楽譜を音楽に変えるように、点群を空間の理解へ変える
同じ楽譜を見ても、演奏する人によって音楽は変わる。
楽譜には、音符や強弱記号、テンポの指示が書かれている。
でも、それだけでは音楽は完成しない。
そこに演奏者の解釈や経験、曲への向き合い方が加わって、初めて聴く人に届く音になる。
私は普段、それほど音楽を聴く方ではない。
通勤中にKing Gnuやアリアナ・グランデを聴くくらいで、クラシックを日常的に流しているわけではない。
でも、時々、無性に聴きたくなるピアノ曲がある。
ベートーヴェンの「月光」第3楽章。
第1楽章は静かに、ゆったり。
第2楽章は楽しく跳ねる。
そして第3楽章で、嵐のような音の流れの中から、意志を持った旋律が立ち上がる。
あの曲を聴くと、ただ速く正確に弾いているのではなく、音の奥にある感情まで届いてくるように感じる。
特に好きなのは、辻井伸行さんの演奏だ。
辻井伸行さんの演奏は、圧倒的な技術の高さがありながら、それを見せるためではなく、音楽そのものを届けることに向いているように感じる。
一音一音が透明で、曲の流れに自然に引き込まれる。
一方で、フジ子・ヘミングさんの演奏にも、強く惹かれるものがある。
以前、特集番組で「私のピアノはへたくそだ。でも、伝えようとは思っている」という趣旨の言葉を聞いた。
技術だけを見れば、コンクールで評価されるような完璧な演奏とは違うのかもしれない。
でも、音には、その人が歩いてきた時間や想いが込められている。
だから、聴く人の心を動かす。
同じ曲でも、演奏する人によって伝わるものが変わる。
建物の情報にも、似たことが言える。
点群データは、現場を正確に記録したものだ。
そこには、壁の位置、設備の状態、空間の形状など、多くの情報が含まれている。
しかし、点群そのものを見ただけで、すべての人が同じ理解にたどり着けるとは限らない。
設計者には設計者の視点がある。
施工者には施工者の視点がある。
発注者には発注者の知りたいことがある。
同じ空間を見ていても、必要な情報や受け取る意味は違う。
だから、必要なのは、データを渡すことではない。
人が理解できる形へ変えること。
楽譜を音楽へ変えるように。
点群を、空間の理解へ変える。
それが、空間翻訳社が目指していることだ。
測ったものを、そのまま渡すだけではなく。
作ったモデルを、ただ綺麗に見せるだけでもなく。
現場、設計、施工、発注者。
それぞれの立場の人が、同じ空間を理解できるようにする。
空間にも、翻訳が必要だと思う。
