4人のギャルとお茶を飲む
「というわけで、ほたかさん。どうかお願いできませんか」
シライさんは電話越しにかしこまった口調で言い、私はまだその頼み事の全容を理解できないながら、わかりましたと返事をしました。
とあるインテリアショップの店長、シライさんのお願い事は、来週行う新入社員の接客テストに、私も立ち会ってもらえないか、というものです。その人はまだ一人で顧客対応をしたことがなく、必要な知識や態度が身についているかを判断するため、ロールプレイング的に接客の試験をするのだそうです。
その新入社員、サヤマさんは、テストのお客役として友人3名を呼ぶそうですが、さらに4人目のお客として、私にも加わってほしいということでした。
私は2年ほど前に自室のラグをシライさんから購入しており、その際はサイズに色の相談、配達、アフターフォローと、あれこれお世話になりました。
また、いつでもお気軽にいらしてください、というお誘いを真に受けて度々お店に立ち寄っては、展示を見たり、ちょっとした小物を買い求めたり、ただ雑談をして帰ったりということを続けているため、そんな人からの依頼を無下に断れるはずもありません。
それにしても、なぜ私をご指名なのかと尋ねると、意外なことにサヤマさん本人の希望といいます。確かに彼女とは何度か顔を合わせ、短い話などもしているものの、特に親しいわけではありません。
それなのになぜ、と解せない気持ちはありますが、いくらか気心の知れたお客のうちで、私が最も年が近く、ぼんやりしていて厳しくなさそう、というあたりが決め手だったのかもしれません。
そうして約束の日時、金曜日の18時少し前にお店に着きます。
ところが肝心のサヤマさんは、友人たちが駅からの道で迷ってしまい、いま迎えに出ている、とのことでした。
もうじき戻って来ます、お待たせしてすみません、と謝りつつシライさんは私を商談スペースのソファーに案内し、急に声を低くしました。
「もう一つ、お伝えしておいた方が良いことがあって」
シライさんは真剣な表情で
「ギャルなんです、3人とも」
「はい?」
「サヤマの友人です。さっき写真を見たんですけど、わかりやすくギャルでした」
「3人全員?」
「4人ですね、サヤマを入れて」
シライさんは心配げに私の顔を見守りますが、私はおかしくて笑いそうです。
このお店には服装規定がなく、スタッフの私服は自由です。シライさんの言葉を借りればサヤマさんはわかりやすいほどのギャルで、私も初めて彼女に会った時には驚きました。
けれどサヤマさんは仕事には極めて真面目で、常にノートとペンを持ち歩いてメモを取り、商品の特徴と扱い方を覚え、お客さんと気さくに接しと、経験の足りなさを補って余りある美点がありました。
私もすぐに彼女のことを好きになり、シライさんは人を見る目がある、いい人を採用したなと思ったものです。
そして、サヤマさん自身がギャルであるなら、友人たちがそうであっても何の不思議もありません。例えギャルでもサヤマさんの友人ならば悪い人のはずはない、と考えるほどには私は彼女を信頼していて、心配顔のシライさんには、会うのが楽しみだと言っておきました。
それからほどなくして、無事友人たちと合流したサヤマさんが店に戻り、私の姿を認めるなり駆け寄って来ました。
「すみませんー、遅くなりました。今日は本当に本当に、来てくださってありがとうございます! あー、お会いできて嬉しい」
勢いよく話しつつ私の手を取り、私も笑ってその手を握ります。
「あ、これ私の友人です。ほら、座って座って」
サヤマさんは後ろに控える友人たちに向かってそう言い、お一人が私の隣に、もうお二人がテーブルを挟んだ向かいのソファーに座りました。
サヤマさんは下座に置かれた椅子に掛け、そこから少し離れた全体を俯瞰できる位置に、シライさんがキャスター椅子ごと移動してきます。
セッティング終了、これより試験開始、というところです。
とはいえ別段難しい課題があるわけでもなく、新居の家具一式を求めにきたお客さんに、要望を聞き、いくつかの提案をする、というごく簡単な内容です。
「ちょっと、なんでそんな小声?」
「敬語しゃべれるんだ! 初めて聞いた」
「うわ、メモの量すごいね」
最初の方こそ友人たちからのこんな声に、サヤマさんも照れ笑いをしつつといった感じでしたが、次第にいつもの調子を降り戻し、滑らかな口調で、特に最後のイタリア製ソファーの説明など、勉強が活きた見事なものでした。
友人たちは都度都度でタイミングよく口を挟んでは場を盛り上げ、私も以前ラグを買った時の話をするなど、何らかの助けにはなれたかもしれません。
「はい、これで終わりです。みなさん、どうもありがとうございました!」
椅子から立って頭を下げるサヤマさんに私たちは惜しみない拍手を送り、彼女もお礼の言葉を口にしながら満面の笑みを浮かべます。
うん、上出来、とシライさんも大きくうなずき、抜群のタイミングで人数分のお茶も運ばれて来ました。
お時間の許す限り、どうぞゆっくりなさってください、そう微笑むとシライさんは私たちの側を離れ、閉店準備中のスタッフに合流します。
残された私たちはお茶を飲みつつ、気楽な感想会に興じました。
全員が20代前半だというサヤマさんとその友人たちはとにかく陽気で賑やかで、早口のおしゃべりが途切れません。いかにも親しい者同士、物言いに遠慮がありませんが、決して言い過ぎることがないのが今風です。
シライさんの事前の報告通り、サヤマさんを含めた4人ともがギャルそのもので、髪の色は栗色に金にピンクと華やかですし、洋服の布面積は目のやり場に困るくらい少なめです。
デザイナーのガブリエル・シャネルはよく"宝石屋の夜逃げ"と陰口を叩かれるほど多くのアクセサリーを身につけていましたが、久々にそんな逸話も思い出しました。
また、お茶の入ったカップを持つ手、話しながらよく動くその手の先には、4人とも目を引くネイルアートを施しています。
私の正面に座る人など、ストーリー性のあるデコパーツが飾られていて、親指にはラインストーン、人差し指、中指、薬指には、それぞれにバラの花、ホールケーキ、リボンが並んでいました。
聞きそびれてしまいましたが、きっと誕生日など、特別なイベントのために違いありません。私のような粗忽者が真似をすれば、あっという間に全ての飾りをどこかで落とし、土台だけが残る寂しい誕生日になりそうです。
彼女たちの一人はぜひとも特大のベッドが欲しいといい、その理由は、酔って全力でダイブするためです。
「アルコールに浸されて寝るのが好きで。酔っ払ったまま寝たいから、帰り道で醒めないように、外で飲む時は頭から足の先まで、お酒でいっぱいにしておくんですよ」
笑いながら私にそう話す彼女に、それは色々と危ないのでは、などというせせこましい常識論は余計です。
「そう、この人めっちゃ飲むんですよ!」
「しかも強い!」
「だからなかなか酔えなくて酒代が嵩む!」
などと皆も口々に言い、本人も愉快げに笑っています。
これだけナチュラルハイになれるならアルコールなど無用では、とも思いますが、あの酩酊はまた別なのでしょうか。
ともかく豪快な話です。
万事がこんな感じで、普段の生活圏内ではお会いしないような人たちとの同席ながら、居心地の悪さは皆無でした。
高校生の頃、私にもギャルの友達がいて、彼女たちの多少強引ではあっても、どこまでも前向きな陽のエネルギーに満ちたところが大好きでした。意外と情に篤かったり、何でも笑い飛ばして前進していく強さも。
そんな友人たちのことを思い出させるからか、インテリアショップの片隅でお茶を飲みつつ話すのが、ひたすら楽しかったのかもしれません。
こんな機会があると、自分とは"ジャンルの違う"人との交流を避けるのを、もったいないことだと感じます。
たとえその人たちと全ての意見が一致したり、無二の親友にはなれなくても、意外なところで価値観の近さを発見したり、自分にはない発想に驚かされたりという喜びはあるからです。
そんな時、大げさに言うと孤独は消えて、つながりすら感じられます。望まない孤独ほど心身を蝕むものはなく、常に"私と他の人たち"という構えでいることは、生きる上で非常に辛いものです。
そう考えると"ジャンルの違う"人をはなから拒むのはもったいないだけでなく時に危険で、安全快適なはずのバブルの中で、気づけば憂鬱を募らせている、ということになるのかもしれません。
多様性、というものに真の意味でなじむには、実地の経験はどうしても欠かせないものがありますし。
もちろんお茶を飲みながらこんな生真面目なことを考える暇はなく、ただひたすら話したり笑ううちに、やがて集まりもお開きになりました。
サヤマさんと友人たちは駅に近い裏口から店を出、自転車の私はシライさんに正面ドアを開けてもらいます。
わざわざ外まで付き添い、ご無理申し上げました、とかサヤマのために遅くまですみません、と恐縮するシライさんに、呼んでいただけてよかった、楽しかったです、と私も繰り返します。
朗らかできっぷの良いギャルたちとお茶を飲む機会などそうはなく、おかげで少し自分の世界も広がった気がしますから。
さて次は、どんなところに思わぬ出会いのきっかけが転がっているでしょうか。
