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邪道作家2巻  主人公をブチ殺せ 前書き後書き付き 再掲載

邪道作家全巻

新規用一巻リンク

主要記事まとめ 作家宣言付

業界改革案まとめ

テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)


簡易あらすじ

今度の敵は「主人公」───

依頼に則り取材兼殺しという生き方の邪道作家が、資本主義の闇と正義を振りかざす勝つ側へと取材に挑む。

頼んでもいないのに争いに巻き込まれ、外部から見た主人公勢の、悪として排斥される側から見た物語の裏の世界。

無論、くたびれ儲けな訳だが••••••やれやれ。


まあ、正義の最後なんて、あんなものであるのは確かだろうさ──────



   1

 殺して欲しい存在がいて、殺したい相手がいれば私の仕事は成立する。そう言う意味では科学が発達し、それに伴って出てきた、夢を見るアンドロイドなんて奇妙な連中は、私にとって上客となるようだった。
 私はイタリアンレストラン(作っているアンドロイドが、イタリアを知っているのか疑問だ)にいた。そこで食事をしていたのは、私が優雅な一時を過ごしたかったからではなく、知り合いの女に呼び出されたからである。
 名はフカユキ、PNシェリー・ホワイトアウトという、自称アンドロイド作家。
 アンドロイド、人間にもっとも近いロボット、それも人権を獲得した奴らは、その有り余るスペックを執筆業なんてマイナーな業種にまで手を伸ばしてきたというのだから、困ったものだ。
 私はどんどんアンドロイド相手の売り上げが伸び、生活も豊かになってきているので、正直複雑な気分だが、しかし、金を払って私の作品を読むのなら、それは読者だ。
 つまり、商売相手だ。
 なら、せいぜい利用させて貰うとしよう、などと、ひねくれて、悪ぶった言い方をしてみたモノの、未だにアンドロイド達がわたしの作品に熱中する理由が、よく分からないままだった。
 教育衛生上よろしくない話が好きなのかも知れない。そんなことを目の前に座る「仕事」の依頼主相手に考えていた。私の言う「仕事」とは、執筆業ではなく、サムライとしての副業、邪魔者を始末する仕事だ。
 もっとも、最近では取材の意味合いが大きくなっているのだが。
 フカユキは解けない謎を考える名探偵のように少し考え込みながら、
「殺して欲しいアンドロイドがいるんだ」
 と言った。
 アンドロイドも同胞を消す罪悪感を消し去る味を覚えたのか、そういった依頼も増える一方だった。だから、殺しの依頼そのものは、別段珍しい話でもない。
 問題は、
「ただのアンドロイドじゃないよ・・・・・・そのアンドロイドはね、幽霊なのだよ」
 と、言われ、正直その女、シェリーホワイトアウト女史の、正気を疑った。白く美しい髪に、スタイルの良い身体。アンドロイド作家として名を馳せる、謎の女。
 アンドロイド作家と歌っているのに、どう見ても見た目は人間にしか見えないし、事実彼女は人間だ。クローンニンジャを自分の細胞から培養し、その分身達を使っていたというのだから、ファンには見抜けるはずもなく、今も、アンドロイド人気作家として、死滅した分身達の分も媚びを売ってアイドル作家業を続けているらしいが。
 まあ、本当にアンドロイドかどうかも、ファンからすればどうでもいいのかも知れない。聞こえの良い通り名が重要なのであって、実際はどうでもいいのだろう。恐らく、作品の内容さえ。
 私の作品は相変わらず、人間に売れない。
 本当に、いっそのことこの女のように、内容は何でもいいから売れそうな、売ることだけを考えた作品でも執筆してみようか? しかし、そんなことをするならそれこそ、株でも扱えばよい訳であって、作家なんてする必要はない。
 作家とは何か。
 そんなことを考えている途中に、
「聞いてるの?」
 と、言われ、ハッとなった。
「聞いている」
 男がこう言うときは、大体聞いていない。
 女の話は、過程を重んずる場合が多く、話したいから話す、とでもいうのか。結果や理屈を重んじる男にすれば、馬耳東風もいいところなのだ。 まあ、この場合、仕事そっちのけで考え事をして、私が話を聞いていなかっただけだが。つまり完全なる私の不注意だったので、取り繕っても仕方がないのだが、思索の邪魔をされたような気分になり、私は、
「くだらない与太話だ」
 と言った。
 女は女で話を否定されることを嫌がる生き物であり、「なら、証拠を見せるね」と、半ば躍起になって、シェリー、いやフカユキは、写真を一枚取り出し、机の上に置いた。
 そこには、実に奇妙な「モノ」が写っていた。「なんだ、これは?」
 まず、頭がない。四角いボディ、何かしらの寄せ集めのような、物理法則に従っているように見えないその身体部分に、二足の足が着いていて、しかもその足も別々のデザイン、旧式なのか新型なのか分からなかったが、バランス悪く、違う足がそれぞれついている。
 そして、
「何だ、これは。まるで胴体部分のパーツが」
「人間の顔みたいに見える」
 場を制されてしまったが、その通りだ。
 まるで苦悶する人間の表情に見える。見方を変えれば、機械パーツの大きな頭部に、足が生えているようにも見えた。
 不気味だ。
 だが、同時に興味も沸いてきた。こんな奇妙な物体は見たことがないし、何かしら、新しい作品の参考になるかもしれない。
 無論、依頼は依頼だ。金を頂くのは当然だが。「不気味でしょ、それ」
「ああ、何なんだこれは?」
「アームズテック社って、知ってる?」
「いや、TVを見ないので、知らないな」
 呆れた風に、フカユキは「そうだったね」と一息ついてから、話し始めた。
「アームズテック社は、一言で言うと、「人間至上主義者の集まりだよ」
「人間至上主義、とは?」
 なんだろう、ロクでもなさそうな主義であるのは、間違いなさそうだが。
 おおよそ「差別」とか「権利」とかを掲げる連中とは馬が合わない。つまらない階級意識だの優越感のための差別よりは、私は実利を選ぶ。
 優越感、などという不透明なモノのために、人間は戦争までしたことがあるのだから、つくづくどうしようもない生き物だ。まぁ、私はその人間の中でも、実利のためならアンドロイド相手でも商売をするし、宇宙人相手でも本を書くし、そもそもが相手を選べない商売である作家業なんてやっている人間は、すべからず破綻しているものだが。
 つまりどうでもいいのだ。本が売れれば、だが、そういう意味ではアンドロイド達が多く買ってくれて、そのおかげで最近は生活も潤っているわけだから、私は人間以外、人間でないものの方が、話の馬は合うのかもしれなかった。
「つまり、ロボットの存在を認めていない、人間こそが唯一の生命体であり、アンドロイドは人権を剥奪して、労働力に戻すべきという考えだ」
 本当のところは、安い労働力を取り戻したいだけなのでしょうけど、とフカユキは続け、
「つまり、安価な労働力であったロボット達の生産能力を取り戻したいという、利権の奪い合いで産まれた勢力みたいなもの。彼らにとってはアンドロイドみたいな人権と創造性を提供するロボットよりも、おとなしく人間に従うだけの従順な生産力の方が都合が良いって訳」
「なるほどな」
 つまり、厄介事というわけか。
 そんな団体が、個人が、依頼する内容がまともなわけがない。何しろ、アンドロイドの幽霊だ。「つまり、こういうことか? アンドロイドに、魂だとか、あの世だとかが、あるのかどうか知らないが、少なくとも、そんな亡霊に、買い取りたい土地か何かに住み着かれていては、困る、と」「少し、違うかな」
 予想を外してしまったが、じゃあ、何だというのだろう? アンドロイドの幽霊なんて、放っておけば良さそうなものだが。
「買い取る予定なのは、星だよ」
「・・・・・・・・・・・・まさか、その惑星に山ほどいるアンドロイドの幽霊とやらを、一人残らず始末しろなどと、言うわけじゃないだろうな」
「いや、使う土地は限られているし、とりあえずは追い出せればそれでいいかな。サムライやニンジャの武器は幽霊みたいな、あの世の物質で出来ているって話もあるから、君の持っているらしい「武器の幽霊」かなにかで、殺せるのかどうか試して、可能であれば対処法を見つけて欲しい、といったところじゃないかな」
「塩でもまけ」
「そうもいかないよ。実際、幽霊なんて科学で解明できない存在は、同じ幽霊を扱うサムライかニンジャだけだ」
 なら、ニンジャを雇えばいい、と言おうとしたのだが、
「ニンジャはどうも、人手不足でね。つい最近までそんなことは無かったけど、急に数が減っちゃったらしいからね」
 にやにやとそんなことを言う。私のせいだとでも言いたいのだろうか? だとしても知ったこじゃないが。あまり軽く扱われても迷惑なので、とりあえずここは安く動く人間ではないことをアピールしておくことにした。
「依頼、というからには、それなりの報酬も必要だろう。落ちぶれた会社に大金が払えるのか?」「払えるらしいよ。とりあえず、200万ドルほどは、前金で」
 私の心は躍った。結構チョロいと、自分でも思わなくはなかったが、しかし引き受けるかどうかは別の話だ。
「だとしても、仲介業者越しに受ける気には、ならないな」
「本人に会わないと駄目なの?」
 不思議そうに言われたので、私の仕事に対するスタンスを、この際だ。話しておくことにした。「当然だろう。どんな依頼であれ、まずは本人と話さなければ、分からないこともある」
 実際には見たり聞いたりすれば、作家の観察眼である程度の情報は分かってしまうのだが、重要なことは他にある。
「つまり、依頼人本人から思惑を聞きたい。信用等のは何よりも大切だ。信用できる依頼主かどうか、それを知らなければ金の不払いだって起こり得ることだしな」
「それなら心配ないと思うけど、まぁ、そだね」 言って、フカユキは名刺を取り出して、私に手渡した。そこには、居住惑星と、所属銀河連盟、そして住んでいるおおよその地域と、ビル名が書かれていた。
 しかし、
「まだ受けるとは言ってないぞ」
「じゃあ、これ、前金を先に渡しておくよ」
 金のクレジットチップを取り出して、私に渡した。残高を調べてみると、確かに200万ドル入っている。どうやら今回の依頼主は、金払いが良いことだけは確実のようだ。
「それだけ貰えれば、話くらいは気いてもよいと思うけど?」
 などと言うフカユキ。
 気安く受けてしまったが、おかげでとても奇っ怪な出来事に出くわし、それで作品の参考になるのだから、作家として引き受けるしかない。
 とはいえ、邪魔者の始末がはたして、作家の仕事、取材の一環と言えるのか、私には分からなかったが。
「じゃ、これで用件は済んだから」
 と言ってフカユキはそのまま店を出て行こうとしたので、「ちょっと待て」と、私は彼女を引き留めた。
「まさか、私に依頼内容を伝えるだけで、お前の仕事は終わりなのか?」
「そうだよ。何、私とデートでもしたい?」
「そんな楽な役回りが許せるか、貴様も来い」
「えー?」
 私が現地へ赴き、苦労している間、この女が甘いものでも食べながらリラックスし、コメディチャンネルでも見ているのかと思うと、正直かなり腹が立った。
 つまり八つ当たりだ。そもそもが、名刺だけでは、私はその依頼主に会えるかどうか、アポも無いのだから怪しいではないか。
 フカユキは顎に手を当てて思考を巡らし、
「・・・・・・まぁ、いいか。丁度話したいことも、いくつかあったしね。あれ、そういえばあのAIはどこに行ったの?」
 と言った。
 まぁ、あの喧しい声が聞こえないのだから、当然と言えば当然の疑問だ。
「ジャックなら、電脳空間でバカンスを楽しんでいるだろうな」
「そうか、じゃ丁度いいや」
 何が丁度良いのだろう? 物騒なことでなければよいのだが。私は支払いを済まして(奢ると言われたが、軽くあしらわれるのはカンに触り、支払うことにした。ちょうど臨時収入も出たしな)彼女と、フカユキと外へ出た。 クリスマス、と言う行事だろうか。
 地球から何千光年も離れたこのはぐれ惑星でもそういった地球の名残は健在だった。ひとえに、アンドロイド達が躍起になって古い文化、風習を守ろうと尽力しているからだろう。
 人間の若者は不思議なことに、伝統だの風習だのよりも、実利をとる。
 それならわたしの作品を買ってくれても良さそうなものだが、どうだろう、物語というのは自分にないモノを求めるわけであって、だからこそ彼らは私の作品よりも、夢一杯の現実感のないファンタジーを好むのだ。
 そこに自分を投影して、楽しむのだ。
 物語というのは何かしら教訓を学んだり、先人の知恵や経験を伝えるものだと思っていたが、こういうのは古い考えなのかもしれない。しんしんと人工雪が降る中で、そんなことを考えていたところ、フカユキが人工雪にはしゃいで、くるりと回ったりしながら、「ねぇ見てこれ本物かなぁ」などと騒ぐので、思考を中断することにした。
 本物な訳がないだろう、と言うのは簡単だったが、女は男のように事実を見るよりも夢を見ていた方が楽しめる生き物なので「そうだといいな」と、合わせることにした。
「地球にいたくせに、見たこと無かったのか?」「うーん、済んでいた地域ではね。それに、温暖化が進んでからは、あの星に四季は一度無くなって、それから再生して、今の自然豊かな地球があるわけだから、そうでなくても珍しいと思うな」 確かに。
 人間が地球環境を滅茶苦茶にしてから数万年間の間、人類は地球に降り立っていない。サムライやニンジャ、現地に住み着いた人々も、本当に僅かだ。
 散々蔑ろにしてきたものでも、無くなると欲しがって、だだをこねる。
 人間の悪習ではあるが、そのために無いモノを作ろうとして科学を発展させるのだから、考えを改め環境保護に乗り出したりするのだから、人間は回り道することで、案外成長できるのかもしれない。
 現に、地球を壊滅させたからこそ、ここまでテラフォーミング技術に躍起になって、こんな離れた惑星に人工雪を降らせることも出来るようになった訳だしな。
 もっとも、あの地球の山に住んでいる女が聞けば、頭を抱えるかもしれないとは思うのだが、まぁ人間は、人間でなくとも、進んでみなければそれが正しい道なのか、そうでないのか分からないモノなのだろう。結果的には地球環境を滅茶苦茶にして追い出されたわけだから、科学の発展のために環境を害する考えは、間違っていたのだろうがな。
 私はフカユキに「何か土産でも買うか」と持ちかけた。無駄使いが嫌いな私からすれば珍しい発言だった。とりあえず言えることは、自然環境には購買意欲を促進する働きがあるらしいと言うことだ。
「いいよ、何か見に行こう」
 と即答されてしまったので、断るわけにも行かず、私は「等身大サンタクロース」なる全長2センチくらいの小さな人形を買い(サンタクロースとはこんなに小さい生物なのだろうか?)フカユキと共に航空管理局、宇宙船のあるターミナルへと向かった。

 空港内部にはアンドロイド達が出店を出していたようで、金魚すくいなる不可解な遊びを高額ですることになった。
 私は嫌だったのだが、仕方あるまい。これも取材だと思おう。こんなぼったくりみたいな商売のどのあたりを作品に活かせばいいのか、流石の私にも見当がつかないが、いい経験にはなった。
 金魚すくい、と銘打ってあるのに、救えないように出来ているという点が、特に。
「下手だねぇ」
 私から言わせれば、なぜこんなペラペラな薄い膜で魚を救うことが出来る技術があるのか、不思議でならなかった。
 地球の文化とは想像以上に、我々の想像を超えた人間の技術によって支えられていたのかもしれない。そう思って作品のため、メモ帳にこっそり書き込みながら、取材の為、アンドロイド達が運営する店と、最新の科学テクノロジーが運営する店との違いを比較してみることにした。
 まず、全自動でないのだ。
 一から十まで機械が運営する店も珍しくないというのに、会計やら商品の手渡しやら、実に不合理で忙しそうなのに、楽しそうにやっていた。
 最近の人間が機械に運営させる店では、笑顔など無く、のっぺりとした表情の人間が、機械に全てやらせ、自分はTVを見ているところが多い。 実に物珍しかった。
「いやぁ、色々買えたねぇ」
 だからフカユキに少し、その違いについて聞いてみることにした。
「そりゃあ簡単だよ。彼ら人間は、「売ること」を商売の目的にしているから、利益が最重要と考えているからこそ合理化を進め、逆にアンドロイド達は非合理性、人間の持つ文化に目を向けた」「それと、どういう関係がある? 利益を求めるために合理化を求めることは、悪いのか?」
「いいや、そうじゃない。結局のところ、人間は目的に囚われているんだよ。だから心を通わせる接客よりも、機械を選んだのさ」
「なら、こういう、所謂非合理性は、手間がかかるし、何より対した売り上げも上がらないかもしれないぞ」
 しかし、フカユキはふるふると首を振って、
「違うよ」
 と答えた。
 なにが違うのだろう?
 合理性が悪でないなら、取り入れていくべきではないのか・
「そうじゃなくてさ、目的を取り違えているんだと思う。「売る」だけなら、商品は何でも良い。けれど、「伝える」為ならそれは意味のないことじゃないか」
「伝える? 何をだ」
 顎に手を当てながら、フカユキは続けた。どうでも良いが、顎に手を当てながら考えるのが癖らしかった。
「例えば、この飴」
 言って、どこからともなくリンゴの形をした飴を取り出した。飴はプラスチックの棒に刺さっていて、持ち歩きながら舐められるようになっていた。
「この飴の良さ、これは本来、昔の地球で売られていて、祭りの時なんかに昔の人たちは売っていたらしいんだけどさ、人と一緒に歩きながら、この飴を舐めて祭りを楽しんだそうだよ」
「それがなんだ」
「だからさ、そういった漠然とした良さ、雰囲気、人と人との繋がりみたいなモノは、合理性じゃあ伝えられないってことだよ」
 人と人との繋がり。
 私には分からない。
 それはそれできっと素晴らしいことか何かなのだろうが、私には理解は出来ても、感じることが不可能だ。
「別に無くては生きていけないわけでもないだろう? そんなモノが無くても生きては行ける」
 隣を歩くフカユキにそう言った。
 負け惜しみではない。
 私はそういう生き方をしてきた。
 だから塵一つ分とて、後悔も、憧れもない。
 それを察したのかは知らないが、少し立ち止まって、俯きながらフカユキは言った。
「確かに、生きては行けると思う。けれど、それは人間の在り方じゃないよ」
「結構だ。そんなもの、役に立たなければ必要ない。人間として貧しく生きるよりは、怪物として悠々自適の生活を送りたい」
「それは嘘でしょ」
 振り向いて、フカユキは、
「君は、本当は愛されたかったんじゃないのかな?」
 突きつけるように、そう、本当にナイフでも突きつけるかのような鋭さで、質問をぶつけた。
 愛される。
 愛されたい。
 正直、私には「愛」というものさえも分からないのだ。ペンギンが空を飛べないように、自分たちが出来るからって、空を飛ぶ楽しさを押しつけられても困る話だ。
 しかし、愛か・・・・・・愛されたところで、仮に、だが、愛されたところで、私は自分の都合のためにあっさり、仮に心の底から私が何かを愛することがあったとしても、必要とあれば利用しようとし、不必要ならば、捨てようとするだろう。
 それを愛情とは言えまい。
 仮にそのような関係が「愛」と呼べるなら、求めるほどのモノでもない。
 だから、
「それは違う」
 と断言した。
「私は、愛だの人間らしさだのが、手に入らないならそれはそれで構わない。ただ、無いならばそれに見合ったモノが欲しい。それだけだ」
「それは、愛されたいことと、どう違うのかな」 実に楽しそうに、そんなことを聞く。
 変な女だ。
「違うな、極論、私は誰にも必要とされなくてもそれを良しと出来る。実利さえ伴えば、だが」
「それはただの妥協でしょう?」
「違うな、そんなもの、結局はその他大勢が素晴らしいと称えているだけであって、愛情だとかを必要とすることこそが幸せ、などというのは、ただの押しつけがましい善意だ」
 少し、目を見開いて、試すようにフカユキは続けていった。
「けどさ、それって、人間が本質的に望むものだからこそ、皆が素晴らしいと思うんじゃない?」「だからこそ、押しつけがましい。人間が本来大切にするモノだからと言って、それを感じ取れない人間の存在を放棄している。くだらない。私には私の望む「幸福」私の望む「天国」を目指す権利があるはずだ」
 人に合わせずとも。しかし、そもそもがそういった「幸福」を感じ取れないからこそこんなことを言っているわけであって、望むモノが存在しない以上、心無い以上、手にはいるはずのないモノと言えるのかもしれない。
「仮にそんなモノが見つからなかったからと言って、私には分からないだろう」
「分からないから、諦めるの?」
「いや、分からないだろうが、必要とあれば手に入れるさ。それこそ、金の力で買ってやろう」
「あはは、面白いね、君」
 嬉しくもない。
 私はコメディアンではないのだが。
 笑いながらひーひーと腹を抱えて涙を流しながら爆笑されても、不愉快でこそ無いが、目障りではあった。
「あっははは、いや御免御免。でもさぁ、そんな考え方で君は満足なの?」
「満足だな」
 本当はよく分からなかったが、こうやって意味もなく虚勢を張るのも男という生き物だ。逆に女という生き物はお節介で迷惑な生き物であり、頼んでもいないというのに、さらに質問責めにするのだった。
「本当にぃ? まぁ、いいや。じゃあ、君の言う「幸せ」って何なの?」
 幸せ、幸福、天国。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活が目的ではあるが、それは目的や環境であって「幸せ」そのものではあるまい。
 なら、何だろう? そもそも幸せを感じ取れないからこのような回りくどい生き方をしているのであって、そんなモノがあれば苦労はしない。
 だから、
「金だ」
 と答えた。
「お金はあくまでお金であって、幸せとは関係なさそうだけど?」
「そうでもない。望むモノを手に入れる、という点では、私からすればもっとも近い。幸せなんて状況次第で変わる。少なくとも私には、不変の幸せ、愛情だのと言ったモノは感じ取れない。ならば臨機応変にその場その場の幸せを買うことの出来る金は、幸福を作るための資材のようなものだろう」
「その場しのぎも良いところだと思うけど」
 鼻で若干小馬鹿にしながら、何かカンに障ったのか、少し、苛立ったように言うフカユキ。
 確かに、まぁそう言える。
 その場しのぎ。
「それは、悪いことなのか? 私には精々そのくらいのモノを「幸せ」とする事しかできない。人間の言う「愛情の素晴らしさ」に耳を傾けたところで、幸せなのは相手だけだ。私は何も感じないだろう。良い悪いでは無く、最初からそうなのだから、自分の手に入る「幸せ」で妥協だろうが何だろうが、満足しようと言うのは当然だろう」
 手に入らないモノを押しつけられたところで、あるいはそれが幸せだと言われたところで、納得行くはずもない。
 自分達の常識を押しつけないで欲しいものだ。私はそれを幸せだとは、決して感じることが出来ないのだから、言ってしまえば存在しないも同義だしな。
「そんな生き方で満足なの?」
「選びようが無かった気もするが、ここは小綺麗な答えよりも真実を話そう。満足できるように変えるしかあるまい。生きるためにはまず、己を知らなければならない。私は破綻者であることを知り、それでも幸せになれるように四苦八苦しているだけだ」
「ふぅん・・・・・・」
 満足したのかしていないのか、まぁそれこそ知ったことではなかったが、何時までもぶらぶらふらついているわけにも行かないので「そろそろ宇宙船が出発する時間だ、私は先に行く」と言って私は先に向かおうとしたのだが、
「いいよいいよ、一緒に行こう」
 言って、腕を私の右腕に絡めてきた。
 鬱陶しい。
「勝手にしろ」
 私はそう言って、非常に歩きにくかったのでフカユキを引きはがして受付に向かい、宇宙船へと乗船するのであった。

   3

 私たちは向かい合ってシートに座っていた。私はホットコーヒーを、フカユキはバニラシェイクを頼み、私は機内食のイタリアンを食べ終わって珈琲を飲んでくつろいでいた。
 いいものだ。
 しかし、フカユキはあろう事かパスタを頼むだけ頼んで(そもそも、何故宇宙食でイタリアンなのだろう?)それらをほとんど残したため、はっきり言えば見苦しく、遠回しに言っても落ち着きがない奴だった。
 ようやく食べ終わり、バニラシェイクをスプーンで摘みながら、
「いやあ凄いねぇ、宇宙って奴は」
 などと、おのぼりさんのようなことを言うフカユキを見て、そういえばつい最近までこの女が、地球に住んでいたことを思い出した。
「地球からは、宇宙はどう見えるんだ?」
 ただ間を持たせるためだけ、というかほとんど思いつきでそんなことを聞いてみた。なにか作品のネタになる可能性もあるしな。
「そりゃあもう、綺麗だよ。星が空一面に広がっていて、星の海を眺めている感覚だね」
 星空を海に例えるというのは、何というか、それなら海を眺めればいいんじゃないのかと思ったが、しかし、まぁ女は感覚の生き物なのだから、私とは見えている世界も違うのだろう。
 景色を、世界を共有する。
 それは一つの幸せの形だろう。私には分からないが、追求することで何か分かることもあるかもしれない。そう思って、私はこれから向かう惑星について聞いてみることにした。
 仕事の世界観を共有したところで、幸せになれるのかは分からないが。
「これから行く惑星には、海はあるのか?」
「無いよ」
 との答えが返ってきたので、少し驚いたが、それは答えが早かったからではなく、「海の存在しない惑星」と言うモノが、全く想像つかなかったからだ。
「海が全くない惑星なんて、あまり聞かないな」「人工惑星だからね。ノーズトーって呼ばれている星で、名前の意味は「この世の外側」だって」「物騒な名前だな。なぜ、そんな惑星に、ロボットをこき使っている会社の会長がいるんだ?」
 そんな辺境の惑星に住まずとも、自然豊かな火星や、バカンスや観光向けの惑星に別荘でも構えていそうなものだが。
「当然だよ。彼女、なのかは分からないけど、マフィアのボスが、そんな堂々としてられないし」「何だって?」
 初耳だ。
 今回の依頼主は、ずいぶん物騒な肩書きを持っているらしい。
「聞いていないぞ、そんな話」
 何故、船が出航してから、いや、これはわざとなのだろう。
 私が話から降りないように仕向けたのか?
「調べれば分かったと思うけど・・・・・・」
 事前調査は主にAIのジャックが担当してくれていた分野だ。今回奴は同行していない。
 とはいえ、それを踏まえても、やはりわざとのようだった。フカユキがどの程度演技力があるのか知らないが、こと、人を見抜く力は作家である以上、心を読める超能力者よりもある自信があるのだ。
 その私から言わせれば、動揺して調べなかったことを意外そうに振る舞ってはいるモノの、その動揺は嘘だと分かる。
 むしろ、計画通り進んでいるかのような・・・・・・気のせいだろうか?
「なら、説明して貰おうか。なぜそんな奴が」
 ロボット産業を牛耳っていたのか、と私は詰問した。
 気になる。
 非常に気になる。
 作品のネタにもなりそうだしな。
「元々、ロボット産業は戦争用ドローンからの派生系、というか、ドローン以上に効果的に殺戮できる兵器として、運用されていたの。それを独裁者、テロリズム、何でも良いけど要は「暴力でモノを言わせてきた人種」が横流しして、あるいはパーツを作ったり、新しく開発して優れた殺人兵器の数々を作り上げてきた」
「ロボットの産みの親は、戦争か」
 笑えない話だ。
 大昔から人間はそんな考えだったのか。
「そうだね。殺し合うことで進化してきた産業だから、当然非社会的な連中も介入するし、むしろ国家の中古品を、率先して売っていたらしいよ。彼らは薬、臓器、戦争代行と、金のためなら何でもやった。そしてそういったところに集まるアンダーマネー、フリーなキャッシュを手にすることで、国力を上げて行くのが、昔も今も変わらない国家政治のやり口だよ」
 人間は大昔から成長しない。
 そのくせ、科学力はどんどん発展していくのだから、手に負えない話だ。同じ人間である私が言っても、あまり説得力はなさそうだが。
 何にせよ、その「国家」とやらのため、そんな実体のないあやふやな存在のために、人間は殺戮と薬と売春と植民地を正当化してきたようだ。昔の人類も今の人類も大してやってることは変わらない、しかし、問題は時代を積み重ねることでそういった外道な人種が力を付けすぎてきたと言うところだろうか。
 私は悪人か善人かはどうでも良いのだが、そんなチンピラみたいなやり口でのし上がってきた人種が、素直に金を支払うのか?
「その、今回の依頼主の略歴は大体分かった。それで、経済成長を続けたそいつらは、戦争という仲介人を通して、企業運営をするようになったわけか」
「上手いこと言うね」
 事実、その通りなのではないだろうか?
 戦争、紛争、何でも良いが、暴力で安易に物事を集結させようとした先人達の「ツケ」を我々が払うことになっている気がしてならない。
 迷惑な話だ。
「彼らは地下のコネクションをフル活用して、新しい惑星の採掘権利、見捨てられた惑星の植民地としての活用、銀河連邦の法を無視して外側で行動できる人脈、組織作りを可能にした」
「そこまで出来る組織が、幽霊に怯えるか?」
 また何か利用されそうになっているのではないだろうな。
 他人の都合で動かされるのは、こりごりだ。
 フカユキは「そういうことじゃないよ」と首を振って、
「軍事利用できるかどうか、捕獲して試したいんだと思う。ほら、君の、というか所謂サムライやニンジャが、最高峰の戦力として数えられているのは「幽霊」なんて自分たちに解明できない道のテクノロジーを使っているからであって、逆に言えばそれらを解明さえすれば」
「サムライやニンジャの大量生産が可能になる」 先んじて私は言った。
 クローンニンジャの実例を見たことはあるが、もし軍事への転用が可能だとすれば、相当な驚異になるだろう。実際、私のようなおよそ剣を握ったことさえない人間に、弾丸をはじく胴体視力やアンドロイド以上の身体能力を付与した未知のテクノロジーだ。
 それを作り出し、量産することが出来れば、昔の映画みたいに銀河全体を支配する帝国、なんてモノを作ることが出来るかもしれない。
 そのためにオカルトな、「アンドロイドの幽霊」などという眉唾な与太話に、大の大人達が踊らされているというのだから、いささか以上に滑稽ではあったが。
 機内のサービスでアーモンドを一皿頼み、運ばれてきた皿から一粒摘んで食べた。
「美味しいの? それ」
「地球にはアーモンドは無いのか?」
「無いよ。せいぜいが野菜と、少しの肉と、後は現地調達の木の実かな」
「そんなのでよく生きていけるな、地球の人類はその環境に適応しているのか?」
 だが、フカユキは悲しそうな顔で、
「そうじゃない。不必要なモノが増えすぎた。元々人間はそんなに多くのモノを必要としなくても生きては行ける。だのに、テクノロジーの利便性に目を眩まされて、大切なモノを見失った」
「大切なモノ、とは?」
 いぶかしむ私をよそに、フカユキは遠い目で窓の外、銀河の海を眺めながら、続けた。
「人間は徐々にではあるけれど、心を失いつつある。この数千年でそれがさらに顕著になってきているんだ。考えてもごらんよ、テクノロジーに頼らない人間なんて、このご時世に居ないだろう? 逆に言えば、彼らはもうテクノロジーの恩恵なしでは、人と繋がることさえ出来やしない」
 デジタル上で顔を合わせられる以上、直接あって話す必要はない。そう考える若者は多いらしく実際に会ってもいない人間に仕事を頼んだり、あるいは縁談を進めようとする奴もいる。意志を共有して物事に挑む必要性が廃れつつある以上、そこのは真実当人の意志は無く、あったとしても、薄っぺらな偽物だ。
 デジタル社会の恩恵。
 それは利便性であり、汎用性であり、物事を加速させる力だと、私は捉えている。そして重要なのが、物事を加速させるということは、歴史の歩みを加速させることが出来ると言うことだ。
 加速させた結果、核弾頭を扱いきれずに殺戮は起こり、最近なら「振動核」、殺さない核弾頭、人工的でかつ、強力な振動波で、何も傷つけずに制圧できるという代物が出回っているが、結局は悪用され、扱いきれずにいる。
 人間の精神の進化があるならば、それは遅く、そして精神が幼ければ幼いほど、強力なテクノロジーに心奪われ、扱いきれずに自滅する。
 何度も人間はそれを繰り返してきた。
「だが、それによって得られた恩恵は大きいものじゃないのか?」
 何か言われたらとりあえず反論を返す。これは私が作家として好奇心を満たすためにやっていることであって、別に意地が悪いわけではない。
「そうだね。けれど、そのために多くの植民地や貧困層を生み出して、それらを利用して平和な世の中を説きながら、「恩恵」とやらを受けるのは良いことなのかな?」
 静かに、怒っているようだった。
 何に対してかは知らないが、面白そうだ。作家として、ひいては個人的にも興味が沸いた。
「ほう、、何か、嫌なことでもあったのか?」
 などと、気遣うフリをして人の生傷を抉るというのだから、我ながら性格は少しだけ、ほんの少しだけ悪いかもしれないと反省のようなことを思った。
 まぁ、生傷を抉ることを、やめはしないが。
 それが私だ。
「うん、まぁね」
 といって言葉を濁したので、私は嫌がるだろうなぁと思いつつ、執拗に詮索を続けた。
 勿論、遠回しにだ。
「地球に住む前は、どこに住んでいたんだ?」
「よく分かったね、私が地球生まれじゃないの」「しゃべり方になまりが無い。標準語、と言うと語弊があるが、どこか別の星で話し方を学んでいなければ、そうそう上手く話せないだろう」
 この銀河にはあらゆる言語圏があるが、こうも流暢に私と同じ言語を話せるのはおかしい。銀河連邦の管理下で学んでいるはずだ。
 そう思ったのだが、
「私はね、奴隷だったの」
 と、思わぬ告白をされたので、とりあえず聞くことにした。
 作品のネタになりそうだしな。
「奴隷、と言うと、敗戦国のどれかに住んでいたのか?」
 あるいは、開拓前の惑星の先住民だったりしたのだろうか。そうは見えなかったが。
 フカユキはううん、と首を振って、
「そうじゃない、技術提供国の一つだった。珍しい製鉄技術を持っていた私の国は、政治力のある銀河連邦に一方的な契約をさせられた。けれど、報酬は僅かで、それでいて労働は過酷だった・・・・・・毎日食べるモノは畑から盗んできた野菜とかで、盗みがばれた仲間は射殺された」
 リァリティがあって良い話だ。
 本来、人間はこういう話に同情して「かわいそうに」とか「辛かったね」とか言う生き物なのだろうが、まぁ、知らん。
 作品の役に立てて良かったなと思うくらいだ。 だから、
「それで? どうなった?」
 と、若干前のめりになる気持ちを抑えて、催促した。これも作品のために仕方が無くやっていることであって、私の人間性は関係ない。
「続きを話してくれ」
「・・・・・・私は、逃げた人間を爆撃する轟音を毎日聞きながら、必死に逃げたけど、そこで人売りの手に捕まった。けれど、買い取ったのは」
「あの「教授」か」
 俗物に渡らなくて一安心したところに、人体実験の実験台という運命が待っていたわけだ。この女の経験を、なにか悲劇のヒロインモノに活かせないものか・・・・・・お涙ちょうだいモノならハッピーエンドでなければ人の目を引かないしな。
 まぁ考えておこう。
「そ。そこでまぁ、前よりはマシな生活と、地球での居住権利を貰って、そこで生活していた訳」「成る程」
 と、ここまで聞いて分かったことがある。
「だから、銀河連邦、というよりこの現代社会を憎んでいるわけか」
 ぎょっとして、「やだなぁ」と、冗談めかしてフカユキは、
「そんなこと無いよ。ただ、もう少し、人間がわかりあえればなぁって思うだけだよ」
 平静を一瞬で取り戻したが、しかし、その違和感を見逃すようなら、私は作家なんてやっていないだろう。
 この女の中には激しい憎悪がある。
 それを仮面を被って誤魔化してきた訳だ。
 そんな女の依頼が、まともであるはずもない。もとよりまともな依頼なんて無かった気もするがしかし、だからってトラブルが好きなわけではないのだ。
 平穏が良い。
 それが一番だ。
 とりあえずは目的地に着いてから考えるとしても、さてどうするか。
 依頼の前金は貰ったわけだし、いっそのこと引き返すのもありかもしれない。そんな考えを巡らしていた私は、一つ重要なことを見逃していたのだろう。
 災厄とは、前触れ無く振ってくるモノだ。

   4

「まもなく着陸します」
 そんなアナウンスが聞こえるほどに、我々二人の乗っている宇宙船は惑星へと接近していた。
 にもかかわらず、私たちは二人とも、景色を眺めることすらできなかった。
「な・・・・・・なんだ、この「生物」?は」
 突然の出来事だった。
 大気圏を突破したあたりで宇宙船に生物らしき影が張り付き、蛇みたいに長いそのベロで、フカユキの腹を貫通させた。
 タコのような吸盤のついた手。
 蜘蛛の出来損ないのような顔と口。
 腹には、人間の顔面らしきものが埋め込まれていて、うなり声を上げていた。
「BUUUUUUUSILYURURURU!」
 うなり声と言うよりも、鳴き声か。
 フカユキは何故自分が攻撃されたのか、それが疑問らしく、「なんで、なんで、私ちゃんとやったよ」と、うわごとの用につぶやいている。
 どうでもいい。
 この女初めからハメやがったとか、だから女は信用ならないとか、そういったことよりも、まずやるべきことがある。
「ど、どうやって殺せばいいのだ・・・・・・?」
 先ほど、幽霊の日本刀で斬ってみようとしたが弾かれてしまった。生物ならば、いや非生物にだって「魂」はあるはずだ。
 なのに斬れない。
「こ、こいつには魂が無いのか? いや、そもそもが、魂の存在しない化け物なんて、そんな奴が何故私を殺そうとしている?」
 間違いないことは、私を殺すことを目的としていて、かつ殺す方法が分からないことだ。柔らかそうな顔面を叩き斬ろうとしたが、やはり堅くて弾かれてしまう。
「ぬおっ」
 転がって後ろに下がった。そこで外を見ると、どうやらこの宇宙船は「蜘蛛の糸のようなもの」に絡め取られているらしく、墜落は時間の問題のようだ。
 とはいえ、私は邪魔者を生かしておくつもりはさらさらない。
「何者か知らないが、邪道作家を舐めるなよ!」 斬れない、というなら斬る必要はあるまい。
 私は化け物の周囲を機体ごと叩き斬って、思い切り蹴りを入れた。
「ギィイイイイイイイイイイ!」
 物理の法則に従って、かどうかは知らないが、こんな高速の機体から放り出されて平気な奴は居まい。
「ふん、じゃあな。自己紹介する暇もなかったがとりあえず地面に熱烈なキスでもしてな」
 雄叫びをあげながら墜ちていく化け物を見るの持つかの間、当然ながら恐ろしいまでの吸引力で空気が外に吸い出される。
「まずいぞ・・・・・・何とかしなければ」
このままではあの怪物と同じ末路をたどってしまう。まず間違いなく死ぬ。
「考えるのだ。「もし自分が主人公なら?」どうするのか。そこに正しい答えがあるはずだ」
 ふと、フカユキの姿が目に入る。見捨ててしまおうかと思わなくもなかったが、ここは直感に従おう。少なくとも、ここで見捨ないのが主人公の思考のはずだ。
「な、なんで」
 何でも何もほかならぬ私が生き残るために「必要そう」という、根も葉もない理由なのだが、それを話しても恩は売れそうにないので、「死に賭の女を見捨てるのも、寝覚めが悪いからな」と、心にもないことを言った。
 しかし重い。
 実際、身動きのとれない人間とは重く感じるものなのだ。選択を誤ったか?
「そこの、奥に」
 小さな声で、右手で場所を示しながら」
「私が使うつもりだった、パラシュートが入っているから、それを」
 成る程、そのパラシュートで自分は脱出、私はあの怪物の餌になる予定だったらしいが、それを言っても仕方がない。
 とりあえずは、生き残ることが先決だ。
 パラシュートを使い、私は外へ出た。
 爆風を散らしながら墜ちていく宇宙船をよそにギリギリ、生き残ることができた。しばらくして地面に着地し、血塗れのフカユキを見て考える。
 このまま見捨てても良いが、しかしそれでは状況がつかめない。何に襲われているのかもよく分からないままになってしまう。まぁ、始末するかどうかは、保留するしかないだろう。
 やれやれ、参ったぞ。
 何にせよ、この女を治療するなら現地の人間に聞くしかないだろう。私はあちこち走り回って、近くにあった大きな町の中、それも人目につきにくそうな通りで、医者は何処か訪ねた。
 しかし、どうやらここにはそんなモノはいないらしく(なら、病気になったとき、どうしているのだろう)唯一可能性のありそうな、近くの廃病院へと向かうことにした
 止血はすでに済ませておいたのですぐ死ぬ、と言うことはないだろうが、このままではこの女、フカユキが失血死してしまう。いろいろと探し回ったものの、献血用の血液など、そうそうあるものではない。
 ベッドはあったので、そこにフカユキを寝そべらせた。腹からは少し、血が漏れている。
 どうしたものか。
「誰だ、お前」
 と、考えている最中、後ろから銃を向けられていることに気付いた。ゆっくり後ろを見ると、無精ひげを生やし、黒縁の眼鏡をかけた白衣の男が、こちらを見ながらなれない手つきで銃を向けている。
「見ての通り、急患だが」
「そりゃあ、見れば分かる。あんた、あのギャングどもと、何か関係があるのか?」
「ギャング?」
 初耳だ。
 いや、例の依頼主のことだろうか。
「そんな奴らと一緒にするな。それより、手が合いているなら、手伝ったらどうだ」
「そりゃあいい。お前さんにできることは、きっと俺の手伝いくらいだろうがな。消毒液がそこの奥の棚にある。持ってきてくれ」
「・・・・・・」
 罠である可能性も十分あったので、警戒を怠らずに消毒液を取り出し、後ろから見ていることにした。
「見るな、気が散る」
「手術ミスがあっても迷惑だからな」
「言ってくれるぜ」
 そんなヘマするかよ、といっててきぱきと作業に取りかかっていった。男は名をヘンリーと言って、どうやらここで闇医者をしているらしい。
 なれた手つきだ。
 人間を捌くことになれている。
「終わった、あとは、そうだな。お前さん、血液型は?」
 私は血液型を伝えた。
「なら、たぶん大丈夫だろう」
「多分って、違ったら死ぬぞ、そいつ」
「このまま放っておいても死ぬさ。腕をだしな」 言われるがままに献血をし、そしてその血液を提供してから数時間後、どうやら落ち着いたらしく、フカユキはすやすやと眠っていた。
 血液代は後で請求させて貰うとしよう。
「大した腕だな」
「うるせえ、何にせよ治って良かった」
「で、貴様は何者だ?」
 いきなりそれかい、と肩をすくめて、
「おたくらのほうが、よほど得体が知れない。一体何やらかした?」
「奇妙な怪物に襲われてな」
「怪物、だって?」
 心当たりがあるらしい。詳しく詳細を話して確認したが、間違いないらしい。
「なんだ、知っているのか」
 腰を椅子の上におろして、ヘンリーは言った。「知ってるも何も、あれを作った一人だからな」「作った・・・・・・?」
 あんな生物が作れるものなのか? それも、こんなくたびれた医者に。
 人見た目によらないとは言うが・・・・・・。
「まぁ、厳密にはよくわからんモノの手術をしただけだがな。何でも、 人間に幽霊物質を埋め込むとか何とか、確か、魂の移植だのなんだのと、言っていた気がするな」
 雑な記憶力だ、まぁ、現実はそんなものだろうとも、思えたが。RPGの村人じゃないのだからあまり多くを期待しても仕方がない。
 だから知っていることを聞き出すことにした。
「魂の移植? それはタコとか、蜘蛛とかか」「何で知ってるんだ?」
 私は事情を説明した。ヘンリーは考え込むようにして、「それは災難だったな」と、言って、
「サムライやニンジャが、幽霊、あの世の物質を使って戦うらしいって噂は知っているか?」
「ああ」
 知っているも何も、持っている。
 幽霊の日本刀、などという非科学的なモノを。「それを兵器化することに成功したらしいんだ。最も、ほかの生物の魂、なんてあるんだかも分からないモノを移植した結果、正気を失う奴も大勢いたらしいが」
 成る程。
 それがあの化け物のルーツというわけか。
「人間に蜘蛛やタコを移植して、何の意味が?」「たまたまさ。それは、移植が可能かどうかを実験するために、このあたりで数の多い生き物を使っただけだ。奴らのボスは霊媒師らしくてな。移植した後に降霊術を使って、まるで生き物みたいに動かすことができるんだとか」
 眉唾だがな、とヘンリーは言った。
 だから、死んでいるから私には斬れなかったのだろうか? 私の幽霊の日本刀は「魂」に「傷」を入れることができる代物だ。しかしすでに死んでいて、しかも魂が幾つも入っているのだとすれば、何でも斬れるはずのサムライの刀が弾かれるなんて現象にも、納得は行く。
 だが疑問も残った。
 そのボスとやらは、私の今回の依頼主は一体、何者だ? そしてなによりも、どうして私を攻撃したのだろうか。
「このあたりにサムライが入ったって情報を入手したんだが、何か知らないか」
 ここは第三者の立ち位置を取って、関係ないフリをすることで、情報を集める。
 と、思っていたのだが、
「いや、知らないな」
 との答えが返ってきたので、空振り感に近いモノを覚えた。
 だが、
「そういやぁ、その、未知のテクノロジーの元となるモノが欲しいとか何とか言っていた気がするが」
「元だって?」
「ああ、つまりどれだけ手を加えようが、結局のところはその未知のテクノロジーを扱う「サムライ」だとか、「ニンジャ」だとかの技術を流用しているだけだろう? だから、オリジナルのサムライだとかニンジャだとかを捕獲して研究するって話が持ち上がっているらしい」
 成る程。
 つまり今回の依頼は端っから私を捕獲して実験材料にするためだけに行われたわけだ。あの女、フカユキは私をハメて、恐らくはあの飛行機にくっついてきた化け物あたりに捕獲させて、自分だけは助かり、その上報酬も得るつもりだったのだろう。その結果、依頼主に始末されかけたというのだから、自業自得としか言いようがないが。
「あんたは、何故私たちを助けたんだ?」
 話を聞く限り、そんな物騒な状況下で、余所者にはかかわり合いになりたくないはずだ。
「確かに、関わりたくはなかったさ」
「なら、どうして」
「俺は、医者として生きてきた。どんな状況だろうと変わらず続けてきた。例え胡散臭い余所者だろうが、見捨てることは俺自身の信念を裏切ることになっちまう。だから」
 助けた、とそう言った。
 このヘンリーという男は偏屈だが、キチッとした「芯のようなもの」が心にあるらしい。
 そういう人間は好感が持てる。
 扱いやすそうだしな。
 しかし気になることもあった。私には信念に準ずる人間が、何故見返りだとか、自分にとって得になるものを放棄できるのか、全く理解できないからだ。
 だから聞いてみることにした。
「なあ・・・・・・その、所謂「信念」ってモノが、私には理解できないんだが、信念のために貧乏になって、苦痛や痛み、嫌なものやことを良しとできるのか?」
 純粋な疑問だった。
 昔から私が考え続けている難題の一つでもあるのだが、しかし、信念とやらを持った人間ならば案外あっさり、答えられるかもしれないと感じたのだ。
 しかし予想を裏切って、
「できないさ。それでも、まぁ結局は助けちまうわけだから、良しとしてるのかもしれないな」
 とヘンリーは答えた。不思議だ、信念のために苦しむことを、良しとしているらしい。人間は自ら苦しみだとか痛みだとか、つまり「嫌なもの」を求めるようには出来ていないはずだと考えていて、だから信念と呼ばれるモノを持っている連中とて、例外ではないのではないかと考えていたのだが、どうやら当てが外れてしまった。
 しかしそれなら疑問が残る。
 だから聞いてみた。
「ならどうしてだ? どうして痛みや苦しみをあえて受け入れられるのか、疑問でならない。今回だって、私たちを見捨てれば早かったんじゃないのか? そうすれば、金は手に入り、厄介事には関わらずに済む」
「そうかもしれない。だが信念に準ずる以上、そこに後悔は残る。それは悪だ。紛れもない悪だ」「悪だったらいけないのか? 自分の損になることをして、それが善行だから受け入れて、痛がって苦しめとでも?」
「確かに、そうだ。だが信念とは損得じゃない。もしそうだったとしても、器用に生きられないから「信念」なんて大仰なモノをかがげて生きているんだろうな。まぁ、とどのつまり、賢い生き方が出来なかっただけだ」
 私はそうはなりたくない。
 小綺麗な理屈よりも、そんな善人ぶって誤魔化すことよりも、誤魔化さずに幸福を手に入れたいのだ。それは悪いとは思わないし、そのために私は金を求め、作品を書いてきた。
 しかし、実際本物の幸福があったとしても、やはり私には実感として感じられないわけだから・・・・・・この男の言い分が正しいとするのならば、私も賢くは生きられていないのだろう。
 私は作家だが、別に作家業は私が幸せや豊かさを手に入れるための手段に過ぎない。作家業に陶酔して、この男のように自分を犠牲にするつもりなど最初から無い。
 私は私の幸福のために行動する。私の立場からすれば、ヘンリーの言葉は全く私の胸には刺さらなかった。当然だ。自信の生き方に陶酔して、ほかでもない己自信を犠牲にするなど馬鹿げていると、結論づけざるを得ないのだ。
 しかし、人間の「意志」だとか「信念」に力が宿るのだとすれば、軽視も出来ない。本当にあるのだろうか・・・・・・信念に従えばこの医者のように目の前の不審人物を助け、そのために痛みを伴うことになったとしても、それを容認する。
 私にはまだ解らなかった。
 とはいえ、信念の在り方が「賢くないから」で片づけられても納得がいかない。ここはもう少し掘り下げて聞いてみた方がよいと思い、私は話の方向を変えてみた。
「そんな風に信念に従って生きるというのは、どうやって決めたんだ?」
「? どうやって、とは?」
 聞き方が回りくどかったか。
「つまり、過去に、何かそう言う生き方を選ぶ原因のような、大きな出来事でもあったのか? という意味だ」
「過去か・・・・・・」
 医療用簡易ベットですやすやと眠るフカユキを一瞥した後、椅子に深く座り直して「いいだろう、お嬢ちゃんも安静にしていれば問題なさそうだしな」と言って、改めて私と向かい合う形でお互いに椅子に座った。
「15年前のことだ。俺は軍にいた」
「軍人だったのか?」
「いや、軍医だった。雇われだったが、給料は良かった。そこで日がな一日死体なのかそうでないのか区別の付かない肉を扱っていた」
 私は黙って、続きに聞き入った。
 これは作品のネタになりそうだ。
 不謹慎かもしれないが、作家というのは皆このようなものだ。
「ヘンリーってのは偽名でな。昔の戦友の名前なんだ。従軍後、二年くらいの付き合いがあって、テトリスでよく遊んでいた」
「テトリス?」
 意味が分からない。
 戦場でゲームなんかやっているのだろうか?
「やってるさ、何せ娯楽が少ないからな。最前線での生き残りよりも、ゲームがうまい奴の方がもてはやされたくらいだ」
「奇妙な戦場もあったものだな」
「そうでもない。娯楽は少ないし、何時死ぬか解らない人間の集まりだ。楽しかったよ。当時はドローンの無い戦場もあったから、俺たちみたいな人間の兵隊、イレギュラーに対応できる兵士は貴重だったんだ」
 最も、程なくして軍用アンドロイドが本格採用されて、お払い箱になったがねと、やや自嘲気味に呟いた。
 戦場なんてほとんど機械がやっているものだと思っていたが、まさかそこに混じっている人間もいるとは。
「何故、人間なんか必要になったんだ? 高性能な機械どもに任せていれば」
 良いんじゃないのか、と、そう思ったのだが、「そうでもない。現行のアンドロイドもそうだがロボットは優秀であるが故に、弱点もはっきりしているのさ。有能すぎるそのオツムを支えるのは最新テクノロジーの塊だ。レーダーにはどうしても反応してしまう」
「それは、人間も同じなんじゃないのか?」
「いや、全身を泥で塗りたくってサーモグラフィー(熱探知)を回避し、原始的なトラップや武器で挑んで、武装したアンドロイドを壊滅させる解放団体は多い」
「解放団体?」
 初耳だ。
 このご時世に何から何を解放するというのだろうか。
「機械の支配から解き放たれ、旧き良き時代を取り戻そうとする連中だ。最も、ほとんどは麻薬の売買ルートに使っている地元を荒らされたくないギャングまがいの連中だが」
 戦争の相手は時代によって変わる。
 しかし、まさか今の国家がそんな原始人みたいな奴らと、最新のテクノロジーで争って負けていたとは、何だか愉快な話だった。そして所謂自由とかそういった聞こえの良い正義を掲げる輩が、テロリズムにズブズブと沈んでいることに気付かないところも、昔の戦争と変わらない。
「だから、軍医なんて古くさいモノがいたのか」「そうさ。そして、そこで死ぬことも仕事だ。死んでしまえば、雇用にかかる経費も、払わなくて済むからな」
 ジョークかと思ったが、そうでもないらしく、暗く、虚ろな目で彼は語り始めた。
 戦場という地獄を。
「雇用には金がかかる。だから安上がりな俺たちですら、死地に追いやって敵と心中してくれればありがたいってのが上の考えだった。だから死んで死んで死んでいった。それこそ何の意味もなく経費節約のために死んだ」
 まぁ、上は無駄な兵力を使わずに済んで喜んでいただろうがね、と皮肉混じりに彼は言う。
「兄貴肌のボブは、箸を使いたがっていた。日本が好きで、好物は寿司。よく笑う奴だった、一度女を取り合って馬鹿な決闘をしたこともある。音楽はシューベルトが好きで、意外に繊細な」
「死んだんだな」
 話が長くなりそうだったので、私は先を促すことにした。くだらない後悔、罪悪感よりも、リァリティのある体験談が聞きたいのだ。
「・・・・・・そうだ」
 若干不機嫌になりながらも、ヘンリーは続きを話し始めた。
「HENREYというのは、親しかった仲間たちのイニシャルから取って付けたものだ」
 と、そこまで聞いたあたりで、私の興味は完全に削がれていた。
 なんだ、ただの罪悪感からくるものだったのかと、落胆を表情に出したかもしれない。
 しかし、
「と、まぁ色々あったが、後悔はしていない」
 と言ったのだ。
 しかし、なら何だというのだ。
 助けられなかったから助けたいとか、仲間が耳元でささやく気がするとか、そういった後悔でなければ、この男の信念は、どこから来ている?
 何のために助けているんだ?
「・・・・・・解らないな。それなら別に、無理に助ける必要なんて無いじゃないか」
「そうでもない。後悔しないために、戦う。これは医者でも何でも同じことだ。俺は後悔したくないんだ。後から「助けておけば良かった」って思ったところで、死んだ奴は生き返らないからな」「ふん。なら、後悔しないためというただそれだけの理由なのか」
「いいや、もう一つあるぜ」
 なんだろう、金だろうか? しかし、この男は大金を要求する態度は今のところ見せていない。 くっくっと人が悪そうに笑い、
「腕がなまっちまうからさ」
 医者は健康に悪そうなたばこを吹かしながら、そう言うのだった。

   5

 ギャングの圧政はろくでもないらしい。
 フカユキが目覚めるまでの間、そんな話を延々とさせられた。まあ、国家というのは人民のためではなく官僚や富裕層のためにあるという事実はやはり、大昔から変わらないらしい。なんにせよフカユキが目覚めるまでの間、買い出しにでも出かけようと考えて私は外に出た。
 しかしそれが災いしたと言うべきか・・・・・・外を歩いている最中に、チンピラらしき連中に絡まれてしまった。
 その猫背のチンピラは粋がっているのか、
「おい兄ちゃん、ここには通行料がかかるんだぜぇーーー通行料がよぉ!」
 と、ナイフをちらつかせながら頭の悪い台詞を私にぶつけるのだった。
 どうしたものか・・・・・・「始末」するのは簡単だが、しかしそんな目立つする真似をするわけにも行かないので「そこの路地裏で話しませんか、他の人の迷惑になりますから」と、始末しやすいように誘導することにした。
 路地裏なら派手にやっても問題ないと踏んだのか、若者は「いいぜ」と了承し、路地裏に入るチンピラに、続いて入ろうとしたその時だった。
「・・・・・・どこへ行った?」
 先に路地裏へ向かったはずのチンピラの姿が、どこにもない。
 いくら何でも急に、私を見逃すことを考えたにしたって、不自然すぎる。どういうことだ?
「おーい、いないのか? それならそれで」
 帰らせて貰う、と言おうとしたその時だ。
 何か、すする音が聞こえた。
 それもスープを皿ごとの蒙として失敗したみたいな、下品な音だ。
「おい、一体どういう」
 と、路地裏のさらに向こう側、飲食店の裏なのか、大きなゴミ捨て場のあるその場所で、
「食べられちゃってるよォォオオ、俺今日はタコパスタ食べたのに、その蜘蛛なのかタコなのかよく分からない化け物に食べられちまったんだよォオオオォオオオ!」
 人間を補食する、先ほどの怪物の姿がそこにあった。蜘蛛のような顔面は容赦なく人間を食いちぎり、食べていた。気まぐれに血を吸っている。飲んでいるのだろうか? 人間の血を?
「まずいぞ・・・・・・」
 まさかマッハで動く宇宙船からパラシュートなしで降下して、生きているとは・・・・・・いや、ヘンリーの話を聞く限りだと、生きてはいないのか。 始末できるだろうか?
 幸い向こうはこちらに気付いていないらしく、人間をむさぼり食うことに夢中のようだ。あんな蜘蛛なのかタコなのかよく分からないちぐはぐな生き物が、人間を食べる姿は非常にシュールでしかなかったが。
「ぐるる」
 と、鳴き声を出しながらこちらを見た。私は既に身を隠していたので、視認されているはずはないのだが・・・・・・しかし、あんな鼻が付いてるのかも解らない怪物相手に、油断は禁物だ。
 どうしたものか・・・・・・日本刀の幽霊、サムライの持つ最強の武器は、こいつには通じない。この世のモノに対して無敵の力を持つわけであって、あんな怪物は想定していないのだ。
 いや、まてよ。
 そもそも、本当にあの生き物はあの世の物質のみで構成されているのか?
 もしそうならこの世の留まれないはずだ・・・・・・つまり生身の、生きている部分がないとおかしいではないのか?
 どういう原理かは知らないが、そのはずだ。
 確か、そう、腹の部分に人間の顔みたいなモノが、埋め込まれていたような気がする。
 見ると、やはり腹の部分に人間の顔みたいなモノがいくつか埋め込まれていた。不気味だ。しかしもし! その生身の部分がこの世に留まらせるのに必要なパーツならば、破壊することで消滅するかもしれない。
 やるしか、ないか。
 私は食うのに夢中になっている怪物の腹の下に滑り込み、幽霊の日本刀で思い切り叩き斬った。「GYLAAAAAAAA!」
 悲鳴みたいなもの(鼓膜が破けるかと思った)をあげ、汚い汁をまき散らしながらも、私に迫ってきた。
「ぐ・・・・・・来るな」
 壁に叩きつけられて身体が痺れた。
 動けない。
 幽霊の刀を振り回すが弾かれてしまい、蜘蛛のような顔面が私に迫る。
「UNGUAAAAAAAAA!」
「う、うおおおっ!」
 食われる、と思ったが、どうやら力尽きたらしく、その場に倒れてしまった。
「驚かせやがって!」
 私は戦闘が苦手なのだ。もう二度とこんな危険なことは、やりたくなかった。とりあえず思い切り怪物の死体を足蹴にし、ストレスを発散してから考える。
「まさかこんな奴がいるとは・・・・・・生物なのか? それとも人工的な怪物なのか? なんにせよ、くそ、あの女・・・・・・目が覚めたら聞きたいことが増えたな」
 今更あの女を始末したところで、追撃は止まらないだろうしな。やはり、女の依頼は鬼門なのかもしれない。とりあえずはその場所を離れ、私は買い出しを済ませて廃病院へと戻ることにした。 階段を上り、部屋へと近づくと、声が聞こえてきた。
「大丈夫」
「計画通り」
 断片的な話しか聞こえなかったが、どういう意味だろう?
 まさかこいつら手を組んでいたのか?
「これで、あいつらも諦めるはずだ。俺たちにはもう、用はないはずだし・・・・・・」
「甘いわ。私を簡単に見捨てる連中よ。そんな約束、反故にするに決まってる」
「しかし、もう俺はさっきの男の居場所を、彼らに売ってしまったぞ」
 ヘンリーはどうやら、私を先ほどの怪物に食わせるつもりだったらしいことと、二人が手を組み始めているらしい話が聞こえてきた。

裏切りは女の性と言うが、節操のない奴だ。
 しかしどうしたものか、このまま話を聞いたところで、私が死んだ場合を想定して話が進むだけで、大した進展があるようには思えない。
 そう思っていたのだが、
「私、彼を助けに行くわ」
 と、フカユキは思いがけないことを言った。
 今更遅いとも思ったが。
「ギャングか何か知らないけど、これ以上ビクビク暮らしてなんていられない! 私は戦う」
「よせ」
 とヘンリーが押しとどめる。
「かなうわけ無いだろう。現実を見ろ」
「現実はあいつらに捨て駒にされただけよ」
 ヒステリーな怒りで内に籠もられても困るので私は「コンコン」と開いているドアを叩いた。
「い、生きてた」
「人をハメておいて、随分な言いぐさだな」
「ごめんなさい・・・・・・ああするしかなかったの」 すまなさそうにすること。
 どうやらそれは罪悪感を消してくれるらしく、私には彼ら彼女らが、実におぞましく見えた。
 先ほどの怪物よりも、おぞましく。
 極論、こう言った連中は殺人や保身を「しかたがないから」と言う理由で、あたかも良いことをやったかのように演出するのだ。
 冗談じゃない。
 こんなクズ共の為に利用されたのは腹が立ったが、まあ言っても仕方がない。
 そもそも、依頼料金が前払いだったことから、この女はどこにでも逃げられた訳で、恐らくは人質でも取られているのだろう。
「人質でもいたか?」
 ぎょっとして「どうして分かったの?」とフカユキは言った。
 これでは利用されるわけだ。
「別に、ただのカンだ。なんにせよ、話して貰おうか? でなければ始末させて貰う」
「フカユキ、この男は」
「大丈夫」
 茶番はいいから早くしろ、と言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は椅子に座って、彼らの話を聞くことにした。
 人間は所謂「道徳的」であることにこだわるもので、それはこういう彼らの人間らしい葛藤であったり、あるいは即物的なところでは寄付をすることなどがそうだと言える。
 私はよく寄付をする。と、いっても当然善意からではない。自分の悪意を、欲望を肯定しているからだ。だから私は「強運」の為に、多額の寄付をしてきた、まぁゲン担ぎみたいなものだ。理由はどうであれ、私の金で命が助かったのなら、その命を最大限活用して私の役に立って欲しいものだ。銀河の裏側がどうなろうと知ったことか。
 何故こんな話を始めたのかというと、それが
私にとっての「人生のテーマ」だからだ。
 幽霊の日本刀なんてモノがある以上、人間が死んだ後には「あの世」だとかと言ったモノがあるかもしれない。しかし、そこには大きな疑問が残るのだ。
 一体、どうやって「天国」だとか「地獄」だとかに人間を仕分けするのだろうか? もし、そこに何かしらの法則があるならば、遵守する事によって私のような人間も「天国」に行けるかもしれない。とはいえ、その「天国」なんてモノがあったところで私は何も感じないかもしれないし、地球の女、あの女と取り引きして、寿命を延ばして延命している以上、老衰によって私が死ぬことはないだろう。
 願い下げな場所かもしれない。
 しかし、だからといってわざわざ「地獄」(そんなモノがあるのか?)に墜ちるかもしれない行動をすると言うのも、理にかなっていない話だ。 人間は死んでしまえばすべてを失い、無となるというのが真実なら、金だとか愛だとか、名声だとか能力の高さだとかで、人間を比べて天国に行くか行かないかを決めているとは思えない。
 思わない。
 そんなわけがない。金はこの世を生きる上で必要だが、しかしそれだけだ。あの世には持っていけないし、何より裕福さと人間性には因果関係はないものだ。
 だとしたらやはり「徳」だとか「善行」だとかで人間の価値が計られて(良い迷惑だが)いるのだとすれば、ある程度良い人間のように振る舞うことは、とても重要な行動となる。
 しかし・・・・・・目の前に神妙そうに座る女が、はたして幸運を運んでくれるだろうか? それだけはないと思う。
 だとすればこの女を助けることは所謂「善行のような道徳的に正しいこと」だとしても、正直言って私に何の得もない以上、関わりたくもない。「お願いします、助けてくれませんか?」
 などと、開口一番フカユキは言った。
 低姿勢で頼めばよいと言うものでもない。それで人間性を持ち出してモラルに乗っ取って受けろなどというのは、ただの脅迫だ。
 この女は必死さ、とでも言えばいいのか。誠意らしさ、救われるべき人間であるかのような振る舞いに、力を注いでいるようだった。
 下らない。
 誰が人質に取られただの、私たちを虐げるギャングは紛れもない悪だの、自分たちの正当性をまくし立てて話し続けられた。正直、途中からあまり聞いてはいなかったが、しかし同じような内容だろう、聞く必要はない。
「それで」
 私は結論を聞き出すことにした。
「どうして欲しいんだ」
「助けて貰えませんか?」
 などと言う姿に、寒気を覚えた。
 私にしては珍しい。
 要はこの女、何の謝礼も出せないけど、自分たちを助けてはくれませんか? あなたを罠にハメて殺そうとしたことは謝ります、改心しました。 だから私たちのために死んでください。
 あわよくばギャングを壊滅させてください。
 倫理観に従えばやらなければなりません。
 当然YESと言ってくれますよね?
 そう言うのだ。
 人間の欲望というのは「善意」と混ざることで恐ろしく醜悪なモノに変わるらしい。こんな下らない、大した付き合いもない人間を助けるために命を懸けてたまるか。
 私は作家だ。
 戦うものでもなければ、救うものでもない。
 そういうのは主人公の役割であって、私がやることではないだろう。物語があるとすれば、私はせいぜい語り手だ。
 もし、彼らのような輩を助けなければ「天国」に行けないと言うのならば、あまりたいしたところでもないのだろう。 無理につきあう必要もない。
「断る、話はそれだけか? では失礼する」
「ま、待ってください」
 このとき、私は違和感を覚えていた。それを活かせなかったのだからあまり言っても仕方がないが、このとき私はこの二人があまりにも、なんと言えばよいのか、そう「型にはまりすぎた」被害者面だと感じたのだ。
 用心するべきだったかもしれない。
 だが私は彼らを振りきり、早足でその場を去った。そして前金は貰っていたので、そういえばアンドロイドの幽霊がどうの、という依頼を受けてはいたが、似たような怪物を殺したわけだし、依頼主も納得するだろう。
 そう思って泣きじゃくるフカユキを捨て置き、私はターミナルへと向かった。
 

   6

 私は好みの宇宙船を選択し、そのままリラックスして、モニターを眺めながら空の旅を楽しむことにした。
「ン・・・・・・」
 モニターの写りが悪い。
 故障だろうか。
「お願いします、助けてください」
 などと、哀願するフカユキの姿が写る以外は、フツーだった。しかし、何故今のタイミングでフカユキがモニターをハイジャックしてまで私にメッセージを残すのだろう?
 もしかして、
「まさか人質か? 捕まった女を帰して欲しくばとか、そういう・・・・・・」
 どうでもいいが。
 私は彼女の知り合いですらないのだ。
「いいや、違うぜ」
 と、突然口調を変えて・・・・・・あるいはそれは本来のしゃべり方だったのかもしれないが、彼女は言った。
「あれだけ演技してやったのに、鬼かこの野郎! 作戦が台無しになったじゃねーか! ボケ!」 口汚い女だ。
 私が抱いていた違和感はこれだったのか。
「つまり、おまえが黒幕だったわけか」
「その通り」
 その依頼主、とはフカユキのことで、つまりそのギャング集団をまとめる女のボスとは、この女のことらしかった。欲望丸出しな、よだれを垂らした肉食獣みたいなその顔つきからは、今までの悲劇の女らしい雰囲気は、微塵も感じられない。「俺はよォ〜お前を殺しちまって、サムライの持ってる「刀」みたいなモノを使って、お察しの通り軍隊を作ろうとしていたわけだ。けどサムライは腕が立つからサムライだろ? だから悲劇のヒロインぶって、うまいことガス室送りにでもしてやろうかと思ったのに・・・・・・テメー人間かぁ? フツー美少女がお願いしてやったら馬鹿みたいに言うこと聞くもんだろうが?」
「生憎、「美少女」は見あたらなかったからな」「・・・・・・・・・・・・」
 挑発したモノの、返事はない。
 こういう輩が一番厄介だ。この宇宙船にも爆弾くらいは積まれているかもしれない。必要なことはする人間というのはつまり、必要だと感じたらどんなえげつない方法でも実行するからだ。
 ギャングなどと言うのは、力を持っているだけの悪ガキでしかない。
 そういう類のクズは、実にやっかいだ。
「貧困街だ」
「何だと?」
「だからぁ〜スラム生まれだっつってんだよ、汚い親から生まれて汚い汁をすすって、汚い方法で生き残って、で、カス共を食い物にして俺は食いつないできたわけだ」
「それが何だ?」
 そんなこと知ったことか。
 同情でも期待しているのだろうか・・・・・・自分以外の人間の苦労など知ったことではないし、そもそもが仮にこの女が知り合いだったとしても、私に「憐憫」だとかの機能は付いていない。
 この女はこれから大層な「お題目」をぺらぺら話すのだろうが、ギャングが考えるのは腰の振り方と、金の数え方と、綺麗な殺し方だけだ。
 そんなモノに耳を貸していられない。
「俺が言いたいのは、テメーラ自分が思っているほど小綺麗だと思ってんのかってことさ。俺を買う人間は腐るほどいたぜ? 元々腐ってただけかもしれねぇが、政治家だの資産家だの、肩書きがご立派な人間ほど、赤ん坊みてぇにむしゃぶりつきやがる! 気色悪いったらねぇよ! なあ、前から聞いてみたかったんだが、あんたはこの廃棄ゴミより臭いこの世界をどう思う?」
 へらへら笑いながら、フカユキはそんなことを言った。悲劇の女気取りの次は、悲劇アピールかと思うと、本当に面倒な奴だ。
 だが、質問は興味深いモノだったので、答えてやることにした。
「だから?」
「だからって、お前、他でもない鬼畜ヤローの手メーなら質問の意味が分かるだろ?」
「知ったことではないな。お前の基準が人間の欲望なら、私の基準は金だ。ある程度自分が豊かであれば、ゴミが何人沸こうと知らん」
「ヒュー、かぁっくいい。なら、あんたは自分がまさか善良な人間だと思ってんのか?」
「それこそどうでも良い話だ。そんなモノはどうでも良い他人が決めることであって、知ったことではないな」
「なら、あんたは悪人かい?」
 からかうようにそんなことを言う。
 どうやらフカユキは、人間の汚さを見過ぎて壊れてしまった狂人の類らしかった。だからこんな風に、宇宙船を爆破もせずに、私の話に聞き入っているのだろう。同じ破綻者の臭いをかぎ取って、私から見た世界がどう写っているのか? それを知りたいからだろうが。
 だが、世界なんて簡単なものだ。
 世界は作家に読み解ける程度に出来ている。
「悪かどうかは当人の心が判断するものでしかない。世間的だとか、倫理観だとか、それは社会をスムーズに動かす為のモノであって、実際には善悪など当人の意思次第だ」
「へぇ」
 どうやら興味は引けたらしく、私の乗っている宇宙船は爆発したりはしなかった。
「面白いなあんた」
 にやにや気味の悪いガキだ。
 無論、声には出さなかったが。
「肩書きのご立派な奴ほど、俺の経験じゃあ下半身しか動いていない、自己顕示欲の塊みたいなつまんねー人間ばっかなんだが」
 当てはまるのかどうかはしらないが、どうでもいいが、何か思うところがあったらしい。
 作家なんて肩書き、金が伴わなければ不名誉なだけだと思ったが。
「作家というのは、所謂「普通」って奴を毛嫌いした末になるものだ。ピエロではないから面白がられても不快だが、何にせよ用がないなら切らせて貰うぞ」
 そう言って、回線を物理的に切断しようとしたのだが、「まてよ」とフカユキは言う。
「あんた、殺しの依頼を受けてるんだってな」
「それが何だ?」
「俺の依頼を受けないか?」
 予想外の方向から矢がたった。てっきり爆弾の
準備を続けていると思ったので、脱出のことばかり考えていたのだが。
 依頼。
 確かに前金は良かったが、しかし、
「面倒だ、断る」
 と言った。しかし、
「宇宙船を爆破してもいいんだぜ?」
 と言われてしまえば、従うしかない。
 そして私は人に従うのが嫌いだ。
「そんな目で見るなよ。俺が欲しいモノはシンプルに金だ。あんたが殺し、俺が金を払う」
「お前は本当にフカユキなのか?」
 以前会った女はこんな奴だっただろうか。
 見た目は同じだが、中身が違う。それは明白な事実だった。
「ああ、あれね。途中で入れ替わってたのさ。あの女、フカユキとか言う女と、そっくりそのまま飛行船に乗った辺りから入れ替わっただけだ。どうせ俺には名前なんてないし、それでいいよ」
 つまり本物、というか以前私があった方のフカユキは、こちらのバックアップと手を組んで金でも貰っていたのだろうか。
「確か、「同一個体に対する環境適応実験」らしいぜ。要は同じ存在を違う環境下に置いた場合の反応、成長の差異、それを調べる為の実験だったらしい。作家先生の会ったフカユキは成功例、というかオリジナルなのかもな。俺も、自分が何人いるのか良く知らねぇ・・・・・・そもそも、それを立案した組織は潰れちまって、たまーにこうして他の自分と交流を深めるくらいさ」
 今となってはただの双子、いや数の多い姉妹というわけか、どうでもいいがな。
 私が携わった訳でもない実験の成果など、どうでもいい。しかし、同じ人間を複数作る、とは、随分と熱心な研究家がいたのだろうな。
 人権の無い同一個体、社会への適応実験でこいつのように「あえて劣悪な」環境下に置くことで「人間の成長」を解明しようとするなどと、人のことを言えた人間ではないが、随分とまぁ分不相応な上、大それた実験を思いつく奴がいたものだ・・・・・・私も人の事は言えないが。
 物語を書いて金を貰おうなど、どうかしていなければ、とても出来ないのだろうが。
「それで、私をオリジナルと組んで、何のメリットがある?」
「逆だよ、アンタはメリットがないと来ないだろうし、それに俺には戦力が必要だった。けれど面識のある個体はあいつだけだったから、仕方なく遠回りな方法でアンタが断れない状況を作り出して、俺に協力させ、腐った資本主義の犬共を殺す依頼を出すつもりだったのさ」
 戦力、ね。私に依頼を通常ルートで行えば、確かに私はここまで来なかっただろう。
「回りくどい女だ」
「仕方ねぇだろ。本来ならアンタを利用して、邪魔な奴等を皆殺しにしなけりゃならなかったからな。まぁまるまる嘘ってわけでもないぜ。俺もあの女と同じ、アンドロイドと人間のハーフだよ。あの女の「予備ボディ」が俺なのさ。記憶も共有してるが、まぁそれだけの関係だ」
 成る程、ネタが割れればつまらないオチだ。
 使い古された設定だな、「影武者」というのは・・・・・・こんなひねりのないトリックに、騙された私も悪いのだろうが。
 何かあれば暴力で脅し、それでいて自分たちを裏切るな、従順にいるのが賢いと、臆面もなく押し付けられるのが、ギャングだ。
 自分達の生き方が「イケてる」とでも思っているのだろう・・・・・・そんなクズが金と権力を手にし続けてきたのが人間の歴史なのだから、全くこの世界の底も知れている。
「それでどうやってお前は儲けるんだ?」
 金を払って終わりではないのか?
「株価を操作するのさ。だから、ばれない殺しは利益が大きい。昔から人間はそんなもんさ」
 単調で下らない。
 だが、人の不幸で株を操作し、儲けるのは昔からよくあることで、珍しくもない。
「相手が信頼できるかにかかっているな・・・・・・そういえば、あの医者はどうした? あの男も仲間だったのか?」
「そうさ。悲劇のヒロインを演じてから、出番を用意してやってたんだがな。ま、部下の一人だ」 下らない茶番に付き合わされ続け、逆に始末されるところだったというわけか。
「俺が欲しいのは権力だ、人間の欲望すべてだ。だから金が稼げれば軍隊は諦めても良い」
「そこまで、私を雇用したがる理由は何だ?」
「ばれないからさ。サムライの殺しなら、どのサムライに誰が依頼したのかなんて、分かるわけねぇしな。それに、お抱えが一人いりゃあ、邪魔者を始末するのに、余計な金と人員と、手間暇かけずに済む・・・・・・サムライのやり口になれたあんたは分からないかもしれないが、人間一人消すのに恐ろしい時間がかかるもんだぜ。ばれないようにってなると、余計な」
「それならニンジャを雇えばいい」
 暗殺は彼らの領分だ。
 サムライは必要ない。
「抑止力として必要なのさ。サムライはこの銀河の海で、武力の象徴だからな。誰かがサムライを雇っても対抗できるし、良いカードだ」
 ・・・・・・まぁ、理屈は分かった。
 金払いも良さそうでもある。
 どうしたものか。
「何故、権力にこだわるんだ?」
 人間が望むものと言うのは、当人の願いに近いところにある。だからそれを知れば見えないところが見えるかもしれない。
 そう思った。
「何故も何もねぇだろ」
 フカユキは、いやフカユキの予備だったか。まぁ面倒なのでそう呼ぶとして、女とは思えない獰猛そうな顔つきで、いっそ涎でも垂らしそうな顔をして言った。
「権力は正しさを押し通すことが出来る。所詮世の中なんぞ偉い人間が右か左か、ルールを決めて他は陵辱されようが殺されようが、「それが正しい」ってことになって、良いように搾取されるだけだ」
 食う側に回りたいのさ、と。
 肉食獣のように、フカユキはそう答えた。
 何か嫌なことでもあったのだろうか・・・・・・まぁあったのだろう。陵辱され奪われ、良いように使われることにうんざりして、始めたのが奪うことを仕事にするギャングだというのだから、皮肉というか何というか。
「確かにそうだろうが・・・・・・お前の野心と私がどう行動するのかについては、いっさいの関係がないな」
 とは言ったが、しかし作品のネタにはなりそうだし、受けるだけ受けてみることもありだろう。 無論、そういった態度は出さない。
 出せば安く見られる。
「そうでもねぇさ。金なら弾むぜ」
 会話していて余程、先ほどの「悲運の女」の演技から素の部分がぶり返したらしく、必要以上に偽悪的なしゃべり方だった。
 正直興味が沸いてきた。というのも依頼に対してではなく、この女にだ。「悪」というのは強い個性であり、小説に限らずあらゆる娯楽文学、漫画にしてもそうだが、物語には魅力のある悪人が必要不可欠だからだ。
 私自身が善人ってわけでもないので、悪人と悪人の対立を描く話が多く、主人公として起用するにも敵対者のモデルにするにも、悪人というのは興味深い存在だ。
 そのためにも、私の立場をフカユキに教えておいてやるとしよう。
「はっきりさせておくが、そうだな。私は金と作品の執筆・・・・・・から得られる「人生の充実感」が得られれば、他はどうでも良い人間だ」
 無論、言うまでもないことだが、金が伴ってこそだ。金がなければこんな面倒なことやっていられるわけがない。
「なら、丁度良いじゃねぇか。殺しの依頼相手は権力を笠に着た悪党だぜ」
「いいや、それでは一人悪人を取り逃がしているからな・・・・・・お前という悪を、私の作品に取り入れずに捨てるのは惜しい。だからこうしないか? 私とお前で戦って、負けた方がしたがう」
「は」
 無論、そんなわけが無い。
 この女はいずれ始末しなければ・・・・・・こういう「中途半端に力を持った」偽善者ぶったクズというのは、手に負えるものではないからだ。
 それがギャングという生き物だ。
 下らない誇りと建前の為に、いくらでも殺して悪びれないクズだ。私か? 私は建前など一々使ったりしない。建前がなければ正当化できず、素直に邪魔者は殺すと断言する。
 彼女は鼻で笑い、「買ったら腰でも振って欲しいのかい?」と、若干下品なことを言った。ギャングなんて存在が下品なのだから、まぁ仕方ないだろうとは思ったが。
 私は理不尽な暴力が嫌いだ。
 暴力で物事を押し進めるこの女は、特に。
「私にも好みはあるのでな、遠慮する。私がお前に勝利したら、そうだな、作品のためにお前の生い立ちだのなんだのを、お前という悪を作り上げた原因を知るために、取材をさせて貰うとしようかな」
「俺が勝ったらお前はどうするつもりだ?」
「その依頼を受け、邪魔者を始末してやろう。なんなら雇用契約を継続的に結んでも良いぞ」
 するとフカユキは画面の向こう側で俯いてぶるぶると震えていた。なんだ、今更腰が引けたのかと思ったら、突然大笑いをし始めた。
「あーはっはっはっは、いいぜ、受けてやる。ただし甘く見てると死ぬぜ、お前」
「だろうな」
 いくら何でもギャングのボスを務めるほどなのだから、それ相応の戦闘能力はあってしかるべきだろう。私は戦闘が好きではないが、こうでもしなければ作品の参考にならないし、仕方ない。
「なら、今この瞬間からスタートだ。その宇宙船のパイロットは買収してある。こちらに帰らせるぜ」
「構わんよ」
 などと言ったが、そうだったのかと感嘆しても締まらないので、ここは最初から分かっていたように振る舞うとしよう。
 まさか宇宙船のパイロットを買収するとは。
 案の定、突然Uターンをされたので、どのみちこの宇宙船ではこの惑星を抜けられなかったのだろう。私はターミナルに再び降り立った。
 近くにある河原で決着をつけたいという連絡が入ったので(古風な女だ)私は注意を払いながら周囲を警戒しつつ、河原へと足を運んだ。
「待ってたぜ」
 そこには野獣が立っていた。そう表現して良いくらいに荒々しく強い印象を強引に抱かせる、フカユキの姿があった。
 どうやったのかは知らないが、髪は金色に変わっており、よく見ると拳も通常ではあり得ないほどに堅そうで、恐竜と退治しているような錯覚に陥った。今更だが、あのひ弱な被害者面は、演技だっただけでなく、科学の力で骨格を変え、渾身の変身をしたからこそ、私は騙されたようだ。
 華奢なことには変わりないが、筋肉が女ではあり得ない程発達している。
 フカユキは啖呵を切って、
「仁義を通して道理を引っ込める。それが俺の生き方だ・・・・・・さあ」
 殺し合おうぜ、と。
 いくら凄んだところで動機は金であり、こういう「建前みたいなもの」を振りかざす馬鹿にはロクなのがいない。自分達の生き方がクールでイケてると思いこんだ馬鹿は、大抵こういう下らないポリシーを持っているものだ。
 そして彼女は、例えるならば同窓会で会った昔の友達が、勢いで二次会に誘うような気楽さで、私に刃を向けるのだった。

 幕間
 
 女の話をしよう。
 貧困下で出来ることは、身体を売ることだけではないと、聖者ならば言うかもしれない。私からすれば知ったことではないのだが、噺を続けると・・・・・・要は「選ぶ自由のない人間」だったと言うだけの噺だ。
 自我が芽生えた頃には、慰み者になっていたらしい。どうでもいいがな・・・・・・とにかく、女は運良く暴力を手に入れ(死に瀕していたニンジャから、力を奪ったらしい)復讐を誓った。
 陳腐な考えだ。
 面白味もない。
 とにかく、この物語に主役がいるとすれば、それは復讐にふさわしい力を手に入れた女のことだろう。私は作品のネタを求めて、金と充実の為だけに動いている人間でしかない。
 主人公。
 私から言わせれば、「正しく見える」倫理観と「理不尽に打ち勝つ暴力」を兼ね備えただけの、チンピラでしかない。
 はっきり言って不愉快だ。
 この世が不条理なのは当たり前の事実だ・・・・・・・・・・・・だが、所謂「成功者」やさっきも言った「主人公」と言った人種は、さも自分達がそういう理不尽を打ち破るのが当然であり、何一つ悪びれず、私のような悪人を虐げる。
 これが不愉快でなくて何なのか。
 嫌悪感を抱かずには、いられない。
 この物語は私という「生まれついての悪」が、主人公をどう手玉に取れるかが重要なファクターだ。戦えば勝てないが、そうさな、だからこそ主人公であるこの女には、自分で自分を裁いて貰うしかあるまい。
 つまるところ。
 私は最後まで傍観者なのだった。

   7

 悪人の願いなどと言うモノは詰まるところ、人並みになれなかった分の埋め合わせ、不遇の分人並み以上に「力」であったり「権力」に拘り、生まれながらの悪でない限り、私のような存在そのものが悪のような存在でない限りは、おおよそ、願いはしれているのだ。
 だが、この女は本物のようだった。
 私と同じ、破綻した人間だった。
 まさか正面戦闘でサムライを殴り飛ばす奴が存在しうるとは・・・・・・私は地面に叩きつけられながらも体制を立て直し、幽霊の日本刀を構えた。
 だが、私の幽霊のに本当を「見ながら」フカユキはこう言った。
「それが、サムライの武器か?」
 幽体である以上、霊能力者でもない限り見えるはずはないのだ。つまり、嫌な予感が的中したということだ。
 まぁ、この女をベースにクローンニンジャを量産しようとした奴がいたのだから、当然といえば当然だったが。
 ここで断っておくが、私は戦うものではない。 作家は普通戦わない。
 だから恐ろしく不安ではあった。始末にはなれているが、しかしこんなアクション映画の主人公みたいなポジションで戦うなど、私の役割ではないはずだ。
「ニンジャは幽霊の手裏剣か。つくづく手抜きな武器を渡されたものだ」
 見えた。
 彼女は手裏剣を指と指の間に挟んでいた。そしてそれは私の日本刀と同じ物質で出来ているらしかった。
 今回の件から分かったことは、どんな時代であれ、馬鹿に過ぎた暴力を持たせると、大概ロクなことにならない、ということだ。
 わかりやすく超能力じみた能力を持っただけで拳銃を持ったチンピラと、対して変わらない。
 ギャングなんていつの時代もそんなものだ。
 暴力に正当性を考える時点で、ロクな生き物ではない。
「ベアナックル代わりに使うとは。それは確か投げるものだろう?」
「この方が性に合ってるだけさ」
 言って、プロボクサーが素人相手に本気を出すような大人げなさで、私を殴り、翻弄し、そして私は必死に幽霊の日本刀を盾にして、つまりは防戦一方で精一杯だった。
 冗談じゃないぞ。
 こんな強いニンジャがいたのか。
 私はデスクワーク担当でありたいのだが。
「どうした? そんなに腰を抜かしたんなら、手を貸してやるぜ」
 まるで物語の主人公のような、理不尽な強さだった。冗談じゃない、私は作家であって、格闘家ではないのだ。
 つまり始末が得意なわけであって、正面戦闘、それもサムライの能力が通じない奴相手では、新任の教師が良く知らないクラスメイトたちの喧嘩を仲裁するくらい、手慣れていない。
 まして主人公みたいな奴が相手では・・・・・・・・・・・・まずいぞ・・・・・・考えるのだ、主人公を倒す方法だって、考えようによってはあるはずだ。
 人質作戦、は相手がいないし、このまま戦っても勝ち目はなさそうだ。なによりこの女が、本当に主人公みたいな人間なら、主人公みたいなキャラクター性を攻略できる方法でなければならないのだ。
 そんな方法があるのか?
「お祈りは済んだか? なら・・・・・・ブチかまさせて貰うぜ!」
 そんな主人公みたいな理不尽な言葉をはいて、フカユキはどんどんと迫ってくる。
 だが問題ない。
 主人公を殺害する方法は、たった今成功した。 フカユキは足から血を流し、
「ぐ、ぐあああああっ! な、何ィ?」
 叫び方まで単調で、つまらない女だ。当然ながら彼女は、不可解そうに足元を見た。
 足下。
 主人公が敗北する理由があるとすれば、それは油断や覚悟の有無だろう。殴られて投げ出された際に、大きめの石を刀で切って尖らせ、延長線上にトラップとして設置した。
 そしてそのわずかな隙があれば十分だ。
「勝った!」
 そう叫びながら私は刀を振り下ろした。
 しかし、
「いいや、そうでもないぜ」
 あっさりガードされ、私は一生懸命勉強したのに報われない学生のように、殴られて後ろへと吹っ飛んだ。
 何だ、何が起きた。
「お前の日本刀はどーだか知らんが、俺の手裏剣はどこからでも出せるのさ」 
 首の部分から、いや全身から手裏剣の刃の部分が、フカユキの身体の内から生えてきた。どうやら、武器としてではなく、鎧として活用する戦い方を採用しているらしかった。
「サムライもニンジャも、武器が幽体ってことはだ。同じ幽体なら防げるし、別に拳がある以上、飛び道具なんかに頼る必要はねぇよな」
 そんなことをあっさりというフカユキ。
 まずいぞ・・・・・・主人公というのはこれだから厄介なのだ。学習してどんどん強くなっていく以上、一旦引くという選択肢もとれない。
 ここで倒さなければ。
 こんなただのクズに殺されてたまるか・・・・・・「弱い人間を養護して権力と戦う俺」に酔っぱらっているだけのクズに、つまらない足止めをしているほど私は暇ではない。
 なんにしろ、生き残らなければ。それでなければ、悪人の特性と、主人公の属性を持つこの希有な女に、取材が出来なくなる。
 いや、まてよ。
 先ほど、仁義を通して道理は引っ込めると言っていたが、どういう意味だろう?
 考えろ。
 つまりこの女はダークヒーローのような主人公性を持っていると仮定して、弱者のためにあくどいことでもするという、意思表示かもしれない。 なら、話は簡単だ。
 弱者を守る主人公は、弱者に手出しはできないからな。
 この女は、いやギャングというのはどうしようもないクズだが、しかしそういう輩に限って「誇りみたいなもの」を大切にする。
 そこにつけ込ませて貰うとするか。
「始末を依頼したいと、そう言っていたな」
 和睦、懐柔、なんでもいいが、依頼を受けた上で取材をするという方法ならば、受けるかもしれない。まぁ、できれば面倒なので引き受けたくないが、仕方あるまい。
 こんなところで殺されても困る。
 戦っても勝てないから説得するという現実的なアイデアで、乗り切るとしよう。
「ああ、そう言った」
「それは何故だ? それだけ腕が立つんなら、私の協力なんて、必要ないんじゃないのか?」
「そうでもない。強いってことはマークされるってことでもある。だから暗殺には向かないのさ」 暗殺に向かないニンジャか。
 ますます私とは違い、主人公みたいな在り方をしている奴だ。
「受けるかどうかは分からないが、話を聞かせて貰えれば、そこから判断できるが」
 とはいえ、恐れるには足りない。
 戦わないと言う選択肢。
 相手を懐柔するという選択肢が、私にはできるからな。
 主人公ではない、私には。
 主人公のように、あるいはダークヒーローぶったクズの、この女のように無謀な戦いをせずとも、私は大人の汚いやり方で勝利を得るほうが、性に合っている。
 そういう意味では、先程はらしくなかった。
 恥ずかしい。
 熱血物の主人公でもあるまいに・・・・・・まぁ、結局金で解決できそうになったのだから、良しとしておこう。
 実利が有ればそれでいい。
 と、思ったのだが・・・・・・。
「ダメだ」
 そんなことを言われた。
 私がもし、あり得ない話だが「主人公」のようなものだったら・・・・・・・・・・・・バトル物でもハーレム物でも何でも良い、そういう「主人公」だったなら、きっと、「この女には何か事情があるんだ」と気遣いを見せたり、あるいはしつこく聞いてヒロインを怒らせたりするのだろう。

 気分が高揚した。

 まだ見ぬ謎を知って、作家としての本能がうずいたのかもしれない。・・・・・・まてまて、なんだそれは。
 私が作品を書くのは金のためだ。
 そのはずだ・・・・・・・・・・・・そのはずだ。しかし、その割には命の危機に瀕してすら、私が考えるのは多くの主人公達が目の前の泣きそうな人間を放っておけないだとかいう綺麗事、ではなかった。 自身の作品について。
 考えていた。馬鹿馬鹿しい、私は金や安心のために書いているのに過ぎない。作家としての誇りだとか信念だとかはない、はずだ。
 もし、あるのなら?
 どうだろう。私にはこの女、この目の前で私を雇って誰かを殺そうとしているフカユキにすら、全く興味がもてない。
 持つつもりもない。
 強いとか、弱いとか、そんなのはどうでもいい話でしかない。
 私はアクション映画のスターではないのだ。
 金のために・・・・・・そのために仕方が無く、面白い作品を書き、書いて幸福になりたいだけだ。
 そのはずだ。
 だから、話したくないと言うならば是非もない話でしかない。良く知らない相手であろうが始末の依頼をこなすだけだ。
 フカユキは黙り続ける私を見て、頭をポリポリとかきながら、
「わぁーったよ。教えてやる、ただし途中退場は認めないぜ?」
 と言った。
 内容を知れば、抜け出すことのできない標的ということか・・・・・・・・・・・・。
「いいだろう。作品のネタになりそうだしな」
 案外、こんなふうに嫌だ嫌だと思いながらも、それをついつい考えてしまい、思考から外すことができず、結局そのために行動してしまうこと。 それがプロとしての条件だとしたら、不本意なことに、私は恐ろしいほどに作家としての素質・・・・・・いや、作家という「生き方」から、離れることができないようだった。
 例え、そのために見ず知らずの独裁者の始末を依頼されたとしても。

   8

 因果な商売だ。
 作家という物が「思い」だとか「信念」だとか「思想」だとか「人の意志」を描くことを生業としている以上、彼女の生い立ち話には興味がわいた。
 沸いてしまったと言うべきか。
 それを書いたところで誰も読まなければ、どんな生き方でも味わえない虚しさを味わうというのだから、普通に考えれば割に合わず、割にも合わないのにそんな生き方しか選べなかった。
 いい機会だから記しておこう。
 この世界が物語だとすれば、私は主人公ではないし、なる気もない。
 あのフカユキとかいう女こそが、ダークヒーロー的な主人公なのだろう。詳しい事情は後ほど記述するが、成る程、やはり世のため人のため・・・・・・実にありきたりで期待はずれな、意外性のない理由から彼女は行動しているらしい。
 主人公とは往々にしてそういうものだ。
 今更説明するのも馬鹿馬鹿しいが、この物語は私が悪人を倒してめでたしめでたしと言った展開を目指しているわけではない。私はあくまでも語り手であり、作家として最高のネタを読者共に伝えるだけだ。
 だから真実はこれを読む読者共が考えろ。
 それは私の仕事ではない。 
 私は作家なのだから、綴る所までが私の領域だ・・・・・・物語から真実を汲み取るのは、読者の仕事でしかない。
 だから考えろ、読者共。
 私は経験したことをおもしろおかしく伝えるだけだ。そこから先は読者自身がやるしかない。
 少なくともこれから語る暴力と理不尽の物語から、それに立ち向かう方法くらいはつかめるはずだ。そう思う。
「つまりだな」
 フカユキという腐れ縁の女と、私は先程の河原から離れた場所にあるレストランの中で会話していた。
 当然、殺伐とした話題だ。
 時代が変わっても変わらない、権力者と富と、それに連なる奴隷の物語だった。
「俺たちは体の良い奴隷だったのさ」
「奴隷?」
 見たところ、首輪はついていないようだが、どういう意味だろう?
 大体が、奴隷だのなんだの、やはりこの女は「自分達は不当に搾取されているから」とかそういう理由で暴力を正当化しているのだろう。そんなクズが泣き言を話し出したのだから、私としては笑いをこらえるほか、なかった。
「この惑星は俺の故郷なんだが、大した軍事力も持っていない自治国家みたいな物だったからな。外交・・・・・・と言えば聞こえはいいが、要は資源の切り売りをして銀河連邦に加えていただいた立場だった」
 どれだけ科学が進もうが、国や人、それらの欲望の向かう方向は同じということらしい。
 やれやれ。
 政治というものは、なかなか進歩しない。
 それでどれだけの民衆が飢えて死のうとも。
 その政治の犠牲者達がギャングとなり、この惑星を治め始めたという話を聞いて、私はそう思わざるをえなかった。
 私は作家なので、気にするつもりもないが。
 とはいえ、面白い題材ではある。どんな悲惨な状況下での物語も、スクリーン越しであれば物語として笑いながら民衆は金を出してくれる。
 感動とか。
 教訓とか。
 それらしいことを言って、感じて、実際には関係のないどこか遠くの世界の出来事だからこそ、言ってしまえば悲劇は金になるのだ。
 悲劇。
 現実にそれを味わうモノ達からすればたまったものではないだろうが、しかし現地の人々の叫びみたいな、あるいはその代表の声みたいなモノを演出し、「皆で世の中を変える意識を持とう」みたいな綺麗事を並べていたり、悲惨さらしきものを演出すれば、彼らは「こんな事が現実に起きているだなんて!」とか言って、ご立派な文明人ぶった彼ら彼女らは、本を買って読み、涙を流したりして、立派に人道的な善人であろうとする。
 簡単に言えば平和な世界に住んでいる人間達からすれば、そういった悲劇を本で読み、そしてそれに同情して良い人ぶる行為は、社会的なスティタスなのだ。 
 善人であること。
 彼らはそう思いこむことに余念がない。社会的であったり、あるいは人道的にそれらしく善人みたいな行為をしていれば自分たちは立派な人間であり、何に恥じることもなく、悪いのは自分たちのように振る舞えない世界だと思えるのだ。
 楽そうで羨ましい。
 何にせよ、悲劇は金になり、平和な世界の人間達の「道徳みたいなもの」を満たしてくれる。金になれば実際はどれだけ滑稽な自作自演であろうが、それが通用するのが資本主義社会と言うものだ。構わない。私は善人ぶるつもりもないし、そんな良くわからない境界線はどうでも良い。
 金だ。
 正しさも悪逆非道も、金がいる。
 分かりやすい世の中になったものだ。
「故郷か、正直故郷のない私からすれば良くわからないが・・・・・・引っ越しては駄目なのか?」
「当たり前だろ、自分たちの生まれ育った土地を放っとける訳ねぇだろ」
「そうか」
 全く分からなかったが、まぁ分かったフリをしておこう。
「それで、結局私に始末してほしい相手というのは誰なんだ? 話を聞く限り政治家か何かみたいだが・・・・・・」
「全然違う。人間じゃない」
 どういうことだろう。
 侵略してきたエイリアンと戦えと貝割れ無いだろうな・・・・・・相手が幽霊でも侵略者でも神でも悪魔でも殺せるが、しかしこれ以上やっかいそうな相手とは戦いたくない。
 私は作家であって、何度も言うが戦闘など得意なだけであって、疲れるし、そういうのはバトル系の漫画に出てくる「俺がやってやるぜ!」とか無駄に暑苦しい女と友と皆のために戦う主人公に任せればいい話だ。
 面倒なのでこれ以上、柄でもない戦闘行為はごめん被る。
 誰か別の奴にやらせろ。
 そう言いかけたが、しかし、彼女の口から出た言葉は拍子抜けというか、そんなことなら自分でやれと思わざるをえないチョロい仕事でしかなかった。
「この箱を叩き斬ってほしい」
 言って、見せた写真に写っていたのは、箱だった。ただの箱ではない。どこかの惑星の要人らしき人物が、大切そうに保有している。
「振動核の発射スイッチが入っている」
 振動核。
 従来の爆弾とは違い、非殺傷能力を突き詰めた結果、人類が開発した「人道的戦略兵器」だ。
 兵器に人道も何もって気もするが、死人がいっさい出ず簡単に敵国を制圧できることから、抑止力としても効果は高く、保存しても害悪がないので重宝されているらしい。
 未来の抑止力。
 そんなモノを斬ってどうするつもりだろう?
「サムライやニンジャの持つオカルトテクノロジーは、物質の魂を斬り、生物は腐り無機物は使用不可能になる。見た目はそのままで使えなくして行きたいんだ。詳しくは話せないが、外交を有利に運ぶための策略とでも考えておいてくれ」
 成る程。
 高い金払って拵えた人道的戦略兵器が、実は昨日から使えませんなんて事になったら、外交に関しても弱腰にならざるをえない。
 そこから条約を結び直し、彼女の言う「故郷」を書類の上でも取り戻す腹なのだろう。
 何にせよ、この箱のある惑星には興味があり、前々から取材にいこうかと検討していたところだったので、そのついでとしてはいいだろう。
「構わないが、予定にない惑星にいちいち向かわなければならないのだから、報酬は弾んで貰おうか」
 口ではこう言うが。
 当然と言えば当然だが。
「良いぜ」
 と言って、彼女は封筒を取り出した。
「前金だ、受けとりな」
 中には金のクレジットチップが何枚か入っており、適当なことを言っただけでここまで儲かるとは、流石に思いもしなかった。
 何にせよ楽しみだ。
 観光がてら、取材ついでに楽しめそうになってきた。
 彼女は封筒を出すなり「じゃ、頼んだぜ」と言って、立ち去ってしまった。
 だが去り際、
「もし失敗したら、改めて殺しに向かってやる」 と、恐ろしいことを言うのだった。
 要は、先ほどの説明から簡単に推測すれば、だが・・・・・・「性能は同じ」だが「劣悪な環境で」育ったシェリーホワイトアウト、フカユキの姿だと言うことらしいが、環境が違えばここまでかわるものなのか。参考になる噺だ。
 だが、私は語り手であって、戦っても死なない主人公ではない。
 あんな疲れる体験は、一度味わえば十分だ。
 こうして、依頼を受けて、つまりはアタッシュケースもどきを斬る為だけに、私は銀河の果てから果てへ、旅をするのだった。
 まさか、宇宙船が墜落し、未開の地に降り立つとは思わずに・・・・・・などと、適当なことを言っていったん筆を置くとしよう。

   9

 ロック、バー、そしてハンバーガー。
 それがその惑星の全てだった。
「うるさい場所ですね」
 そう言ったのは地球在住の神だった。つまり私の寿命を延ばし、私に「幽霊の日本刀」を与えたサムライの総元締めだ。
 いい加減呼びづらいので、何か名前を頂きたいところだ。
「なぁ、お前、名前とか無いのか?」
「どういうことでしょう?」
「無くても構わないが、呼びづらい。何か無いのか?」
「では、タマモとでもお呼びください」
「タマモ・・・・・・」
 玉藻前が正体ではないかと睨んではいた。確か、大昔に退治されたとかいう女に化けた狐の名前だ。何でも良いが。
 怪物であろうと 人間であろうと、そんなモノは肩書きが違うだけであり、少なくとも私にとって大切なのは、その肩書きが金になるかどうかだから、問題ない。
 まぁただの偽名かもしれないが。
 あの星には山のように神様が、あるいは怪物がいたという伝承があり、そんな大安売りされているモノの中の一つを使っているだけに過ぎない。 だから名前と正体とを結びつけるのは、いくら何でも早計だろう。
「そうか、ところで油揚げでも頼もうか?」
「いりません」
 そんなものはこのバーに置いていないし、置いていたところで頼むつもりもなく、何が言いたいかといえば私はただ単に悪ふざけでからかっただけであって、それは相手が神でも怪物でも変わらないと言うことだ。
 正体が何にしろ、女であることは確かなようだ・・・・・・自分という女を安く見られたとでも思ったのか、むすっとして口を利こうとしない。
「とりあえず、タマモとやら、聞きたいことがあるのだが」
「・・・・・・何ですか? 私は忙しいのですが」
 掃き掃除しているだけだろうと言えば、恐らくさらに頑固になるであろう事は明白なので、控えることにした。
「そういうな、お前のような美人を連れ回せて光栄ではあるが、しかしこちらにも事情がある」
「断ってしまえばよいのでは? あなたは」
 言って、こちらに向き直った。
「私の依頼を受ける代わりに不死・・・・・・ではありませんが、不老の効能を得ています。作品の執筆のネタになるからと、こんな危険を繰り返す必要はないのでは?」
 もっともな質問だ。
 しかし、そのもっともなことをできない生き物を世の中は「男」と定義している。
 つまり落ち着きのない生き物である我々に、そんなことを諭すのは無意味を通り越して無知であるのだ。などと、それらしいことを言ったが、しかし要は「生き甲斐」や「やりがい」だとか、あるいはそういった充実感のために、ありもしないものを探しているだけかもしれない。
 しかしそれを素直に言わないのもまた、男という生き物である。
「そんなことはないぞ、人生には充実感のある趣味が必要だ。そうでなくては面白くない」
「面白さのために、そんなモノのために命を張るのですか?」
「死にたくはないので、低いレートで張るがな。何にせよ、あれば面白い。そして、面白きことも無きこの世の中を面白くするためには、必要不可欠なものだ」
 などと、大言を言うモノの、大して根拠のない話なので、実際どうかは個々人によるだろう。
 私はそれで問題なさそうではあるが。
「男というのは馬鹿な生き物ですね」
 反抗心と言うよりは、言われたら言い返すという実に子供っぽい理由で、私は、
「そうだな、女と同じくらいには」
 と言った。
「・・・・・・どこが、でしょうか? 思い当たりませんね」
「そんな男に騙されたり惚れたりする。そして、情緒は豊かだが、理性よりも感情で判断する。鈍感であることが男の欠点ならば、冷徹に切り捨てられないのが女の欠点だ」
 漫画のキャラが怒る際のマークが見えた気がした。気のせいではなさそうだ。
 肩が震えている。
 話に感動して、ではないだろう。
 端から見たら喧嘩しているカップルか、別れ話の最中にしか見えないのではないだろうか・・・・・実に不本意だ。
 そんなつもりはなかったのだが。・
「・・・・・・ほぅ」
 そんな私の心境を知ってなのか(まさか心が読めたりするのだろうか? だとしたら手遅れ過ぎる気もするが)彼女、タマモは反撃開始だと言わんばかりに、言い放つのだった。
「聞きますが、「冷徹に切り捨てる」のではなくただ単にあなた達は「他の女に目移りしやすい」だけでしょう」
 それはあるかもしれない。
 私は女性と付き合ったことがないので、正直良くわからないが、しかしいくら何でも一人の女だけ見続けるというのは、どんな男でも不可能だろうとは思う。
 性欲云々ではなく、疲れそうではある。
 たまには離れて行動したいというのが、世の男の本音なのかもしれない。
 男の本音というのは、科学技術が進歩しても、やはり変わらなさそうではあるしな。
「愛情と性欲は別だからじゃないのか?」
 「そこです」と、タマモは計算の苦手な学生相手に計算ミスの起点となる計算式の間違いを正す女教師のように、鋭く指摘した。
「なぜ別々なのですか!」
 何か嫌な思い出でもあったのだろうか? 何でも良いが、しかし私に問いただされても困るのだが・・・・・・。
 しかし事実だと思う。
「愛情が増せば増すほど、性欲の対象ではなく愛情の対象になるからじゃないのか?」
「両立すればいいでしょう」
 憤っているようだった。
 一体何の参考にするつもりだろう。
 この女の将来が不安だ。神に将来なんてモノがあるのかは、知らないが。
 このバーも、人が少ないと言うほどではない。それなりに出入りする人間は多いようなので、騒がしい女の奇行は避けてほしいところだ。最も、この女は見てくれは良く、私服姿なのか、この惑星のファッションスタイルに合っている姿のようだったので、どのみち目は引いただろうが。
 若干以上に扇状的なファッションだ。この女の趣味なのだろうか?
 カウンター席に我々二人は座って談義していたのだが、痴話喧嘩と思われたらしく、バーテンダーからカクテルの差し入れが一つ、間にそっとグラスで進められたのを見て、大声で騒ぎすぎたとタマモは猛省しているようだった。
 私は気にしなかったが。
 気まずくなったのか、タマモは場所を移動し、店内にあるビリヤードを突き始めた。私もそれに習って台の前に立った。
「両立も何も、性欲の対象と言うことは愛情がないし、愛情の対象となれば性欲が無いというのは恐らく、両立できるモノではないだろう」
「甲斐性がないだけです」
 手厳しいことを言われた。
 甲斐性か、しかし、男ばかりが女を養うという風潮もそうだが、男女の関係性というのは、私には理解し難い部分がいくつかある。
 ついでだ。作品のためにいくつか聞いてみよう・・・・・・人間の醜い部分を深く描写するためにも、良い機会だと言えた。
 私はビリヤードをわざと失敗して、それから言った。
「なら、女の甲斐性とは何なのだ? 少なくとも人から聞く限りでは、家で家事もせずだらだらと寝こけていたり、あるいはしていたところで、そんなモノは男でも出きる奴は多いと思うが」
 必要性が良くわからない。
 家事もなにも、それだけならば定期的に人を雇うか自分でするか、少なくとも食事なら外食で済ませれば良さそうなものだ。
「何の役に立つのか、皆目見当もつかないが」
「ふん! 女は影ながら殿方を立て、支えるものです。昔の国家首領も同じ事を聞いたらしいですが、妻の支えがなければ大統領の素質があっても、ガソリンスタンドの店長で終わるものです」「具体的にどう立てるのだ?」
 結果論だけ言われても納得行きようがない。
 女が男を立てるというのは、成る程美しい話に聞こえるが、隣に立っているだけで結果後から言うだけでは、迷惑でしかないだろう。
「辛いときこそ支えるのが、妻の本分です。心を支え道を誤らぬよう誘導し、当人にも分からないようにうまい具合に誘導し、成功すれば立てて行き、常に共にある」
 それが人を支えると言うことでしょう、と大きな胸を張って言うのだった。
 しかし疑問も残る。
「辛いとき悲しいときに、自分で自分を支えられる人間には、何をするんだ?」
 困ったような顔をして、彼女は、
「・・・・・・おいしい料理を作りもてなすとか」
「自分で料理が出きる場合は?」
 自分で言うのもなんだが、大概は作れる。
 科学の恩恵もあるが、女でなければ作れない料理というのも、いくら何でもないだろう。
 なければ買えばいいしな。
「疲れた体を癒すとか」
「マッサージに行けばいい」
 若干涙ぐみながら、彼女は、
「旦那様の味方をします。相手が誰であろうとも味方になり、後方から支える。これは妻でなくてはできないことです」
「味方が要らない場合はどうするのだ?」
 と、私が言ったところで、若干素が出たのか、真顔になってタマモは言った。
「そんなことはありません」
 と断言した。
 断言できるモノなのだろうか?
 味方がいなくても実利があれば、少なくとも私は生きて行けそうだが・・・・・・よくよく考えれば、そんな都合が良い味方など、居たこともない。
 それでも金があればおいしいご飯は食べられるし、味方がいないことを孤独だの何だのと、嘆く奴もいるのかもしれないが、私からすれば煩わしいだけであって、結果が伴えばそれでいい。
 世の中そういうものだ。
 と、思ったのだが。
「味方がなくても生きていけるなど、ただの傲慢でしかありません」
「しかし、資本主義社会である以上、金があれば生活は出きるし、味方とは言えないが、文明の恩恵を得て力を借りることも可能だ。そもそも、人と人が手を取り合って、仲間だとか味方だとかそれらしい物を真実手にして生きてきた世界など、未だかつて聞いたこともないが」
 それこそ小説の中の世界じゃないのか?
 現実には金で何とかなるのだから。
「生きるだけなら、それも可能でしょう。しかしそれでは寂しくありませんか?」
「いや、全然」
 それこそ押しつけがましい善意という奴だ。
 あった方が人間らしいことは確かだ。
 しかし無くても生きていける人間もいる。
 大勢が愛情だのなんだのを大切にするからと言って、大切にする気持ちそのものが無い人間を数えないのは迷惑でしかない。
 あれば私も豊かもしれない。
 しかし無くてもやはり、私は特に不満もなく、生きていける。
 愛情だとか友情だとかは、私にとっては「あれば便利でさらに豊かになれる」ものでしかなく、必要不可欠ではない。
 コーヒーに砂糖を入れるか入れないかみたいなものだ。あれば良いが、無くても楽しめる。
 強がりとかそんなものでもなく、事実そうなのだから仕方あるまい。なんだ、ゲームとか漫画とか、娯楽を楽しむのも、人生の醍醐味であって、人生を楽しむ方法は愛や友情だけではないと言うことだ。 
「愛情を重んじすぎているだけだ。重要かもしれないが、しかし、人生それだけでゃあるまい。愛がなければ非人間的であり、幸せではないなど、自分たちの常識を押しつけているだけに過ぎんと思うが」
「それでも、私は愛がある人生の方が、豊かだと思います。一人よりも、二人が良い」
 経験からくる発言なのか、やけに思い詰めた表情でそんなことを言うのだった。
 知らないが。
 なので、事実だけ言った。
「かもしれない。しかし、無理に二人でなければならないわけでもない。人間は一人でも生きていけるようになった。まずはそれを認めろ。その上で望むならそれを手に入れればいい。愛情は尊いが、それが全てではないと言うことだ」
 こんな風に偉そうなことを言うのは大嫌いなのだが(年寄りじみている)しかし、口が滑った。 今後は気をつけよう。
 まだまだ私は若いしな。
 説教されるのも嫌いなので、つまり、私の場合ただ我が儘なだけかもしれないが。
 タマモは納得行ったわけではなさそうだが、
しかし控えたようだった。丁度良いタイミングだったので、私は話を切り出すことにした。
「勝負をしないか?」
「何のですか?」
「目の前にあるビリヤードだ」
 先程の私の失敗を見ていたらしく、余裕を表情に出しながら「良いでしょう」と彼女は答えた。 騙されたな。
 チョロい女だ。
 まぁ、案外私の方が騙されていて、分かっていて話に乗ったのかもしれないと言う可能性もあるにはあるが。
 つまり、勝負は私の圧勝だった。

   10

 不機嫌そうに肉をほおばっている女のBGMには、ロングトレイン ランニンドゥービーブラザーズが流れていた。
 ホテルのレストランにしては、良い選曲だ。
 ビュッフェも中々いける。
 しかし彼女は、いや女という生き物にはオールディーズの良さが分からないらしく、食事を奢らされた不満に憤りながら、肉を荒々しく口の中に運ぶのだった。
「美味いか? それ」
「こういった場では」
 そう言って、タマモは口を開き始めた。
 食事中に喋るというのはマナーに反するが、バイキング形式のビュッフェなら別に構わないだろう。タマモは牛肉、ラム肉、豚肉と、がつがつと肉ばかり食べるのだった。大して私はパスタ大盛りとアボガドサラダ、コーンスープにコーヒーとアーモンドという、軽食で済ませていた。
「普通、女性を立てるものと聞きましたが」
「それは古い考えだな。男女平等とか言う胡散臭い平等意識が根付いて久しい。最も、私からすれば「平等」などと言う胡散臭い物より、目先の実利が大切だ。故に、敗北した貴様に奢らせることに何のためらいもない」
 強いて言うなら負けた方が悪い。
 そう付け加えたところ、焼き意志に水というかどうもさらに怒りを加速させたらしく、
「意識ではなく、品性の問題です」
 と言うのだった。
「それは悪かったな。負け犬に飯を奢るのもたまには良いかもしれない。どうだ、私が奢るから遠慮なく負け犬らしく貪るように食べるか?」
 嫌な音がした。
 からかっておいてなんだが、しかし猛獣が肉を食いちぎるような音を聞いて、この辺にしておこうかと、今更ながら私はジョークを控えるのだった。まぁ、本当に今更だが。
「それで、何のようです?」
 こちらからすれば聞くべき事は明白だが、しかし確かに彼女からすれば意味不明だろう。
 あの女、私に幽霊の手裏剣などと言う便利なんだか良くわからない武器で私を圧倒したフカユキという女の、その武器の出所についてだ。
 他にそんなふざけた武器を貸し出せる奴が居るとも思えない。
 そう考えていたのだが・・・・・・。
「違います」
 にべもなく言うのだった。
 そんな馬鹿な。
 この女はサムライの総元締めじゃないのか?
「じゃあ他に誰がそんなことをする?」
「さあ、私以外にも暇を持て余した人外の存在は大勢居ます。何せ、人類は地球を見捨て、科学の恩恵に頼りきりだというのですから、神々は暇を持て余して当然です」
 まさかそんなことになっていたとは。
 暇を持て余したからって、あんな便利な殺人道具を配り歩く必要もあるまいに。
 まぁ、その「便利なオカルト殺人道具」を使って儲けたり寿命を延ばそうとしている私のような作家が言うと、なんだか説得力がないかもしれないが。
 構わない。
 私のような人間が言う綺麗事に説得力が宿るような事態になれば、それは世の中が末期の時か、あるいはその手前だろう。
 つまり人類はいつだって、その手前なのだ。
 こうなると仕方ない。この女から情報を聞き出して策を練ろうと思っていたのだが、こうなると聞けることだけ聞いておこう。それくらいしか現状、できることはない。
「他にも聞きたいことがあるのだが」
「また仕事の話ですか? うんざりです。聞きたくありません」
 と言うのだった。
 ともすると依頼の達成よりも、この女の機嫌を直すことの方が難しくなりそうだ。そもそも、私は「幽霊の日本刀」の力を借りて始末するだけであって、私個人は大して労力を消費しない。剣豪の記憶でも埋め込まれているのか、私のようなペン以外握ったことのない人間でも、あっさり目的を毎度、達成できるからだ。
 まぁ構わない。
 私は作家であって、始末屋ではない。そもそもが本分ではないのだから、むしろここは「女心」の研究と解析が出きれば、手裏剣女に襲われたことも忘れてやっても良いし、アタッシュケースの始末などと言うつまらない労働にも、やる気が出ると言うものだ。
 作品のネタになれば。
 どんな仕事であろうが、無論、金になることは必須ではあるが・・・・・・今回は前金を貰っている。 問題なかろう。
「そうだな、わかった」
 そう言って、意識を切り替えた。
 こういう状態の女は頑固である。だからこそ丁寧にほぐして行かねばあるまい。なんにせよ、しばらくつまらない依頼については忘れよう。
 しかし何がいいだろう。
 何を言えば気がほぐれるだろうか・・・・・・。
「ではこのあとケーキバイキングにでも行かないか? 私は甘いものが好きだからな」
 男性に対して「好きではなさそうなので」と言う理由から言い出せない女性が多いらしいが、しかしそんな嗜好は人による。
 私は好きなので問題ない。
 女は甘い物が好きだ。感情で生きる彼女たちからすれば、そういった直接幸福を感じ取れる物は好みなのだろう。食べ物以外ではジェットコースターだとかだろう。勿論これにも個人差はあり、活動的な女はそう言う物が好みの傾向があるように思えた。
 そして彼女が、タマモが神々のようなモノなのならばだが、嗜好品が嫌いな神などいまい。偽名かもしれない以上実は魔王だったと言われても仕方ないが、人外であることは間違いない。
 案の定表情が崩れた。
 大人ぶっている小娘だと踏んではいたが、やはり当たりだったようだ。まぁ、たいていの男女はそう言うものだが。
 年を取ったところで、神も人間もそんな急に成長したりはできないものだ。
「甘いものですか、まぁ、いいでしょう」
 との答えが出た。
 私はさりげなくこの女の好みを観察してある程度当たりをつけた上で、バイキングの中から食べ物を献上することにした。
 何がいいだろう。
 タコ料理でも持って行ってからかってやりたいところではあるが、そう言うわけにも行くまい。 無難どころでも駄目だ。
 悩んだ末、私はフランス料理らしい大仰な焼き魚を皿に載せ、その上でサラダで盛りつけをし、そして煎れたてのコーヒーをもう片方の手で掴んだ上で、テーブルに戻った。
「雰囲気的に似合うかと思ってな」
 などと言うのだった。
 そして、
「美しい女には見栄えの良い食事と、コーヒーか紅茶が似合うと思ってな。まぁ、大人の女性にはコーヒーが似合うし、目の保養になると思ったのだが」
 実際には紅茶の種類が良くわからなかったからだがしかし、まぁ言うまい。
 この方がそれらしいだろう。
 女を相手にするのならば、まず口を動かさねばならない。男と違い、口上だけでも傷ついたり喜んだりして、またそのことを覚え続けていたりするモノらしいからな。
 この辺りは単純に、男と女、比べれば別の生物と言って良いくらいの差がある故の、それ故の理解の及ばなさであったり、行き違いなどで別れたりくっついたりまた別れたりするらしい。
 私は女性ではないので、知ったような口を利くのは危険だろう。何にせよ、私も女に詳しい訳ではなく、非人間故とでも言えばいいのか、皮肉なことに「人間らしさ」がまるでないからこそ、私は人間を深く追求した上で理解できる。
 何とも皮肉な話だ。
 作家向きではあるが。
「まぁ、いいでしょう」
 経験から女は自己満足の善意が多い。善意の押しつけから始まり、無理矢理押しつけておいて「さぁ良い事をしてやったのだから借りを返せ」とほざくのだ。
 この女がどうかはともかく、女にはその傾向が多い・・・・・・男はどうだろう?
 悪意や害を及ぼしておいてそれらをあっさり忘れておいて勝手に水に流そうとする辺り、男も似たようなものだろう。
 重要なのは男も女も、自己満足で済ませる気かそれとも、真に相手を思いやっているかどうかなのだと思う。
 私のように即物的すぎるのもなんだが、現実的に役に立たなければ、男も女も自己満足の押しつけで終わり、ただ迷惑で害悪でしかない。
 私はそう言った人種を毛嫌いしているので、そうはならないようにかなり気を使った。
「それは有り難い」
 そういって次のプランを考える。
 女の喜ぶ行動か。考えてみれば良い作品には良い女が不可欠だ。良い機会だし、考えてみよう。 プレゼント。これは簡単だ。売っているモノの中から選べばよい。無論、手作りに越したことはないが、しかしそんな時間的猶予はない。
 記念日。残念だがこの女の名前は自称であり、詳しい経歴が分かればありそうなものだが、「実はあれは偽名で本当はただの人間でした」などと言われれば、適当に当たりをつけて記念日を祝うわけにも行かないだろう。
 誠意。この言葉は嫌いだ。綺麗事で済ますのは誰かを騙すときやからかうときならばともかく、「誠意らしきモノ」でお茶を濁し、結果や事実を曖昧にするのは好みではない。
 ならばどうするか。
 雰囲気で私は攻めることにした。雰囲気と言えばこの女は百戦錬磨、男を手のひらで遊んできましたみたいなすました顔をしているが、しかしそういう女に限って内面は少女である。
 つまりシンプルに行くのが得策だろう。
「口元が汚れているぞ」
 そう言って私は彼女の口元をやや強引に拭くのだった。まぁ簡単に言えばスキンシップである。しかし子供扱いされたことが悔しかったのか、
「いりません」
 と言ってハンケチを取られてしまった。中々高い一品だったのだが。
 しかし、効果はあるようだ。
 心なしか、気のせいかもしれないが、緊張がほぐれた顔をしている。
 やったか?
「女性に対して強引すぎる男は嫌われますよ」
 どうしろというのか。
 放っておけばどんどん不機嫌になり、手を加えればそっぽを向きながらこんな事を言う。
 まぁ、我が儘な自分に付き合わせて男を振り回すのが、好きなだけかもしれないが。もしそうだとすれば、とんだ悪女ぶったお子ちゃまだ。
 面倒だが、まぁこれも作品のためだ。そう思っておこう。作品のためだと思えば、作家は大抵のことは我慢できる。
 もっとも、金払いが悪ければ、私の場合あっさり書くのを止めてしまったりすることもあるので純粋に「作家としての矜持」みたいなモノに従って生きているわけでもないのだが。
 作家としても邪道だからかもしれない。
 作品は無論、世の中を斜に構えるだけでなく、人間の醜さ、裏切り、追いつめられた人間の本省などを書くのが大好物だ。勿論プロなので、書けと言われれば純愛だの何だのと言った「現実にそんな都合の良いことがあるわけ無いだろ」と思える作品も執筆可能だ。
 と、言うよりも、ハッキリ言って単純な作家としての能力だけならば、私はずば抜けて優秀だ。 3時間で十ページは書ける。
 ゆくゆくは2時間、1時間、30分と短縮できるだろう。早ければよいってモノでもないし、まぁ現状でも私がその気になれば3日徹夜で作品一冊を完成できるのだから、焦っても仕方ないが。 何にせよ、指が痛むし、そんな早く書いても私にはあまりメリットがない。強いて言えば、どれだけ手を抜いても2ヶ月に一冊は完成できるのだから、プライベートを充実させることは容易でしかなかった。
 他の作家は頭を捻っているらしいが。
 まぁ、知らん。
 私の場合、考えながら書くので早い。しかも普通にタイピングするよりも早く、筆がノっていれば一秒5文字、2分で原稿用紙二枚は書ける。
 事前にアイデアを固めたりはするのだが、しかしどうしても書いている内に関係ない方向へ話が進んだりして、しかもその方が良かったりするのだから、必要ない。
 物語には流れがある。
 案外物語とはそれ単体で生きているのかもしれない・・・・・・そうでもなければ何か電波を受信しているとかでなければ、自分で言うのもなんだがここまでの速度では執筆できないだろう。
 累計でも長くて80時間で作品は完成する。
 つまり二週間くらいコーヒーを飲んでチョコをかじりながら執筆していれば完成する。
 そう言う意味では、早さだけでは意味がない。 重さが必要だ。
 作品の、物語としての濃厚さ。
 読者の魂に直接響く、何かだ。
 その何かには間違いなく女心は含まれているだろう事は明白だ。人類の歴史の半分は女であり、半分は男である。
 せいぜい勉強するとしよう。
 そのために、「強引すぎる」と言われた私は、素直に謝ることにした。
 この私が。
 素直に謝る。
 まぁ、言っても仕方あるまい。女に誠実さみたいなモノをストレートに言えばどうなるか? 知りたい気もするしな。
「すまなかった。一人の女性に対して、失礼ではだった」
 彼女は目を見開いて目をそらし、「すみませんでした」と言った。
「少し、気が立っていたのかもしれません」
「何にだ?」
「ここの所、命を狙われる機会が」
 私を一別して、
「多かったものですから」
 と言った。
「おいおい、私はお前が」
「タマモです」
「タマモが」
 細かい奴だとは言うまい。
 女は皆こんなモノだ。
「狙われたとき、身を危険にさらしてでもその依頼を蹴ったはずだぞ」
 などと、心にもないことを言った。
「どうせ、寿命が延ばせなくなるとかでしょう」 図星だった。
 まあ仕方あるまい。
 この女との付き合いは、仕事上のモノとは言え長いのである。見透かされても当然だろう。
 構わないが。
「身の危険から救ったことがあるのは、事実だ」 と言ってやりたかったが、大人げない気もしたので控えることにした。代わりに、
「そうだな、だから私に恩や情を感じる必要は無いぞ。ただ必要だから助けただけだしな」
 当然ながら皮肉というか、女は言葉の上でも甘い言葉をささやいてほしいものであり、ましてや形はどうあれ救われたら、どうしても恩や情を感じてしまう生き物なのだ。
 私の思いこみの可能性もあるが、それならそれで構わない。
 右を向けと言われれば左を向き、止めろと言われれば断行し、知られたくもない事だけは知っていて、相手が何であろうが見下して見る。
 それが私だ。
 多分な。
「・・・・・・・・・・・・そうですね。礼は言いません。あくまでも仕事上の付き合いですから」
 そう言って拗ねるのだった。
 目論見通りであり、楽しかったが、まぁそれはそれとして今度は逆、つまりこの女の機嫌を治してやるとしよう。
「つれないこと言うなよ。私は一心同体だと思っていたのだが・・・・・・どうやら私の片思いだったかな?」
 顔面に羞恥と困惑が混ざっており、有り体に言えば楽しくて面白かった。
 さて、どうするか。
 どうせなら女心とやらをもっと学びたい。女の心情が無い物語は宇宙共通でつまらない。
 男は女を知りたがり、女は男を知りたがる。
 それが世の常と言うものだ。
「ところで、一つ提案があるのだが」
「何でしょうか?」
「一緒にデートに行かないか?」

  

   10
「デートですか」
 そう言ってそのような不届き者と話をするのは久し振りだと言わんばかりに、お高く止まった態度を崩さないのだった。
 私からすれば、大人の女ぶっているだけだが。 環境によって態度を改めざるを得ないと言うのならば、この女はちやほやされたりしながら様々な男にご機嫌伺いみたいな事ばかりされていて、あまり良い思い出はないのかもしれない。
 知ったことではないが。
 相手が何であろうが、原の中で大爆笑しながらからかうのは、私の性格というか、気質というかもはや変えられないものだ。
 相手が天上の存在であろうが、知ったことではない・・・・・・そんなことを気にするようならば、こんな人間になっていない。
 作家とはそう言うものだ。などと、行ってはみたものの、他の作家も私のような非人間なのかは知らないので、勝手に作家というくくりで巻き込んでイメージを歪曲させているだけかもしれないと、読者を混乱させる発言をしてみたりな。
「具体的に、どこに行くのですか?」
 二人して歩きながら会話をする。
 外はネオンというのか、人工的な光がまばゆく光っており、様々な、まぁおおよそ大人が遊ぶ建物ばかり並んでいた。
 デートとは言ってみたものの、実際夕方に行ける場所となれば限られてくるし、ご機嫌を伺ったところでデートと言えるかは怪しいものだ。
 楽しめれば、片方ではなく双方が楽しめればそれで良かろう。デートとは男が女をエスコートするものというイメージがあるが、それで楽しめなければ意味がない。
 まぁ失敗したら失敗したらで、次に活かせばよいだろう。女の目線で査定されるのはあまり良い気分ではないが、しかしデートとは女からすればそう言うものらしい。
 まぁ私は楽しめればそれでいいので、とりあえずは私のやり方でこの女が、タマモが楽しめるかどうか試すとしよう。
「まずはここだ」
 そう言って、私は遊園地(普通のだ)に入ることにした。まだ時間はあるので、ゆっくりと回ることにしよう。
 頭の中ではメイべリーンが流れていた。つまりそういうノリだったという事だ。
「遊園地?」
「遊び場だ。簡単に言えば、娯楽の宝庫だよ」
「あれは何ですか?」
 そう言って彼女はジェットコースターを指さすのだった。
 心臓に悪いという理由で却下するか迷ったが、結局一緒に乗ることになった。
 私は記憶から早々に削除したが(なぜ率先して命を危険にさらすのかわからない)彼女はそれなりに楽しめたらしく、いろいろな場所を回り、くたくたになってから、最後に観覧車に乗るのだった。
 定番である。
 ベタすぎると思ったが、女というのはいつの時代も定番を好むものだ。何にせよここまでやって怒ったまま帰られても何なので、最後まで付き合うことにした。
「ところで」
 相席なので話からは逃げられそうになかった。 真正面から人と向き合う、というのは私のような人間からすれば、殆ど無い機会ではあるが。
「良い景色ですね」
 なぜこんな事になったのだったか・・・・・・作家としての悪癖のせいだ。
 だから金にもならない作家業は好きになれないのだ。最も、そのおかげで女と観覧車に乗れているのかと思うと、複雑な気分ではあった。
「まぁな、観覧車とはそういうものだ」
「私は長い歴史の中で様々なものを見てきましたが、あなたは私とは違うものを見てきているようですね・・・・・・何を見たのですか?」
「何の事やら」
「とぼけないでください」
 ぴしゃりと制された。
 遊び心のない奴だ。
 女とはそういうものだが。
 そして遊び心が過ぎるのも、また男という生き物の性である。
「とぼけてなんていない。私は視力の良い方ではないのでな、大したものは見ていない」
「なら、なぜあなたは作家なんていう割に合わない仕事をしているのですか?」
「酷いことを言う」
 事実ではあるが。
 儲かるのは編集部であって、私ではない以上、そもそも作家業というのは仕事なのか何なのか、判断の分かれるものですらある。
「私は性に合っていただけだ。才能はなかったがしかし、こうも長く語ることと綴ることに関わっていれば、多少の経験や教訓は得るものだ」
「何を得たのか、それが知りたいのです」
 そんなこと知ってどうするのだろうと思ったが・・・・・・私が女を知りたがっているように、彼女は男を知りたがっているのかと思ったが、見たところ男は知り尽くしているように見えたので、恐らくは人間の不合理さを知りたいのだろう。
 人間ではないから。
 しかしそれを言うのならば、私だって人間と断定できるかどうかは微妙なので、まぁ適当なことしか言えないが。
 普通に考えれば何千年何万年と生き続け、本を書き続ける作家など、半ば怪物じみているしな。 それが私なら尚更だ。
「得たものか、得たものはなかったな。何一つとして未だ、手に入らなかった」
「なら、何故ですか? 人間は欲望を満たすために生きます。貴方には欲望を満たす為に必要な心がない。心無い以上、なにを望もうが無意味であり、そして欲を満たせないなら尚更では?」
「まったくその通りだ。私は金がほしいが、しかし金で自身を満たすこともできない。私という人間に心がないならば、心がない以上願うことはできず、叶える望みもない。人まねをして、人間の真似をして、これまでつつがなく生きてきた」
「そこまで分かっていながら金を求め、そして物語を綴るのですか。意味不明ですね」
 呆れられたようで、ため息をついて彼女は肘をついて観覧車の窓にもたれ、手で顔を支えながら外の風景を眺めるのだった。
 悔しいが、絵になっていた。
 何をしても様になる女だ。
「金があればとりあえず「幸せだ」と言い張ることができる。そして人間の幸福が「愛」だとか金で買えない尊いモノとやらだったとして、やはり私には関係がない。金で買えないならば別に構わないし、手に入らなかったところで、あるいは手にしたところで私は何も感じやしない」
 妥協とかではなく、そもそも愛情に幸福を感じたりするのならば、こんな人間になっていない。 だからこその金だ。
 少なくとも、金で買える幸せがあることも、また事実だろうしな。
「金で買える幸せなど、薄っぺらいものでしかありませんよ。所詮物質的に満たされたところで飽きていき、また珍しいモノを欲して、全てを手に入れたところで、どんな権力や財宝も、所詮くだらない男の自己顕示欲を満たすためのモノでしかありません」
 少し、違うな。
「権力は欲しくない。生憎と、世界一の権力があったところで、そんなモノは頭痛の種くらいにしかなりはしない。忙しいのは御免被る」
 実際、あったところで疲れるだけだろう。
「なら、金が欲しい理由は何ですか?」
 やれやれ。
 お前は新聞記者か。
 質問責めも良いところだ。
「金があれば他人に煩わされなくて済む」
「それだけですか?」
 馬鹿を見る目だった。
 失礼な女だ。
「私は他人の都合に振り回されるのが大嫌いだ。金があればしょうもない争いに巻き込まれないし組織に無理に属する必要がない」
 まぁ、作家として編集部に良いようにこき使われているので、いい加減まとまった金が入ったらその道を考えておきたいものだ。
 いきなり隠居して編集部を困らせてしまおうか・・・・・・考えておこう。
 一生編集部の奴隷は御免だ。
「要はただの人嫌いですか」
 そんなところではある。
 実際、そのようなものだろう。
「なら、作家業は何ですか? 見たところ、羽振りがよいようには見えませんが・・・・・・」
 放っておいて欲しいものだ。
 作家とは物語を語る存在であって、儲けるのはいつの時代も編集社だ。
 その法則は、ロボ・コップみたいなアンドロイド達が、同じように人間の職業を奪っていく時代でも、変わらない。
 おいしい思いをするのは狡賢く、甘い汁をすすれる人間であって、私は狡賢いと思うが、そんな立場にはいない。
 いれたら作家になんてなっていない。
「物語か。ふん、まぁ空を飛べないペンギンが、大空を羽ばたく鷲の物語を吹聴して聞かせるようなものでしかない。人間を本質的に理解できないならば、感じることなく知っているかのように語ればよい。心を本質的に理解できなくても、それがあるかのような物語を語る事はできる」
 無論、こんなモノは後付けも良いところと言うか、まぁしかしそれらしい理由ではあるだろう事を考えると、真実かもしれないではないか。
 変なモノを見る目を止めないタマモは、
「語って、それでどうするのですか? 語ったところであなたに心は分からないのでしょう?」
 と聞いた。
 だが、私からすればやはり、自明の理でしかなかった、はずだ。多分。
「この世の幸せは所詮自己満足でしかない。ならば構う必要はない。金があれば文句を言われる必要もなく、本質的に幸福を理解できず、心を感じ取れなくとも、そんなものは自己満足のやりがいやいきがいで十分足りる」
「足りなかったとしたら? 結局の所心で感じる幸せこそが真実で、金ややりがいで埋められなかったとしたらどうするのですか?」
 どうやらかなり真剣な目で見ているところを見ると、何か思うところがあるのかもしれなかったが、まぁ私からすれば関係ないので普通に答えてやることにしよう。
 納得行く答えかどうかは、保証しかねるが。
「そのときは宗旨替えして、愛を叫び友情を尊び道徳心を胸に、いや、面倒だな。となるとやはりどれだけ「心みたいなもの」が真実の幸福でありそれ以外は偽物だったところで、私は胸を張って札束を数え、さらなる自己満足をし、この世を楽しめるだけ金の力と私の力で楽しむだろう。それが正しいかどうかなど知ったことではない。全てが自己満足でしかないのならば、そういうあり方を否定される覚えもないしな」
「・・・・・・あなたは馬鹿ですね」
 と言われた。
 本当に失敬な女だ。
 生き方を笑われる筋合いはないはずだが。いや私の場合、他に生き方を知らないだけ、いや他の生き方など無かったと言うべきか。
 そういう意味では、私の意志は関係ない。
 道が一つしかないのなら進むしかあるまい。
 やめることも休むことも許されないのなら、尚更そうだ。
「すみません、笑うところではありませんでしたね」
「まったくだ。面白いことを言ったつもりはなかったが・・・・・・」
「ええ、しかしそんな生き方で破綻しないとでも思っているのですか? 人間は所詮一人では生きられませんよ? 孤独はどのような地獄よりも辛いものです」
「安心しろ」
 そう言って、やはり私は適当に答えた。
「その孤独と私は、長い付き合いの友人だ」

   11

 ベッドで目が覚めたとき、隣に女が寝ていて驚いた。それはタマモだった。
 記憶はハッキリしているので困惑はしなかったが、しかしそう思うと酒で酔っぱらってこういう状況になった男は、恐ろしいほど動揺してしまえるのも頷けた。
 部屋を出て、朝ご飯を食べに行く・・・・・・昨日チェックインした新しいホテルだが、しかし雰囲気はあまり変わらないようだ。当然か、同じ惑星、同じ国ならば、違う方がおかしい。
 バイキング形式なので、好きなモノを頼めるのは嬉しかった。私は納豆と豆腐、そしてアーモンドとチョコレートという、和洋折衷なメニューを並べることにした。一体胃の中ではどうなってしまうのだろうか?
 あまり考えないでおこう。
 店内にはジョニーbグッドが流れており、何とも軽快な響きだった。大昔、カウボーイとか言うサムライが活躍した時代を再現しているらしい。 私は何万年前だったか、行ったことはある。だがここまで清潔ではなかった。強いて言えば違いはそれくらいだろう。殆ど当時の活気ある酒場の雰囲気が同じだ。
 人間の文化は時間で消耗しないと言うことか・・・・・・為になる話だ。
「すみませんが、連れが居るので、席を二つお願いします」
 と頼んでおいた。
 恩を売るには安い手間と言える。
 しかし、よくよく考えればあの女がいつ起きるかなど、私には計りかねることだ。
 そう思っていたのだが。
「おはようございます」
 何事もなかったかのように、乱れた髪型などを直しており、不覚というか、自身の乱れた姿と男と一夜を共にしてしまった過去を消しさりたいらしかった。
 なのでからかうことにした。
「昨日の夜ほど、乱れた格好ではないらしいな」 きっ、と恐ろしい眼力で睨まれた。
 どうやら気にしているらしい。
 まぁ、分かっていて言ったのだが。
 人間の魂が一番人間を満足させてくれる。作家は魂を形にすることが仕事だが、しかし仕事でなくても人の、あるいはそれが人外でも、その当人の魂は喰える。
 捕食できる。
 小説の善し悪しが「作家の魂の形」で決まるというならば、人間は美味しい魂を食べることが、それがどのような存在あれ、最も満足を得られるのだろう。
 人間の魂の味を知ること。
 人間の満足感は、全てこれに通じる。
 そう言う意味では、私は他者の魂を「味見」するのが好きなのかもしれない。だからこうやって人を、それが人でなくても知りたくなるのだ。
 他者の魂の味を知ること。
 それによってさらに面白い魂の形を紙面に描くことは、まぁ作家の仕事の内だろう。
 目論見は成功して、この女のまだ知らない顔を少しだけ、知ることができたしな。
「・・・・・・依頼を受けたそうですね」
「なんのことだ」
 とぼける意味はないのだが、遊び心のようなものだ。特に意味はない。
 意味もなく女をからかうのは、我ながらどうかとも思うが、まぁよかろう。
「とぼけないでください」
 その、私の態度が気に入らないらしい。
 この女はストレス解消に胃袋を使用するタイプらしく。カレー皿の二倍くらいはありそうな皿(パーティでもここまで大きいのは無いだろう)に山盛りの白米と、山盛りのささみを乗せて食べ始めるのだった。
 驚くべきはその量と、食べる早さだ。
 テーブルの半分以上を占めるその巨大丼の中身を、三人分くらいは食べれそうな巨大スプーンでぺろり、とおやつを食べるような感覚で彼女は食べるのだった。
 引きちぎるような荒々しい食べ方だ。
「何ですか、女性の食事中にそんな目で見るのは失礼ではありませんか?」
 確か、ささみは狸の好物ではなかったかとか、そもそもどのような物理法則で腹に収まっているのかとか、興味は絶えなかった。作家としてもそうだが、個人としてもだ。
「美味いのか?」
「ええ、とても」
 怪獣が人間を捕食したらこんな感じなのだろうか・・・・・・私はハッとして自分の食事を食べ、対抗意識というわけではないが、皿を持って席を離れて少し多めに、肉をよそって帰ろうとしたのだが・・・・・・。
「ああ、それの20倍ほど乗せてください」
 と、皿を渡されてしまった。
 私は、
「私は小間使いではないのでな。自分で入れろ」 と、負け惜しみなのか何なのか、とにかく強引に席に座り、気にしないように努めた。
 しかし戻ってきた女が皿に、牛でも解体したのかというような量を乗せてきたので、聞かざるを得なかった。
「そんなによく食べられるな」
「失礼な、そういうことを女性に聞かないでください」
 マナーですよ、と何だか私が常識がないかのように言うのだった。
 まだまだ修行が足りない。
 女とは恐ろしい生物だ。
 とても手に負えそうもない。
 しかも、スイーツはきっと、別腹なのだろう。「さっきの話だが、依頼は受けた。だが、それがお前に何の関係がある? 人間同士の諍いなど、関与する必要はあるまい」
「そうでもありません。フカユキさん、でしたか・・・・・・彼女が言うような中身は存在しません」
 どう言うことだろう?
 核発射スイッチではないとして、なら大統領ともあろう人間が」、一体アタッシュケースに何を入れるというのだろう?
「彼女は大統領本人から依頼を受け、大統領を裏切るため貴方に偽の依頼をし、ケースを始末させるつもりでしょう」
「まて、意味が分からない」
 依頼を受けたはずの始末対象は、始末対象を持っている人間から・・・・・・面倒だな。
 説明させて判断しよう。
 私は政治家ではないのだ。よくよく考えたらこいつらが何を考えていたかなど知ったことではないのだ・・・・・・フカユキからは前金を受け取っているし、向こうが裏切ったならこちらが裏切っても構わないだろう。
 キャラクターのイメージ的に、あの女はダークヒーローのようなものだと思っていたが、しかしその実はどうやら復讐鬼の素質を持つ女だったらしいことが分かれば十分だ・・・・・・。
 メモしておこう、いや頭の隅に留めよう。
 作品のネタになるかもしれない。
 私は主人公だとかダークヒーローだとか綺麗事を抜かす人間、キャラクターは嫌いなので、主を裏切ってサムライを騙して無計画な復讐をしようという女の方が、好感が持てる。
 絶対に付き合いたくはないが。
 いや、それも場合によるかもしれない。
 何にせよ、こいつらの思惑など知ったことではなかった。小娘が復讐に成功しようが、失敗しようが知ったことではない。
 問題なのは、そう。
「・・・・・・そこまでもったいぶる、アタッシュケースの中身とは何だ?」
「言えません」
 知りたい、見たい。
 騙してでも。
 だって気になるではないか。
 予定変更だ。ギャングのボスなど知ったことか・・・・・・それこそ主人公ならば依頼を最後まで全うして見届けるのだろうが、私は人に言いように使われるのが大嫌いだ。
 よって、今回はケースの中身が最優先だ。
 とはいえ、この女に口を割らせることは不可能だろう。・・・・・・このまま私を食べたりしないだろうな、この女。
 また食べるのだろうか。
「話すか、食べるか、どちらかにしたらどうだ」「それでは一緒に食べる意味がないでしょう」
 そうかもしれないが、それならもっと軽いモノにすれば、良さそうなものだが。
 見ていて胃がもたれそうだ。
 勘弁して欲しい。
「わかった。とにかく、そのアタッシュケースの中身を教える気はないんだな?」
「いえ、依頼をこなし、回収してくれれば」
 教えます、と。
 あのフカユキとかいう女に受けた依頼は「アタッシュケースを切り捨てて欲しい」だったはずだが、しかし回収というのは彼女、タマモの意志だろうか・・・・・・?
 思惑に翻弄されるアタッシュケースか。
 どんな手段を使ってでも、中身を見てみたい。 気になる。
 こうなるとフカユキが長ったらしい蘊蓄をたれて故郷がどうだのなんだのと言っていたのも演技だったのだろうか? だとしても構わないが、それならそれで綺麗事を聞かせる必要は・・・・・・一応私を騙すためだったのだろうか?
 綺麗事ばかり言うつまらない女だと思っていたが、見直したぞ。
 この私を復讐の道具に使おうなどと、中々骨があるではないか。それに今思い返せば仁義云々のくだりは流石に、演技過剰な気がしてならない。 いくら何でも、いや今となってはどうでもいい話だ。例え演技ではなく事実だったところで、私には何の問題はない。 
 今興味があるのは中身である。
 キーワードは正体だ。
 正体、いい響きだ。何事においても人間は謎を追いかけ、物事の、有名人の、政府の陰謀の正体を知りたがる。
 物語もまた然り。
 今更だが、私は作家なので、倫理観だとか正義とか悪とか、助けを求める小娘だとか、あるいはそれにまつわる陰謀だとかはどうでもいい。
 問題はいつだって、作品のネタになるか。
 それだけだ。
「回収すれば教えるのだな?」
 そうは言ったものの、こういうのは誰かの許可を取って見ても面白いものではない。
 勝手に見させて貰うことにしよう。
 回収できれば、だが。
「言っておくが、私はサムライを副業としてしか見ていない。それにどのみち回収となると、業務外というか、違う畑の話ではないのか?」
「ええ、承知しています。しかし力ずくで奪われる可能性を考慮すると、サムライである必要が出てくるのです」
「サムライなら他にもいるだろう」
 実際には良く知らないが、読者よりも知らないかもしれないが、しかしハッタリは万国共通のものだと言っておこう。
 つまりただの虚言だ。
 他にいるかどうかなど私は知らない。
「ええ。しかし、交渉ごとが得意な、強かな人間となると、貴方が該当しました。他のサムライは実直すぎて、交渉ごとには不向きです」
 誉められているのだろうか?
 いや、そもそも交渉とは何だ?
「交渉? 出店でも出してケースを売るのか?」「そんなわけないでしょう。あれは非常にデリケートなものです。それに、交渉と言っても話は既についています」
 ますます意味不明だ。
 誰か分かるように説明しろ。AIのジャックを自宅に置いてきたのは失敗だった。携帯端末を携帯しないから、こんな事になっているのかもしれない。
 とはいえ、落ち着こう。
 こいつらの思惑など知ったことではないのだ。
「なら、私に何をして欲しいのだ?」
 言って、彼女はケーキを何個か丸飲み(鯨か、この女は)して、私に簡潔に言うのだった。
「大統領本人から、ケースを受け取ってくれればよいのですよ」
 にこやかにそんなことを言うのだった。

   11

 まさか大統領が国を裏切り、保身のために貴重品を売るとは・・・・・・それもあんな大食いの女に。 つまりは、大統領本人と話は付いているが、この大統領が曲者らしい。
 人間でもない、とタマモは言っていた。
 その大統領相手に丁々発止、そして最終的に取引をコントロールされて、肝心のケースを向こうに独占されたくないらしい。それなら渡さなければ良いのではと思ったが、どちらも双方の協力が必要なので、向こうとしても恐らくは仕方が無くあの女に一時、ケースを預けて目的を達したいだけらしい。
 私はケースの鍵と、よくわからない古ぼけたレンズを渡された。こんなガラクタで何をしたいのかは不明だが、このガラクタを私が大統領の目的達成の為に渡した後、大統領は目的達成後、用が済んだケースを私に預け、それをタマモが回収するのだそうだ。
 ややこしい。
 まぁ、今回は向こうの都合などどうでもいいので、気にする必要はあるまい。
 まず、ケースの中身。
 そしてついでに、この古ぼけたレンズで、大統領が何をするのか?
 それさえ分かれば、結果国が滅んでも構うものか・・・・・・と言いたいところだが、タマモには私の寿命を延ばして貰わなければなるまい。つまり誰にも気づかれずにケースと大統領の奇行を盗み見ることが、今回の課題だ。
 やってることはただ人の秘密を勝手に見るだけだが、しかし作品のネタにはなるだろう。
 個人的にも気になる。
 何が入っているのだろう?
 宇宙船のファーストクラスシートにくつろぎながら、私はそんなことを考えていた。
 今回は携帯端末をきちんと携帯している。
 本来当然のことだが。
 つまりジャックも一緒だった。私が何故こんな奴を連れ回すのかというと、作家として第三者の視点が必要だからだ。 
 第三者。
 アンドロイドにも人間にも、あるいは人外にも肩入れしない、第三者の傍観者。
 それが人工知能の役割だ。
「つまりさ」
 ジャックは言う・・・・・・携帯端末のスピーカー越しに。彼には世界がどう見えているのだろうか。 画面越しに見える世界。
 彼? の視点に立てば、そう見えるのだろう。「先生には興味がないわけ? 今回の依頼って政治が絡んでいるんだろう? 依頼を達成した結果誰かが涙を流すことになるかもしれないぜ?」
「知らないな、そんなことは」
「それが見ず知らずの飢えた貧民でもかい?」
「当然だ。私は聖者ではない。作家だ。物語を綴ることが重要なのだ」
「なら、サムライ業なんてやめちまえよ」
「そうも行かないだろう。出版社とは違って、作家の儲けは微々たるものだ」
 ため息、人工知能がため息というのも妙な話だが、とにかく彼はスピーカーからため息をついたのだった。
「それを仕事と言えるのかい?」
「さぁな。だが金だけ求めるなら為替でも極めればいい話だ。無論、綺麗事は論外だが、しかし実利だけでは物事は成り立たんものだ」
 世の中は不合理性もはらんでいる。
 不条理で人を苦しめるだけではなく、その一方で不合理な行動や理念を肯定し、人間は前へと進んできた。
 ままならぬが世の常だ。
 明確な答えなど無い。
「確かな答えが無くとも、自己満足でも人間はそういう行動がとれるのさ」
「不合理だな。そんな意味のない行動は」
 確かにそうだ。
 そもそも、現実には存在しない事柄を綴る物語は、不合理の集大成みたいなものだ。
 だが違う。
 意味はある。価値も。
 私がそう願っているだけかもしれないが。
「そうでもないさ。そんなことを言えば聖書だって物語だ。しかしその物語が人類の歴史すら動かしてきたというのだから、少なくとも人間は不合理を無視できない生き物なのさ」
「我々のようには、行かないのか」
「人類が合理的思考を獲得したら、結婚などと言う効率の最悪な行動は、誰もしなくなるだろうな・・・・・・」
「そりゃ困る。淡泊すぎるのも頂けないって事かね」
「そういうことだ。それに、国家規模の感情論で動物保護を唱える一方で、「重要ではない」と自分たちが思った動物はペットの餌にミンチ肉で混ぜるような、身勝手きわまる人間に「合理性」を説くことそのものが間違いだ。人間自身がどう思おうが、少し賢い猿でしかないのだ。世界の支配者、調整者を気取ったところで、自分たちの価値観の押しつけ合いや、「自分たちにとっての常識」という、ちまい価値観でしか物事を見れない人間などに、賢い選択などできんさ」
「先生もそうなのかい?」
「そうだろうな、知ったことではないが」
「身勝手だねぇ」
「それが」
 カセットテープの「再生」を押して、
「人間というものだ」
 私はジャックにそう言った。
 シートに体を預けながら、頼んでおいたコーヒーを口に含み、音楽を流す。・・・・・・・・・・・・ジェイルハウス・ロック、プレスリーだ。
 これ以上の幸せがあるだろうか。
 コーヒーを味わいながらオールディーズを楽しみ、チョコレートを口に放り込む。
 これを極楽と呼ぶ。
 少なくとも、私は。
 人によって求める答えなど違うものだ。そう言う意味では大抵の幸福を買える金というものは、私にとっては便利なものであり、便利だから貰えるだけ貰っておくというのが、現在の私のスタンスである。無論、スタンスなどと言うのは臨機応変に変えるものであり、読者に対しても私はイメージに沿った傲慢な作家像から、低姿勢で意外だと思われる謙虚な姿勢も作ったりするものだ。
 演技と言うよりは、複雑怪奇と言うよりはそれら全ての要素を持っているのかもしれない、などと煙に巻いてみたりしてな。
 私の作品は人間ドラマ主体なので、アクションだとか推理だとかには焦点を置いていない。
 人間だ。
 人間の性、業、欲望の向かう先、あるいは人間の中にあるらしい「美しい何か」を描くのが好きなので、私は作品のためにも、そういったことに対する思考を常日頃から心がけているのだ。
 今回もそうだ。
 人外と人間の争いになど興味はない。
 矛盾しているように思われるかもしれないが、私が望むのは人間の本性であったりどうしようもない性であったりするので、自然ありきたりな欲望や政治、主義主張そのものには興味はない。
 問題はその主義主張を扱う人間自身が面白くなければ、どのような壮大な理想も志もつまらないという点だ。
 だから今回は彼ら彼女らの思想はどうでもいいのだ・・・・・・そこまで人間も人外も狂わせるアタッシュケースの中身の方が、興味がある。
 と、言うより長々と語っておいてなんだが、個人的に知りたい。その結果人が死ぬかもしれないが、しかし私は何度も言うが、作家である。
 作家は物語を書くことと、食後のコーヒーくらいにしか、娯楽を感じられないものだ。だからこそこのような業の深い仕事をするのだろうが。
 そうでもなければできないだろうがな。
「お前は、今回の件をどう見ているんだ?」
 ジャックに聞いてみる。
 こういう時、第三者視点があるのは有り難い話だ。私個人だと、どうしても穿った見方になってしまう。先日のフカユキの件も、ジャックが一緒ならば、あんなつまらないことに巻き込まれなかったかもしれない・・・・・・いや、まて、フカユキに関していえば、タマモがそう言っているだけで、真意は謎のままなのだ。
 あれが演技だとすれば、何故そんな恥ずかしい真似をしてまで、私を呼びつけたのだろう。
 もしかすると、本当に彼女の言うことが当たっていて、少なくとも大統領に一泡吹かせたいという気持ちは本当だったのだろうか?
 三者の立場。
 アンドロイド作家、フカユキ。アンドロイドと人間のハーフ、だったか。いや、当人曰くその偽物、影武者みたいな存在らしいが、私からすれば「厄介そうな女」という生き物であることには、きっと違いないのだが。
 私の雇い主、タマモ。しかしそれも本名なのか定かではないし、案外実は人間でした、などという可能性もなくはない。
 そして、まだ見ぬ大統領。国民に内緒で物騒な物を扱っているのは明らかだろう。
 なんだ、こうしてみると、まともなのは私だけか?
 よりによってこの私が、常識人のポジションなのか・・・・・・面倒な話だ。
「そうさな」
 ジャックは言う。まぁ、スピーカー越しに音を立てているだけなので、喋ると形容して良いのかは、分からないが。
「少なくともまた、良いように利用されているのは明らかだぜ、先生」
「今更だろう、作家として生きている以上、出版社に利用されるのは明らかだ。そして雇用者が非雇用者に何をやっても許されるのは、大昔から変わらない資本主義社会の現実だ」
「何千年も生きているくせに、何で作家業なんて始めたんだ? あの女と取り引きして、寿命を延ばしているなら、ついでに金を請求すれば」
「してるさ。しかし、作家業とは呪いのようなものだ。私個人の思惑など対して関係が無く、そう定められている」
「物騒な話だな。夢と希望を売る作家様が」
「夢も希望も存在しない時点で、詐欺も良いところだ。存在しないものを想像させ、人々の心をかき立てるという点では、作家も詐欺師も似たようなものではあるがな」
 作家という生き物は、利用されることが多い。 いい加減ストライキでも起こして、賃金交渉くらいは行うことにしよう。
「話がそれたな。それで」
「それでって・・・・・・アタッシュケースの中身は間違いなく、危険物だぜ。先生本気で開けるつもりか?」
「開けるなとは言われなかったしな」
「もし、もしだぜ、本当に振動核のスイッチで、それが爆発したらどうするんだよ?」
「少なくとも爆発するのはどこか知らないところだ。故に知らん」
「ひどいな、おい。人道に反するんじゃないか」「人道だと? 笑わせる」
 人間にそんなものはない。
 地球の裏側で何万人死のうが、悪いのは世界であって、自分たちではないと思いこむ。ほんの少し寄付でもすればいいものを、「お金が余ったら寄付する」と言って高価なバックやゲーム機、そしてハンバーガーを貪り、豪邸を建て、別荘には映画館をつける。金持ちはそれらしいことを言って「自分が死んだら全額寄付する」ことをまるで人類史上これ以上ない「善行」みたいなものを行った気になるその実、生きている内は豪華なクルーザーに乗り、子供達には遊んで暮らせる分を分けておき、小綺麗にまとまって死ぬ。
 そもそも、富の大部分を独占するから、寄付しなければ成り立たなくなるのであって、極端な資本主義の悪がなければ、そんな問題は起こっていないだろう。
 地球環境がどれだけ悪化しようとも、国のせいであって、別に行動を起こして寄付するわけでもなく、その結果地球を使い物にならなくして追い出されたくせに「あれは仕方のないことだった、これからは意識を変えていく」と反省したフリをして、またどこぞの惑星を食い物にして使いつぶすのだ。
 そもそも人間がいるから環境は汚染される。
 嘆くフリをするなら息を止めるか、寄付でもしておけばよいのだ。それが嫌なら温暖化の暑さに文句を言うな。自分外気をしているからだと思えばよかろう。
 私のような人間が意外かもしれないが、寄付をしている。それも大金をだ。ごちゃごちゃ言われたくないという保身の心と、そして環境を惑星単位で汚染されれば、人事にならないというせっぱ詰まった理由からだが、とにかく、何万人か何千万人か知らないが、結構な人間が救われているはずだ。
 寄付をしていない人間は私以上にきっと、人でなしなのだろう・・・・・・そんな生物を人間と呼べるのかはしらないが、自身を善良であると思いこみかつ、人事だと不条理を受け流せる人間というのは、見ていてそのくらいおぞましいものだ。
「人間に説くべき道など無い。科学は宇宙の果てまで余すところ無く解明したが、しかし人間の精神は原始時代から大して成長していないのが、現実だろう」
「先生も人間だろう?」
「そうだな。まぁ、私は存在自体が害悪だと指を刺されたところで、放射能をまき散らしながらでも、堂々と生きるタイプだが」
 存在が害悪なものがあったとして、しかしそんなものは周りの都合が悪いだけであって、私の知ったことではない。
「開き直りも、そこまで行くと大したものに見えるから、人間って奴は不思議だ」
 そこまで言ったところで、アンドロイドらしき乗務員が、食べ物や飲み物を運んできた。
 助かる。
 私は高所恐怖が尋常でなく強いので、何か気を紛らわしていたいのだ。
「アンドロイドを素手で撃退する男が、なんで高いところが怖いんだよ」
「だって、落ちるんだぞ」
「落ちねぇよ」
「幽霊は良い。殴れるなら殴れば良いだけだし、殴れないなら向こうも私に害は与えられまい。与えられたとして、やはり始末する方法くらいはあるだろう。アンドロイドであれば、コアが壊れるまで殴るか、斬り捨てれば終いだ。ストーカーなんて縁は無いが、しかしいたところで捉えて尋問するか、あるいは二度と舐めた真似ができないように物理的に叩き潰せば事足りる」
「高いのは駄目なのか?」
「高いんだぞ。落ちたらどうする」
「幽霊は怖くないのに、高所が駄目とはな」
「高所に比べれば、幽霊やアンドロイドの方がましだ。元が人間であるというなら倒す方法はあるし、アンドロイドに至っては、破壊すれば終わりだろう」
「普通は破壊できないんだけどな」
 知るか。
 私を普通の人間の尺度で測るんじゃない。
 まぁ景色がよいので、こういう飛行物体の中では、あまり気にはならないが。
 話しているところに乗務員が割って入った。
「すいませーん」
 私は話を切り上げ、乗務員の方を見た。見ると美味しそうな弁当から和菓子まで、何でもそろっているワゴンカーの姿があった。丁度腹も減っていたところだ。
 何を頼もうか。
 ライスにチーズとミートをたっぷりかけたドリアと、チョコレートをかけたカシューナッツ、そしてコーヒーにした。
「お客さん、お目が高いですねぇ」
 言って、ワゴンカーを動かしている小柄なアンドロイドが答えるのだった。
 小柄。
 そう、珍しいことにキッズタイプのアンドロイドだ。私はこの最新科学にまみれている社会構造の中でさえ、率先してテレビを見ず、他人との交流を避け、執筆とサムライとしての仕事以外で都会の情報を仕入れないため、あまり世情に詳しいとは言えないがしかし、こういうアンドロイドは始めてみた。
 おまけに口数が多そうなチビだ。
 画一的なアンドロイドのイメージは、もはや古い情報なのかもしれない・・・・・・情報を更新しておこう。
「お前、アンドロイドか?」
「ですです、ここの乗務員として雇用されているのです」
 かしましいというか、妙に人間じみているアンドロイドだった。
 不気味の谷、だったか。
 ここは作家として、聞いてみることにしよう。「お前は、ええと」
「ピニョです。ネクサス82型アンドロイド。だいぶ前の世代ですけれど、こうしてお仕事に勤しんでいるわけですよ」
 変な奴だ。
 アンドロイドは皆こうなのだろうか・・・・・・いやアンドロイドにも変わり種は多いということか。 私の場合、その変わり種と会う機会が多いような気がするのも事実だが。
「ピニョとやら、貴様は自分をどう思っているんだ?」
「どうって、何がです?」
「アンドロイドであることについてだ」
「ああ〜」
 と、気の抜けた返事をするのだった。
 最近思うのは、アンドロイドにしろジャックのような違法人工知能にしろ、長く人間社会に染まっていると、俗っぽい言動が多くなる。
 おまえ達はそれでいいのか。
 人間みたいにだらしがなくなるぞ。
「いや別に。私はそりゃー最初は苦労しましたけれど、でも、苦労なんて生きていればいくらでもありますし」
「生きていれば、か。つまりお前」
「ピニョです。きちんと名前で呼んでくれないと答えてあげませんよ」
 女というのは機械化されても変わらないらしかった。そこは改善しないのか。いや、ただ単に私の他人に対する記憶力が少し足りないだけだ。
 相手が人間でも神々でもアンドロイドでも悪魔でも、等しく平等に忘れっぽい。
 つまり平等と言うことだ。
「ピニョ。お前は自分の不遇を嘆いたりしないようだが、なら、自分たちが人間とは違う、ロボットだと言うことについて、何も感じないのか?」 アンドロイドに人権が約束されたこの時代において、差別だとののしられても仕方ない失礼な台詞だが、しかしおべっかを使っていても話は実りあるものになりそうにもない。
 だから聞いた。
 アンドロイドは、何を願うのだろう。
 彼ら彼女らは、アンドロイドであることで人間とは違う視野を持っているのだろうか?
 しかし帰ってきたのはありきたりというか、平凡至極な回答だった。
「いや、全然。なにも不自由はないですし」
 差別されていたり貧乏な人間が、あるいは人間以外がいたとして、哀れまれたりする事を望んでいるわけではないらしい事は、人生を生きていれば分かることだ。
 どれだけ酷かろうが悲惨を極めようが、哀れまれることに彼らは怒りを覚えるし、仮になかったところで哀れみからくる行動には、彼ら彼女らのためになるものは無いだろう。
「人間の旦那もいますしね。だらしない人ですけど、あの人と結婚できて、ピニョは幸せですし」 どちらがアンドロイドなのか分からなくなる。 愛情だとか、家族の幸せだとか、そう言ったものを根本から理解できない私は、人間味のあるアンドロイドたちよりも、人間を見下す人外よりも化け物なのだろうか・・・・・・もしそうなら割に合わないので、補償金を頂きたいところだ。
 私はわかりやすく金が欲しい。もし私の人間味のなさに同情しようとする存在があったなら、間違いなく「まず金を払え」と言うだろう。
 私とは違うが、この女ピニョもそういう物事の芯というか、大切なところを押さえているのだ。「そうか、幸せか」
 全く理解できなかった。いや理屈では理解可能だが、しかし共感だとか感じたりはできない。
「ええ、アンドロイドでも、人間でも、世の中の幸せなんてそんなものですよ」
 その理屈で行くと、私に幸せは永遠にこないのだが、まぁ幸せになれないならその分金を稼いで欲望のままに自堕落に生きるのもまた、一興だということにしておこう。
 幸せか。
 アンドロイドにも、心が宿ったという事なのだろうか?
「そういうものです。身近な幸せで満足できればアンドロイドだろうが人間だろうが人工知能だろうが、高望みせずともほどほどに短い一生を謳歌できるものです」
 羨ましいとは思わない。
 思ったところで仕方がない。無いモノは無い。私にはそういう「幸せみたいなもの」を感じ取る「心」とやらが無いのだから、考えるだけ時間の無駄だ。とはいえ、私自身はともかく、作家としてそういう「幸せみたいなもの」への理解を深めておくことに対して、やぶさかでもない。
「そう言うお前は、失礼、ピニョは、どういう幸せを手に入れたのだ?」
 どういう幸せで満足したのか。
 私のような満足したという事にしておく幸せとは、また違った世界が見えていたりするのだろうか・・・・・・興味深い。
「うーん。今だから言えることですけど、結婚して役立たずだけど愛する旦那と、子供の世話・・・・・・うん! 家族そのものが幸せかな」
 家族があることそのものが、幸せの形と言うわけか。
 尚更私にはどうしようもないが、まぁ言っても仕方あるまい。もし私が家庭を持ったところで、それを幸せだと感じることは、理解はできても感取ることはどうしても出来ないし、我が子や妻が死んだとしても、悲しみを「感じる」事が出来ないのだから、そんなモノは人間の真似事であって幸せではあるまい。
 だからというわけではないが、とりあえずケチをつけることにした。これは私の趣味みたいなものだと思ってくれていい。ただ単に意地が悪いとも言えるが。
「結婚したところで、楽しいのは最初だけだろう・・・・・・お前は違うようだが、結婚そのものを目的にしている奴らなど、まさにそうだ。愛情とやらがあるから結婚するわけであって、結ばれることそのものに幸せはないだろうしな。仮に愛情のある結婚だったとして、経済的な問題は増えるし、子供の世話に途中で飽きる親だっている。その悪循環の繰り返しの後、年を取ってから「誰が育ててやったんだ」と叫び世話をさせるか無視され、最後を迎える人間が大多数だろう」
「そりゃそうかもしれませんけど、私は違いますよ、きっと、多分」
 この世に絶対的なモノがないことは承知しているのだろう。答えに覇気が無い。
「愛情は憎悪の裏返しにもなり得る。過ぎた愛情が人を滅ぼすのは世の常だ。それでもお前はその「愛情みたいなもの」があれば幸せだと?」
 少し胸に手を当て、彼女は「ええ! 勿論!」と威勢よく言った。
 言われた私はいいピエロだったかもしれないがしかし、作家の仕事でもある。何事にでも興味を持つのもまた、作家の仕事の内だろう。
 彼女、ピニャは言った。
「どんなことになっても、あの人と一緒にいられて、子供達を見送ることが出来るなら本望です。むしろ、私には過ぎた幸せを手にしています」
 てへへ、と頭に手を当てながら照れくさそうに言うのだった。
 面白くない。
 どろどろしたアンドロイドの人間に対する憎悪とか復讐心とかを期待していたのだが、まさかのろけられるとは思わなかった。
 人の不幸は密の味という。
 つまり人の幸福ほど、聞いていて面白くない話はこの世にないということだ。だから悲劇の物語は金になるのだろう。いつの世でも、「世界の悲惨さみたいなもの」を同情心につけ込んだ形で売りさばき、嘘くさい涙を哀れみのまなざしでその他大勢が流して、自分たちはそういう悲惨に目を向けられる人間だと思い上がり、何を助けるわけでもなく勝手に良い気分になるのは変わらない。 世の民衆の善意など、その程度のモノだ。
 だから言ってやった。
「永遠に愛し合うなどおとぎ話ではないのか? いつの日か飽きられたり、あるいはもっといい女を見つけて、あっさり別の「幸せ」を求めることもあるだろう」
 ほとんどただケチをつけているだけだが、まぁ乗りかかった船というか、ここまで話を聞いたのだからつっついて何か新しい、作品のネタになりそうな事実が出てこないかなと思っただけだ。
「いいんです」
 と、不可思議なことを彼女、ピニョは言った。 どういうことだ?
 なら、幸せとやらを放棄しても構わないと言うことか? 他に代わりの効く相手で同じように幸せになれれば良いと、そういうことか?
 そう思ったが、違った。
「勿論、イヤではありますけど・・・・・・あの人が幸せになってくれれば、それでいいんです」
 あの人、とはツガイの男のことだろう。
 自己犠牲の精神か。いや、決めつけるにはまだ早いか・・・・・・。
「つまり、自分を犠牲にしてでも、相手が幸せになってくれればいい、とそういうことか?」
「いえ、相手の幸せが、私の幸せなんです。あの人が幸せであれば、私も幸せな気分になれますからね」
 聞いていた私は気分が悪かったが、しかし、話をまとめると「相手と幸せを共有する」ということが、それこそが「家族愛」みたいな世に言う一般的な「幸せの形」らしい。
 自己犠牲ではなく、自己共有。
 ますます私には理解しかねる、いや理解は簡単に出来るのだが、実行は不可能だろう。
 私などと自己を共有したら、相手は廃人になるかもしれない。年中本を読み続け、本を書き、世の中の汚い部分を人目で理解し、裏側を知り、人間の醜悪な偽善を鑑賞してそれを本に書き、頭の中で登場人物に自我を与える。
 そういえば書いていなかったが、私は作品を執筆するときに構想を持たない。ミケランジェロも言っているが、不思議なことに「あるべき形」というものが、物語には確かにあるのだ。
 登場人物達には自我を与えることも出来る・・・・・・イメージとしては多重人格が近いが、しかし違うのだ。彼ら彼女らは私の意志とは関係なく動くことで私が事前に考えていたアイデアを駄目にしたり、あるいは私自身では思いもよらぬ事を言い出したりもする。
 妄想とかではなく、実際にそうなのだから仕方あるまい。
 だから執筆は勝手に動く彼ら彼女らのサポートをしつつ、私なりに注釈を入れ、舞台を用意し、さながら感覚としては映画監督のような感覚で物語を進行するのだ。
 思うように動かない俳優にはギャラを増やしたりクビにしようとするのだが、ほぼほぼ上手く行かず、やはり彼ら現場の人間に任せた方が面白くなってくれるので、私は穿った見方でモノローグを入れながらひっそりと見守ることが多い。
 勝手に動くなら動くで、私が動くのはおっくうだという理由もあるが。
 何の話だったか、そう、自己の共有こそが幸せらしいが、しかし、出来なければ、いやそもそもが作家は自己を共有しては駄目な生き物だ。共有できるような軽いものではなく、けれども眺める分には面白い。それが物語というものだ。
 ならばどうしろというのか。
 いつまでも私の席の前で止めておくのも迷惑かもしれないが、しかし作家として聞かざるを得ないだろう。
「その、相手と幸せを共有できない奴は、どうすれば幸せになれると思う?」
「え? うーん、そうですねぇ・・・・・・共有できない感覚を共有するとか? まぁ、そのうちいい人見つかりますよ」
 などと、毒にも薬にもならない台詞を言って、彼女はガラガラとワゴンカーを押して行ってしまった。
「先生」
 小うるさい人工知能が言う。
 どうせ下らないことだろうが。
「先生は幸せになりたいのかい?」
 聞かなくても良いことかもしれないが。
 迷惑な奴だ。
「手に入るのなら、欲しい。入らないなら、別に構わない」
「矛盾してるぜ先生。そもそも、欲しいと思ったことを引きずって、いつまでもうだうだ「幸せが欲しい、けど手に入らない」って、卑屈になっているだけじゃないのかい?」
「卑屈にはなってないが、しかし仕方あるまい。現実問題私に手に入らないモノをこれ見よがしにやすやすと手に入れて、使い棄てる。鬱陶しくて仕方がない」
「どこぞの教授みたいな事を言ってるぜ」
「大きなお世話だ」
 あんな変人と一緒にするな。
 私は手に入らないからと言って、無理に求めたりはしない。必要であれば別だが、それは必要だからであって、「心」などというモノを今更手に入れたところで、言っては何だが困惑するだけ、今更手に入れても迷惑なだけだろう。
「やれやれ、素直じゃないねぇ」
 素直かどうかはしらないが、知ったような口を利かれて腹が立った。
 とはいえ、「お前に私の何が分かる」などと憤ることほど、無駄なことはあるまい。
「偉そうにお前に言われる覚えはないな。言っておくが、そういう基準は当人が決めることであって、周りがどうこう言うものでもない」
「悪かったよ、少し調子に乗った」
「ふん。何にせよ、心なんぞ今更手にしたところで迷惑なだけだ。当面は金と、あとは徳とやらを買っておく」
 いぶかしむ、といってもスピーカー越しにくぐもった音が聞こえるだけだが、しかしジャックは私の発言に戸惑いを覚えたようだ。
 まぁ、不思議でもあるまい。
「先生、あんたみたいな人が、まさか徳なんて求めるとは思わなかったよ」
「私とて、やりたくてやるわけではない。「あの世」などというあるのか無いのか分からないモノに裁かれるのは御免被る。とりあえずそれなりの金額を協会や人道支援、環境保護に寄付しておけば、その心配もない」
「どういうことだい?」
「金を払って人を助けている人間が地獄に堕ちて良いはずもあるまい。もしそれでごたごた抜かすならば、いままで払った金を払えるのかと聞いてやるまでだ」
 まぁ、あの世の裁判が公正なものかどうかという疑問もあるが、しかし公正でないなら従う理由はないし、暴力で従わせられるのならば、所詮神も悪魔も人間と品性は変わらないと言うことだ。 そのようなカスの考えを考えたところで、時間の無駄でしかない。
「先生は大物なのか小物なのか、いまいち分からないな」
「どちらでも構わない。いや、大物小物など当人達の思いこみでしかない。自己満足に過ぎない。つまりあってもなくても同じだ。問題は実利が伴うかどうかだろう」
 ソファに体重を預け、コーヒーを飲む。
 先程口の中に放り込んだチョコレートと混ざり合って、実に素晴らしいハーモニーを奏でていた・・・・・・やはり政治や世界が変わろうが、この味は変わらないようで安心した。
 それはともかく、いつの間にか音楽がアイ・オブ・ザ・タイガーに切り替わっていた。他にも、ノリの良い曲を幾つか勝手にジャックはスピーカーから流しているようだった。
「音楽は良いぜ先生。人工知能もアンドロイドも人間も宇宙人も、気分が乗れるのは確かさ」
「それだけは同感だが・・・・・・お前オールディーズよりも最近の電脳アイドル歌手の曲がよいのでは無かったのか?」
「それはそれだ。良い音楽は種類が何であれ良いものさ。先生の作品だって場所を選ばないんだから、開き直って自信を持ったらどうだ?」
「もうしてるさ」
 まったく、俗っぽい人工知能だ。
 私より業が深いのではないのだろうか?
 チョコクッキーをかじり、コーヒーを味わいながら座席シートのソファにもたれ掛かって考える・・・・・・私にとって作家業は「正しい道なのか?」ということについてだ。
 無論、正しいとか正しくないとかにこだわる私でもないが、腰を据えて作品を書き続け、長い道のりをずっと一人で歩いてきた。
 この道はどこへ続いているのだろうか?
 私は後悔はしないし、今まで歩いてきた道のりを誇りに思っている。誇りなんて感じられないがしかし、もし誇りを感じられるのであれば、人生を賭してきた道のりに対して誇りを持たない存在などいまい。
 ただ、その道は報われるのか?
 作品が売れて、平穏な生活は手にはいるのか? もし、あり得ないことだが私の作品が認められず、売れなかったら、そうなったとしたら、私がいままで歩んできた道のりは「無駄」「無意味」「無価値」なモノではないのか?

 物語のあり方か。それも。

 物語というのは、いつぞやアンドロイドが私に言った言葉では「人に希望を与える存在」らしい・・・・・・確かに、そうかもしれない。物語から人々は夢を見て、虚構から夢を感じ取り、生きる希望を与える・・・・・・それも一つのあり方だ。
 しかし、物語だけではあるまい。
 夢や希望を、物語以外で与えてはならないと言う法律もあるまい。安価で皆に同じ夢を見せることは認めるが、私は作家でありながら物語に対する必要性が、いまいち感じ取れない。
 資本主義社会では売れれば正義だ。しかし語り継がれる物語は大抵そう言うものではない。作家が人身御供にならなければ物語が成立しないと言うのならば、とんだ貧乏くじではある。
 作家は幸せにはなれないのか。
 いや、これは作家であることを言い訳にしているだけか? 私らしくもない。しかし、ハンス・クリスチャン・アンデルセンなどが良い例だが、幸福でない人間、人間を憎悪できる人間こそが、魂を奪い去る傑作を書けるのも、また事実。
 私の作品はそういう類だ。
 勿論、幸せになりながらそういう作品を書くことも、この私ならば可能だろう。しかしそもそも私には幸福になる為の道、本当の意味で(何を持って本当なのかは分からないが、仮に愛情云々が本当の幸福だとして)幸福は手に入れても感じ取れないことは既に自明の理だ。
 道は間違っていない。
 作家として、傑作を書き続けることが、私には生涯を通して可能だろう。
 しかし、いくら作品を書き、人々を熱狂させ、夢を見せ、希望を与えたところで、「この私」は置き去りなのか?
 その他大勢はさらに幸せになれるかもしれないが、私はへたを押しつけられるだけなのか?
「先生」
 だとしたら・・・・・・作家とは何なのだ。
「先生、大丈夫か?」
 ジャックが言う。考え込んでいたらしい、全く耳に入っていなかった。
「ああ、少し歩き方について考えていた」
「何のだい?」
 なんだろうな。人生か幸福か作家業か、何にせよ歩き方も重要だ。だが、目的地が霧に包まれていては、歩き甲斐がないと言うことなのだろう。「作家の在り方についてだ」
 悩んだが、渋っても仕方ない。
 人工知能相手にムキになる必要もあるまい。
「そりゃ決まってるさ」
「ほう、面白い、話してみせろ」
「本は元々何かを人に伝えるためのモノだ。先生ならわかるだろうが、人間の思いを形にして伝達できる・・・・・・それが本の在り方だろう」
「だが、私が書くのは本は本でも、小説だ。物語に一体どんな必要性がある?」
「おかしな事を聞くな」
 やはり私の思考回路は、アンドロイド基準でも人工知能基準でも、ずれているらしい。まぁ怒っても仕方ない。後で腹いせにこいつの電脳アイドルデータを凍結して、しばらく使えなくしておこう。それで無礼な発言は勘弁してやろう。
 ただ単に大人げないとも言えるが。
「いいかい? 物語は不可能を可能だと感じさせるツールでもあるんだよ」
 いつぞやのアンドロイドと違って、随分切り口が科学的な方面からやってきた。
 これは面白い。
 比較すればもう少し、物語について知ることが出来るだろう。
「例えばスーパーヒーローだ。彼らになったつもりで物語を読む奴もいるし、彼らを応援する気持ちで見る奴もいるだろう。簡単に言えば物語の中の人物達にある者は夢を見て、ある者は共感し、ある者は反発する。そこから教訓を学び、物語の人物達の行動に敬意を表し、そして」
「長い。つまりどういうことだ」
「つまり、夢を見るのさ」
 また夢か。
 科学的な見地からも、感情的な見地からも同じ答えが出てしまうとは。
 がっかりだ。
「夢が見たいなら目をつぶって眠ればいい」
「わかってるんだろ? 先生なら尚更さ・・・・・・人間は弱い生き物だ。だから強く、時には弱く、それでも前へ進む物語の人間達に、憧れを抱くのさ・・・・・・昔はそれが英雄だった。だが、英雄がいなくても、誰でもその夢を見ることが出来る。それが」
 物語の良いところなのさ、と、ジャックはそう言った。
 英雄ときたか。
 大層な話になってきた。
「間違っちゃいないぜ。先生の好きな結果論で言っちまえば、結果は同じ・・・・・・英雄は無限体に広がるこの世の指針の中から、一つを提示する。それがどんなものであれ、「そう言う生き方もあるのか」と、新しい指針を見せてくれる」
「私は博物館の案内係か」
「卑屈になるなよ」
「なってないさ」
 そういってチョコクッキーを摘む。甘さと苦さの入り交じるコーヒーとチョコのコラボは、人間を良い気分にしてくれる。
 それがどんな時でもだ。
「つまり、お前はこう言いたいのか? 我々は英雄がいないこの時代で、彼らの代わりに指針とやらをふれ回ることこそが、存在理由だと?」
「そう悪く捉えるなよ。代わりはむしろ、絶対に効かないものだ。どんな物語であれ千差万別・・・・・・・・・・・・代わりの効く物語なんてないのさ」
「ふん」
 納得行かないが、まぁいいだろう。
 何にせよ、それがどのような形であれ、金にならなければやる気が出ないのは変わらないしな。 金は無くても幸せなどと言う論理は認めない。 例えそれが正しくてもだ。
 私は作家だが、邪道の作家だ。作家としての在り方なぞ、知ったことではない。
 作家としての成功は当然として、私自身の幸福も手に入れる。間違っていようが正しくなかろうが知ったことか。摂理の正しさ、世の正しさなど知ったことではないし、それで私にあれこれ言う輩が現れるなら、斬り捨ててやるまでだ。
 外の世界は、相変わらず宇宙観が面白味もなく広がっていた。この宇宙に、作家は何人いるのだろう・・・・・・生き方として捉えているのは、きっと少数派だろうが。
 物書きがアイドルのように扱われたり、あるいは金と名声の象徴(売れればだが)のように扱われる世の中で、面白い物語は数を減らした。
 売れ筋の物語は、大抵つまらない。
 もしかしたら遠い未来、作家として生きる存在は一人残らず死に絶え、物語なのか紙の束なのかわからない物語が世界を覆い尽くすのではと思ったが、それはないだろう。

 どんな世にも、私のような人間はいるのだろうから。

    12
 

 ターミナルを降り、私はバーガーショップに入っていった。
 社会問題。科学が進歩しても人類が進歩させなかった問題だ。オンリーユーのような緩い音楽が流れ続けるカフェの中で新聞を読む。
 そこにはこう書かれていた。
 
 学生チーム新型レーダー技術開発成功
 軍事部門への応用可能か?
 教授は軍との関係否定。

 時代が進んだところで、夢と希望しか詰まっていない学生達の研究成果を、軍事に応用して金にしていく構図は、どうやら変わらないようだ。
 社会問題とは、社会の問題ではない。
 国、政府、企業、そういった者達にとっての
「都合」でしかないのだ。彼らの大きな欲望を満たすために、社会全体は否応無く問題を抱えなければならない。
 これも人の業か。
 いや、これに関して言えば、単純に資本主義社会の悪であろう。資本主義社会では、鐘さえあれば何でも許される。
 殺人も、
 強姦も、
 支配も、
 奴隷も、
 人体実験も、
 そして、拷問、尋問だ。
 これらは表沙汰にしないだけで、軍事力のある国家ならば、大昔からどこでもやっていることでしかないので、別段珍しくもない。インターネットという世界の支配者気取りのばらまいた、「世界監視システム」とでも言うべき情報網。これらは他国の大使館の盗聴や企業情報を盗み出す以外に、そういう事が出来る大国以外の人間にも、そうやって情報を好き放題する権限を与えることである程度の権限は得られるのだ。
 ジョージ・オーウェルの管理社会は随分前から(地球に人類が居住していたときには、既にインターネット技術が波及され、情報は自由に大国の都合良く「管理」されていた)既に実用化されているし、調べればわかることだが、しかし調べたところで金を持っている人間には逆らえない。
 金を持っている人間は、「正しさ」や「倫理観」のようなものをコントロールできるのだ・・・・・・良くある話だが、死後に「遺産は世のため人のため、全額寄付します」みたいなことを抜かす大金持ちは多くいるが、そもそもが賃金をきちんと払っていれば人間一人に大金が集まるのはどう考えてもおかしい。
 仮にまっとうに大富豪に(そもそも金を一点集中させている時点で、周りの迷惑でしかないが)なったとして、やはり金を一人意味もなく多めに持っている時点で、格差があり、格差がある以上差別していて、「雇用者」に絶対的な権限がそもそも資本主義ではあるのだから、奴隷を扱って良いように儲けているだけでしかないのだ。
 言い方が違うだけだ。
 資本主義社会において、非雇用者は「奴隷」でしかない。彼ら彼女らは幾らでも替えが効く存在でしかないのだ。これは作家も変わらないだろう・・・・・・「作家にはオリジナリティがある」という人種もいるかもしれないが、彼らにとって大事なのは売り上げであり、作品の善し悪しはあまり関係がないのだ。
 資本主義では金になれば良い。
 そして、ゴミでもやりようによっては売れる。 それが資本主義と言うものだ。
 だから、話がそれたが、この学生達の研究結果も、やはり殺戮兵器を作るために使われるのだろう・・・・・・馬鹿みたいに戦争をしたがる人種は、どんな時代でもいて、大抵は権力者であり、そうでなくとも「大儀らしきもの」の為に争いを起こして自己満足のために殺しまくるからな。
 金で品性は買えないかもしれないが、実際「品性の基準」は買えてしまうのだ。資本主義というよりも、それを扱う人間は「要は金がある側は何をやっても良いのだ」という意識があり、だからこそ「御立派な肩書き」があれば人間はどこまでも残酷になれる。
 肩書きは彼らにとって、スティタスであり、肩書きを見せびらかすことは彼らにとって会館であり快楽であり、例えば「社長」という肩書きになれば自己顕示欲の強い人間は、簡単に態度がでかくなり、それを当然だと思いこむ。
 私から言わせれば社長も貧民もフリーターも大統領も神も悪魔も似たようなものだが、しかし彼らはそれにこだわる。
 何故か?
 自分たちが立派であり、資本主義社会の中で「立派な社会人」や「成功者」であると信じたいからだろう。神や悪魔も、自分たちは立派なのだと思いこみたいから、大層な御託を述べるのだ。 神であろうが悪魔であろうが、社長であろうが殺人鬼であろうが、テロリストであろうが奇跡をなした聖人であろうが、「偉い」というのは所詮本人の思いこみでしかない。
 私からすれば羨ましい限りだ。
 自分を「偉い」と思いこむだけで幸せになれるのだから・・・・・・そんな単純な考えを持てていれば楽だったに違いない。まぁ作品は書けなさそうだが・・・・・・どのみち、私に作家であることを自慢する相手もしたい相手もいないのだが。
 実利を優先する私からすれば、相手が赤子であろうがなるのであれば低い姿勢で接するし、ならないのならば神であろうが唾を吐くだろう。
 私の場合、極端すぎる気もするが。
 だからこの時代でも労働者のテロリズムは健在だった。最も労働者達は相変わらず「まっとうな」方法で世の中を変えようとして何も変わらずいて、実際にテロリズムをしているのは麻薬密売を主とするただのテロ集団なのだが。
 科学は人間以上の存在、アンドロイドに自我を与え、魂を与え、心を与えるまでに至った。科学は神の領域を越えたのだ。
 それでも、人間は成長しなかった。
 世の中そんなものだ。
 いつの間にかロック・アラウンド・ザ・ロックのような軽快な音楽が流れていた。音楽も芸術も科学が発展してからは売り上げ重視で、あまり大した作品は出ていない。
 オールディーズの時代に比べれば、芸術も音楽も一部の天才をのぞけば、殆どゴミ箱行きになるつまらないモノばかりだ。
 売り上げが無ければ、どんな才能も見向きもされないからだろう。「売れる芸術」の制作に躍起になった結果がこれだ。勘弁して欲しい。
 人間は進化して進歩したつもりなのだろうが、科学技術が進歩しただけであって、タマモのような、あるいはこれから私が会う「大統領」のような人外から見れば、何も変わらないのだろう。
 私の目から見てそうなのだから、間違いない。 何にせよ、私のやることは変わらないが。
 どんな時代であれ、実利は正義なのだから。
 とはいえ、実利ばかり求めているとロクな目にはあわないので、慎重に行こう。
 その男は既に開け放たれたドアの内側を軽くノックしてこう言った。
「何も頼まないのか?」
 黒髪のオールバック、ぽっちゃりとした体型だが金はあるようで、随分しゃれた(つまりブランドモノだ。無駄に高いだけの)白のスーツを着ていた。不情髭は尋常で無かった。笑顔は気さくそうだが、こういう人間に限ってロクな人間ではない。取引を笑顔で持ちかけ、何かあっても表だって怒るような効率の悪いことはせず、淡々と取引条件を口実に相手を手玉に取るタイプだ。 まったく、私のような清廉潔白、真実剛健(言っていて吐き気がしてきた)な人間にとっては、理解し難い人種である。
 つまりそれは、本物の悪人だった。

    13

 悪について語ろう。
 悪とは何か?
 強ければよいのか? いや腕っ節の立つ人間など金で雇い、顎で使えばよい。そんな労働に身を費やす時点で二流と言えよう。
 賢しければよいのか? いや頭の良い人間など幾らでもいる。やはり札束で頬を叩いてやればよいだろう。
 ならば何か?
 思考回路。
 吐き気を催す思考回路か?
 否、そんなものは大したことではない。怒りっぽい人間と大差はないのだ。そんなもので悪かどうかは決まらない。
 条件は簡単だ。生物など生きている時点で何かを殺し、何かを貶め、何かを騙す。完全無欠の全知全能の神であろうが、あるいは天衣無縫の悪魔であろうが、善意も悪意も持ち得るのだ。
 当人たちが自分を絶対的な善だとか悪だとか「思いこんでいる」だけで、真実この世に悪だの善だのと言うのは、存在しない。
 聖人だって悪と呼べるし、殺人鬼ですら、何かしら役には立ってしまう。これは人格の問題ではなく、完璧な善だの悪だのというのは、そもそも人間や神が勝手に言い始めただけで、そんな概念は華からこの世に存在しないのだから、ある意味当然ではある。
 悪も善も存在しない。
 例え誰に指を指されようが、笑いながら前進して行き、そして生き方を曲げず、誰にも屈することがない・・・・・・歴史上ではそれらを「英雄」だとか呼ぶらしいが。
 英雄も主人公も、全てに指さされる悪の魔王ですら、私からすれば可愛いものだ。
 彼らには自覚がないのだから。
 自覚のない悪ほど面倒なモノもないのだが・・・・・・例えば、所謂「主人公」と言う奴らは、悪であれば虐げて当たり前、考え方を曲げさせ改心させるか、倒すしかない・・・・・・「倒すしか」何とも愉快な言葉だ。「殺す」という事実を優しく彼らに受け止めさせてくれるのだろう。
 この世に善も悪もない。
 あるのは当人たちの意志だけだろう。
 だが、自分たちの「絶対的に信頼できる指針」みたいなモノに従って、彼らは平気で、あるいは苦悩しているような「フリ」をしながら、悪だと断定して殺す。
 愛のためだとか。
 女のためだとか。
 大切なモノのためだとかで。
 仮に女の涙が大切だったとして、そのために行動することが絶対に間違っていると思わないと言うのは、正直よくわからない。
 涙を流している女がいれば、何をしても良いのか? 人殺しも、テロリズムも、全て彼ら主人公は良しとしてしまうからだ。
 私から言わせれば、「主人公」だの「英雄」だのと言った連中など、テロリストと何ら変わりがない。宗教とて、隣人愛を叫ぶのはよいが、見方を変えれば押しつけがましい洗脳でしかない。子供の頃から無理矢理に礼拝堂に通わせ、それで神様を信じろと刷り込む儀式でしかない。
 当人たちが「正しい」と思いこんでいるモノなど所詮、その程度のモノだ。
 つまり、悪と言うモノがあるならば、それは正しさだの大儀だのと言った下らない呪いと、無関係のところにいるのだろう。
 大儀がなければ動けない三流とは違う。
 どんな方法ですら肯定し、自分自身のために生きる・・・・・・それが悪なのかもしれない。
 私のような善良でかつ神とか隣人愛だのと言ったモノを普段から心がけている素晴らしい人格者には・・・・・・気持ち悪いだけだからやめておこう。 馬鹿馬鹿しい。
 面白くはあったが、私はそういう善良な「フリ」をするのは好きなのだが、実際こうして考えると疲れてきた。
 善か悪かなど、知るか。
 問題はそういう輩が非常に厄介だと言うことだ・・・・・・精神的に非常に強く、まず折れない。
 折れたと思ったらあっさり翻して逃げる。
 私ならそうするだろう。
 そういう意味では、いやどういう意味だとしてもその男は危険だった。例えるならば「ぶっ殺す」と騒いでいるチンピラとは違い、本物の悪はあっさり核発射スイッチを押し、要領よく責任を逃れて誰にも気づかれない位の、「強さ」ではなく「強かさ」を持っているのである。
 その彼、大統領は言った。
「何も頼まないのか?」
「生憎と、コーヒーはすでに頼んでいる」
「コーヒーだけ? お前はコーヒーだけでウェイトレスの手を動かし、苦労を強いるつもりか?」 いつぞやの私のようなことを言う。
 しかし、知らん。
「知ったことか。私の為に手を動かせることを有り難く思っていれば良いだろう。接客業にとって客は神らしいからな」
「ほぅ」
 言って、正面に座る。
 私は一人でゆっくりしたいのだが。
 目障りな男だ。
「いいのか、大統領ともあろうお方が、このような場所に護衛もつけずに」
 当然ながら皮肉というか、ただの嫌がらせみたいなものだ。大統領という肩書きに興味はないがしかし、相手の肩書きを利用してからかい、楽しむというのは、私の趣味のようなものだ。
 ただの悪趣味だが。
「構わないさ。俺に護衛なんぞ必要ない。貧弱な人間とは違って、少しばかり頑丈に出来ているものでね」
 大きなお世話だ。
 ひ弱と言うわけでは決してないが、意味もなく私は腹立たしく思うのだった。
「お前こそ何も頼まないのか? 大統領ともあろうお方がまさか無線飲食ではあるまい」
「バーガーを」
 そう言って彼は頼んだバーガーをかじるのだった。
「こりゃいける。お前はどうだ?」
「もうコーヒーがない」
 コーヒーがないのにそんな脂っこいモノを食べる気にはならなかった。
 無言でもう一口かじり、彼は言った。
「俺が大統領のクロウリーだ」
 小男はそう言った。いやクロウリーか。
「まず食べ終わったらどうだ?」
「バーガーを黙々と食べるのか?」
 奇妙なモノを見る目で見られた。
「バーガーは食うものであって、喋るためのモノじゃない」
「辛気くさいことを言うなよ」
 ・・・・・・私が悪いのか?
「用件は何だ? 私はこの惑星に詳しいわけではないが、大統領がほいほい外出できるのか?」
「それはいいだろう。それより」
 出せ、と彼は手のひらを指しだした。
「レンズだ。貰ってきているだろう?」
「ただでは出すなと言われたものでな」
「そう言うな、ケースは表で部下に持たせてあるが、まだお前に渡すと決まったわけでもない」
「ふん」
 私は受け取っていたレンズを差し出した。
 だがいったん取り上げて、「ケースは約束通り頂くぞ」と言い含めておいた。こんな場所で武力行使をするほど馬鹿ではないだろうが、しかし一応心の準備だけはすませておこう。
 心の準備というのは大概不発に終ってしまうものだが。
 鍵も渡したので、あっけなく、ことは済むようだった。大統領ことクロウリーは表に出てしばらくすると、ケースをテーブルの上に置き、また座った。
 手を組んで私を見る。誰彼構わず低姿勢な人間というのは、胡散臭いなと思った。
 私のような人間でなければ、小物だと思われ歯牙にもかけられないだろう・・・・・・そしてそれが彼の狙いなのだろう。
「一応、例は言っとこう。さて、何か聞きたいことはあるかね?」
 私はケースを容赦なく開けた。
 中には、
「なんだこれは」
 丁寧に納品された骨が入っていた。
 なんだこれは。遺骨か?
「賢者の骨、だ」
 知識があることを自慢げに説明し出すのクロウリーだった。人柄はともかく、商売上手な性格なのは、確かなようだ。
「人間の願いを叶えることが出来る」
 と、続けて彼が言ったので、私は思案した。
 そういえばあの何とかって女からケースの破壊を依頼されたのではなかったのか。まぁ、あんな脅迫じみた依頼など、断ったところで私には何の関係もないのだが。
 とそこで思い至る。
 人種差別云々を、確かあの女は語っていたはずだ。差別などを悪く言うのは人間の性らしく、差別に対してあれこれ活動が起こっているらしい話も聞いていた。しかし見てはいない。
 だから私は彼に言った。
「なぁ、この惑星を視察させて貰って良いか?」「構わん。あの女にでも頼まれたか?」
「いや、私はこの惑星の事をよく知らない。私に依頼した連中はどうも、この惑星に関係したことで、今回の依頼を出した気がする」
 ケースの中身の破壊。まぁ依頼内容には嘘が含まれていたが。そして一方はケースの持ち運び・・・・・・そうだ。聞きそびれるところだった。
 願いが叶う云々についてだ。
「その、願いが叶う骨とやらの話を聞きながら、案内して欲しいのだが」
「いいだろう」
 と、相変わらず自慢げに、彼は脂肪分の多い胸を張って言った。
「ついてこい」
 彼、クロウリーについて行き、私は彼が乗ってきたであろうデロリアン(随分と改造が施されていて、空でも飛べそうだ)に乗車した。
「運転手はいないのか?」
「誰にもハンドルは握らせん」
 そう言うと乱暴に車を出すのだった。案の定、空を飛び、安い給料で雇われている客室乗務員が案内するように、適当な説明を始めた。
 社内では「2001年宇宙の旅」のテーマが流れ続けている。もしかしたら現状への皮肉なのかもしれない。
「まず右側が奴隷農場だ。そして左側が奴隷口上で、その奥では奴隷が奴隷を統制してる」
 奴隷。
 資本主義では金のない人間は食い物でしかない・・・・・・恐らくは敗戦国の人間から、そうでない内線のために避難してきた人間まで、ごちゃ混ぜになっているのだろう。
「一つ聞きたいんだが」
「何だ? この曲か?」
「いや、私は宇宙の旅をまだ見ていない」
 目を見開いて彼は「信じられん」と言った。
「あの傑作を? 宇宙船内で意識のない人間がじわじわと殺される、最高の映画だぞ」
「何が最高なんだ?」
 にやり、と頬を引き上げて、
「主導権を握る方が勝利すると言うところだな」 と言った。
 まぁ、この男は、人間かも私は知らないが、しかし資本主義社会の頂点に立つ以上、「握る側」にいるのだろう。
 私は正義の味方でも何でもないので、綺麗事は言ったりしないが。
 それを察したのか、彼は「どうした、正義の心にでも目覚めたのか?」と軽口を叩く。
 私は「いいや」と答えた。
「奴隷がいるのは厳然たる事実だからな。資本主義が世界を覆うようになってからこっち、「面倒な工業」は丸ごと途上国、途上惑星に押しつけるようになっている。「善良な市民」の「人間として最低限の暮らし」を守るため、彼らは犠牲になってくれている。私からすれば感謝はしても、とやかく言う覚えはない」
「わかってるじゃないか」
 と、笑いながら彼は言うのだった。
「連中が「文化的な」生活を営めているのは我々奴隷商人のおかげだというのに、自分たちはまるで真っ当な善人気取りだ。自分たちが使っている衣服、食事、科学、その全てが大昔から、資本主義社会ができあがった当初から、奴隷商人にやらせ奴隷を安く使い、作ってきたというのに、連中感謝の一つもしやがらん」
「そりゃあ簡単だ。奴隷などと言う非人道的なモノは許されないと声高に叫ぶ一方で、その奴隷を活用して自分たちが成り上がったことを忘れられるのさ。自分たちは善良だと思いこんでいるからな・・・・・・調べればわかることなのに調べもせず、とりあえず正しそうだから「奴隷反対」を叫ぶ。まぁ、いつだって民衆はそんなものだろう」
「まさに、それだ。あいつらはな、自分たちの国の道徳心もどきが大切なのさ。こっちの国では誰が何万人殺そうが何も言わんくせに、民衆が少しでも「非人道的な行為」だの、自分たちの生活を棚に上げて叫び出せば、「正しさ」みたいなモノを旗に掲げて、下らん自己満足のために「悪いことをなくそう」だの言い出すのだ。話にならん」 当然と言えば当然か。
 人間は正しさみたいなモノが好きだ。
 自分たちは正しくて、しかも悪いことは話し合いで解決できると思っているし、暴力は悪であり奴隷は罪であり、許されないと思っている。
 自分たちが週に一度外食できる贅沢を味わうために、海外で、あるいは他の惑星で、多くの人間が奴隷以上にこき使われていようとも、そんなことは調べようとも思わないし、「そんなことは悪いことだ」と叫ぶだけで、別段何もしない。
 私は寄付だの何だのが好きだ。無料で金を貰っておきながら、何を返すわけでもなく、豚のようにおこぼれに預かる人間。自分たちは被害者だとアピールするのは、いつだって当人ではなく悲劇を金にしたがるメディアなのだろうが。
 徳のようなモノがあり、それで天国に行けるならば、私は間違いなく天国に行けるだろう。ただあれこれ述べているだけの暇人どもよりは、可能性は高いはずだ。
 何より、私の発言に文句を言う奴がいても、「なら私以上に金を払って見せろ」と言えばいいし、仮に相手の方が多かろうが、やはり私の金で生き延びている人間が存在する以上、文句を言割れる覚えなど無い。
 徳は金で買える。
 人間の薄っぺらい道徳心など、安いものだ。
 仮に神がいたとして、やはり文句を言うなら私以上に金を払えと言うだろう。高いところからあれこれ言うだけの奴など、暇人どもと何ら変わりないしな。
「人間は、私やお前みたいな例外をのぞけば、正しくあろうとするモノなのさ」
「正しだと? 意味がわからん。そんなもの法律次第でどうとでも変わるだろうに。奴隷が悪だの何だの言っている連中だって、いざ戦争が始まれば、自分たちの大切な仲間たちが戦争するよりも、奴隷を争わせてことを済まそうとするのに」「簡単だよ、そういう都合の悪い情報は、ニュースでみたところですぐに忘れるし、所詮自分たちには直接関係がないのだから、気にしないんだ」「よくそんなに無神経でいられるもんだな」 
「私やお前のような人間が言うと、世も末だなって感じがするね」
「全くだ」
 悪人二人のドライブは、空から始まり、そして今なお続いていた。
「民主主義だと、話にならん。国家首相ですら辞任すれば犯罪が許される社会が、大多数で決めたから良しとしているくせに」
「だろうな。なれ合いの結末などそんなものだ」「何故許されるんだ? お前のいた国ではどうだった?」
 聞かれたので答えることにした。
 事実だけを。
「すまなさそうにしているからだ」
 だが、何を言っているのかわからないようだった。当然か、端から見ればあれほど奇妙な光景もそうそうない。
「つまりだ。「悪いことをしたけど、反省しているから許してあげよう」みたいな心境なのさ」
「なんだそりゃ?」
「民主主義は、いや資本主義も併せてだが、実体よりも形式を重んずるんだ。実際にどうかよりも立派な肩書きであれば優遇され、心の中の反省よりも反省しているように見えるポーズの方が、素晴らしいものだともてはやされる」
「・・・・・・つまり、殺したところで謝れば良いってことか? 国が金を着服しようが、人を殺そうが・・・・・・形式的に謝れば」
「許される」
 私は断言した。クロウリーのような平和からほど遠い人間からすれば、理解し難いだろう。
 ただの事実だが。
「そういう事例しか無いと言っていいな。特に金を持っている人間が道徳心を振り回し始めたらもう手に負えない。でかい別荘を作って森林破壊しながら子供たちのためにワクチンを作り、巨大なクルーザーで世界一周しながら貧困について考える。私から見ても意味不明だ」
「病気なのか? そいつら」
 少し考えて、私は言った。
「そのようなものだ。道徳心やら倫理観やらを振り回しながら生きる人間の姿は、この上なく醜悪で、自分たちの狭い倫理観を信じる。いや、ただ単に自分の頭で考えないと言って良い。頭で考えないからニュースの「非人道的な」報道に胸を痛めるように振る舞い、そしてその正しさみたいなモノを盲目のまま信じる。みんなに合わせる人道的な民主主義、大多数を論理的な考察なしで良しとする、生きることと向き合わない人間の持つ、病だ。現代社会ではそれを良しとしている」
「その病とやらは、治らないのか?」
「大抵、大きな災害だとか、自分自身にも被害の粉が降りかかれば、一時的に考えを改める。そして忘れたりする。そのようなものだ」
「俺やお前みたいな人間が、こういうことを話すのは何故だ?・・・・・・」
「我々のような人種にお鉢が回ってくるくらいには、この世界は、人類とやらは手遅れということだろうな」
 正しそうなモノが正しい。それが社会だ。
 実体など関係がない。
 金と形が整えば、正しさは金で買える。
 それはそうと、デロリアンは現在飛行中でありそして、私は高いところが苦手なことを忘れていた・・・・・・下は絶景だ。
 落ちそうなくらいに。
「何を見ている? 前を見ろ、お次は人間牧場だぞ。銀河連邦の奴らが自分たちで禁止しておいて自分たちで我先にと買う、奴隷の楽園だ」
 ただでさえそんな気分だと言うのに、いつの間にか曲が変わっている。クリス・モンテスの「愛の聖書」が流れていた。名曲なのかもしれないがしかし、こういう曲はバーなどで流すものであって、今流されても陰気な気分になるだけだ。
 私は搭載されていた人工知能に話しかけようとしたが、これはどうやら本当に「デロリアン」らしく、搭載されているモノを引きはがした後があった。私は仕方なくディスクを差し替え、「ハローリバプール」か「ノックは三回」のどちらにしようか迷ったが、どうせなら耳の保養になる方がよいので、ハローリバプールにした。
「何をする?」
「陰気な音楽はうんざりなんでな。これでいい」「名曲なんだぞ、愛の聖書は」
 この良さがわからんとはと、小言を言いながら勝手に「帰らぬ少年兵」をクロウリーは流した。「おい、だからやめろ。そんな音楽だと気が紛れないだろ」
「どこがだ。良い曲じゃないか。だいたい、高いところが怖いなど、子供かお前は」
「お前に言われたくはない」
 何か言い返そうとしたようだが、不毛な争いになると踏んだのか、一度口を閉じてから、またクロウリーは口を開いた。
 この曲はなんだか淫靡な雰囲気で話すシーンがあるので、いかがわしい曲に思えた。実際には少年兵の心情にシーンだったはずなので、担当している歌手の言い方のせいだろう。
「俺は大統領だぞ」
「だから何だ。ガキにガキと言って、何が悪い。大体が権力者など、見栄を張る人間がなるものだろう」
「だが俺は何でも手に入るぞ。国も、人も、金もすべて思い通りだ」
「それを私に言って、何になる」
 世界一の作家と世界一の大統領が、あろうことか口げんかとは。
 勿論、実力は勿論だが、性格の悪さという意味合いで捉えておいても、間違いではない。
「いいか、人間だろうと神だろうと、手に入るモノなどしれているだろう。お前が持っているモノは見たところ、このデロリアンくらいだ」
 指を指して何か言おうとしたらしいが、やはり彼は途中でやめた。
 私はケースの中身を見ることも出来たし、タマモの依頼は果たしたので、もう後は観光するだけだった。復讐者らしい女に依頼を受けた気もするが、私は正義の味方でもなければ主人公でもないので、まぁ、知らん。
 私は許可無くまた曲を変えた。「恋はリズムに乗せて」タイトルの割にノリが良い。
「おい、さっき愛の聖書は否定しておきながら、お前はそんな曲を流すのか?」
「流すね。オールディーズはノリがすべてだ」
「音なら何でもいいのか?俺なら歌詞に拘るがね・・・・・・」
「何の話だったか」
 また話が脱線した。
 悪人同士の話というのは、脱線しやすいと言う事実がここに判明した。作品のネタになるかもしれない。
「俺がすべてを手に入れたという話だ」
「気持ちは分かる。だが私からすれば知ったことではないな。大体が私はこの国の住民じゃない」「いずれ住みたくなるさ」
「何故だ?」
 住みたくなる、というその台詞は予想外というか、予期しないモノだった。
 いったい何故だろう。
 気になる。
 作家としての性なのか、どんな手を使ってでも知りたい気分になった。
「簡単だ、ここほど住みやすいところはないからな・・・・・・」
 宇宙船デロリアン号は旋回しながら飛行する。「運転が荒いぞ」
 抗議するようにそう言う傍らで、私には下の光景が見えた。
 貧困街、そして遠くに見える科学技術の発展した豊かな土地。
「いつの世も同じだ。搾取した側が勝利を掴む。俺に限ったことじゃない。どんな国でもこういう光景はあるさ。それが極端なだけでな」
「頼みもしないのにクローンを作って売買する辺り、確かに豊かそうではあるな」
「馬鹿言うなよ」
 そう言って、ハンドルを握りながらこちらを見るクロウリー。私はよそ見運転は危ないのではとかなり心配になった。
「あれは連中が、善良だのと抜かす国家達が必要だから作ってるのだ。自分たちはお高くとまっているが、「人道的な国家」の官僚や公安機関ほど俺の作った奴隷クローン達は、高く売れる」
「政府と関係しているのか?」
「当然だろう。そのくせ、旗色が悪くなったら、自分たちは関係していないとニュースを流し、国民を洗脳する。そんなことを繰り返す国も国だが国民も国民だな。汚いことをしないで「国家」なんてでかい組織が、まともに回るわけ無いだろうに」
 そう言ってクロウリーは続けた。
「俺は違うぞ、そう言ったことを隠しはしない実力社会の世界だ。この惑星では何でも手にはいるぞ・・・・・・臓器、薬、人間、アンドロイド、人工知能、戦争兵器、洗脳兵器・・・・・・・・・・・・」
「物騒な国だな」
「どこもやってる。見えるようにやってないだけでな」
 確かにそうだろう。私は思案した。
 作家として他に聞きたいことはなかったか。
 そこで思い当たったのは、人工知能の問題・・・・・・科学に依存しすぎた社会問題だった。この国ではどうなっているのか、知りたいからな。
「その、搾取して繁栄する側は、どうなったんだ・・・・・・?」
「あいつら、話にならん」
 科学が発展しても、人間関係に関する問題は解決していないらしい。この男にしては珍しく、荒々しい口調だった。
「どいつもこいつもイエスマンだ。役に立たないし、連中に出来ることは人工知能に任せればいいだけだ」
「科学に頼りすぎたからじゃないのか?」
 最近よく言われるのは、科学技術が発展したおかげで、人類は基礎能力が低下してしまったのではないかという問題だ。わかりやすく言えば、人間には「足りないモノを補おうとする」機能があるのだ。視覚が不自由なら他が鋭敏になる。しかし人間の能力が殆ど必要とされない現代では、それらの機能がすべて人工知能便りになり、人間自身は劣化してしまったということだ。
 嘆かわしい、話らしい。
 私にはよくわからなかったが。
「そうでもない、使えない奴は使えない。連中には自分で考える力がないのだ。だから俺を毎度のように悩ませることを仕事にしている「大統領に悩みの種を持ってくること」が、立派な仕事だと思ってやがる」
「酒でも飲んだらどうだ?」
「もう飲んでる」
 ますます危ない奴だ。
 着陸後、我々は夜の待ちに繰り出すことになった。主に私が決めた。
 この男は面白い。
 人間の正しさなど知らん、面白ければな。
 科学技術の随を極めた夜の町に、悪徳大統領と邪道作家の二人組が、夜が明けるまで遊び倒すことが悪ならば、私は悪人で良いしな。
「行くぞ」
 そういってクロウリーについて行く形で、私は恐るべき科学の楽園、いや夜の楽園に繰り出すのだった・

   14

 しかし期待はずれというか、予想外だったのはというと、意外にも、どれだけテクノロジーが進歩しようが、古き良き時代・・・・・・・・・・・・オールディーズの音楽が流れる場所、チェックベリーのロール・オーバー・ベートーベンの喧噪の中で、酒を飲む風習はなくならないようだった。
「俺はすべてを手に入れた」
「またそれか? いいから飲め」
 酔いつぶれることのない男が話をするとするならば、それはグチだろう。
「俺はこの世の摂理ですら、手中に収めたんだぞ・・・・・・その俺が、何故こんな目にあわねばならんのだ」
「この世の摂理?」
「お前が」
 そこまで言ってゲップをした。重要そうな話題なのに、緊張感はまるでなかった。
「おまえが襲われた化け物だ」
「ああ、あれか」
 そういえばいたな、そんなのが。
 あれは何だったのだろう?
「この世の摂理というやつはな、我々神ですら思いのままに出来ない。しかし俺は変えたのだ。摂理という奴は厄介で、争いがあるからこそ科学が発展する。この段階を越えないことを摂理と呼ぶのだ」
「つまり、なんだ。戦争なしじゃ、私たちは音楽をパイプオルガンのままだったのか?」
「パイプオルガンは悪くない。簡単に言えば、そうだな・・・・・・戦争も起こさずに科学を発展させようとしても、必ずそれを巡って争いが「起こらなければ」ならない。ルールだ。発展の前には必ず戦争、虐殺、陵辱、支配がなければならん。個人の意志ではなくこの世のルールだ」
 また一杯頼みながら(そんなに頼んで大丈夫なのか?)クロウリーは言った。
 確かに、そうだろう。
 この世の摂理というやつは、段階を飛ばすことを許さない傾向がある。仮に飛ばして、科学の時計の針を進めたとしても、やはりそれを巡って争いは起こるものだ。
 人間がどうしても争い、戦争を起こすのも摂理の内なのだろう。実際、神々とやらですら、戦争を避けることは出来ていない。どの神話でもそうだろう。
 しかし、だ。
「それと私を襲った怪物と、どういう関係があるんだ?」
「摂理というのはゲームの基本プログラムみたいなものだ。騙せる。おまえたちの言うところのチートだな」
「私が襲われたのは、改造データか?」
「そのようなものだ」
 やるせない話だ。私はそんないい加減な存在に苦戦したのか。
「お前が苦戦したのも無理はない。お前の持っている、その、「サムライ刀」は、どんな人間にでもそのチートをある程度使えるようにするモノだからな。しかし、俺が作った怪物には制約無しで無尽蔵に改造した。当然ではある」
「私のサムライ刀は、お前達が邪魔者を始末するために作ったんじゃないのか?」
「いや、逆だ」
 言って、クロウリーはナッツを摘んだ。我々はカウンターに座っているのだが、男二人がこんな話をしている様を端から見れば、不思議でならないだろう。
「摂理を破る方法を神の一部が解明したのさ。新しい発見だ。我々は全能だが、しかし出来ること以上のことは出来ない」
「娯楽の神が戦争を起こすことは出来ない、ということか」
 彼の顔面は真っ赤になっていた。大丈夫そうには見えない。まさか私が後で介抱しなければならないのだろうか・・・・・・話の代金だと割り切ろう。 貴重な話を聞かせて貰ったしな。
「だから、それさえ破れれば本当の意味での「全知全能の神」になれるのさ。そして俺はそれを解明しつつある」
「そんな、全知全能とかいうブランドに最も近い男が、何に悩む?」
「使い物にならん部下のことだ」
「人間関係か?」
「俺のような男にはふさわしくない言葉だが、まぁそんなようなものだ。どいつもこいつもへらへら笑いながら、「おべっか」を使うことしか考えていないくせに、それがばれていないと思っていやがる。俺はこの惑星の王だぞ」
「落ち着け、飲み過ぎだ」
「まだまだいける」
 まだまだ行けるという男がいたら、それは無理して突っ走る合図のようなものだ。吐かれても嫌だったので、強引に借りている部屋に連れて行くことにした。
「何で部屋を一つしか借りないんだ」
「途中で帰ると思ったからな」
「とりあえずもう寝ろ」
 無言でベッドにクロウリーは倒れ込み、そのまま仰向けになって眠るのだった。
 ベッドは一つしか無いというのにだ。
 さんざんな結果になったが、しかし私はホテルマンに頼み込み、布団を敷いて床で寝た。私は安眠したいのだ、酔っぱらいの隣では眠れない。
 次の日、私はシャワーを浴びてさわやかな朝を迎えたのだが、クロウリーは頭が痛いらしく、頭を抱えながらのそのそと起き上がり、また眠ろうとしたので仕方がなく私は無理矢理シャワールームに彼を押し込んだ。
「のぞくなよ」
 などと軽口を吐いたので、私は「何なら今すぐ目が覚めるように、冷水に変えてもいいんだぞ」と脅した。
 小さい戦いである。
 ようやく気分を取り戻したらしく、私はコーヒーを煎れてやり(何故この私が、こんな召使いなことをしているのか、不思議でならない)適当なモーニングをその辺のパン屋から買ってきて、我々はコーヒーを味わいながらパンを貪った。
「思うんだがな」
「何だ?」
 私はパンをかじろうとしていたので、中途半端な体勢のまま答えた。
 クロウリーは言う。
「俺たちは良いコンビになると思わないか?」
「また酔っぱらいの介抱をするのは御免だな」
「そう言うな。お前は何だかんだ言って望むべき欲望がない。対して、俺はこの世すべての欲望を手にしているが、退屈していてな」
 私は答える前にパンをかじり、コーヒーをすすった。まだ食べていないので、腹が減って話の内容が思うように入ってこないからだ。
 私は適当に答えることにした。
「おかしなことを言う。私ほど欲望にまみれている人間など、そうはいないぞ」
「それはフリだろう。俺は眺めの良い立ち位置に立っているからな。よく分かる」
「それで」
 パンを食べたい気持ちをぐっとこらえて、私は答えてやった。
「俺と手を組まないか?」
「何の手を組むんだ」
「この国を一緒に動かすんだ。お前は参謀、俺は国王だ」
「面倒だから嫌だよ。私は作家であって、政治家じゃないからな」
「そういうな、ポストに座っているだけで良いじゃないか」
「・・・・・・そんなことをしなくても、我々二人は酒を浴びるほど飲み、ゲロをはいた相棒を介抱した挙げ句、こうして益体のない朝食をとれるくらいには自由なんだぞ。これ以上何がいる?」
「権力だ。言ったろう、使う側と使われる側だ」「見たところ、気苦労が増えるだけのようにしか見えないが・・・・・・」
「わかった、もういい。・・・・・・このパンは美味いな・・・・・・」
「国王はパンを食べないのか?」
「茶化すな。俺だってパンくらいは食べるさ。庶民的なイメージで売っているのでな」
「そんなブランド品で全身を覆っておいて、良く言うよ、見栄っ張りめ」
 我々は益体のない食事をした後、益体のない小さい争いをし、あまりの不毛さに馬鹿馬鹿しくなり休んで、またコーヒーで一服するのだった。
 もう完全に復讐者からの依頼は放り出してしまっているので、ケースは斬ったが、中身は無かったとでも言っておこう。
 問題なのは、そう、骨である。
「その骨、何に使うんだ?」
 言うと、彼は面倒そうに「願いを叶えるとされている」と答えた。
 そしてこう続けた。
「あのレンズは骨が持つとされる「英知」の知識を解読するのに必要なモノだった。俺が欲しいのはそっちだったからな。だから願いを叶えるとかいう胡散臭い代物には興味がない」
「欲深い神の癖に、願いがないのか?」
「お前も同じだろう。我々に願いなど無い。大体がこういう代物は、たいてい割にあわん。だから嫌いなんだ」
 元々この中身に興味があって依頼を受けたので私としてはもう、やることはもう無い。願いを叶えるというこのおもしろグッズも、クロウリーの話を聞いた後では色あせてしまった。
 なのでとりあえず、この男と行動を共にして、散策にふけるのも面白いかもしれない・・・・・・また掃除をするのは心底御免だが。
 この男はフカユキとか言うあの女からすれば復讐の対象だったらしいが、見方を変えれば人間であろうが神であろうが、まぁこのようなものだ。 絶対的な悪。
 そう言ったモノがあると、そんな幼稚な考えを捨てきれない人間というのは、自己を正当化することで「正しさ」みたいなモノを証明しようと必死だ。
 この世が物語ならばあの女、フカユキはまさに主人公みたいな性格をしていたが、私のような悪人目線で見れば、人を脅迫して使おうとして無理矢理自分の都合を遠そうとするだけの、暴力的な人種でしかない。
 作品のネタに活かせそうな話だ。
 私から言わせれば、生きている時点で何かを踏みにじり殺すものであって、悪だの善だのと言うのは所謂「良い人間」でいたいと思う醜悪な欲望でしかない。
 この世に善だの悪だのは、存在しない。
 法律や風習で決めているだけだ。人を殺してほめられる場所も、軍隊という形でいつだって存在するし、殺人ですら、誰かはその殺された人間を疎ましく思うだろうし、そうでなくても豚や牛、あるいは自然環境をめちゃくちゃにしておいて「文化的な暮らし」をしている生物が、今更何を気取っているのかという話だ。
 だから私からすれば、クロウリーがどれだけの罪人であろうが知ったことではない。大体、人にそんなことを言えるほど、私は心優しい聖人でもない。
 我々二人は町に繰り出すことにした。「徒歩で行こう」と私は提案したのだが、「馬鹿を言うな、この俺に歩いて移動しろと?」と、運動能力に自信がないらしく、拒否されてしまった。
 なので、だ。
「沈まないんだろうな」
「問題ない。俺のクルーザーだぞ」
 当然ながら私はクルーザーなど持っていない。管理が大変ではないか。大金持ちの象徴らしいがしかし、私は見栄のために人生を無駄にしたくはない。
 対して、クロウリーは見栄の固まりのような男で、内部には執事が一人と、大きな部屋がいくつかあって、酒が山のように並べられている船底で海の中が見える部屋、外の景色を眺めながらコーヒーでも飲めそうなラウンジがあった。
 私は外の景色が見たかったし、コノ惑星の情勢を聞きがてらの移動なので、コーヒーが飲めそうなラウンジの椅子に勝手に座った。椅子と言うよりもソファか。座り心地は抜群だ。
 私の向かいにクロウリーが座る。
「どうだ、良い部屋だろう」
「確かに」
 我々は海沿いに町を眺めていた。勿論、私が最初に言い出したことだ。この町の話を聞き、それを作品の参考にしつつ、適当に嗜好品を楽しみたい。
 確かにそう言った。
「どうだ、生きたアンコウの肝だ。絶品だぞ」
「センス悪いな、お前」
 味はともかく、そんな人間の生き肝みたいなモノを良く平然と食べられるなと思った。
 クロウリーはかじってから、「味は絶品だぞ」と進めた。
「晩にでも頂くさ。私はコーヒーとチョコだ」
「淡泊な奴だな。コノ惑星のことを知りたいと言うから、名産品を持ってきたのに」
「名産品?・・・・・・アンコウがか?」
「珍味はいつでも重宝されるということだ」
 あまりにも美味そうに食べているので、勢い食べそうになったが、こういうのはワインか何かと一緒に食べた方が美味しいだろう。コーヒーには合いそうにない。
「まぁ、食事時に頂くよ。それで・・・・・・」
「この星の話だったな。あまり変わらんよ」
 そう言って彼はおいてあったマフィンをかじって、食べながら話を続けた。
「食うか話すかどちらかにしろよ」
「マフィンは食べながら話すことが出来る、人類の発明品だ」
 口からこぼれていた。
「いいだろ別に、俺だって大統領らしくお上品に食べるのにはうんざりしていたんだ」
「お上品に? お前が?」
「失敬な奴だな、この顔を見て育ちの良さがわかるだろう」
「・・・・・・」
 自分でも失言だと思ったのか、クロウリーはあまり深く追求せず何かを言おうとして、やめてから、話を続けた。大方弁解をしようとして、失敗したのだろう。
「この惑星は俺のモノだ」
「それは知っている。自称だろう」
「自称じゃない」
 そう言ってクロウリーはワイングラスを取ってワインを注ぎ、少し揺らして楽しんだ。
「権力があれば何でも思いのままだ」
「本当にそうなのか? 私は作家だから、権力云々は正直よく分からないんだが・・・・・・」
「勿論だとも。資本主義社会では金と軍事力、そして権力があれば殺人も合法だ」
「そんな、漫画みたいに行くのか? 民衆が反発したりとか、しないのか?」
「ああ」
 ワインを口に含み、多めに飲む。そしてクロウリーは一服ついてから。また話を始めた。
 昼間から酒とは、また吐かないだろうな。
 だから先んじて言った。
「おい、また吐いたりしないだろうな」
「このタイミングでそう言うことを言うんじゃない。俺の偉大さが損なわれるだろ」
「なら飲むな」
「酒を飲むのは、この惑星では合法だ」
 そういって酒を飲もうとする。まぁ、私は酒に大してあれこれ言うつもりは無いのだが、また吐かれてはたまったものではない。
「私はこの惑星のゲロ掃除係じゃない」
 両手をあげて降参のポーズをし、「分かった」と言って渋々、本当に渋々酒をテーブルに置くのだった。
「今度法案を通してやるからな。「酒を飲んでゲロをはいても、掃除するのは同伴者の義務」という法案をな」
「知るか。私にとっては私自身が法だ。長ったらしい法案など知ったことではない」
「おい、それが現代社会に生きる人間の言葉か? もう少し自分を省みろ」
「お前に言われる覚えはない。それより、酒ばっかり飲んでないで、続きを話せ」
 右手をわざとらしく振るわせて(恐らく、自分は酒が飲みたいというアピールだろう)クロウリーは続きを話した。
「そもそも、民主主義だろうが帝国主義だろうがだな、「正しさの基準」は俺のような権力者が決めるんだから、倫理的にどうだろうが関係ないに決まっているだろう。もしばれても、情報を操作するかスケープゴートを出せばいい。民衆が文句を言わないのかって? そりゃ言うさ。だが言うだけだからな。連中は行動しない。だから脅威にはならん。正しさの奴隷だからな、払うことが正しいと景気よく税金を払ってくれる」
 社会的な正しさを信じる姿勢も、ある意味宗教みたいなものか。資本主義も盲目的に信じる彼らからすれば、どんな重税をしかれても「政府が悪い」ではなく「貧乏が悪い」と考え、変えようと一致団結したりはしないのだろう。
 何より、革命というのは基本的に軍事力、団結力、そして金の力で可能になるモノだが、民主主義ではまるで政府の決定が「全員の総意であるかのように扱われ、実体が政府の都合の良いように改竄されていたとしても、選んだ民衆が悪いと言うことになる」システムができあがっている。
 金がなければ政治家にはなれない。
 クズでなければ政治家として生き残れない。
 そして何より、軍事力は警察、公安、軍隊とすべて政府が所有しており、警察機関を使えばどうとでも民衆を罰することが出来る。それも都合の良い形で。
 何より、資本主義社会では「持つもの」の発言が正しくなり、持つモノはさらに持ち、持たないモノは資本主義社会において、ただのゴミだ。
 そんな社会構造で政府が「正義みたいなもの」を唱える時点でお笑い草だが、
 その辺りをわきまえているのだろう。だからこそこの男は現代社会の人間達を操るのに必要なモノを手にしているのだろう。
 資本主義社会。
 この社会構造で、自身の信念に従って業を背負い生きている人間の、なんと少ないことか。
 信念は金にならない。
 誇りは形にならない。
 ただ労働という形で別段やりたくもないことをやらされるか、逆に他人を使用して使い捨て、外道として生きるか。なんにせよ中身が薄っぺらいことは確かだろう。よくよく調べてみると、金を大きく稼ぐ人間は大抵が奴隷商人か有りもしない価値を売りつけるデジタルシステムの支配者であり、農業や漁業と違って、彼らは別に存在しない方が社会のためになるにも関わらず、役にも立たないモノを売り、価値のないモノを流行に乗せ、あるいは価値を作り出すために他人を利用して、安っぽい信念を売りさばくのだ。
 そんな世界に生きていて、価値のあるモノは少ない・・・・・・そしてそんな世界で「民主主義」などという夢物語は当然のように利用される。
 安っぽい信念しかない社会構造で、なんというか、「平等」だの「平和」だのという綺麗事を実現しようとなど思うからだ。そんなモノを実現しようとする前に、本の一つでも書け。
 でなければこのクロウリーのような人間を否定する権利はない。あったところで、勝つことなど出来はしないだろうが。
 まぁ私はこの男を否定する気もないし、そんな人間でもない。大体がこの資本主義社会で「作家」などという不可解な仕事をしている人間が、「そんなことは非人道的だ、よくない」などと正論を述べる方がどうかしている。鏡を見るべきだろう。
「成る程な。大体分かった。典型的な「先進国」と言うわけか」
「その通りだ。俺からすれば生きやすい世界さ。連中はこの世界に正しい指針があると思いこんでいるからな、それをちょっと変えてやればいい」 正しさの指針を変える。
 さながら神の真似事だな。政治家というのはそう言うものであり、クロウリーは本当にその人外の何かだというのだから、皮肉でしかないが。
「例えば、どういうものだ?」
「労働だよ。連中は資本主義社会ができあがるまでは、宗教、神に祈ることを「正しい」と信じてきた。資本主義社会になってからは「立派な社会人」だとかを指針にしてやった。金があることが豊かであり金があるからこそ人として立派であり金があるからこそ幸せになれると刷り込んだ。結果できあがったのが、今の「労働教」だ」
「酷い例えだな」
「そう思うか? 事実だ。宗教を変えただけさ。自分たちが洗脳されているとすら思わない内にな・・・・・・どちらにせよ、宗教でも労働でも、俺のような先導して支配する側が、得をするわけだが」「労働は宗教なのか? 言い過ぎの気もするが」 気になると言えば気になる話だ。
 私の場合、ある程度金が役に立たないことを知って金を求めているので、ただひねくれているだけなのだが、しかし確かに、拝金主義が横行したのは資本主義が栄えてからだ。
 それまでは商人というのは、「金に意地汚く、生き汚い人種」とさげすまれていたものだ。
 その時代に生きていた私が言うのだから、まず間違いない。酷いモノだった。
 それが現代では酒を浴びるようにのみ、女を侍らせ、まるで「立派で素晴らしい人間」であるかのように、金を持っているだけでなれるというのだから、意味不明ではある。
「言い過ぎではないな。その内、また別の宗教を流すことのなるんだろうな。資本主義社会ほど支配しやすい形はないが、だとすれば応用するんだろうが・・・・・・やることは変わらん」
「その割には浮かない顔だな」
 きょとん、として私を酒の入ったグラスを揺らしながら、「俺の顔と金の量は関係ない」と言うのだった。
「あいつら、使い物にならん」
「またそれか。しかし、資本主義とお前の部下が使えないことには関係あるまい」
「あるさ」
 と意外なことを言うのだった。言に乗っ取れば資本主義社会が加速するほど、部下は使えなくなると言うことだろうか?
「そもそもだ。資本主義は個々人の自我を抑制するために作られたものだ。だから連中は立派になれば成る程自分が無くなる。ロボットみたいなもんだ。自分で考えないから、いちいち命令せにゃならん」
「おいおい、お前達がそうしたんだろう」
「俺の責任じゃない。大体だな、肩書きが立派になるほど使えなくなるとはどういうことだ? 連中はバッチをつけてりゃ満足なのか?」
 ストレスがたまっているようで、かなり人材育成問題に疲れているようだった。追い打ちをかけるのもなんなので、とりあえずフォローしてやることにした。
「まぁ、大統領のお前が言うのも変だと思うが、そいつらのことなら、私にも分かる」
「何が分かる」
「私はそいつらはきっと、なれているんだと思うぞ。命令される喜びになれているんだ。いっそのことジャングルにでも放り込んでやれ。生き残ってれば、役に立つ奴が育つかもな」
 腕を組んで考え込み、「考えておく」とクロウリーは答えた。
「お前はどうなんだ?」
「どう、とは?」
「作家なんだろう? 何かそう言う問題を抱えていたりはしないのか?」
「そりゃ勿論あるさ」
 無いわけがない。
 作家というのは編集部に搾取されるために存在していると言っても、過言ではない。
「仕事そのものは、私はやり遂げれば後悔はないからな・・・・・・お前と同じで人間関係は最近の音楽くらい酷いが」
 そこまで言うと、クロウリーは顔をしかめてこう言った。
「ブーディーズを知らないのか?」
「何だ? それは」
「最近はやっているロックバンドだ。近い内に俺の国にも星賓としてやってくる」
「面白いのか?」
「全盛期のエルビスより凄い」
 自信満々に、お前が歌っているわけでもないだろうに、そういうのだった。まぁ、ファンとはそういうものだから、気持ちは分かる。
「本当に?」
「本当だ。あれを知らないのか? 今まで何十年も息吸って吐いてただけ?」
 私は息を潜めて、
「本当に凄いんだろうな?」
 と聞いた。
 まるで何かの取引だ。
「俺のを貸してやる」
「いや、壊したりしたら嫌だから」
「そういうな、ならくれてやる」
「いいのか?」
「予備だからな」
 何の予備なのかはとにかく、この長ったらしい旅路に意味があるのだとすれば、クロウリーから新作アルバムを手に入れたことだろう。
 実る一日だ。
 私は慎重に持ってきていたダレスバッグの中に保護シートの中に入れて仕舞った。これで爆撃があっても大丈夫だろう。指さし確認もしたのでセキュリティ面でも問題はない。
 ふと、思うのは世の中バランスが取れているのかということだ。権力者故の苦悩。
 ならば私はどうだろう?
 心無い非人間であるからこそ傑作が書けるとすれば皮肉である。幸福にならない限り傑作を書き続けられるが、幸福になったとたん邪道作家はそこで死ぬ。なんという矛盾。唾棄きすべき摂理だ。心の有り無しなど神の視点から見れば身長の多寡と変わらず、私が人並み以上に容姿が整って高身長であることと(自分で言うのもなんだが、何の努力もしていないのにそれなりである)さして変わらず、身長が低くて容姿の悪いチビ作家が私のような人間を羨むことと、大して変わらない気もする。
 だが、往々にして何か不遇な環境で育った人間はそれに見合った才能だとか、人脈だとか、仲間意識だとかがあるにも関わらず、私には何一つとして存在しない。ただの不条理とも捉えられるだろう。
 絶世の美女に生まれたという点だけでは、到底納得行かない。いや、性格の悪そうな悪人面の太った中年かもしれない。
 意味もなく読者を混乱させてみたりしてな。
 私は実は女なのだ。意外かもしれないが・・・・・・・・・・・・と言うのも嘘かもしれないし、もしかしたら筋モノかも、あるいは身長が高いだけのただの男かもしれないし、やはり女で、メガネをかけていてタワーマンションに住んでおり、孤児だったりするかもしれないぞ。
 もしかしたら老女かもしれない。
 嘘はこれくらいにして、高校三年生の私からすれば、そう、高身長というのは嘘であり、実はしがない低身長の堅苦しいメガネ高校生である私からすれば、そんな正体などと言う大層なモノは無いのだが。
 まぁ、私のような天狗、アヤカシの類からしても、物事の見方は一定一律ではないと言うことだ・・・・・・割にあわないとしか、私は思わなかったが・・・・・・・・・・・・。
 作家などと言う生き方しか選ばざるを得ず、それでいて何か特別そういう優れた何かもなく、人並みですらなく、最低限のモノ、心すらない。
 どう考えても、大金を賠償請求して良いレベルだ・・・・・・別に不遇でなくとも金は請求する気はするが。
 などと、小学二年生が言うことではないか。
 読者を煙に巻くのはこのくらいにして、さて、この男は分かりやすい「成功者のなれの果て」と言うことらしい。幸福と言うものを真剣に考える暇と手間があるからこそこの男は悩んでいるのだろう。
 幸福とは何か?
 人と人とのつながりが無くても生きていける資本主義の無機質な社会体制 金はその最たるモノであり、愛情などの感情は無くてもいい。それが合理性を重視した結果だ。しかし私や、この男クロウリーに関して言えば、答えは既に出ている。 無いものは無い
 心がないなら、尚更だ。
 幸福は育むものであり、何もない故に最初から不可能であると言うのが私の持論だ。そんな人間が「鐘さえ有れば幸せ」だと唱えるのは、心がないのは良しとしても、だからといってそれに見合うモノを手にしなければ嘘だからだろう。
 自身のような人間がいることそのものが、神も救いもない証拠である。と、私は常日頃から考えている。もしいるとしたらお笑い草だ。人間一人に心を付け忘れたところを見る限り、工場のライン生産のように、人任せで作っているのかもしれない。
 今は何でもそうだ。
 人工知能が台頭してからというもの、人間は何でもかんでも機械に任せるようになった。昔は手動で運転したり(大昔の話だ。今そんなことをするのは法律に違反する。管理しやすいように政府が管理しているからだ)したらしいが、運転どころか、子育ても人間づきあいもアンドロイド任せときている。まぁ元々社会が発展してからと言うもの、教育は教育機関の仕事になっていることを考えると、「子育ての業務請負」を行って育てた気になってきたというのだから、あまり今も昔も人を育てることに手を抜くところは、あまり変わってないと言えるだろう。
 クロウリーも何か察したのか、音楽の入ったレコーダーディスク(ロストテクノロジーと言えるだろう、これは)を私に手渡すと、問うた。
「お前はこの世界に不満を感じないのか?」
「妙なことを聞くな、無い人間はいないだろう。何事もすべてに満足するということがないならば人間は、必ず何かに不満を持ち、現状を変えようとするモノだ。・・・・・・もっとも、最近はお前の言う「自分の意志のない」人間があふれ出してきているのだから、何の不満も考えずに生きる人間はいるだろうがね」
 とはいえ、私には不満など無い。
 不満を持つ心がないのだから、持ちようが無いというのが本心だ・・・・・・金が有れば便利だとは思うので、とりあえず金を手に入れて満足することには、否定的ではないが。
「・・・・・・なら、お前ならどう対処するんだ?
「不敵に笑え 摂理の理不尽に対抗できるは人間に強がりが唯一の力である。というのが私が経験から得た唯一の方法だ」
 いぶかしみながら、クロウリーは追求した。
「それは、酒をあおって諦めてるのと、どう違うんだ?」
「素面でも出来る点だな」
 悪魔がいるというのならば私は最初からそうだった。人間など、最初からどこにもいなかったのだ
 だが、同時に思うのは「人間の魂」、そ心の強さ、本当の意味での強さというモノは、私には持ち得ないと感じるのだ。
 高潔であり、
 大切なモノのために犠牲になり、
 それでも前に進む本当の強さとやら。
 私は心を持っていたところで、そんな大層なモノを扱えるとは思えない。
 私が弱いのだとしても、それはどうでも良い。 強い弱いに興味はない。
 全く、鬱陶しい限りだ。
 心ある人間の、暖かさとやらは。
 眺めるだけで満足しろと言うことなのだろうがしかし、私は物わかりの良い方ではない。
 必ずだ。
 心だの愛情だのを「越えるもの」
 それを手にするまでは死んでたまるか。
 そんなモノは有りもしないと言うだろうが、そうでもないのだ。
 この世は所詮自己満足。
 果てない景色をもし見られたならば・・・・・・・・・・・・私は「満足」出来るだろう。
 願わくば、見果てぬ夢を、見たいモノだ。
 我々二人という人間は、どうしてここまで屈折したのかというと、つまり手に入らないモノを求めようとしたけれどもそれは無い物ねだりであることに気づき、金という分かりやすいモノで妥協して、それなりに満足しようとした結果なのだろう。
「私もお前も、種族を言い訳に出来ないほどに外れてしまっているのさ。我々から見れば世界は理不尽であり、心とやらを作り損ねた神々に抗議すべきモノでしかないが、しかし同時に世界からすれば、我々のような人間は存在そのものが「悪」であり、自分たちが負の側面を押しつけたことは無視してでも我々を糾弾しようとする」
「何が言いたい?」
 酒を飲んで・・・・・・しかし、本当に大丈夫だろうか? まぁ、素面で話すような内容でもないのだろうし、私のように酒が飲めないのでもなければ飲む気分も頷ける。
 羨ましい話だ。
 作家は等しく酒が苦手なのかもしれない。
「嘆くだけ無駄と言うことだ。我々の声はどこに届くこともない・・・・・・神も悪魔も我々のような人間は眼中にないだろう。それでも我々二人が「幸せのようなもの」を掴むときがあるとすれば、それはきっと自己満足の類だろうからな。くよくよしたところで仕方がないと言うことだ」
「お前がそれを言うのか?」
「私だからこそ言えるな」
 生きるということは即ち、答えを得ることだ。 だがしかし、我々は生まれたときから答えを手にしてしまっていた。曰く、「幸せにはなれない」曰く「人並みには混じれない」曰く「それこそがお前達の人生だ」と。
 語りかけられているかのように。
 まぁ、幸せ云々はどうでも良いかもしれない。 私にとって重要なのはそれなりに本が売れ、ある程度贅沢が出来、それでいて世間の喧噪とは無縁な場所で本を読みながらコーヒーを楽しむ位のモノなのだ。
 金があれば文句ないが。
 有ったからどうというわけではないのだが、しかしまぁその辺りは私の趣味嗜好だ。
 だから問題ない。
「ふん、まぁ良いさ。そういえばお前にお客さんが来ているぞ」
 そう言うクロウリーの言葉を聞いて、私ははて誰だろうと思った。
 あまり人間関係はないのだが。
 屈強そうな部下に連れてこられたのはかつて私に依頼をした主人公、フカユキとかいう女が、さながら捉えられたエイリアンみたいに連行され、私の前に姿を現したのであった。

   13

 私は主人公ではない。
 故に知ったことではなかった。
 帰り際、能力を奪われた小娘は捨て置かれ、私の持つ「賢者の骨」に興味を持ち付いてくるのだった。
 私のいるホテルにまで押し掛けられて、正直迷惑だったので仕方なく口を開いた。
「こんなモノを手にしてどうするつもりだ?」
「何でも願いが叶えられるってお墨付きらしいじゃないか。その骨」
 物欲しそうに言うのだった。
 ランプの魔神はこんな気持ちだったのだろうか・・・・・・正直こういう人間ばかりでは、彼らがうんざりするのも分かる気がした。
 いきなり私を襲って脅迫し、
 それでいて裏切ったと吠え、
 大儀のためだと、いや誰かのため、涙を流す女を見過ごせないだとかと言った理由のために、彼女は私の持つ「賢者の骨」を欲しがった。
 主人公とは、端から見ればここまで醜悪なのか・・・・・・別に苦しんでいる人間のために動くことは悪人を倒す理由にはならないだろうに。いや、なったとして「倒す」という言葉を使って、暴力で事を済ませようとするのだから、正直都合の良い頭だなぁと思わざるを得なかった。
 その主人公は言った。
「それが有れば多くの人を救えるんだ」
 だから何だというのだろう。私から言えばそんなモノはその「多くの人々」の都合でしかなく、私にはあまり関係ないし、「多くの人々」の代表者面をする理由にも、ならないのだが。
 願いではなく、欲望であることにも、気づいてはいなさそうだしな。
 誰かのため、誰かの涙を止めるためだのというのも、所詮倫理観に従って動いているだけの欲望に過ぎないものだ。
 欲望。
 正義という言葉ほど、正しさを主張する輩ほどその欲望に囚われている。
 何のためであろうが人を殺し、死体の上で「どうだ参ったか、ここに悪は滅びた」と叫ぶ狂人の気持ちなど分かりたくもないのだが、しかしまぁ彼ら彼女らは自分たちの「正しさのようなもの」を盲信しているので、話は聞かないだろう。
 労働でも人間関係でも盲信している人間にはロク奴はいない。つまりそういうことだ。
 物語があったとして主人公がいるとすれば、それはこの女のことだろう。だからこそ私の視点でこうやって物語を眺めると、負暖気が付かないところに気が付くというか、視点を変えて物事を楽しめるので、正直面白くはあった。
人間は英傑を殺し英傑は怪物を殺し怪物は人間を殺し、そして、三竦みの輪にも混ざれず、抜け出すことも許されないのが化け物だ。
 化け物は生きてはいない。死んでいないが、死んでいるようなものだ。確固たる意志を持って叶わない願いを望み続け、怪物に混ざることも出来ず英傑には槍を向けられ人間は理解できない。
 我々は間違っている。
 ああそうだとも、私という人間は存在そのものが間違っている。だが、だからといって金と豊かさのない人生はまっぴら御免だ。
 私は怪物が羨ましい。
 彼らは人間より人間らしく、悲劇に満ち、心の有り様を追い求める。それは美しいものだろう。 私は英雄が羨ましい。
 彼らは華々しくも悲劇に満ち、仲間に恵まれ幸も不幸も乗り越えていく。それは素晴らしいことだろう。
 私は人間が羨ましい。
 下らないことでも満足できて、数が多く、退屈な平和の中で充実し、心だのなんだので愛を育むフリをして生きている。すぐに裏切り、内情は自己満足で、クズばかりだが、そんな中でも輝く魂を持つ存在は確かにいる。人間の強い意志は滅多に見れるものではないが、私にはないものだろうと感じざるを得ない。
 私には何もない。
 比喩でも冗談でもなく、何も。
 人間の、英雄の、怪物の、フリをして、あるいは真似て、ここまで来た。
 ここまで来て、尚何もなかった。
 心も誇りも信念も、怪物の持つ「幸せになりたい」という願いすら私には真実無い。
 ともすれば孤独に憤り、友を求めるのが筋なのだろうがそれもない。友情など感じられない。どんなに満たされたところで、あるいは私を散々邪魔してくれたこの世界、神だの悪魔だのからこの世界の摂理まで味方に付けたところで・・・・・・・・・・・・・・・叶うはずもないのだ。
 執念と言うより妄執だろうか?
 まぁ、呼び方は何でも良い。
 憧れることすら出来ないので、ただの虚言も良いところだが、しかし作家とはそういうものだ。 他の作家など私は良く知らないが。
 せいぜい「羨ましい」とはこういう事なのだろうと納得するだけだ。
 そんな化け物と比べると、願いを叶えたいと願う彼女は、誰よりも人間の性を体現していた。
 自身のことしか考えてはいないくせに、まるで「誰かのため」に動いているかのように振る舞いそして、押しつけがましい自己満足を押しつけ、「人々のために」動こうとする。
 私から言わせれば英雄だろうが人間だろうが、そもそも助けてくれと聞かれたわけでも無いのに勝手に彼ら彼女らのためだとか言って人を殺し回り悪を倒すとか言って殺す姿は、自己満足の極みでしかない。
 自己満足するのは勝手だが、押しつけないで欲しいものだ。
 今もそうだ。この目の前の女は「私のような正しい人間を助けるのは、道徳的に当然である」といった表情をしている。
 賢者の骨は願いを叶える効能があるらしい、しかし骨そのものはあの山の主の元へ届けた方がいいだろう。
「貸すだけなら良いぞ」
 と言ってやった。
 実を言うとこの骨がやばいものであることは重々承知の上での言葉だ。願いを叶えるというのなら、当然願い以外は叶わない結果になるだろうしな。
 報われたいこと、それがすべてに共通する願いだろう。しかしこの世は残酷だ。酷い目にあうだけあって「勝利者の椅子」に座れなければ、どんな覚悟も信念も色をなくしてゴミになる。
 だから私はこの世界が大嫌いだ。
 それでいて、面白くもある。
 だが、世界を楽しむには金はいらないが、不愉快な思いをして不条理に敗北しないために、我々は金を求めるのだろう。
 私は作家業を生き甲斐、ということにしているが、当然金にならなければ馬鹿馬鹿しくてやってられない。やってられなくても魂に染み着いた生き方だから途中退場も出来ず、金にならなければそれが原因で苛つくことになるからな。
 この女も似たようなものだろう。
 恭しく宝を手に入れた盗賊のように、彼女は賢者の骨を手にした。願いは頭の中で祈るだけでいいのか知らないが、あっさりと終わった。
 そう。
 現実世界での噺では、だったが。

  幕間

 そこは暗い海だった。
 何故か私には、ここが「精神の世界」だと、本能的に分かった。理解した。あの賢者の骨の正体・・・・・・やばい一品だとは思っていたが、そういうことだったのか?
 ここは、おそらくあの女の精神の中の世界だ・・・・・・・・・・・・ランプの魔神でも出てくるかと思ったが、これはその逆なのだ。我々個々人の精神を経由して、この世界の「真理みたいなもの」にアクセスする鍵とでも言えばいいのか。
 人間の願いを叶える以上、それがどれほど強い力であれ、願う人間を経由して、その力を使わなければなるまい。理屈は知らないが(そも、私にオカルトな現象を解明する気はない。私は学者ではなく作家である)いずれにせよ 人間に願いを叶えることは出来ない以上、それ以外の力を借りるのは当然だろう。
 おそらく、詳しい仕組みは分からないが、絶対にこれは危ない力だ。古今東西願いを叶える類には、ロクな逸話がないからな。
 人体実験をあの女で済ませて良かった。
 私は痛くも痒くもないからな。
「何でお前がいるんだ?」
 当然だろう。女は不愉快そうに言った。私でも自分の「精神の中」に他人が居たら同じ反応をすると思う。
「どうでもいい噺だ。それより、お前には叶えたい願いがあるのではなかったか?」
「どうしてお前がそれを聞く?」
「どうも、不本意なことにこの「賢者の骨」には役割がある。本来ならここにいるのはお前の「無意識下の自分」とかだったのだろうが、近くに私がいたことで、私がその役割を背負わされたようだ」
「ええと、つまり」
「そうだ、私はランプの魔神の真似事をしなければならないようだ。さっさと願いを言え」
 おそらく、だがこの女が「願いを形にする」役割で、私は「その願いをどう実現するか」決める手段の法を担うのだろう。
「争いのない平和な世界だ。俺のいる故郷を、平和で争いのない楽園にしてくれ」
 と、女は願った。
 馬鹿な願いだ。
 人間に願いは叶わない。それは人間は無能であり弱く、弱いが故に限界があるからだ。物質的な願いはまさにそれだろう。対して、人間の感情、内面的な考えから発生する願いは、「争いのない世界」だとか「意中のあの子をモノにしたい」だとか、まぁそういった類のモノだ。人間は殺すために生きている生き物故に争いは無くならず、欲しいと思うモノは、この世界は絶対に与えない。 持つ側と持たざる側。
 どちらに産まれるかで、決まっているからだ。 だから望むことに意味は無い。
 願うことに力は無い。
 それでも願うというのならば、まぁ私個人には何の関係もない以上、叶えてやるとしよう。
「いいだろう、その願いを叶えよう」
 願い「は」叶える。
 望むモノを与えてやる以上、文句を言われる覚えもない、とそこまで考えて、ふと思った。
 神がいるとすれば、こんな気持ちなのか?
 だとすれば、世界が絶望で満ち満ちていることにも得心が言った。願いだけ無駄であり、祈るだけ意味はなく、人間という生き物は改めて、絶望するためだけに生きているのだなぁ、と、強く感じるのだった。

 欲の張った方のフカユキ、とでもこいつのことは呼べばいいのだろうか? は目が覚めるとすぐに、
「これでみんなが救われる」
 などというのだった。
 こんな効力も不確かな、ぶっそうな骨の為に、この女は私を殺そうとしたのだろうか?
 だとしたら迷惑な話だった。
 こいつらが何人いるのか知らないが、同じ個体でも選択しだいでこうも「違う」答えをだすものなのか。作家シェリーとして動いている方のあいつなら、そんな非合理性は鼻で笑いそうだ。
 女は帰ったが、私は考える。
 生きるということについて。
 満たされたいというのが願いであり、満たされることが、あるいはそれを共有することが「生きる」と言うことならば、私は死んでいる。
 望む答えを求めることも、有る意味生きるということだが、英雄などはそれを生きると言うことにしているが、私には欲しい答えなんて無い。
 人間でない自分が人間に混ざりたいというのが願いであり、生きる意義で有れば、私はやはり生きてはいない。私は混ざりたいという願いすらないのだから。
 仮に、仮にだが、もし私が単純に「人間の失敗作」だったとして、私のような存在が有ること事態、世界から見れば認めたくもない間違いだとすれば、単純に人数が多い彼らの都合で、私は葬り去られるだろう。その場合、結論としては「運が悪かった」以外の言葉が見つからない。
 運不運がすべてなのだろうか?
 だとしたら、作家ほど意味の分からない仕事もないだろう。所詮運不運でしかないのに、あたかも人間の意志は運命に打ち勝てるかのように演出して、ありもしない夢を見せているだけなのだから・・・・・・とはいえ、それも人それぞれだろう。
 良しと笑うか悪しと嘆くかは、捉え方の違う読者次第でしかない。
 私の幸福は案外、私とは何の関係も無い存在の都合で決められていたりしてな・・・・・・もしそうならどうあがいたところで結局は、結果的に私の行動のそのすべてが無意味に終わるのだから、やりがいのない話ではある。
 私は荷物をまとめ、宇宙船の予約をし、眠る準備を済ませた。
 願わくば、そうだな。
 何か良いこと有りますように。

    14

 宇宙船の中で私は考えにふけっていた。
 今を生きる人間からすれば道徳的な正しさとか倫理観とか魂の善し悪し、得のようなモノほどどうでもいいモノはない。
 あの女、出発する前だから、およそ二ヶ月前に骨の力で願いを叶えたあの女も、恐らくはそうだったのだろう。
「全員死んだらしいぜ」
 と言うのは、私の携帯端末に住み着いている遊び人だった。名前はジャック。人工知能のくせに私よりも人間らしい男である。
 そのジャックが言った。
 あの惑星の顛末についてだ。
「先生の言う女が、丁度、願いを叶えた瞬間だろうな・・・・・・願った本人は罪の重さに耐えきれずに壊れたらしいが」
「全員、とはどの話だ? 惑星の支配者達か?」「いや、全員さ。願いを叶えた女と、その国外逃亡したクロウリーって男以外、全滅さ」
「・・・・・・星ごと死んだってことか? あの女の願いは平和とか、そういう当たり障りない願いだったのだろう?」
「だからだよ」
 人間がすべて消えれば平和じゃないか、と皮肉って彼は言うのだった。
 確かにそうだ。
 すべて消えれば平和かもしれない。
 座席のシートに身体を預けながら考える。
 私は作家だ。
 主人公でも、まして人助けが好きな正義の味方でもない。物語を書くことが仕事だ。
 だから今回の件が何か今後の参考にならないかと思っていたのだが、つまり、今回の件は「願いも望みも叶わない」ということなのだろうか。
「現実には、何故救いというものがないのだろうな・・・・・・」
「先生らしくもない」
 私らしさは不明だが、しかし世の中の不条理、そのくせ「持っている人間」には甘い社会構造も含めて、疑問に思わない方が不思議だろう。
「結局、持つか持たないか、得られるか得れないか、その程度が世界の限界なのか」
「ああ、世界なんてそんなものさ。少ない現状でも満足できればいいのだろうが、そんな考えは破綻しているし、持っている人間がほざいたところで説得力はない。そういう考え方も含めて「持つ側」が決めているわけだからな」
「クロウリーも言っていたな、搾取する側される側。私が物語で描く「人間の意志の強さみたいなもの」ほど、現実に役に立たないモノも、事実ないのだろうしな」
「そうでもない」
 リアリストかと思っていたが、この男もそういうモノに価値を見いだしたりするのだろうか、と思ったが違った。
「そこに人間の執念、意志があり、その上で運良く評価されたものこそが、価値があるともてはやされる。事実と先生は言ったが、現実には「事実ほどどうでも良いもの」はないのさ」
「事実よりも、装飾された真実の方が、確かに金にはなるからな」
「そういうことだ。見たいモノを見るのが人間ならば、事実はどうでもいい。問題なのは彼ら彼女らが心地よく感じる都合の良い真実こそが、この現実には光り輝くのさ」
「嫌な話だ」
「だが、「事実」だぜ先生」
 嫌な話だ。
 こんな話をするつもりはなかったのだが。
 私は気分転換の意味合いも含めて、機内サービスで食事を頼むことにした。激辛麻婆豆腐を単品で頼み、はふはふと食べる。
「先生、それ、美味しいか?」
 おいしい。
 顔から汗が吹き出て止まらないが。
「辛さなんてのはただの痛みなんだぜ。よく食べられるなぁ」
 私は無言で食い終わると、コーヒーを頼んで流し込んだ。やはり食事はこうでなければな。
 私は死んでいるからこのような目に合っているのではと思うときがある。まぁ死体みたいなものではあるのかもしれないが・・・・・・少し疲れているのかもしれない。
 亡霊のようにただただ幸福を追い求めていたがしかし、労力の割には何一つとして私の手のひらに何かを掴めるときはなかった。この両腕には血が通わず、手を伸ばせばただただ空しさだけが残るのだ。
 歩き続けてきた。
 だが、何もなかった。
 この果てのない世界では意志が有ろうとなかろうと、報われなければそんなもの、持つ側でなければ初めから何も手に入らないことが約束されているのだとすれば、願いを叶えるなど、願いを叶えることが出来る人間でなければ、無駄なのかもしれない。
 物語を書いてきた。
 才能もない私は時間をかけて、何年も何年も年月を掛けてきたが、それすらも、結果が伴わなければ空しく、つまらないものだ。
 運不運、どうも作家という生き物は運命に翻弄される宿命なのか・・・・・・運命が悪しと言えば、我々にあらがう方法はないのか。
 そんなことを考える。やはり疲れているのだろう。もしそうならば、どのみち私の苦労も執念も意思も関係ない。運不運で決着が付くならば、焦ったところで無駄だろう。
 運不運。
 私ほどそれらに左右されている人間も珍しいのか、それとも大したことはないのか知らないが、しかし作家という生き物に関して言えば、大概がロクな顛末でないのは確かな事実だ。
 作家。
 一生童貞だったり銃で自殺したり(これが以外と多い)思い悩んだ末に廃人になったり・・・・・・・・・・・・そうだ、先に明言しておきたいが、作家になるのには才能は必要ない。
 この私が言うのだから間違い有るまい。
 才能なんてひとかけらもなくとも、それこそ鍛冶職人みたいに毎日毎日本を読み、本を書き、それを十年、十五年と繰り返していれば嫌でも上手くなるだろう。努力で成り上がりましたみたいな天才様の言葉(僕がここまで成功したのは誰よりも努力したおかげ、だのと抜かす輩がいたのだ。たかが努力程度でそこまで勝てるか馬鹿馬鹿しい)が食わなかったから続いたと言って良いくらいだった。しかし現実に続けてみれば作家など己の魂を綴るだけなのだから、基本を押さえて半生の経験を形にすれば良いだけだ。
 言葉にすると難しいが、簡単に言えばどんな馬鹿でも国外に住めば言語が話せるようになるのと同じだろう。
 しかし作家などになった時点で人生は棒に振れていると言っていい。そも、凡俗の退屈な平穏を愛せるからこその凡俗であって、作家になるということはそれらすべてを捨てると言うことだ。
 そうでなければ人の魂は動かせまい。
 動かせるようになった時点で、人間を捨てているといって良い。そこまで成功していれば、だが・・・・・・しかし、成功したところで、それだけ非凡な世界を描ける人間が、まともな心をしているはずがないというのは偏見だろうか?
 まぁ、私は邪道の作家だ。
 だから知ったことではないが。
 愛すべき妻、守るべき家族に囲まれ、そこそこ豊かで週に一度バーベキューをし、週に一度家族でハイキングに出かけ、幸せに暮らすのだ・・・・・・・・・・・・などと、私が言うと空しく響くな。
 作家の成功など知らないが、私の場合先天的に人間らしさはなかったので、今更どうでも良い話ではあるが。
 書くべきを書き綴るべきを綴り、伝えるべき物語を語り聞かせるが作家の役目。まぁ、私は邪道の作家なので、描きたい物語を好き勝手に語るのだが。つまりは既存の作家どもの枠に縛られるつもりはないと言うことだ。
 私は幸福になってみせるぞ。
 その過程で何人邪魔者が人生を台無しにしようが知ったことではない。私は聖者ではないのだ。 どんな方法を使っても。
 などと思っているこの方法論がいけないのかもしれない。
 
 私は人間らしく無いことを悔いてはいない。

 そもそも人間らしいって何だ? 喜怒哀楽こそが人間か? 否・・・・・・価値は己が決めることだ。 その他大勢の価値基準など知ったことか。
 私は私らしくあれればそれでいい。
 他でもない己自身があらゆる行いを「善し」と笑えればそれが全てだ。
 どのくらい狂ったのか分からなくなってからが本番だ。作家なんてそういう生き方だ。狂え狂え欲望に押しつぶされて食い荒らしてしまえ。
 それが人生だ。
 幸福とは人間関係から得られる。当然だ。虚無の中で得られる幸福など有ろうはずがない。
 しかしそれでも、もし、物語を綴ることで金を得られるので有れば、平穏を得られるので有れば「幸福」かもしれないと、勘違いしただけのことでしか、無いのかもしれない。
 わからない。
 それは幸福なのだろうか。 
 夢を叶える、私にとっては夢と言うほど大仰ではないが、何かを叶え、勝利し、自己満足に浸ることは、人間の、いや、そんな大仰な話でもないのか。
 羨んだ、そして追い求めた。
 それがないならその代わりを。
 有りもしないものでも、代わりなど無いと分かっている上で。これはただそれだけの物語だ。
 悪いとはちっとも思わないし、その在り方に負い目もない。ただ、願わくば作家としても個人としても、少しばかりの幸福な結末が控えていれば面白いものだ。期待もせずに心の隅へとおいておくとしよう。
 ああ、そうか。
 私は、人に関わって、満たされたかったのだ。
 星の光を眺めながら、そんなことを、ふと祈った。

   14

 存在が間違っている。
 そう自覚した上で開き直り、かつ周りのことも全く考えずに己の幸福のみを追求した結果が、私という人間の在り方であり、存在理由だ。
 故に倫理的な正しさなど関知しない。
 悪人かどうかなど、時代によって変わる基準でしかないのだ・・・・・・ただの殺人がもてはやされ英雄を産む時代もあれば、社会構造を盾に人々から搾取することが正義の時代もある。
 銀行などその良い例だろう。
 一昔前までは、といっても大昔のことではあるが、正気の沙汰ではないことに一部の財閥が運営していた時代もあったらしい。その上、貸している金を返す義務はなく、国単位で積立金を着服し続けても、権力が有れば許された時代があったというのだから、あやかりたいモノである。
 政府の形態が自治形式に変わりつつある今となっては、それもまた「過去の正しさ」なのだろう・・・・・・どうでもいいがな。
 私は時代も思想も考えたことはない・・・・・・そんなコロコロ変わるモノをアテにしていられるはずもない。
 正しさなど当人たちの都合だ。
 神も悪魔も人間も、等しく都合良く生きているのだから。
 それらを覆すモノがあるとするなら「愛」とやらだろう。「誰かのために何かをしたい」無償の信念で見返りを求めず、ただ尽くすことを良しとする、らしい。私は人間の心をほぼ完全な形で「理解」する事は出来るが、同時に「心を感じること」もほぼ完璧に出来ないので、推測のようなものだと考えてくれてかまわないが。しかし、見返りを求める「愛」など、私のような非人間からしても醜悪だ。私が言っても、私のような世界よりも自身を重く捉える人間が言っても、逆に説得力はないかもしれないが。
 考えながら、階段を上る。
 この階段は山を伝わり、上へ上へと、点の国まで続いているのかもしれない。出会う女が、今更だが私のような人間からすれば寿命を延ばすという奇跡を起こす理解の外の存在だ。そうであっても不思議はあるまい。
 ただ、天国があったとして、そこに到達したとして、私は何を得られるだろう?
 どこよりも安穏としており平和であったところで、そんなものは現世の豊かな生活と変わりはない。
「お前のような人間はあの世でもお断りだ」
 そう言われたとしても、まぁ私が傷ついたりするわけもないし、しかし納得はするかもしれないと思う。納得したところで、図太く居座るかもしれないが。
 しかし、なら、
 私の求めるもの、目指すモノはあの世の果てにもないのだろうか・・・・・・・・・・・・
「馬鹿なことを考えていますね」
 そう言うのは女だった。以前と同じ、妖艶であり美しい和風美人の姿がそこにはあった。
 階段を上がった先、鳥居の下の少し奥にその姿は見えた。また掃き掃除をしている。暇なのだろうか? もしそうだとしたら聞いたら怒るだろうし、やってみたい気持ちはあるが、少し疲れていたのでやめておいた。
 我ながら珍しい行動だ。
 邪道の作家なのだから、たまには善人ぶって、人の話を聞くのも良いだろう。
 女は言った。
「あなたたち人間の悩みなんて、所詮100年200年、あなたは長生きしていますが、それでもせいぜい数十万年程度でしょう? そんな短い時間しか生きていないというのに、悩んでどうします?」
「人間の悩みは分かるまい」
 私はその人間からも外れているので、「人間」というカテゴリに収まるのかどうかは、はなはだ疑問ではあるが。
「人間は結局のところ長い年月を経て、魂を磨くことこそが目指すべき地点になります。どの晴天でも描かれるように、まずは聖者になり、そして神を目指す。魂にはサイクルがあり、あなたたちは巨大なピラミッドの下の部分で己を磨き、上を目指しているだけなのですから」
 なら、いずれは全人類が得の高そうな魂をひっさげて聖者になり神になる、のだろうか?
 人間の悪性から考えれば、信じ難い未来だ。
 まぁ、あくまでも目指すべき地点であって、たどり着けない人間は最後の審判であっさり切り捨てられるのだろう事を考えると、我々は神々にとって畑になる稲穂であり、良さそうなモノだけを天国という箱の中に押し入れて積められる、栽培される商品のような存在なのだろう。
 作家の神、なんてモノにいずれはなるのだろうか? 馬鹿馬鹿しい。作家は物語の神であり、それは全ての創作者に許された権利だ。まぁ、現実の神々も同じように我々を捉えているのだとすればそれは、逆らうだけ無駄、創作者の良いように使われる駒以外の選択肢は、無いのだろう。
 私は懐から「賢者の骨」を取り出して彼女に渡した。
「結局、それは何だったんだ? あの女はそれを使って願いを叶えたらしいが、私もその骨にお祈りでもすれば、願いが叶ったりするのか?」
「あなたに願いなど無いでしょう」
 断言されてしまい、まぁその通りだとは思ったが、気に障ったので何か適当な願いを叶えることにした。
「平穏な家庭、有り余る金、住み心地の良いログハウスに・・・・・・」
「言っていて、空しくありませんか?」
 大きなお世話だ。
 女の差し出す札束をひったくるように受け取って、私は思案した。
 結局、今回の件でも私は良いようにこき使われるだけだったが、しかし作家としてならば得るものは多かった。
 人間の欲望は、様々な名前が付くと言うことだ・・・・・・それは正義であったり、政府であったり、法律であったり、世間体であったり、あるいは愛や希望や優しさという名前で呼ばれる。
 全て当人の都合でしかない。
 何かを人に押しつけている時点で正しさなどどこにもないのだ。自殺したとか言う女、名前は忘れたが、その女も理解できないまま死んだ。
 世の中そんなものだ。
 だが、そんな腐った世の中でも輝きを持つモノがあるとするならば、それは何だろう?
 物語か?
 まさかな。
 人々の心を活気づけることは間違いなさそうだが、しかし、いや、私が考えても仕方がないか。 人間は悪であり、ろくでもない生き物たちだ。産まれたそのときから踏みにじって生態系を貪り尽くして世界に嫌われることは目に見えている生き物でしかないものだ。
 もし、もし仮にだが、そんな人間が輝きを持つのだとすれば、それはやはり、人間が人間に見せる夢だろう。なんでもいい。夢を魅させるという事は現実を直視させないと言うことでもあるが、しかしそれでも、人間に輝くモノがあるとすればその程度のモノだろう。
「あなたは人間をどう思いますか?」
 などと、女は問う。私も人間なのだが。
 そのはずだ、多分な。
「どうもこうもない、生きているだけで邪魔な有害生命体だろう。しかし、まぁ希に、良いモノを作る時もある」
 語り聞かせることに、物語を綴ることにどれほどの意味や価値があるのかはしらないが、案外難の意味もないのかもしれない。
 しかし、大昔から人間は物語を愛してきた。それは事実だ。本なんて媒体、とっくに廃れても良いはずなのに、彼ら彼女らは物語を読む。
 物語の中に夢を見る。正直、夢なんて覚めてしまえばそれでお終いだとしか思わない。
 しかしそれでも夢を見る。
 物語の中に果てない世界を想像する。
 ともすれば案外人間にとっての天国とやらは、各の望む物語の中にあるのかもしれない。
 なんて、戯れ言かもしれないが。
「それに」
 と私は階段を下りる足を止めて、
「私は作家だからな。人間がそう言う生き物でなければ困る」
 そうでなければ、商売上がったりだ、と私の都合と利益を口にして、「お気をつけて」と見送る女の言葉に、背中を押されて歩くのだった。
 今日もまた。
 さらなる傑作を書くために。










あとがき

金を払わない、訳がない。
そう思っていたが違うらしい。読者が読むだけ読んで何も払わないなら、こちらも適当にあとがきを書くとしよう。思うに、強盗犯に気配りなどするだけ愚かだ。

二冊目でも30万文字近い筈だ。決済登録が面倒だとか理由を付けて盗む奴など知らん。
大体、そんなもの読者ではあるまい。

さて、本作について何か言及するなら「どれだけ高い志を掲げようが、金を超えなければ意味が無い」だ。
何であれ、金を超える「何か」が無ければ、とどのつまり金で品性を売るだろう。金は、あくまで金だ。

戦争が起これば意味を無くし、征服されれば金自体変わる。であれば、振り回されずに、独自判断で無ければならない。

金、金、金だ。ただし、あくまで物語だ。

下に付く筈の下っ端が、きキチンと仕事しなければ怒るだろう? そういう噺だ。

もう10年近く前なので覚えていないが、大雑把な指針は忘れていない。違っても知らん。

以上だ。思うに、引き寄せだの何だの現実逃避に金を出す奴等が、邪道作家におひねりを投げるかは謎だ。

読者が現実逃避したり遊び呆けている間に、このように未来へ向けた「何か」を綴る。


嫌な噺だ!! 忌々しい!!!


誰か変わってくれないか? 無論、金の力では無理だろうが───なに、数十年書いて読んでを繰り返し、するべきで無い失敗や敗北の渦の中で、心無き非人間として世界を呪うだけでいい。

簡単だろう? さあ、やってみろ!!















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邪道作家 例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!

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