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ダーク・フューチャー(ミステリ小説第3話 漂着)

若田部わかたべさーん!」

 どこかから、女の声が、聞こえてきた。

「ごめんなさい。驚かせちゃいましたかね」

 拳銃を若田部に向けていた男がそう謝って、ピストルの銃口をそらせる。

 朦朧した意識の中で知らない男だと考えていたが、そうではない。よくよく見れば、今国いまくにだ。無理もない。

 彼とは船に乗る直前に初めて会ったのだ。そんな短時間の邂逅だけで、普通は相手の容貌を、覚えているはずがない。

「若田部君、我々の船は、見知らぬ島に漂着してね。どこに政府の犬がいるかもわからんから、念のため銃を構えていたわけだ」

 今国はしょっていたリュックをおろすと、持っていたハンドガンのグリップの上の左横にあるセーフティレバーを上に押し上げて、リュックにしまう。

 これで安全装置がかかったわけだ。やがて小走りにかけてくる足音がした。

 さっき若田部の名を呼んだ、智恵理ちえりの姿が視界に入る。

「よかった! 無事だったのね」

 彼女は、満面の笑みだった。若田部はあおむけの状態から立ちあがろうとしたがよろけてしまい、咄嗟に智恵理が支えてくれる。

 我ながら情けないと、彼は思った。メガネの奥の智恵理の目が、心配そうに若田部を見る。

「他の人は、どうなったの?」

 若田部は聞く。

「おかげさまで、全員無事。船はあの通りだけどね」

 智恵理は、肩をすくめる。

「一体ここは、どこなんだろ?」

 質問を投げながら、無意識のうちに若田部はスマホを探したが、東京から逃げる時置いてきたのを思いだす。

 秘密警察がスマホの位置を割り出して、若田部の居場所を突き止めるのを恐れたのだ。

 復活党が与党になってから、国内で流通しているスマホの多くに発信機が取り付けられ、秘密警察がそれで国民を管理してるという噂が、絶えないのだ。

 同じ理由で一緒に船に乗ったメンバーも、男は全員スマホを持ってないか、互いに身体検査をしていた。

 女性2人も、女同士で互いに検査をやっていたのだ。全員が、携帯電話を持たない事が確認された。

「残念ながら、一体どこかわからない」

 智恵理の代わりに今国が回答する。空は、晴れていた。台風が嘘のような天気だ。

「だから僕は、嵐の中の出港をやめるよう兵頭さんに主張したんだが、残念ながら受け入れられなくてね」

 今国は、青汁でも飲んだような顔になる。青汁は苦くても健康に良いが、今の今国は、お世辞にも健康そうとは言いがたい。

 疲れきり、海水でびしょびしょだ。

「仕方ないです」

 若田部は、そう投げた。

「今はこれからどうするかを、考えましょう」

「確かに、そうだな」

 ヒーローは、自分に聞かせるような口調になった。彼は難攻不落と呼ばれる刑務所から脱走した男だ。

 きっと何か、解決案を探してくれるに違いない。

「スマホがあれば、場所がわかったんでしょうけど、全員置いてきちゃったからねー」

 智恵理が頬を、可愛らしくふくらませる。やがて大破した船の影から、瀬古せこが現れた。

「よお、若田部。まだ死んでなかったか」

 鹿児島で会った時全員が初対面だったのに、なれなれしく瀬古が、毒舌をとばす。

「残念でしたね。この通り生きてましたよ」

 その後から、船長の水川みずかわも登場する。

「船長として、こんなハメになって申し訳ない」

「それは、こっちの台詞だよ。無理にみんなを船に乗せたのは、俺の責任だ」

 やはり後からやってきた兵頭ひょうどうが、口を開く。さらに、ほのかが姿を見せた。

「秘密警察に捕まるよりマシ。それよりここを探索しましょう」

 気丈にも、ほのかがそう主張する。

「本当のところはわからないけど、南国の離島って感じね」

 若田部達のいる砂浜から見て内陸の方の森林にはガジュマルのような樹木もあり、確かにそんな感じがする。

 本来は鹿児島から見て北西にある韓国に向かうはずだったが、だいぶ南に流されてしまったらしい。

「ほのかちゃんも無事でよかった」

 瀬古がニヤけながら、声をかける。彼は異常なほど近くまでほのかに近づいたので、彼女の方は逃げてしまう。

 最後に稗田ひえだも現れた。長身だがやせぎすの彼は、1番消耗が激しいようだ。

 もっとも若田部も疲労困憊なので、人の事は笑えない。まるで全身が鉛に変わってしまったようだ。

 自分のリュックも無事だった。若田部のを含めて全員の荷物をまとめて船内の倉庫に入れておいたのだが、奇跡的に倉庫は無事だったのである。

 中身も濡れていなかった。ゴミ袋に使う大きなビニール袋で包んでいたのである。

 一緒に入れておいた拳銃も乾いていたので、有事にも問題なく撃てそうだ。

「全員で、森の中を探索してみよう」

 兵頭が、そう宣言した。一同は内陸部の森に向かう。周囲には人っこ1人見当たらない。

 白く美しい砂浜に押し寄せる波音が、BGMのように響く。若田部の胸に不安がとりついたが、それでも歩まねばならぬ。

 足どりはまるで、重力の大きな惑星に来たかのように重かった。やがて森に林立する樹林の隙間に、予想外の物が現れる。

https://note.com/calm_cosmos667/n/n860a16a29262

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