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「たぶん僕は猛烈な恋をしていたと思う。」中学3学期の回想


「エージ、Oさんが付き合ってみたいなぁって、言ってたよ」

青天のへきれき。
一瞬、意味がわからなかった。

「えっ僕と?」

「ほんまか?」

「そうよ」

Oさんのことを、
僕はずっと憧れていた。


それは、一時間目の国語の授業が終わったあとだった。
昼のパンを買いに教室を出ようとしたとき、

Oさんの友人が僕に近づいてきて、
そう言った。

彼女は意味ありげに笑っていた。

信じられない気持ちと、
もしそれが本当なら、
どれほど嬉しいか。

胸の中で何かが
猛スピードで広がっていく。

なぜ僕を?
ということを考えようとした。

いや違う。

それよりも先に
これは現実だと、
強く信じようとしていた。

心臓の鼓動が、
自分でもわかるほど速くなっていた。

もし本当なら――
どれほど幸せなんだろう。

中学に入学して、
僕は友人の勧めもあって空手を習い始めた。

あれから月日は経って
3年生の3学期。

彼女は水泳部。

いつも遠くの方から見ていた。

色白でロングヘアー。
涼しげなひとみ、
背はすらっとしていた。

水泳部の昼練のあと、
濡れた髪のまま教室に入ってくると
みんなが少しだけ振り向いた。

ふわっと首を振ると
長い髪がさらりと揺れた。

水泳大会では、いつも
良い成績をおさめていることを知っている。

遠い遠い存在。
そして大きな存在。

自分より、はるかに大人びいていた。

彼女のまわりには、
いつも何人かの友達が集まっていて
Oの笑い声だけが
輝いて聞こえていた。

「エージ、Oに返事したってや」

「…」

彼女に、
何をどう返事するのか…?

「さっき、Hから聞いたけど、なんで?」
…ださい

「付き合ってくれるんか?」
…弱々しい

「まじかぁ?」
…軽すぎる

その日の授業は、まったく頭に入らなかった。

Oのことで、
頭がいっぱいになっていた。

彼女は別のクラスの男子と
付き合っていたはず。

そんな状況で、
何があったんやろ。
なんでおれと?

あかんあかん、
そんなことは
どうでもいい。

人は思っているより、
誰かに見られているのかも知れない。

最後の授業が終わった。

僕はまだ、
ふわっと宙に浮いたような気分だった。


そのとき
背後に誰かが
近づいてくるのを感じた。


『エージ君、一緒に帰れへん?』


振り向くと
Oがいた。

「え、ええよ」

とっさに出たのが、
この言葉。
精一杯だった。

展開は、
躊躇する間もなく
突然やってくる。

舞い上がった。

僕は自転車通学。
彼女は徒歩通学。

それでも、
僕の家の方へ歩くことになった。

自転車を手で押しながら
学校のこと、クラブのこと、先生のこと
彼女は編み物が好きなこと…

取りとめのない話をしながら、
一緒に歩いた。

意外に緊張もせず、
友達の様な感覚。

ただ、ひとつ違っていたのは
心臓の鼓動だけだった。

どれくらい歩いただろう。

僕の家までは、ずいぶん遠い。

それでも、
その時間はまったく長く感じなかった。

むしろ

この時間が
ずっと続いてくれたらいいのに――
そんなことさえ思っていた。

彼女との会話が、
あまりにも楽しい。

あの憧れていた人が
そばにいる。
不思議な感覚。

夕暮れの道を、
自転車を押しながら二人で歩く。

それだけのことなのに、

その日、世界は少し違って見えていた。


家に着いた。


「上がる?」
僕は聞いた。

でも
「ううん」
と彼女は首を振った。

少し残念だった。

しばらく、
その場で会話をした。

「送ろうか?」
そう言うと

「いい」
と彼女は笑った。

僕は
「気を付けて帰りな」
とだけ言った。

ほほ笑んでくれた。

彼女は小さく
胸元で、手を振って
歩いて行った。

その背中を
僕はしばらく見ていた。

あの日の帰り道のことを、
僕は今でもよく覚えている。




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