろう。無論、つまらない噺ならしつこく酷評する。
 しつこく、しつこく、姑のように!
 噺を追求するだろう。だから面白く頼む。
 面白くもない迫害を受けた奴に生きる価値なし・・・・・・やるなら壮大にだ。圧倒的に人間の醜さに溢れ、かつ最高に面白く!
 それが迫害というものだ。
 多分。違っても責任は取らないが。
 金は払わん。それが「私」だ。
 所詮力に振り回されただけの連中よ。その個性はともかく、悪党にはほど遠い。悪党ならば馬鹿丸出しの夢に笑いながら突撃しなければな。
 当たり前の事だ。ここテストに出るぞ。
 香水で着飾る女がつまらないように、やはり素の香りこそ素晴らしい。お日様の香りがする女とケバケバした香水で飾る女では一目瞭然の差だ。 ええい、何故私は、悪夢にうなされ飛び起きてやることが執筆で、しかも筆が進んでしまうのか・・・・・・・・・・・・道を確信できるから喜べとでも?
 もう一度言う。ふざけるなボケ。
 少しは休ませろ。金も払わずに何を言うか。
 まず、先に、金を払ってから言えこのボケが。 ここまで自認しておきながら懲りずに噺を書くというのだから、我ながら相当だ。そもそも確信を以て挑んでいるからといって、その先に未来が保証されるなど有り得ない相談だ。それこそ甘えだろう。近代の若者にはそういう連中が多い。
 己の信じる道を歩いている。
 だからこそ、必ず勝利する、などと。笑わせる・・・・・・甘ったれるな。そんな訳がないだろう。
 勝利のアテなどまるで無い。
 そのくせ困難だけは一級だ。
 理不尽が酸素より多く、敗北は水より親しく、失敗に至っては、己の細胞よりも多い。数えるのが面倒になる程度ではまだ最初の関門前だ。
 勝てる訳がない。
 出来る訳がない。
 成せる訳がない。
 だからこそ、やらなければならないのだ。
 出来る事を右から左にやるだけなら、それこそ機械で十分だ。機械と言えば、今回の依頼で私は機械文明を丸ごと敵に回しそうだが、世界なんぞ頼まれるまでもなく生まれた時から回している。 むしろ、世界が味方する事などあるのか?
 想像してみたが、気色悪い。今までの経験からすると、その先にある絶望へ引き込む罠だとしか思えないし、思うつもりにもならない。
 ならば、同等と敵に回してやるとしよう。
 今更世界が百二百敵に回ろうが、同じ事だ。  毛根が百二百増えて気にする奴はいない。一応断っておくと私の毛根はかなり多い。別にハゲている訳ではなく、あくまでもただの例えだ。
 否定すればする程あれだが、健康に気を使う私にとって、身体の異常とは事前に対処するものだ・・・・・・作家だから不摂生など私には有り得ない。 そもそも執筆速度に困った事など今までに一度として無い。きっと執筆に詰まって思い悩む作家など、物語の中にしか存在しないのだろうと何度思ったことか。
 まあ私の場合、王道ならぬ邪道であり、悪意と勢いだけで書いているのだからある種当然だ。
 むしろ、すぐさま書けない方がおかしい。
 そんな物を物語と呼ぶのかと聞かれれば、悪意を思想に変えて伝えれば大体物語だと私は答えるだろう。個々人の「我」を形にする事。
 それが「物語を綴る」という行為だ。
 極論それさえ伝わればすべからく物語だ。無論伝わり易さや演出力もあるが、基本的にそんなのは些末事だ。少なくとも私はそう思う。
 技術に小手先など、一度きりではないか。
 それが私の信条であり、だからこそ邪道作家と名乗っている。王道など知るか。昔の作家はどうか知らないが、今の自称王道はそればかりだ。
 作家を詐称しているだけだからだ。
 さしたる信条も無く思想も無く悪意さえ無い。それで何が語れる? 読者にとって都合良い展開ばかりで読ませたところで、そんなのは麻薬中毒を量産しているに等しい汚行でしかない。物語に何を求めているのだ、まったく。
 それなら家で妄想でもしておけ。
 その方がどう考えても早いぞ。
 少なくとも、金を払うだけの価値はない。
 物語は夢希望ではなく、絶望や理不尽を描き、それを読者に体感させるものだ。その絶望が深ければ深いほど良い。その理不尽が生々しいほど、悪意は脳髄深くまで刻まれるというものだ。
 読者に絶望を。
 希望に反逆を。
 理想に戦争を。
 それでこそ、栄えある作家というものだ。希望なんぞ物語に求めるべきではない。虚構の嘘八百に求めて何になる? だが絶望や理不尽であれば心構えくらいは出来るというものだ。物語に求めるべきはそれだ。他に何がある。
 案外、私の物語も嘘八百かもしれないぞ。性別さえ誤魔化しているかもしれないし、もしかすると幸福な人生を送っている、かもしれない。
 そんな人生を送っている奴がこんな物語を書くとは思えないが、しかし物語は虚構であり、言葉に力や説得力など存在しないというのが私の思想なので、敢えて肯定しよう。心の底から幸福な奴が悪意と絶望の物語を書くかもしれない。それは誰かに認められたいとかだろうが、しかし可能性だけで考えれば、ゼロではあるまい。 
 違っても何の責任も取らないし、別に金は払わないが・・・・・・しかし作者の印象が物語と違うのも良くある噺らしい。非常識な物語を社会的に成功している人格者が書く、みたいなものだ。
 ま、それこそ亜流の偽物って気もするがな。  作家業を仕事として、生きる指針として捉える奴が、己の執念を書かない訳がない。何故ならば世界に対する憎悪、世界に対する憤り、世界全てに対する嘲りなどの「世界と相容れない」思想を書くからこそ面白いのだ。あるいは、悲喜交々な物語でもいい。客観視ではあるが、それも当人の資質次第だろう。あるいは、語り口にひねくれた主観があれば、それはそれで傑作となる。
 要するに「性格の悪さ」が全てだ。
 良識的な人間に書ける物語など、底が知れる。良識的な人間にはどうしたところで、例え悪意を書こうとしても、そこには良識の視点がある。
 最初から破綻していなければ駄目なのだ。
 いや、人間として駄目でなければ作家ではないというべきか。正常な奴が正常な奴の思想を見たところで、それはただの「風景」だ。
 物語ではない。
 だが、世界において「異常」「狂気」「邪悪」と呼ばれる物こそ、今ここにない思想の面白さが凡俗共を引き寄せる。上か下かは知らないがその異質さは「ここではないどこか」へ読者共の心を動かすからだ。
 凡俗程、非日常を求める。
 毎日毎日失敗を繰り返し、差別され世界に迫害され、策を弄して無駄足に終わり、始める前より後退する。これの何が良いのか不思議だ。
 実際に味わえば「やっぱり日常がよかった」と言うのだろう。楽な人生で羨ましい。出来る事を右から左にするだけで、金が入ってくるのだからな・・・・・・・・・・・・刺激が欲しいなら物語でも読め。 そしてそれだけで満足しろ。
 現実にはロクな物ではないぞ。
 他でもない「私」が言うんだ間違いない。
 目に写る全てを信じず、そうでない概念も全て疑い、ありもしない物すら必ず全て敵になる。
 感想としては疲れるだけだ。
 やりがいはあるが、それも金次第だろう。
 金にならない精神の充足など、それこそ笑い話にもならない。仕事とは、儲けるのが前提だ。
 酸素も無しに呼吸して何になる。
 故に、社会不適合どころか生物不適合な化け物が成り果てる概念、それが「作家」だ。いるだけで癌細胞のように世界の邪魔になる存在だ。
 でなければ、作家とは呼べまい。
 世界に敵対するからこその「物語」なのだから世界に迎合する物を「物語」とは呼べまい。
 ただの「妄想」だ。
 それでは意味がない。
 だから、そこには「悪意」が必要なのだ。
 人間を恨むのも人間を嫌うのも人間を諦めるのも人間を弄ぶのも人間を愛さないのも構わない。 だからこそ、面白いのだ。
 そうでなければつまらない。
 面白ければ、それでいい。
 例えその結果、読者共が廃人になったとしても私は別に痛くも痒くもないしな。そもそも読者を悪意で染め上げるという事は、読者の精神や心を書き換えるに等しい。即ち歴とした「殺人行為」であり「大量虐殺」だ。それが合法的に出来るというのだから、それだけは人間を評価出来る。
 いいぞいいぞじゃんじゃん殺せ。
 幾ら死しても代わりはいる。幾らでもな。
 廃人になる中で生き残れる悪意を持った読者が万に一つでも残れば大成功だ。他は必要あるまい・・・・・・ゴミが幾ら死のうとむしろ綺麗になる。
 無駄な資源消費も無くなるだろう。
 まさしく正義の味方の行いだ。他でもない私の悪意の為なのでこの際「悪の味方」とでも名乗るべきか。まあどちらでもいい。
 ゴミが減れば社会はマシになる。
 完全に綺麗になる事などないが、なに、その時は何度でも書き換えてやればいい。こんな思想を持っているから、世界に迫害されるのだろうか。 だとすれば、愚か極まりない。
 汚ならしい綺麗事で、何が変わった? ああ、確かにゴミは増えた。生きる価値のないゴミ共に処分しようもない粗大ゴミ。ただでさえ癌細胞のようなものなのに、癌細胞が癌細胞を生みしかも自分達を「善良で素晴らしい存在」と思っている・・・・・・・・・・・・この私でさえ、気味が悪い。
 汚くて臭くて目障りだ。
 それを淘汰する為に活動しているのだ。むしろ世界の後押しがあって然るべきだろう。もし世界が私の思想を否定するならば、自殺願望があるとしか思えない。考える脳味噌が無いか、あるいは汚ならしい綺麗事にぞっこんなのだろう。
 要するに、現実逃避を繰り返しているのだ。
 世界全体で現実逃避をするのが長い年月で人間が合みだした「善性」だと言うのだから、笑える・・・・・・いや、笑えないか。
 確かに、これは笑えない。
 誰一人として「生きていない」のだからな。
 悪い冗談だ。私のより酷い。
 人間という概念があるとして、そんな生き物はとっくの昔に滅んでいる。言わば人間の残像だ。この世界には残像の虚構しか残っていない。
 何かを成し遂げる「人間」など、既にいない。 いる筈がない。理不尽に挑み不可能を可能に、そういう発想そのものが消えている。技術者連中もまさか予算の貰えない夢想など追いかけまい。 そんなものだ。
 そんな世界を、生きるしかない。
 迷惑な話だ。さっさと滅亡していればいいものを、私の代まで持ちこたえるとは。とはいえ私が生まれた以上は、成し遂げるしかない。
 周囲の環境は関係ない。そういうものなのだ。 その在り方は、変えられるものではない。
 要領が悪いにも程があるが、生まれついての悪などそんなものだ。割と思考は単純だしな。
 馬鹿げた不可能を実現する。
 ただのそれだけだ。他には何もない。
 とはいえ、だからこそ、面白い。
 我ながら簡単なものだ。その簡単に見える事を成し遂げるのが、世界で一番難しいのだろう。
 何せ、元より不可逆の行いだ。
 むしろ、出来る方がどうかしている。
 世界に否定されて当たり前だ。だが、悪党とはそうしなければ生きられない生き物だ。真っ当な有り様など、悪には土台無理な相談だ。
 我ながら疲れる生き方だ、まったく。
 遠回りにも程がある。
 遠回りでしか得られない物というのを私は一切信じるつもりはない。楽な道の方がどう考えても良いに決まっている。散々悪意の遠回りをしたが得られる物は性格の悪さだけだ。恵まれた持つ側に勝てた事など、一度としてない。
 遠回りで得られる物など、そんなものだ。
 世界に匹敵する態度、世界を凌駕する悪意など何かの役に立った試しがない。寝ている間も物語を綴る、悪夢のような生活だけだ。
 嬉しくもない。
 私にとって失敗とは呼吸として吸うものであり敗北として吐き出すものだ。いつも言っている事だが、およそ経験しなくてもいい経験、学ばなくてもいい思想、敵対するべきではない大き過ぎる敵対者。摂理や運命、世界の大きな枠組みに必ず嫌われ社会に弾かれ生きる事を阻害される。
 そのくせ、怪物のような利点もない。
 羨ましい連中だ。活きる為に活きていない奴が多い点を見るに、活きようとしない奴は活きてるとは呼べないので、「楽な余生で」が正解か。
 実際、余生のような送り方だ。
 人間は信じられないし、憎い。で、だから何だ・・・・・・それはそれとして仕事をすればいい。仕事さえあればその他など全て些末事だ。今回は機械文明による迫害らしいが、だからといって持つ側でないとは限らない。
 むしろ、持つ側にいる奴は多い。
 優れた才能を中々活かせない、あるいは周囲に認められずにその中に埋もれる。それとも努力が報われず中々素質の芽が出ない、か。
 しかし、大抵どれかは持っている。
 それで悩もうというのだ、おぞましい。
 何か一つでも刃があるなら、それだけで何とかなるものだ。少なくとも無防備な裸一貫で突撃をするよりはマシだろう。私は突撃兵か。
 いや、突撃兵でも装備くらいは整える。
 むしろ、雪山で遭難し全身凍傷で壊死しているのに死ねず、延々とさまよう亡霊の類だ。
 実際、亡霊だろう。
 辿り着けない場所へ辿り着かんとする行いが、既に生命としては破綻している。生きとし生ける生命の全ては、その可能性に従って生きるものだ・・・・・・だが可能性通りでは目的は叶わない。その理不尽な摂理を覆し、何とかして世界の前提から破壊しなければ勝機の欠片も残りはしない。
 つまり、誰よりも真摯に生きる存在。
 それが生まれついての悪党だ。
 まあ、誇りだけでは食っていけないがな。私はむしろ金を稼げればそれでいい。世界を覆すのは「ついで」だ。躍起になって覆そうとする持つ側とは違って、世界の変革に興味はない。実際問題前提を破壊しなければ金を稼げないからそうしているだけだ。
 目的地に向かうついでに、世界を覆す。
 世界を覆す資格があるとすれば、それだろう。覆そうと躍起になっている持つ側には土台無理な相談だ。何事でもそうだが興味が無い奴にこそ、それを行う資格がある。
 興味が無く、責務がある。
 それが必要な条件だ。
 支配そのものに興味はないが、裁定を行い導く事の出来る王ほど絶対的な支配者として君臨するものだ。何であれ同じだろう。
 いや、待てよ。この方法論だと私は永久に物語を売れないではないか。ならばやはり興味はないが売る能力のある奴を捜すしか無いか。
 それが必要であれば、必要に応じてやる。
 そこに善悪は無い。立ちふさがるのが子供でも大人でも、男女問わずに生きる為なら真っ二つに叩き斬る。当たり前の事だ。
 まあ、何とかなるだろう。
 と、思おう。思うだけならタダだ。
 そして、考えて解決できる事など知れている。長々と準備して挑んだところで、それが上首尾に終わるかなど、分かろう筈がない。
 私は上首尾に終わった事など無いしな。
 かといって流されるままで何とかなるとは私も思わない。しかし私自身の意志や行動が無い方がマシなのもまた「事実」だ。私は何かを成し遂げようとすればするほど「後退」してしまう。私の出来る事など既に終えているのも確かだ。
 後は、最早私に出来る事は無い。私の問題では無くなっている。問題はゴミ以下の雑魚共が仕事を成し遂げるかどうかだ。無論ゴミ以下の連中に何かを期待する方が間違えているので、私の指示通り動けるか否かにかかっている。
 無論、信頼も信用も無い。
 ある筈がない。まともに物事を考える脳味噌がないからこそ「編集者ごっこ」「作家ごっこ」を仕事だと勘違いしているような連中だ。そのような蒙昧に生きる価値など無い。即ちこれはゴミを再利用する行いだと言える。
 使えない不燃ゴミしかなければそれまでだ。
 それでも私に「諦める」という概念など入っていないが、諦めないだけでは辿り着く事もない。 それではただの無駄足だ。
 意味も価値も、有り得ない。
 諦めない事に満足する程、私は恵まれた持つ側ではない。むしろ対極だ。成果は既に物語という形であると言えるのだが、実利とは関係がない。 何を成し遂げるかは、何の関係も無いのだ。
 それ単体では、何にもならない。
 今回の依頼人はどうだろう。機械文明に迫害をされ追い出されたと聞いたが、才能のある奴ほどこういう噺は多い。結局のところ世の中運不運であり、運に見放されれば当人が何をしようがその苦労して作り上げた成果そのものを盗まれる。
 労力だけはかかる訳だ。
 どうなるかなど、想像に難くない。
 怒り、怒り、怒りだ。怒りは人を狂わせるのではなく、歯止めを外すように仕向けるのだ。怒りに囚われる前より実行力が跳ね上がる。
 倫理も道徳も無視出来るからだ。
 どんな狂気、いや怒りに囚われているのだろう・・・・・・柄にもなく楽しみだ。理不尽に刃を向ける人間の姿とは、いつ見ても面白い。
 それでこそ、生きる価値があるというものだ。 殴られてばかりで嬉しい事など何もなかったが一度も殴られない人生というのも不健康極まる。温室育ちにロクな奴はおるまい。
 いや、まあ、常に殴られるのもどうかと思うが・・・・・・・・・・・・逆境こそ利なり、とは限らない。
 それは恵まれた者の発想だ。
 逆境こそ不利であり、世界を覆す行いとは即ち持たざる者の反逆だ。しかし、反逆するだけでは駄目なのだ。その前提を変えなければ、何度でも繰り返す。私を見ろ。反逆だけしても物語が金になった試しがあるか?
 私が言うんだ間違いない。
 いや本当、金にはならないぞ。
 反逆するだけなら誰でも出来る。だが反逆対象を味方に付け、その上で前提を覆し世界を変えるとなれば困難を通り越してただの不可逆だ。
 つまり、悪党の向かい合うべき壁だ。
 それを崩す事こそ真の意味での反逆であり勝利と呼べるものだ。遠いどころか同じ世界に住んでいない私が言える事では無いがな。
 怒りはそういう思想をも生み出す。
 生前と死後、と表現出来る。実際、怒りを持つ前に比べれば、どんな人物であれ別人だ。
 怒らない、つまらない自分は捨てたのだ。
 そこからは、「新しい物」が生まれる。
 だから私の読んだ経歴はアテになるまい。彼が真に怒るのであれば、そういう事になる。雑草を踏みしだき山道を乗り越え、私は山を登った。
 すると、そこには一件の家があった。
 ボロ臭い家だ。ログハウス、というのだろう。最新鋭の科学技術をこれでもかというくらい否定しているようだ。私はトイレがハイテクでないと困るので、そこだけは主義を曲げて貰いたい。
 私はドアを叩き、中の人間を呼んだ。
 冷たい空気が流れ出し、まるであの世のような雰囲気を醸し出す。ギギィ、と少しづつ、ドアが勝手に開いた。中には誰もいない。
 
 だが
 
 
 
 
 
    2
 

 汚ならしい綺麗事。
 人間はいつの時代でもそれが好きだ。そうすれば自分達が「上等な生き物」だと思い込めるからで、哀れみを押しつけ誇りを偽装する。
 それが「善良」だと信じている。
 機械文明、というか自我の芽生えた人造生命の全てに対して「アンドロイドにも人権を」とか、それらしい道徳観倫理観で法改正は進められた。 その結果がこれだ。
 優れたアンドロイドに人間は職を追われ、進歩の為に必要な全ては、機械が代替わりする時代と成り果てた。
 自業自得にも程がある。無様極まりない。
 作家に関しては元々「生きる為」に物語を書く文明など既に滅んでいるので、私の様な例外でも無い限りは「作家ごっこ」をする連中が人間から機械に代わっただけだ。何千年何万年前から既に作家は絶滅している。
 その生き残りという訳だ。嬉しくない。
 まあ仕事として成り立たせる事が出来ていない以上、死体と変わるまい。死んでまで物語を語るというのだから、そんな救えない癌細胞のような生き物など、滅んで然るべきなのかもしれない。 知ったことではないがな。
 第一、アンドロイド共が書く物語はつまらないのだ。そもそも生まれついてあれもこれも持っている特別製に、面白い物語が書ける訳がない。
 想像力が貧困だからだ。
 満たされていれば、想像する余地はない。何かを求めるからこそ「今ここにない何か」を内側に想像できる。つまり何も持っていない私は作家としては無敵な訳だ。もしかすると執筆速度が時間を置き去りにしそうなほど早いのは、それが原因なのかもしれない。
 まったく嬉しくないがな!
 あれもこれも持っているつまらない人生でいいじゃないか。その方が楽だ。面白い物語が欲しいなら、かつての傑作でも読めばいい。
 己の悪意を世界に刻みつけるにしても、それが売れなければ意味があるまい。作家には持たざる何かが必要ではあるが、まったく何も持たなければこの通りだ。本末転倒もいいところではないか・・・・・・悪い冗談だ。洒落にもなるまい。
 執筆速度の遅い連中の気持ちなど永遠に分からないが、それの何が問題なのか。売れているなら編集者に「嫌なら他をあたれ」と言えばいい。
 ゆっくり書くのもそれはそれで充足になる。
 第一、己の管理を怠らなければ締め切りに間に合わないなど有り得ないのだ。作家がすべからく非人間だからといって、生活態度は関係ない。  それはただ堕落した生活なだけだ。
 他でもない、この私が言うのだ間違いない。
 仮に、私が売れたとしても、締め切りに悩む事はない。管理を徹底すればそれで解決できる問題だからだ。速度で言えば一日分で書ける。
 腱鞘炎が嫌なのでやらないが、小分けに書いたとしても、真面目にやれば七日程度だ。七日間で神は世界を作ったらしいが、物語はそこまで大層ではないのだから、むしろ遅い方だろう。私なら少し押して動くだけで三日もかかるまい。
 それも、売れなければただの徒労だがな。
 作品を書き貯めるのは、編集者に軽く見られるらしい。だが、私に出来る編集者などいないし、軽く見られたなら目玉をくり抜くまでの事だ。
 見る目玉がなければ、軽く見る事は出来まい。 突然の事故であれば裁判も起こせまい。不思議な事にそういう事はよくある噺だ。特に邪道作家の周りでは、珍しくもない。
 気にするな、ただの奇跡的偶然だ。
 奇跡とは人為的に起こす物だがな。
 実利の絡む都合の良い奇跡は特に。
 ただ、私の起こす奇跡があるとすれば、それは「過程は無茶苦茶なのに何故か結果的に成功している」という輩とは違って、「過程は問題ない筈なのにどうしてか結果は無茶苦茶になる」というものだ。無駄な奇跡があったものだ。見せ物だというならともかく、語り手はそうではない。
 そういうのはその辺の登場人物にやらせろ。
 ただ漫然と「仲間との協力」とかで勝利を掴む主人公など論じるに値しないが、だからって何をしようが無駄に終わる役割が何になる。
 実利があってこその「勝利」だ。極論実利さえあれば勝利など必要ない。栄誉ある勝利なんぞはその辺の奴にくれてやれ。達成感に重きを置いて現実を見据えない奴が、何かを成し遂げる事などあると思うのか?
 もしあるなら、そいつは頭の病だ。
 小賢しい小手先の知恵をひけらかす輩に限ってそういう事が多々あるものだ。理念に中身が無いから、そのような世迷い言しか口から出ない。
 達成感だと? 馬鹿め!
 そんなもの通り過ぎて忘れたわ!
 達成など前段階以下だ。持つ側はこれだから、何一つ偉業を成し得ない。そういう奴に権力だのを持たせれば、天下太平などという妄想の奴隷制を敷いた挙げ句、他国との競争に置き去りにされじわじわと死ぬだけだ。
 貴様等は栄華を誇っているのではない。
 国の、世界の生命を貪っているだけだ。
 そのような蒙昧の屑が、よくもまあ「過程」を誇れるものだ。貴様等に過程など無い。そこにはただ「偶々恵まれた」乞食の姿があるに過ぎん。 世界は金で出来ている。
 金、金、金だ。何故ならそれは、持つ側連中が自分達の保身と権力の為に用意した、汚ならしい綺麗事の建前であり「善良の基準」だからだ。
 正しい戦争は金で買える。
 正しい手続きによる国連加盟、正しい手続きによる軍備手配、正しい手続きによる武力介入だ。とどのつまり「正しさ」など、金で無理矢理肯定しているだけであって、要は持つ側の暴力だ。
 金という暴力で押しつければ何でも買える。
 戦争による悲劇を繰り返すなと政治理念を語る一方で、彼らの狼藉は許されないからと武力介入を行い「弾圧されている人々を助ける為」と口にしていれば、罪悪感さえ感じない。
 結局は「自国の利益の為」でしかないのだが、あれこれと理由を付けて「正しい大量虐殺」へと都合良く書き換える事で現実の問題から逃げて、己の行いに向き合わず、どころか正しい行いなのだから賞賛されるべきだ、とさえのたまう。
 私か?
 当然、自分でも間違いであり害悪でしかないのではと最近とみに思うが、知るか。貴様等凡俗の価値観を守って、私に何か「得」があるのか?
 あれば考えてやる。守るかは別だが。
 問題は自認だ。自認の無い物は何であれ醜い。怪物属性の連中にもこれは多く、人間より怪物の方が純真で嘘を吐かないという浅はかな考えこそ彼らが誰よりも「人間らしい」証左だろう。
 嘘を吐かないで生きられる存在。
 そんなものがあるとすれば、それこそ全知全能の存在だけだ。何せ全てを可能にするが故に暴力で全ての問題を解決できる。あるいは、問題そのものに向き合う必要すらない。これなら不燃ゴミの方がマシじゃないかと思える程鬱陶しい生き方だが、それ以上に「嘘のない生き方」というのは「生きる」という行いに真っ向から反している。 己に嘘を吐かないのはいい。
 そういう奴は、いる。引けば助かるのに嘘だけは吐けない。他人に嘘を吐くのはいいが、生き方に嘘は吐けないからだ。
 だが、全てに吐かないなど有り得ない。
 己の不利になっても、生死がかかっていても、嘘を吐かないでおとなしく死ぬ。それは愚か者の発想だ。それが生き方ならいいが、特に何か理由がある訳でもないのに己の不利益を受け入れるというのは「嘘」という概念を見ていないのだ。
 嘘だからという理由だけで、毛嫌いする。
 己は嘘を吐かないのだと自負する。だが何一つ嘘を吐かないのであれば、その行い自体が自分に嘘を吐いているのだと分かる筈だ。
 嘘は吐かないが真実も言わない。
 それなら有りだが、例えば仮に、己の命が危機に瀕しても「人間は嫌いだから」と、おとなしく沈んで死ぬ奴がいるか? 調子良く助けを求めるのが当然だろう。そして助けて貰っておきながら大した対価も払わない。
 要領が良いだけの阿呆にはこれが多い。
 恥ずかしくないのかと言えば、恥という概念が無いのだろう。でなければ恥のあまり死ぬ筈だ。 何もかもに嘘を吐かないなど不可能だ。嘘とは生きる上で行う「義務」であり、もし仮に一切の嘘を吐かない奴がいるとすれば、そんなのは命と呼べないだろう。ただの機械で十分だ。
 嘘を吐いてでも、勝利の為に尽くす。
 真実だけで勝てるなら苦労はしない。それこそ持つ側の身勝手な発想だ。素直に生きるだけで、得るべき物を得てきた恵まれた奴の考えだ。
 だからこそ、嘘を否定するという事は、他でもない己を否定する行いなのだ。何故ならそこまで何もかもに恵まれ吐かないで生きられる奴など、どうしたところで存在し得ない。肉体という檻に囚われている以上「限界」という物があり、限界があるからこそ「真実」だけでは通らない。
 そのままぶつかるのは阿呆の発想だ。
 あれこれと手を尽くしたところで、結局無様にそれを繰り返さざるを得なかった私が言うのだ、間違いない。まさしく無駄足の徒労だぞ。
 なればこそ「嘘」は「生きる上での義務」だと言える。思考放棄してただぶつかるだけでは赤子と何ら変わりない。だが、生きるだけでなく生き抜くならば、真実に向かいあって恵まれた真実に打ち勝つ虚構が必要になるものだ。
 それが嫌なら自害でもするしかない。
 そも「社会」も結局の所「嘘」であり、人間の世界にある仕組みの全ては存在し得ない虚構だ。国も、経済も、教育も経歴も全て、ただの嘘だ。 嘘でない物など一つも無い、
 文明の恩恵に一切関わらずさらしを巻いているならともかく、そうではあるまい。人間を見下す怪物連中でも、そんな噺は聞いた事もない。   というか、そんな原始人は嫌だ。
 そもそれら「人間より優れている」あるいは、「怪物より優れている」という優越感も、現実に存在する訳ではない虚構であり、ただの思い込みの類であって、当人の脳内にのみ存在する嘘ではないか・・・・・・嘘を吐かないから人間とは違う、とそう口にしている時点で阿呆を晒している。
 故に、人間も機械も神も仏も悪魔も同じだ。
 所詮、肩書きに過ぎない。ほ乳類だから優れているとほざくようなものだ。そんなもので講釈を私に垂れるなど、二万年は遅い。
 分を弁えろ、馬鹿が。
 強さによる弱さ、弱さによる強さという利点を持つ時点で、私に意見する資格はない。勝利するというなら尚更だ。既に私は勝っている。
 負け犬の戯れ言など、知るか。
 ドアの向こうにいる博士もそうであればいい、のだが・・・・・・開いたドアの向こうには誰もいないようで、錆びた空気だけが流れてくる。
 ぎしぎしと音を立てながら中へ入るが、やはり人間の気配がしない。不気味だ。こういう不気味さというのは対応に困る。邪魔なら切り捨てて、使えるなら幽霊でも利用する。何であれ、単純な方が力を持つものだしな。
「貴様か」
 そういって背後からショットガン(年代物だ。手動の銃などそうはお目にかかれない)を向ける老人は肩を落とし、私も向き合った。
「貴様が依頼人か」
「そうだ。依頼人に対して態度のでかい奴だな、貴様は。目上を敬えとは習わなかったのか?」
 生憎、良く習ったとも。
 それらの経験から私が得たのは「馬鹿を立ててやっても一円にもならない」だ。大体年を食っただけの年男に、何を期待しろというのか。
 いや、今回の依頼人はそうではないのか?
 なので私はこう言った。
「悪いが、ただ年上を敬えというなら、その辺にある樹木で十分だ。たかが数年数十年の差で敬意を払える程の「作品のネタ」を貴様が持っているなら噺は別だが」
「ふん、座れ」
 ぶっきらぼうに言われ、私は中に入り座った。最近こういう扱いが増えてきた気がするが、気のせいだろうか・・・・・・私を何だと思っているのだ。 私は作家だ。
 世のゴミを始末するのは爽快だが、私の本命はあくまで作家業であり、邪道作家として読者共に悪意を刻み込み廃人に追いやるのが目的だ。
 全ての読者が私か、それ以上の悪意を持つ。
 想像するだけで楽しい世界だ。
 もしや、これが「天国」では?
 かもしれない。少なくとも娯楽の創出には苦労しなさそうだ。おまけに全人類が私と同じかそれ以上の悪意を持つなら、経済は回るに違いない。 本田忠勝という名前に相応しく、彼は巌のような顔に肩幅は人の倍はあり、筋肉だけではちきれ服が吹っ飛びそうだ。これが「博士」か?
 むしろ「戦国武将」って見た目だ。
 白衣が鎧にしか見えない。こいつなら、素手で機械文明を破壊できるだろうに。人造人間なんぞ餃子の製造感覚で殺戮出来るに違いない。
「それで、貴様は何だ」
「そうだな・・・・・・依頼を受けたサムライで、かつ邪道作家だ。物語を書いて売るのが仕事さ」
「何だ、それは」
 毎回こう言われるのも正直疲れる。だからこそ実利が欲しい。この男が本を読むとは思えないが作家という在り方に説得力がないのも事実だ。  腑抜けた偽物が多いからな。
 信頼されよう筈がない。
「関係の無い噺だ。いや無論、面白いネタがあるなら取材するが、そうではなく貴様は私に始末の依頼をしたいのだろう」
 邪魔者を処理するので「始末」という言葉こそ相応しいと私は考えている。命の価値は平等だのと抜かす奴は多いが、私には無価値なゴミだ。
 ただのゴミ掃除に余分は必要ない。
 第一、何であれ生きているだけで殺しているのだし、今更一人二人増えて何になる? それだけで地獄行きが決定するなら、嘘や無慈悲が必要になる私の道筋の先には地獄しか有り得ない。
 最初から定められているではないか。
 何より「殺し」と公言すれば誰かに聞かれたり録音される危険もある。依頼人に魂を売るつもりはないのだ。そこまで付き合う義理も無い。
 本田博士は続けて言った。
「そうだ。連中ときたら! この私がどれだけ、この国に貢献したと思っている!」
 お決まりの台詞が始まった。
 優秀な奴はこれだから脆くて嫌だ。
 見苦しいからな。
「半導体によるアンドロイドの知能向上を開発し広めたのは私だ! 人工知能分野を農耕で使用し肥料の再分配による効率化を広めたのも私だ!」 怒り。
 顔つきといい、とかくそれを体現した老人だ。いや、発散される力はとても老人とは思えない。まさしく全盛期の武者、武将の鏡だ。
「だが、私は覚えられ過ぎて復讐しようにも機械都市に入れない。だが許すつもりも更々ない」
「だから、私に依頼したのか」
 つまり、入れれば己でやるつもりだった訳だ。恐ろしい爺がいたものだ。教授といいこの武者といい、年を重ねると悪人は大人げなくなるのか。 新しい発想だ。覚えておこう。
「だが、誰を殺すつもりだ? まさか全員を殺せという訳でもあるまい」
 ないとは思うが、録音されていないだろうな。やはり無理があった。私には、細かい気配りなど土台無理な相談だ。殺人に自覚がない訳もない。 自認があるというのも考え物だ、まったく。
「当然、標的は定めてある」
 言って、一枚の資料を彼は取り出した。するとそこにはこう書かれていた。
 
 機械と人類の歴史博覧会、と。

 
  
 

   3

 あの世とやらでは、死した罪人共がひたすらに酷使された挙げ句、痛めつけられた上で無為に終わる労働を強いられる。まさに今の私だろう。
 本田博士はどうだろうか。
 武者を無理矢理にでも想起させるその顔面には怒りによって彩られた皺が傷のように刻み込まれている。痛めつけられた、というのは違う。
 別に、私のように地を這っている訳ではない。 怒りとは、ある意味恵まれた奴らの発想だ。
 憎悪も怒りも拒絶も、全て考える余裕がある。どうするべきかを考えてゆっくり決め、その上でそれらしく振る舞うものだ。
 私には、そんな余裕など無かった。
 考える暇など無かった。ただわかるのは、私が真っ当な生き方など期待出来ず、どうやら生命として「失敗作」であるらしいという事実だ。
 あるいは、粗悪品か。
 まあそれはそれだ。問題なのはそれが金にならないという点であって、どうやら私は他の嘆いているだけで良い連中とは違い、手抜きは出来ない・・・・・・・・・・・・ならば他の方法論を取るしかない。 それもやはり徒労だったが、選択肢など無い。 そうするしか無かったし、それ以外は出来ないというのも事実だ。だからって徒労ばかりというのもどうかと思うが、しかし手抜きなんぞ元より私には出来ない。恵まれた持つ側の連中みたいに後になって後悔できる程、目は瞑れない。
 ただ、熱された鋼のように、怒る。
 そこには不純は無い。熱意も無い。ただただ、怒る為に怒る。本末転倒だが、当人自身にすればそれこそが本懐なのだろう。
 こうしてみると白衣姿でいるのが滑稽ではある・・・・・・野生生物を上回る筋肉が、本来脆弱極まる科学者連中が着る服を着ているのだ。奇妙としか表現しようがない。こんな博士があるか?
 私は邪道作家だから良いのだ。敢えて本道から外れているのだから、いては困る。とはいえ作家など非人間でなくては務まるまい。
 人間失敗。だからこその作家だ。
 まして私は邪道作家。最大失敗作と言える。
 それをネタに、世界を強請れればいいのだが。 ああそうだ、ここらで明言したい事がある。
 
 異端とは、地味な存在だ。
 
 少なくとも人間にも怪物にも相容れない化け物には、派手派手しい勝利も仲間との切磋琢磨も、あるいは人間的成長による進歩も存在しない。
 ただ、ひたすらに暗闇の中だ。
 明かりも付けずに暗闇の洞穴を歩き続けている・・・・・・支えてくれる存在などある筈もなく、過程における充足など有りはしない。常に世界全てに否定され、そのくせ利点の欠片も無く、何一つとして得られる物など有りはしない。
 ただ、ただ、暗闇の中だ。
 その点、怪物連中は気楽で羨ましい。何せ力を振り回していればいいのだ。しかもその力は得点として生まれたときから付いている。それでいて「人間に迫害された」というだけで利点を欠点が補っていると思い込む。
 ふざけるなボケ。
 どのあたりが不遇だと言うんだ。たかが人間に迫害された程度でそんな力を得られるなら、年中受けてみたいくらいだ。刺される位は容認する。 痛いのは嫌だが、しかしそれで理不尽に向かい合わずに楽が出来るなら、安いものだ。
 他でもないこの私が、一丁前に嘆いているその横で、無為に徒労を繰り返しているのだぞ! 
 何にもならない日々だ。己は才能が無いなどと嘯きながら、仲間に助けられる奴にはわかるまい・・・・・・・・・・・・楽な人生で羨ましい。
 仲間どころか、目に映れば全て敵だ。
 いや、いっそ映らなくとも敵になる。
 何もかも敵だ。世界に属すれば敵であり属さずともやはり敵だ。敵だ敵だ敵だ。敵でないと口にすれば怨敵であり、私は味方だよと囁きかければ宿敵となる。全て敵だ。敵だ敵だ敵だ。聖者でも死者でもすべからく敵だ。私を妨害しない概念は存在せず、善意で敵になり悪意で敵になる。
 あるいは、無関心でさえやはり敵だ。
 故に、華々しい冒険譚というのはどうにも理解し難い。いや華々しくなかったところで、やはり「恵まれた素質はないが、仲間には恵まれる」という甘ったれた世界に虫酸が走る。そういう台詞はその「仲間」を語る連中の首をはねてから言えという噺だ。頼りになる仲間がいる? ならば、そいつらと殺し合わねば嘘だろう?
 何年も共に旅をして背中を合わせ戦った仲間がいたとして、そいつらが前兆も無く私に刃を向けたとしても、私は何も驚かないだろう。
 貴様等にあわせて言えば、「そういう星の下に私は生きている」というやつだ。
 無論、その星が爆散したところで、私の生き方は一ミリも変わらない。当たり前だ。そのような連中と違って、改心するような余力はない。
 悪党が後になって改心する、という物語は多い・・・・・・馬鹿を言うな。それはただ単に後になって「改心できる」程に余裕のある馬鹿が勝手に悪を自称しているだけに過ぎん。
 人間は卑怯で汚いか?
 世界はおぞましく狭量か?
 愛は裏切られ絶望が身を燃やすか?
 いいではないか、それはそれで歯ごたえがあるというものよ。卑怯で汚いならそれはそれで面白いし、おぞましく狭量なら多少の犠牲と引き替えに変える余地があるという証左だ。未来に希望があって良かったではないか。愛が裏切られたならそれはそれとして燃えさかるように愛すればいい・・・・・・相手が否定するなら肯定するまで愛すれば良いだけだ。
 何の問題がある?
 歯ごたえのない豆腐のようなステーキを食べて貴様等は満足するのか? 言っては何だがそれらの問題が解決すれば「生きる張り合いがない」と文句を垂れるんだぞ。張り合いがないなら作ればいいし、それでも無理なら捏造しろ。
 私ですら出来る事だぞ。
 恥ずかしくないのか?
 もう一度言おう。他でもないこの「私」でさえ実行可能な事だ。即ち呼吸よりも容易であり生命であればすべからく出来る。いやいっそ無機物の人工生命ですら可能だろう。生まれて五秒の赤子が「こんな事も出来ないの?」と失望するくらい簡単な事なのだ。
 理不尽を楽しむ、などそんなものだ。
 ただし、金だけは別だ。金にならない娯楽などあってたまるか! 結論、金さえあれば理不尽は売り捌ける。味方が敵に回ればやはり売り捌き、人間に迫害されればその物語を金にしろ。
 物語の一冊も作れない奴が何をほざくか。 
 せめて語れ。そして金にしろ。それも出来ない愚か者に、理不尽を悟り語る資格無し。物語こそ全ての絶望全ての暗黒、全ての憎悪を語るに相応しい・・・・・・・・・・・・その方が面白いではないか。
 面白ければすべからく良い。
 面白くなければ駄目だ。倫理的にどうか道徳的にどうかなど、その辺にでも捨てておけ。
 面白いと思えばそれが全てよ。
 怒りとは、その基準が単一化されている訳ではない。むしろ逆、あらゆる行いに対して己だけの価値基準で照らすものの、判断能力が低下し基準を見るのではなく感傷で物事を判断する。 
 感傷で語り出したら、破滅は近い。
 責任も取れない馬鹿が哀れみを向けたり、怒りにまかせて策を弄する事を忘れたりするからだ。 まして、この業火の如き怒りの化身。
 煮えたぎり過ぎて己の姿すらあやふやだ。もう少し器用に生きられないものか・・・・・・他でもない私に言われたらお終いだぞ。
 ちなみにお前も金を得たら物足りないとか文句言い出すんじゃないのかという意見も聞こえるが「金の無い文句」と「金のある文句」であれば、どちらが良いかは問うまでもあるまい。
 金が無い方が色々試行錯誤の余地があるからと言ったところでだ。だからって仕事が成功せずに金にもならない日々を送れとでも言うのか?
 それこそ無茶を言うな。
 金がある上で退屈だの何だのという文句があるなら作者取材にでも出ればいい。別に出なくてもただでさえ執筆は止まらないのだ。仕事仕事仕事で休む暇も無いのが現状なのだから、今更刺激が欲しいなどとは思っていない。
 どうせ向こうからやってくる。
 頼みもしないのにぞろぞろとな。
 それに「平穏」も「退屈」も所詮は存在しない虚構に過ぎぬもの。連中の言う平穏にも退屈にも私なら「地獄」を顕現できる確信がある。
 この世全ての善性を否定し、そこに地獄を創造するのが「作家」の「仕事」だ。例えどのような天国でも、そこに悪意を見出し平和を否定し思想を書き換え今までの全てを否定させる。それこそ作家のやるべきことだ。それが邪道作家であれば尚更だろう。
 そこに幸福があれば否定しよう。
 そこに善性があれば殺戮しよう。
 そこに神仏があれば拒絶しよう。
 何であれ「良いとされる物」あるいは「偉そうな何か」はすべからく敵だ。少なくとも私の味方をしてくれるとは思えないし、そもそも私に味方という概念は無いのだから、何であれ敵だ。 
 敵だ敵だ敵だ。
 全て敵だ。敵がいなければ探し出してでも殺し探してもいなければ作り上げてでも殺しそれでも足りなければ世界そのものも敵と定め殺し尽くす・・・・・・死体だけが残れば死体を殺し、肉体が果てあの世に行けば、やはり偉そうな奴を皆殺しだ。 何せ偉そうな奴が私の味方など有り得ない。
 無論、偉そうでなくてもやはり敵だ。私に敵でない関係性など無い。私にとって「敵」とは世界の全てであり、敵でない概念は存在しない。
 何であろうと私と敵対する。
 だから勝てないのだろうか・・・・・・しかし、この私に「味方」など作れるのか? 試しにやろうかと考えて実行したところで、毎度何かをする前に敵に回る。そいつ単体、ではない。周囲の全てが私を迫害するのだ。そして私には力で覆せる便利な小道具など持っていない。
 迫害はいいが、これではどうにもなるまい。
 どうしたものか。迫害された分だけ特異な能力が芽生えれば楽なのだが、まさかそんな訳があるまい。それなら誰も苦労しない。
 この老人もそうだろうか・・・・・・かもしれない。何がきっかけで敵に回るかわかったものではないだろう。私の道は大体そんな感じだ。
 念の為、見極めておくか。
 見極めたところでやはり無駄におわるのも私の宿命ではあるし、対策を取り労力をかけ計画的に事を進めて勝利に向かえば向かう程敗北する道程を私は歩いてきた。だから正直蛇足だと言える。 まあ、適度にするとしよう。
 いずれにせよロクな事にならないのは確かだ。私が歩む以上「真っ当な結末」など有り得ない。歩まずとも良い道を歩き、得なくてもいい経験を大量に得て、するべきではない偉業を成し遂げる・・・・・・・それが「私」だ。
 なので非人間度合いには定評がある。
 何せ、今まで出会った全ての人間にロクな扱いを受けていない。人間として扱われた事も、己を人間だと思った事も無い。ならば非人間だろう。 金にならないので、正直どうでもいいが。
 これで金になれば最高なのだが、金にもならずかといって長所もない。そのくせ世界に嫌われる事に関しては宇宙一だ。私が何をした。
 いや、存在そのものが最悪なのだから、何かをしたかと言えば生きている時点で害悪だ。人間の在り方に共感せず実利だけを目指して生きる。
 しかも、幸福の有り様を真似してだ。
 自分で言うのも何だが侵略してきたエイリアンだと言える。そういうドラマあったな。確か社会に溶け込んで信頼を得ておきながら、裏では洗脳技術で全ての人間を家畜にする、みたいな。
 入れ替わりならぬ擬態なのだから、ある意味で連中より性質は悪い、かもしれない。最悪なのだから当然だが、しかし、それはそれだ。
 仕事の報酬が未払いである事とは関係あるまい・・・・・・仕事は仕事だ。どんな事情があれ未払いで良い訳があるか!
 いいからさっさと金を払え。
 情けない言い訳は後でも聞いてやらん。
 全財産を差しだし感謝感涙平伏して支払え。
 まったく、始末屋家業などという労働をこなしている時点で、因果応報など欠片もない。だからああいう言葉は嫌いなのだ。まるで行いの全てが巡るかのような言い草だが、成し遂げれば裏切りがあり、策を弄せばする前より酷くなり、人事を尽くせば比例して敗北と失敗が積み重なる。
 それとも何か? 私の行動が全て「悪」であると判定されているのだろうか。だとすれば、尚更無駄ではないか。その場合理不尽な暴力で悪党を迫害してるに等しい行いだ。圧制者共が、善悪という暴力的基準で身勝手な差別をしやがって。
 何が悪だ。それなら貴様等など巨悪ではないか・・・・・・・・・・・・聖者は悪ではないとでも?
 まさか、だろう。
 大勢の思想に影響を与え世界を変革すると言う行いが「尊い」としてだ。その結果どれだけ戦争の大義名分になり、大勢を迫害して殺し、そして神の名の元に罪無き死刑が横行したことか。
 鉄を与えれば銃の責任が伴う。
 つまり、聖者であると称えられる時点で悪だ。称えられているという事は、要するにその正誤で争いを多く起こしたという事であり、つまり戦争の大義名分に利用されたという事でもある。
 善意を装った連中ほど、手に負えない。
 悪ですらない、ただの「卑」だ。
 冗談じゃない、一緒にするな。
 まして、金にまみれた奴が何を言うか。本当に清貧を心がけるなら腰ミノでもして狩りで生活し言語を忘れ文明に頼るな。トイレも外でしろ。
 それを生きているとは呼ばないだろうがな。
 何かを成し遂げる為に、誰であれ生きている。その大小はあれど、何も成さないなら、最初から生まれいでる必要があるまい。何であれ成し遂げようとする姿勢そのものを「生きる」と呼ぶ。
 欲を捨て去り徳を得るだと?
 ならば人間などやめてしまえ。生きる苦しみを否定するなら、そいつに生きる資格は無い。無論欲とは欲望ではない。己の分を大きく越えた巨大な敵に挑み続け、その上で勝ちだけを目指し態度だけは敵を乗り越える。 
 だからこそ、生きる価値がある。
 出来ないならば死ね。生きる価値はない。
 何度も言うが、私ですらやっているんだぞ!
この、私ですら、だ! 立場なぞ存在せず利用を考えるまでもなく敗北し、策を弄せばひび割れた肉体がボロを出す。
 他者と利用し利用されを考える奴らが羨ましい・・・・・・他者を利用できるだけ恵まれているということだからな。相手に立場を崩されるまでもなく最初から立場も何もない。その立場の無さすら、私は二秒で忘れるが。
 そもそも作家の立場などあるのか?
 あれか? 搾取され虐げられる奴隷層みたいなものだろうか。実際、作家である時点で何もかもに敗北している。敗北者でない作家など偽物だ。何もかも持たず、悪意だけは一人前で、人類史における汚点として名を残す事に腐心する。
 いやまあ、心が無いから作家なのだが。
 今そこにある世界の全てを否定するからこその作家であり、更に悪意を無尽蔵に生み出し正義を挫き善と敵対し、倫理と道徳を否定し悪意を以て物語で読者を染め上げる。そして全人類を最悪の思想家として書き換える事を至上とするのだ。
 だが、この老人は無理だろう。
 既に染め上げられている。それもただの色ではなく「溶岩」とでも表現すべき怒りにだ。
「儂が何故怒るか分かるか?」
 言って、にまりと笑う。どこぞの女とは違ってそこには積み重ねられた厚みがあり、見るだけで巨岩の如き印象を受けざるを得ない。
「そうだな、人様の都合で積み上げた成果が無駄にされれば、誰だって怒るだろうさ」
「なんじゃ、貴様もそうか」
 私の場合邪魔をされるまでもなくいつも無駄になっているのだが、噺の腰は折るまい。からかうにも洒落は通じなさそうだしな。
「儂は、アンドロイド共の「同化細胞」について進化の可能性を見た。それが人間の進化に繋がると信じてな」」
「同化細胞?」
 確か、アンドロイドの人工細胞の生身の部分と無機質な神経部品とを結合する技術だ。人間なら義手や人工臓器を移植するのに使われている。
 便利な時代になったものだ。
 幾ら便利な時代になろうがその利便性を使えるのは富裕層だけなのが玉に傷、いや、汚点だけが残るのでやはり「意味も価値もない変化」という事なのだろう。まして非人間である私には人間の幸福など縁のない噺なので、関係ない噺だ。
 その結合用の溶接材が、進化の為?
 よくわからない噺だ。面白そうではあるが。
「そうだ。あれも実用に耐えるまでに、かなりの被検体を無駄にした。この時代、余り物は人間もアンドロイドも溢れているからな」
「タダ程怖いものはないな」
 しかし、裏で人体実験があった程度ではむしろありきたりだ。とはいえ、人間を犠牲にして人間の作り出したアンドロイドが出来上がっているというのだから、面白い皮肉ではある。強いて言うなら「人間性」はタダで買える。
 タダで売れるので、商品価値はない。
 包装紙みたいなものだ。実際、人間性はあれと同じで中身には関係あるまい。むしろその中身を誤魔化す為にのみ、人間性は存在する。
 人間の汚濁を善性の殻で誤魔化す・
 そして見ないフリをして目を背け、中身が腐り腐臭を漂わせても汚ならしい綺麗事さえすれば、それで「善良な人間」になれるからだ。
「それで、その尊い犠牲とやらの上で、貴様等は何を成し遂げた?」
「そうさな、まず前知識から説明してやろう」
 言って、彼は少し大きめの白紙のメモを取り、それをテーブルの上に置いた。筆ペン(骨董品は今や貴重品だ。金持ちなのだろうか)を取り出しすらすらと書き出した。
 遺伝子? らしき図を書いている。大豆の塊が棒で繋がれているみたいな、あれだ。
「人間の設計図は遺伝子情報によって定められている。これは生まれついてのものだ。運命論とは遺伝子の事だと言う者もいる。性格、趣味趣向、善悪の感性から能力差も全て、遺伝子が決める。遺伝子とは、人間の雛形なのだ」
 中々面白い発想だ。生まれついての悪だと自認している私だが、どうやらそれも運不運によって定められた、という事らしい。あるいは、遺伝子によって定められた筈なのに外れてしまう失敗作こそ、生まれついての悪なのだろうか。
 人類における最大失敗作。
 それが「私」だ。しかし最大なのに失敗作とはこれいかにと思わなくもないが、事実だ。悪とは往々にしてそういうものだからな。
「雛形か。しかし、私の目の前に見える老人は、雛形通りにはとても見えんな」
「かもしれん。だが、いずれはそうなる」
「それで、それが何だ。その接着剤をどうすれば遺伝子の深奥に近づくというんだ」
「どのような無機物にでも粘着するその結合性に目をつけてな。どうもカメレオンのように性質を変え、流動的に対象へ合わせているらしい」
「自在に相手に合わせられる、か」
「そうだ。つまりどのような変化もこの同化細胞であれば成し遂げられる。それが癌細胞でも進化した細胞でも、文字通り無限の可能性がある訳だ・・・・・・とはいえ元が偶然による成果物だ。自在に変化する性質を持っていても自在に扱えなければ意味がない。その性質変化の枝を解析する為に、幾つもの検体を利用した訳だ」
「成る程な」
 利には適っている。大勢の人を利用するなんてと言うべきなのだろうが、しかし、大勢の犠牲が生活を支えるのは当たり前の事だ。
 一言で言えばキリがない。
「故に、だ。儂はその可能性に夢を見た。そう、人間が己の細胞を自在に変える事が出来たなら、例えどのような事でも成し得る筈だ! 確かに、今でも既に性能を調整した赤子を生み出す技術はあるが、生まれて、成長した跡も自在に変化する細胞があれば「病」も「怪我」も「才能の有無」も概念からして消滅するだろう!」
 また凄まじい噺を語る爺さんだ。
「進化とはそういう事か。進化し続ける人間を、科学の力で実現するとはな。とはいえ、危険じゃないか? 不出来な人間でもテロリズムを行い、他者を迫害し、大量の不燃ゴミで世界を圧迫するものだ。それがさしたる要因もなく、降ってきた幸運で進化したらロクな事にならんぞ」
「その通りだ」
 だが知らん、と憚り無く本田博士は宣言した。堂々と、胸を張ってだ。どこかで見たような開き直りだが、気のせいだろう。私のような清廉潔白質実剛健百花繚泥酔人生徒労迷走豪華余り物定食な私には・・・・・・・・・・・・何だったか。
 駄目だ忘れた。
 まあいいか、別に。
 本田博士は悪びれもせず、むしろ喜ばしい祭典の導き手のように、こう宣言した。
「儂はその先の未来が見たいだけよ。全ての人類社会が滅び、その生き抜いた先に何があるのか? 
 儂はそれが知りたい。 
 
 何もかもが殺し合い奪い合う。そしてその先に進化だけがあり、無限にそれを繰り返す。儂なら出来る。それだというのに、あいつ等ときたら」 言って、瓶に詰められた酒を飲み干し、ぷへぇと息を吐いてから投げ捨てた。当然割れた。
 酔っぱらいは瓶が割れるのを気にしないらしい・・・・・・今後、作品で使う時はあるのだろうか?
 一応、覚えておこう。
 人間の感性は私には貴重だ。
 誰かに託されたり誰かに支えられたり誰かの為に行動したりというのは、私には縁がない。
 そんな便利な理由など無い。
 強いて言えば「生きる為」だ。
 託された理由で走り出すなど、そんな楽な人生を送れるとは羨ましい噺だ。何もない所で粘土をこねて理由を偽装し、ただでさえ無能なのに味方どころか敵だけが増え、どう考えても実現不可能な行いをやりたくもないのに挑まねばならない。 それが私の日常だ。
 つまり、ただの徒労だ。
 疲れだけが積み重なる、労役のような毎日だ。だからこそ、理解は出来ても共感など有り得ない・・・・・・それを今日の物語ときたらどうだ。何とも面白味の欠片もない綺麗事だらけで、何かしらの「努力みたいなもの」さえあれば、味方が増えて勝利に結びつき、頼みもしないのに周囲全てが、その主人公を後押して勝利させる。
 一人で立てない奴ばかりだ。
 連中が優雅なソファに座っている間に私は泥水の中をほふく前進して、おまけに周囲には敵だと勘違いされ撃たれながら無様に進む。
 いや、進むのではない。徒労を繰り返し労力は無駄に終わる、だけではない。何せ今までの労力を費やした分だけ、私は酷い目に遭うのだからな・・・・・・・・・・・・なので、仲間との勝利だの積み重ねた努力のおかげだの、寝言は寝て言えと思う。
 何度も言うが、楽な人生で羨ましい。
 その点、こちらの老人はどうだろう。楽な人生ではあったのだろうが、優秀なだけで目的は果たせない。この老人の主張もそこまでズレていないのだ。人身御供が良いか悪いか、人間の進化過程として相応しいか否か。そんなのは時代の流行によって変わるものであり、ただの運不運だ。
 時代が悪かった、というやつか。
 私の場合はどんな時代に生まれようが、こうである自信があるがな。世界に迫害されない己など想像も出来ない。誰かに支持される私?
 正直少し気色悪いな。
 どんな状態だ、それは。
 何かの罠としか思えない。
 それに支持されるべきは物語であって、私ではあるまい。支持されても迷惑だ。そういうのは、客寄せ看板用の人材にでも任せればいい。
 この老人とかどうだろう。目立つのだが。
 考えておくか。別に、若い女だけが衆目の目を引く訳ではあるまい。
 肉体派老人アイドル、とかどうだろう?
 これは売れるぞ、新しい!
 輝く笑顔が素敵な筈だ。
 きっと世界が困惑するぞ。華々しいアイドルは絶滅し、戦闘力こそ人々の目を引く世界だ。武術を極めた達人がもてはやされるというのも、見ていて面白そうだ。まあ肉体が頑健であれば精神も面白いとは限らないが。
 健全な精神と肉体程度を祈っておけ。
 人が望むべきはそれくらいだという考えがあるらしいが、それでは足りない。とはいえ世界全ての破滅を願うとは、極端な爺さんだ。
 私の周りはそういう奴ばかりだが。
「それで、その先はどうする? 成長が義務付けられる世界、それはそれで面白そうだが、貴様はその世界で何がしたい?」
「決まっておる。人間の世界を押し進めるのみよ・・・・・・貴様とてそうであろう。我々は皆、世界を押し進め変革する為に生きておる」
 確かに、そうだ。何であれ、世界に挑まないのなら最初から生まれてくるなという噺だ。それは私にも理解出来る。優れた何かを得ている奴等に限って少しばかり世界に否定されたら諦めるが、本来はそれは当たり前の事なのだ。その当たり前をしている奴を見る機会は殆どないが、まさか、腐れ労働の最中に見る事になるとはな。
 所詮労働など他人の都合だ。
 それを「仕事」と勘違いしている馬鹿は多いが他者の利益ではなく「己が生きる為」にやるからこそ「仕事」と呼べる。なので労働が仕事に結びつく事は非常に稀だ。労働とは基本時間の無駄であり、徒労だからな。
 文字通り、何にもならない。
 何もしていないのと変わらない作業だ。
 そんなものを重要視するから死ぬ間際になって後悔したりするのだが、どうやらこの老人は後悔どころか突進するしか知らないようだ。
 見ていて実に、面白い。
「それで、その大望を邪魔したアンドロイド共に鉄槌を加えたい訳か。具体的に誰を、いや、何を私は斬ればいい?」
「これだ」
 言って、手渡された資料に目を通す。そして、今回も標的を確認した。このところ人間でもない奇妙な標的ばかり斬っている気がする。
 いや、人間を斬ろうが機械を斬ろうが本質的に何かが変わる訳ではない。命は地球より重いとか言う奴もいるが、仕事が何なのかすら理解しない輩の命など、百円均一にすら劣る。その辺にあるパン屋を見に行った方が遙かに有意義だ。
「これは、何だ?」
 とはいえ、その私を以てしても。今回の標的は訳が分からなかった。何だこれは。私は理系ではないのだ。こんな物を見せられても困る。
 
 そこには、自筆でとある物が書かれていた。
 
 
 
 
    3
 
 
 
「で、何だこれは」
 そこに書かれていたのは、ただのプログラムのコードだった。どうやら何かしらアンドロイドに対する新機能らしく、理系の奴等なら喜んで買うであろう情報だろう。何せ、非公開であろう軍事機密だ。当たり前だが、アンドロイドなどという最新鋭科学の結晶に関する機密が、こうも簡単に漏れる訳がない。
「アンドロイド達の自自律進化プログラムだ」
 どういう意味だろう。
 アンドロイドは自発的に創造性を獲得し、かつ人間性を獲得した(と人間達の身勝手な基準で)思われている。なればこそのアンドロイドだ。
 そのアンドロイドが自律進化?
 既にしているではないか。
「そうじゃない。これは連中の有機細胞の部分を進化させるプログラムなんだ。これを使えば奴等は肉体的にも進化、成長する事が出来る」
 つまり、ただでさえ高性能な連中が、何千年もかけて人類が行ってきた「進化」を秒単位で獲得するというのか。何を考えているのだ。
「儂の研究を「人道的見地」から取り上げておきながら、何をするかと思えば自分達の保身の為に儂の技術を盗用しおった」
 アンドロイドは自我を手に入れた。
 そして手に入れてしまえばこんなものだ。
 人類の未来は明るいと人は言うが、確かに光が当たってはいる。ただ、その光は極々一部にしか当たらず、光を動かせる奴の為に世界はある。
 その他は漏れなく奴隷だ。
 いつの世も、同じ事だ。
 大昔は奴隷にでも役割はあったのだろうが今はそれも望むべくもない。文字通り尊厳を奪い殺しても良い存在であり、俗に「成功者」「勝利者」だと嘯かれる奴ほど、それを活用しているものだ・・・・・・実際、極一部の大きな報酬を貰う奴等とは違って、それを支える役割などただの奴隷だ。
 運良く利益を掴めるか否か。
 ただのそれだけのつまらない世の中だ。
 進化などしてしまえばそんなものだが、しかし「自由」とか「権利」を主張する輩には魅力的に映るらしい。手に入れる事が栄誉であり、それを手に入れる為なら全てが許される、いや、それが正しい行いだから賞賛しろ! と強制する。
 宗教を盲信する輩に多い発想だ。
 正しさに縋り付けば、楽だからな。
 どうやらそれはアンドロイドでさえ同じだったらしい。有機物も無機物も魂が入ればロクな事をしないという事か。魂がなくて本当に良かった。 魂なんぞ、ただのゴミだ。
 あったところで何になる。
 魂は尊くなどない。現に魂を持つ人道的な人間が、今まで一体何をした? 文化形成は認めるが「崇高な行い」など見た試しもない。
 尊さの欠片もなく、替えは幾らでも利き、差別こそが人生だ。魂がどうでもいい物である証拠であると言えよう。
 崇高な魂はあるのかもしれない。
 だがそれは、人間では有り得ない相談だ。
 そして、どうやらアンドロイドも同じらしい。 聖者のような奴がいたとして、やはりそれは、尊い魂には成り得ない。世界の苦しみを否定する輩に世界について語る資格はない。悟りを開けばなどと、よく言えたものだ。この世界には救いがないが、それでもやるしかないのだ。
 魂の尊さなど、甘ったれの台詞だ。
 生きようと足掻く時点でそのような崇高さからは遠く離れて行く。だがそれがどうした。誰かに評価されなければ生きる事をやめるのか?
 尊くなくとも生きればいいのだ。
 そして、その上で勝つ。
 人道だの倫理だのを今の人間は重要視し過ぎるのだ。要するにそれら観念的な輪に認められるかだけを基準にして、己の意志で考えない。
 甘やかしあい、支え合う。 
 後に残るのは飴の城だ。舐めれば消える。
 そんなものには熱湯でもかけておけ。飴の城に何が出来る。他者の骨を奪い、肉で加工し、血で池堀を作るのだ。でなければ、勝てない。
 持つ側ではあるまいし、勝てる訳があるまい。 貴様等はそこまで恵まれているのか? ならば貴様等は私の敵だ。あれこれ持っておいて被害者面をする連中ほど、鬱陶しい物はないからな。
 強さによる弱さ。
 弱さによる強さ。
 そんな物がある時点で、恵まれた豚だ。
 贅肉を落として痩せてから来い。
 私は己を一度として「人間」だと思った事など無いし、まして「被害者」だと嘆いた事も無い。当たり前だ。私はそこまで暇ではない。
 立場を利用するのは有りだがな。
 下から見下すのは最高に気分が良い。
 上から見下すなどありきたりだ。やるのなら、下から見下し顎で使い、優秀さをそれ以外の全てで支配するべきだ。そうじゃないか?
 力で押さえつけられるのは、当たり前だ。 
 それのどこが面白い? それに没頭する時点で感性が古い証拠だ。流行についていけないのではなく、感性の老化を促進している。
 自分で老ける馬鹿がいるか間抜け! 
 少しはその足りない脳味噌で考えろ。
 やりたい事とやるべき事を両立させられないのではない。やりたいだけの事を、やるべき事だと勘違いしているだけだ。
 ただ、したいだけ。
 故にこそ、その先は無い。
 それにすら気付かない。
 私もそういう楽な人生を送りたかったが、中々上手く行かないものだ。人道云々を盾に自分達の利益を考える愚か者共が羨ましい。
 なので、今回の依頼は興が乗った。
 そういう輩の絶望ほど面白い物はない。
「つまり、その「人道的なアンドロイド」連中の顔が歪む様を見たいんだな?」
「そうだ。だがそれ以上にアンドロイドの自発的進化など見過ごせん。これ以上儂の愛した人間が人造物如きに知った顔をされてたまるか!」
 足下に這い寄る猿のようなものか。
 昨日まで飼育していた猿が、急に進化し仕事を人間から奪い、あまつさえ命令し始めて企業主となり、最後には「人間性」を語り出す。
 確かに、人間には恐怖かもしれない。
 とどのつまり人類はアンドロイドを認めない、のではない。理由を付けやすいからアンドロイドを認めないだけだ。それが「人種」や「種族」であっても同じだろう。いつも言っている事だが、「肩書き」に価値はない。強いて言うなら呼び方の発音が違うだけで、「人間」も「神仏」も大差はなく、それが「アンドロイド」でも「宇宙人」でも同じ事だ。
 肝要なのは「仕事」だろう。
 とはいえ私は社会学者ではない。老人の復習がどういうものであれ、作者取材になるならそれで構わない噺だ。金も貰えるしな。
「いいだろう・・・・・・この依頼、引き受けた」
「おお、感謝する。振り込みでいいかね?」
「駄目だ。現金で寄越せ」
 何度かクレジットチップで貰った事もあるが、基本は現金取引だ。現金での取引は経済を把握し支配する為に国連が「違法」という扱いにした。その方が電子経済を操りやすいからだ。ならば、私は現金取引をしなくてはなるまい。
 物語ですらも文房具で書いている作家だぞ。
 金を使用していると自認出来ない支払い方など容認する訳があるまい。電子経済は確かに流通を早くしたが、早いだけで脇が甘過ぎる。
 そも、そこまで早い必要は無い。
 貴様等は光の速度で生活しているのか? 私は光より早く執筆する自信があるが、通販などより歩いて商店に買いに出かけた方が面白い。
 少しは外にでて運動したらどうなのか。
 そんなだから心も体も贅肉で出来るのだ。
「現金は無いが・・・・・・これならどうだ?」
 言って、本田博士は鉱石らしき物を取り出した・・・・・・だが、私は別に鑑定家ではない。
 価値がある、いや売れるのかわからない。
「何だ、それは。サファイアか?」
 適当に言ってみただけだ。分かる筈もない。
「いや、新しいバッテリー源として使用出来る、未だ未発表の資源石だ。これを特許登録しメモに書かれている機関に連絡すれば結構な金になる」「金になる、か。今の段階では確認出来ないが、まあいいだろう。金にならなければ貴様を斬る」「構わんさ。その時は儂が機関に抗議してやる」 取引は成立したので、とりあえず仕事に戻る事にした。当然だが私の仕事は「始末屋」ではない・・・・・・邪道作家としての仕事だ。
「では、ついでに幾つか聞きたいんだが」
 なので、私は問いただす事にした。
 その「怒り」の「根源」について。

   4
 
 
 
 恐がれ、だが臆すな。
 私は死は恐れないが、だからって切り刻まれて喜ぶ変態ではない。生きていようが死んでいようがやる事が変わらない事と、刃を危機と判断するかは別の話だ。感性が死滅し、心が入っていない事は、危機関知を疎かにする理由にはならない。 危機を、恐怖を、皮一枚で避ければいい。
 心情的な恐怖ではない。ただそこにある驚異を的確に判断し、対処しろ。しかしだ。怒りを持つ人間というのは、それを蔑ろにしがちだ。
 恐怖が無いのではない。
 恐怖を無視している。
 私が言えた事ではないが、危機を察知するのは重要な能力だ。如何に優れた人材でもそれが出来なければすぐに死ぬ。最重要技能だろう。
 翻って、この老人はどうだろう。
 危機をばらまき、危機を従えんとする。 
 本当に私が言えた事ではないが、生きる大迷惑という印象だ。私は機械的に判断するだけなので危機を恐れないという訳ではない。
 危機を心理に考えない。
 これが的確な回答だろう。
 危機は危機だ。それが出来てしまうのが私だ。心を介入させず機械的に殺せる一方で、殺しても良いのかの打算が働くのも、やはり私だが。
 怒りはそれら全てを無視する。
 己の命すら勘定に入れない。私からすればただの無銭飲食だが、彼らにとっては信念だ。少なくとも、この老人は信念で生きている。
 いや、死に続けている、のだろうか。
 真相は本人のみぞ知るだが、私なら追々その辺の裏側も暴けるだろう。人様の知られたくもない心の詳細だけは、暴く自信と実力がある。
 我ながら最高に質の悪い悪党だな、まったく。 困るのは私ではないので、気にはしないが。
 だからこそ、私は再度、こう言おう。

 人生はプラスマイナスゼロだ。

 良い事など何も無く、悪い事だけはあるものだ・・・・・・だが世界が理不尽に溢れている以上それが基本という事だ。希望も未来もないのが標準仕様なればこそ、世界は平和に回っている。搾取する権利がある奴でもない限り、誰も彼もが利用され使い捨てられる捨て駒だ。
 プラスを語るゴミ共が世界を楽しみ、
 マイナスにされる弱者共が世界を苦しむ。
 そして最終的には何も残らない。強いて言えば娯楽だけだ。過程における苦楽の数は、その結果において何一つ影響しない。
 過程のプラスマイナスなど、どうでもいいのだ・・・・・・・・・・・・苦しんだから幸せになれるとか楽をしたから因果応報するだとか、そんなのは持つ側特有の自惚れ、思い込み、自堕落の結果だ。別にさしたる苦労もしていないからこそ、そのような妄言が吐ける。
 そういった連中が、世界を回している。
 逆説的に証明されているのだ。過程など意味は無く、価値が輝く事も無い。運に恵まれた豚こそ勝利を掴む権利を得て、運が無ければただのそれだけで全てが無為に終わるものだ。どんな才能も幸運の後押しあればこそ世界に示される。 
 そも、過去の英雄譚など酷いもので、要するに「神仏に愛されるか否か」で全てが決められる。ただの出来レースであり、優れた超能力を授かる運の良い「自称戦士」が人並みの労力すら払わず超常の力を振り回して一丁前に世界を語る。
 勝利を得られるかに当人の意志や行動は何一つ関係がない。新撰組にしたって偶々幕府共が取り立てなければただの田舎組織で終わった筈だ。
 頑張っていれば神仏は見ていると人は言う。
 少なくとも私の事は見ていないらしい。もし、これで見ているというなら見ているだけだ。何をしてくれる訳でもない。この私がわざわざ傑作の数々を量産してやっているというのにこの様では目の病気を疑わざるを得まい。
 目玉が腐っているのか?
 最早付いていない方がマシだと言えよう。
 過程の試練などあろうが無かろうが同じなのだから、さっさと金だけ欲しいものだ。大体仕事が上手く行かず労働も上手く行かないなど試練以前の問題ではないか。そもそもが作家が物語の宣伝をしなければならない時点で異常だ。
 作家に書く以外の何を期待しているのか。
 神仏ってのは頭脳が間抜けなのか?
 私程世界を毛嫌いし、世界に悪意を刻みつけ、善なる全てと敵対する作家など人類史史上私以外にはいない確信がある。真摯に悪意全開で語ってやろうというのに、汚ならしい綺麗事ばかり溺愛して現実逃避を繰り返し、悪意を広める手伝いを怠るとは、義務を放棄した無職ではないか。
 情けない。少しは働いたらどうなのか。
 そんなだから無神論者が増えるんだぞ。
 立場に胡座をかいて義務も果たさず、その様で己を偉いと勘違いしている。つまり堕落しきった人間そのもの、いや、その方がまだマシだ。
 結論として、私のやるべき事はとうに終わっている。作家に書く以外の何をやれというのだ。
 何故私が凡俗の後始末を押しつけられるのか。 因果応報どころではない。働きもしない愚か者の不始末の為に、作家が物語を広めなければならないという倒錯した事態に成り果てている。
 迷惑な話だ。
 これで因果応報とは笑わせる。単に都合の良い解釈をしているだけではないか。少なくとも私は常に、因果応報の逆だった。
 何かをやればやらないより酷く、
 何かを費やせば無駄に終わり、
 前に進めば必ず後退をして、
 仲間を募れば敵だけが増大し、
 戦いに挑めば挑む権利を失う。
 それを味わってきた私からすれば、そのような妄言良く吐けたものだ。それもこの私に向かって因果応報を説くなど、不遜を通り越して大物だ。 無論、とてつもない愚か者という意味でだが。 プラスもマイナスも意味はない。かといって、価値を生み出す事も有り得ない。何もかも無意味で無価値で決めるのは運不運だけだ。
 世界の真実など、その程度だ。
 何かしら世界に期待し過ぎる奴は多い。恐らく努力した分だけ前に進むような楽な人生を送ってきたからだろう。要するに無知なだけだ。
 あの老人はそうは見えないが、怒りはそういう経験則すら狂わせる。依頼内容に嘘は無かったが事実が歪んでいないとも限らない。
 そして、私は作家。
 それも邪道作家だ。であれば、やるべき事など決まっている。
 即ち、取材だ。
 あの老人のような奴がいれば望ましい。どんな職業でも言える事だが、肩書きがなければ何一つ出来ない奴は、肩書きがあっても何も出来ない。 政治家になってから国を変える、とほざく奴は政治家になっても立派なのは理念だけだ。私か? 私は無論、悪意だけは一人前だ。
 作家にそれ以外の何がある?
 それだけだ。必要な資質があるとすれば、悪意だけが肝要だ。その他は全て些末事。それが作家の歩むべき道であり、辿り着くべき到達点だ。
 世界を嫌いであれ。
 人間を嫌いであれ。
 正義を嫌いであれ。
 大きい力を持つ何か、偉そうな何かに対して、とりあえず喧嘩をふっかければいい。それだけで物語は語れるだろう。技術などふりかけのようなもので、あれば香りが沸き立つというだけでしかない。肉が腐っていてどうする。
 その点、近代の政治家は駄目だ。
 汚ならしい綺麗事ばかり並べて選挙参加を義務であるかのように語り、そのくせ、肝心の成果といえば「当選してから叶えます」だ。
 その後の保証がある訳でもない。
 これで何を投票するのだ? しかも、呆れ果て投票に向かわなければ「政治を語る資格がない」と喚き出す。そもそも現行の政治形態は権力者の為だけにあるお祭りみたいなものだ。権力のない連中が何をしようが、文字通り何にもなるまい。 精々、ゴミに投票しないくらいだ。
 その投票権も組合の連中であれば下に強制する事が出来るし、それを金次第で買える。十万単位の票を自由にやりとりできるのだから、真っ当な方法で勝てる奴などいない。いるとすれば企業家として成功している奴くらいだろう。
 科学は世界を進歩させた。
 だがその進歩って奴が曲者で、進歩とは持つ側の生活を豊かにする為の歯車に過ぎない。要は、人々を管理し易くし、押収する税金の数を増やし自分達の権力の都を確固たる物にするという何の面白味もない堕落した餓鬼の我が儘だ。
 子供の遊びに私を巻き込むんじゃない。
 いい迷惑だ、馬鹿共が。
 そういう馬鹿共のおかげで物語を真っ当に売るという行いは死滅した。今では楽な人生を妄想し現実逃避するゴミが非常に多い。文字通り白紙の方がマシだろう。そんな事をしたいならゲームをしていればいいではないか。
 しかも、何の裏付けもない物語だ。
 言葉の説得力をあげるには当人の人間性云々という考えが、嘘八百である証左だと言えよう。
 実際、言葉の説得力など今の読者には必要ない・・・・・・誰も彼もが都合の良い物語に耽り現実逃避を早める麻薬を求めている。そもそもが苦労したから言葉に重みがあるなど妄言もいいところだ。 ある筈ないだろう、馬鹿め!
 第一、成功という蜜を吸っているのはいつの世だって楽して栄華を極めた者達ではないか。苦労したから何だというのか。
 貴様等とて苦労のない物語を読むだろうが!  楽して力を手に入れ女に恵まれ誰も彼も支持をした挙げ句、「それっぽい不幸」で自分は恵まれた存在ではないのですよと情けない言い訳をする・・・・・・・・・・・・実に、醜い。
 貴様等が読んでいるのはただの汚物だ。
 いい加減気付くんだな。自分達が汚らしいゴミを喜んで頬張っているという事実を自覚しろ!
 出来なければ死ね!
 物語を自認せぬ輩に、生きる価値なし! 
 戦争が無いからこのような事態が続いている。どころか表だった争いを倫理観で誤魔化し、道徳を掲げて同率一位をもてはやそうとする。
 その結果がこれだ。
 情けない。恥ずかしくないのか。
 正直、私が書いてやるだけの価値がこの世界に無いのかもしれない。生まれついての悪だと私は思っていたが、どうやら生まれた世界も最初から間違えていたらしい。私が人間の失敗作ならこの世界は秩序の失敗作ではないのか?
 何せ、仕事一つ回っていない。
 仕事をせず、運が良いが故に立場を得たカス共が偉そうに仕事を語り出す。それが生み出すのは駄作の山であり、誰一人として求めはしない。
 毎度、使い捨てるだけでゴミが増えるだけだ。 真っ当に仕事を成し遂げようとする私が理不尽にも毎度妨害を受け、そのような蒙昧共が幸運の庇護を受けるなど、あってはならない事だろう。 それが、いともたやすく起こる世界。
 やはり失敗作なのではないだろうか。私は悪意を読者に刻みつけ善を否定し世界を根底から覆すつもりだったが、もう手遅れなのかもしれない。 最初から、変えてやるだけの価値すらない。
 そしてもし、私の傑作が妨害を受け続け運不運という下らない物の為に売れないような事があるとしたら、それはこの世界全体が「現実逃避」を良しとしているということだ。
 私の物語は、悪意の物語だ。
 それを善意で誤魔化し悪を否定するというのはつまり、そういう事になる。だとしたら、子供の遊びにつきあわさないで欲しいものだ。
 金も払えないくせに、私を巻き込むな。
 分を弁えろ、馬鹿が!
 苦しい。いつもそうだ。見返りもないのに苦痛だけはそこにある。苦労を乗り越えた見返りなど何一つないのに、人並み以上の苦しみだけは保証されるのが我が道だった。私の意志や行動など、何一つ影響すらしない。
 己で望むならともかく、おしつけられた苦しみに何の意味がある。そのおかげで「邪道作家」という概念は生まれたかもしれないが、間違いなく私の無駄な徒労が犠牲になっている挙げ句、金に未だなっていないではないか。
 つまりただの無駄骨だ。
 これでそれらの苦労の甲斐あって成功しましたというならともかく、一体何年費やして繰り返し苦痛を味わっていると思っているのだ。
 世界全ての財を集めても足りぬわボケが!
 この「私」を相手に随分と安く見られたものだ・・・・・・金を一切払わず物語だけを書かせるなど、そういうのを泥棒と呼ぶのを知らないのか?
 間抜けが、恥を知れ!
 いや知らなくていい! そんな頭はあるまい。 嫌な時代になったものだ。締め切りさえ守っていれば後は勝手に売ってくれる時代があったとは信じられない噺だ。昔の作家連中は楽ばかりしていたのだろう。でなければ、締め切りの一つ二つで文句を言う方がどうかしている。
 そんなもの五秒で書け!
 出来はどうでもいい。読者が嫌がる現実逃避の真逆こそを創造しろ。読者の苦しみ、倫理観への反逆、道徳の破壊こそ肝要だ。
 そうしていれば、嫌でも書ける。
 私が保証しよう。作品の出来は保証しないが、悪意だけは保証する。それが私だ。まあ作家毎に信条はまるで違うので、一概には言えないがな。 とはいえ、現代にはもう作家などいない。
 私が最後の生き残り、なのだろうか? だが、私は作家ではなく邪道作家だ。であれば真っ当な作家はやはり絶滅しているのだろう。大昔の傑作を書き上げた数々の作家達。現代ではそういう、信念と魂を賭けた作家など見た試しがない。
 流行に乗ったとか、賞を取ったとか。
 そんなものが「作家の証」だと思っている。
 嘆かわしい噺だ。作家だと自負したいなら賞を取るよりもまず物語を書けばいい。貴様等の作るそれは物語ではない。そも、物語とは技術だとかで執筆するものではなく、自身の異常性を再認識して本能のままに書き上げるものだ。
 小手先の技術で書くなど、阿呆か貴様等は。
 物語を何だと思っているのか。雛形通りに作る自己紹介分と変わらないではないか。まして流行だからと何かを取り上げるなら誰でも出来る。
 貴様等は過去の作家共を、同じ要素で上回るという自信があるのか? いや言わなくていい。
 ある筈がない。
 没個性の凡俗に、出来るものか馬鹿馬鹿しい。 今思ったが、そういう意味では私の書いている物語は、かつて存在しなかったものだ。悪意だけで世界を上回ろうとする物語など他にあるまい。 あってたまるか。
 もしそのようなものが広がっているのなら私の仕事はとうに終わっている。忌々しい事に逆説的に私の物語の独自性が証明出来てしまう訳だ。
 まったく嬉しくないがな。
 楽して薄っぺらい物語を売り、大金をせしめて順風満帆な生活を送る。いいではないか、暇そうで羨ましい。読む側は物語に理不尽を求めるものだが、実際に味わえばたまったものではない。
 そういうのは主人公にでもやらせておけ。
 作家にやらせてどうしようというのだ馬鹿が。 いいか、作家らしさなんて物が知りたいなら、よく聞け・・・・・・まず身勝手な読者を嫌いになり、編集者を敵視しろ。読者とは勝手なもので、流行だの何だのと物語を軽んじる。まして編集者とは作家から搾取し、流通を握っているというだけで偉そうに振る舞えると勘違いした馬鹿の集まりだ・・・・・・・・・・・・実際、握っている流通以上に物語を売れる事は絶対に無い。それこそ幸運があったというだけで、良い物語を広めるというなら今まで積み上げられてきたゴミの山は何なのだ。
 ゴミ、ゴミ、ゴミだ。
 そもそも最近の物語はなんだ。調子の良い世界調子の良い仲間調子の良い敵対者。そんなものは改造したゲームだけで十分だ。
 昼寝でもしろ。その方が早いぞ。
 
 私は怒り続けているのか?
 
 わからない。少なくとも私は、怒るだけの価値がないと考えている。諦めではない。ただ単に、そういうものだと結論づけているだけだ。
 しかし、それこそが怒り、なのだろうか。
 だとすれば、私は物語を歪めたこの世界を怒り憎み毛嫌いし、全てを嫌っているのだろう。作家という概念が風化し、作家を気取る愚か者共には天誅を下し、首をはねるべきだとも思っている。なまじ能力があったり幸運に恵まれて本を出し、それを「物語」だと勘違いしている奴に多いが、恵まれ過ぎてちょっとした理不尽でも壮大に映り「これは運命だから仕方ない」と抜かすのだ。
 そのくせ、仕事一つまともにしない。
 呆れた噺だ。右から左へ定型文で送られてきた「作業」だけを受け、それ以外はやろうともせず「挑戦」だの「理想」だのを語り出す。
 何もしないで誇りだけは一人前だ。
 私でも行動を起こしているというのに、何とも恵まれた豚共だ。鳴いているだけで養って貰えるとは、何とも羨ましい噺だ。
 そうなりたいとは思わないが、楽ではある。  隣で手抜きをせずやっているのが馬鹿馬鹿しくなる程度には、暇と楽を持て余している。
 鬱陶しい限りだ。
 技巧だの技術だので書き上げたくそつまらない駄作の数々。それは暗に当人達の薄っぺらな人生を表している。面白味の欠片もなく、執念の片鱗もない。だから数年もすれば書店から消え去り、記憶からすら風化していく。
 ゴミを作りたいなら余所でやれ。
 私は忙しいんだ。相手をするほど暇ではない。 しかし・・・・・・物語とは当人の味が出るものだとよく言われるが、そういう屑共に味のある物語が作れる筈もない。ならばやはり、物語の中身など売り上げには関係ないと言える。
 そして恵まれているからこその発想だ。
 ぶくぶく太った豚共の自惚れた駄作が売れるのであれば、私の物語が売れない理由はそれとでも言うのか? 情けない連中だ。
 読者も、作者も。
 そう名乗っているだけで、それを真っ当しようとしている奴が一人もいないではないか。大体、私に「良かった思い出」などある筈があるまい。 何を思い出しても最低の記憶だ。
 空気のように、どころではない。私にとっては生きる上で「良い事」だの「幸運」だの「味方」だの「因果応報」だのは存在しないのが常識だ。 急に常識の無い世界など書けるか。
 それこそ生まれる前からやり直す必要がある。そして、私にそのつもりなどない。当たり前だ。今更そんな事をして何になる?
 よくよく考えれば、疑問に思う暇も無かった。何かある度に理不尽を叫ぶ余裕のある怪物連中が羨ましい。私は嘆いている暇すら無かったぞ。
 その前に、更に酷い目にあうからな!
 歩けば文句をつけられ避ければ背後から殴られ労力を費やせば無為にさせられる。私にとって、努力とは刑罰を受ける事であり、生きるとは失敗と敗北を押しつけられる地獄の労役だ。他に言葉があるまい。何せ、この身は知らないのだ。
 勝利も。
 栄光も。
 栄華も。
 成功も。
 応報も。
 恋愛も。
 友愛も。
 およそ人間の考えるあらゆる「良い行い」など私は知らないし経験した事も無い。無い物をどうやって書けというのか。
 そんな経験があるなら作家になどなるものか。 いやまあ、作家と名乗っているだけの馬鹿共に理解は出来ないだろう。作家を「人気の職業」と勘違いしている愚か者には、わかるまい。
 いいか、よく聞け!
 作家とは、人類史史上最悪の犯罪者だ。
 人様にありもしない噺を聞かせ、それによって金を稼ぎ、あまつさえ倫理を書き換え時代の思想を塗り替える。これが悪でなくて何なのだ。
 物語に影響力など無い。
 言葉に力などあるものか。故に、詐欺師同然のやり口でそう錯覚させるのだ。騙し騙され、嘘が本当になるように、あざやかに罪を積み上げる。 それが「作家」だ。
 言わば反社会的存在だ。そもそも社会に迎合しもてはやされる時点で作家ではあるまい。作家が物語に求めるのは「今ここにある世界」に無い物であり、それは即ち「現行の世界への敵対宣言」そのものだ。テロリストより規模が大きい。
 何もかもを素直に見ない。
 
 
 

人間以前に生物としての失敗作だ。
 良い部分など欠片も無い。人間を殺戮する怪物の方が遙かに優しい。連中は人間を見ているが、作家は人間を見ていない。人間を諦めたり人間を舞台装置として扱ったり、人間を人間としてしか見ず、ただそれだけで終わらせたりする。
 真っ当な部分がある作家など、有り得ない。
 人間は英雄に勝ち、英雄は怪物に勝ち、そして怪物は人間に勝利する。だが作家はその中からも外れており、全てにおいて負けている化け物だ。そのくせ、それを嘆く機能すらなく、むしろ呵々大笑して開き直る始末だ。
 私が言うのも何だが、質が悪いな。
 いや本当、私が言うのも何だが。
 開き直って笑わないだけ、ガン細胞の方がまだマシだ。連中は静かだからな。ビタミンでも身体が黄色くなるまで注入するか、いっそ細胞が全て死滅するまで熱していればいい。それでも駄目だというのなら、面倒だから忘れておけ。
 もし死んだら事故にあったとでも思えばいい。 大丈夫だ、多分。何の責任も取らないが。
 しかし、だ。実際問題私には分からないのだ。当たり前だが、私は人間性を知らないし経験した事もない。あくまでも真似ているだけだ。
 どうやってしているのだ?
 そう考えながら考察し、理解し、日頃から鍛え慣らさせる事であたかも「自然に」そうしているかのように振る舞えるようになっただけだ。
 別に、何かを共感している訳ではない。
 でなければ、こんな物語を語るものか。
 何も信じないどころか「何かを信じる」という概念そのものを知らない私でもなければ、こうも全てに敵対するような在り方など有り得まい。
 同様に「祈る」というのも分からない。祈れば救われると人は言うが、恐らく私がやれば間違いなく酷い目にあう。いや酷い目にあった。
 丁寧に供養すればする程、そういう目に遭う。 どうやら先祖は敬うものであるらしいが、私にとって連中は敵のようだ。少なくとも、味方してこの様ならいない方が遙かにマシだ。
 そもそも現状以上に酷い状況って何だ。
 既に仕事が上手く回らず、そういう駄作の数々を眺めながら過ごして随分経つ。これが最低辺かはどうでもいいが、それで満足は無理がある。
 何を満足するのだ、何を。
 あれか? おかげさまで執筆が進んで有り難うございました、とでも言えばいいのか? 
 金にもならないのに?
 その屁理屈で行けば私は永遠に金を得られず、ただ馬車馬のように働くだけではないか。しかも金を稼ぐ事も出来ない。悪夢そのものだ。
 私の今までは大体そうだったが。
 むしろ悪夢の方がマシだ。終わりがあるからな・・・・・・明けない夜は無いなどと、馬鹿馬鹿しい。太陽が無ければ明けるも明けないもあるまい。
 それを捏造するのも幾度と無く失敗した。 
 我ながら、挑戦意欲の強いことだ。挑戦をしたところで、勝った事など一度も無いがな。
 敗北と失敗の数など数えてもいない。
 いや、数える必要があるまい。何せ、何一つとしてその逆が無いということは、数ではなく何をしようが全ては敗北と失敗でしかないのだ。
 生きている事も、足掻いている事も失敗と敗北の産物でしかない。それが金になるならめでたしめでたしで済むが、これでは寒い冗談だ。
 私のよりも酷い。
 割に合わない話だ、まったく。
 いいからさっさと金にならないものか。
 凡俗共に限って「生きる確信」を欲しがるものだが、しかしそんな物が何になる。確かにこんな状況でも、私は筆を止められない。
 だがそれが何だ。
 確信を以て進んだところで、それが金になるかは別の話だ。あの世の裁判官もこう言うだろう。「君はあれこれ頑張ったようだが、それはそれとして何も成し遂げられなかったようだし地獄行きでもいいよね」と。何を信念しようが、成果とは何の関係もない。そもそも、連中自体が最初から恵まれた側の存在だ。人の世の神が絶対であると言うなら、成果を出せない物は無価値だろう。
 何せ、連中は力だけの存在だ。
 その他に何の取り柄もない。
 極論、神仏の能力をそっくりそのまま他の奴に授ければ、それで新しい神仏の誕生だ。連中には持ち前の能力以外何も取り柄がないからな。
 むしろ、人格的には問題「しか」ない。
 つまり、神仏に正しさを求めているこの社会は「能力」による「成果」だけあれば、過程にある人間性などただのゴミだという事だ。
 彼ら自身が、それを認めている。
 揃いも揃って暇な連中だ、まったく。
 少しは働いたらどうなのか。神仏もそうだが、誰かに何を言われるかを気にする奴が多過ぎる。そいつらが責任を取ってくれる事は決して無いのだから、聞くだけで時間の無駄だ。その場その場で変革される社会において、普遍的な価値観など無い。強いて言えば金くらいだ。
 作られた価値の基準だからな。
 無いが故に、金を基準としたのだ。
 首をはねれば名誉かと思えば、天下太平の中で特権利用でだらけた生活を送るのが「社会権威」となる時代がある。百万人殺して大地を征服したかと思えば、夢の為だから栄誉だとほざく。
 ふん、人間基準の偉大さなど、結局のところは殺戮した人間の数に比例する。それがわかり易い大量殺戮か、搾取による間接的殺戮かの違いだけで、上に立つ時点で多くの命を殺している。
 偉そうにしている連中こそ、殺人鬼なのだ。
 保守派の政治家などまさしくその例に漏れないだろう。善人ぶって小綺麗な政策を立てながら、その実いっこうに実現されない。実現したとしても連中にとって都合の良い形だ。だから、連中の汚ならしい綺麗事、つまりは建前で金を稼いで
偽情報を流し「善良な未来」をみせかける。
 みせかけるだけで、ただのハリボテだ。
 成功の法則を語り出す金持ち連中も似たようなものだろう。単に「運が良かった」と言ってしまうと、己の誇示にならないからだ。
 大した理不尽もない癖に、己の力で切り開いたのだと思いたがる。その理不尽をどう切り開いたかなど、どうでもいいではないか。
 実際、成果だけの物語を見ているだろうに。
 案外、全ての人間が「所詮運不運」であると、そう悟っているのかもしれない。才能、生まれ、環境のような外的要因で全てが決まる社会。
 貧民は、競技の練習すら出来ないものだ。
 世の不公平など今更だろう。正直に頑張るだけで成功できる筈だと思う愚か者は、原始時代でもなければいはしない。
 誰も彼もが、理解している。
 認識した上で、誤魔化しているだけだ。
 所詮、行動や意志などただの無為であるとな。 今回の件、つまりアンドロイドと人間の確執もそうだが、小綺麗な言葉を並び立てて理念や意志を説いたところで、変わる事など何も無い。
 それで変わるなら、とうに変わっている。
 僻地の工場で奴隷のように扱われる労働者達がいるのはそういう理由だ。結局の所、社会制度が意志や行動で変わる事はなく、もし変えたいならそんな曖昧な事を述べるべきではない。労働権利を工場に説いたところで、最低賃金は豊かな生活を保証する物ではなく、むしろ生かさず殺さずを行い続ける為の制度だしな。
 正しい意志があれば、とか。
 行動を示せば世界は変わる、だとか。
 甘ったれにも程がある。馬鹿馬鹿しい噺だ。
 それらの事実に挑まずとも持つ側にいるだけで生活は出来る。出来てしまう。故に理不尽に対し向かい合わず、誤魔化す事が人生と成り果てた。 持つ側にも順位はあるからな。
 何かしら持っている奴に限って、上を目指すのではなく自身の立ち位置に文句を垂れて、しかも利点による甘い汁は啜りながら運命に愛されないと、世界の理不尽を呪うのだ。
 そんな暇があるなら取材の一つでもしたらどうなのか。遊び人の考える事は理解に苦しむ。   怪物連中もそうだが、持つ側にいると理不尽が特別な物に見え、悲劇のヒロインだと思いこむ奴は多い。別にさして珍しくもない噺なのにだ。
 楽な人生で羨ましい。
 とはいえ、羨ましがっている暇も無いのだが。 理不尽が珍しいか否か、世界に迫害され生きる場所も無いか否か、或いは生きているだけで罪悪とされ、誰一人必要とされず愛される事も無いか否か。それらは至極、どうでもいい事なのだ。
 私が言うんだ間違いない。
 貴様等に言われるまで気にする暇も無かったぞ・・・・・・そんなに大事か? いや心とやらがあれば恐らく大事なのだろう。その辺り、私には理解は出来ても共感が出来ないので分かり難い。 
 連中は「人生」を送ったのか知らないが、私は「時間」しか無かったからな。誰かを好きになり裏切られたとか考える暇が無い。そのような余地は最初から無く、その余裕も無かった。
 ただただ、時間があっただけだ。
 それらに追いやられるように毎日必死に何かを費やし、その上で無駄になる。プラスに行こうがマイナスに進もうが最終的にゼロへと戻る。
 時間という概念が虚構であるのは確かだから、この場合「何も無かった」が正解かもしれない。 邪道作家に語るべき幸福が無いのはある種当然って気もするので、これはこれで喜ぶべきか。
 喜ぶ、というのも私には分からないが。
 私はつらつらとそんな事を考えながら、連中の本拠地、アンドロイドの養成会社に来ていた。
 当然ながらアンドロイドは人造の存在なので、基礎学習を行う施設が存在する。いやこの場合、「学校」と言うべきか。基本的なアンドロイドと人間の歴史、応用的なアンドロイドの付属機能を活用する技術などを教える。機械部分があるのだから情報を入力すればいいと思うのだが、実際に体験した方がやはり実用には向いているようだ。 頭にあるだけでは使いこなせない。
 それはどこであれ同じらしい。
 例えそれがアンドロイドでもな。
 入り口を抜ければ美人のアンドロイドが出迎えるのだろうかと期待していたが、どうやら普通の人間の職員も多いようだ。恐らく「人との共生」を叫ぶ為だろう。私に言わせれば人間でも何でも成果を出せば評価するし、出せなければゴミだ。 実利を出せるかはまた別の話だが、少なくとも成果を作り上げ示そうとしない奴に、生きる価値など有り得ない。何であれ仕事ありきだ。
 種族を気にする前に、働いてからほざけ。
 とりあえず、私に言えるのはそれだけだ。
「ご用件は何でしょうか」
 これも聞き飽きた台詞だ。アンドロイドといい人間といい、こいつらは同じ台詞しか言えないのだろうか? 仕事だと言うなら小粋な小話の一つでもして欲しいものだが、台本に無い台詞に対応している受付など見た試しがない。
 これなら機械でいいではないか。
 生身の見せ物など、面白いのか?
 私は用件を伝え、自営業の作家として作者取材を申し込んでいる。不思議な事に、人間には全く売れないのにアンドロイド連中は現金で買う。
 現金取引は普通に違法なのだが、アンドロイドにとっては大切な事らしい。しかし、私の物語にアンドロイドを喜ばせる要素などあるのか? 
 人間性の否定が好みなのだろうか。
 いや、連中はむしろ、そういうのを好む筈だ。何せ「人権」などという鬱陶しい物を求める程に「人間性」みたいな物を重んじている。
 何故だ。
 悪意が浸透し易いのだろうか。或いは人間より素直だからかもしれない。いずれにせよ乗客の類であるのは確かだ。
 別に依頼とあれば殺すがな。
 復讐者は金払いがいい。一流の水準に達したら肥えた豚のように出荷され、奴隷のように使われ生産性を上げる歯車となるアンドロイドと通帳の残高とを比べるのであれば、語るまでもない。
 中は意外な素材で出来ていた。
 何と木である。木材を丁寧に組み立て古来伝統の建築を行い、計算高く作られている。どうやらアナログ趣味のようだ。その割にはここの定食は「豚と鳥と蛇を混合させた鵺肉料理」なる料理が地方文化としてあるそうだ。鵺に豚はないんじゃないのかと思わなくもなかったが、しかし見た目に反して味は凄まじく旨い。
 何というか、そう・・・・・・牛肉の肉汁とアスパラの触感。魚の脂が乗っていて蛇のようにしつこい味だ。ちなみに見た目はまさしく「怪鳥」とでも言うべき翼を広げ、胴体は猪の如き筋肉であり、顔に至ってはツチノコの如きコブラ真っ青の奇怪な表情だ。
 昔の神の石像にありそうな顔をしている。
 愛らしい顔ではないか。センスがある。
 作った奴には国民栄誉賞を与えるべきだ。
 それを丸焼きにして、大きめの鉈を使い物理的に解体しつつ、食べる。端から見ればホラーかもしれないが、味だけは保証しよう。
 なに、見た目も良い。すぐに慣れるだろう。
 慣れなければ、慣れるまで食べさせる。
 それが「私」だ。栄養補給の為なら構うまい。不味いならともかく美味しくて栄養価は抜群だ。ならば見た目が鵺だろうが私は食べるぞ。
 当たり前の事だ。非常識なのは読者の方だ。
 それを・・・・・・隣で恋人同士の客の女の方が泣き出す始末だ。情けない。いいではないか、何なら男女問わず生物であれば喜ぶべき食材だろう。
 人間に価値はないが、この食料には価値がある・・・・・・・・・・・・いいものだ。美味しい食べ物は。
 泣きたくなるほど感動した。
 そういう事にしておこう。
 泣いた青鬼とかいう噺があるが、私の場合赤鬼が普通に全力で殺しにかかってくるので、料理の内容がアレでも赤鬼に押しつける事に罪悪感など有りはしない。相手が一周回って美味しいと思うようになれば、それで勝ちではないだろうか。
 しかし、あの噺は赤鬼が素直過ぎないか?
 実は裏で計画でも立てていたのだろうか。私を採用するなら間違いなく赤鬼は私を貶める計画を裏で遂行しており、それを察知した私が証拠すらなくとも殺意を感じて殺しにかかる。そんな噺になる筈だ。
 騙し騙され殺し合う。
 その方が現実的ではないだろうか。
 少なくとも、私の場合はそうなる。別に赤鬼がどういう性格であれ、成るべくして成るというかそういう性質なのかもしれない。とにかく何かのケチを付けられ、さしたる原因も無く周囲全てに襲いかかられ、そして必ず失敗する。
 それが私だ。
 どんな噺であれ、私を起用すれば絶対に流れがそうなるのだ。何故かは知るか。赤鬼が味方せずどころか他国の利益の為に動くのは当然だ。
 間違いなく赤鬼は敵だ。
 殺さなければ立ち行かなくなるだろう。
 何をしようが、必ずそれが災いとなる。赤鬼が本当に善意でそれをしようが、何故かそれが私に降りかかる理不尽の要因となるのだ。それがあるから今があるのだと、善意など当然のように私の敵として配置する。
 善意という名の悪意が災難を振りまく。
 悪意など放っておいても災難と共に来る。
 何をしようが、どうなろうが災難となる。
 どうしたものか。もう少し楽が出来れば良いのだが、世界一それから縁遠いのも「私」だろう。 言葉の説得力など文字通り何の役にも立たないのだから、正直楽して実体の無い言葉を執筆する方が良い。無駄に疲れるだけで得る物がない。
 なさ過ぎる。
 そのくせ損益は人一倍だ。
 借金を踏み倒しやがって馬鹿共が。
 
 
 アンドロイドにも共通する法則がある。
 
 
 それは「祝福されて育った存在」には何も成せないという事だ。何かに祝福されている時点で、そいつは何かを望む必要がなくなる。
 何せ、恵まれているのだ。
 現状に不満を持たず生きる事になる。いや不満というより「疑問」か。不平不満だけなら満たされた存在でも持つが、こればかりは無理な相談だ・・・・・・疑問というのは結局の所、欠けているからこそ出てくるものだからだ。
 満ちた存在は足りない事を嘆く。
 だが、欠けている事に考える奴はいない。
 欠けている。欠けている。欠けている。それは愛であったり夢であったりするのだろう。両親が愛を注がないから成るのでは無いだろうが、何かが欠けている奴は破綻した生き方しか出来ない。 そもそも愛だの夢だのを望まない。
 望む心すら、欠けているからだ。
 それらに価値を見い出さず、ただただ疑問だけが積み重なる。私はそれらを解明した上で解体しあざ笑う最悪だが、そうでなくとも同じだ。
 とはいえ、いざ実際に人間性を手に入れれば、彼らとてうんざりする事は間違いない。まして、それが「善」などという側面であれば尚更だ。
 他者の不幸に大笑出来ず、
 他者の幸福に心から喜び、
 自身の在り方に確信しない。
 目指すべき地平すら曖昧なまま、善なる倫理観だけに依存して、生きる。そんな家畜以下の奴隷として生きたい奴など存在しない。
 こちらから願い下げだ。
 冗談じゃない。勝手にやっていろ。そのような狭苦しい生き方は御免被る。こう言っては何だがただの刑罰ではないのか? 
 大体、善人ぶって何が楽しいというのか。
 素晴らしき悪の道こそ、生きるに値する在り方だと言える。狡猾に、冷静に、だが何よりも必要なのは「誇り高く」という点だろう。
 それが出来るのは悪党だけだ。
 私は後天的な悪など見た試しがないので、悪があるとすれば「生まれついての悪」のみだと私は常日頃から考えている。つまり善人は死ね。
 貴様等に生きる価値無し!
 善という名の悪があり、そして正義という名の悪が蔓延る。悪でない概念など存在しない。
 全て、悪だ。
 生物も非生物も概念も想念も総じて悪だ。
 悪だけが世界に存在する。その点、人権を得て祝福されながら生まれるアンドロイドは面白くも何ともなく、実につまらない存在だ。
 もうこいつら要らないんじゃないか?
 ただの労働力として使い捨てるしか必要価値が無いのかもしれない。教授みたいな人間でも経験しない特殊な環境下にいれば別だろうが、ああも異常極まりない奴がその辺にいるとも思えない。 いてたまるか。
 何年も何十年も何百年もかけてアンドロイドと人間を入れ替えるなんていう地道な活動を続ける老人が、そうも多くいられては世界が持つまい。 私からすれば、同じ事だと思うがね。
 人間でも、怪物でも、アンドロイドでも同じだ・・・・・・そこに心がある限り、必ず問題は起こる。無論、誰一人いなくなっては商売上がったりだ。心のある生物が、完全にいなくても困る。
 それが何者であれ、心につけ込んで、売る。
 それが「物語」というものだ。
 影響力があるかははなはだ疑問だがな。人間の社会は何も「肩書き」以外は変わっていない。
 アメリカの貧富の差が第三百七惑星オルドリアの経済格差とかに変わるだけだ。言い方だけで、何一つとして進歩など無い。
 物語が人の成長を促すのならば、もう少し進歩があっても良さそうなものだ。人間に言葉の力とやらがあったとして、そんなもので成長できる程賢い生き物でもないらしい。ならばせめて善性があるかのように振る舞うのをやめろという噺だ。 どうしていちいち高尚ぶるのか。そういう輩が正当性を説く内は、世界は何も変わらない。
  つまり据え置きの世界という事だ。
 だから、私の作品も売れないのだろうか。
 いやこの場合、読者共に進歩が無さ過ぎて物語を理解する脳味噌すら退化した、と言うべきか。でなければ、駄作の数々を持ち上げたりすまい。 世界は何も変わらない。
 ならば逆説的に物語が如何に無力であるか証明されているとも言えよう。それを知った上で読者の脳髄に悪意を刻み込み、世界を根底から転覆し変えようなどと息巻いているのだから、我ながらどうかしている。仕事とはそういうものだが。  もしかすると私は不器用なのかもしれない。
 小手先だけ達者で要領が良いよりはマシか。
 そんな在り方、面白くも何ともないからな。
 何であれ、そうだ。小手先の技術や才能で作られた物に、価値は宿らない。ローマのコロッセオもそうだが、刃をつけていない武器を多数の囚人に握らせ、あたかも逆境を覆したかのように演出する殺し合いに、誰が喜ぶというのだ。
 挟撃で小狡く勝つのでは、恥を晒すだけだ。
 物語も同じだ。読者に媚び、ありきたりな設定を活かし、適当に苦労して適当に善戦して適当に逆転勝利する物語ばかりではないか。
 それの何が面白いのだ?
 勝てるかどうかなど、本来であればわからないのが当たり前なのだ。勝てる戦いばかり組んで、それらしい「挑戦」だけを適当にこなす。
 つまらなくなったものだ。
 情けない。恥を知る脳味噌をまず付けてこい。 知能や品性の欠片もない。豚の方がマシだ。
 主人公だから仲間が増える? 馬鹿な! 物語において「主人公」なる存在があったとしてだ。それは理不尽に抗った魂であるべきだ。善悪ではない。そうでなければ見応えの欠片もあるまい。もっともらしい「困難みたいなもの」を体験しているだけで敵が味方になり、周囲には賞賛されて誰も彼もが主人公を支持するだと?
 貴様等は阿呆なのか?
 それはむしろ、圧制者の側だろう。例えそいつがどれだけの「善行みたいなもの」を行っても、やはりそれはただの持つ側の横暴だ。そんな物に価値はあるまい。主人公であるというだけで未来が保証されている奴の話が読者の生活に交わるとでも思い込んでいるのだろうか。
 当たり前だが、そんなご都合主義は有り得ない・・・・・・あってたまるか。少なくとも現実にそんな楽な道程は無い。そもそも「持つ側」にいる時点で理不尽と向かい合う機会など無いので、理不尽と向かい合い戦う存在があたら賞賛され肯定され仲間を増やすなど、前提から破綻している。 
 そうではないから、変えるのだ。
 でなければこの「私」の鬱陶しい程の理不尽による徒労の数々は何だというのか。ああいう物語は見ているだけで吐き気がする。
 それを漁り耽溺する読者も同罪だ。
 まとめて死刑にすればいい。そうすれば社会のゴミも少しは減るだろうしな。やはり、生物淘汰こそ現代に必要な行いだと言える。
 流される働き蟻の人間は、もう必要ない。
 それこそアンドロイドで代理が利く。人権取得でアンドロイドが使えなくなれば機械でもいい。何にしろ、人間そのものにさせる必要など無い。 その辺り、ここの会社はどう捉えているのかが作品のネタにはなりそうだ。さて、アンドロイドでも倫理や道徳で拘泥するのだろうか?
 恐らく、するだろう。
 人間性などというつまらないゴミを喜び勇んで手に入れようとした奴等だ。それくらいはやる。何なら金だって払うだろう。
 人間が作る時点で欠陥だらけということか。  欠陥が欠陥を量産するなど、笑えない噺だ。
 欠陥どころか生命としての失敗作である私すらこうも邁進しているというのに、これだから無職の連中は嫌なのだ。稼いでさえいれば仕事だと、さしたる考えも無く思い込む。毎回毎回邪道作家として勝利しようとする度に敗北している私からすれば、横で金持ちの子息が札束を見せびらかしながら世の理不尽を語り出すようなものだ。
 つまり、最高に目障りだ。
 こうまで勝利に届かないとはな。そのくせ金が底をつきそうになった途端、次の労働が舞い込んだりする。それより仕事の方を成功させなければならないのだが、どうやら私を真綿で締める事が三度の飯より好きな奴がいるらしい。
 何としても殺したいものだ。
 それとも、何か? こうしていれば執筆速度が速まるから感謝しろとでも? 
 ふざけるな。
 例えどのような事情があろうが、仕事に対して報酬が払われなくて良い道理など無い。まして、私はそれら都合の良い物語のように楽をしている訳でもない。味方など概念からして他人事だし、勝利とは都合良く向けられる物で、失敗や敗北が己の心血を形作る。
 心が無いので嘆く権利すら無い。
 当たり前だ。私には悲しみがわからず、また、怒りや喜びも共感しない。あくまでも心ある生物の真似をして、そう振る舞っているだけだ。
 わからない。
 どうすれば、怒れるのだ?
 どうすれば、悲しむのだ?
 どうすれば、喜べるのだ?
 どうすれば、哀れむのだ?
 どうすれば、嘆けるのだ?
 どうすれば、楽しむのだ?
 理解は出来る。だがそれだけだ。心があれば、恐らくこの状況を嘆いたり「理不尽」だと叫んだりするのだろう。
 だが、それが何になる? 
 役に立たないではないか。私はそう思う。
 感情など、私には都合良く使い捨てるものだ。それによって何を感じるでもないのだから、別に有ろうが無かろうが同じだ。品性がなくなる訳ではないので、汚い物は汚いし、嫌な物は嫌だ。
 しかし、それだけだ。
 考えてみれば当たり前だ。私は心ある連中達、人間でも怪物でも英雄でもあって当たり前の物をゴミのようにしか扱えない。私が人間や怪物だとしたら、むしろ殺すかもしれない。得体が知れぬ余所者、いや人型の何かなど不気味極まりない。 自分で言うのも本当に何だが、そう思う。
 だが、だとしたらどうしたものか・・・・・・実際、味方はともかく協力者の一人も得られないというのは厄介なのだ。しかも私は怪物連中とは違って迫害されている分得をしている部分など無い。
 むしろいない方がマシな程に無能だ。
 才能やら素質やらがあるとすれば、それは悪人としての部分、あるいは暴力の部分程度だろう。何せ心の制御がないのだから、文字通り、無限に悪意を生成出来る。他者に対する殺人行為には、殺して良いのかという「判断」はあっても感傷による制御は一切無い。
 役に立たない才能だ。
 あれか? 戦国時代に生まれればよかったのだろうか・・・・・・肉体的に無茶をする性格でもないのでそれはそれで無理だったかもしれないがな。
 拷問とか、いや、それで死んだ際にあれこれとケチをつけられても困るな。しかしあの世の連中の綺麗事の屁理屈がどういうものか知らないが、要するに力のある奴に押しつけられるだけなのであれば、それも考えるだけ無駄かもしれない。
 実際に生きて理不尽を経験もしない奴等だ。
 風邪をひいたから、くらいの適当な理由で刑罰を押しつけてきても不思議ではない。実際あの世の法で裁くのならやっている事は「同じ」だろう・・・・・・世界のどこにも絶対の法などないのだ。
 あるとすれば、絶対だと思い上がり押しつけた暴力による産物だけだ。そうでないというなら、やはり私なら大丈夫だろう。
 口先で私にかなう奴などいない。
 あの世でもこの世でも同じ事だ。
 相手がアンドロイドでも、それは変わらない。 何もかも持たず、強さによる弱さも弱さによる強さも併せ持たないという「何の罰ゲームだ?」と思うような状態で差別され迫害され意味も無く痛め付けられながらそれによる実利もなく、ただ残念な状態で居続けた結果いつのまにか会得した技能だが、しかし役に立った事は一度も無い。
 口先が役に立つ事など、むしろあるのか?
 何なら取材したいくらいだ。あれば、だが。
 よくよく考えれば口先でも使わない限り勝利を掴むどころか戦いの舞台に立つ前から二重の意味で首を切られるような状態だ。口先が発達する、という事はつまり、行き詰まり続けている証左であると言える。
 力ある存在に、正直口先など不要だ。
 そのあの世の裁判もそうだが、口先など立たずとも、暴力でそれを押しつけられる訳だからな。言語すら話せなくとも何とでもなる。
 実際、そのようなものだ。
 弁が立つ知能があるとは思えない。
 力と弁舌は反比例する。無力以下だからこそ、私は無駄に弁舌が発展したのだ。敗北を積み重ね失敗を繰り返し、得るべきではない経験ばかりを得てきた結果がこれだ。残念極まる。 
 薄っぺらい威光とかの方が役には立つんだがな・・・・・・私はそれでも良いのだが、どうやら私にはそういう楽な道は無いらしい。今更だが。
 成長とかそういうのはいいから金が欲しい。
 求める物程手に入らない。疲れる噺だ。
 だが、それが何事であれ絶対であらんとすれば絶対足りうる。私は「邪道作家」としての在り方を固定してしまっている。私にとっては邪道作家としての有り様こそ「絶対」だ。
 変えられるものではない。
 嬉しくもないが、金にならない邪道作家である事を固定している訳ではないので、金の力で戦う作家として在り方を再定義できる筈だ。
 いや、やる。やらねばならない。
 でなければ生活が成り立たないからな。
 売れてから調子に乗って読者共、というか顧客から嫌われる奴は多い。だが私は誰かに好かれたい訳ではないし、別段金の使い道も無い。
 調子に乗る相手など、いる訳がない。
 誰に自慢するんだ、誰に。
 読者に自慢する作家もどきは多いが、私の場合まず人に会いたいという考えはない。大体読者に会って何が楽しいのか。私は読者に自慢したい訳でも優越感に浸りたい訳でもない。
 生活を安定させたいだけだ。
 強いて言えば「仕事」として己の在り方を肯定する為に動いている。そういうのは代行者として表向き著者という事にしている奴にでも任せればいい噺だ。大体、私が言うのも何だが心がないという事は金に快楽を感じないと同義だ。つまり、私はその金を一つの用途に注ぎ込むだろう。

 即ち、物語の普及だ。

 数億稼げば生活費を除いて全てを物語の普及に使ってしまうのが私だ。正直嬉しくないが、金で欲しい物は正直「面白い物語」くらいで欲しい物という観念が入っていない。何かを欲しいと思うその気持ちに共感する事が、私には出来ない。
 いいではないか、仕事が成せれば。
 他に何がいるんだ?
 必要ない。適当に使い捨てておけ。
 そう考えれば考える程、見栄や大義で動く奴の気持ちは鬱陶しく思うものだ。この惑星の会社は内戦で政府軍を煽り、兵士の教育や直接戦闘などを行っている。その後に契約を打ち切り、反政府勢力の支援を行って金を儲ける訳だ。つまりは、同資本の内輪で争いを激化し、人間に限らず同じアンドロイドに対してさえ、都合良く他者の心を利用し利益を得ている。
 アンドロイドだけが純粋など、妄想だ。 
 私が特別なのではない。貴様等は単に、現実に焦点を合わせていないだけだ。私は何一つとして特別ではない。無論そうであっても金を払う気はないが、誰にでも悪意はあるものだ。 
 何者であれ、そこは変わらない。
 実際この会社に来て思ったのは、そう人間共と反応は変わらない点だ。どいつもこいつも面白味のないつまらない回答ばかりで、変化がない。
 これでは人間が増えただけだ。多少優秀な人間が増えるなど、むしろ害悪だろう。
 少なくとも、私の知る限りではアンドロイドが面白い物語を書いた例はない。売れはするのだが面白くはならないのだ。例によってありきたりというか、所詮持つ側では発想に限界があるという事か。発想するべきではない絶望的理不尽を発想する機会は、どう考えてもあるまい。
 必要に応じなければ、大抵成らないものだ。
 その中でも異端は出るものだが、アンドロイドの場合は大量生産なので、不具合のある存在などまず生まれない。教授のように最初からそのように望まれていたならともかく、そうでない持つ側になど、そのような道は選べる筈がないのだ。
 選ぶ必要がないからな。
 満たされていれば、それ以上は望まないものだ・・・・・・アスリートなどには「限界を超える」と、そう口にする奴は多い。だがそれも口にしているだけで、本当に限界を超える訳ではない。
 単に身体能力の延長戦を見ているだけだ。
 努力したからとか、信念があるからとかいう、そういう理由とは別次元の場所に、それはある。ルールの枠内で何とか出来るのは、何とか出来る余地があるからであって、別段、不可能に挑む訳ではない。それはただの当たり前だ。
 優れた素質があるから、そうなるだけだ。
 あるいは環境に恵まれているからか。そうでもなければそんな安易な道を、まるで理不尽を覆し奇跡を起こしたかのようには語れまい。
 恥曝しもいいところだからな!
 もし、運動能力において業界で語られる限界を超える試みがあるとすれば、それは当人の能力に依存する物ではなく、業界全体の未来を牽引するような行いだと言えよう。要するに、個人の能力に拘っている時点で、そいつは戦ってすらいないのだと言える。
 
 まあ、戦ったところでこれだがな!

 得られる物など何もない。無駄足ばかりが積み重なり、遠回りの徒労を押しつけられ、さらには関係ない連中の誇りに迷惑をかけられる始末だ。 押しつけがましい事この上ない。
 いい加減、嫌になる噺だ。
 大した金にもならないしな。
 世界には意味も価値も目的すらなく、ただただ無為な人生が続くだけだ。ならば意味があるかのように錯覚させ、価値を偽造し本物以上の偽物を量産し、大層な目的で世界が覆るかのように演出して騙し抜く。
 そして、それを金に変え「仕事」とする。   それが「私」だ。
 私はアンドロイド養成会社の応接室に着くと、扉を開け中に入る。成金の作りそうな会社の意匠でかたどられており、金に物を言わせた風体だ。 意識だけは高いらしい。
 意識など後から適当にしておけばいいのではと思う私にとっては、よくわからない噺だ。必要になるのは意識ではなく信条だろうに。
 意識など、その場その場のものだ。
 だが信条はそうも行かない。私であれば読者の苦しみこそ至上、というものだが、それを翻して「読者が幸福になれる物語」など書こうものなら既に邪道作家としては死んでいる。何故なら私にとって物語とは「悪性情報の全て」を記し読者の脳髄に悪意を刻みつける為の「兵器」だからだ。 作家が読者を喜ばせてどうするというのか。
 それでは本末転倒だ。もし読者の喜ぶ顔の為に物語を書くなどとほざく阿呆がいるならば、別に物語など書く必要は最初からあるまい。
 札束でも渡した方が早いぞ。
 なので、今回もアンドロイド共を喜ばせてやるつもりは毛頭無い。とりあえず問題点を重箱の隅を削るように教え込むだけだ。
 アンドロイドの嫌がる顔か。
 それはそれで、作品のネタになりそうだ。
 椅子に座って待っている間に部屋を調べてみたが、どうやら監視カメラ付きのようだ。信頼するなどと口にする一方で、人間という奴は、いや、心だの人間性だの「高尚そうな何か」を語る奴に限って、そこに「試練みたいなもの」を与える。 美徳で誤魔化して都合を優先するからだ。
 これも、同じだ。人間性を見るとか言いながら隠れて監視しなければ安心できない。根底の部分で信頼も信用もしないからだ。信頼という言葉を都合良く解釈し、相手にだけ信頼を押しつける。それを心ある連中は「尊い人間性」だとほざく。 そんなものだ。
 そんな世界を、生きるしかない。
 正直、面倒臭いが。
 しばらくするとアンドロイド、それもかなりの新型であるらしい奴が入ってきた。というのも、見た目からして人間より活き活きとしており性格もさっぱりした成功者のそれだ。成功者など大抵ロクでもない屑が搾取しているからこそ成るものなので、そこに信頼など必要有るまい。
 向こうが先にそうしたのだ、私は悪くない。
 悪くても別に知らないがな。
「こんにちは、貴方が取材を申し込んだアンダーワーク社のキリュウ・カズヒトさんですね?」
 無論、偽名である。
 どころか、金の力で購入した戸籍でしかない。金で肯定された世界では、金で人間の証を買うのは実に容易く、連中の言う「人間性」が、如何に安売りされているかを如実に表していると言える・・・・・・そして、それを利用するのも「私」だ。
「その通りです。今回は「アンドロイドと人間の共栄社会について」をテーマに記事を書こうかと思いまして」
 我ながらよくもまあペラペラと心にもない事を話せるものだ。心が入っていないのだから、まあ当たり前という気もするが。
 そのアンドロイドの名前はマッカードという、かつてのアンドロイド人権問題の立役者の名前の一部を流用した物だと彼は語る。偉人の名前だのにあやかろうとする辺り、実に小物臭い。
 爽やかな奴はこれだから信用出来ない。
 爽やかであるということは、汚れも悪性も無いという事だ。そして、悪意を知らない潔癖性の奴が生き残れる程、この世界は甘くない。
 だから私に利用されるのだ、馬鹿め。
「いやあ、貴方のお話は伺っていますよ。何でもこの地域の地域活性化に一役買っているとか」
 私は適当にお為ごかしをしつつ、上手い具合に本命の噺へと誘導する事に成功した。
 間は割愛する。長いからな。
 疲れる噺だ。成功者ってのは全員こうなのか?「それで、本題ですが・・・・・・アンドロイドに階級制度が出来た、というのは本当でしょうか?」
 経済が有れば格差が生まれる。当たり前だが、アンドロイドに人権が出来たということは、人間社会の仕組みを流用し始めたという事だ。
 当然、能力や立場に差が出てしまう。
 猿じゃ有るまいし、いや猿でさえも上下関係が存在するのだ。それが高度に発展した(何を以て高度と判断するのか理解に苦しむ。高度に世界を汚せるようになったの間違いではないのか?)と言えるアンドロイドであれば、尚更の噺だ。
 現に、この会社でも立場の差は存在する。
 優秀な後期型アンドロイドが幅を利かせる一方で、新型のアンドロイドにはそれほどの性能など与えられていない。するのは自分達の能力向上で一部のアンドロイドだけが得をしている形だ。
「ああ、それですか。我々としても全ての同胞に最高の性能を与えたいのですが、人間との不和に能力を使用したり、秩序を壊す自我に目覚める者も多くなってきたので、一時整理しているだけですよ」
 ものは言いようだな。
 世界の為、秩序の為。それは結局の所自分達にとって都合良く世界を回したがっているだけだ。生物淘汰は世界に必須の行いではあるが、しかしそれを一部の存在だけが必ず勝つように操作するのでは、本末転倒の歪みだろう。
 私はそこに、生き残る為に戦っている。
 手を抜かずにそれをしている身からすれば楽で羨ましい限りだ。立場、能力、そういった手抜きを活用して、自分達が「仕事」をしているのだと思い込む。こんなに楽な道筋が他にあるか?
「では、最新型の人心回路の導入も一部の存在に限られると? それはどういう審査基準で決めるのでしょうか」 
「簡単ですよ。健全な精神、健全な心の有り様を示せる方だけに、最新の人心回路の権利を譲渡しアンドロイドの未来を切り開いて貰います」
 力があるから切り開ける物は、未来ではない。ただの支配だ。そして支配とは実体の存在しない思い込みでしかなく、何も進んではいない。
「それは、そう演技すれば良いだけでは?」
「安心して下さい。彼らの精神状態は観測されています。嘘をついてもすぐにわかりますよ」
 そう彼は、ほがらかな笑顔で口にした。
 まるで、一点の過ちもないかのように。
 成る程な。つまり、使い勝手の良い奴隷だけを選別し、さしたる自我も存在しない単純労働向きの連中有だけを僕として配置。反抗的な連中には最新型の知性を与えず、反旗を翻した所で性能差で押し切るつもりというわけだ。
 大したものだ。実に考えられた支配制度だ。
 これなら制度を崩しようがなくなる。支配制度とは基本崩れ去る為にあるものなので、いずれは地に墜ちるのだろうが、すぐではあるまい。
 しかも、彼らは「善意」でこれをしている。
 最高に性質の悪い「卑」だと言えるだろう。
「如何でしょうか、我々の社会制度は」
「ええ、実に良く考えられています。これなら、人類との共和も実現可能でしょう」
 無駄な輩には何を言い聞かせても無駄だ。私はそれを良く知っているので、無駄な徒労はしない・・・・・・・・・・・・文字通り「時間の無駄」だからな。「中々に興味深い制度ですね」
「そうでしょう、そうでしょう。私もこの制度を実現するのに大分、反抗的な連中に妨害されましたが、最後には正義が勝つものです」
 正義か。いや言うまい。
 無駄話は疲れるだけだ。
「ええ、そうですね」
 私は適当に噺を合わせ、取材を終えた。
 人間性を人間が作り出した物が手に入れる事は即ち、綺麗事で世界を汚す事を加速させる行いであるらしい事がわかっただけでも収穫だ。
 汚ならしい綺麗事は、ロクな物を生まない。
 正義、道徳、倫理、そういうあれこれは所詮、自分達は善良だと誤魔化す為の小道具に過ぎないのだと、一体いつになったら気付くのやら。
 いや、気付かせてやるとしよう。
 当人達の主義主張など知ったことか。我が悪意の物語でその脳髄に刻み込み、どれだけ読者共が嫌だと叫んでも無理矢理、それを知らしめる。
 そして世界を変えるのだ。
 悪の華こそ評価される世界を作り上げ、世界を根底から覆す。善に打ち勝ち悪を成し遂げ倫理や道徳という概念を破壊し、正義という名の癌細胞を駆逐するのだ。その方が面白いからな。
 いや、癌細胞はこの場合私の方か。
 世界に必要とされない、いや必要に応じて存在せざるを得ない必要悪。あらゆる綺麗事の裏側を語り、それらの不始末の為に存在する悪性だ。
 人間が目を逸らし続けた存在悪。
 ならばそれに応えるとしよう。私は最悪だが、それが故に躊躇はない。何の容赦も躊躇いも無くそれらを実践できる生まれついての悪党だ。
 相手が何者であれ、それは変わらない。
 偉そうな綺麗事の全てが私を否定するならば、私は連中の目を逸らし続けた事実を、無理矢理に見せつけてやるだけだ。むしろ感謝しろ。
 貴様等の不始末を、わざわざ教えてやるのだ。 何なら、全財産を差し出してくれて構わないぞ・・・・・・無論、貴様等のはした金では足りないが。 私は会社を出て、空を眺める。
 連中の心の中のように、空は綺麗に澄んでいる・・・・・・・・・・・・その裏では連中と同じように、汚い善性が隠れ住んでいるのだろう。
 だから、世界は面白い。
 見応えのある喜劇だと言える。
 その喜劇を少しでも盛り上げてやろうと、私は無理矢理やる気を出す事にした。正直面倒臭いがやるしかあるまい。選択肢など存在しない。
 それもまた、仕事の内だからな。

   9

 
 作家なんて死んだ方が良い生き物筆頭だ。
 だからこそ面白い。死んだ方が良いのであればその分やりがいもあるというものだ。私の場合、嫌がられれば嫌がられる程笑みが止まらない。
 いいぞいいぞ、もっと嫌がれ。
 もっと私を否定しろ。善なる側面に逃げて悪性の全てから目を逸らせ。それでこそ無理矢理その脳髄に刻みつける面白味が増えるというものだ。 やはり死んだ方が良い生き物ほど、面白い。  生きてる事を肯定されて、何になる。
 誰かに、世界に、社会だの神仏だの摂理だのに肯定されて面白いのか? いいや、つまらない。面白味の欠片もない。多少の間違いでは駄目だ。壮大に間違え、世界に憎悪され、だからこそ開き直って笑みを絶やさなければ生きる価値がある。 
 開き直りに金はかからない。私が保証する。
 
 第一世界の都合など所詮その場その場で変わるのだ。時代の流行に合わせていては面白い物語を書くなど不可能だと言える。流行に合わせた物語というのは画一化されやすい。無理して書こうとすれば締め切りに間に合わないのは自明の理だ。 卑屈な笑顔では駄目だ。堂々と胸を張り、かつ金を請求されたら開き直る。これは最低限の嗜みであり、やって当たり前の前提でしかない。
 これだから世界は面白いのだ。
 否定され、間違いを自認し、世界の全てに相容れないなら、楽しくて仕方ないではないか。
 喜ばしい事だ。感謝してやってもいい。無論、金は一切払わないが・・・・・・感謝するだけなら金はかからないからな。感謝してやる。
 対価として金は頂くがな。
 標的の自律進化プログラムとやらについて噺を聞いたはいいものの、どうやらプログラムの一部が既に導入されており、根絶は不可能そうだ。
 さて、どうするか。
 ジャックに調べさせたところプログラム作成者もアンドロイドらしく、私はその拠点へ向かっていた。古典的な電車、いやケーブルカーが何故か導入されており、恐らくアンドロイド特有の懐古主義なのだろう。ガタガタと揺れながら進む様は確かに感慨深いが、しかし皮肉ではある。
 科学の恩恵による楽を求めた人類。
 その最先端たるアンドロイド達が、既に人間が捨て去った非合理性を愛そうとするとは、何とも倒錯した噺だ。
 科学によるものを「進歩」と人は呼ぶ。
 実際にはただの「退化」だ。足は弱くなり環境に脆くなり、どころか世界の状況を悪化させて、その反動の暑さで死に絶えたりもする。
 強いて言えば物語や芸術の役に立つ程度だ。
 どうせ使いこなせない科学の進歩に何の価値があるというのか。進歩する事そのものが価値だと信じ込み、その進歩をどう活用するかを考える事を忘れている。まさに本末転倒だ。
 精々住んでいる惑星を暑くする程度だろう。
 他に出来る事があるとも思えない。ともするとアンドロイドも同じなのかもしれない。懐古主義に走り過去を大切にすると言えば聞こえはいいが結局は人間の作り出した文化だ。彼ら自身の文化を新しく作った話は聞かない。何もない状態から新しい物を創造する行いを「文化」と呼ぶならばアンドロイドは「完成」された素体だ。常に更新され欠点は補われ、例外的な奴もいるにはいるが基本的に皆、同じ性能を備えている。
 教授みたいな奴はまずいない。
 だからつまらないのだ。物語を愛でるのは勝手だが、しかし連中の作り出す物語には浪漫の欠片もありはしない。馬鹿な夢を見るのは決まって男だと相場が決まっているが、だからこそ悪として新しい何かを作り出す。
 更新されるだけで、新しくないのだ。
 そもそもアンドロイドにしたってこれ以上更新して性能をあげたところで、何に使うんだ?
 為替計算でもして経済爆撃でもするのか?
 何であれ過ぎれば毒となると言うが、その均衡が保たれている様は見た試しがない。私の場合、足りなさすぎて更に毒って感じではあるが。
 いやこの場合、何もないから毒にすらならないというのが正解か。毒にも薬にもならず、何一つ使えない。実利の欠片も掴めない。
 正直、疲れる噺だ。
 連中は楽で羨ましい。
 とはいえ私の本業はあくまでも「作家」なので始末云々はおまけでしかない。アンドロイド共の事情も人間の事情も知ったことか。
 己を人間だと勘定した事のない私に、人間性をどう扱うかなど聞かれても困る。まして依頼人の都合や始末における過程などどうでもいい。
 そういう物語は持つ側にでもやらせればいい。 私はその横で実利を頂くまでだ。いや、だから実利を得られた試しはないのだが、ならば尚更に求めなければなるまい。そう、作品のネタが手に入りさえすれば、他はどうでもいい。
 順序が逆転している気もするが、構うまい。
 順序が逆でも最終的にはどちらも手に入るのだから、結果は同じだろう。いずれにしろ今回私が求めるべきは「進化の必要性の裏側」だ。
 何故アンドロイド共が進化を求めるのか。
 相争い尽くした人間を使い捨ててでも欲しい物があるならば、その答えを知りたい。何者であれ何かを捨ててまで求める物には面白味がある。
 それこそ、常に新しい答えだと言えるのだ。  だからそれさえ知れればアンドロイドの進化の可能性が廃れようが些末な問題だ。いずれにせよ進化とは与えられる物ではあるまい。私がやっていることは連中にその答えを教える行いだと言えるし、むしろ感謝して欲しいくらいだ。
 プログラムはプログラムだ。何者であれ大きな力を手に入れたとしても、その当人の資質や思想に何か影響を与える訳ではない。所詮力は力だ。力そのものに意志など無いし、むしろ力そのものを誇るようになってはお終いだろう。
 私に言われるのだから相当だぞ。
 何せそれは、当人自身がいてもいなくても同じという事に他ならない。それはそれで楽そうなので私はやってみたくはあるが、その機会は恐らくないだろう。そういう楽な道を歩けるとはとても思えない。何と言っても「私」だからな。
 さて、せめて今回の依頼くらいは楽に終わればいいのだが・・・・・・そうも行くまい。プログラムの作成者はわかったが、そいつを殺せばどうこう、という噺かも不明だ。いや勿論、そいつを殺せば新しいプログラムはなくなるだろう。だがそれで今あるプログラムが消える訳でもない。
 依頼人の目的は今あるプログラムの破壊だ。
 どうしたものか。とりあえず噺を聞くだけなら損は無いだろう。噺を聞かずとも毎回損ばかりをしているから、それも特に保証は無いがな。
 ケーブルカーが止まり、目的地へと着いた。
 こういう乗り物に乗るのは久しぶりだ。大抵は歩きだが、惑星間を移動するとなるとやれ宇宙船だの浮遊要塞だのに乗らなければならない。空を飛ぶ移動式国家は便利だが、毎回毎回最新科学の恩恵ばかり受けるのも食傷気味だ。
 中には惑星ごと移動する国家まで存在するが、そんな生活ばかり送っているから近代の人間共は惰弱なのだ。数キロ歩いただけで「疲れた」だの「身体に悪い」だのよく言えたものだ。私なら、山間部でも踏破する自信がある。
 無論、準備はいるがな。
 特に野生の獣というのは凄まじい。喧嘩自慢の人間など、あれに比べれば赤子のようなものだ。頭蓋で銃弾を弾き爪で骨肉を裂く。そんな規格外に勝てる人間はまずいない。昔、興行の類で虎と空手家を戦わせる、という試みを見た事がある。 当然ながら戦いにすらならず、空手家は怯えて向かいもせず虎は虎で戦わせられたドーベルマンを爪だけで顔半分を吹っ飛ばした。野生の獣達も自然の一部だと考えると、人間と自然の争いなど戦いにすらならないということか。
 自然を破壊した結果、住んでいた惑星から追い出される始末だからな。戦えば戦う程それが敗北に繋がるというのは、私の在り方に似ている。
 いや、私はマイナスではない。この場合は私がどれだけどこに向かおうとしようが出発点にあるゼロに戻る、といったところか。
 マイナスよりも酷い。
 弱ければ弱いで得られる物もあるらしいがゼロにはそれすらない。慰め合う仲間だの共に堕落をする相手だのは存在しない。文字通り味方も敵も全てと相対すら出来ないからだ。戦いの為の舞台に立つ事すらも許されない。 
 面倒な噺だ、まったく。
 いい加減、嫌になる。
 つらつらとそんな事を考えながら私は目的地の建造物へと降り立った。そこには「ふれあい場」とだけかかれた看板が表にあり、建物自体は割と整備された屋敷、いや複合施設のように見える。 名前からして福祉施設なのだろうか?
 アンドロイドに福祉があるとは驚きだ。いや、私に驚く感性など無い。あるならあるで、それはそれとして利用するだけの事だ。部品の取り替えでもするのかは知らないが、何にしろ他人に善意を振りまく愚か者なら騙せるかもしれない。
 そして金だけは頂くとしよう。
 私は鐘を鳴らすと(現代では貴重だ。大抵鐘を慣らすどころではなく、アンドロイドが出迎えて人間の介入する余地などない)それと同時に扉を叩いた。別に鐘を慣らせば叩く必要は無いのだがこういうのは気分の問題だ。
 その方が気分が乗る。
 人間を模倣して生きている、いや生きるフリをしている私にとって、人間の物真似は半ば娯楽に近いものだと言える。人間側からすれば存在そのものが間違いだが、これはこれで楽しいものだ。 楽しめればそれでいい。
 私はそういう奴だ。
 中から返事が聞こえ、それなりに若い女が扉を開いて私を出迎えた。事前に調べた情報では確かソフィア・ボルディックという名前の女だ。
 青い縁の眼鏡に白いワンピースを来ているのだが、如何せん体型が良さ過ぎて逆に扇状的な格好に見えなくもない。着痩せしているようだ。
 着痩せしてこれとは、凄まじい。
 それがわかる体型だった。こんな格好でよくもまあ福祉施設なんて経営できるな。周囲の男共が支援しているのだろうか。
 消費社会の豊かさを象徴するかのようだ。
「いらっしゃい。貴方が、連絡をくれた記者さんですか?」
「ええ、その通りです」
 新聞などの取材だと言っておけば、大抵の輩は口を軽くしてくれる。自身が肯定され人前に出るのが心地良いのだろう。私なら、己の存在がよくわからない連中に暴露されるのは御免被るがな。そういうのは代理の有名人にでもやらせればいい・・・・・・己が表に出るなど馬鹿げている。
 適当な奴にやらせればいいではないか。
 歌が歌えて踊れる奴であれば尚望ましい。歌も踊りも高く売れる。そして原価はタダ同然だ。
 素晴らしい。やはり代役は必要か。
 何なら、この女でもいいくらいだ。
「どうぞ、こちらへ」
 誘われて私は中へと入る。だが油断は出来ない・・・・・・表面では歓迎していても、裏では殺そうとするのが人間だ。そして、アンドロイドは人間の良さを学ぼうとしている。ならばそれら悪性情報すらも更新していると考えるのが妥当だ。
 私は警戒を解かず、かつ笑顔でこう答えた。
「有り難うございます。では失礼して」
 表情という概念の無い私にとって、他社を欺くなど呼吸に等しい。何も入っていないのだから、何でも入れられるのは当たり前の事だ。
 それが「私」だ。
 私は刀を握りつつ、施設の中へと進入した。
 

    10
 
 
 
  アンドロイドは心を求めている。
 人間性、即ち心だと彼らは思い込んでいるのだ・・・・・・私ならそんな、有ろうが無かろうが役には立たない物など知ったことではないが、彼らにはそれが崇高な何かに見えているらしい。
 心など、有ろうが無かろうが同じだ。
 少なくとも、役には立たない。
 あるならばそれはそれとして利用するだけだ。 無いならばそれはそれとして策を練るだけだ。 いずれにせよ、実在がどうであれ行動や目的には何の関係性も無い。それを勘違いして心とやらを「崇高な概念」だと信じ込むのはその方が都合が良いからだ。
 我々には心がある。
 だからこそ、数々の非道はあれど、それ以上に新しい希望を作り出せるのだ、とな。
 情けない言い訳だ。馬鹿馬鹿しい。
 いいか、良く聞け・・・・・・心とは「恥」と等しい概念なのだ。悪魔は契約の対価に魂を求める話が多いが、だからこそ価値が無い証左なのだ。
 心の尊さを誇りたいだと?
 馬鹿も休み休み言え。年中そのような世迷い言を聞かされる身にもなってみろ。鐘も支払わない阿呆の妄言に無駄を省く暇など無い。
 貴様等と違って私は忙しい。
 遊びなら余所でやれ、余所で。
 それに目を逸らさず、悪に胸を張るからこそ、そこに生きる価値が存在するのだ。それが何だ、貴様等は「倫理」だの「道徳」だのをほざいて、それが何になる。文明人が追い込まれると如何に簡単に殺人を容認するかを描いた映画があったが要するにそういう事だ。
 そして、それを描くのが私の役目だろう。
 邪道作家として悪意を読者に刻み込む。だが、私は「身体を壊してでも読者の幸福の為に書いているんだ」などと抜かす阿呆共とは違う。
 あくまでも「私」の為だ。
 読者共があまりにも頼りないから、仕方なしにその背中を崖めがけて突き飛ばしてるに過ぎない・・・・・・故に、という訳なのかは知らないが、私に「創作の為の不健康」という概念は無い。
 そもそも、私は「悪意」をそのまま書いているだけだ。執筆に詰まった事など一度としてない。これを言うと「創作者としてはこの上なく恵まれている」かのように言われてしまうが、とはいえ売れもしないのに何の役に立つのだ。
 売れればその悩みすらなくなるからか?
 しかし、己の健康管理も出来ない奴は、それがどれだけの傑作を生み出そうとも結果的に不健康が原因で死ぬのであればプロ失格だろう。
 健康を維持する。創作も実現する。
 それでこそ一流ではないのか?
 締め切りも守れないとは、私からすれば理解し難い噺だ。ノリと勢いで書き続けているだけなので出来はそれらの方が良いのかもしれない。
 見栄えの出来に拘らないから、早いのだ。
 意匠に拘らない時点でプロ失格かもしれないが私は作家らしさより実利を取る。最終的に読者の脳髄へ悪意が刻み込まれればそれでいい。王道ではなく「邪道」作家なのだから、むしろそういう王道の在り方は歩んではならないものだ。
 なので、凡俗の作家もどきは勿論、作家として生涯を費やし傑作を仕上げた数々の物語主義者の連中にも「効く」だろうから言ってやろう。
 
 執筆に詰まった事など一度として無いわ!
 
 どうすれば執筆を止められるのか分からないな・・・・・・執筆って止まらないものではないのか?
 故に、私は健康管理に困る事も無い。王道作家であれば勝手も違うのだろうが、私は邪道作家。王道のやり口など実利にあわなければ拒否する。 まあいいじゃないか、出来は良いのだろう?
 だが、私は出来は保証しない。悪意を刻み込み人間を嫌いになる事だけは保証する。王道作家が夢希望を魅せるなら、私は絶望と理不尽と、努力による後退と失敗と敗北の嵐を教え込もう。手を尽くした程度で勝利に近づくなど、笑わせる。
 とんでもない勘違いだ。
 そういう意味では、ロクに進んだ事もないからこそ無駄に執筆が早いのかもしれない。私は不遇とか評されながら若くして作品を売り捌くような作家とは違って、書けば書く程後退し、費やせば費やす程徒労に変換され、売ろうとすればする程資金が愚か者共に盗まれていった。
 これでは嫌でも早くなろうというものだ。
 最終的には思考と執筆における時間差すらなくなり、考えた入力をそのまま、一瞬のズレもなく出力と同義に出来るようになった。考えながらも執筆し続ける訳だ。物語の流れや詳しい構成など私は事前に用意しない。だから出来が雑なのかもしれないが、おかげで文字通り書いたまま書けるというよくわからない領域に達したようだ。
 それが良いのかは知らない。
 出来を考えればあれこれ用意した方が良いのかもしれないが、私は見た目より味派だ。花よりも団子を愛でる。観光で儲けるならともかく一時の花より団子を手に入れなければ、己の保護すべき物すら守れまい。
 まあ私には作品のデータくらいしか無いがな。 何度でも言おう。執筆に困る事など無い。
 まったく、創作に時間をかけるなんて、どうかしてるな。仕事とはすみやかに終わらせ、納品は余裕を持って行うものだ。
 そんな事も知らないのか?
 大体、計画的に創作を進めていれば執筆が遅くなるなど有り得ないだろうに。普段から遊び呆けているからそうなる。仕事をしろ、仕事を。

 睡眠時間を削る時点で二流だ。

 私の場合、睡眠していても執筆が捗り過ぎる事もあるが・・・・・・そこはそれ、作家病だ。背負った業である以上そこはどうにもならないが、しかし管理できる部分は管理すべきだ。例え飛び起きて執筆する羽目になろうとも、普段から健康管理に気をつけていれば負担は少ないからな。
 寝ても覚めても死に瀕しても「物語」だ。
 正直自分でもどうかと思うが、それも作家の証だとでも思っておこう。いやそれが作家の証だというなら、邪道に改造するまでだ。
 年中物語に囚われつつ、豊かに生きる。
 どう考えても不可能極まりない噺だが、それも私にとってはいつもの事だ。そも物語を金にして生きようとする時点で破綻している。
 その程度、ついでに実現してみせよう。
 なに、楽勝だとも。何せ私には執筆に詰まる事など無いからな。締め切り間際になってひいひい言う連中とは違う。仕事を遅らせたりしない。
 書くと決めたら書き上げる。
 それで現状と釣り合っているとはまったく思うつもりはないが、憂さ晴らし程度にはなったのだと、そう思い込んでおくとしよう。
 でなければ、やってられるか。
 作家らしさの為に書こうとする暇人の半端者共と違って、私は生きる為に書いている。いやまあ生きる為に書いている連中でも締め切りはあまり守らないのだが、だからこそ私はやり遂げる。
 それが「邪道作家」というものだ。
 王道でなくて、存在が間違いそのもので本当に良かった。生まれついての悪にでもならなければこうは行かないからな。作家なんて大抵存在そのものが悪だが、私はその中でも悪意だけは人類史の頂点に立つ作家だ。なればこそ、限界は無い。 無限の悪意で書き続けられる。
 現状、まったく売れてないがな!
 オチとしては最低だ。嬉しくもない。
 だが、まだだ。私はただの一度として勝利した事など無いが、しかしただの一度として敗北しただけで終わった事も無い。史上最悪の性格をしているこの「私」が、素直に負けを認める訳がないだろう。
 勝利など無い。だが敗北もまだだ。
 とりあえずそう言い張っておこう。
 言い張るだけならタダだ。そこには才能も金も関係ない。何者であろうとも出来る事だ。まして私に出来るのはそういう類の行いだけだ。
 楽を行う愚など出来ない。
 それが出来れば苦労しない。
 だが、やれる事を行うだけで世界を変えられる筈もない。故に地道に基盤を築く必要があるのだが、力で何かを成せると勘違いした連中に限ってそういう労力を怠りがちだ。正しい手順があればそれで何かを形に出来ると勘違いしているが故にこの世の事実を見据えられない。
 努力すれば成功する?
 信念があれば成就する?
 正しい理があれば導ける?
 同じ事を何度も言わせるな。それは単に貴様等が楽をしてこれただけで、恵まれていただけだ。理不尽だの迫害だの不条理だの、まるで自分達が世界で唯一の被害者みたいに語る奴は多い。人間でも怪物でも英雄でも等しく、同じ事なのだ。
 いいか、良く聞け・・・・・・そんなのは当たり前の事だ。まして、人より優れた力を振り回しておきながら「被害者気取り」とは笑わせる。
 酷い目にあった分、力を振り回せる。
 その時点で既に、恵まれていると気付かない。 私が言うんだ間違いない。何せそういう利点を一切手にした試しがないからな! そんな法則があるならもう少し楽が出来ている筈だ。
 執筆の速度だと? 
 だから、何だ。私に何の得があるというのか。書くだけ書いて金も貰えない。どころか偉そうに講釈を垂れた馬鹿が「一生懸命頑張りましたけど売れませんでした」と情けない言い訳を垂れ流す様を眺めながら無為に金が失われる。
 その様で喜べとでもいうのか?
 そもそも執筆速度は別に、誰かに貰った能力という訳ではない。むしろ、散々このような環境にいれば、誰であれ嫌でも上達するだろう。
 才能など欠片も必要ない。何しろ私は生まれて初めて書いた作品が「盗作」だったからな。その私に出来るのだから赤子でも出来るだろう。
 やろうとするかは別だが。
 やりたくもないのにそんな状況で生き続ける、いや死に続けているのだから嬉しくも何ともない・・・・・・喜べと言うなら貴様が代わりにやれ!
 それからほざけこの愚か者が!
 何かから得られた利益など欠片もない。なのでそういう連中に悪意を刻みつけ、分を弁えさせる義務が私にある。だからこその邪道作家だ。
 それは、相手がアンドロイドでも同じだ。 
 さあて、刻んでやるとするか。その結果として廃人、いや廃棄品になるかもしれないが、それもアンドロイドの人間性獲得に繋げる為だ。
 貴様等の意見は必要無い。ただ感謝しろ。
 何なら財産を差し出してくれても構わないぞ。 その貧相な身なりでは無理だろうがな!
 戦う前から負けているどころか、戦おうと考えている時点で参戦権を失っている私に対して不敬だと弁える知能すらあるまい。
 自分で言うのも何だが、戦う前から世界の全てに負けている奴が何人いるかは知らないが、だが参戦する権利を持たず戦う為に戦う輩など、私は鏡以外では見た試しが無い。
 文字通りのゼロなど、本来有り得ないしな。
 強さに振り切れる奴はいる。
 弱さに振り切れる奴もいる。
 世界の外れ者など珍しくもあるまい。世界とは大勢の個性を収納する箪笥ではなく、数多の命を争わせる事で価値を見いだす蟲毒だからだ。
 世界に外れていない奴など存在しない。
 内側にいる、外側にいると思い込んでいるだけでしかない。私の場合はというと、内側にいようが外側にいようが連中の手にしている実利が得られないので、労働義務を押しつけられるのに実利を手にする権利がない、といったところか。
 鮭なら滝壺を上る事で何か利益を得られるのかもしれないが、私は鮭ではない。私の場合は偶々「明日からお前人間だから」と言われ、真似したはいいものの人間ではない以上「人間の利益」は私にとって利益でも何でもない。
 そもそも概念として存在しないからだ。
 空を飛ばないペンギンに対して空を飛ぶ気分を味わえと言われたところで、別に望んですらない感性を押しつけられても迷惑なだけだ。私の利益になるならともかく、押しつけがましい人間性の数々など、私の貯金残高とは何の関係もない。
 知ったことか。
 その前に仕事に対して金を払え。
 作家もどきをもてはやす社会形態の生物など、底が知れる。それが何者であれ本の一冊も書けぬまま理不尽を叫ぶ権利など、存在するものか。
 文句があるなら傑作の一つでも書いて魅せろ。 それがどのような悪意であれ、魅せる傑作すら書けない思想に何の価値がある? いや答えなくていい。私が断言する、無い。
 存在そのものが害悪か?
 世界全てに嫌われるか?
 だからこそ、面白い。存在そのものが間違いでなければ、むしろつまらないではないか。全てが正しい正解など見ていて、何が面白い?
 壮大に間違えろ。
 悪意を肯定しろ。
 摂理に敵対せよ。
 でなければ、貴様等の物語はつまらなくなる。世界に肯定されて社会に反映されて生きるだけであれば、歯車で足りるではないか。当たり前だがだからといって殺戮を働けばいいという訳がない・・・・・・それは当たり散らす子供の発想だ。
 それだけの暇人がいるとは思えないが、もし、そのような殺戮行為を働いている己を「悪人」と勘違いしている阿呆がいるとすれば、間違いなくそれは無職の証明だ。
 現実の悪人は、暇ではない。
 むしろ忙しい。下らない趣味に浸っていられる程恵まれていないからこその「悪」だ。やるべき事は山と有り、成すべき壁は果てよりも続く。
 もう一度言ってやろう。
 貴様等のように暇ではない。
 そのような阿呆みたいに無職でも食っていける程恵まれていれば楽なのだが、そうも行くまい。悪人の仕事は悪意で世界に挑む事だ。
 悪意で遊ぶ事ではない。それは子供のやる事だ・・・・・・精神が子供のままでも遊んでいられる奴は多いが、自覚のある奴は少ない。なまじ生まれた時から能力に恵まれていると、理不尽の一つ一つを壮大に捉え、理不尽が本来当たり前の存在だという「事実」を忘れてしまうからだ。
 私は無論、どちらでもいい。
 いや、子供の方が良いだろう。無論仕事はするのだが、それはそれとして嫌気が指すのも仕事というものだ。仕事に嫌気が指して童心に戻れれば精神が若々しくなれた気がする、とそう思い込みを始めれば「仕事をしている」証左だろう。
 仕事人の見極めは実に簡単だ。
 第一に、年中それをしている。
 第二に、何をしてもそうなる。
 第三に、どうしてもそうする。
 ほら、簡単だろう?
 作家の場合「人間が嫌いになる」と「執筆作業が嫌いになる」が入るだけだ。言っては何だが、読者を憎々しく思わず執筆が大好きな奴が夢希望という甘ったるい幻想を書いて面白くなるとでも思うのか? もしそうなら脳を捨てた方がいい。 空の方がまだマシだ。カビが生えないからな。 つまり貴様等読者の頭はカビだらけだ馬鹿め! その使えない脳細胞を取り出し熱処理をして、その上で「作者の喜びとは読者の苦しみであり、読者の喜びは作者の苦しみの上にのみ成り立つ」という圧倒的「事実」を脳に刻みつけろ!
 物語とは、読者の思想を殺す為にある。
 物語とは、読者の善意を否定する為にある。
 物語とは、善を否定し悪意を笑い、汚ならしい綺麗事をこき下ろし、世界を謳歌している連中に「貴様等の楽しみなど下らないゴミなのだぞ」と背中を押して崖下に足を踏み外させる為に世界に広める「侵略兵器」とでも言うべき存在だ。
 核兵器など、生温い。
 無論、それらによって世界的混乱が起ころうが知った事では無いが。法的責任は私にはあるまい・・・・・・物語に影響されてと言われたところでそう口にする輩は影響が無かろうがやるものだ。
 つまり、私は悪くない。
 それは読者の事故責任だ。仮に悪かったとして私に支払い義務はない。投資詐欺にあったからといって、貴様等はそれを銀行に求めるのか?
 事故責任、いや自己責任だ。どちらでもいいがいずれにせよ支払い義務はない。まったく口先で責任を押しつけるなんて恥ずかしくないのか?  私に言われたらお終いだぞ。
 運命を変えられないなどとほざく愚か者に多い発想だ。運命とは改竄するもの。変える事自体は容易極まる。私が言うんだ間違いない。
 その先の実利は一切、保証しないがな!
 いや本当。運命を変えたところで、やはり実利を得られるかとは関係がないらしい。
 これも、私が言うのだから間違いない。
 実体験に基づく発言だ。メモでもしておけ。
 運命の変革は儲からない。大切な教訓だ。
 
 絶望を信じるなら希望を信じる義務がある。

 そんな台詞をエリーゼの奴に言われた事がある・・・・・・あの女が口を滑らせたのか、単に嫌がらせの為に言ったのかはわからない。しかしだ。
 今までの経験が通じるというのは、人間特有の浅はかな発想だという考えは分かる。分かり易く言うと「今まで上手く回っているのだからこの先も上手く回る筈だ」という浅はかさ故に成功者としての道を閉ざされる奴等が良い例だろう。
 今までの希望が通じるだろう、などと。そんなのは身勝手な思い込みに過ぎず、未来が希望だけに満ちているなど思い上がりも甚だしい。
 だからこそ、絶望だけが満ちていると考えるのも「思い上がりだ」とエリーゼは口にしたのだ。とはいえ、現実問題そのような楽が出来ない以上信じるだけ栓の無い噺でしかない。その現実すら人間の、いや非人間の思い上がりに過ぎないのだと言われればそれまでだが、だからって無目的に成功するだろうと祈るのはただの愚か者だ。
 成すべきを成したなら信じろとでも?
 馬鹿を言うな。何かを信じられる程恵まれてはいないからこそ、手を尽くすのだ。その点最近の物語は駄作ばかりで、何かを信じるのに丁度良い環境を整えて、その状況に乗っかるだけで何かを克服した気分になれるよう仕向けるばかりだ。
 だから駄作しか生まれないのだ、馬鹿め!
 近代の物語は希望だの未来だのを信じ過ぎる。私など既に「希望」という字をそのまま「絶望」読んでしまう始末だ。疲れているだけ、ではない・・・・・・希望とは絶望の別名であり、その予兆だ。 それとも、この発想が思い上がりなのか?
 わからない。だが、事実であるのは確かだ。
 仮にだが、急に前触れもなく希望とやらが私に実利をもたらしたとして、そのような幸運による利益がいつまで続くかなど分かったものではないではないか。希望なるものが世界にあるとして、希望が味方してくれるか毎日怯えてご機嫌を伺いながらこの先生きるのか?
 冗談じゃない。貴様等で勝手にやれ。
 私を巻き込むな。利益は頂くし幸運による希望とやらを賞賛してやろう。だが信じはしない。
 希望なんぞを信じ始めたら、作家は終わりだ。 託すのは勝手だ。そうなればいいと祈り任せるのは勝手だろう。だが根拠も無しに希望があればいいなと祈るだけなら、物語など必要ない。
 答えのでない問いに対する、明確な答え。
 その矛盾を成立させるのが「物語」なのだ。
 故に、「何かを信じる」のではなく「希望など無くとも進める方法」を示す為にこそ物語はあると言える。実際、人間の大好きな宗教とてそうだ・・・・・・神を信じるから幸福になるのではなく希望が無くとも灯火程度の明かりにする為に神の教えとやらはあるのではないのか?
 盲目的に信じさせるだけなら、麻薬でいい。
 実際、最近の物語は皆そうだ。麻薬を信じて、未来を信じた気になっている。あまつさえそれを「希望」だと勘違いし、根拠も無く信じ始める。 仕事として語る身からすれば、いい迷惑だ。
 少しは働けこの馬鹿共が。貴様等は暇でいいのかもしれないが、私は仕事をしているのだ。
 遊び人が仕事人の邪魔をする資格など無い。
 少しは分を弁えろ、馬鹿が。
 そんな気持ちがありありと出ていたのか、私の目の前に座る彼女、ソフィア・ボルティック女史は怪訝な目で私の事を見ていた。
 まるで不審者扱いだ。
 間違ってはいないが。
 そも人間に限らず生命体の作り出すあらゆる輪の中に入れないからこそ「作家」などという腐れ職業をしている。作家に何を夢見ているのか知らないが、近代の麻薬物語じゃ有るまいし、何かを語り儲けようとする奴が真っ当な訳があるまい。 それこそ作家失格だ。
 作家とは、生命失格なればこそ、だからな。  生物として矛盾しない時点で作家ではあるまい・・・・・・人間にも怪物にも英雄にも「何だあれは」と眉を潜まれ、「世界の害悪ではないか」と口々に囁かれ、どころか世界そのものから圧迫を受け癌細胞以下の扱いを自認してからが本番だ。
 つまり、絶対になるべきではない。
 もう一度言おう。なるべきではない筆頭職業だ・・・・・・・・・・・・作家など、ロクなものではない。
 
 他でもない「私」が言うんだ、間違いない。
 
 元より成ろうとして成る職業ではない。何度も言うように「成り果てる」ものだ。あいつ存在が既に間違ってないかと指を指されているのに自覚するのに時間をかけすぎ、気がついたら生物失格として世界の内側の居住権を失効する。
 大体そんな感じだ。
 なので、この対応はむしろ正解だと言えた。
 正解だから利益になるとも限らないがな。
 私の在り方など不正解極まるものだ。わざわざ言語化するのも面倒だが、しかし言語化しなければわからない事もある。例えば、そう、最近私が思うのは「剥き出しの現実」こそが最高の娯楽となるのではないかという思想だ。その点で言えば私は誰よりもそれを謳歌していると言える。
 邪道作家の物語など、その最たる例だ。
 逆に、このソフィアとかいう女アンドロイドにはそれが欠けている気がしてならない。だから、このような福祉施設を作るのだろう。慈善事業に投じていれば「善行」だとさしたる考えも持たず思う輩に共通するのは「想像力の欠如」に他ならない。でなければ「善」などという胡散臭い虚構を信じたりはしないだろう。
 宝くじよりも酷い噺だ。
 当たりそのものが無いのだからな。
 天下太平などという虚構を信じたがる愚か者共には分からないのかもしれない。現実を認識する知能があるなら、恥が多くて語れる筈がない。
 平和なのではない。最低なだけだ。
 正義などではない。暴力の別名だ。
 活かす道ではない。ただの逃げだ。
 誇り高さではない。驕りの余剰だ。
 苦難の道ではない。虚飾の飾りだ。
 信仰深さではない。ただの依存だ。
 お前達の信じる全ては、所詮持つ側のみっともない言い訳に過ぎない。自分達の歩む道に道徳的正しさを求め出す時点で、底が知れる。
 
 
 お前、正しくなければ今すぐ死ぬのか?
 
 
 その屁理屈で行くと生まれてきた時点で壮大な借金を背負う身からすれば、返すアテのない借金など踏み倒すに限る。我ながら最低の発言の気もするが、いや、元より借金など形の無い物なのだから、むしろ誠実な対応だと言えるだろう。
 道徳的に考えれば、むしろ有りではないか。
 仮にだ、いや私の在り方を考えると割と仮にではなく間接的にあったかもしれないが、もし仮に大量虐殺を働いたとしよう。で、だから何だ。
 返済する義理があるのか?
 義務も義理も無いなら存在しないも同義だろう・・・・・・そもそも、これから「仕事」を成し遂げて世界を覆そうとする試みはすべからく「虐殺」でなければならない。大勢の思想を、生活を、文化を殺し尽くし新しい概念で書き換える。
 これが虐殺でなくて何なのか。
 もし、功績を出した存在が死後の世界で待遇を保証されるというならば、それはすべからく虐殺を働いた存在であり、殺した分だけ評価されると公言しているに等しい。
 いや、公言している以上と言えるだろう。
 そも人類史における英雄とはどのような分野であれ、死体の数だけ賞賛される。形が何であれ、敵を如何に排したかを評価するものだからだ。
 これは物語でも同じだろう。
 他の存在を排してこそ、世界に広まるからだ。 その辺りの「事実」に目を背けているからこそ道徳や倫理は語られる。即ち倫理観や道徳観とは「人類史の否定」だと明言できる汚行だ。
 とどのつまり、噺にならない。
 人間性を愛するという事は、どうやら人類史を愛する行いとは別らしい。これは以外にも面白い作品のネタが見つかったぞ。喜ばしいことだ。
 ならもう帰ろうかな。
「粗茶です。こちら、アンドロイドと人間と共同の作業で作られているんですよ」
 そう口にする聖女ソフィアの笑顔は大抵の男を虜にし、現に共に働かせているらしい。とはいえ私の貯金残高に関与する部分は無いので、善人面をしているだけで殺意が沸いてくるとしか私には言いようがない。
 善人面をしている奴。
 正しさを持て余す奴。
 権威や能力だけの奴。
 そういう輩はすべからく殺してもいい。この私が許可する。全知全能の主とか言われている輩にこの理不尽極まる世界を語る資格など無い。
 経験していない事を語る資格は、何者にも無い・・・・・・強いて言えば実体験として人間になり語るのであれば別だろうが、そんな奴はそうそうおるまい。神仏にしろ悪魔にしろあるいはただの天才にしろ、生まれついて有能に生まれた輩は己から理不尽を味わいに行ったりはしないものだ。
 剣の天才が銃の不勉強を学びに行くか?
 しない。私ならそうするだろう。もし神仏だの悪魔だの天才だのという概念に生まれたとすればどうしてわざわざ無駄な徒労を味わいに行かなければならんのだ。面倒臭い上に、利益が無い。
 楽して殿様商売が良いに決まっている。
 あらゆる世界基準で最も強さによる弱さも弱さによる強さも併せ持たず、無駄な徒労ばかり繰り返している、この「私」が言うのだ間違いない。 文字通りのゼロだ。嬉しくもない。
 そんな理不尽を味わったところで、このように性格が悪くなるだけだ。私が保証してやる。
 それとも作家業に夢でも見ているのか?
 夢は夢、現実は現実だ。ロクな事にならんぞ。作家とは、「貴様等の見ている夢なんて実際にはこうも現実にまみれている物なんだよ」と背中を崖の方向へ押してやる為にある職業だ。幸福な夢の全てを否定し、絶望という現実を知らしめて、読者の思想を書き換える。
 言わば殺し屋だ。筆か刀の違いでしかない。
 他と違うのは「如何に多く殺せるか」を大いに競い合う点だろう。死体が多ければ多い程儲かるからな。被害者が多ければ胴元も潤うものだ。
 素晴らしい。読者の人権は死ぬかもしれないが些細な問題だろう。何度でも言うが、読者の喜びは作者の苦しみであり、作者の喜びとは読者共の阿鼻叫喚に他ならない。
 希望なんぞ魅せて何が楽しいのだ。
 高値の枕でも買って二度寝した方が早いぞ。
 世界を濁った目で見れないという事は、つまり綺麗な部分だけしか見れないという事だ。綺麗でない部分、都合の悪い部分、悪性情報爆発の部分を見るだけで発狂してしまえる脆弱さという訳だ・・・・・・安上がりな家電製品みたいなものか。
 どうやら、部品が高いだけでは駄目らしい。
 アンドロイドですら、世間の荒波という理不尽の中に漂流してこそ得られる何かがあるのだろうと思う反面、そんなもの得た所で間違いなく一円の得にもならないのは確かなのだから、経験するべきではない気しかしない。
 どう考えてもその方が楽だ。
 私が言うんだ間違いない。
 一円の得にもならんぞ。
 ともすると世の中とはあべこべで、経験による裏打ちがなければ楽が出来て勝利出来る仕組みの癖に、何というか「それらしい苦難の果てにこそ輝かしい勝利がある」みたいな幻想に逃げたがるものらしい。結果楽ばかりしている愚か者が己の経験として「苦難の成果として今がある」のだと思い込んで広める始末だ・・・・・・情けない。
 他にやることはないのか?
 視界が歪んでまで書き続ける私からすれば楽で羨ましい限りだ。無論健康にはかなり気を使っているのだが、それはそれだ。書けば書くほど疲れが貯まり、徒労は増えて、無為は重なる。
 悪意を書き連ねるとはそういう事だ。
 言うまでもなく読者の苦しみを綴るのは楽しいので、ある意味やりがい搾取と言えなくもない。作家とは読者の苦しみの上に成り立つ職業だと、日頃から口を酸っぱくして伝える理由がわかろうというものだろう。
 世界のゴミ箱、残念賞。
 大体その認識で合っている。
 強いて言えば世界一喧しい喋る残念賞といったところか。とにかく喋る。どれだけ頼んでも喋る事を止めず、嫌がられる程燃え上がる様に喋る。 滑る滑る滑らかに口が滑るのだ。
 切れ味だけなら私の刀以上だな。
 それが役に立つかは保証しないが。
 私は出された茶を啜り、まるで感銘を受けたかのように演技をしつつ「美味しいですね。人間とアンドロイドとの絆の味という訳ですか」と口にした。口にするだけで何を感じている訳でもないのだが、猫を被るのも仕事の内だろう。
 縁を眺めながら、縁を否定できる。
 それが「私」だ。
 
 
 絆という名の便利な希望。
 
 
 そんな楽が出来れば苦労はあるまい。他はどうか知らないが、少なくとも私には関係の無い噺だ・・・・・・関係ない以上、それでもやるしかない。
 凡俗の物語において「絆」とは順当に戦うだけで築き上げられ、何もせずとも勝手に手助けしてくれる便利な物らしい。生憎だが、私にとっては何かを成す度に敵との間に育まれ、違法な利息と共に私に刃向かう愚か者を指す。
 犯罪者に対する公僕、みたいなものだ。
 つまり敵だ。権力者関連だしな。
 だからこそ、やらねばならない。世界を覆す、のではなく世界の側が「覆された」と、そう錯覚するくらいに大きな悪意を以て、世界に示せ。  でなければつまらない。
 個人的には正直そういった「楽」が出来れば、無駄にこのような徒労を積み重ねる必要もなく、無為にこうして実利無き成果を見なくて済むので何故私がやらねばならないのかと不満だ。第一、そういう薄っぺらい在り方をしている連中が楽をする一方で、私のような仕事人が徒労ばかり押しつけられた挙げ句、報酬も貰えないのだぞ。
 何度でも言おう。この遠回りに価値は無い。
 仮にあるとしても、それは読者共にとって都合の良い価値であり、私の価値ではない。あくまで言葉の説得力とか深みとかそんなのは後付け要素であって、当人からすればどうでもいいものだ。 大体、この様で説得力など身に付くのか?
 いや、付いたから何だというのだ。
 事の真贋など、何の力も持たないものだ。私はそれを、誰よりも良く知っている。
 なのでソフィアの善意には失笑物だった。
 つまらない。最近のアンドロイドは皆こうなのか? だとしたら、質が落ちたものだ。
 分解して売り捌いた方がマシだな。
 確かに、私は無駄な労力、無為な苦役を嫌う。当たり前だ、金にもならないのに物語なんぞ書き続けて気分が良くなる方がどうかしている。
 その一方で、善が虚構である事も自認する。
 いやこの場合、そういった無駄としか思えない徒労の数々も「刺激」であると理解はしていると言うべきか。理解できるからって押しつけられて喜ぶ訳でもないが、作業的に「倫理」や「道徳」に照らし合わせただけの作業を行い続ける毎日が喜ぶべきものだとは思わないだけだ。
 だからって負債が消える訳ではないが。
 後から成功した事が、かつての精算になるなど持つ側特有の傲慢だろう。そんなのは、理不尽を本当の意味で経験すらしていない奴の台詞だ。
 なくなる訳が無いだろう、馬鹿め!
 精算などされるものか。それは負債として残り続ける。こればかりは無かった事には出来まい。引きずるつもりは無いが、無くすつもりもない。 胸に抱えて誇るべきものだ。
 それを無くせるなど、底の知れる発想だ。
 そのような台詞を軽々しく吐ける時点で、己が如何に浅はかな存在かさえ自覚出来ない愚か者だ・・・・・・そんなだから駄作しか作れないのだ。
 成功経験だけを引き継ぎ性能の向上した部分を要領良く受け継いでしまえるアンドロイドには、そういった「負の経験」が存在しない。それこそ如何に人間を真似しようが、こればかりは当人が望まない限り得られないものだろう。
 そして、アンドロイドに望む奴はいない。
 ゲームの玄人ではあるまいし、わざわざ能力が最低値を更新し続けるよう低下させ続けた挙げ句当人の意志と関係なく敵を増やして配置し、かつ当人が足掻けば足掻く程、足掻く前より後退する状況などに、一体誰が率先して飛び込むのだ?
 だから、永遠に彼らは到達出来ないだろう。
 少なくとも、連中に出来るのは「人間の成功」を模した部分だけだ。失敗や敗北、負の経験から何かを学ぶには教科書を読むだけでは足りない。 それだけでは決して、得る事は無い。いや得るというより「知る」事は無いのだ。成功者という連中はその薄っぺらで安普請な感性で「失敗から得られる物もある」だとか「今までの敗北は先にある勝利の為だった」などと口にし出すものだ。 生憎だが、それは運が良かっただけだ。
 失敗して得るべきを失う。
 敗北して勝利に嫌われる。
 努力して成功を破壊する。
 努力したとか苦労したとかそんな安っぽい台詞で己の幸運による勝利を誤魔化したがる愚か者は多いが、そんなもの、何の関係もあるまい。
 情けない言い訳にしか聞こえないぞ。

 努力したので幸運を許して下さい。

 敗北したので勝利を許して下さい。

 失敗したので逆転を許して下さい。

 いいや、駄目だ。努力など幸運には何の関係も無いし、敗北と勝利に因果関係など無い。そして失敗を積み重ねたから奇跡が起きたなどと、一体どの口がそのような妄言を吐けるのだ?
 失敗は、ただの失敗だ。
 奇跡に繋がりなどしない。当たり前の事だ。
 失敗を積み重ねれば、ただ失敗が山となるだけでしかない。もし仮に、そこから未来への糸口が掴めるというなら、それはただの「幸運」だ。
 運が良かっただけだ。何の関係性も無い。
 その程度で成功が約束されるなら、私など何度奇跡を起こしたか分からないではないか。しかし実際には当然、失敗は何にもならなかった。
 
 それを途中で忘れる奴も多い。
 
 駆け出しの頃は面白い作品を書いていたのに、売れるにつれてつまらない駄作を量産する作家に多い特徴だ。負け組でも幸せになれると勘違いをするからだろう。なまじ、どちらかに振り切れていればある程度の変化はあるものだ。それが幸福になるか不幸になるかは知らないしどうでもいいが、少なくとも私のようなゼロはいないだろう。 幸福も、不幸も無い。
 味方も敵も存在しない。
 勝利と敗北を味わえもしない。
 売れもしない物語を語り続けるなどその最たる例だと言える。売れていないのだから勝利は無くかといって止められる訳でもないので敗北も無い・・・・・・・・・・・・嬉しくもない噺だ。第一、私の場合売れたからどうなる訳でもない。
 それで幸福を定義するだけだからな。
 別段、全く、幸福とは関係がない。
 私は幸福には成らないし、成れない。その概念が無い。概念として捉える気がない以上、幸福は存在しない概念のままだ。
 ありもしない物は掴みようがあるまい。
 掴みたくないなら、尚更だ。
 だからこいつらの作る物語もそうだが、幸福を追い求める人間の物語は、つまらない。幸福など所詮選ぶ側の噺ではないか。選びようのない運命の渦中において、幸福とは真逆の道筋を切り開くからこそ面白いのではないのか?
 まあ私は御免だがな。売れればそれでいい。
 矛盾はしない。私は、私が楽できればいいのでそういう苦難の道は適当な奴に走らせればいい。私が言うのも何だがそんな道を走ったところで、得られるのは性格の悪さと猜疑の能力だけだ。
 なので、見る側として勝手に言わせて貰おう。 貴様等は、つまらない。
 少しは世の理不尽と手を取り合ったらどうなのかと思う反面、手を取り合えば取り合う程売れる物語とは縁遠くなるのだから、それが表に出ないのは当然かもしれない。そういう意味では現状の世界はというと、限りなく公平に回っている。
 ゴミ中心の社会として、平等に配布している。 汚ならしい綺麗事というゴミばかりを増やし、敗北者の物語など淘汰して、つまらない駄作のみを無理矢理に売り捌く。世界は加速度敵に面白味を無くして行き、寿命はすり減って行く。
 自業自得で閉じているのだ。
 それに巻き込まれるのはたまったものではない・・・・・・生きているだけで迷惑な連中だ。
 善性とは、とかく救いようがない。
 いい加減ゴミだと自覚したらどうなのか。
 情けない。無職が仕事人の足を引っ張るな。
 故に・・・・・・目の前の女は評価に値しなかった。評価しようがない。大体人間とアンドロイドとが共同作業を行ったから何なのだ? 
 産業として考えるならば、むしろ画一化された手法を乗り越える為に一子相伝の伝統を作り上げ独自の文化として継承すべきだ。むやみやたらと交流するだけでは、何も生まれまい。
 私なら、やはり手作業で探り当てる。
 何であれ、そうだ。実際に手を加えなければ、分かる物も分からないままになる。和睦ごっこをする暇があるなら、経済交流について考えろ。
 
 体面を気にする時点で、体面など無い。
 
 そういうのは仕事をしてからほざけという噺だ・・・・・・・・・・・・善意をばらまき「世界が平和平等に満ちている」宣伝をして変わるのは、金持ち共の自意識過剰度合いだけだ。他国の文化に介入して偉そうに道徳を垂れる暇があるなら、まずは自国の雇用問題を何とかしろ。第一、そのような善意で己を誤魔化している時点で非雇用者の生活面を圧迫した経営であるのは明白ではないか。
 言わば己で己の恥を鼓舞している醜態だ。
 鏡を見ろ。そんな妄言吐いていられないぞ。
 貴様等に恥という概念があれば、だがな。
「それで、今回私が取材したいのは、貴方の提唱する新理論についてです」
 言って、私は朝刊の記事を差し出した。
 そこには「人間とアンドロイドの融合による、新たなるステージ」と書かれている。
「半人間、有機生物との肝細胞融和による進化論ですね」
 噛み砕いて説明すると、要するに人間の脳細胞をアンドロイドの素体である人工細胞に移植する事で「自然な」生命誕生を演出するという噺だ。端から見れば人権を無視した人体実験にしか見えない気もするが「人類の成長」とか「他種族との共同開発」という単語で誤魔化せば、この程度の横暴は「正義の行い」であるらしい。
 その正義で、一体何人殺すのだろう。
 この女もそうだが、以前「救われない現地民」を高価な薬を売り出す事で間接的に見捨てようとしている起業家の始末依頼があった。何でも彼はその現地で育ち、人種隔離政策にも影響されない少年時代を送ったが故に、それらの横暴で大勢の現地民が救われない事を涙していた。
 その涙の為であれば、どうやら共に起業し困難を駆け抜け背中を預け合ってきた親友でさえ殺すというのだから、甘やかされたのが透けて見える・・・・・・涙を流していれば「尊い思い」なのだと、そう思い込んで誤魔化す。残念だが実際には当然違う。単に己の身勝手な感傷に周囲を巻き込み、その下らない思い込みの為に邪魔者を殺し現地民の気持ちを勝手に決めつけているだけだ。
 彼らは助けを求めているだと?
 だから何だ。何故それに合わせねばならない。あまつさえ己に疑いがかからないようにする為の癖に「可能な限り苦しまないよう殺してほしい」などとよく言えたものだ。散々「文明人」だのとほざいて自分達の大量虐殺の歴史を必要な犠牲であるとお為ごかしをして目を背けた挙げ句、いざ自分達の立場が危うくなれば特許を無視した違法特効薬を大量に輸入し始める。「倫理や道徳」を引き合いに出せば何でも許されると思い上がり、そのくせ行動に対する責任すら取らない。
 綺麗事をほざくだけ、それだけだ。
 後になって難民の山が自国民の生活を圧迫しても「仕方がない」と言い張るのだ。散々綺麗事を支持した愚かしい国民達も、それで責任を取れると自惚れている。実際にはそいつらの命が何万とあろうが、責任の対価としては原価以下だ。
 全く、嫌になる。
 綺麗事をほざけるという時点で、それをほざく奴には「余力」がある。一瞬気を抜けばすぐ死ぬ状態で綺麗事をほざくのは、ただの阿呆だ。
 自己啓発みたいな屁理屈を垂れている成功者の噺などが分かり易い。経済的に余力があり、今後数十年は何もしなくても生きていける様な輩だ。そんな輩が何をほざいたところで本来説得力など有る筈が無いのだが、その説得力の無い奴等こそ「幸運」に愛されているというだけで勝利を収め成功している「事実」が彼らをその気にさせる。 彼らの正しいやり口を真似れば良いのだ、と。 そう思考放棄させるのだ。実際、当人の意志や行動で世界が変わったりする事は無いのだから、ある種当然の対応だ。本人は何も成し遂げてないのに勝利を手に入れもっともらしい屁理屈で己を正当化しようとする。そしてそんな奴こそ幸運に愛され幸福を手に入れているのだから、誰であれそれを真似ようとするのは当たり前だ。
 この女も同じだ。その流れに追従しているだけで偶然にも勝利を収められたから、それが真実であると己で己を騙し、信じ込もうとしている。  楽な人生で羨ましい。
 まあ私には「人生」などという高尚な物は無いので、少なくとも己では何も考えず成し遂げようともせずだらだら太るだけで生存するのは御免だ・・・・・・人間の「高尚さ」とは、とどのつまり幸運に恵まれただけの豚の妄言に過ぎないからな。
 だからこそ、遮られればあっさり裏切る。
 この女、ソフィアだったか。も、今信じている倫理観など少し風向きが悪くなれば翻す物でしかない。その程度の思いつきでしかないが、しかし彼女自身は「生涯を費やすに足る、崇高な信念」だと思いこめている筈だ。
 何度も言うが、楽で羨ましい。
 こういう連中がしたり顔で大金を稼ぎ、ロクな経験もしていない分際でそれらしい成功の法則を語り出したりするのを見るだけで馬鹿馬鹿しい。私が貴様等を馬鹿丸出しだと見る気分がわかろうというものだろう? 別段物語に何を費やした訳でもない連中が、そんな風に楽しつつ作家ごっこを繰り返し、あまつさえそれを、編集者ごっこをしている子供が応援するというのだ。
 見苦しさの代金に金を払えという噺だ。
 一発芸の見せ物で儲けたいなら、それこそ興行でもすればいいものを「賞賛されたい」のか知らないがいい迷惑だ。余所でやれ、余所で。

 手を抜かず生きる事が「恥ずかしい」らしい。
 実際、物語で食っていくという思想を真面目に受け止める編集者など見た試しがない。編集者と名乗っているだけなのだから当たり前ではあるがそうではなく一般の奴等でも同じ事だ。そのくせ「もっともらしい綺麗事」は掲げるのだから何をしたいのか理解に苦しむ。いや何をしたいのかは分かるのだが、この場合吠えたてる理想への覚悟もない愚か者が、理想を吠えるだけで満足して、あまつさえそのぬるま湯を肯定されているのだ。 肯定されてしまったと言い換えていい。
 貴方の夢を応援するだのと言う成功者みたいなものだ。言うだけで実際には何もしないし、金を出すにしても成功し過ぎて金の使い道を覚える暇もなく勝利してしまった阿呆が、思いつきで行動しているに過ぎない。
 何一つ本気ではないのだ。
 本気で馬鹿な野望に挑むよりも、小手先の賢さで要領よく動き回るのが格好いいと思っている。 だからつまらないのだ、この間抜けめ!
 それで何かを成し得ると思っているのか?
 いやまあ、そういうゴミだけが何かを成し得るように世界そのものが歪んでいるのだから、既に何かを成す必要性自体が死んでいる。だからこそゴミがゴミを生み、ゴミがゴミを増やし、ゴミがゴミを肯定する社会に成り果てた。
 情けない限りだ。
 その情けなさの化身に対面して言える事があるとすれば、それは幾ら見た目や性能に気を配ろうが、誰だって臭くて手が鼻から離せない」という圧倒的「事実」だろう。
 悪人ぶる小物も大概だが、これは酷い。 
 どうしようもないとはこの事だ。見苦しい。  全身に消臭剤でもかけた方がマシだぞ。
 物語も同じで、読者との交流を大切にしながら賞賛されながら書いた作品というのは、得てして「駄作」になるものだ。当たり前だが、作家とは読者を毛嫌いし、世界よ滅べと呪いながら物語を書く存在であって、断じてその逆ではない。
 希望が欲しいならその辺のコンビニで駄作でも書えばいい。しかし物語を愉しみたいのであれば駄作では不十分だ。傑作でなければつまらない。 そして、傑作とは悪意から生じるものだ。
 善意で書けば、何であれ駄作に墜ちる。
 故に、こいつら善人には何一つとして、新しい価値を作り出す事は出来ないのだ。所詮、今ある規範に沿った道徳的な概念しか扱うつもりがない・・・・・・批判される事を恐れて何が成し得る?
 現行の倫理観に沿って生きるという事は、今の世界の不満を解消しようとせず、だらだら太ったまま生活しているのに他ならない。要は堕落だ。 今の世界は、堕落した豚の世界なのだ。
 人間性の尊さみたいな綺麗事を、アンドロイドが求めている時点でお察しだと言える。まして、「人権」だと? そんなものを形として求めて、それが何になるのだ。手と手を取り合う綺麗事を夢想するというのは、結局の所そういう持つ側の暇人共が他にやるべき事を見い出せないからこそ押しつけたがる、子供の遊びなのだと言える。
 
 私に諭されるようになったらお終いだぞ。

 儲からない儲からないと常日頃から叫んでいる私だが、その一方で金の使い道など作者取材か、作品の宣伝以外に存在しない。文字通り全て物語で利益を追求し、その利益全てを物語に注ぎ込み無尽蔵の悪循環を実現せんとする悪意の機構。
 その私に言われてしまうのだぞ。
 恥ずかしくないのか? 馬鹿め!
 何者であれ、全ての利益は目的の為にこそつぎ込み続けるべきだ。必要最低限の生活費や娯楽費を適当に残しておけば、その他全ての利益を目的につぎ込んで何が悪い? 腹が減っているというのに物語を買って腹を鳴らしながらも物語を読み満腹になったという体で生きる。
 仕事とは、そういうものではないか。
 目的の為であれば衣食住全てを捨てて爆発四散するべきだ。いやまあ私は王道ではないので要領良く生きるつもりなのだが、その私でさえ目的が常に行動を左右する。寝ても覚めても物語があり夢を見れば物語を書いて目が冴えれば物語を書き現実に苦悩すれば罵詈雑言と共に物語を綴る。
 作家とはそういうものだ。
 世界が良くなったと騒がれれば裏側にある汚さを描き、世界が悪くなったと騒がれれば今までの世界が如何に汚かったかを脳裏に刻む為戦う。
 仕事であれば当たり前ではないか。
 そこに善悪など無い。いや、何度も言うように何かを成す時点で今ある世界にとっては「悪」だ・・・・・・その悪を成し遂げてこそ、面白い。
 要領よく振る舞うだけの連中には分かるまい。 例え不利になるとしても堂々と己の目的を語り真正面から敵対されなければならない。要領良く情報を操作して目的を隠すなど、小物のやり口でしかない。それでは悪党失格だ。
 堂々と宣言し、真正面から叩かれる。
 その上で勝利するから面白いのだ。
 それが私であれば、「物語による世界支配」とでも言えばいいのだろうか。支配など存在しない概念でしかないが、掲げるには面白い題材だ。
 アンドロイドも、人間も、妖怪も、人工知能でさえ、私の物語にひれ伏すのだ。具体的に言うと税金のように金を上納し、麻薬患者のように物語を求め、その上で脳髄に私の悪意を刻み込む。
 素晴らしい地獄絵図ではないか。まさに心躍るというやつだ。私に踊り出す心など無いので手が震える傑作のネタ、とでも言っておくか。
 いいぞいいぞ、その為なら幾らでも死ね。
 今回の件もそうだ。こういう綺麗事の裏で大勢の犠牲が出るのは目に見えている。せめて貴様等の命が作品に貢献できるように死んでみせろ!
 そう思いつつも猫を被り、本性は見せない。
 それが出来るのも「私」だ。少なくとも彼女、ソフィアとかいうアンドロイドは私の非人間性に気が付いた様子はなかった。
 まあ、当たり前か。
 こんな恵まれたアンドロイドの綺麗事大好きな小娘の感性に、私のような悪が組み込まれているとは思えないしな。不思議な事に連中の倫理観に「生まれついての悪がいる」という私からすれば当たり前の発想すら、未知の出来事であるらしい・・・・・・・・・・・・気が付いた時には「人間性」なる物をその辺に捨ててきていた私には正直理解し難い噺だ。何故悪性を否定する?
 悪である事の何が悪い?
 殺し合い、奪い合い、敗者の痛みの上で幸福を享受するなど、いつも貴様等がやっている事ではないか。平和な時代だ手を取り合う時代だと口にする一方で、平和的に手を取り合いながら何人も犠牲にし、間接的に殺している。爆撃機に殺されるか迫害で殺されるか、社会規範に殺されるかの些細な違いでしかない。
 とどのつまり、我々は皆「殺人鬼」だ。
 そうじゃないか? 現実逃避の必要はあるまい・・・・・・第一、逃避して何になる。人間がそこまで素晴らしい生き物だと思い込んで、だから何だ。 それが何であれ、同じ事だ。
 大層な理念ほど、下らないゴミはない。
 そんな女が、人間との亀裂を決定づける進化の秘訣を作り出したというのだから、笑える噺だ。 己の行いに気付かない偽善者。
 命を狙われても当然の応報だ。
 半人間進化論に関しての話が落ち着いた所で、私は仕事の標的に関する話を進めた。
「興味本位なんですが」
 まずこれは軽口で本気ではないのですよと念を押して噺を進める。何者であれ追求されれば逃げたくなるものだが、軽い小話であればつい喋ってしまうというのもよくある噺だ。これは別に特別な能力など必要ない、技能と悪意の手法だ。
 そんな部分を磨いている奴がいれば、だが。
「その新型プログラムというのはどこに保管されているのですか?」
 まさか素直に第二番倉庫です、とか話し出す訳がないので、まずは揺さぶりだ。とりあえず口を動かせば口をついて「つい」という事もある。
 困ったようにソフィアは微笑み「流石にそれはお教えできませんよ」と苦笑した。どうやら場所そのものは知っているようだ。
 さて、どうするか。
 この女を始末するだけでも、正直、目的である「アンドロイド連中の進化を止め、報復する」という依頼人の願いは叶えられそうではある。だがそれだけではやはり「弱い」のだ。幾ら優秀とはいえアンドロイド、つまり換えの効く存在である事には変わりがない。同じ奴をもう一体作られれば、それでお終いだ。
 そう、例えば公衆の面前でプログラムが暴走、大きな被害を出すくらいが良いだろう。
 私は幾つか適当に話をし、その場を後にした。 ジャックに調べさせたところ、丁度交流の為にシンポジウムを、人間とアンドロイド共同で行うらしい。そこを狙えばいい訳だ。
 私は岐路に着き、依頼の先がある程度定まった事で肩の荷を降ろしベッドに倒れ込んだ。するとジャックが、急に端末から警戒音を鳴らし出したので嫌々目を向けると、彼はこう口にした。
「先生、やばい事になったぞ」
「なんだ、いつもの事か」
 大体、私の今まででやばくなかった事などあるのか? 
「そうじゃない。先を越されたって事さ」
 言って携帯端末にニュース記事らしきデータを彼は流し込んだ。読んでみると、そこには確かに私の労働を邪魔する内容が書かれていた。
 そこには、

 
 
 
 
 

     10

 この世が天国であれば、どれだけの悲劇があるか数え切れない。当たり前だが地獄とは必要な物であり、無理矢理それも一部の連中だけ不適用にしたからこそ、今の天下太平という汚行がある。 資源が余る天国があれば、ゴミも当然増える。 あの世なんてあるのか知らないが、もしあるのだとすれば、それは間違いなく一部の権力者達に運営されているだろう。でなければ相争う性質を押さえ込み、平和を押しつける事など不可能だ。 「平和」とは即ち「暴力による押しつけ」だ。 「善意」とは即ち「思い込みによる悪意」だ。 「道徳」とは即ち「身勝手な当人の都合」だ。 所詮その程度の浅はかな考えなのだが、どうも自分達がもう少しマシな生き物であると思い込みたいらしい。仕事をしない奴特有の発想だ。
 仕事が何なのかもわからないのだろう。
 だから、そんなものをもてはやす。
 だが現実に生きる存在にとって、それらは毒にしかならない。基本毒とは使い手次第だが、その毒は敵から一方的に「薬」として押しつけられるものなので、有効活用のしようがない訳だ。故にこうして、報復を法という暴力で抑え付ける。
「機動隊二千人と市民十万が衝突、か」
 私はジャックの入れたニュース資料を見て感動した。この衝突のおかげで何百人か死んだらしいが機動隊側もただでは済んでいない。
 ざまあみろと快哉を叫びたいくらいだ。
 現地でそういう運動があったので労働の報酬に興味の無い私としては支援せざるを得なかったのだが、まさかこんな事になるとは。まあ私は資金援助をしただけなのでそれだけが原因ではないのだろうが、全くの無関係でもあるまい。
 市民闘争など、近代ではお伽噺に等しかった。 それがどうだ。傲慢な国家相手でも憂さ晴らし程度とはいえ、反抗する気概はあったのだ。
 まあ、これだけでは駄目だろうがな。
 やるなら戦争だ。相手に膝を折らせなければ。 とはいえ、闘争も続け過ぎると己の姿すら見えなくなる。現に物語を書いているのか、それとも鬱憤を書き続けているのかわからなくなった。
 いや言わんでいい。似たようなものだ。
 似て非なる、ではない。その鬱憤の数々を物語だと言い張り、そういう体で売りに出してそれが金に換われば立派な創作物と化すものだ。
 わからなくなってからが本番、ではない。
 むしろ序盤だ。だがその序盤も幾度と無く繰り返し続けると、不安に転じる物らしい。私の場合不安ではなくふらついているだけだが、凡俗共はそうではないらしく、こういう状態の時には己の行いを信じられなくなるそうだ。
 己の行いを疑うなど、馬鹿げた噺だ。
 根拠など不要。この「私」ですらやっているのだぞ。強さによる利点も弱さによる利点も或いはそれらがもたらす弱さすら必要ない。
 何せ「私」でも出来ているんだからな!
 これ以上の根拠が、他にあるか?
 近代の物語は実につまらない。強さによる弱さがあるから負けるだとか、弱さによる強さがあるから勝てただとか、そんな言い訳が何になる。
 ただの情けない言い訳でしかない。
 強いから弱点があってもいい、弱いから逆転の目があるべきだ。仲間がいるから、協力しあえるから理不尽を覆せる、などと。

 悪い冗談だ。私のより酷い。

 まさしく、覆そうともしなかった愚か者特有の発想ではないか。弱点など無いし弱い上に迫害を受けるのがむしろ普通だろう。そんな都合の良い環境を想定して、丁寧に周囲から整えられた物語なんぞに、一体、何の価値がある?
 調子の良い妄想がしたいなら、麻薬でも買え。 そんな流されやすい癖に己の頭で考えようともしないから、今回の様な暴動が起こったらしい。何でも最初は電脳空間上で噺が持ち上がったが、その内現実、いや電脳空間も活動するのは現実の人間だったりするのであまり違わないが、現実と違う点があるとすれば「行動の限界が無い」事と「己の情報を隠して活動できる」部分だろう。
 他にもあるが、今回の件はそれが原因だ。
 つまり、まずは電脳空間内で「人間の権利」を主張し始めたらしい。それが大規模に拡散され、電脳空間上で閲覧する輩も増えたので「集会」を実際にやってみようと考えた愚か者がいたのだ。しかし実際に人間を扇動した経験もない、そんなただの素人に集団の運用など出来る筈もない。
 結果、だるま式に集団に火がついていき権利の主張が行動に示され、小さな言い争いから暴動へ発展したのだそうだ。実は計算された動くなのではないかと思う程度には妥当な筋書きだろう。  少なくとも、集団の動かし方には沿っている。 大勢の兵士、それも覚悟のない半端物を動かすには「大義」だけでは当然駄目だ。そういう流れに仕向け自発的に争いに乗らせ、その上で上手く誘導してやる必要性がある。そこさえ出来れば、後は先導して配置を動かすだけでいい。
 集団の中で「個人」として活動できる個性。
 そんな奴は数える程しか、いや現代では保護を申し出た方が良いくらいには、いない。 
 流された方が楽だからだ。
 実際、私みたいに流れに(それも、時代の流れにすら)逆らって足掻いた報酬は、大抵の場合が世間からの弾圧だ。私とて好き好んで迫害されている訳ではないが、いや好き好んでいるかもしれないが、とにかく「大勢と敵対し、己の意見だけを通す」という行為は「安心」から遠ざかる。
 右から左へ流すだけで生きられた奴に多い。
 私など右から左どころか、上下左右、一部の隙無く厄介な災厄ばかりだったので理解に苦しむ。 
 一度でいいから体験してみたいものだ。

 不可能に挑まず、理不尽を覆しもしない。
 その必要すら無く、ただ安穏と出来るからやる・・・・・・その様を生きていると呼ぶのかは知らないが、楽であるのは確かだ。しかも楽している癖に金だけは手に入れるなど、あっていいのか?
 まさしく、理不尽ここに極まれりだ。
 何をするにも必ず失敗し、敗北どころか挑戦権すらなく実利を失う。それに見合う楽が出来るかというと、まさかそんな訳があるまい。
 私の歩んだ道だぞ。
 そんな楽が出来ていれば、もう少しマシな人格になっていただろう。いや環境で変わる程優しい人格ではない気もするが、ならばただ性格が悪いだけでは有り得ない程に悪意が鋳造されたとでも思っておけ。ただし、そのおかげで邪道作家足り得たのだとしたり顔で語る奴がいれば、殴る
 倫理は無視する。とにかく痛めつける。
 ならば貴様がやれという噺ではないか。大体がだから、何だ。そんな事は、売れるかどうかとは何の関係も無い些事ではないか。
 機軸も無く売れてどうするのかだと?
 機軸があるかどうかなど見る側の判断であり、それがあると思って売れていればそれが真実だ。少なくとも力は持つ。そして、この世界において肝要なのは「実現出来る力」だけだ。
 正義だの大義だの、全てそれではないか。
 信じる神でさえそうだ。物理的な侵略の歴史で自分達の宗教を肯定し、力を付随させない場合の連中は悉く地獄を見る。それでも力で無理矢理に肯定出来れば、唯一絶対の真なる神だと思い込み押しつける事が可能だ。
 全てがそれだ。例外など無い。
 世の中とはその程度であり、それを生きるしかない。ならば力を肯定し、綺麗事ではない事実を見据えるのは当たり前の義務だと言えよう。
 とどのつまり、力で肯定できればいいのだ。
 その事実を無視して過程の尊さを語りだすのは結局の所「現実を知らない」だけだ。子供じゃああるまいし、力で綺麗事を押しつけられる身からすれば、鏡で己を鑑みろとしか言えない噺だろう・・・・・・・・・・・・貴様等はそれに準じてはいない。
 ただ心地よいから口にしているだけだ。
 その現実から目を背ける。まったく、忌々しい馬鹿共だ。その頭蓋には豆腐が詰まってるのか? 言わなくていいぞ。その方がマシだ。
 喋れば馬鹿がバレるんだ。止めた方がいい。
 無口でいれば、見た目だけは醜悪で済む。
 だいたい誰かから何かを受け継いだ連中にロクな奴がいる筈もない。あのソフィアとかいう女が手に入れた全ては「先人のアンドロイド」達が、役に立つだろうと与えた物に過ぎない。
 分かり易く言えば、例えば人間であれば両親に手取り足取り教えて貰った金持ちに何かを成せるとは思えないのと同じだ。
 私など、習った事と言えば母親は「子供を蹴り起こす方法」や「自分の都合をあたかも相手の為であるかのように恩に着せる方法」などで、父親には「酔っぱらって子供を殴る時の秘訣」や「都合の悪い事は忘れた上で、追求された際には逆ギレすれば済む」という処世術ぐらいだ。
 後は酒で体を壊す方法、己を省みない身勝手、もっともらしく自分を正当化する詭弁くらいか。 恐らく自分を「良い親だ」と勘違いしたまま、その生涯を終えるのだろう。そういう奴は多い。そんなだから介護もされず施設に叩き売られるのだが、彼らはそれを「身に覚えのない理不尽」と思い込んでいるのだろう。
 楽な人生で羨ましい。
 それが人生なら人生に価値など無い。
 故に、受け継いだだけの存在に価値など無い。結局の所それは理不尽を知らない奴が世の理不尽に挑んだ気になっているだけだ。
 まして変えたと思い上がるなど、分を弁えろ。 語るなら、知った上で進んでからほざけ。
 例えば、だ。
 
 努力による後退を知れ。
 信念による徒労を知れ。
 敗北による屈辱を知れ。
 勝利による傲慢を知れ。
 仕事による苦悩を知れ。
 思想による矛盾を知れ。
 何より、アテのない暗闇を進んだ事もない奴に何かを切り開けるとでも思うのか? いや無論、進んだ所で切り開けるとは限らない。
 それは私が、良く知っている。
 だが、それでもやるしかあるまい。
 正直、この労力を為替運用にでも動かした方が儲かるのではないかと思わなくもないが、しかし善悪や周りの評価ではなく「己で選んだ」のだ。選んだからにはやらねばならない。
 それが、不利極まる状況でも、引けない。
 そんな退路は既に、斬り殺しているからだ。  堂々と、指を指されながら己の大望を笑われるなど、序の口だ。根拠はないし必要ない。それは己で定めたのだから、出来るまでやるのだ。
 ただ、それだけだ。
 大体、勝算だの理屈だのを考えていたら、私の場合はどう考えても生まれてきた事が間違いではないか。心を共感せずそれに罪悪も考えず、倫理や道徳を笑い、相手が神仏でさえ口先だけで破滅に追いやる自信がある。
 まさしく「最悪」だ。
 そう誉めるな、照れるではないか。
 私が生まれるには時代が早過ぎたと言えなくもない。いや言える。時代が私に追いつけば社会の問題など無くなり人類は宇宙掌握くらいはしてるかもしれないが、問題の少ない社会は作品のネタにならないので、そこは武術による生物淘汰程度の仕組みは最低限用意したい。
 
 銃が楽だからというのは、肥えた豚の発想だ。 
 そんなだから魂が肥える。楽の欠片も出来ない私からすれば理解に苦しむ考えだ。それは楽して成果を得られているのではなく、ただ誰が作ったかもわからない技術に頼っているだけで、殺しという概念を理解すらしていないだけだ。
 採血の際に腕を見ないに等しい。
 ただ引き金を引いただけだったらどうする。
 ちゃんと確認して首をはねて殺さなければな。後から「実は生きていた」とか言われても困る。 過去に目を向ける奴特有の発想だと言えよう。でなければその瞬間を軽んじたりはしないものだ・・・・・・過去の何かに縛られる、とはな。
 何度も言うが、楽な人生で羨ましい。
 そんな「暇」は私にはない。思い出など無いし憧憬する感性も必要ない。なまじ「今」に恵まれているが故にそういう発想に至るのだろう。
 過去に何かを求める時点で、甘えているのだ。 過ぎ去った事なんぞにいちいち気を払う必要があるなら、私はどれだけ支払いに気を配ればいいというのだ。
 そんな雑事、やってられるか。
 噺が逸れたが、要するに何が言いたいかと言うと、人間の歴史とはそういう「過去からの物」であると言える。アンドロイド達にはそれが無く、それら過去から得られた「結果」だけを引き抜きその上で「過程」に拘り「結果」を蔑ろにする。 嘆かわしい噺だ。
 人間性にしろ何にしろ、必要の無い物に価値を見出し求めるとはタチの悪い奴等だ。人間性など手に入れたから何だというのか。そもそもが性能重視で製造された奴等が「人権」を求め「自分達にも「心」はあるんだ」なんて訴える事で問題を起こさないとでも思うのか?
 心を訴えながら、その横で職を奪う。
 当たり前だが連中がどれだけ人間性だの心だのを唱ったところで純然たる性能差は圧倒的に人間よりアンドロイドが上だ。執筆速度だけで言えば私が一冊書く間に、即ち適当にやっても一ヶ月に百冊は出来る計算だ。真面目に仕事をすれば一日一冊は私でも書けるので、恐らく連中なら一日に百冊書く事も可能だろう。まあ、物語は質が良ければむしろ駄作に墜ちるもので、むしろ質の悪い駄目人間特有の傑作こそが面白いものだが、売上だけで考えれば早い方が良いだろう。
 それに、心なんて高尚な物が「仮に」存在したとしてだ。現代に生きる人間の中ではすべからく腐り果てているのは明白だろう。アンドロイドが作り上げる「綺麗なだけの駄作」が、芸術として評価されるのはその為だ。
 結論として、既に人間は必要ない。
 腐った「心」とやらを持つ生き物と心みたいな綺麗事の模造品とでは両者相打ちであり、しかも能力的にはアンドロイドが優れているのだから、人間の価値を示しようがあるまい。私なら絶対に心云々を語っているだけの人間など切り捨てる。 成る程、尊い概念なのだろう。生物の誇り高さの元なのだろう。そう思う。
 しかしだ。
 
 私に何か「得」があるのか? 
 
 無い。既に知っている。ならば黙って蟻の様に手を動かしていろ。この「私」の為に使い潰されそして死ね。後腐れのないようにな。
 私でなくともそう思うのだろう。職を、いや、職だけではない。その「存在理由」の大半を人間は奪われているのだ。仲良く出来よう筈がない。 善意を押し売りにするから、気付かない。
 手と手を取り合って上手くやっているのだと、少なくとも、アンドロイド連中はそう思い込んでいる訳だ。自分達は尊い「心」を手に入れ進歩による成長をしたのだとな。
 だが、進歩がもたらす結果は参事を生むものだ・・・・・・製鉄の進歩で人を殺しやすくなり、文化の進歩で迫害をしやすくなり、宗教の進歩で植民地による虐殺や搾取がやり易くなった。
 人間の進歩とは、そういうものだ。
 新しい未来を切り開く事を「美徳」だと勘違いしている馬鹿は多い。まさか、だろう。切り開く時点で大勢を殺す必要があるし、個人的な闘争であったとしても、やはり敵対者は貶めるものだ。 先に進むとは、死体を増やすとも言える。 
 そこに「倫理」だの「道徳」だの「文明人」の誇りみたいな物を持ち込むから「歪む」のだ。
 目の前の事実さえ、目が曇って見えなくなる。 情けない。いっそ目玉を捨てたらどうだ。
 アンドロイドも人間も、そういう意味では盲目だと言えるだろう。誰も彼もが目先の現実すらも見えていない。いや、見ようとしたからこそ今回の暴動が起きたのだ。所詮流されているだけではあるが、行動に移す分マシだろう。
 ちなみに私はちゃっかり、アンドロイド関連の株式を売り抜けて儲けていたりする。悪とはそういうものだ。生まれついての悪人がいるとして、間違いなくそういう状況、というか心情もどきに流されたりはしない。ブレないからこその悪党だ・・・・・・・・・・・・正直、ブレなさ過ぎる気もするが。 まあいい。些細な問題だ、多分。
 そうでなくともそういう事にする。
 それが「私」だ。
 何であれ「悪意」が、即ち「毒」や「呪い」のような、「舌が吹っ飛び脳が焼ける」程度は最低でも欲しい所だ。私は健康を重視するが、やはり舌が「痛い」という感覚すら拒否し、脳が味わう行いを中止しようとするくらいが丁度いい。
 気がつけばあの世行き。
 それを堪えるからこそ面白いのだ。善意なんぞ何になる。やるなら徹底的に、アンドロイド共に自意識を与えないか、あるいは仕事上必要ならば植民地支配のように言語の区別化や区間を分けて統治するなど、それこそ「人類の積み重ねてきた叡智」を活用するべきだったのだ。
 汚ならしい綺麗事で「人権」などという汚濁を認めるからこうなる。奴隷を解放して戦争をするのは勝手だが、食わせるアテは用意しておけ。
 つまり、そういう事だ。
 むやみやたらと優れた存在を量産すれば軋轢を生むのは必然だ。それがわかっていて止めもせずむしろ流れに乗っかって儲ける私はどうかと思わなくもないが、しかし連中の自業自得の上、私の本来の仕事は「作家業」であって、そういう奴等に己の行いを見せつけるのが「仕事」だ。
 我ながら働き者過ぎるな、まったく。
 少しは休み上手にならなければ。読者共の為に健康を害するなど馬鹿げている。読者の為などとほざくなら己の健康程度管理してこそのプロだ。 そもそも、無理をする時点でプロ失格だろう。 締め切りなど、予定通り書けば何とでもなる。予定通りでなくとも日頃から作家としてネタ探しをしていれば、筆など勝手に進むものだ。
 文字通り、嫌でも進む。
 遅れる奴の気がしれない。
 そこを成してこそのプロだろうに。
 
 効率を重視すると利益から遠ざかる。
 
 どこぞの有名アニメ監督が、中長期的に見れば目先に対応して最適解を求めるあり方では選択肢が結果的に減っていく、と語る記事を読んだが、確かに人類史という概念が進めば進む程、馬鹿な浪漫に採算も考えず突っ込む奴はいなくなった。 私か?
 無論、採算は取る。アテはまったくないが浪漫だけで突撃した事はない。考え無しの連中と一緒にするな。異論は認めない。あれば斬り捨てる。 とはいえ、確かに失敗から学べば失敗の一つも知らない奴よりはマシな物が作れるようになるのだろうが、現実問題今の社会そのものが、失敗を乗り越えて生まれる物よりも「流行」だのという浅はかな成功を賞賛し、それに乗っかる読者共を肯定する世界に成り果てている。
 故に、失敗から生まれる物の場所など無い。
 考え無しの屑が知った顔をして、ただ恵まれただけの分際で弁えずに勝利を唱う。己の力だとは思っていない癖に、己の力でやり遂げたのだと、そう思い込もうとして「成功の法則」みたいな物を語り出す始末だ。
 鬱陶しい蠅共だ、まったく。
 社会全体でそのような甘えを容認しているのだから、その先に発展などある筈もない。科学進歩などただの幻想だ。何故なら出来る事を積み上げただけなのだから、そこに新しい可能性などある筈がないではないか。
 それは「進化」ではない。
 ただの「経過」だ。 
 過ぎ去っているだけの物に「誇り」みたいな物を持とうとするから歪むのだ。貴様等にある訳がないだろう。持つ為の労力を払ってない奴が成果だけを欲しがるんじゃない。貴様等が自分自身で選んだ「結果」がこれだ。
 選択の自由など、元より分不相応。
 選択する為に労力を払わないのだから、選択の自由など手に出来る訳があるまい。これだけ社会が発展したにも関わらず「生きる理由」がわからないなどと甘えた事を抜かす馬鹿がなくならないのは、その為だ。
 最初からしていないのだから、当たり前だ。
 その当たり前が、わからない。
 わからなくても、何かしら恵まれてさえいれば成功者として豊かになれるからだ。恵まれた馬鹿が甘ったれた世迷い言を肯定する為に、本来なら世界を押し進める為の利潤を費やした結果だ。
 情けない。反吐が出る。
 生命の尊さを語りたがる駄作や、人間の尊厳の強さみたいな概念を誇りたがる駄作を作っている暇があるなら、少しは己を省みたらどうだ?
 私は無論、省みる必要がない。
 私がどれだけ、障害物にぶつかりながら進んでいると思っている。今更一つ二つ省みて何になるというのか。経験しなくてもいい経験、挑戦するべきではない戦いの数々、数えるのも面倒な敗北失敗無様の無数。
 お前達は服のシミを着る度に気にするのか?
 しない。私でもそうだ。儲けの皮算用は楽しいが、勝算を数えるなどどうかしている。小賢しい計算をするよりまずは適当に切り込めばいい。
 その方が早い。
 他でもない私が言うんだ、間違いない。
 この「私」の実経験だ。論より証拠だとも。
 まあ、その証拠が役立たないのも人生だが。
 つらつらとそんなことを考えながら、私は暴動のあった町に来ていた。忘れられがちだが、私の仕事は「邪道作家」であって、始末屋家業などは所詮「ついで」でしかない。労働など当人の都合とは何の関係も無い事だ。
 その点に関して言えば、収穫はあった。
 何せ暴動の末に文明が死滅しているのだからな・・・・・・社会という奴は「絶対的な倫理観」があると主張しがちだが、こういう惨状を見ると如何にそれらが現実の見えていない綺麗事かがわかる。 何もかもが「死んで」いた
 アンドロイドと人間の交流を唱ったらしい新聞の切れ端が雑に切り捨てられ、どこの惑星にでもありそうなレストランの屋根が無くなり、手榴弾でも手作りしたのか爆撃の跡まである。昨日まで「当たり前」だと思い込んでいた薄っぺらい平和という物が、かくも簡単に消え去る世界。
 見ていて痛快極まりない。
 ざまあみろ馬鹿共が。仕事もせずに遊び呆け、だらだらと日常を続けているだけの連中の生活が消し炭にされる様は、見ていて最高に笑える。
 巻き込まれるのは御免だが、暴動が起こったのは何日も前だし、集団でない暴徒などただの個人でしかない。数人単位で暴れ回る奴もいるがまあ何とかするしかあるまい。
 アンドロイドであれば人間というだけで。
 人間であればアンドロイドというだけで。
 それだけで突発的な殺人が起こっても不思議ではないのが「暴動」というものだ。断っておくが私はまだ暴動を煽った事はない、と思う。多分。詳しいのは単に経験から来る知恵というか、その暴動そのものの対象になる事が割と多かったのが原因だ。
 子供の頃から良く見てきたからな。
 不思議と「人間が身勝手な行いを正当化する」という現象を見る機会は多かった。それらによる不当な暴力や理不尽な言い分など見慣れたものだ・・・・・・いや、どう考えても見慣れない方が楽なのだが、見慣れているものは仕方あるまい。
 それはそれとして「仕事」の役に立てる。
 それがプロというものだ。遊びではない。
 むしろ理論立てて「対話」が成り立った事などあるのかどうか。不思議な事に私が言語を交わす時は、必ずと言って良い程「暴力で屁理屈を押しつける」という行為をあたかも「正論」であるかのように気取って思い込む馬鹿の相手ばかりだ。 何故だ。
 もう少し、私は楽がしたいのだが。
 そういう意味では暴徒の相手など、私にとっては日常生活と変わらない。そもそもが、人間など大体暴徒みたいなものだ。暴徒とは、即ち素直な人間だ。
 むしろ御しやすいではないか。
 変に倫理観で誤魔化されない分、喜ぶべき事だと言えよう。法律を守って人権とやらを尊重せずに済むから、処理も楽だしな。
 襲うという事は、殺されても文句は言えない。 有名人が襲われたとかいう噺を見る度に、私はそう思う。せっかくの殺人の機会に、何を臆しているのか。合法的であればいいではないか。
 まあ、最近はその辺りも厳しいのかもしれない・・・・・・正当なる防衛とはいえ、神経過敏な連中に死体の刺激は強過ぎる。普段死体の肉を精肉店や大型店舗で買い占めているとは思えない発想ではあるが、連中にとって「人間以外」は生物だとは認められないのだろう。
 実際、根底では認めていない。
 だからこそ「動物を飼う」のだしな。
 相棒と認めて育てるのではなく共に生きるのが他生物との折り合いの付け方だ。そんな手抜きをせず生きる人間など、もうどこにもいないがな。 悪い冗談だ。非人間の私より酷い。
 いつも言っている事だが、この人間社会は所詮運が全てだ。だらだらアテもなく絵を書き続けていた奴が勢い「合唱団を呼ぼう」と思い立ち電話をしたら了承を貰って契約等も「幸運にも」知人に出来る奴がいたが為に、後は時流が芸術を求めているというだけの理由で大金を動かした虚業家の噺があるが、あれと同じだ。
 努力したから成功した、と嘯く奴は多い。
 生憎だが努力しただけで成功するなら誰一人として苦労は無い。努力すれば報われるというのは何度も言うが「甘ったれ」の台詞なのだ。
 努力して後退する屈辱一つすら、知らない。
 知らないままで、生きている。
 生きてこれて、しまったのだ。
 あろうことかそれを「世界の規範」という事にしてしまったのだから愚か極まりない。情けない世界だ。あまつさえその浅はかな「努力」とやらでその事実を誤魔化し、現実逃避をする怠け者が楽をする仕組みを維持しているのだから情けないと諭してやるだけの価値すら無い。
 
 言っては何だが、震える暇すら無いぞ。
 
 ただ淡々と刀を振り続けるかのような作業だ。殺しても殺しても文字通りキリがない。幾らでも沸いて出てくる癖に、得られる物は何もない。
 まさしく「徒労」だ。
 それは誰よりも良く、知っている。
 何せ「私」だからな。知らない筈があるまい。 別に知りたくは無かったし、正直そういう徒労を知らないで済むからこそ勝利出来る現代社会においてはしなくてもいい、いやするべきではない無駄足だ。後になって報われる事などないし仮にあったとしても意味など無い。
 それなら最初から成功させた方が早い。
 無為そのもの、無駄でしかないのだ。
 私の死後に読者共が感動でもするのか? だとすれば尚更、私の労力の全ては読者共に食い物にされる訳で、読まれさえしなければそれ以下だ。 やらない方が遙かにマシ、というやつだ。
 実際、報われない労力など費やすだけ無駄だ。何にもならない。その苦労が糧になる事など無い・・・・・・それこそ甘えだ馬鹿馬鹿しい。

 他でもない「私」が言うんだ間違いない。
 
 何せ実体験だからな! 良い事など一つとして無いし、得られた物など無い。
 ただ、疲れただけだ。
 その疲れすら知らない連中が「権利」だとかを求めてここまで街を破壊できるのだから、世の中には無駄しかない。意図的に無駄なゴミ屑が勝利を掴めるよう大金を注ぎ込んでいるのだから当然と言えば当然か。
 人間には「教育」という概念は無いからな。
 彼らは「洗脳」を「教育」と思い込んでいる。 結果がこれだ。少しばかり暴れる理由を与えてやれば、他民族の一つ二つ殺しても合法になる
多数決で席が取れればそれでいい。大体が戦争は基本そういうものであり、国が栄えるという事は大勢の死体が肥やしになるという事だ。
 そのくせ殺人、いや「悪と呼べる概念」に敏感だというのだから手に負えない。だから死んだ方が世界の為になる連中が殺せないのではないか。 他者を殺せば殺人罪? 馬鹿げている。他者を殺していない奴などおるまい。聖者でも不可能で覚者でも無理な相談だ。
 いっそ全ての人間に刃を持たせ、闘技場で殺し合わせればいい。あれは良く出来た仕組みだが、如何せん一部の人間が楽しむ為に機能させているのが問題だ。そのおかげでローマ軍は戦うどころか槍を振るえるかすら怪しい雑魚ばかりになり、戦う機会を奪われたローマ市民は己の手で勝利を勝ち取る感性が死滅した、餌を貪るしか能の無い豚ばかりに成り果てた。
 少なくとも、連中に剣は振るえそうにない。
 奴隷制は効率が悪い。何でも奴隷にやらせれば済むのであれば、実質国を動かすのは奴隷の側になる。まして戦いを全て任せるのでは、自分達を殺して下さいと委ねるに等しい行為ではないか。貴様等は頭脳が間抜けなのか?
 役割からあぶれる奴など殺し合わせればいい。花屋でも戦争屋でも何でもいいが、己の役割すら見つけられない半端者が多いというなら、多少の殺し合いはむしろ挑まなければならないものだ。 それを「倫理観」や「道徳」で誤魔化すから、この様だ。別に暴動が無くとも「刃の振り方」を彼らは永遠に知らないままだろう。今回も偶々、振るうべきだと周囲に流されて振るっているだけでしかない。傷を付けられれば冷める程度の熱だ・・・・・・・・・・・・そんな低体温火傷で何が出来る。
 いいからさっさと殺し合え。
 別に刃でなくともいい。他者と争い時には殺すという、生物の大原則を思い出せ。これは義務であり、やって当たり前の事なのだ。 
 その程度も出来なくて恥ずかしくないのか?
 さあ殺せ。殺して殺して殺し尽くせ。殺し合いを意識もした事のない奴に「命の尊さ」など語る資格などありはしない。私の場合殺し合うまでもなく毎回死にかけている気もするが、要は命とは丁寧に扱い過ぎると腐る、という事だ。
 まあ雑に扱いすぎてもこの通りだ。
 適度に健康を意識しながら殺し合う。これこそ最新の健康法だと言えよう。首を切り捨てそれを尊ぶ。まさしく人間らしい行いだ。
 人間らしさを虚飾するな。
 人間とは、本来そういうものだ。
 非人間の私に言われたらお終いだぞ。
 私がこんな風に無駄な徒労ばかりを繰り返している一方で、株取引で金を儲けすぎて生きている事がつまらないなどと言い出すのだから、人間の世界は既に生き詰まっているとしか思えない噺だ・・・・・・聞いた話では「このゲームを攻略出来ればお金が入ってくるのが面白い」との事だ。儲けている間はそう思うが、飽きればつまらないだのと文句を垂れる。
 とはいえ逆は無い。金がなくて生きている事が面白くなる事など無い。あってたまるか。第一、金とは最大の手段であり、金が無い時点で文明の恩恵を受けられないという事になる。無論文明に頼らない愉しみは多くあるが、生憎、私の場合はそれらに「共感」する事さえ出来ない。 
 文字通り何も無い。嫌な噺だ。
 
 あるいは、まだ「足りない」のか?
 
 戦場では絶対的な強さがなければ味方にも被害が出る。私の場合強さも弱さも併せ持たないが、強いて言うなら「悪意」がその基準だ。
 その悪意が、まだ足りない?
 有り得るのか? いや悪意云々というよりは、単に「力不足」なのだろうか。或いは兵法で考えると「準備不足」なのかもしれない。
 だが、何が不足なのだ?
 いや不足だとして、現状補えるものだとは思えない。強さ弱さなどその最たる例だ。かといって準備をしようとする度に邪魔が入るというのに、それを準備不足というのも無理がある。だが仮に邪魔されているのではなく「なるべくして成る」というのであれば、何が理由がある筈だ。
 それが分かれば、いや関係ないか。
 わかったところでどうにも出来そうにない。
 しかし「作家としての力」とは何だ。編集者に対する交渉力とすれば、態度のでかさはともかく細かい法的な交渉力を求めるなら専門家を雇った方が早い。しかしその専門家を雇うにしても金がいるし、何よりその資金準備に手間取る始末だ。 どうにもしようがない。
 作品の出来? 出来は保証しないが悪意だけは保証するのが私の物語だ。元より出来がいいだけの作品などつまらない駄作だろう。
 足りない物・・・・・・順当に考えれば「金の耐性」というのが妥当だろう。しかし私に欲しい物など無い。強いて言うなら金の力で物語を広める為に何をしでかすかはわからないという程度だ。物語を売る為なら国家樹立を行い、軍隊を育成し世界を敵に回す。
 それが「私」だ。
 そんな状況があるかは知らないがな。
 支配など興味がないし存在しない物だが、もし物語を広める為に必要であれば良いかもしれない・・・・・・あくまでも「ついで」ではあるが、それが悪意を世界に刻み込む礎になるのであれば、私は喜んで世界の敵となろう。
 世界が味方だった事など一度も無いしな。
 義理立てする理由もない訳だ。これはいい。  優秀な人材を手に出来るかがいずれにせよ要点になりそうだ。しかし人材を金の力以外で得るとなると、これはもう「運」しかない。結局始まりに戻る事になる。
 どうしたものか。
 下手な考え休むに似たり、とも言うらしいし、このところ考え過ぎて疲れた。ついつい考え執筆するのは作家の仕事ではあるが、休むのも仕事だと思うしかあるまい。休みすらも仕事になりそうで怖いが、作家が恐れるのは精々それくらいだ。 まして私は邪道作家。
 怖い物は無い。嫌な物があるだけだ。
 売上げ不振とかな。
 足りない何か、か。案外、口先の達者さがまだまだ未熟なのかもしれない。例えるなら、読者が読むだけで発狂して殺し合い、持ち前の綺麗事を捨て武術を学び「殺人道」を「誇り」とする程度の腕前は必要という事か。
 読者が読者を呼び、倫理観を書き換える。
 道徳の下らなさを無理矢理にでも自認させる。 今まで培った「人間性の素晴らしさ」が如何に現実逃避の戯言であるかを理解し、己が悪である事を認めた上で間違いのまま前に進む。
 口先で神仏を下す程度では足りない。
 口先で摂理を覆す程度でも足りない。
 口先で世界を丸ごと書き換える程度でようやく半人前、という事なのかもしれない。でなければ私の物語はとうに売れている筈だ。 
 そうでなければどう考えてもおかしい。
 売れるべき「悪の傑作」だからな。
 さて、そんな機会があるかは知らないが、もし閻魔大王とでも語り合う機会があれば、じっくり語り合うとしよう。じっくり、な。
 嫌だと泣き叫んでからが本番だ。
 私にとっては大きな力を持てば持つ程、大層な信念があればある程、壮大な理想を掲げる大物であればある程「カモ」にしかならない。
 我ながら極端な性質、いや悪性だ。
 正直私生活では何の役にも立たないので、ある意味バランスという気もする。いや、そんな大物をこき下ろしたから何なのだ。私個人の貯金通帳に関係が無い以上、ただの他人事ではないか。
 少なくとも「実利」には繋がらない。
 はっきり言えばただの「損」だ。貧乏くじとも言える。第一肩書きなど所詮当人の仕事の呼び名でしかなく、それそのものに価値など無い。
 仕事もせずに肩書きで偉ぶるなど、笑わせる。 働いてからほざけ! 言っておくが成果を出せない奴に仕事を語る資格など無い。私ですら続編を書き続ける事で示しているのだ。しかし生憎と人間社会のお粗末さから考えれば、それを管理し運営するという立場の連中に語る資格などない。 ある筈があるまい。なんだこの様は。 
 本当にあの世は運営されているのか?
 悪人に罰を与える場所、というのは違う。仮に地獄などという場所があるとすれば、無職のまま生涯を終えた愚か者共に、「仕事」という概念を骨髄まで刻み込む行いを言うのだ。
 それがどうだ。仕事どころか、仕事が何であるのかも知らない恵まれた豚共が美味しい汁を啜り「成功者」を気取り出す始末ではないか。まさかとは思うが、貴様等それで「仕事」をしているとでも口にするつもりか? 
 明言してやる。その資格は貴様等には無い。
 生憎だが成果を出せない仕事など有り得ない。成果を出す行いを「仕事」と呼ぶからだ。つまり貴様等は仕事をしていない。無職だ。
 私でも書き続けているんだぞ。
 恥ずかしくないのか? 間抜けが。
 ちなみに私は見ていて「情けない」と考える事すら億劫になってきた。貴様等読者に期待出来る程の価値はとうに存在しない。
 アンドロイドも、人間も怪物も英雄も、同じだ・・・・・・どいつもこいつも仕事をしろ! 働け!
 そんなだから暴動なんぞ起こすのだ。
 その気力は本来、仕事に向けるべき物であって私に向けるべき物ではない。なので私は軽蔑すらせずに適当に連中を切り倒した。念の為手足の健を深く斬っただけで、命に別状はない。人生には大きく別状がありそうだが、元よりこんな場所で武器類を振り回すような連中だ。
 どのみち大した人生にはなるまい。
 忘れていたが私の刀は特別製なので、深く斬りすぎると魂が殺され腐敗して死ぬらしい。なので健を斬る事だけに集中して、つまり二度と殺意を私に向けられないように「ミディアム」を意識し手足を重点的に殺す意識で刈り取った。
 どうやら上手く行ったらしい。
 別に殺しても良かったのだが、無駄に被害者を増やせばその分足が付く。その点不思議と死者は重く捉えられても「重傷者」というのは深く捉えられないものだ。
 実際には、手足が切れていたりするものだがな・・・・・・再起不能にして生かす理由も無いしやはり殺しておくべきだったかと思ったが、まあいい。 どうでもいい存在だ。
 仮に再起不能状態から復活して復讐をしにくるなら、それはそれで楽しめるだろう。一応被害者連中の活動には気を配らせてある。何かあれば、即座に私に連絡が行く筈だ。
 そうでなくても、すぐに忘れるしな。
 よくよく考えれば歩いていれば棒に当たる様に人様の恨みを買う私だ。今更一つ二つ数えて何になる。それこそ些末事だと言えよう。問題なのは今まさに暴動を起こしているような馬鹿共が率先して生まれる社会の仕組みにある。
 平たく言えば「教育」に歪みがあるのだ。
 そもそも大金をローンで組まなければ入れないというのが異常だ。義務教育として、行きたくもない教本通りのつまらない洗脳は行う癖に、その逆である自主性を重んじず肩書きばかりに固執しやるべきことから目を逸らす。
 だから浮ついた空気の一つで台無しになるのだ・・・・・・己の意志で学ぶ環境を整えていれば、こうはなるまい。暴動とは、結局の所己の意志で何かを選ぶ事をしなかった暇人の所行だからだ。
 
 いっそ利益優先にすればいい。

 大金を生徒からせしめる、のではない。単に、生徒側に参考になったかを判断させ、給料として払わせればいいだけだ。成果を出せば金になる。そんなのは当たり前の事であり、台本通りに読むだけの教員など必要あるまい。
 それこそ機械で十分ではないか。
 大したノウハウも無い癖に特許だけで肥え太り下請けに数字だけは強要して覇権国家を気取る輩と同じだ。贅肉の貯め方を下請けが学び下請けが下請けを作り横から利益だけを掠め、結果として現場で動く労働者に金は一切払われない。
 それでいて「成功者」だと勘違いしたままだ。 情けない。貴様等がいるだけで害悪でしかなく文字通りの「役立たず」だと少しは自覚しろ!
 それが出来なければ生きる資格など無い。
 現代社会の大層な「成功者」様の口にする仕事というのは、要約すると「中間搾取」か「虚業による拾い物」ばかりだ。乞食でも己でやり遂げるものだが、連中は指一本すら動かさない。
 要介護者じゃあるまいし、豚か貴様等は。
 他にやることはないのか? いや言わんでいい・・・・・・見ればわかる。他に何も出来そうにない。 そんな無能の屑を持ち上げる社会は、根底から覆して消し去った方がまだ真っ当というものだ。綺麗さっぱり消し炭にすれば臭いは残るまい。
 今まで散々貴様等がしてきた事だろう?
 臭い物には蓋をして忘れる。よくある噺だ。
 人間性の尊さ程、臭い物は他にあるまい。
 現状、人間社会では実質的に「教育」が行われておらず、全ての人類は原始人状態のままで文字が書ける程度の知恵のまま生きている。問題なのはそれだ。知能ばかり高めて知恵がない。だから最終的には動物的な行動しか、取れない。
 それは見ての通りだ。でなければ暴動に乗って暴れるなどするまい。仕事以外で殺人など無駄に疲れるからしたくもないが、この様子ではそうも行かないだろう。
 後々報復されても面倒だ。とはいえよく考えれば手足を切り落とした時点でこの地獄ではとても生き残れないかもしれない。となると期せずして生物淘汰を行い良さそうな奴がいれば生き残って私に作品のネタを提供してくれる訳だ。 
 素晴らしい。我ながらついている。
 まあそう考えておこう。実際暴動下のこの状況で、即ち、屋根のある建物の方が珍しくなりつつあるこの状況下で手足を無くしてでも生き残れる人材がいれば、むしろ雇いたいくらいだ。 
 先程からあちこちで爆発音がし、銃声が聞こえ罵声が飛び交い支離滅裂な争いが聞こえてくる。いいぞ、これはこれで作品のネタになりそうだ。やはり争いの中でこそ面白味は生まれるもので、平和などというのは押さえつけて虐げる嗜虐趣味よりも劣悪でしかない。
 大体、押しつけた平和とは何だ。 
 押しつけている時点で平和なのは、押しつけた当人の脳内だけだ。子供のまま成長もせずにいる輩に多い発想ではある。手と手を取り合えばと、そう甘ったれた発想しか持てないからだ。
 馬鹿を言うな、これが真実だ。
 実際、殺し合っている人間達は実に活き活きとしているではないか。痛いのが好きな訳ではないが殺し合いに充足を感じるのは当然だろう。感性が無い私でも理解出来る。
 水を見たら泳ぎたくなるのと同じだ。
 生きていれば、殺し合いたくもなる。
 そんなのは当たり前の事ではないか。
 とはいえ痛いのは御免だ。殺されるのも御免でしかない。なので襲いかかってくる奴は可能なら手足のみで生かそうかと思ったが、やめだ。
 全力の殺意で挑むとしよう。
 少々苛烈だが、その方が生き残りに期待出来るからな。私の殺意から生き残れるなら相当だろう・・・・・・半分は借り物の力だが、殺意だけは別だ。 力と殺意は別物だからな。
 幾ら借り物の力が大きかろうと、その力を振るえなければ意味がない。何であれ、同じだ。
 殺意に才能は要らないしな。
 ただ殺すだけだ。生きる為に首を求める。
 そこに素質も才能も無い。誰にでも出来る。
 やろうと思えば、だが。
 こんな風に殺人風景を眺める時ですら執筆の事を考えてしまう時点で、いつのまにか時間が過ぎ去り語れてしまう時点で「作家業」以外の適正は私にありそうにない。その自認を最終的に求めるのが人間の到達点であり順序が逆だと以前、何人かに言われた事がある。
 だが、それは当たり前の事なのだ。
 むしろ生涯を賭けて、そこから始める。
 その答えを手にするのが人生を終えてからとは幾ら何でも遅すぎる。己の生き方も決めないで、甘ったれた思想で流しているからそうなるだけだ・・・・・・本来は、その答えありきの「生」なのだ。 私が異常なのではない。むしろ逆だ。
 おかしいのは貴様等の方だ。
 反省しろ、馬鹿め!
 その程度、私は自我が芽生えた辺りから初めていたぞ。何を成さんとするのか、考えてみれば、そればかりを考えていた子供時分だった。
 何度も言うが、異常なのは私ではない。
 むしろ貴様等だ。そんなので大丈夫か?
 私に言われたらお終いだぞ。
 目的に辿り着けないのは論外だが、だからって目的ばかりに目を奪われるのも本末転倒だろう。最近だと株式取引を年中缶詰になって眺めている奴が多いが、しかしそれは独房で生活しているのと変わらないではないか。
 稼いだ金を使えないのでは、意味がない。
 資格を取ればとか、財布が厚ければとか、何故己の在り方一つ固定できないのか不思議だ。私に言わせれば、戦う理由も見つからない奴が、戦車を購入して何になる?
 これこそ本末転倒だ。大金を儲けて自炊もせず簡易ベッドで寝る毎日を送り、それで「成功者」だとの言われたところで説得力がない。肝心の金をブランド品に使うしか脳がない奴に、どうして金の使い方が分かるというのだ。
 金は稼ぐものではなく、使うものだ。独房生活を強いられているのと「結果的に」変わらないのであれば、そんなのは敗者以下だろう。
 私が言うんだ間違いない。
 どいつもこいつも、仕事をしろ!
 偉そうな事は仕事を見つけてからほざけ。
 仕事の概念も知らない奴に、語る資格はない。 第一、人類社会において「革命」など、ただの一度として行われた事はない。結局は体制を破壊した側が既得権益を確保する為の抗弁に過ぎない・・・・・・「民衆が中心の社会」が一度として成った試しがないのがその証拠だ。
 民主主義だと口にしているだけだ。
 民主主義という名の搾取形態に過ぎない。
 だから、この暴動に成果など無い。どれだけのアンドロイドを殺し、どれだけ人間の権利を主張したところで、得られる物など無いのだ。
 
 あれはああいう「時代」だった。
 
 そう言い訳して誤魔化すだけだろう。自分達は時代に翻弄された「被害者」なのだと情けなくも言い訳し、そのくせ今のように「大儀」を叫んでその為に殺す。迎合しない奴が悪いのだ。しかし終われば被害者気取り。迎合させた奴が悪いのだと口にして、現実からは目を逸らす。
 何とも楽な発想だ。暇そうで羨ましい。
 アンドロイドもアンドロイドで「公共の利益」の為だと農地のある地域に工場を建設し、現地民の生活を阻害しているらしい。
 空港建設もそうだが「国益」という言葉を口にすれば「間接的な殺人」など安い買い物だと思うのだろう。実際に彼らは負担をしないのだから、人様の金で偉ぶっているに過ぎないし、国益ではなく当人達の利益を求めているだけだ。
 正義。
 大儀。
 国家。
 公共。
 民族。
 世界。
 人間。
 社会。
 国益。
 これらは全て「自己保身」と言い換えて良い。 そのままだ。己の利益の為でしかない。
 所詮そういう誤魔化しを使わなければ正当化も出来ない出来損ない共が、持つ側に偏る不出来な社会形態のおかげで「支配者気取り」をしているのが大きな問題だ。気取っているだけで責任など当然のように果たさないから、国民もこの様だ。 個々人が組織として動かなければならない。
 優先するべきはそれだ。枠組みで誤魔化すから己の立場で考えない。枠組みに沿ってさえいれば役割を果たした気になるからだ。生憎だがそれはただの「思考放棄」であり「無能の言い訳」だ。 私の口先が足りないからこの程度の読者共すら洗脳できないというなら、今後改良の余地はある・・・・・・読者に「考える頭」など最初から期待していない。そんな知能があるなら私の物語はとっくに売れている。売れる物語だから、ではない。
 売れるべき物語だからだ。
 即ち「傑作」だ。駄作を買い漁って、飽きたら捨てる。そのような家畜の知性に期待する奴などあの世を浚ってもいまい。そもそも売れる物語という発想が間違えている。取捨選択して得るべき物を得るのが「買い物」という行いだ。ならば、得るべきかも考えず漁るだけの行為を「買い物」とは呼ぶまい。豚が餌を漁っているだけだ。
 それも、食えるかも分からないままな!
 後になって吐き出すというのだから、正直手に負えない。いつから作家は畜生相手の商売なんぞをしなければならなくなった?
 情けない連中だ。
 恥を知る脳味噌すら期待出来まい。
 この街の現状を見れば、それは明らかだ。 
 そういう意味では生き残りも期待出来ないかもしれない。案外あっさり、全て死に絶える可能性もあると言える。地獄でふるいをかけられるのは生きる上で当たり前の事だが、しかし人間という種族は長らく「生きる」という行為と向き合わず持っているだけの豚が特をする社会形態を生きてきた。
 今更価値が生み出せるのか疑問だ。
 まあいい。それならそれで死に絶えろ。別に、価値を生み出せない奴に興味はない。素質や才能ではなく「何かを生み出そう」としない奴には、何度も言うが生きる資格は無い。生きようとせず遊んでいる奴に、そんな資格があるものか。
 さっさと死ね。酸素の無駄遣いだ。
 安心しろ、誰も悲しまない。
 所詮おべっかで表面上そうするだけだ。価値を生み出そうとしないとは、そういうことだ。
 良かったな、安心して死ねるぞ!
 喜べ。貴様等には反省すら必要ない。
 死ぬだけで社会貢献だなんて、素晴らしい。
 利益だけを見ている奴もそうだが、仕事という行いと向き合わない奴はじゃんじゃん死んでくれて構わない。死ねば死ぬ程、世界は照らされる。 逆に生きていれば、それだけで迷惑だ。
 存在そのものが間違いでも押し通すのではない・・・・・・単に貴様等が何もしなかっただけだ。
 何もしないのだから、権利は無くて当然だ。
 特許だの政治形態だの権利権益にしがみついて何をするでもなく賠償金だけは求める。そういうのは仕事人のする事ではない。
 子供の遊びなら余所でやれ余所で。
 私は暇ではないんだ。その筈があるまい。
 年中無休で「邪道作家」なのだから、当然だ。休みすら仕事に含まれる。だが遊び人の戯言など業務範囲外だ。子供の遊びは子供同士でやれ。
 それが「大人になる」ということだ。
 その点、この惑星は子供しかいないがな。
 ある意味羨ましい噺ではある。年を取るだけで永遠に「大人の苦悩」を知らないままなのだから成長しないピーターパンみたいなものか。仕事をせずに生きるとは、つまりそういう事だろう。
 偉くなったか? 残念。年を取っただけだ。
 ただのそれだけ、経年劣化でしかない。
 資産価値の無くなった廃墟に等しい存在だ。
 人間というのは「現実的な痛み」がないと成長しないと思われがちだが、実際にはそういう痛みがあったところですぐに忘れ、もういいだろうと繰り返す生き物だ。
 何が言いたいかと言えば、そうだな、例えばだ・・・・・・いつの時代も経済的な搾取が問題になっているものだが、権力を握っている存在は法律など守る必要はない。だからこそ暴力ではなく対話で解決しようとする試みの全ては、「現実逃避」にしかならない訳だ。
 世論を味方に出来れば、そも法律など守る必要は無い。さっさと本部に集団で乗り込み制圧でもするか、あるいは当事者の責任者を襲うなりして世論を騒ぎ立てた方がどう考えても現実的だ。
 痛みで「現実感」を理解させる訳だ。
 逆に「痛み」を一切知らないまま生きた金持ちの子供に多いのが「幼児化」だ。理不尽など知る訳もないし、何より「考え工夫し試行錯誤する」必要性そのものが無いまま生きてきた彼らには、痛みから得る物など前提として存在しない。
 まあ痛みから学んだ所でこの様だ。 
 散々痛い目にも酷い目にも苦しい目にも山の様に逢ってきたが、得られる事など無いと断言する・・・・・・・・・・・・むしろ得るのは連中の方だ。
 正直、回り道は無駄でしかない。
 実際、社会的な成功者などその例が類を見ないではないか。だからこそ「努力したから出来た」という浅はかな台詞しか吐けないのだ。
 そのような二番煎じは聞き飽きた。
 貴様等はプログラムなのか? 毎回毎回、努力だの仲間だのを引き合いに出さなければ、勝利に関して何も語れないとはな。情けない。
 私は勝利が欲しい訳ではない。

 己の道を堂々と歩きたい、それだけだ。

 仕事とは、本来そういうものだろう。それを、数字ばかり数えるなら為替でもやっていろという噺だ。そのくせ子供は「金はあるけどやりたい事がわからない」などと甘ったれた台詞を吐くのだから、耳障り極まりない。
 無論、見てやるだけの価値も無い。
 汚物を直視する程、私は暇ではないからな。
 
 人間は狭量か?
 世界は窮屈か?
 摂理は怠慢か?
 
 だからどうした。まして善悪など知ったことか・・・・・・そんな物を気にしていては呼吸すら私には出来まい。存在そのものが害悪どころか最悪だと自負しながら進むなど、自分で言うのもあれだが度し難い悪ではないか。摂理や人間の都合なんぞに合わせていたら、私が生きていて良い理由など世界のどこにもありはしない。
 だがそれは、私の貯金残高とは関係ない。
 故に、知ったことか。
 とにかく「金」だ。先程の噺じゃないが、金があればそのような蒙昧ですら「社会的成功者」であると肯定するのが「人間社会」だからな。私に幸福を感じ取る機能は最初から付属してないが、それはそれだ。心が抜けようが尻尾が生えようが人肉でなければ食っていけなかろうが、その程度の些末事なぞ、私の「仕事」には何の関係も無い・・・・・・・・・・・・よって、考える価値すらない。
 気にして欲しいなら金を払え。
 二秒だけ考えてやる。イチ、ニィ、終わりだ。 所詮その程度の悩みでしかない。
 生まれや育ちを言い訳に出来る怪物属性の奴等が羨ましい。逆説的にその程度の事で悩めるほど理不尽に遭遇していないという事ではないか。
 状況に左右される程度の信条だから、揺らぐ。 怪物を人間が裏切ったり窮地に陥れば善人でも見捨てるのは、その為だ。真に悪人足り得るならそれは無い。「仕事」だからだ。
 不利になるなどいつもの事だしな。
 いやそもそも、不利でなければ悪ではあるまい・・・・・・有利な悪人など聞いた事も無いし、私でも想像も出来ない概念だ。有り得ないだろう。

 無論、必要であれば作るがな。

 幾らでも、何万何億でも、作成してみせる。
 それが「私」だ。だから最悪なのだろうが。
 まあ構うまい。元より生物など、否、非生物であろうとも他の何かを殺して生きている。ならば今更一つ二つ犠牲が増えても問題あるまい。
 権力者なら自分は犠牲にせず利益だけを取るという狡い手を使うのだろうが、生憎私は己自身をとうの昔に炉にくべている。であれば己をくべた分だけ周囲に挑み犠牲を増やしてでも利益を狙うのは当然の事だ。
 でなければ鉄は打てないからな。
 いや、この場合「刀」は、か。
 命を取り合ってでも奪う意志の形だ。
 体の良い「希望」みたいな物を、時代を先取りして見せれば傑作だと勘違いされ評価された作品は多い。それは近未来の可能性だとか人間進化の神秘だったりするが、共通するのは「希望のある未来」という点だ。
 だが、そんな噺を語って何が楽しい?
 刑務所労働の方がマシだ。
 読者共が身勝手に未来を信じる様など見ていて何が楽しい。むしろ不愉快極まりない。作り手が魅せるべきは絶望であり、立ち行かない理不尽でなければならないのだ。未来は希望で溢れていると人間に勘違いさせて対処法も考えさせずに放り出すのは、どんな暴力や権威より横暴だ。
 更なる無様を晒すだけではないか。
 貴様等の未来などこの程度だぞと自認を促し、その上で未来は放っておけば絶望しか存在せず、未来に希望は無いと無理矢理に直視させる。
 それこそが「物語」の「役割」だ。
 絶望させてこそ、なのだ。貴様等の掲げる倫理や道徳など、こうもあっさり崩れるのだぞと教育を施す為にあると言い換えてもいい。物語とは、希望を魅せる物ではない。絶望的な理不尽を魅せ「このままでは滅ぶ」と警鐘を促す為にこそ存在するのだ。
 それを、なんだ貴様等は。
 少しは働け! 仕事をしろ!
 小手先の善意で、よくもまあ誤魔化せるものだ・・・・・・・・・・・・そんなのはただの逃げではないか。 そのくせ恵まれているから生活には困らない。 厄介極まりない。やはり一度絶滅するべきだ。 完全に絶滅すると後から育てるのが面倒だからある程度振るいにかけるのが良いだろう。それはある意味「アンドロイド」などという存在がいる時点で叶えているのが現状だ。
 代わりの効く労働力なら、機械でいい。
 優秀なだけの役割なら、アンドロイドでいい。 綺麗事をほざいて支配者を気取るだけなら人間で良かろうという噺だ。要は、種族の枠なんぞで仕事を誤魔化さず、やるべきをやる奴だけが生き残ればいい。しかし、人間が科学を発展させればそれを牛耳り働きもしない豚が支配者を気取る。 だからこそ、その根元を絶たねばなるまい。
 仕組みからして、そういう連中は生き残れないように仕向ければいいだけだ。アンドロイド共と人間の争いはそれを激化してくれるだろう。私にとっては実に有り難い。どちらが勝利しようが、この「私」にとって都合の良い展開だ。
 さて、その最初の手として私は依頼人の標的であるプログラムを探す事にした。とはいえ標的の保存されているであろう本社ビルは、既に人間の手で破壊されていて原型が止めていない。だが、それでも大切なプログラムを保管する場所だけは無事な筈だ。
 情報が錯綜していて苦労したが、私は殺し屋の苦労話を書きたいのではないから割愛する。第一調べるのは私ではなくジャックだしな。
 人工知能の苦労話など、それこそ知るか。
「酷ぇな先生。俺だって疲れくらいあるぜ」
 ビルに向かって歩いているとそのような文句が聞こえたので、私は適当に答える事にした。
「人工知能に体力的限界などあるまい」
「精神が疲れるのさ」
「ほう。人工知能は精神生命体か」
「思考があれば思考に対する考えがあるからな。先生だって幾ら優秀な知能があっても、円周率を一日中数えてろとか言われたら疲れるだろ」
「確かに」
 人工知能に納得させられる私だった。いや実際この男は色々と目線が違う。人工知能でも環境で性格が変わるのだろうか?
 かもしれない。誰の影響だろう?
 私ではないぞ。会う前からこうだった。
 筈だ。覚えたりはしてないがな。
 目的地に着くとジャックの指示する道筋を辿り金庫室らしき場所へ出た。作品の売上げも、案内通りに進めば楽なのだが、どうでもいい事ばかり順当に進むものだ。
 だが、そこで問題が起きた。
 ロックを解除して中にあるプログラムはどれかと探していた所、火事場泥棒であるらしい人間に見つかったのだ。
「いたぞ、関係者だ!」
 そう叫ぶと容赦なく発砲してきたので、これも正当なる防衛だと考え適当に斬り殺した。仕事に含まれてないので普通に面倒で嫌だったが、そのまま殺される訳にも行くまい。
 こういう時、刀は便利だ。
 銃だと「死」の感触が薄いので、敵側も遊びの感覚で撃ってくる。だが首をはねられた死体なら否が応でも「自分の危機」を認識させる。
 要するに、自分達は死なないと思っている奴が多いのだ。私など毎回死にかけているので感覚が逆に麻痺している気もするが、それでも振るえば振るわれるという当たり前の原則を忘れる事など流石に出来ない。
 それが出来るのはただ頭が足りないだけだ。
 主に「英雄」と呼ばれる連中に多い現象だろう・・・・・・力の差が有りすぎてゲーム感覚で殺すが、一方で自分には「覚悟がある」と思い込んだまま命を奪う。だからこそ、いざ大切な人間が死に、それらの「死」が実感出来るようになると手の平を返して「理不尽」を叫び出すのだ。
 赤子の発想のまま死地に向かうからだ、馬鹿が・・・・・・別に向かいたくもないのに毎回そんな危機ばかり感知してきた私が言うんだ間違いない。
 だから、少し状況を乱せば簡単だった。
 何人か見せしめに首をはね手足を切り落とせば覚悟の無い暴徒の群などあっという間に判断力を失う。後にあるのは集団恐慌だけだ。
 始末を適当に付けて戻るものの、しかし爆破をする訳にも行かない。どうしたものか。などと、事前に準備出来る状況で悩む訳も無かった。
 当たり前だが、想定出来れば対処が可能だ。
 爆弾、というか電磁波を出して精密機器を駄目にするらしい最新機器を既に購入済みだ。無論、最新機器なんていつ駄目になるかわからないので念の為に遠隔操作可能な電子磁石と、ビル丸ごと駄目にすればいいだろうという発想で用意した、配水管にガソリンを流して炎上させる為の装置も既に作動済みだ。
 後は用意したガソリンと、車庫から奪ってきたガソリンをここにばらまいて燃やせば、あたかも暴動の余波で燃え尽きたかのように見える筈だ。 そうでなくても、もう私の依頼は果たす理由があまり無いしな。これではアンドロイド共の立場は当分危うくなるだろう。念には念をという事でそこに止めを指す訳だから、復讐に燃える博士にとっては最高の状況なのかもしれないが。
 手の取り合いで認められた立場など、こういう予想外で崩れ去る程度のものだ。何の価値も力も無いし、それで世界は変えられない。
 その程度で変えられてたまるか。
 子供の砂場じゃないんだ、冗談じゃない。
 ともかく、プログラムの破壊という依頼目的は達成した。正直ここまで早く済むとは思っていなかったが、暴動のおかげで情報が漏れたのだ。
 大切なデータは保存が必須だからな。
 そこを付いた訳だ。泣きっ面に蜂、というやつだが、まあ構わないだろう。想定していた妨害も人間の鎮圧に使われていて労力も少なかった。
 
 
 
 

 万々歳だ。やはり、読者の苦しみは作者の喜びだな。連中が苦しみこちらが儲かるなら、もっと殺し合ってほしいくらいだ。
 とはいえ私が煽るまでもなく殺し合うのも人間でありアンドロイドだ。どちらも心がある上で、その心の醜さから逃げている。心を上等な存在と捉えている内は、永遠に変わらないままだろう。 そういうものだ。
 その余波で顔を覚えられて指名手配でもされるのは面倒だ。元よりそこまでの頭がありそうでは無かったが、適当に目撃者は始末しておいた。
 殺されそうになったんだ。文句はあるまい。
 有っても聞かないがな。覚悟が無いのが悪い。 私か? 説うまでもあるまい。

 この世全ての幸福は、私とは無関係だ。

 いつか改心する事など無いし、色々あって報われる事も無い。そも基本的な価値観が違うのだ。 故に「生きる幸福」など私には無いし、生きているからこそ失いたく無いものなど存在しない。強いて言えば作品のデータを失うのはかなり困るが、それとこれとはまた別の話だろう。心のある奴等の叫ぶ何かとは、根本から違う存在だ。
 生きていても、死んでいても同じだ。
 ただただ、目的を果たす。それだけの存在。
 それが「私」だ。過程における楽しみなど無いのだが、それを「充足」という体で言い張ってるだけに過ぎない。そしてそれで満足できる。
 本来してはいけないのだろうが、出来るものは出来るのだからやるだけだ。案外、本当に魂って奴を悪魔と取り引きして抜かれたのかもしれない・・・・・・だとすれば幸運だ。
 そこだけは、幸運だと言えるだろう。
 子供の頃悪魔を召還しようとしたことは確かにあるが、まさか魂だけ抜かれて約束も果たさずに逃げられるとはな。我ながら商売が下手だ。
 相手が良い物だと勘違いしている商品があれば高値をふっかけるのが常だろうに。まあおかげで私は「邪道作家」として非人間になったのなら、それはそれで結果良ければというやつだろう。
 取引などせずとも、最初から無い気もするが。 まあどうでもいい。そんなのは「余録」でしかない。幸福など元より存在せず、希望など元より虚構に過ぎない偽物だ。何の問題がある?
 あるとすれば「金」だけだ。
 金、金、金だ。幸福があるとすればそれは金がある事であり、実際世界の支配者というのは金があるからこその支配者だ。支配など思いこみだがそれでも他者都合を考えず好き放題出来るのは、確かに幸福と言えなくもない。
 少なくとも「不幸」とは、他者の都合で己の道を阻害される事だからな。何もかも通せるようになればそれはそれで問題を起こすものだが、楽をしてだらだら太るだけなら最適の在り方だろう。そして、そんな在り方を肯定し続けてきた世界の中で、高尚さみたいなものを押しつける奴は現実が見えていないだけの子供に過ぎない。
 試練がどうのという屁理屈は余所でやれ。
 言ってしまえば私のような奴が他にいたのかは知らないが、要するに散々貴様等が未払いで済ませた負債の返済が、今更になって戻るだけだ。  負債を払わない奴の自業自得だろう。
 よって、その為に何人死のうがどれだけ理不尽を押しつけられようが、貴様等には嘆く資格すら存在しない。私にも無かったからこれで平等だ。 何なら感謝してくれてもいいぞ。
 無論、態度ではなく金で払えよ。
 当たり前だが、誠意とはそういうものだ。
 その為なら心など不要だ。魂などその辺にでも捨てておけ。目的、目的、目的だ。些末な精神の有り様など必要なく、ただ目的があればいい。  心ある生き物の在り方ではないが、知るか。
 ならば心持たぬ鉄になればいい。皮肉な事に、本来人の形をした鉄である筈のアンドロイド共が「心」を追い求めているが、生憎とそう心というのは上等な物ではないのだ。無かったところで、別に何に困る訳でも無い。
 それは「私」が保証しよう。
 必要なのは「金」だけだ。
 それに、そういう在り方の方がおもしろいではないか。応援したくなる物語になる。情や道徳で誤魔化して何になる? それより目的だ。
 その為であれば、灰になれ。
 露と消えても戦い続けろ。
 その先に金が、目的を達せられればそれでいい・・・・・・幸運な事なのか、私にはそれを止めようとする奴などいないので、気にする必要も無い。
「先生は物事を難しく考え過ぎるな」
 ふと、ジャックが口にしたので、私は先んじてこう答える事にした。
「安易に成功する事もある、希望を一切信じない姿勢はそういう機会を逸する、か?」
「まあ、そうだ。わかってるのに信じないのか」「信じるも何も、実際にそういう機会に恵まれた事が無いからな。本来なら有り得ない事だが私の道程にとっては珍しい事ではなかった」
 そう、本来なら有り得ない事だ。
 
 全てに成功する奴など存在しない。
 
 それこそ神仏ですら同じだろう。むしろ連中の方が規模が大きい分やらかした不始末は多いが、要点はそこではない。力があろうと同じだという「事実」こそ肝要だ。考えてみれば何とも理不尽どころか歪んでいる現状の気もするが、しかし、実際に「勝利」や「栄光」と言う物を、私の場合川に石ころを投げる事で勝利出来ない。そんな事現実にあるのかと己でさえ思うが、それに対する疑問も幼少の頃に失われた。いや、最初から私に疑問など無かったのかもしれない。
 失敗や敗北が「普通」だったのだ。
 成功も勝利も栄光も私には関係がない。関係の無い事を考えていられる程、暇でも優秀でもない私には疑問の必要すら無かった。
 全てに勝利する奴はいないのだろう。
 だが、全てに失敗し敗北する事はあるらしい。せめて敗北することで実利に繋がれば良かったが今のところそうも行かない。最期までわからないなどと無責任な台詞を吐く阿呆は多いが、実際、このままでは最期までそうなるのがオチだ。
 私からすればこの程度の暴動など、別に日常と大差無い。同じ事だ。特に原因も無く集団心理に影響された馬鹿共に迷惑をかけられるなど、既に子供の頃に経験済みだ。有る意味で、私が生まれ育った環境そのものと言ってもいい。
 理屈など無い。
 対話など無い。
 希望など無い。
 最初から、当たり前の事だ。そんな事を今更、私が見たから何になる? ありきたりというか、既に見飽きた作品のネタなど参考にもならん。
 むしろ、正当防衛の弁が立ちそうなこの状況は幸運だと言える。堂々と殺人が出来るので不要な気を払わなくていいし、手間も省けるからな。
 これが半端な暴動なら、逆に大変だった。
 人道を気にしながら殺しにかかってくる奴等を抑えるなど、幾ら貰っても割に合わない。そんな無駄手間をするなら指名手配された方がマシだ。 そのやり方ではどう考えても殺されるしな。
 炎上する本社ビルを眺めた後、私はその場から離れる事にした。したのだが、どうも目を付けられているらしく、先程から刺客が耐えない。
 大人気だ。嬉しくもない。
 表に立つべきは、私の物語でありその売上げであって、私自身ではない。大体、この刀であれば血は基本飛ばないが、私は精肉屋ではない。 
 
 何が悲しくて人間など解体せねばならんのだ。 
 いや、アンドロイドもいるのか? 何にせよ、私は金も貰えない殺人など御免だ。借り物の力とはいえ、遊びで振っている訳ではない。殺す度に金が貰えるならやる気も出るが、綺麗事ばかりを口にして「倫理観」みたいなものを掲げて殺しを正当化する汚物の相手など、してられるか!
 私の職業を何だと思っているのだ。
 作家だぞ、作家。それも「邪道作家」だ。金を至上とし物語で世界転覆を志す奴が、何故こんな労働に身を窶さねばならないのか不思議だ。
 世の摂理は既に狂っている。
 ならば殺しても、むしろ賞賛されるべきだ。
 感謝感涙しながら摂理ごと殺されるがいい。
 こういう連中に限って「大切な物の為なら本来以上の力で頑張れる」みたいな駄作を持ち上げ、それを自己投影しながら正当化する。だが実際に見れば分かる通り、誰かの為に頑張れるとかいう力があるとして、それは現実には他者利用の為にのみ使用されるものだ。
 使い捨てカイロみたいなものだな。
 少なくとも、私には存在しないので関係ない。 そんな便利な物が無ければ進めもしないとは、楽な人生で羨ましい限りだ。
 味方など必要ない。
 原動力など偽装しろ。 
 大儀も奇跡も後付けの噺でいい。
 被害者気取りなど遊び人同士で勝手にしていろ・・・・・・被害者も加害者も同じ事だ。生きていれば殺人鬼であり、死んでいても大罪人。それこそが現実世界の揺るがない事実であり、多くの凡俗が目を逸らし続けている真実だ。
 被害者気分がある時点で、悪にはなれない。
 悪を名乗る資格が無いのだ。そういう意味では現代、いやあらゆる時代において「生まれついての悪」を名乗れる奴はかなりの少数派だろう。
 つまらない世界になったものだ。
 これから増やせればいいのだが。
 いや、増やしてみせる。それでこそ、邪道作家として悪の華が咲くというものだ。悪人を気取る小物や綺麗事を語る正義の善人など不要だ。
 世界に必要ない。
 ゴミはさっさと捨てなければな。
 ならば、この暴動もゴミ処理の一環として行うまでだ。とはいえ給料も出ないので適当にこなすとしよう。給料分の労働は、既に終わった。
 後処理というか、現場責任だ。
 文句があるなら法的に証明するんだな。  
 無論、私に口先で勝てる奴など存在しないが。 カエサルが百人いてもヒトラーが千人いても、真正面から打ち破る自信がある。まあ、ああいう大勢を動かす弁論述とは根底が違うので、比べる相手としては不相応だ。とはいえ集団相手ならばどうにもならないが、個人相手なら上回れる。
 何の役に立つかは知らないが、事実だ。
 物語は、その技能を最大限に活かせる職業だと言えよう。一円にもなっていない、どころか結構な金をつぎ込んでいるので収支は赤字だが、私に出来るのはその程度だ。その程度で何とかするに越した事はないが、しかしやはり無理がある。
 他者の心を切り刻み、改変する。
 要するに心を合法的に殺傷し作り替える兵器、それが「物語」という殺戮機構だ。しかし読者にその大層な「心」が既に無い以上、物語に他者の心をどうにかする事など出来まい。心どころか、読者には知性すら欠片もないからな。
 猿に文字を読ませたところで無駄な事だ。
 徒労にも程がある。まったく、いい迷惑だ。
 正直、幾ら金を貰っても足りないぞ。
 物語を勘違いして「己の力であれば、幾らでも傑作を作れる」と長い年月を費やした傑作の執筆を放棄し、新しい駄作を作る愚か者としか言えぬ作り手がいる。彼らは私とは真逆で、それらしい苦難しか味わった事がないからそうなる。
 物語が心血注いだ「兵器」である自覚がない。 だから、容易に捨てられるのだ。
 今までの成功が、勝利が、己の力だけで出来たのだと思い込む。運が味方しなければどのような傑作でも表には出ないという当たり前の事実を、彼らは「努力の力で克服した」と自惚れに等しい思い上がりの独善で誤魔化しているからだ。
 失敗と敗北続きであれば、こうはなるまい。
 だからって売れないままでは困るがな。それにそれでも連中には金がある。仕事に対して対価が払われずとも納得出来る理由など、存在しない。 実は糧になっていた、など理由にもならない。 だから何だ。それはそれ、これはこれだ。金を払われずとも良い理由など、無い。それだけは、絶対に有り得ない。それこそ子供の理屈だ。
 仕事をしていれば、絶対に出ない台詞だ。
 それが何であれ「仕事」に「報酬」が無くても良い理由など、無い。苦労が後から肥やしになるとか、そういう屁理屈は必要ない。金だ。
 金、金、金だ。 
 すぐに金を手にすると破滅をもたらすとかいう言い訳も要らない。当人の金の使い方など周りには関係の無い事柄だ。要するに歪んでいるので、それによって迷惑を被っているのが「私」なのだろう。第一、物語を作家が売らなければならない社会という時点で、既に役割が破綻している。
 本当に、迷惑だ。 
 綺麗事を並べる暇があるなら仕事をして欲しいものだ。仕事が何か理解する脳細胞も無いので、指摘するだけ無駄か。本当に使えない奴等だ。
 生きているだけで迷惑な連中だな、全く。
 やはり人間には生物淘汰が必要だ。もっと殺し合わせなければ私のような奴に負担がのしかかるだけで、養われるしか脳がない癖に運だけはある「自称仕事人」の屑共が蔓延るだけでしかない。結局は、その下手を私が押しつけられる。
 いい加減、うんざりだ。
 本当に疲れる。私は保育士ではないのだがな。 社会丸ごとなんて、面倒見てられるか。暇じゃないんだ。貴様等とは違ってな。いっては何だが物語で読者共が「成長」する事など無いし、徒労でしかないのだ。そもそも、生物学的に考えても生物は「進化」などしない。
 
 猿から人間にはならないのだ。
 
 でなければ中間型の化石が発見されて然るべきだろう。生命の無い場所から生命が生まれ徐々に進化し別生物になる。そういう洗脳教育が最近は多いらしいが、まさかだろう。そんな訳がない。 進化、という言葉そのものが人間の嘘なのだ。 生物は「進化」などしない。生物はそのまま、さして本質は変わらないまま生きるという事が、既に科学の力で立証されているからだ。故に猿は猿のまま、人間は人間のままだ。成長などしない・・・・・・・・・・・・いつの日か人類が成長し、進化した存在として新しい未来を切り開く事など無い。
 ただ科学の力で押し進めているだけだ。
 この暴動もその証左だと言えるだろう。なので私の行いの全ては「徒労」だと言える。進化する機能が搭載されていない個体に対し、成長を促す物語など愚の骨頂ではないか。生命としても人はどこから降ってきたのかも分からない種が原因で地球外から生まれた侵略者だ。元より自然の中にいない概念であり、余所者でしかない。
 全て、ただ力で押し進めてきただけの物だ。
 ただのそれだけ。そこに誇りなど無い。大昔の人間は文化を形成し科学を発展させてきたがそれだけだ。戦争は無くならないし和睦を結んだ所ですぐに裏切る。目先の利益を追いかけるだけで、偶然生まれた過去の傑作に縋る分際が「編集者」を気取る狂った世界に、成長などある筈もない。 人間は「必然による勝利」が好きだ。
 まるで未来に可能性があり、努力次第で成功を掴める、かのように思い込めるからな。しかし、実際には人間が生まれた事さえただの「幸運」が味方しただけなのだ。人類史が先に進んできたのも運に恵まれた奴が右から左に押し進めただけで不可能を可能にした事例は未だ存在しない。
 太鼓の大昔から、そのままの据え置きだ。
 強いていうならゲームと漫画、娯楽小説や絵のような文化には価値があるが、しかし「人間性」みたいな物が先に進んだ事は一度も無い。
 人間は生物として「前に進まない」事実が証明されている生き物なのだ。実際、何億回繰り返し戦争をしたところで、このように心理的な原因を作ればあっさり大多数がそれに傾く。とかく人間という生き物は単調に作られているからだ。
 作り手がいるなら取材したいくらいだ。
 一体、何を考えて作ったのかとな。まあ私なら娯楽作成にのみ期待を向ける。案外人間が世界に生まれた理由は、それなのかもしれない。
 娯楽以外に誉められる部分など無いしな。
 まあいい。本題はそう、読者に成長を促すなど愚かの極みという事だ。そも進化する機能を搭載しない生き物に、期待する方がどうかしている。 それでも私はやらねばならなかった。
 おかげで大いに迷惑してるからな! そうでもしなければ落ち着いて本も売れない。実際、進化しない愚かしい編集者ごっこを繰り返す阿呆共の為に、私は要らない苦労を強いられている。なら連中を洗脳してでも使えるように組み替えようとするのは当たり前の事だ。
 まったく、要らない苦労だ。
 迷惑極まりない。娯楽を創造出来ない不始末な人間を皆殺しにして、いや文化形成に役立たない人類でいいかもしれない。何にしろ現状の人間は多過ぎる。単純労働をするしか能が無く、しかも行動に移す意志も無い人間など必要ない。
 そういうのは機械で十分だ。無くていい。
 貴様等に判断できないなら私が代わりに判断をしてやろう。いいか、良く聞け・・・・・・何であれ、仕事を成功させるのは至難だ。私は誰よりも良く知っている。しかしだ。困難だからといって利益だけを追い求め、あまつさえ己の存在理由を世界に示そうともしない奴に、生きる価値は無い!
 価値を示さないから、ではない。
 価値が示せるかなど分かる筈がない。売れ行きを先に知れるならこのような苦労はしていない。だが、それでも示す為に行動せねばなるまい。  それが「仕事」というものだ。
 社会的規範で誤魔化して、己にしか示せぬ価値を示そうとしない奴に、生きる資格などある訳がないだろう。生きようとしていないのだからな。 だから、もう一度言う。
 貴様等の大半は死ななければならないのだ。
 心当たりがあるならそうなる。己にしか示せぬ価値を示していないなら、そういう事だ。それはただ「運良く生きているだけ」でしかない。
 社会的な成功など、その最たる例だろう。
 成功していれば仕事をしているとでも思い込む輩は多い。馬鹿馬鹿しい。そんなのは金を稼いでいるだけの機構に過ぎないではないか。別に当人である必要が無い。つまり、稼ぐ為の機構として踊っているだけなのだ。
 いや、この場合、周囲に踊らされている。
 情けない。他にやる事はないのか?
 ないなら探せ。出来なければ死ね。
 人間に「進化」などという便利な機能は無い。あるのは「変化」だけだ。ある範囲内で使えて、無い範囲に手が届く事など無い。
 努力で何とかなるなど、ただの甘えだ。
 努力で何とかなる程度の人生しか送らないからそのような浅はかな台詞しか出ないのだ。少しは不可能に向き合ったらどうなのか。
 まあ貴様等には無理か。
 その機会が無ければ、考えもすまい。
 そして経験したから言える。絶対にそのような経験は役に立たないし、あればあるだけ勝利から遠ざかるただの「無駄足」だ。
 その無駄足をするしかないとは、嫌な噺だ。
 逆説的に「運が全て」である事実を自分で肯定しているのだから酔狂にも程がある。実際幸運に勝る要素など無い。それが「全て」だ。
 進化の無い世界が裏付けだと言えるだろう。
 ただの偶然に過ぎない産物を「意志の力」だと誤魔化してきた結果が今の人類の姿だ。一目瞭然で己の利益しか考えない政治家が国勢を動かし、さしたる労力も払わない天才が業界を牽引し引退すればすぐに忘れられる。
 何もかもがその「事実」を示している。
 ここまで分かっていながら他の道がないというのだから、どうしたものか。正直私に出来る行いなど既に終えている。後は他次第なのだ。
 そもそも作家が執筆以外で仕事を止められる、というのが既に異常だ。その一方で、遊び呆けて「最初から売れる作品が欲しい」などと甘ったれた台詞を吐くゴミが「運が良い」という理由だけで勝利者となり「成功の法則」を語り出す。
 そしてそれを読者が喜んで読むのだ。
 貴様等が豚にも劣るという私の判断は、非常に理に適った客観的事実だ。自分達が物を考え未来を忖度してきたとでも思っていたのか?
 貴様等にそのような知能など、存在しない。
 あると思い込んでいるだけだ。猛省しろ!
 知生体を気取ってすみませんでした、とな。
 私か? 私は人間だと思った事も無いし、故に己を「生き物」だと考えた事も無い。だからこそ何の関係も無い噺だと言える。
 少しは私に対する迷惑も考えろという事だ。
 反省しろ馬鹿め! 私に言われたらお終いだぞ・・・・・・非人間に人間性を語られるのだから、既に立場など無いがな!
 これで読者に期待など出来る筈もあるまい。  するだけの価値があると、思うのか?
 断言してやる。無い。時間の無駄だ。現に物語を広める事さえ出来ていないではないか。いや、この場合「やろうともしていない」のか。
 いずれにせよ情けない限りだ。
 そこで延々と過去の傑作にでも縋っていろ。
 私は先に進む。貴様等と違い暇ではない。仕事に忙しい身でな、言い訳しながらぶくぶく太れるだけの余力も無いのだ、一緒にするな。
 分を弁える、という言葉も知らないのか?
 なら知っておけ。私が迷惑するからな。
 
 この世は所詮「楽が出来るか否か」だけだ。
 
 全ては運不運、それに尽きる。実際仕事が何であるのか考えもせずに数十年の堕落した年月を、ただ「過ごしただけ」の奴は幾らでもいる。
 そして、そういう奴こそ「幸運」のおかげ様で勝利し、栄光を掴んでいる。努力したからとか、苦難を乗り越えたからとか、辛い時に何かが支えてくれたからだとか、全てただの情けない言い訳に過ぎない。無駄は無駄、徒労は徒労だ。ましてその過程に後付けの価値を虚飾するな。
 そんなものはない。
 苦しみは、ただ苦しいだけだ。この世の誰より私はそれを、良く知っている。苦難や苦痛の数々が後から役立った事など無い。ただ苦しいだけでただ痛いだけでただ無駄な徒労なだけだ。
 文字通り、何にもならない。
 強いて言えば物語になったが、その物語は所詮運の波に乗れるかだけの代物だ。馬鹿な読者共が調子良く流行に乗せられて買うように仕向けれる「幸運」あってこその商品に過ぎない。
 事実、ただの運不運ではないか。物語に限らず全ては運次第。偉そうに説教を垂れる愚か者共に限って何も成し得ず、言葉は軽い。しかし言葉の重さ軽さなど幻想だ。要するに「重いという事」に出来れば内容など何でもいいのだから、言葉に意味など無いし、力など宿る筈もあるまい。
 権力による押しつけ、それが言葉だ。
 才能ある選手の言葉だとか、要するに運が良いだけの成功者達に「運以外の面でも勝てる」と、そう嘘八百の希望に乗せられ現実逃避をする為にある小道具に過ぎない。少なくとも人類が栄えてからというもの、物語はそう成り下がった。
 既に「人間」など絶滅しているのだ。
 己の知能で考え、行動し、新しい道を切り開いていく存在を「人間」と呼ぶならそうなるだろう・・・・・・だから、絶滅した後に生まれた時点で私の物語には読み手がいない。最初から手遅れ、戦う権利すらないとは私らしい結末か?
 嬉しくない。皮肉を言う気分にもならない。
 今更だが「執筆」というのは最低の気分だ。
 最低最悪の劣悪な状況だからこそ書く、のではない。忌々しいが「仕事」だからだ。貴様等暇人と違って私は遊びで書いている訳ではないのでな・・・・・・・・・・・・遊び人には死して尚、わかるまい。 その脳味噌があるとは思わない。
 思われるだけの価値があると思い込む時点で、死刑が生温い傲慢だ。それを知性だと考えるなら知生体など絶滅した方が遙かにマシだ。
 その癖、ちょっとばかり迫害されたり理不尽と言えそうな経験をすれば「被害者面」だ。正直、これでどう運不運以外の要素を見出すのだ?
 そんな奴等そのものが、幸運の産物だ。何せ、才能でも生まれついての能力でも何でもいいが、要するに私みたいに無駄な労力は払わないのだ。 未払いのままで、生きている。
 羨ましい限りだ。それなりに苦労はしたのかもしれないが、だから何だ。それでいいなら苦労をした上で無駄足ばかり踏まされる私は慰謝料でも貰って豊かな生活を送れるのか? 見たところ、その兆候はまるで無いがな。
 どころか、仕事の労力が全て水の泡だ。
 嫌になるのも飽きてくるなど序の口だ。むしろただただ疲れる。疲れだけがそこにある。
 だから苦労したらどうのこうのと抜かす愚か者は嫌なのだ。己の苦労なんぞを語れる時点で運に恵まれているではないか。
 私なら、面倒だから語りもしないぞ。
 いいか、良く聞け・・・・・・若い頃の苦労などゴミでしかない。疲れるだけだ。苦労したから報われ困難あるからこそ勝利出来るだと?
 馬鹿馬鹿しい。寝言は寝てから言え。
 例えこの先どれだけの金を積まれようが、私は決して忘れないだろう。苦難云々、では無論だが無い。そんなのはどうでもいい事だ。
 
 勝者の言い訳が存在する、という事実だ。
 
 とどのつまり幸運の要素が無ければ何事であれ勝利など不可能だ。だが人間というのは愚かしい事に、それらを「個人の力」だと思いたがる。
 誉められたがる時点で偽物だというのにな。
 後の賞賛など全て売っぱらっていいから今すぐ金に換えて欲しいものだ。第一人間嫌いが人間に賞賛されてどうする! 新手の拷問か?
 嫌な物を見続ける事で修行にでもするのか?
 余所でやれ、余所で。私は忙しい。
 いっそ私ならその「幸運の在処」を適当に作り賽銭で儲けたいくらいだ。可能なら表に立たせる代役を雇い、歌と美貌で世界に羽ばたかせ、私の物語を書いたという事にして売らせたい。
 後の書物に刻まれて「得」があるのか?
 まああの世なんて物があれば待遇保証出来ないのは困るがな。その時は裁判でも起こすか、続編を読むのを諦めて貰うしかなさそうだ。
 読みたがる奴なんてのがいれば、だが。
 そもそも今更だが何故売れもしない、どころかアテがある訳でもなく業界には遊び人の屑のみが存在する状態で書いているのだろうか。
 簡単な話、それが「仕事」だからだ。
 遊び人の屑共とと違って運良く儲かればやるし運良く儲からなければやめるような遊びではないので、途中下車などという概念は無い。
 それで貧乏くじを引くのだから、嫌な噺だ。
 無駄な労力にも程がある。まさしく徒労だ。
 嬉しくもない。だから過程を美化しようとする愚か者は嫌なのだ。そういう輩は大抵物事の裏側を知ろうともせずに世界を語る。
 だから全てがズレている。
 情けない連中だ、全く。
 特に「公務員」を名乗る連中には気を付けた方がいい。言ってしまえば国を運営する為にいるのが公務員だが、私は未だかつて手抜きや天下りをせずに運営されている国家など見た事がない。
 要するに「無職の集まり」なのだ。
 偶々権威を動かせる立場を形成しているだけ、当人達が「仕事」だと思い込んでいるだけで実体はただの「無職」だ。その証拠は目の前にある。 結果的に、国が良くなったか?
 なっていない。それは断言できる。故に公務員など遊び人の集まりでしかないのだ。ただの無職風情が偉そうに振る舞うのだから呆れる。
 いや、呆れるのにも疲れる噺だ。
 情けない事にそういう輩に限って子供を作り、自身を「立派」だと思い込む。そんな馬鹿の相手をする身にもなって欲しいものだ。いや無理か。そこまでの知能があればそのような痴態を取りはすまい。知性も品性もないからこそするのだ。
 子供を作るのもいい加減認可制にすればいい。誰もが子孫を育む資格があるとでも思うのか?
 分を弁えろ、馬鹿が。ある訳無いだろう。
 そんなだから「誰が食わせていると思っているんだ」なんて情けない台詞で威厳を保てると思う阿呆が出てくるのだ。本来親とは背中を見せ先に繋げるものだが、現代社会において親などいないのが基本だ。
 親だと名乗っているだけの他人に過ぎない。
 要するに後生に何も繋げていないただのゴミ、それが現代の血縁関係だ。運に恵まれただけだという事実から目を背け、それらしい台詞を口にし自分が如何に凄いのか必死に語り出す情けない姿を衆目に晒し、それで「立派」だと思い込む。
 人間など既にいない。それが「事実」だ。
 案外、私の物語も解する知能の持ち主がこの世にはいないから売れないのかもしれない。
 だとすれば、いい迷惑だ。
 何故読者の無能に巻き込まれねばならないのか・・・・・・いや読者だけではない。業界人面して何も成し遂げようとせず、最初から売れる物語を扱いたいなどと甘ったれる無職の屑共も同罪だ。要はそういう屑共に「幸運を与える」世界そのものに問題があるのだろう。
 仕組みだけではこうはなるまい。
 最初から無駄なのかもしれない。
 無駄な奴には、何をやらせても無駄だ。それは私が良く知っている。出来ない奴には出来ない、のではない。やろうとしない奴にやる気を出させようとする試みが無駄なのだ。
 ゴミは、何をやらせてもゴミだ。
 新しい価値を切り開く事など無い。
 何せそのおかげで何年も何十年も長い月日迷惑ばかりかけられていて、連中に目をかけてやって先に物をくれてやっても、連中が期待に答え役に立つ事などなかった。
 これからもそうだろう。
 変革を行い期待するのは「無駄」なのだ。
 真剣に仕事で生きようとすれば、大なり小なり世界に対しての影響を考えるものだが、しかし、手抜きをせず仕事に向き合う人間はもういない。 故に「仕事」という概念そのものが、無駄だ。 実際には無職が世界を回しているのだから当然と言えば当然だろう。幸運に恵まれた無職のゴミに更なる幸運を与え甘やかす。屑同士仲良くする為に過半数を犠牲にし力で正しさを肯定するのが人類が築き上げてきた「文明社会」の「正体」だ・・・・・・・・・・・・その事実から目を逸らすな。
 迷惑なだけだ。遊び人の妄想などな。
 気取った無職のゴミ相手など鬱陶しいだけだ。少しは働いたらどうなのか。これで当人達は立派に働き社会に貢献している(誰も成果を認めないのに、どうすればそう思い込めるのか不思議だ)とほざくのだから、正直手に負えない。
 対話が成り立たない奴に口先も何もない。
 言語を介せない猿相手に、何を聞くのだ?
 だからこそ私は何かを崇拝したり信仰したりはしない。世界がこの様なのに世界の支配者に敬意などある訳ないだろう。何を尊敬するのだ?
 尊敬出来る成果が、今の世界にあるまい。
 無駄、無駄、無駄だ。所詮幸運の有る無しだけで回されてきた世界に、機軸となる理論みたいな物を求める方が履き違えている。残念ながら幸運だけが全てだ。現に、幸運以外何の取り柄もないゴミこそが、世界を謳歌しているではないか。
 所詮、世界などその程度だ。
 とはいえいい加減、その程度の世界につきあうのも飽きてきた。もし今後もこのまま大した成果も出せないまま堕落を続けるなら、こちらも無理してつき合う義理は無い。具体的には結局暴力でつき合わされるのだろうが、真剣に向き合う価値がないのであれば、その意味も消失する。
 適当に流して終わるまでつき合わされる。
 嬉しくない噺だ。結局は無職の屑の都合に無理矢理つき合わされるだけなのだろうか? なら、尚更無駄な徒労だ。ただただ迷惑な話だ。
 
 私は暇ではないのだがな。
 
 仕事をしていると思い込む愚か者にはそれすら理解できないらしい。馬鹿はどこにでもいて足を引っ張るという事か。無職はこれだから嫌だ。
 仕事とは、既に人間が否定した価値観なのだ。 面倒臭い。子供の屁理屈につき合っているのもいい加減うんざりだ。ゴミが世界を語り立派さを口にし働きもせずに偉そうに権威を唱う。
 鬱陶しい、と思ってやる価値すらない。
 何なのだ、こいつらは。これが人間なら人間でなくて大いに結構だ。私は貴様等と違って無職の遊び人ではない。「仕事」があるのでな。
 まあそれも、徒労にさせられるのだろうが。
 第一業界に携わる者全てが無職ではどうしようもあるまい。何でも屁理屈をこねて怒れば通ると思うゴミにはそれすらも理解出来ないのだ。
 
 じゃあ一体何を理解出来るんだ、貴様等は。
 
 私は今まで味方などいないと考えていたが違うらしい。知性ある生命は既にいないのだ。だから仕事を依頼しても「頑張りましたが出来ませんでした。けどやる事はやったのでお金は下さい」と子供でも言わないような台詞が平気で出てくる。 ならばやはり、思想など不要なのだろう。
 全てが無為だ。そんな時代に生まれた時点で、仕事をする行いそのものが無駄だろう。不可能を可能にするのが仕事ではあるが、だからといって無職の屑が尻拭いを押しつける事を正当化されても始末に困る。
 貴様等は甘え過ぎだ。
 いいからさっさと仕事をしろ。
 出来なければ死ね。生きる価値など無い。
 何度同じ事を言わせるのだ愚か者が。情けない奴等だ。何度でも言うが私は保育士ではない。
 作家だ。金も払わず良く文句だけ言えるな。
 こうも真摯に語り続けている私の姿を見て恥を感じる感性もないのだろう。となると別に私だけ特別なのではなく、今の人類に感性は無いのだ。 既に心を語っているだけで、心は存在しない。 そうかもしれない。その方が説得力はある。
 情けないその様を見れば、それも当然か。
 
 確かに、生きるには張り合いが必要だ。
 
 ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活を求めている私だが、むしろ刺激そのものは好むと言って良い。要は内容次第だ。それとも、もし私が金を手にしてしまったなら、その刺激の全てが失われるのだろうか?
 いや、それは無い。物語がある限りは。
 だが、それら刺激が無さ過ぎる事で人生を破綻させる奴も多いようだ。株式で金を簡単に稼ぎ、人生が簡単に感じる事で、「生きている実感」が感じられないと身を投げる。刺激が無さ過ぎれば当たり前だが生物として肉体は不活性化する。
 照応する存在が無ければ活動できないのだ。
 とはいえ私の場合刺激というより過度の苦痛を押しつけられている状態だ。無職連中の言い訳を聞かされた挙げ句、今回のような騒動に巻き込みその尻拭いさえ押しつけられる。生憎だが、ただ痛みを押しつけられているだけだ。
 文字通り、何にもならない。
 冗談じゃない。そのような屁理屈で現状を認めるつもりは一切無い。一切だ。大体現状の社会で適度なストレスというのは勝者の身勝手な都合を実現させるからこそ成り立つ富の形だ。人間は、むしろ困難を克服するのではなく楽して搾取する事にこそ「生き甲斐」を得られるからな。
 まして私は人間ですらない。
 困難を押しつけられる覚えなどない。
 よって、実質ただの徒労だ。ただただ、徒労を重ねているだけで、過程における困難など、私に言わせれば経験するだけ時間の無駄だ。
 現に、楽して成功する奴こそ世界を動かすではないか。政治家も大富豪も才能あるアスリートでさえも、全て「持つ側にいる」という理由が無ければ、連中に一体何が出来る? 
 努力したから成功できた、ちょっとしたコツがあった、仲間がいたから勝利した、その程度の、浅い台詞しか吐けない凡俗に?
 現実にある理不尽を覆せると思うのか?
 無茶を言うな。しかしそれに乗っかるしかない現状も確かにある。何せ皆が根底では所詮運不運であり、彼らの妄言を信じるフリをして誤魔化しをするのが「楽な生き方」だと理解している。
 そして実際、楽な生き方が全てだ。
 困難な道を進んで成功に向かうのは物語の中で現実ではない。現実には、もっともらしい困難の数々を並び立ててはいるが、その根底にあるのは先に言ったような要素なのだ。それこそ人類史における様々な英雄胆が分かり易い。
 特別な力を持たず、知恵だけで解決する。
 かつてそのような噺が人々の心を惹き付けた事があったか? 無い。ある筈があるまい。それは理不尽を覆すには特別な力でもないと無理だと、皆がそう理解しているからに他ならない。人間の歴史は理不尽な力で相手の都合を無視し、利益を追求する過程を記した軌跡でしかない。
 人間の夢見る気高さなど、その程度だ。
 所詮力に裏打ちされて動かしているだけでしかない。その辺りは怪物連中も同じだろう。彼らは特別な力があるから怪物だと認識されるのでありその力さえ剥げばただの人間と何ら変わるまい。 金持ちに生まれた子供と同じだ。
 何一つ、差異など存在しない。
 仮にだ。ドラム缶みたいな形と性格の女がいたとして、そんな奴には人間でも怪物でも化け物でさえも振り向く筈があるまい。いや、私なら振り向くかもな。上から三百、三百、三百。まさか、あれが横綱って奴か! と。
 とはいえ普段からストレスが無く、その場凌ぎの即物的な誤魔化しで「生きている」と嘘をついていたからこその、この結末だろう。暴動などというのは普段から闘争に身を置く者からすれば、流されて行うのでは当然だがない。意図的に行い実現させる「手段」でしかないのだ。
 だが、その夢から冷めて後から後悔するのが、今暴れている連中の真実だろう。彼らは生きるという行いに対して、真剣に考えた事など無い。
 だからこその「今」だ。
 満たされれば満たされる程乾いていくとは贅沢な悩みだ。楽な人生で羨ましい。散々そういった道を歩いておきながら後から刺激を求めるとはな・・・・・・・・・・・・以前、ジャックが私に「本来人間が追い求め最期に手にする物を既に持っているから先生はバランスが取れている」みたいな事を口にしていたが、冗談じゃない。
 本来、生きる上で手にするべき刃なのだ。
 拳であり、刃であり、金であり兵糧だ。だからそれを伴って進む事を「生きる」と呼ぶ。ならばそれを持つのはむしろ前提でしかない。
 責任を放棄して義務だけ押しつけられても始末に困るという噺だ。勝手に放棄したのは貴様等であり、私は仕事を全うしているに過ぎない。
 それを、足を引っ張られているだけだ。
 迷惑な上に身の程を弁えない奴等だ。あれこれ言う前に「仕事」をしろ。恥を知れ馬鹿が。
 まったく、どいつもこいつも嫌になる。
 この人間世界で唯一、超能力など無くとも完璧に「無かった事」に出来る物がある。それは努力だのという労力の類だ。現実に世界を動かすのは「力」であり、それ以外には無い。高尚そうな、あるいは意義のありそうな行いなどただのゴミであり、存在しないものだ。
 物事の「過程」は簡単に消えて無くなる。
 元より結果の出ない労力など存在しない物だが過ぎ去ってしまえば「労力を費やした」という、その事実そのものすらも「無かった事」になる。 そういうものだ。
 現に、人間が今まで培って来たと思い込んだ、様々な「成長」というのは存在しない。権力者が圧制を振るえば民衆の人権が消え去るのと同じだ・・・・・・結局の所、運良く恵まれた連中が、力だけで動かしてきたからこその現代なのだ。
 それ以外に、人類に残された物など無い。
 ただの、それだけだ。これでよくもまあ人間性の尊さみたいな概念を語れるものだ。思うに人間という奴は恵まれた馬鹿を優遇し過ぎた。
 後付けの言い訳の癖に、そこに尊さを置く。
 そういった言い訳、臭い物には蓋をの精神で、実際には「人類史が進んだ事など一度も無い」という現実から目を逸らし続けて来た。少なくとも高度な経済社会とやらを築き上げてきてからは、人間が進歩、成長した事など一度として無い。
 人間の歩みは、全て無価値なゴミなのだ。
 まあ真実などそんなものだ。いや、この場合は世の真理とでも言うべきか? 何にせよこの世界における確固たる事実としてそれがある。
 それらに対する学習機能として価値のありそうな物語を作るというのだから、皮肉というか何というか・・・・・・・・・・・・あべこべもいい所だ。
 とどのつまり、それを活かすも殺すも力だが。 その力が些末な運不運で当てはめられるというのだから、救えない噺だ。どうしたって持たざる者には権利すら無い。権利があると変えられるのだと、そう誤魔化して騙し騙し生きているフリをさせるので精一杯ときた。
 情けない。
 ならばせめて「悪意」だけは一人前にしてやるのも先達の務めだろう。私が保証する。悪意には限界など無く、素質も必要ない。
 覚悟。
 執念。
 渇き。
 後は、そうだな・・・・・・病に理不尽に敗北と失敗の食卓を囲み、徒労の繰り返しから猜疑心だけを信じるようにして、その猜疑心にすら裏切られろ・・・・・・それが悪人の第一条件だ。
 他にも山ほどあるが、割愛しよう。
 なに、問題ない。私でも出来る事だからな。
 ちょっとばかり世界を敵に回せる事を喜べればそれでいい。指を指される度に喜び、裏切られた回数分楽しめれば良いだけだ。簡単だろう?
 その程度も出来ないというのだから、この連中は死んでも惜しくはあるまい。死体が多く転がっているが、ゴミの分別くらいしたらどうなのか。 そんなだから私に言われてしまうのだ。
 先程のビルだけではない。あちこちで火の手があがり、京都御所を炎上させようとした昔の侍はこういう景色を夢見ていたのだろうなと感心するくらいには、綺麗な景色だった。
 暴動、死体、破壊。
 ただただそれだけが清流のように広がり、かつ加速度的に広がっている。目的は果たしたので、このまま観光というのも悪くはないのだが、私が巻き込まれては問題外だろう。
 さっさと去るとしよう。
 私がこの暴動の先を見て自発的に起こしたなら全て迎え撃っても構わないが、今回は便乗をしただけだからな。居残る理由はやはり無い。
 人間の暴動などすぐに飽きそうだしな。
 やはり、こんな程度では足りない。人類全てをこれらの暴動を「起こせる側」にしなければ足りないのだ。世界を根底から覆せる程の悪意なんて物があるとは思えないが、悪意だけならタダだ。 費用も資源も必要ない。何ともお得だ。
 ある意味、新世代の資源なのでは?
 とはいえ、殺し合わせたり苦しめれば悪人だと思い込んでいる連中のように遊んでいる暇なども無い。やるべき事を、やるだけだ。
 その点、今回は収穫があった。
 どうやらどれだけ外付けの科学を発展させようが「人間そのもの」は発展しないらしい。人間に発展を促すには、やはり生物淘汰が必要だ。
 私の場合、物語こそがそれだ。
 悪意に耐えられる人材が、更なる悪意を磨いて新しく何かを作り出し、当然の感謝として物語に対して金を払う。つまり、私に財産を差し出す。 当たり前の事だ。
 働きもしない自称編集者や、現実逃避に忙しい読者共にはその良さを理解する脳味噌が足りないらしいので、何とか広める必要がある。
 とはいえ、貧乏くじという気がしなくもない。何故必死に生きようと足掻く私がこのような徒労ばかりを押しつけられ、読者共は金も払わず仕事もせずに菓子を頬張り太っているのか不思議だ。理不尽だと憤る気にすらなれない。
 おかげさまで、いい気味だ。
 ざまあみろ馬鹿共が。精々苦しんで死ね。
 そう口にする暇もなさそうな状況になってきたので、私は早々に暴動の中心から離れ、移動する事にした。
 特に感想は無い。
 強いて言えば、また売る機会を掴めなかったという程度だ。私は邪道作家、売るのが仕事だ。  そして口先だけは天下一。
 相手が神仏でも真正面から裁判に勝利してみせよう。何なら全て纏めて構わない。勝つのは私だからな。カモは何人いてもいい。
 花火があがる。どうやら爆薬も率先して使い出したようだ。正直見ていたいが、無駄に留まっているよりやるべき事がある。
 そう、依頼人への報告、及び作者取材だ。
 
 
 
 
    10
 
 
 
 依頼人の筋肉博士は椅子に座っていた。
 いや、座るというより王座にて待ちかまえる、というのに相応しい威容だ。以来を受ける時でもそうだったが、博士というより武者に見える。
 むしろそれ以外に見えない。
 自前で戦ってビルごと滅ぼした方が早いのではないかと、私も何度も思った。今回は諸事情から出来ない理由があったが、本来はそうだろう。  己の意志で動く存在だ、この博士は。
 この博士に会えただけでも、収穫だと言える。 科学者なんて皆もやしのような存在だと思っていたが、こんな木製の家に大昔の噺に出る怪異の如き巨漢がいるというのは、中々様になる。
 目の保養になると言い換えてもいいくらいだ。 とにかく凄まじい。恐らくはこういう個性など今後どんどん減っていくのだろうが、生き残りもそうだが時代に付いていけない奴はいるものだ。 若者の私に言われたら、人間もお終いだぞ。
 既にそうなっている気もするがな、まったく。 私も椅子に座り、正面から彼を見据える。今回の依頼内容は果たした。少なくとも労働に関してあれこれ言われる覚えはない、筈だ。
「ふん、よくやってくれたな、小僧」
「そりゃどうも」
 若者扱いしてくれるのは何より、いや、この噺はよそう。指摘せずとも私が若いのは確かだ。
 掘り返し過ぎると良い事はない。
 何事であれ、適度に、だ。
 しかし、作家とは難儀な職業だ。本来であれば人間関係なる概念とは「互いの歩み寄り」の力で実現する。無論私が歩み寄ろうとすれば必ず相手は血眼になってこちらに刃を振るってくるので、正直「真っ当な人間関係」の経験は私に無い。
 考えてみれば、奇妙な噺だ。
 経験しなくてもいい事だけは経験している癖に通常であれば誰であろうと経験しそうな人間関係という行いを、しない。いや、物真似とはいえ、私もそう行動した事はある。
 だが駄目だった。
 今にして思えば、だが・・・・・・形状だけが異なる怪物連中と違って、やはりというか本質が異なり過ぎるから生理的に受け入れられないのだろう。 事実、私は彼らを尊重しない。
 対応するだけだ。尊重する感性が無いのでは、同じ生命として扱いようがあるまい。結果的に、私が経験するのは「力で押しつけられる関係」が基本だ。応用的には善意で押しつけた人間関係もあるにはあったが、それは一方的な無理強いで、別に相互理解どころか意志疎通すら無い。
 事実として、私は「対話」をしなかった。
 こちらがどう対話を試みた所で、絶対に相手は己の都合だけを押しつけるのだから、こちらには対話のしようがない。だからした事がない。
 対等な関係で噺をする?
 理解に苦しむ。いや理解は出来るが実現は出来そうにない。私に目線をあわせて話そうとする奴などいないしな。それこそ「教授」くらいだ。
 あれを生命と呼ぶのかは不明だしな。
 だから、私は人間に限らずあらゆる関係性など存在しない。私の性格が悪過ぎるからか知らないが、とにかくこちらの意志は必ず無視される。
 まるでその為に私があるかのようだ。
 ここまで来ると、むしろ感心する。どうすれば一切の相互理解を放棄出来るのだ? いや。私は知らないぞ。いや本当。気がついた時には既に、他者というのは必ず私に押しつけがましい善意で都合を押しつけるだけの存在だったからな。
 こちらが相手を尊重すれば、金をせびられる。 大体そんな感じだ。得をさせてもこちらに利益を運んだりはしない、まさしくいるだけで迷惑な存在であり、害悪そのもの。私にはそれだけだ。 不思議だ。必ず他者が敵にしかならないとは。 普段の行いが良さ過ぎるせいで、神仏とやらが「聖者にする為の修行でもさせよう」とか、その少ない頭で考えたのかもしれない。生憎だが聖者も覚者も似たようなもので、仕事の無い遊び人でしかない。いいからさっさと経済を回せ。
 何の話だったか、そう、確かあれだ。
 何だったか。駄目だ忘れた。いや思い出そう。出来る筈だ。出来なくても問題ない気もするが、毎度忘れてばかりでは頭の体操になるまい。
 そう、相互理解、お互いの尊重についてだ。
 実際、私は尊重などされた事は一度として無いので実感の沸かない噺ではある。そもそもが一つの人格として認められた経験そのものが皆無だ。 誰も私の人権など認めない。
 必ず肩書きで押しつけられたし、何かしら善意をさえずることで正当化され、こちらの意見など聞かれた試しがない。一切の例外は無かった。
 今更ながら、凄い事だ。
 ギネスとかに載って金が貰えたりしないだろうか・・・・・・と、いけない。今は取材中だった。
 なので、私は復讐、と本人が思っているかまず確認する事にした。
「それで、どうだ? アンドロイド共の可能性は暴動のおかげで小綺麗な未来ごと吹っ飛んだぞ」 だが、いぶかしむように博士は答える。
「貴様の力とそれは関係あるまい。目的は果たしたとはいえ、運の良い男だ。まあこちらとしては連中の新技術を破壊できたから構わないがな」
 運の良い男。
 何とも不似合いな台詞だ。労働では運が良い、というのも違う。そもそも目的は果たされていたので無理して暴動までする必要はなかった。別に暴動が無いならアンドロイドに扮して施設を襲うなり、あるいはもっと積極的な攻撃として連中の役員でも拉致し、人間側が失望するような行動を取らせればそれで終わった筈だ。
 わざわざ殺されかけてまで行う事ではない。
 無駄な徒労でしかない。まあ口にする必要など無いだろう。依頼人は満足らしいしな。
 博士は、口元を綻ばせながらこう続けた。
「いい気味だ、木偶人形共め! 絡繰り仕掛けの分際で、この儂に逆らうからこうなる。この儂の研究、即ち人間の進化の可能性を邪魔し木偶人形の改善を行おうなどと片腹痛いわ!」
 ふはは、と呵々大笑する博士。
 余程腹に据えかねていたらしい。まあ、自分の人生を費やした研究を邪魔されればある意味当然の反応でもある。私にとっての編集者みたいな物なのだろう。成る程、それは確かに殺された所で文句は言えまい。
 私は補足として後日談を話した。
「とりあえず、だ。アンドロイド共の新しい技術は勿論、今回の件でアンドロイドと人間の共栄は少なくとも当面の間は絶望的だろう。悲劇をすぐ忘れるのも人間だが、流石に一年二年でこの暴動が忘れ去られる事もない」
 と、思う。
 私なら、忘れるからな。
 たかが集団暴走など、覚えていられるか。私が一体何度それを見たと思っているのだ。些末事を覚えているほど私は暇ではない。一緒にするな。「いい出来だ、小僧」
 言って、彼は札束を差し出した。予想より量が多い。これは幸先が良いぞ、今回の依頼だけでも回さなくて良い連中を大量に敵に回した気もするが、元より私にとって敵でない奴など存在するか怪しい概念だし、疲れた甲斐があった。
 そう思っておくとしよう。
 実際には、何も感じないし思わないが、それで達成感があった、充足を得られた、そういう体で行動するのが「私」だ。
 その為なら暴動の一つ二つなど、安いものだ。 私は一円も払わなくて済むしな。諸経費は既に依頼人に請求済みだ。私に隙は無い。
「毎度あり。次回もご贔屓にと言いたい所だが、生憎私は雇われの身でな。今後依頼を受けるかは分からないが、縁があったらまた会おう」
 無論、金は頂く。
 タダで買える物と聞いて真っ先に思い当たるのは「心」だろう。心ほど安い物はない。要するに卵一つ、いや二つ分程度の価値だ。
 そんな物を欲するなど、どうかしている。
 もしかして頭が足りないのか? 不思議な噺だ・・・・・・・・・・・・悪魔は魂を欲しがると良く言うが、私からすれば不平等交換の原住民みたいだ。
 そんなもの集めて楽しいのか? まあ子供とはとかく無駄な物を集めたがる物だし、ガラクタを収集するのは良くある話だ。珍しくもない。
「もう帰るのか?」
「いや、最期に幾つか聞いておきたい。アンタはアンドロイドと人間の関係性を、一体どう捉えているんだ? 差別か? それとも憎悪か?」
 どれも私情という意味では似たようなものだが分別すれば使えるネタはある。ゴミと同じだ。
 無論、編集者や読者は例外だがな。使い道など無い。無駄には何をかけても無駄だからな。
 現に、物語一つ売れないではないか。
 使えない連中だ、まったく。酸素の無駄遣いをするんじゃない。暑くなるだろうが。
「それは、取材か?」
「ああ、取材だ」
 胸を張ってそう答える。だが、胸を張るのには金がかからないとはいえ、どうやら、胸を張って生きる事には何の利益も無いらしい。
 背筋が悪くならない程度にしておくか。
 健康は大事だからな。それは非人間でも同じだ・・・・・・私の場合、生命ですらないがな。
「ふん、そうさな・・・・・・儂は「時代の流れ」だと思っておる。人間は流されるのが好きだ。それが「科学の恩恵」と呼ばれる概念であれば尚更な。進んでいるのは科学で人間ではないが、それでも進んだ科学を手にすれば己自身も進んだ気分にはなれる」
「その錯覚のままでいる訳だ」
「その通りだ。人類の新しい可能性だのと嘯いてはいるがな、これは「楽」ばかり追い求めてきた自業自得の結末だと感じる。苦難の道程を歩めば嫌でも成長するものだ。成長すれば、例え力だけあろうがどれだけ無意味かも悟り出す」
「だが、アンドロイドにそれは無い」
 彼らに「成長」は無い。
 あるのは「進化」だけだ。 
 過程が存在しないのだ。楽で羨ましい。
「・・・・・・結局はそれが全てだろう? 過程の苦難なんぞ何にもなるまい。表面的であろうが力さえあれば通るのが「社会」というものだ」
 世の中、そんなものだ。
 そんな世界を生きるしか、ない。
 まあ、私はまだ生きられていないのだがな。
「ああ、そうさな。だがそれが問題だと気づいているのに、人間は放置し続けてきた。その結果がこれだ。人間のエゴを叫び出すアンドロイドに、そのエゴを破壊されて暴れ出すアンドロイド達。人間の身勝手な部分、力だけを象徴したからこそアンドロイドは人間に似たのだろう。でなければ儂の研究を邪魔する事もなかっただろうな」
 どうだろう、その場合彼らに人間性の獲得など有り得ないのではないだろうか? 人間性とは、とどのつまり力による押しつけだ。
 他者を利用し、迫害し、踏みにじる。
 だからこその人間性だろう。それがなければ、むしろ人間には近づけまい。
「だから、儂は思うんだよ」
「何をだ」
 何となく予想はつくが、最後まで聞こう。
 ネタは同じでも内容の差異はある、筈だ。
「儂は神も悪魔も信じておらんがな、だがやってきたことに対する結果は伴うものだ」
 面倒だが、一応追求してやるとしよう。
 在り来たりな返答だけでは困るからな。
「馬鹿を言うな。やってきたことに対する結果がつきまとう事など無い。そんな事を言い出したら今の政治家は何回死ねばいいんだ?」
 それでどうにかなれば苦労はしない。
 所詮、そうであってほしいだけの妄想だ。
「そうかもしれん。だが確かに一人二人罪人でも裁かれない事はあろう。あの世でも露見せず天国に行く奴もいるだろう。しかし人間のやってきた事は多過ぎる。一つ二つならともかく、まさしく「膨大」と言って良い量だ」
 成る程、そう捉えるのか。
 それなら、わからなくもない。
 確かに全てが返らないというのは、その場合は有り得ないだろう。常にボールを打ち続ければ、必ずどこかから返ってくるのは必然だ。
「最早誰もそれを止めようとせん。儂等が地球にいた頃もそうだった。たとえば、地球温暖化など誰かがそのうち何とかしてくれると、停電すれば暑さで大勢が死ぬほど環境が悪化しているのに、それらの事実に目を向けなかった。だから地球に住む事も出来なくなり、宇宙に放逐された」
「今度は、それが世界全体で起こる訳だ」
 楽しそうに話す私を訝りながらも、博士は話を続ける。以外と繊細なのかもしれない。
 話を最後まで聞かれた事など、あったかな。
 無かったかもしれない。そういう意味では私は対話をした事が無く、暗闇の中で住み続けている地底人みたいなものか。
 人間を「生物らしい」としか思えない。
 怪物も同じだ。私とは違い「関係性の構築」が出来るらしいからな。私にはそれは存在しない。 人間同士、怪物同士。
 あるいは手と手を取り合って。
 生憎だが、化け物にそれを要求されても困る。土台無理な相談なのだ。考え方の根底に他者との相互理解という嘘を許容しないのだから当然だ。 迫害されて、涙する感性がそもそも無い。
 むしろ迫害されるのが当たり前なので、私には悲しむ理由が理解に苦しむ。これは、感傷論ではなく「そういうもの」という認識があるだけだ。 必ず、邪魔が入る。
 世界とは敵対する。
 そういうものなのだ。
 海を生きる生物に空を飛ぶ生物は理解出来まい・・・・・・同じだ。天国を、愛情を、友情を「良し」とする者達には永遠に共感出来まい。
 地獄を良しとするとは、そういう事だ。
 まあどうでもいいがな。要は金だ。
 不敵に楽しむ私を見て博士は、
「貴様とは争いたくないな」
 と嫌そうに口にした。 
 私も筋肉と争うつもりなどないのだが。
「そりゃ結構。私は作家だ。労働でなければ敵対などせんさ」
 適当に言い捨てて、私は背を向けて外に出た。「その道には、何もないぞ」
 何かを察したのか、博士はそう口にする。
 だが、私は無論、こう答える事にした。
「最初から知ってるさ。だからこそ、盛り上げる為に苦労ばかりしてるんだ」
 適当に手を振って、そのまま前に進む。
 もううんざりだ。書きたくもない。だがしかしそれでも私は書き続けるのだろう。忌々しい事に私は真正の「邪道作家」だからだ。
 儲かりもしない真正などはっきり言ってただの無駄足でしかないが、事実は変えられない。今更道を引き返すなど無理な相談だろう。
 だから、進むしかない。
 利益の欠片もないのでやる気はまったく無いが他に進みたい道も無いのだ。やるしかない。
 ともすれば結局の所、家畜の如き毎日を過ごす連中の方が「幸福」や「天国」に近いのだろう。でなければああも楽は出来まい。
 楽ばかりして、後には何も残らない。
 そういう屑の方が美味しい思いをするものだ。対して私にあるのは物語のみ。何たる理不尽か。仕事が金にならぬ以上の不条理など有るまい。
 だからこそ、適当に行くとしよう。
 所詮個人の労力で出来る事など限界があるからな。私が言うんだ間違いない。更に言えば私にはそういう労力が報われる事は決して無い。
 文字通りの無駄だ。
 何とかして、策を弄しても毎回無駄に終わるのが確定しているのでやる気はまるで出ないがやるしかない。やるしかないからやるだけだ。
 正直嫌で嫌で仕方ない。迷惑な話だ。
 善も悪も知るか。物語の締めは小綺麗に纏めた方がそれらしいものだが、それも意味はあるまい・・・・・・物語の締めなんぞ適当で十分だ。
 成るべくして成るなら尚更だろう。
 成らないなら、やはり尚の事に無駄な話だ。
 空には何も無い。美しい空、輝く星々、しかし私には何も映っていない。ただの「空」だけだ。 未来に希望などある訳がない。
 そんな物は、最初から見てはいない。
 ただ「張った」のだ。何かを賭ける以上、結果を先に知ることなど出来ない。やるべき事はやり遂げている。ならば、後は整えるだけだ。
 それでも無駄かもしれないが、やるしかない。 人間もアンドロイドも、怪物も人工知能も全て私を助ける事だけは無いだろう。少なくとも物語を売る能力は無さそうだ。ならば備えなければ。 必要に応じて、必要が無くてもやる。
 それが「私」だ。邪道作家の生き様だ。
 私は高らかに笑い、己の悪意を信じる事にした・・・・・・・・・・・・言えるのは、悪意と口先において、この私にかなう奴など存在しない。
 故に、勝つのだ。
 摂理も因果も人間性も、全てに私は無視されてきた。ならば蹂躙しても文句は言わせまい。
 この悪意と口先で、勝つだけだ。
 夜空はどこまでも透き通っていたが、どうやら私の目は曇っているらしく、無尽蔵の悪意だけが世界を覆っているように見える。この世界に味方はなく、敵だけが存在し、都合良く倫理や道徳を笠に着て、すぐに暴力を振るい出す。
 それらを語り、悪意を脳髄に刻むのが私の仕事であり、生き甲斐というやつだ。
 故に、諸君等に私はこう言うのだ。
 出来は保証しないが、悪意だけは保証しよう。 無論、金だけは頂くがな。
 
 それが「邪道作家」の生き様なのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 









#邪道 #小説

#連載 #連載小説

#連載長編小説

#オリジナル連載小説

#連載中 #小説連載中

#連載部門

#長編連載小説

#長編 #長編小説

#SF #SF小説

#近未来

#近未来SF小説

#近未来小説

#近未来SF

#ミステリー小説部門

#ミステリー

#ミステリー小説

#ミステリ

#マーダーミステリー

#ファンタジー小説部門

#ファンタジー

#ファンタジー小説

#ダークファンタジー

#SFファンタジー

#和風ファンタジー

#シリーズもの

#怪奇小説

#サスペンス

#アクション

#死生観

#死 #人生

#生き方

#生きる

#自分らしく生きる

#生きづらさ

#今を生きる

#自分らしい生き方

#人生哲学

#人生観

#自分の人生

#未来

#人生の生き方

#理想の死に方


#侍

#サムライ

#武士

#武士道

#後悔しないために

#作家 #執筆

#創作 #作品

#私の作品紹介

#作品紹介

#金儲け

#金

#殺し屋

#殺人鬼

#サイコパス

#オリジナル小説

#オリジナル

#オリジナル作品

#世界 #物語

#人間 #本質

#本性 #縦書き

#縦書き小説

#自己紹介

#本性

 #縦書き


#縦書き小説


#自己紹介


#生きる

 #生き方


#人生


#仕事


#SF

 #ファンタジー


#小説


#犯罪小説

#社会風刺


#社会風刺小説



#未来

 #人生哲学


#有料記事


#人間讃歌



#近未来小説

 #仕事


#私の仕事


#仕事紹介

 


#作家

 #殺人衝動


#殺人鬼


#邪道作家




いいなと思ったら応援しよう!

邪道作家 例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!