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手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第12話 通報)

 八奈見は、心から悔しそうに歯噛みをした。とても演技とは思えない。もし芝居ならアカデミー賞ものである。
 事情聴取を終えた後、予想外の人物から電話があった。氏家である。まさか連絡があるとは。
「一体どうした?」
「話がある」
「何の話だ?」
「電話じゃ、無理だ。今どこにいる?」
「週刊スプリングの編集部だ。今事情聴取が終わったところだ」
「ちょうどいい。そんなとこだろうと考えて、近くにいるんだ」
「ずいぶん手回しがいいな」
「今降りてこられないか?」
「冗談じゃない。今捜査中だぞ」
「今度のいきさつと、関係がある。犯人につながる証拠を持ってる」
「ならなんで、普通に堂々と捜査一課に来ないんだ?」
「理由がある。スマホじゃ言えない。スプリング書房のビルの裏口を出たとこで待ってる。待ち合わせの日時を書いた紙を渡す」
「まるでスパイだな」 
 綿引は、思わず笑う。
「話を聞けば、俺がそこまでやらざるを得なかった理由がわかる。俺の代わりにお前にピザの配達をする若い男がいる。出前と一緒に封筒を渡す。料金の支払いは済んでいる」
「わかった。これから降りていく」
 通話を切ると、その通りにした。裏口を出る。記者達が、カメラを持って取り巻いている。氏家の姿はない。
 自転車に乗った若い男性の姿があった。持ってきたピザと封筒を受け取る。記者達が殺到してきたが、すぐ建物の中に戻った。
 封筒を開けて、中を見る。明日の夜9時に会いたいと書いてあった。待ち合わせ場所の住所も書いてある。
 都内にある廃ビルの屋上だった。他の誰にもこの件を知らせるなともしたためてある。
「どうかされました?」
 突然、涼香が聞いてきた。
「いや、なんでもない」
 素早く、メモを上着のポケットにしまいこむ。
「食うか? 注文したんだけど」
「あざーっす」 
 太陽のような笑みを浮かべると、涼香はピザの入った箱を受け取った。

 翌日の夜9時に間に合うように、綿引は待ち合わせ場所の廃ビルに1人で向かう。
 敷地の周囲は高さ2メートルぐらいの板で囲われているのだが、1箇所だけ板が破損して、隙間から入れる所があった。
 それも、渡された封筒に入った紙に書かれていたのだ。まだ夜8時半を過ぎたばかりだが、周囲に人影は見当たらない。
 それもそのはずで、このあたりは都市再開発のため、老朽化したビル群に入っていたテナントは、皆立ち退いてしまったのだ。
 『再開発反対! 東京都知事は再考を!」と、大書された看板が、敷地の周りを囲っている板の一部に取りつけられていた。
 しかし、考えてみれば『東京都』というのは、不思議な名前だ。
 東京都があるなら京都とか西京都という地名があってもおかしくないのに、そんな土地は存在しない。
 この世界で我々人類が住んでいるのは、この東京だけなのだから。
 そんな物思いにふけりながら、綿引は廃ビルの敷地内に入った。廃ビルは4階建てである。
 錆びついた非常階段を使って4階建てのさらに上の屋上に上がった。途中蜘蛛の巣をはらいながら。
 屋上にあがるには、この階段を使用するしかない。
 ビルの1階の自動ドアは念のため確認したが施錠されており、中の階段やエスカレーターは使えないからだ。
 自動ドアが施錠されてないか割られていれば中に入って階段なり停止したエスカレーターで上に上がれるのだが。
 エレベーターも中にあるが、当然ながら動いてはいない。階数表示のランプは消えている。屋上で、星空を見上げた。
 そういえば、亡くなった父はおかしな発言をしていたのを想起する。
 親父の主張では天体の動きを観測してると、地球が太陽の周囲を回ってないとおかしいそうなのだ。
 確かにSNSで、親父が話してた地動説を主張する者がいるけど、そんなのとても信じられない。
 学校ではこの世界の中心は東京で、東京だけがこの世界の全てで、太陽や月や星は、東京の周囲を回っていると教えるのに。
 綿引は、空を見るのをやめ、タバコを吸う事にする。その時だった。何かが急速に接近する気配を感じる。


手のひらのイリュージョン(ミステリ小説第13話 襲撃者)|空川億里

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