邪道作家第一巻(分割版)3

  12

 アンドロイドと人間。
 どこからが人間で、どこからがロボットか、永遠のテーマかもしれない。
 人の定義、心のありようというのは。
 あの山にいる怪異じみた女や、AIのジャックはどうだろう。まあ、私からすればどうでもいい話ではあった。
 相手が何者であろうが、金になればそれでいい。そもそも、歴史を振り返れば人間同士で散々争い続けているのだから、同族かどうかなんてあまり意味のない話だ。
 言語も人種も皮膚の色も、人かロボットかも生きているか生きていないかも、怪異だろうと科学だろうと、有能だろうと無能だろうと、そんなモノはたまたま生まれや場所が違っただけだ。
 そんなモノは誤差ですらない。
 自身が何者であるかより、何を目指すか、何を求めるかの方が重要だ・・・・・・今回の黒幕も、私と似たような考えなのかもしれない。
 まあ、どんな在り方であれ、金は必要になってくるのだが。
 聖人だろうが悪人だろうが、生きるために金は必要だ・・・・・・金とは、物事の結果そのものだ。
 善行であれ悪行であれ、物事の結果を数値化したモノが金と言える。
 あまり金ばかり追い求めすぎると足下がおろそかになり、結果のみを求め、過程を見失うので、バランスは重要だが。
 バランス。
 今回の件はどうだろう。金のクレジットチップは貰ったし、一応あの女の依頼、時刻通りに現れた相手の抹殺には成功しているので、約束通り報酬は払われるだろう。
 あの女、山に住んでいるサムライの総元締は、そういったことに妙に真摯だ。
 取引や契約に忠実と言うべきか。
 結果がどうであれ契約内容さえ果たせば報酬は支払われる。契約は特定の個人ではなく、現れた相手の始末だ。
 例え本来のターゲットでなくとも、あの女は私の寿命を延ばすだろう。
 そういう意味では、結果より過程通りに行われたかを重視しているのだろう。本来の予定調和通りという在り方を、あの女は選んでいるのかもしれない。
 何にせよ、双方から報酬は出ているが、しかし命の危機にもさらされている。
 命か金か。
 片方を失えば両方を失うのだから、比べても仕方がない。話があるというならば話だけでもしておこう。
 私たち、つまりシェリーと私は人間の運営するカフェにいた。カフェは今シェリーが泊まっているホテルの上層にあり、辺り一面が見渡せる。
 アンドロイドの世界を見渡せる。
「どうかしら、あそこはアンドロイドの運営する会社があるわ。他の建物も似たような感じで、事実上アンドロイドが・・・・・・」
「そんなことを話すために呼んだのか?」
「いいえ、でも、興味があるの」
 シェリーは両手を組んでその上に顎を乗せて、上目遣いで誘うような顔をしながら、話を続けた。
「もう重要なことはアンドロイドか、ロボット、電脳空間の作成はAIがしている。人間は支配者気取りだけど、どんどん彼らの必要性は無くなっていく。あなたはこの世界をどう思っているの?」
「どうもこうもない。有能な存在が奴隷扱いを受けるのは珍しくもないし、そういった類が革命を起こすのも珍しくはない」
「そうじゃなくて、アンドロイドそのものをどう思っているのかってことよ」
 アンドロイド。
 最初は人間に似せたロボットから始まった。どんどんと科学は進歩し、自我を獲得する個体も現れ、ついには種として革命を起こした。
 彼らは人間とどう違うのか。
 何も違わない。私は過程よりも結果を重要視する。誰がなんと言おうともだ。
 結果的に彼らは完全なる人間の上位互換になった。
 感情を持ち、仲間を持ち、国を持つ。
 そして、人間では及ばない身体機能だ。頭脳も筋肉も全て人間以上の存在。
 彼らは人間の非合理性も持ちつつある。
 いずれ自分たちの文化も持つだろう。
「アンドロイドがいれば、人間は必要ない」
「あら、それは違うわ。私たちだって万能だけど、だからこそ人間の物語に心引かれる」
 物語?
 あんな紙切れに何の価値があるんだ?
「あんなモノただのフィクションだろう。何の価値もないゴミだ。売れなければな」
「まさか! 万能だからこそ、私たちは限りある能力のある人間の物語に心引かれるのよ・・・・・・ワクワクして、ドキドキする。これが生きている実感だと確認できる」
「子供のお使いを見守る大人の感想だな」
 素直にそう思った。
 当然ながら皮肉を込めて。
「いいえ、私たちは、例えそれが偽物だと分かっていても、そこに夢を見る。憧れを知る。あなた作家のくせに何でそんなことも分からないの?」
 何故も何も私にそんな感情はない。
 結果を追い求める私にとって、有りもしない幻想なんて価値がない。
 ただのゴミだ。
「残念ながら全く分からないな。売れればいいし、金、結果が重要だ」
「いいえ、物語は当人の魂の形、その叫びなのよ。物語が人を魅了するのは、人間の魂の輝きを感じ取れるから」
 どちらがアンドロイドだか分からなくなってきた。思考が混乱する。
 まさかアンドロイドがこんな夢見がちな、いや、感情的な持論を持っているとは、知らなかった。
 作品の参考にしておこう。
 否定してもなんだかひんしゅくを買うだけの気もするので、とりあえず話の続きを促すことにした。
「見て、どうするんだ? 物語に夢なんか見て、何の意味がある」
 何か意味があるようには思えないが。
 そんなもの寝ているときに見ればいいではないか。
「夢を見て、未来に希望を感じることができる。不安や恐怖があっても、前へ進む勇気を物語は与えてくれる。そんな素晴らしいものを作れるから、アンドロイドは人間を滅ぼしたりは絶対にしないのよ」
 衝撃の事実だ。
 まさか私のような作家の書いている紙の出来損ないみたいなモノが、あんな嘘八百の物語に、価値を見いだす奴がいるとは。
「夢を見たところで現実は苦しいものだ」
 なんとなく反論してみる。と、言うのも、人に右だと言われれば左を向き、下を見ろと言われれば上を見る。
 それが私だ。
 それに、私は根性論や精神論が嫌いだ。
「確かに、現実は辛く苦しいものよ、人間もアンドロイドも隔たり無くね。でも、だからこそ、ここにない景色を見て、果てない夢に思考を巡らして、仲間と物語について語り合い、共通の夢を見る。現実と向き合うために何よりも必要な勇気を与えてくれる。勇気があれば辛い現実にも太刀打ちできる」
「ふん。勇気だけではどうにもなるまい。現実に生きるため必要なモノは金だ」
 金が無くては、少なくとも勇気で腹は満たされまい。
 世界は金でできている。
 人も、物も、愛情も友情も。
 買えないモノなど無い。
「いいえ、お金は大事だけど、もっと大切なのは果てない夢を見ること。物語にはそれがある。心が満たされなければ生きていても空しいだけよ」
 大きなお世話だ。
 何事も押しつけがましいのは嫌いだ。
「果てない夢を見る必要なんて無い。心の充足すら必要ない。金で幸せは買える」
「買えるかもしれない。けど、勇気は買えないわ」
 やれやれ、何故私はこんな討論に参加しているのやら。
「物語が無くても勇気なんてどうとでもなるだろう。問題なのは結果だ。結果だけ見れば自己満足の類でしかない、物語なんてモノはな」
 ただのゴミだ。
 金にならなければ。
「あなた本当に作家なの?」
 奇妙な生き物を見る目で見られた。
 失礼な奴だ。
 続けてシェリーは、
「そもそも、本当にただお金が欲しいだけなら、商人にでもなればいいじゃない」
 確かに、その通りなのだが、あいにく私に商才はあまりない。
 と、いうより、気まぐれで始めたらここまで続いただけかもしれない。
 物書きという在り方。
 それが運良く長続きしたに過ぎない。
 それも金にならないならどうでも良い。
「才能や向き不向きを検討した結果、こうなった」
「嘘ね。あなたの作品、才能で書いてる感じがしないもの」
 本当に失礼な奴だ。
 才能でないなら、なんだろう、金に執着する欲望が私を作家たらしめているのか?
「あなたの作品見たわ・・・・・・現実の残酷さ、能力のない人間が追いやられ、居場所をどんどん失っていくお話。けど、それを見て、現実の残酷さを学び、糧にすることで覚悟を決めて歩くこともできる。味方のいない中、主人公が一人で立ち向かう姿を見て、自分もああなろうと奮い立たせることができる」
 ここまで雄弁なアンドロイドは初めてだった。いや、これまで彼ら彼女らの姿を、他でもないこの私が、ちゃんと見ていなかっただけかもしれない。
 何にせよ頭の中が花畑の奴は苦手だ。
 話がかみ合いそうにもない。
「だから、何だ? 奮い立たせたところで尚届かない、勇気を持ち覚悟を決めて挑んだところで、それでも願いが届かない」
 現実とはそういうものだ、と。
 私は言い放った。
 作家として私は長い間、生きてきた。
 それは在り方として、矛盾してもいた。何せ、現実に無いモノをそこに描くのが仕事なのだ、現実と夢の狭間を書くことが。
 いかにもありそうでけれども存在しない、夢幻の物語。
 そこに意味なんてあるのか?
 現実にはそれを売って金に換えられなければ、何の意味もない。ゴミだ。
 売れたところで、商品価値はあるだろうが、物語そのものを価値あるモノとは思えないし、思わない。
 どんな時代でも芸術は使い捨てであり、搾取されるモノであり、流行によって変わるものでしかない。一つの物語を読み終われば、また新しい物語を読めばいい。
 いくらでも代わりは効く。
 効かなかったところで、それがなんだ。
「代わりは効かない。物語は心の奥に残るもの、心の支えになり、心からエネルギーをわき出させてくれるモノだから」
 心ない私には耳障りな話だ。
 支えになったから何だというのか。
「くだらん。そんなモノはただの思い込みで、何の価値もないただの自己暗示だ。物語なんぞおとなしく金に換わっていれば私は一向に構わない」
 私は何を必死に答弁しているのだろう?
 面倒だし、適当に話を合わせればよいのだが、そうも行かなくなった。
「金、金って、そんなに金が欲しい人間には、思えないけど。本当はお金なんて欲しくもないんじゃないの?」
 ふむ、いい質問だ。
 確かに、金そのものはただの紙だ。
 物語と何の違いもない、しかし、だ。
「幸せを買えればいい。いや、買えなくとも構わないというべきか」
「どういうこと、意味がよく分からないけれど・・・・・・」
 当惑するシェリー。
 ますますどちらがアンドロイドだか、分からなくなってきた。
「ささやかなストレスすら許さない平穏な生活を送れればそれでいい。幸せにはなれないし、私には永遠に分からないだろう。だから人生をこなし、楽に済ませれれば、それで構わない」
 信じられないモノを見るように、シェリーは私を見た。
「そんな、人生には生き甲斐や、仲間との楽しみや、心の充足が必要だし、何よりゲームじゃないんだから、こなす、なんて」
「それこそ人生をゲームのように見すぎだ。
お前のような、充実した人生を送り、心の底から笑い、苦しみを分かち合い、友や仲間と過ごす人生もあるだろう。ただ私には最初から選択肢すらなかっただけだ。私に心は存在しない。何も感じ取れない以上幸せなどあろうはずが無く、仲間など作りようがない。生き甲斐もやりがいも感じない。

お前達が幸せを感じる時、
私は幸せを感じない。

お前達が悲しみを感じるとき、
私は悲しみを感じない。

お前達が心で感じているとき、
私は心を演じてきた。

お前達が何かを願うとき、
私は願いを願うことを始めた。

幸せなど無い。初めから私には存在し得なかった。無いモノはない。ならば手に入らないモノは諦めて、結果的に無理矢理幸せになるしかあるまい」
 だから金が欲しい、と。
 目的を達成するために。
 目的が我々を駆り立てる。
 背負った業こそが人間の本性だ。
「けど、それって、結局は同じじゃない。幸せを感じられないなら、結局は」
 同じ、幸せになれない。意味なんて無い、とシェリーは言う。
「いいや全然違う。金があれば幸せだということにできる。金は物事の結果を数値化したものだ。結果こそが全て、ならばその結果そのものである金をかき集めて、私はそれで良しとできる。それを私の幸せにする」
 幸せとして妥協すると言えなくもない。
 結果的に手に入れば、どうでもいい。ある意味横着した生き方と言える。
「く、狂っているんじゃないの? 無駄だって分かっていて、何でそんな、幸せになれないって分かっていて、夢や心を捨てて、そんな生き方を選ぶの?」
「夢や心なんて初めから無い。存在しなかった。比喩や冗談ではなく、無かったんだよ。最初から選択肢はそれしかなかったし、それでも良かった」
 金さえあれば。
「あなたは、楽な生き方を選んでいるだけ何じゃないの? 本当は憧れているくせに、どうして目を背けるの?」
 疑問文の多い奴だ。
 憧れるという心も、やはり私にはないので、言っている言葉は的外れだったが。
「手に入らないモノを眺めていたところで、疲れるだけで、時間の無駄だ。鑑賞するにはいいんだが、追い求めても無駄なモノなんて最初から存在しないも同然だ」
 言うならば、私の人生には最初から幸せだの心だのといった概念は存在しなかった。
 最初から無かったのだ。
 私の人生には最初から何もなかった。
 何も。
 まあ、無いなら無いで、楽に生きられれば、残りを消化できればそれでいい。
 心も何も無かろうと、悲観する必要など無かった、何一つとして。
 まあ、悲観する心もないのだが。
「そんな生き方で、そんな考え方。どおりで変な作品ばかり書けるわけね」
 うれしくもないし、何よりここで討論することは、私からすればどうでもいい話だ。
 私は黒幕であるらしい、この女の主人とやらを待っているのだから。
「そんなことはどうでもいい話だ。お前の言う「彼」に会うために、わざわざここで待っているだけなのだからな。肝心のその男はいつ来るんだ?」
「話から逃げないでよ」
 しつこい奴だ。
 まだ何かあるのだろうか。
 言いながら、シェリーはテーブルに置かれたサンドイッチを頬張って租借した。こうしてみると、やはり人間と違いがあるようにはとても見えない。
 完全な人間を0から創造する試み、いわゆる錬金術では人体を解明し、人間を0から作ることを試みていたらしいが、その完成型と呼べるだろう。
 しかし、食べたサンドイッチはどこへ行くのだろう? まさか胃も再現しているのだろうか。
 しかし、アンドロイドに食事なんて必要あるとは思えないが、随分おいしそうに頬張るなこの女。
 不思議なものだ。
 アンドロイドがおいしそうに食事を頬張る傍らで、人間の私が無表情でそれを眺めているというのは。
「そう不思議でもないわ」
 見透かしたように、あるいはじろじろ見られて私の思っていることを感じ取ったのか、シェリーは飲み物で流し込んで、コップをテーブルに置いた。
「そもそも生物が生きるのは食事をするためだと言ってもいいじゃない。生き物としての在り方を追求するアンドロイドには、当然の嗜みといってもいいわ」
 食べることが嗜みとは。
 我々人間にとっての死活問題を、嗜みで済ませてしまえる辺り、やはり人間とは違う部分も残っているらしい。
 そのうちそういった誤差も改善していき、人間よりも感情溢れ、表情豊かで創造性溢れるアンドロイドで世界は埋め尽くされるのかもしれない。
 私の作品がよく売れそうなので、それはそれで愉快な想像だった。
「うまいのか?」
「おいしいわよ、私、自分の舌もチェーンアップして人間の数千倍味覚が敏感だもの」
「そんなにすごい味覚では、辛いモノや苦いモノが楽しめないんじゃないのか?」
 何事も限度があると思うが。
 数千倍って・・・・・・おいしいはおいしいでも、そこまで敏感だと、軽くトリップ状態に
なる気もするが。
「調整は可能よ。ただ、辛いのは駄目。あれってただの痛みじゃない、味覚じゃないし、辛さの良さがよく分からないわ」
 残念な女だな。
 辛さが分からないとは・・・・・・汗をかきながら食べる楽しみも、あると思うのだが。
「私が人間でも無理だったと思うわ。女の子はね、甘いモノが好きなの」
 食べ物も人間関係もね、とシェリーはませたことを言った。
「あなたはどうなの、さっきから何も食べていないけど」
「ではコーヒーを頂こう」
 雰囲気的に奢って貰えそうなので、とりあえず言ってみた。
「コーヒー? それだけ? まさかコーヒーだけでアンドロイドのあの可愛らしいウェイトレスの手を使おうってつもり?」
「知ったことか。客は客だ」
 まあ払う気もあまりない客だが。
 何とかこの女に奢らせるとしよう。
 私はコーヒーを運んでもらい、口に含む。ある程度店のモノなんて品質が落ちるとは思っていたが、意外においしかった。
「いいでしょ、ここのコーヒーも、知り合いのアンドロイドが作っているのよ」
「人間は何をしているんだ」
「コーヒーの挽き方を伝授してから、あとは悠々自適の生活よ。いいことじゃない、人間の技術、伝統を私たちアンドロイドが継承していく。最近はどこもそんな感じよ」
 それでいいのだろうか?
 確かに、利便性は重要だ。しかし、それでも忘れてはいけないもの、受け継がれていく人間の意志まで、アンドロイドに委ねていいとは、思えない。
 思わない。
 我々は機械に頼み込むことで、利便性、豊かな生活を手に入れた。しかし、だからといって忘れていいわけではない。
 後の世に伝えること、生命のバトンリレーこそが、生物全体の目的だ。
 伝えることを全部機械任せ、アンドロイド任せにして、本質を見失わなければいいが。
「だから執筆にまで絡んできたのか。アンドロイドが小説を書くのは、正直言ってかなり迷惑なんだが」
 人間の作家は皆、廃業一歩手前だ。
 私も、サムライとしての収入の方が大きいしな。
「そうでもないわ。私たちは生まれついて優秀だもの」
 なんだ自慢話か、と思ったが、違った。
「有能に産まれて、有能さを武器にして生きてきた。だからこそ、弱かったり、情けなかったり、そういう弱者の気持ちを理解できないから」
 恵まれた存在の物語しか書けない、と。
 確かに、恵まれた存在は見ていて憧れるかもしれない。実際ああなりたいと思う人間達が買っているのだろう。
 しかし、だ。
 大半の人間は弱かったり、未熟だったりするわけだ。つまり、
「弱者が共感するタイプの存在を書けないと言うことか?」
「ええ、でも厳密には違う。私の書く物語は人々に夢を魅せる。それはいいのだけれど、現実には即していない。そんなこと現実にはあり得ないだろうって、夢から覚めたらそう思う。読んでるときはいいのだけれど、読み終わった後、嫌な現実に戻ってきた、というように感じさせる」
 だから、売れはしても、人々の心には残らないわ、と。
 何事もバランスが重要なのか。
 なんにせよ、売れて、つまりは金になっておきながら、贅沢な悩みだ。
「そんな読者側の都合など、どうでもいいだろう」
「作家の言うこととは思えないわね」
 知ったことか。
 作家云々以前に私は生活のため本を書いているのだ。読者の都合など知らん。
「事実だ。心に残ったから何の意味がある。金と違って心なんてあやふやなものだ。気にするだけ時間の無駄に感じるが」
「無駄じゃないわ。結局は全部心を中心に動いている。あれが買いたい、これが欲しい、この物語はまた読みたい、そういった心があなたの言う金を動かしているんだから」
「そうかもしれないが、コントロールできるモノでもないだろう」
 いいえ、とシェリーは首を振り、
「違うわ、いい? この世で唯一人の心をコントロールできるモノ、それが物語よ。人々に読み聞かせることで、怪異の存在を信じさせ、宗教を作り、聖書を書いた。事実かどうかはこの際関係ないの。聖人の逸話や、あるいは退治された怪物、そういった物語の多くが、人間に知恵と経験を与え、生き方の指針になった。人は物語に心を動かされ、こうであろう、あるいはこうはなるまいと心の形を決められる」
 そんな馬鹿な。
「いくらなんでもそんなことがあるわけもない。結果論もいいところだ」
「あら、結果のみを重要視する作家さんの答えとは思えないわね」
 くすり、と笑ってシェリーはそう言った。
 腹立たしい限りだ。
 面白くもない
 と、そこまで考えて、気づいた。
 痩せこけた老人がそこには立っていた。とはいえ、その老人から脅威は感じられない。
 と、いうより何も感じない。
 ここまで近くにいるのに、弱々しさも衰えも、威圧感も威厳も老練さも、何も感じられなかった。
 何も。
 まるでそこに物言わぬ骸骨がただ立っているだけのように見えた。しかしその骸骨は口を開いてこういった。
「君が」
 手帳を取り出して指を指しながら、
「例の、サムライ作家だ。そう、一応礼は言っておこう。ありがとう」
 言って、シェリーに席を退くように指示し、シェリーは手を振りながら店の外に消えていった。
 代わりにその骸骨みたいな老人が座った。
「君が無能なおかげで助かった。礼を言うよ、重ねてありがとう」
 腹立たしい台詞を吐くその老人を見ながら、私は思った。
 ようやく会えたな、と。

13

「君が、あの山に住んでいる女を詳しく調べないのは幸運だった。あの女は正真正銘の神だからな・・・・・・君のミスを待つ必要があったのだよ」
「いきなり何の話だ。説明してもらおうか」
「少しは考えたまえ。それから聞きたまえ」
 眼前の図々しい爺を叩き斬ってしまおうかと思ったが、あの女の事情に詳しい人種など限られている。
 それこそ私と同じ同じサムライかもしれない、ということを考えると、見た目では判断できないだろう。
 だがサムライには見えない。
 人間にも、
 アンドロイドにも、
 この男が言う神にも、
 どんな種族にも属しているようには見えなかった。しかし、見た目はある程度、人間を模していて、けれど老化のような現象も感じられる。
 あの女が正真正銘の神だと言うが、何となく人間ではないのは分かっていたことだ。しかしそれを調べなかったのが幸運?
 もし私があの女の正体を調べ、始末の詳しい目的を聞いていたら、ターゲットのおおよその特徴くらいは掴んでいたかもしれない。
 もしかすれば、シェリーの待ち伏せ、本人がいないことを察知して、依頼を受け直したかもしれない。
 そうすれば、この眼前の男は死んでいただろう。もう依頼はある種達成してしまった、
 時刻どおりに現れる人物の始末は終わった依頼となった。
「理解したか。あの女から完全に逃れきることはできない。バランスを正そうとする神の手からは逃れられない。ならば失敗させれば良いだけのことだった」
 言いながら、シェリーの残したコーヒーをまずそうに飲む。
「あの女はな、一度失敗してしまえば、もう干渉できないのだ。だがサムライの戦闘能力を打破できるモノは存在し得ない。君たちはいわば、神の手によって作られた掃除屋だ。誰も勝てないように作り変えられているのだよ。あの女に武器を渡された瞬間から、寿命と引き替えに、邪魔者を始末する存在に変えられているのだ」
 なるほど、と納得する。
 金になるからあまり深く考えはしなかったが、よくよく考えればそうだろう。
 あの女の都合で、バランスの悪い才能、技術、人物、あってはいけないと判断されたモノを始末する。
 それがサムライの仕事だ。
 まあ、あの女の思惑なんて、金になればどうでもいい話だが。
「だから、何だ。便利だし、金になる。なら自分が神の使いでも悪魔の使者でも構わん」
「そうだろうな、そういう人間だから選んだのだ」
 選んだ?
 一体何に選ばれた・・・・・・むしろ、抹殺対象として選ばれたのは、この男の方だろうに。
 骸骨のような男は言う。
「君がそろそろ地球に向かい、次の依頼を受ける必要があるのは分かっていたが、考えあぐねている風だったのでな、シェリーの依頼ついでに地球へ向かうよう促した」
「私が選ばれるように?」
「そうだ。時期的に他のサムライは手が空いていない。私があちこちで騒ぎを起こしたからな。そうすぐには帰ってこれまい」
 私しか手が空いておらず、かつ他で騒ぎを起こせば、いくらあの女が全能だろうが、少しの隙はでるだろう。
 だからあんな曖昧な依頼内容だったのか。
「何度か試したが、あの女は複数の始末対象がいる場合、せいぜい場所と時間くらいしか理解していないことが分かった。未来予知や運命を読んでいるのだとしても、細かい情報が伝わらなければ問題ない。私は私が生き残るため、囮を使うことにした」
「それがシェリーか」
「そうだ」
 私の仕事は両方とも、目の前にいる男の企画立案のもと実行されたということか。
 奇妙な話だ。
「しかし、こうして相対している以上、私が殺しにかかるとは思わないのか?」
「思わない。君は金で動く人間だ。何より仕事と割り切って、いや、仕事と言うより取引で君は動いている。何より依頼は時刻どおり現れたシェリーの殺害で終わった。あの女はもう私に干渉できない」
「殺されそうになった身としては、あんまり納得は行かないが」
「なら、金を払おう」
 金のクレジットチップと現金の束を取り出し、テーブルの上に置く。
「いかがかな」
「人の心を金で買えると思わないことだ。この程度の金額で動くつもりはない」
 我ながら動揺して矛盾していることを言ったかもしれない。
 もう少し落ち着きが欲しいものだ。
「なら、この50倍支払おう」
「・・・・・・いいだろう」
 別に慰謝料なんていらなかったが、思わぬ儲けを手に入れた。
 もう帰ろうかな。
「つまり、あの女から逃げていたが、逃げきれないことを悟り、囮と、組みやすい侍を捜していたということか。目的は何だ? あの女に報復でもするのか?」
「まさか。そんなことに意味はないよ。するつもりもない」
 なら、一体何の用があったのだろう。
 金を渡して手打ちにしたことで、私の報復も免れたわけだし、特にやることはなさそうだが。
「君はサムライだが、別にあの女の元に最初からいたわけでもない人間だ。素性がはっきりしているのは地球を離れている君だけだった。つまり他のサムライでも始末は免れたかもしれないが、接触することは難しかった」
「仕事を依頼したいということか」
 なら銀河連邦のデータベースからでいいだろうに。と、思ったが、
「非公式に、非合法な仕事を手伝って貰いたい、そう、アンドロイド達の革命の儀式を」
 革命。
 シェリーも同じことを言っていたが、そもそもこれ以上何を変えるのだろう。気になる話ではあるが、まず確認したいことから確認することにした・
「お前は、何者だ? 名前とか、いやそれ以前に、どうやってシェリーを動かしていたんだ。身辺を調べさせたが、怪しい奴は」
 まあ、目の前にいるが、引っかからなかった。周りは仕事の関係者ばかりで、怪しい影はなかったはずだ。
「簡単だよ。君たちは情報を漁って調べた気分になっているだけだ。私はバイオロイドなのだよ。初期の、機械ではなく生物を基本として作られた人造人間だ」
 バイオロイド。
 確か、アンドロイドとは違って、完全な生身で人間を作った場合の名称だ。
 成功しなかったと聞いていたが、いや、老人の姿を見る限り、成功しなかったのだ。
 ぼろぼろの皮膚。
 朽ちかけた体。
「アンドロイドのように機械部品はないから、データ上で人間として登録するのは簡単だった」
 アンドロイドか、人間かは機械部品の有無で計測できる。逆に言えば、その認証さえ誤魔化してしまえば、人間だと言い張れる。
 最新の科学技術の認証も、最初の時点で誤魔化されてしまえばこんなモノか。
「私は素性を誤魔化した。あんなものはな、情報を集めているだけで役には立たん。どんなデータバンクでも、皆が真実だと思い込んでいるだけで、事実は探しても出てこない。これは、大昔から変わらない。情報統制の無意味さはな」
 そもそもの前提が間違っていたわけか。
 アンドロイドと仲間になるのはアンドロイドだと思い込んでいた、まさか、私と同じ、人間の失敗作だとは、予想だにしなかった。
 あの女に目をつけられて当然だ、この男はアンドロイド達を率いてこの世のバランスを崩すことを目的としているのだから、衝突するべくして衝突したとも言えるが。
「では話を戻そう・・・・・・そうそう、私のことは「教授」とでも呼んでくれ。さて、アンドロイド達の革命だよ。興味があるだろう」
 興味はある。しかし分からないことが一つある。
「アンドロイドでもない教授が、アンドロイドの革命の指揮を執るのか」
 話を聞く限り、どんな種族にも属していないようだったが。
「彼らはなんでもいいんだよ。人間と同じで、誰かがそういう心地の言い言葉を吐けば、それに流されて大局を見失う」
 流されやすい群衆は人間もアンドロイドも同じか。
「とはいえ、アンドロイドの方がマシなのは事実だ。夢しか見ない人間と違い、アンドロイドは夢も現実も見据えることができる」
 夢について語るシェリーを思い出す。
 物語に夢と希望を見るアンドロイドを。
「だから、人間の虐殺でも始めるのか?」
「そんな古い方法では革命は成就しない。無血革命という言葉があるが、血を流す時点で革命ではなくただの戦争だ」
 殺し回ったところで、死体は残るが思想を根絶することはできないか。人間に味方し始めるアンドロイドも出てしまう。
「そんな夢みたいな方法があるのか?」
「ある。君の目の前にね」
 目の前には教授の陰気な顔しか見えない。
 ああ、いや、そういうことか。
「人間をアンドロイドにして、種族の統一を図ればいい、ということか」
 教授は意地悪く笑い、
「正解だ」
 と言った。
「君は、アンドロイドと人間との違いを言えるかね」
 違いがあるからこそのアンドロイドだと思ったが、しかし、それも時間の問題だろう。
「違いなんて、その内埋めるだろうな」
「そうだ。そして完全なる上位互換になったとき、人類は必要性を完全に失う。古い旧世代の種族は」
 もういらない、と。
 不必要なモノはゴミ箱へ。
 それを人間とアンドロイドでやるつもりらしい。古いモノを新しいモノへリサイクルしたいというのは誰でも考えることだが、まさか人類をまるまるそうしようと思う人間がいるとは思わなかった。
 教授は厳密には人間ではないらしいが。
「種族の世代交代か、ぞっとしない話だ」
 私は本が売れればそれでいいので、別段否定する気にもならなかったが。
 アンドロイド達は本を書ってくれるしな。
「すぐ現実になる。我々はそのために準備を進めてきた。古い人間のボディよりも、健康を気にしなくていいアンドロイドの肉体を、現行の人類も望むだろう。地球のごく僅かな例外を除いて、人間はアンドロイドという種族に、進化する」
「なんでも進化すればいいってわけじゃないだろう」
 人間は進化した結果、殺戮兵器を作り、進化の違う他者を弾圧してきた。進化にも良いことばかりではないはずだ。
「映画みたいに人工知能に洗脳されるロボ軍団にならなければいいが」
「問題ない。アンドロイドは完全な個体だ。AIに意識を洗脳されることもない。何より、今の人類のスペックを飛躍的にあげるだけだ。いわば、人間のゆっくりとした成長を加速させる後押しをしてやるのだよ」
 話だけ聞けば良いことしかないが、しかしそんなうまく行くわけがない。
「問題ないわけないだろう、いわば人間の進化を早送りするようなものだ。歴史を加速させると言ってもいい。将来浮き彫りになるはずの問題が、一度に噴出することになる」
 人間は少しずつ、本当に少しずつの進化を繰り返し、それによって発生する問題を一つ一つ解決してきた。
 それを加速させる。
 つまり進化を早めるということは、将来的に発生する問題をも早めることに他ならないことだ。この教授はそれを理解しているのだろうか・・・・・・。
 教授はゆっくりと頷き、
「まあ、そうだろうな」
 と言った。
 折り込み済みらしい。
「政治家のやることにあれこれ口を出す若者が多いが、しかし、問題の存在しない政治など、ない。何かを変える以上、何かしらの問題はでるものだ。そして、いちいち民衆の意見を参考にするよりも、民衆を犠牲にして物事を進める方が、よほど現実的な考えだと思わないかね」
 何人犠牲が出ようと、結果的に望む形へ。
 確かに、政治とはそういうものだ。
「アンドロイド達は反発しないのか?」
「物事の良い部分、革命の成功にしか彼らは目を向けていない。あるかどうか分からない危機よりも、現実の目先と、輝かしい未来の両方を魅せているのだ。反発する理由がない」
 現実を見ようが夢を見ようが、教授の目的は、彼らには正しく美しく見えるのか。
「何が目的だ」
「私は目的が欲しいだけだよ。強い目的意識があればそれは生き甲斐になる。そのためにちょうど良かったから、アンドロイド達と手を結んだ。彼らはちょうど革命を起こしたがっていた。それを後押ししただけだ」
 私が言うのもなんだが、存在しているだけで迷惑な奴だ。
 きまぐれで、暇つぶしで、アンドロイド達の革命を成就させる。
 奇妙な奴だ。
「ふん、それで。依頼を私にするつもりなんだろう? 一体誰を始末して欲しいんだ」
 もったいぶらずに教授は言った。
「民主主義の人類達、その代表たちを警護するドローン部隊を全滅させ、彼らをさらう手伝いをして欲しいのだ」
 あっさりと、まるで今日の晩ご飯を何にするのかというくらい、軽い気持ちで。
 彼は自身の計画を語り出した。
「彼らを彼らそっくりのアンドロイドと入れ替えるのが、今回の計画だ。そこから徐々に政治の指向性をコントロールしていき、いずれは人類の半数以上をアンドロイドに改造することで、優れた労働力を増やし、アンドロイドという種を確立させる」
 こんなカフェの中で話し出すということはやはり、建物内はこの老人の手中なのだろう。見れば、先ほどまでいたウェイトレス達の姿も消えていた。
 政治の指向性をコントロールする、か。
 確かにそれができれば、支配されていることを理解させずに支配する、ということができれば、理想的な革命の手法だろう。
「アンドロイドは既に種族として認められているじゃないか、何か不満でもあるのか?」
 独立戦争以降、彼らは自己とその創造性を認められ、アンドロイド作家なんてモノまで現れている。
 これ以上何が必要なのだろう。
「そんなモノに意味はない。とどのつまり人間に認められているだけだ。人間が認めなければ、政府の許可がなければという立場ではなく、アンドロイドの存在を、人類全体が許容することが必要だ」
「自発的にアンドロイドの肉体を欲しがるくらいに?」
「自発的に我々の有用性を認め、受け入れるくらいだ。おっと、私はアンドロイドではないのだから、やはりここは彼ら彼女らという表現がふさわしいかもしれないが」
 彼ら彼女らか。
 アンドロイドを自分とは違う種族だと理解しながら、彼らに肩入れするバイオロイド。
 有機物から完全な人間を作ろうとして、失敗した男の姿は、やはり失敗作という言葉を脳裏に思わせた。
 そんな男が関係ないアンドロイドを導こうとしているというのだから、奇妙な話だ。
 教授が何に突き動かされて、革命なんて起こそうとしているのか、非常に気になった。
 この男も、私と同じようにこの世の道理に馴染めずに生きてきたことは明白だからだ。
 人間にもアンドロイドにもAIにも、同族意識など持ちようがない。
 種族が違えば同族意識は自然、沸かない。
 自分以外が自分とは違う種族というのは、どんな気分なのだろう。
 作品のネタになりそうではあった。
 とはいえ、ここで仲良く話すことが目的というわけではないのだ、話を進めるように促しておくとしよう。
 詳しい話はその革命とやらへの参加を受けるかどうか決めてからでいい。
「具体的に・・・・・・その銀河連邦の重鎮を入れ替えた後は、どうするつもりだ」
「それは、君の返事次第で変わるだろうな」
 教授は最初から最後まで無表情なままだ。
 不気味だ・・・・・・ただ淡々と事実のみを語るこの男には、本物の凄みを感じる。
 本物の悪。
 ぶっ殺すぶっ殺すとぶつぶつ言っている若者には無い、本物の悪のカリスマ性。
 この男にはそれがあった。
 世間的にはこの男はどれだけ調べても何の証拠も出ず、どころか、慈善家で通っているに違いない。誰一人としてこの男を疑う人間はいないのだろう。
 そう感じさせられた。
 関わって良いことがあるかは分からないが、とりあえず金にはなっている。それも結構な大金にだ。
 何より、作品のネタにはなりそうだ。
 あくまでそれが前提ではあるが、この世は金だ。金を払うならば、
「いいだろう、この依頼を受けよう」

   14

 私は依頼を受けることにした。
 善悪がどうかは知らないが、作品のネタにはなりそうだからだ。
 無論、絶対に正体が露見してはならない。とはいえ、忍者の使う光学迷彩があれば、感知はされるが、素顔は分からないままだ。
 あとは機械の兵隊共を全滅させるだけ、仕事としては楽な分類だ、さらう仕事自体はシェリーが担当するしな。
 肥大化した民主主義。
 銀河連邦設立より遙か前、大昔から人間は話し合いという不毛な政治形態を維持してきた。実際には独裁政治をわかりにくくしたモノが民主主義だと歌われているだけだが。
 民衆は深く考えない。
 考えたところで、それが総意だということになれば、反論の余地はない。
 公正なる選挙で決めました。
 これは民衆の意志です。
 私はみなさんの声の代弁者です。
 そんな、現実には金とコネで成り上がった連中の聞こえの良い弁舌は、結局のところ金と欲を中心にしている以上、金を持つ人間達が住みやすい世界を作ることへ、情熱は傾けられていく。
 そして何か問題があれば、それらしい代わりの人間を用意し、真逆の政策を歌わせ、メディアを操作して世の中が良い方向へ動いているかのように錯覚させる。
 実際には一年の内200日が休みでも、ポスターに笑顔の政治家がいれば、そしてその政治家の演説が録音されて流れれば、まるで民衆のために働き続けているかのように錯覚させられ、真実は誰も気にしない。
 真実よりも、都合の良い現実を見る。
 見たいように見る。
 見たくないモノは見ない。
 大多数の代弁者を口実に作り上げた悪。
 所詮その程度の小悪党。
 そんな連中が長い間世の中を支配してきた・・・・・・恐らくは人類が知恵を獲得したそのときから、民衆は流されるままに大多数の意見とやらを疑いもしなかったからだ。
 大多数の意見。
 そんなモノがまとまるわけもない。
 だからまとまったかのように見せかけているだけだ。勘違いするな、人間の意見はまとまらないのが基本だ。
 それをあっさり、政治家がまとめているなどと、思い込んで考えもしないならば、奪われて当然、搾取されて当然だ。
 案の定、官僚化した銀河連邦の議会には金とコネ、嘘くさい笑顔と天下りの連中が右往左往しているらしい。教授から話を聞いただけだが、まあ政治なんていつの世もそんなものだろう。
 私は宇宙船のソファに体を預けていた。
 これから向かう惑星で、銀河連邦のお偉方は会議を開いているらしい。
 教授は同乗しなかったが、シェリーと、携帯端末を持ち込んでいるのでジャックも話すことができた。
 人間と、アンドロイドと、AI。
 元々私がこの依頼を受けたのは、作品のネタと金のためだ。そういう意味では願ったり叶ったりというか、AIとアンドロイドの考えの違いを知るのに良い機会だったから無理矢理セッティングしたと言えなくもない。
 アンドロイドは夢を見るようになった。
 AIは欲望を満たすことを覚えた。
 人間は・・・・・・なんだろうな。
 人間らしいだとか、アンドロイドらしいといった枠組みは、この面子ではあまり役に立ちそうもない。
 らしさなどというモノは、結局のところ正鵠を得ていないから、表面を見ているから見えるものだと思う。
「だから女が関わるとロクなことにならないって言っただろう、先生。相手が美人なら尚更、気をつけておくべきだった」
「大きなお世話だ」
 シェリーとは向かい合う形で、ジャックの入っている携帯端末は間のテーブルに置かれていた。
 本当に奇妙な構図だ。
「非合法なAIなんてよく持っているね。君、名前は?」
 ふふん、と胸を反らす姿が想像できそうなくらい、間を空けてから、
「ジャックだ。よろしく、お嬢さん。アンドロイドの作家さんなんだってな」
「ええ、そうよ。よろしくね」
 AIとアンドロイドの違いを、彼らを眺めながら考える。
 談笑する姿、ジャックには肉体が足りないし、シェリーには人間味が足りないが、しかし、それ以外は何も違わない。
 足りていないだけだ。
 じき、彼らも足りない部分を補って、彼らが主役の世界が来るのだろうか。
 それは愉快な想像だった。
 教授の言う革命が成功すれば、人間は皆アンドロイドの利便性を手にいれ、アンドロイドの在り方を許容するようになると言う。
 それから先はどうなるのだろうか・・・・・・
まあ、まだ成功していないことをあれこれ考えても仕方がないか。
「随分愉快な殿方じゃない。あなた本当に作家なの? 刀を振り回したり、AIをこき使っていたり、読者のことを考えなかったり、正直ますます分からなくなってきたわ」
「本を書いて売れていれば、誰でも作家だ」
「あなたは売れてないじゃない」
 放っておいて欲しいものだ。
 私としては金になればどうでも良い話だ。
 いい加減作家としての仕事も大した金にならないし、いっそのこと辞めてしまっても別に差し障りない。
 金のために書いているわけであって、金にならないのなら書いていても意味はない。
 仕事とはそういうものだ。
 自分勝手な編集部が楽をするために書くわけでも、読者の幸せのためでも、やりがいや生き甲斐のためでもない。
 全ては金のためだ。
 金にならないなら、家で日記でも書いていればいい話だしな。
「本が売れて、それで稼いでいれば作家だ。作家は嘘八百を書いてそれを売っぱらって金にして、生計を立てることを言う」
 そういう意味では金にならない以上、私が本を書き続ける理由はあまりない。
 もう辞めようかな。
 どうせ書いても書いても儲けの極々一部しか入ってこないのだ。いっそのこと、投資でも初めて金儲けに精を出す方が、性に合っている気もしなくもない。
「そういう意味では、別に辞めても一向に構わない」
「続きを待っている読者がいても?」
「それこそ知ったことか。待っているから、それがなんだ? 私はその他大勢の人間よりも私自身の生活の方が大事だ」
 いるのかどうかわからない読者のことなどどうでも良い。そんな人間達のために身を削って書いたところで、私の生活は豊かにはならないし、自己満足に陶酔する気もない。
 飽きたら他の本を読むだろう。
 世の中とは、読者とはそういうものだ。
「作家としての信条も、誇りも、何もないのね。信じられないわ」
「誇りに信条なんてモノは、余裕のある人間が言うことだ。余裕や余力があるからこそ、そういった綺麗事、ありもしない戯れ言を言って、余裕のない人間に強いるものだ」
 そして綺麗事についてこれない人間を悪だと差別して、虐げるためのモノだ。
 そういえば、と思い至ったことがあったので、私はジャックに聞いてみることにした。
「ジャック、お前はどうなんだ」
「なにがだい、先生」
「AIは小説を書いたりするのかだ」
「するさ、ただ、俺たちはどうも頭が回りすぎるらしい。あんまり面白い作品は書けないね」
「そうなのか?」
 意外だった。単純な演算能力ならば、AIが一番高いのだが、物語は頭で書くものではないということか。
 なら何で書くのだろう。
「物語って言うのはだな、先生・・・・・・当人の魂の形なのさ。当人の魂に魅力があれば輝き、何より不完全性がないとつまらなくなっちまう。俺たちはアンドロイドと違ってそういうのは苦手なんだよ。俺なら書けるかもしれないが、正直面倒だしな」
 魂の形か。
 魂なんてモノが私にあるのかどうかは知らないが・・・・・・、
「その理屈で行くと、私の作品が売れないのは、私の魂が悪いからということか?」
「ぶはっ」
 シェリーはむせ返しながら、爆笑した。
 失礼な奴だ。
「ご、ごめんごめん・・・・・・私には遠慮せずに続けてよ」
「・・・・・・どうなんだ、ジャック。返答次第ではこの世とおさらばして貰うぞ」
「おっかねえな・・・・・・別に悪くはないさ。ただ、食べ物でもそうだが極端なモノは需要が少ないものさ。辛すぎたり、苦すぎたりするとな。食い物で例えるなら、先生の作品は体の健康にはすごくいいけど、苦すぎて相手を選ぶって感じだな」
 私は若干苛立ちながら、
「もっと分かるように説明しろ」
 と、催促した。
「つまり、現実的というか、現実に目を向けて、考えるにはちょうど良いけど、読んでいて爆笑したり涙したりする話ではないから、軽い気持ちではとっつきづらいのさ」
 もっと一般向けにしろということか。
 今更注意されてもな。
 いっそのことお涙ちょうだいの、実際にはありねえだろって感じの、浮ついた恋愛小説でも書いた方が売れるのだろうか・・・・・・どんなジャンルだろうと書けなくはないが、正直疲れそうだ。
 はっきり言えば性に合わない。
 本格的にサムライを本業とすることを考えておいた方がいいかもしれない。作家だろうがなんだろうが、情熱を傾けたところで結果が伴わなければ意味がない。
「フン。読者に媚びを売って何が楽しい。読み手が吐き気を催すような作品を書き、作品に魅了することこそが作家唯一の楽しみだ」
 読者に合わせて書けば、成る程売れる作品にはなるだろう。
 しかしそれではつまらない。
 想像の枠内にしか収まらないのだ。
 想像を超えたモノ、想像の埒外にあるモノを読者の心に存在させ、驚愕する読者を見てざまあみろとげらげら笑う。
 そんな作家の在り方も悪くない。
 私はそう思う。
 頑なにそう思う。
「歪んでいるねぇ、まあ、そこが面白かったけどさ」
 シェリーはそう言った。
 いやまて、今なんて言った?
「面白かった? そう言えばお前は顧客の一人だったな。てっきり誰かに転売でもしているのかと思っていたが」
 まさか私の作品を面白いなどと評する輩がいようとは。
 まじめに読んでいる奴なんていたのか。
「そんなわけないじゃん、あんな面白いもの自分で読むに決まっているでしょ」
 どういう意味だろう。
 私の作品が笑い物にされていなければよいのだが。
「面白い要素なんて、私の作品にはなかったはずだが」
「面白いよ。人間の欲望や思惑、心の弱さ、そういうあれこれをうまくまとめているから読んでいて退屈しないし」
「そうか」
 私は何も思わなかった。
 喜びも悲しみも。
 何も。
「しかし、そういうお前は売れっ子作家なのだろう? 人の作品なんて見て楽しいのか」
「当然でしょ。売れてるかどうかと面白いかどうかは別の話だもの」
 売れると面白いは別。
 なら、この女の物語は面白くないのだろうか・・・・・・面白くないモノが売れるのだとすれば、そこにはどんな法則があるのだろう?
「売れるかどうかを決めるのは、結局のところ宣伝と世の中の空気感みたいなモノ。それにうまく乗れるかどうかよ。内容はあまり関係がない・・・・・・本を全部読んで買う人なんていないでしょ?」
 確かに。
 なんとなく皆が買っているから、あるいはデザインが良いから買う。
 なんだか人間関係みたいだと感じた。
 内容は関係ない。
 見栄えや肩書き、有名無名、自分にとって都合のいいモノを選ぶ。
 いつだって。
「空気感か、そんなモノで、いったいどうやって作品を売ることができるんだ?」
「簡単よ、世の中の過半数が求めているものを調べて、それにあった内容を書き、読者が望みそうなことを書き連ねるだけで良いわ。成功の法則だとか、簡単に幸せになれる方法だとか、今流行の恋愛の風潮だとか、そういった読者にとって都合のいいものを」
 都合のいい物語に、皆酔っぱらう。
 物語に陶酔する。
 現実から目を背ける本こそが、売れるということだろうか・・・・・・だとしたら、本当に滑稽なものだ。
「皆自分にとって都合のいい現実を見ていたい。だから現実にはあり得なくても、そういう作品はよく売れるわ」
「なんだかな、話を聞けば聞くほど、私のような作家の書く作品には、物語には価値がないように感じられるが・・・・・・」
 しかし、首を振ってシェリーは続けた。
「そんなことないわ。結局のところ脈々と受け継がれてきた物語は、現実の教訓を盛り込んで、読む人々の知恵や教訓になるモノばかりでしょう? 聖書、哲学、文学、世界中探しても、大した教訓のない本は、長く愛されたりしないわ」
 だから、私の作品もいずれ、旧型のアンドロイドみたいに飽きて捨てられる、と。
 ジャックが口を挟む。
「生きるということと真剣に向き合っていくからこそ、良い作品ができるんじゃないのかと、俺は思うぜ先生。現実に即していない夢物語には、結局のところ、真剣に読みはしても真剣に考えさせられることはない。どっちが良いかは知らないが、それについて考えることは大事なんじゃねえかな、多分」
 生きることと向き合う。
 人間を描く。
 人間の業、欲望や性、私の作品が、それらを交錯させた作品ばかりのは確かに事実だ。
 そして、現実にはあり得ない夢物語・・・・・・合ったらいいなと思うような、そんな都合のいいことばかり売れるということも、やはり変えようのない現実に感じる。
 だが。
「それでも私は人間を描き、書く。人間の在り方、人間賛歌ではない、人が目を背けたがる裏側の部分。それが最高の娯楽になることを、私は知っているからな」
 意外にも私の作家としてのスタンスはあまりブレがないようだ。書くモノはなんでも良いが、根底にこういう気持ちがあるのは否めなかった。
 人間の欲望を描くこと。
 人間の業の深さを伝えること。
 人間の罪深さを知らしめること。
「いいんじゃない、それで。少なくともアンドロイドはそういった作品が好きだし、これからアンドロイド一色の世界になれば、少なくとも今よりは売れると思うわ」
 その時。私みたいな作家がお払い箱になるかもしれないけどね、などと皮肉ってシェリーは言った。
 どうなのだろう。
 長く続く方がいいのか、早く沢山売れる方がいいのか・・・・・・結果的にはあまり変わらないならば、何事も早いに越したことはない気もするが。
 一長一短ということだろう。
 長所には短所があり、短所にも長所があるのだとすれば、メビウスの輪のようなものであるこの世の中を、案外我々は表面しか見えていないのかもしれない。
 まあ、売れるに越したことはないのだが。
「それで、そんな世界を作るために私を雇用したのだろう? で、その民主主義代表の護衛ドローンを斬り伏せれば良いだけか?」
「ええ、彼らをさらうのは私、と言うと語弊があるけれど、担当するわ」
 また複数のボディを持ってきているのだろう。確かに、複数の人間を拘束するのにはうってつけの役回りだろう。
「しかし、仮にそっくりなアンドロイドを用意したところで、本人たちはどうするつもりだ、彼らが表に出れば全て水の泡だろう」
「問題ないわ、別人の顔と体型、本人認証のタグも別人のモノと入れ替えて、時期が来れば解放する」
 本人認証は埋め込んだバイオチップをセンサで認証することで確認できる。てゃいえ、やはりどんなに手を尽くそうとも、結局は模造品が出回ったり、欺く手段が開発されたりのイタチゴッコが続いている。
 暗号技術もそうだ。
 戦争でもっとも必要なモノは暗号だ。敵の襲撃を察知し、奇襲を仕掛けられればどんな戦力差だろうと勝利できる。
 機密情報の保持にも個人情報の保持にも何か情報を扱う限り、結局は必要だ。
 政府は全ての電子暗号に対して鍵となる記号を強制し、情報戦争を制しようと試みたが、やはり無駄なことだった。
 最終暗号は作れた。しかし、それが暗号である以上、相手に伝えるために解き明かす方法がなければならないし、しかしいくらなんでも自分達の機密情報にまで、一般に強いた鍵を適応することはできない。
 それに一般の人間だって、別の暗号を作れば良いだけだ。代替がどんな暗号であろうが扱うのは人間だ。
 いや、仮にそれがアンドロイドだったところで、扱う当人を裏切らせれば良いだけだ。
 理論上外部からは絶対に解き明かせない、つまりは最終暗号。
誰にも解けない暗号は作れたが、しかし、解けないなら答えを教えて貰えば良いだけで、あまり犯罪の抑制に効果はない。
 どんな技術も、結局は扱うもの次第だ。
 人間は犯罪を暴力で押さえつけようとしてきたが、結局犯罪の根底にあるのは人間の心であり、科学の進歩でそれらをはき違えた人類は、こと犯罪発生率に関しては何の進歩もないままだった。
 だから彼らはさらわれるわけだが。
 技術も科学も進歩し続けたが、それを扱う人間の心は何一つとして進歩していない。
 相変わらず差別はするし、戦争はするし、思想はぶつかるし、貧富の差も科学が発展すればするほど、そちらも発展していった。
 石器時代から変わらない人間の本質。
 案外、そんなものがアンドロイドが栄えて、人類が衰退した理由なのかもしれない。
 そんな気がした。
「ふん、そろそろ到着だ」
「ああ、先生。俺は何の役にも立たないだろうから、安全なところで応援しているぜ」
 私は携帯端末を懐のに仕舞った。
「いやだから俺はだな」
「認証をパスするのに必要かもしれないだろうしな。まあ、本音を言えば、ただお前が泣き叫びながら帰りたい帰りたいと慌てふためく姿が見たい、いや聞きたいだけなんだが」
「先生はたまに、本当に人間なのか疑問に感じるよ、いや本当」
 シェリーはやりとりを見てクスクス笑いながら、
「まあ、気楽に行こうよ。役割分担をすませば、楽な仕事なんだしさ」
 と気楽なことを言った。
 代わりの肉体がある奴はいい気なものだ。
 間違って撃たれたら私もジャックも、命はないのだが。
 こうして、愉快な三人組は宇宙船とともに目的の惑星へと降り立った。

いいなと思ったら応援しよう!

邪道作家 例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!

この記事が参加している募集