人間讃歌と非人間讃歌 比較(現在無料化)
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作品テーマ 非人間讃歌
さて、一般向け記事はもう書くつもりはないが、殺人衝動を執筆衝動に変えるような奴が「執筆を止める」のは難しい。
なので、有料として「読者の気になりそうな記事」のみを書くことにしよう。正直それでも御免なので可能な限り書かないつもりだが••••••まあいいだろう。
以前もそういった
部分については書いている。どうして人間讃歌をああも書けるのかを「非人間代表」みたいな私が解明しなければならないのか謎だが、いずれにせよ解明したところで「指数回動かす労力よりタダでも読まない」方が読者にしては優先らしい。
人間讃歌プランを使えば、初月無料で有料の作品全巻含め、全て見れる筈だが••••••やれやれ。とにかく書くとしよう。
一言で言えば、私の非人間讃歌、というより私自身と連中との大きな違いの一つが
環境の違い
と言えるだろう───連中は何かにつけ「理解者」に恵まれる。
そこを変えればいい••••••所謂
理解者

仲間

支えてくれる人達

といった者達だ••••••そこをほんの少し、変えればいい。
具体的には、私の場合それら「全て」が例外なく


全員例外無くゲス野郎
というのは、間違いのない「真実」だ。
でなければ物心ついてすぐ「殴られ過ぎて脳機能が故障」なんぞ、する訳が無いだろう───あまり嬉しくも無いので、何の自慢にもならないが。
ちなみに幼少期の記憶は殴られ過ぎて壊れた脳機能との付き合い方と、唯一の娯楽として使えた競馬のレース結果を見るくらいだ───幼いながら異様に競馬情報に詳しい時代だったと記憶している。
どこぞの殺人鬼と違って

社会姿勢は同じでも、「才能」などで「楽」を出来ない
という、無駄に労力の大きい生き方を強いられてきた。
抜き差しならない状況下で、かつ理解者不在で超能力だの才能だので「楽」を選べなければそんなものだ───そんな中でも、やるしかない。
だからやった••••••結果として、シリーズ完結まで書き切った。
だからなのか、私自身奇妙な気分だが、「考え方」や「性格」まして「能力」などまるで別物なのに、一番「在り方が同じ」ように考えてしまうのは
例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!
