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邪道作家三巻 聖者の愛を売り捌け 分割版その6

新規用一巻横書き記事

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事


   10

 私は作家として、信じる道を歩んできた。
 誰に何と言われようが、私の生き方だ。指図される覚えもなければ、間違いだとも思わない。
 私は私の信じる道を歩んできた。
 だが・・・・・・そこに実利が伴わなければ、報われなければ、歩んだ道の先に何もなければ、と、果たして信じた道の先に、私の望む幸福はあるのかと、少し、不安になる。
 無くて良い訳ではない。
 ただ、無くても失望する心が、無いだけだ。
 己を信じて先へ進む、それは人間の輝ける魂の力だろう。そう思う。人間という生き物に、唯一素晴らしいモノがあるとすれば、意志の力だ。
 だが、そこに「報い」はあるのか?
 無ければ、それこそ嘘ではないか。
 そんな嘘は許容できない。
 許容してたまるものか。
 しかし、現実は人間の意志とは裏腹に、残酷なくらい事実を貫き通すものだ。事実、現実、その世界に、望んだモノがなければ嘘だ。
 私はまだ何も得ていない。
 乾いている。
 運命があるとして、もし、私が報われないことが確定しているとすると、そこに意味はあるのだろうか?
 運命。
 人間の手ではどうにもならないものだ。
 そこまで大げさでなくても、環境であったり、あるいは才能の差であったり、運不運であったり・・・・・・・・・・・・当人が意志を貫いても、当人の意志ではどうにもならぬモノで遮られたとしたら、全ては無意味なのだろうか?
 綺麗事で納得しろとでも?
 ふざけるな。
 私は幸福を手にしてみせる。それを掴まなければ始まらない。今まで、私は人間のあらゆる幸福から弾き出されて生きてきた。その利子を、ここで返して貰う。
 奪われたモノを取り返す。
 その上で勝利してみせる。
 幸福に、生きてみせる。
 とはいえ、実際、手に入らなければ、その言葉も非道く空虚だ。内実が伴わなければ、どんな理想も、どんな野望も、どんな人間の意志の輝きすらも、輝きを失うということか。
 神がいるとして、運命があるのだとすれば、それが、少なくとも私にとって「良い」か「悪い」かが、今後の結末によって証明されることになるだろう。
 仮に、だが。もし私の人生が、今まで散々だったお陰様で傑作を書き続けられるというのなら、別に感謝はしない。私は苦難が無かったことになるわけではないことを。、知っている。
 だが、それならそれで、本来手に出来る以上のモノを手にしなければ、嘘だ。
 私は手に出来るのだろうか?
 分からない。
 分からないことだらけだ。いつだって。
 だが、作家である私に許されるのは、精々物語を綴る事だというのだから、やれやれ、参った。やることは変わらないと言うことか。
 そんなことを考えつつ、私はホテル近くに車を止めて(後でもう少し良いモノに買い換えよう。私の来るまではないのだし)私は入り口から中へと入った。
 そこそこ規模の大きいホテルだったが、会員であれば安くすませられる・・・・・・当然、私はそんな見栄に金を払ったりはしていない。金の無駄遣いも良いところだろう。
 だが、別に会員から巻き上げれば話は別だ。
 あのうじうじとした青年から、巻き上げておいたのだ・・・・・・これは知り合いのモノだとか言っていたが、持ち主が変わるだけだから問題ないなどと適当なことを言って、名義を書き換えた。
 後で名義を消されていれば使えないが、ああいうインドアな男が、積極的に面倒な手続きを踏むとは思えない。大方また、女でも無意識に口説いて侍らしている頃だろう。
 認証が通ってほっとした。
 もちろん顔には出さないが、とはいえ、これでこのホテルはたったの50ドルで、セミスイートが借りられる。
「私たち、夫婦ですの」
 などと、余計なことを言われなければ、単独でゆっくりとくつろげたのだが・・・・・・女は好きだがしかし、私はそれ以上に平穏が好きだ。
 部屋で一人でゆっくりしたい。
 出来ればその上で、コーヒーでも飲み、読書でもしたいモノだ。
「まさか、このまま私をほったらかすおつもりでしたの? 淑女は丁重に扱うものですよ」
 などと、白々しく言うのだった。
「何か聞きたいことでも残っているのか?」
「当然でしょう。私、つい先ほど意中の殿方を追いかけていたらと思ったら、突然変な腕に追いかけ回されて、それで死にかけたのですもの」
 道理は通っている。
 実際、ここから先、色々と作戦を練ってはいたが、あんなモノに出現されてはこちらとしても手の打ちようがどこにもない。 
 愛と恋に関する取材も、大体終わった。
 あの男女二人をくっつけろ、という依頼もあるにはあるが、私が元々受けていた依頼は「遺体の破壊」である。あまり関係がない。
 どうするか、考えるのも良いかもしれない。
 我々二人は自分たちの部屋へ、鍵を持って移動することにした。部屋は3階で、温泉へ直通のエレベーターが近くにあり、それでいて部屋はそれなりに快適で、二部屋和室と洋室が用意されているのだった。
「うふふ」
 などといってベッドに腰掛け、妖艶にほほえむアリスだった。それもいいが、まず先に考えるべき事がある。
「嫌ですわ。殿方はいつもそう、お仕事のことばかり優先して・・・・・・たまには身を任せてみるのも一興でしてよ?」
 私はソファに腰掛けて、考える。
「男は理性、女は感性か。どちらも行き過ぎは考え物だが、しかしそうも言ってられまい。最悪仕事が失敗しても、確かに失うモノは無いが・・・・・・得られるモノも無くなる」
「それがいけないのです、ゆるりと構えて、心のままに身を委ねる。そうすれば、意外と困難に見えたモノが、あっさり関係のないところで解決されていたりするモノですよ」
 そういって、扇子をどこからか取り出すと、頬を当てて笑うのだった。
 美しい、のだろう。
 私には、それも感じることは、出来なかったが・・・・・・時間が解決する問題と、そうでない問題、そんなモノが本当にあるのだろうか?
「ありますわよ」
 見通したように、そう言うのだった。
「人の心は移ろいます。永遠に続くモノなんて、女心以外にはありませんわ」
 殿方は飽きっぽいものですから、と。
 そうなのだろうか?
 しかし、執筆を辞めた自分の姿は、どうしても想像できない。そんなモノも、忘れてしまえば、私の姿になるのだろうか・・・・・・。
 私にとって、作家業は背負った業だ。
 生き方そのものだ。
 しかし、それも柔軟に、別のモノに変えられたりするモノだとして、それで「幸福」になれるのだろうか。自分を曲げて得られるモノか。興味深いが、しかし、あり得ないものだ。
 この道は間違っていない。
 私がそう決めて、切り開いた道なのだ。間違いなど、あっても認めない。認めたところで、あっさり突き進める。
 だから、問題は、得られるかどうかだ。
 実利であり、金であり、そして幸福を。
 そこには、愛だとか、恋と言ったものすらもあるのだろうか・・・・・・分からないが、それを見ることそのものが、当面の目的だ。
 それを手に入れてから、考えるのもまた、一興だろう。
「思いは続かないものなのか?」
「はい。人間の思いに永遠はありません」
「なら、どうして乙女心は不滅なのだ?」
 それこそ飽きっぽそうなものだが。
「心の中に思い出として、残りますから。後から愛情が憎悪に変わることもありましょう、しかしそれでも」
「心に残る、か」
「ええ」
 ひまわりみたいに良く笑う女だ。なんにせよ、作品、いや恋愛だとか愛だとか、そういう人間の美しさに対する答えも、この調子なら、出せそうではある。
 金を払った甲斐はあったという事か。
 この内容は作品に活かされるのだろう。そこで少し、疑問に思うことがある。
 私がもし、この女を見捨てるなり、あるいは別の部屋にでも泊まるなり、つまりこの部屋で会話をしなければ、物語は別の方向に流れ、私が描く世界も別の噺になっただろう。
 それは「運命」なのか?
 あらかじめ決められていたことなのか?
 今回、聖女という、所謂「神懸かったもの」を取材する事を決めたときから、気になっている。 私はこの女を見捨てるか迷ったものの、結果として助けざるを得なくなり、そしてたまたまお互い予定が無く、作戦を立てるために近場のホテルに泊まらざるを得なくなり、そして、機嫌が良くなったアリスが「たまたま」口が軽くなり、私の作品へ影響を与えた。
 どれか一つでも欠けていれば、駄目だ。
 この女を裏切っていてもそうなっていただろうし、あるいは近くにホテルがなければ、それぞれ別に帰ったかもしれない。それとも、会員権の認証が通らなければ、あるいは気分が落ち込んでアリスが会話をしなかったら。
 これは「運命」なのか?
 なるべくして、私は作品のネタを掴んだのだろうか・・・・・・少なくとも、仮にそうだとしても、運命の渦中にいる私には、確信しようのない出来事だ・・・・・・確証が無い以上、良い運命があると信じることは出来ても、どうなるかを「確信」は出来まい、いや、出来るのか?
 気になったので、アリスに聞いてみることにした。
「はぁ、運命、因果について、ですか」
 真面目に聞いたので、下らないと一周されることはなかったが、最近は若者が女を口説くために「運命」を安売りしているからな。
 そんな連中と同じに思われても迷惑だが。
「そうですね。難しい質問です。ですが、愛する殿方と一緒なら、その運命は克服できると思いますよ」
「何故だ?」
 未来に「絶望」が待ちかまえているとして、それは「恐怖」以外の何者でもない。それがあるのかどうかも分からなければ、尚更だ。
「いいえ、確かに克服は出来ません、してしまったとしても、人生がつまらなくなります。ですから、共にそれらを「克服しよう」と願えるのならば、ですが、ちっとも怖くはありませんわ」
「愛があるからか?」
 愛。
 何と陳腐な言葉だろう。
 役に立ちそうもない。
「ええ、一人ではないのですから、一緒に励ましあうことが出来るでしょう? ですから」
「いや、もういい。済まなかったな」
 私にはそんなものは無い。
 少し、気分が悪くなった。当然か。
 つまり、私が私である以上、幸福を幸福と感じ取れない人間である以上、何一つ手に出来はしないと言うことではないか。
 私は望んでそうなった訳ではない。
 産まれたときからこうだった。
 だが、それに絶望はしない・・・・・・それならそれで、感情に惑わされることも人情にほだされることもなく、生きていけるだろう。
 だが、私は「幸福」が欲しい。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活・・・・・・金、豊かさを手に入れた上で、その幸福を手にすることが、「今までの人生に対するツケ」を支払わせる方法だと、思っていた。
 私はまだ、幸福どころか、金や豊かさ、それによる「平穏」すらも、手に入れてはいない。
 いっそのこと、「人並みの幸福」という感情に付随するものに関しては、諦めてしまおうか・・・・・・・・・・・・絶対に手に入らない、手にしたところで指と指の隙間から落ちるのであれば、あってないも同然だ。
 せめて豊かさ、平穏だけでも手にしたいものだが・・・・・・。
「なぁ、聞きたいのだが」
「何でしょう?」
 心配そうに、答えるのだった。
 しかしそれは間違っている。
 乾いた人間が求めるものは、同情などと言うクソの役にも立たないゴミみたいな感情よりも、現金や実利なのだ。
 そう言う意味では、この女は外れてはいるが、私と違ってまっとうに「人間」をやっているのだろう。
「願いも望みも叶わない。もしそれが現実だとすれば、人間に意味は、価値はあると思うか?」
 私は思わない。
 あったとしても、それは自己満足どころか、自分を騙しているだけだ。
 しかし、彼女はそう言った。
「ええ、愛する殿方が幸せになれれば、誰が何と言おうが、そこに価値はありますとも」
 そんなことを、ひまわりのような笑顔で言うのだった。羨ましい限りだ。私は案外、彼ら人間らしい人間の輝きに嫉妬して、作家などと言う人生をドブに捨てた生き方を選んだのかもしれない。 人間とは、端から見ている分には綺麗なもので美しいのだろう。
 だから物語なんてものが、売れるのかもな。
「ふん、そうか。何にせよ幸せそうで何よりだ」「一緒に寝ませんか?」
「あまり、そういう気分では無くなったのだがな・・・・・・・・・・・・」
 鬱々としてこそいないが、正直精神的に疲れた気がしてならない。作家なんて年中そんなものだろうが、格別だ。
「この毒婦め」
 そういって私は彼女を押し倒し、頭を撫でてやるのだった。気持ちよさそうに目を薄める。
 正直疲れているのだが、こういう時にそういうことを言うと、人間の女はもの凄く怒りを露わにするケースが多いので、付き合うことにした。
 耳元にキスをしてやって、そこからは泥のように倒れ込んで眠った。仕方あるまい、物語の流れとしては三流だが、眠気には勝てない。
 何、また機会はあるだろうさ。
 私は泥のように眠った・・・・・・人と触れるときは大抵が斬られたり殴られたり殺し合い立ったりするために、以外と貴重な体験になったと、あるいは言えるのかもしれなかった。
「大丈夫、きっと良い事ありますよ」
 そんな気休めにもならない、根拠のない声を聞いた気がしたが、とりあえず受け取れるものは受け取っておくのがポリシーなので、その根拠が無く信頼性もない言葉を、私としては素直に受け入れてやるのだった。

   11

 ロマンチズムではなく、私はこう思うのだ。
 物語は、生きている。
 そこにいきる彼ら彼女らも、また。
 作品を書けば書くほど、思い通りに展開が動かず、勝手に明後日の方向へ歩を進める。その登場人物達は、どうしようもなく生きているのではないだろうか、と。
 生きていない、死んだままさまよっている、非人間の私がそれを綴るのだから、皮肉にしかならないだろうがな。
 ついでだ。作家の正体を、ここで教えよう。
 自身のことは棚に上げて、救いはしないが道を教える。それも、好き勝手にだ。それで救われるのかはしらないが、幸福な結末へと導きたがる。 つまりお節介な人間だと言うことだ。
 作家の正体など、その程度のものだ。
 だから気に病むな、前へ進め。
 読者の仕事はそれだけだ。
 願いについて考える・・・・・・万能の神のようなものがあったとして、願いが叶うとしよう。
 何を願うか?

 この世界には平和がない

 この世界には愛がない

 この世界には夢がない

 この世界には幸福がない

 この世界には、光なんて存在しない。

 それが世界の真実だ。この世界には、一切の善性は本当はないのだ。
 それをあるかのようにまくし立て、
 演出して希望を煽るのが、作家の仕事だ。
 その行動に意味はあるのか? この世界には、本当は何一つとして、見るべきものは存在しない・・・・・・地獄よりも苦しい世界だ。
 だが、そこに希望を見いだして、演出し、ありもしない希望を魅せるのが作家の描く物語ならば・・・・・・意味も価値も無いのだとしても、
 そこに希望くらいは、あるかもしれない。

 そんな夢を見た。
 私には眩しすぎる夢だった。

 

「希望を見るのに、金はかからないと言うことか・・・・・・・・・・・・」
 拝金主義者の私らしく、そんな一言から朝の目覚めを迎えるのだった。
 そうそう、私のことを誤って、つまり頭の悪い勘違いをして「哀れむ」カスがいても困るので、ここに訂正をしておこう。
 愛が無くて、感じられなくてどう思う?
 その問いに私はこう答える。
 お前達は息を吸って吐くことで、二酸化炭素が出ることを、気にしたことはあるのか?
 些細なことだ。
 愛を重視するのは勝手だが、押しつけがましいのは迷惑千万だ。まぁあれば「便利」あるいは「充実感が増える」くらいだろう。
 何事にも言えることだが、当人の「心の決着」があれば、そこに問題は生じない。

 私は全ての人間の愛に興味がない。
 
 私は、全ての人間の願いの先に興味がない。
 
 私は、全ての人間の命に、興味がない。

 そら、意味などあるまい。
 そして必要がない。
 何億何兆人間がいたところで、それを感じるすべはない。
 私は人間の行く末には興味がない・・・・・・人間の感情を感じられない私には、人間の在り方そのものが、どうしようもなく、唯一の娯楽になり得るだけのことだ。
 だから作家になった。
 訳でもない。
 只の気まぐれも良いところだ。本当に空洞だった頃、たまたま目に付いたから、私は作家になっただけだ。
 その時、見たものが法王なら、私は法王になっただろう。その時見たものが支配者であったならば、私は世界を支配しただろう。
 などと、大げさなことを言ったが、要は己自身の全てを賭ける、ということが、私にとっては実に容易いことだった、と言うだけだ。
 己など、とうに賭けている。
 愛も神もどうでも良い噺だ・・・・・・・・・・・・ただ、忘れてはいけないのは、「神」と「天」は違うのだと言うことだろう。
 神には私は興味がない。
 だが、天には私は興味がある。
 この世の摂理に意志があるなら・・・・・・問うてみたいものだ。「お前の失敗は、ついに人間を飲み干すところまできたぞ、さぁどうする?」とな。 それは悪だろう。
 私自身そう思う。
 だが、「悪」であることと「悪い」ことは別物なのだ。悪であるからといって、自身の存在が「居てはいけないモノだ」などと、負い目に思う必要はない。
 世の悪よ、安心しろ。
 お前達は悪くない。
 ただ悪であるだけだ。
 物語は私個人の意志で書くものかと言えば、そうでもないのだ。書くべき事、書きたいこと、色々あるが、私という出力する機械を経て、何か、大きいモノが私というフィルターを通して、世界を見ている気がしてならない。
 それが何かは知らない・・・・・・だが、最近思うのは「書くべき事」は確かにあり、私は、作家として正しい、という言葉は嫌いだが、間違っていない道を歩いているように思えるのだ。
 私は長い道を歩いてきた。
 遠い遠い遠回りを経て、気づいたことはなんだろう・・・・・・まだ答えは出ない。だが、私という人間は即物的なものだから、きっと「結果」でしか判断は出来ないだろう。そう思う。
 本当に、長い遠回りだった。
 いや、だったと言うにはまだ早いか。
 私はただ、個人としての当たり前の幸福を追い求めていただけの気もしたが、ここまでたどり着いたのだ。見たい。見果てぬ先にあるモノを、私は見て、今までの苦痛、今までの苦悩、今までの苦労、今までの葛藤が、チャラになるような、奇跡のような日常を、私は見たい。
 私は、朝の日差しを眺めながら、そんな夢を口にするのだった。我ながら、気が抜けていたのかもしれない。
「まぁ、素晴らしいですわ。夢を見るのは良いことですもの」
「見るのは良いが、叶うかどうかとなると、耳の痛い噺ではあるがな」
「そうでもありませんわ」
 彼女はくす、と笑って言うのだった。
「夢は叶いますわ。ただ、思わぬ形で、ですが」 本当だろうか。
 まだ叶っていない以上、おいそれと頷くことも出来はしないが。
「あら、どうして?」
「未来は分からない、信じた道だと思っていても・・・・・・未来が見えなければ「不安」はある」
「大丈夫ですわ」
「何故だ?」
 未来が分からなければ「不安」になる。それは信じた道であるから、あるいは「信念」野本行った行動だとしても、世界はあっさり見捨てるからだろう。
 どれだけ血を流そうが、
 辛酸をなめようが、
 あるいは、人生を賭けて挑んだところで・・・・・・結末は誰にも分からない。
 報われないことの方が多いだろう。
 世界は涙で出来ている。しかし、その涙に「因果」は「応報」しない。悪に裁きはあるのかもしれないが、人間の信念に基づいた行動は、その結末に「報い」があるとは限らない。
 だから私は「運不運」が嫌いなのだ。
 それでは・・・・・・人間の意志は無意味だ。
 何の価値も有りはしない。
「そんなことはないでしょう?」
「綺麗事は聞きたくないな」
 よく見ると、随分色気の多いネグリジェを身につけたままだった。目の前の人間の姿が目に入らないくらいに、私は、没頭していたらしい。
 やれやれ、我ながら参ったものだ。
 私は・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・そうですね、確かに、報われないことも多くあるでしょう。ですが、人間の一生など、実に短いものではありませんか。最後に笑い、程々に満たされていれば、それで良いではありませんか・・・・・・」
 言って、私の座っているソファに近づき、私の手に、自らの手を添えるのだった。
 だが。
 私は、綺麗事が大嫌いだ。
「かもしれない。だが、その保証が、一体どこにあると言うのだ? 「もしかしたら幸せになれるかもしれないから我慢しろ」とでも? 私は、「目に見えない幸福」をチラツかせられるのが大嫌いだ。有りもしないモノを見て、そこに希望を見いだして、後からやはりそんなモノはなかったと、落胆する。もう沢山だ」
「あら、作家の言葉とは思えませんわ」
 確かにそうだ。
 私は、作家だ。
 有りもしない物語、夢希望、あるいは絶望、それらを読者に魅せ、生きる道を選んだ。
 だが、本は人を救うまい。
「まさか。実在する人間よりも、直ぐ手に取れる本の方が、人に影響を与えやすいモノです。現に本を読み、その後の人生を左右された人間など、神を信じる者達だけで、人間の過半数を超えるではありませんか」
「確かに、そうだが・・・・・・」
「自身に誇りを持ちなさい。そうすれば、もっと景色が違ってきましてよ」
 くす、とまた笑うのだった。
 やれやれ、参った。・・・・・・長い長い時間を生きてきたが、私はまだまだ小娘に言い負かされる位の成長しか、していないらしい。
 成長の延びしろが長くて良いことだ。全く、我ながらどうかしている。
「誇りならあるさ。作家として、自身の作品には当然あって然るべきモノだ」
「そうですか? ならば、誇りがあって、作品を形にして、その上進むべき道がはっきりしている・・・・・・これ以上何が欲しいのですか?」
「実利という名前の結果だ。そして、それによって得られる平穏で豊かな生活だろうな」
「あら、先が見えないから「人生」と言うのですから・・・・・・平穏な生活はともかく、まだ見ぬ結果は急ぎすぎでしょう」
「急いでいるだと?」
「ええ、もう少し、ゆっくり生きても良いではありませんか・・・・・・私たちの人生など、有限な上、終わりは決まっているのです。なら、泡沫の成功など、追い求めても良いことはありませんよ」
「そこまでの成功はむしろ、いらないさ。ただ、私は報われないだけだ。私は非人間だ。だが、それと向き合い、得られるモノを目指して、作家として在ることを選んだ・・・・・・長い長い回り道を経て、それでも得られるモノがないなど」
 そんなのは嘘だ。
 私はそう言った。
 そう思った。
 それを信念に、生きてきた。
 長い道のりを、歩いてきたのだ。
 そこに幸福が無いなど、許せない。
 許さない。
 誰が、何と言おうとだ。
 その為なら、神だって斬り捨てる。
「心配はいりませんよ」
 根拠のない信頼、それはどうやら女の特権のようだった。嬉しくもない。現実に役に立てばよいのだが・・・・・・。
「何事も、終わりが在れば始まりがあり、因果が在れば報いがある。あなたの意志が本物ならば、そこに報いがあるのは必然です」
 本当だろうか?
 そも、「本物の意志」とは、何を持って本物なのだろう。
「それは簡単でしょうね」
「何だ?」
 くすり、と妖艶に笑って、彼女はこう言った。「本人がそれを信じるかどうかですわよ」

   12

 さて、これからどうするか。
 我々はとりあえず身だしなみを整え、それから朝食を取りに行くことにした。ビュッフェバイキングとかいう、取り放題の形式だ。
 朝なので私はフルーツを山盛り、ボウルに放り込んで、後はコーヒーで済ますことにした。
「随分健康的ですわね」
「健康だけは、金で治療は出来ても、精々期限を伺うのが関の山だ。作家としてのプロ意識が私にあるとすれば、精々が健康管理と、作品の質、書くべきモノを書いているか、書きたいことを賭けているか、その確認くらいだからな」
 つまり特にないという事だ。
 そんなものは心得であって、心得ておけば難問題も発生しない。
「そういうお前は」
「アリスです」
 若干ムスッとした感じで・・・・・・産まれたときから雑な扱いを受けた私には理解しがたいことだが・・・・・・女は名前で呼ばれるのを好む。
 私の過去のように、あるいは現在のように、雑なモノ扱いでは、神経に障るのだろう。
 まぁ仕方在るまい。
 これも作者取材だと思うとしよう。
 作品なんて、私から言わせれば、だが、要は当人の魂が訴えたいことを表現するわけだから、究極的には取材も技術も必要ない。私に魂があるのかは分からないが、とにかくそれさえあれば何とでもなるものだ。
 私は才能が笑えるほど無かった(産まれて初めて書いた作品はマンガだったが、手が震えて絵が描けず、妥協して始めた物語の執筆は、拝啓描写0の盗作作品だった)が、そんな私でも、何年も何年もやってれば出来ると言うことは、つまりそう言うことなのであろう。
 物語に才能は必要ない。
 むしろ邪魔だ。
 話がそれるが、説明すると、そも、物語とは「持たざるモノの物語」だからこそ輝くのだ。才能にかまけて書く人間の作品など、小綺麗に飾っているか、薄っぺらい偽善か、人間味のつまらない駄作だと、決まっているものだ。
 作家になると言うことは、人並みの幸福を捨てていると言うことでもある・・・・・・無論例外もあるのかもしれないが(漫画家なら、作家として本物でも、人間味のある人物が、何故かいる。不思議だ)こと物語を文字で書く人間の、本物を書き上げた馬鹿者達の末路を見ろ。
 大抵銃で自殺するか、人間関係に不和が、あるいは一生童貞だったりと、ロクナ奴がいない。
 私はそうはならんぞ。
 絶対に、だ。宣言する。作家として成功しつつ・・・・・・「幸福」を掴んでみせる。作家として本物で在ればあるほど、人間として破綻しているといって差し支えないが、しかしそれでもだ。
 先人の二の舞を踏んでたまるか。
 私は「幸福」になってみせるぞ。
 人間としての幸福・・・・・・私には全く理解できない「愛」だとか「本当の絆」だとか、そういう胡散臭くも輝かしいモノを手に入れ、「愛」を手にし、所謂「家族の幸せ」いや「人並みの幸福」という、人間が求めるべき「道」を歩くのだ。
 言えば言うほど空しく響くが、だからと言って言わないわけにも行くまい。家族が居たところで殺すことに躊躇無く、愛があったところで見捨てることに罪悪感無く、そも、仮にそれらを手にしたところで、何の満足感も得られない、感じられない、破綻者だとしてもだ。
 非人間であり、
 破綻者だとしてもだ。
 私は実際、人並みの幸福を手にしたところで、それに喜びも、どころか悪意すらも持てないだろう・・・・・・だから作家などになったのかもしれないが、だからといって納得は出来まい。
 何も感じないからと言って、何もなくても良いわけがあるまい。それは私でも同様だ。いや、実際何一つこの世界から消え失せても、本当に何一つ感じはしないだろう。しかし、正直私以外の全人類が本来味わう「感情の産む喜び」所謂「人間らしさ」だとか「心」だとか「人と人との繋がり」だとかを、産まれながらにして私は、一切感じることが無くなっていた。
 先天的破綻者というわけだ。
 だから、事実何も感じない。これは事実だ。
 まぁ感じないなら感じないで、「平穏で穏やかな生活」を目指しているのだが・・・・・・ええと、何の話だったか。
 目の前の女を見て思い出した。
 女の期限の話だったな。
「悪かった、アリス」
 そう言うと、口に袖を当てて、表情を隠すのだった。どんな表情をしているのか知らないが、機嫌が直れば何よりだ。
 私は誰とも敵対したくはないからな。
「まぁ、いいでしょう」
 そういって、彼女はパンに食いつくのだった。 可愛らしい、のだろう。
 頭では理論として理解できるが、感じることは分からないままだ・・・・・・やれやれ、おまけに人間社会になじむためには、人間らしさの物真似をしなければならないと言うのだから、傍迷惑な話でもある。
 非常に面倒だが・・・・・・まぁ、今回の依頼は在る意味女心を理解し、作品に活かすための旅だといっても過言ではないので、仮に遺体の破壊を失敗して、金が入らなかったとしても、これを気に作品のネタとして活かせればイーブンだろう。
「恋をしているそうだな」
「愛ですわ」
「それを恋というのだ」
 まだ何も知らないくせに、と言わんばかりの目で睨まれた。詳しい事情を知らない以上、私がこの女の恋路に口を出すのは、マナー違反だとでも思ったのだろう。
 だが、どちらにしても同じだ。
 恋は入り口は皆違うが、結末は同じ。
 失意と共に終わる、その結末は同じだ。
「何故ですか?」
 どうやら本当に知らないようだ。まぁ、私のような人間が説明するのも、本当に奇妙だが。
 言っても仕方あるまい。
「お前は、自身を犠牲にするより、青年を手に入れることを優先しているだろう。それは恋だ」
「何故、自身を優先してはいけないのですか?」 私は賢者でも何でも無いので、果たして気の利いた台詞が返せるものか・・・・・・やれやれ、本当に参ったものだ。
 この私が、
 少年少女の恋のカウンセラーとは。
 似合わないにも程がある。
「恋は夢見る心だ。この泡沫の世に、ありもしない自身の理想を追い求める心。相手が自分の理想の姿であるのならば、それは恋だよ」
「なら、愛はなんですの?」
 余計なことは知っている割には、恋も愛も知らないらしい。
 上手い表現どころか、愛も恋も簡単なモノなのだがな・・・・・・ありもしないことに、命を懸けるという点では、だが。
「愛は自分を捨ててでも、その対象を幸福へと持っていく心構えだろう。相手が理想でなくても、自身に何一つ答えなくても、それに全てを賭けることが出来れば、それは愛になる」
「まぁ、ではあなたは物語に愛していますのね」「縁起でもないことを口にするな」
 縁起でもない噺だ。
 私は、自身の物語のために命を懸けられるか・・・・・・馬鹿馬鹿しい。物語は私の分身ではあるが、分身であるが故に、役立たなければ意味がない。 精々売れろと言う噺だ。
「ところで・・・・・・どうするつもりだ?」
「あの手のことですか?」
「あんなモノがある以上、我々は双方ともに、目的を果たせなさそうだが」
 あれが何か、それはどうでもいい。
 問題は、あの聖女に危害を加えようとするのは危険であり、あの手は大小の分別無く襲ってくると言うことだ。
 事実だけ言えばそうだろう。
 だが。
「私は諦めませんわ。だって、愛しているのですから」
 障害があればあるほど、燃えるものです、と女は言った。
「私はこのまま帰りたいくらいではあるが」
「お仕事は宜しいんですの?」
「大体は、終わったしな」
 私は物語の主人公ではない。だから何の義務もやるべき事も存在しない。
 それはあの少年少女達だ。
 だが、興味が沸いた。
 主人公でも無い彼女、アリスという名前のこの女の、恋の向かう先に在るもの・・・・・・一作家として、いや一個人として興味がないとは言えない。「だが、お前の行く先には興味がある。恋の末路は悲劇と相場が決まっているが、書くのと読むのが違うように、実際に人間の意志が、それが思いこみの迷惑なものであっても、その果てを見てみたいからな」
 私は人間の意志に興味がある。
 それは物語も同じだからだ・・・・・・「この登場人物はどこへ行くのだろうか?」その疑問が物語の先を紡ぐものだからな。
 願わくば、紡いだ先の物語も、その物語の終わりの先を、呼んでみたいモノだ。
「では、支度をしましょう」
 そう言って、彼女は立ち上がった。
「どこにだ」 
 女は主語がないから困る。
 行くだけならどこにでも行けるぞ。
「勿論、決まっているでしょう?」
 あの青年の家、獅子身中の虫とか言う言葉があるが、私にとってこの女がそういう物騒な存在になりませんように、と、私は信じてもいない神とやらに、祈りを捧げるほか方法がないのだった。

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