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子どもたちが学校を嫌いになる瞬間

Exact moment children ‘stop enjoying school’ revealed in new study

今日のイギリスのインディペンデント紙です。
一部翻訳を載せます。(Google翻訳)

(イギリスの)子供の教育過程において、学校に行く楽しみが減少する瞬間が研究者によって明らかにされた。

エンゲージメントと先行指標に関する調査委員会による調査によると、中等教育1年目には生徒の学校生活の楽しみが急激に低下することが明らかになりました。これは、ほとんどの生徒が中学校に進学する6年生から7年生の間に、一般的に報告される楽しさレベルの大幅な低下からもわかります。

調査の結果、憂慮すべき傾向が明らかになりました。7年生の生徒は、秋学期と春学期の間で、学習の楽しさ、信頼感、主体性、そして安全性さえも一貫して低下していると報告しています。この低下は、多くの若者にとっての移行体験の様相を憂慮すべきものにしています。

イングランドの生徒は平均して、「朝学校に行くのが楽しい」という質問に対し、10点満点中約4.6点と回答しました。

調査によると、学校生活の楽しさに関する平均スコアは、6年生では約6点ですが、7年生では3.8点、8年生では3.2点に低下しています。

教育省(DfE)の広報担当者は次のように述べています。「私たちは、変革計画を通じて、この国で育つ若者たちに最高のスタートを切らせることを決意しています。

専門家主導による独立したカリキュラムと評価の見直しにより、すべての子どもたちが最先端の学校生活を享受し、仕事と人生への準備を整えることができるようになります。

政府は、メンタルヘルス支援の拡充などを通じて、機会への障壁を打ち破り、すべての生徒が学校で成果を上げ、成長できるよう取り組んでいきます。」

なんだか耳障りの良い言葉が最後に書いてありますが。

まあ、これは研究するまでもなく、この年頃の子どものいる家庭なら
うすうす気づいていることだと思われます。

学校嫌いになる子供はもちろん、小学校でもいますが、
不登校の子どもがぐっと増えるのはこの年代なので、
実際、このギャップは相当なものだと思います。

学校に行くことが苦痛になる理由のひとつとして、
意味のない締め付けがあります。

私が若い頃にもよく話題になった、
意味のない校則。

髪の毛の長さから、トイレで使うトイレットペーパーの長さまで
校則に書いてある学校もあったと記憶しています。

娘の通っていたイギリスのセカンダリースクール(日本の中学と高校が合わさったような年齢構成)では、
学校指定の制服着用はもちろん、靴下の色、
靴の色とデザイン、スカート丈(万国共通か?)、
ブレザー着用の強制(特に暑い日に限り、学校から着なくてよい連絡が来る)、
筆記用具は色の指定あり、消しゴム、定規、ハサミ、コンパスなど、一つでも忘れたら居残り対象、
授業中のトイレは、緊急事態でも、事前に「トイレパス」なるものを申請しておかないと、行かせてもらえない、(要するにトイレに行くにも理由が必要。トイレに行きたい理由は一つだと思うんだけど。)
など。

遅刻、欠席は厳しくチェックされ、一分でも遅刻したら30分の居残り。
その学校では、週に一度、大規模な居残りが行われていて、
(特に重い罰則の生徒対象、1時間の居残り)
私がもらったデータによると、ある日は111人の居残り生徒がいたようだ。

そういう居残りを行う場所の確保、人員確保について、
学校はそれを無駄だと思うどころか、必要な教育だと信じこみ、
全く効果をなさない悪習を繰り返している。

この学校はアカデミーという政府から独立した団体によって運営されている学校で、地方自治体の管理下にある。

やや特殊な運営方式で、ある意味企業なので、子どものことよりも
数字を重視する傾向があり、私の経験は、最悪なものだった。

公立学校のアカデミー化は、小学校でもセカンダリースクールでも同様に行われており、特に荒れている学校などはアカデミー化の対象になる傾向があるように思う。
(実際に、娘が通っていた学校はそうだった。)

私が40年前に小学校から中学校に上がった記憶からも、
中学一年は最悪につまらない年だったと言えると思う。

その私の通った中学校は、全員運動部に所属しなければならず、
何らかの病気があるとかの理由がないと、免除されない仕組みだった。

もしかして、今でもそうなのかな?

健全な精神は、健全な身体に宿る。だっけ?

そんな風なスローガンが子供たちを健全に育てると信じて疑われなかった時代。

私は小学校の時から母親にやらされていたバレーボール部を選んだ。

それ以外にやりたいこともなかったし、
そもそも私は運動なんて、大嫌いだった。

部活が始まってすぐに、朝練、放課後、週末の試合と部活漬けの生活が始まる。

自由に遊べる時間なんて、なかった。

先生たちが無給で部活に駆り出されているなんて、どうでもよかった。

そんなことよりも、子どもらしく生きる時間が欲しかった。

さらに、体罰もあった。

私は特に反抗的な態度を取ったので、標的になりやすかった。

驚いたことに、私の母親が
「もっと厳しくやってください!」
のようなことを真顔で顧問に言っていたのだ。

もうこれで、誰も信用できないと思った。

私にとっては、自由が何よりも大事で、
それは元をたどればやはり自分がND(発達障害)だから、というところに行きつく。

これも今になって思い出すと、母親から
「あんたはマイペースだからねぇ」
とよく言われていた。

これも子供のころは深く考えたことはなかったが、
要するに自分のタイミングで物事を行うことが
私にとっては何よりも大事なことで、
これが制限されるととたんに苦しくなる。

だから大人になって、締め切りがあるときなど、
嫌で嫌で仕方がなかった。

私は夏休みの宿題は、割とこまめに片づけていたほうで、
逆に最後の日にまとめてやるというのは不可能だった。

なぜなら、締め切りが近すぎて、自分が苦しくなることが分かっていたからだ。

それに、私には宿題をやらずにいるという選択肢はありえなかった。

だから、娘が小学校のあるとき、宿題をやりたくないと言い、それで学校に普通に行ったことがあったのだが、私は当時、相当驚いた。

帰って来た娘に先生は何と言ったかと聞いたら、
別にいいよ、という感じの返事で、私が想像していたような大ごとにはならなかった。

そうか、大丈夫なんだ。

私は内心、ドキドキしていたんだけど、
宿題をしないことで何かあるということはなかった。

むしろ、やりたくない宿題をしないという選択をした娘に
何か、神々しさのようなものを感じていた。

この潔さは一体?(笑

そんな彼女も、セカンダリースクールに上がって、
どんどんと壊されていく。

日本のような部活がない分、放課後は自由なんだけど、
何しろ厳しい。

学校にいる間は常にマスキング状態だった娘は
とうとうその仮面を保持できなくなり、学校に行けなくなった。

この記事の最後で政府のメンタルヘルスの支援とか言ってるけど、
全く役に立ってない。

イギリスの児童、青年期専門の精神医療機関 CAMHSというのがあるんだけど、
これがまたいつになったらアクセスできるのか、というひどいサービスで、
娘の自閉症診断も、申し込みは確か去年の夏だったと思うんだけど、
いまだにいつその面談があるのか、さっぱりわからない。

地域によって差はあるようだが、2,3年待ちは当たり前らしい。

例えば子供の摂食障害ですぐに見てもらいたいというような場合でも
まずはA&E(救急医療)に行って、そこからCAMHSにつなぐ、という方法でしかCAMHSにアクセスできないという話を聞いたことがある。

ちなみにイギリスのA&Eも、おそろしく時間がかかるので、一日がかりになることを覚悟して行かねばならない。
(急病で行ってるはずなのに。。。)

というわけで、病院に行かなくてもいいように
自分の身は自分で守れるようになっていないと
イギリスで暮らすのはかなり大変になります。

おかげで、ホメオパシーの知識は増えたし、
栄養療法もだいぶいろいろ勉強したし、
我が家は今のところ、ほとんど医者のお世話にならずに過ごしています。

話がそれた。

この記事には出てこないけど、今、子どもを持つ家庭の間で大きな話題になってるのが
Children's wellbeing and Schools Bill 児童の福祉と学校法案 

この記事内で政府が言っていることはあたかも子供に寄り添っているかのように聞こえるけど、
この法案は実際は、まったくそんな内容ではなく、
政府がいかに子どもをコントロール下に置くかをテーマとしている。

このまま通ってしまったら恐ろしい内容なのだ。

だから、今たくさんの人たちが立ち上がっている。

このリサーチ結果が正しく理解され、子どもたちが安心できる学校づくりに役立てられますように。