26年前の出産秘話。出産直前に腎盂腎炎で地獄の痛みだった話し。
ということで、今日は8月5日長男の誕生日。
わたしが26年前に出産した記念日でもある。
過去にブログで出産秘話を書いたが、ブログサービス終了で過去記事を見ることができなくなってしまった。
でも、壮絶な出産だったので、いまでもよく覚えている。
また書いてもnoteサービス終了で消えちゃうかもしれないが(バックアップとっておけ?)思い出せることを備忘録として書こうと思う。
8月5日生まれ、ということは
超!真夏!盛夏猛暑
妊婦ってただでさえお腹にひとりいて熱い。
熱くて熱くてきつかった。
その上まだ1歳6ヶ月の長女は抱っこ盛り地獄の1歳児。とうぜん抱っこにおむつ、離乳食もまだ完了していない頃。
体は熱くて、家事育児もあって、1歳児の育児は普通に地獄で笑
出産が近づいてくるとお腹の赤ちゃんが生まれるために、下の方へ下がってくる。
下がってくると
膀胱が押されてトイレが近くなる。
臨月はただでさえお腹狭い狭いってなって、ご飯もちょっとしか食べられないのに、トイレが近すぎて、
あートイレ!
またトイレ!
と年中言っていた。
そんなある7月末ころ。
予定日より早いが、猛烈に腹痛が襲ってきた。
長女もひとり産んでいるが、こんなに急に、猛烈に痛くはなかった。
しかも痛いのは左脇腹あたり。
あれ?陣痛って脇腹も痛かったっけ?
しかも、10分おき、ということなくずっと痛い。
脇腹を抱えるほど痛くて
これはやばい
と思い、二人目だし、急に産まれちゃう?!
と、慌てて緊急で病院へ。
(長女をどうしたかは覚えていないが、近くに住む実母に頼んだか保育園だったか)
病院へ行くと、陣痛ではなく
腎盂腎炎
と診断された。
でも出産直前だし、なにも手立てはない
危ないので入院しましょう。
と、いうことで、出産予定より前倒しで緊急入院することになった。
身に覚えがあった。
わたしはやってはいけないことをした。。。
水分を控える。
もうトイレ近いのが嫌で嫌で、ちょっと水分を取るのを意識的に控えてしまったのが要因だと今でも思っている。
バカやろう!!!
今のわたしなら絶対そんなことしないんだけど・・・
出産の時には実母の家に預かってもらう予定ではあった長女だったが、急に決まった入院で、心の準備ができないまま長女と離れることになったわたし。
実母に連れられ病室から帰る時に
長女がこの世の終わりみたいに泣いて
わたしも離れるのつらくて大泣きして
(わたしすぐ泣いちゃうの)
もうこれは早く産むしかない!!!
そう決心したわたしは、
病院の階段を上りまくる。
降りまくる。
歩きまくった!!!
襲ってくる脇腹の痛みと闘いながら。。。
そんな8月4日夜9時すぎ。
脇腹痛とは違う、ちゃんとお腹のセンターにぎゅっとした感じが・・・
きた!!!
きたきたきた!!!
陣痛きたー!!!!!!
ガッツポーズしたのを覚えている。
しゃー!産むぞ!!!
深夜、陣痛は順調に進み、看護師さんが
「だいぶ開いてきたよ!朝には産まれるかも」
と言ってきた。
***
長女の時は、事前に読んでいたマニュアル通り「ぱちんっ」と音を立てて破水して、ばちゃーっと大洪水を起こし、その後イキみたいけどまだイキんではダメタイムがあり、分娩室へ移動した。
それじゃーまず練習でイキんでみましょうー
やり方わからないけど、うん○こするみたいにイキんでみたら、
あれ?うまいね、もう産まれるよー!
立ち会い出産予定で
呼ばれるのを廊下で待っていた
(元)夫が中に入る前に産んでしまった(笑)
長女は陣痛こそ43時間半かかって地獄だったが
分娩室に入ってからは10分で産めた。
まだ長女を産んでから1年6ヶ月。
二人目はお産が早くなるっていうし、実母もわたし(二人目)を落としそうになったという話しをよくしていた。
***
分娩室に入ってしまえば、いける!!!
分娩室に入れればこっちのもの!!!
謎の自信を持って、陣痛に挑んだわたし。
(陣痛室と分娩室とあって、いざ産まれそうとならないと分娩室には移動できないのが陣痛室。わたしのいた陣痛室は数人入れて、産まれそうな人が先に出ていって羨ましいのだった。長女の時は43時間、何人に抜かされたことか)
(元)夫が病院に駆けつけてくれたと思うし、立ち会い出産だったが大変すぎて記憶が消えている。
さて、ここからが地獄だった。
分娩室にいけば産める、と、変な自信を持っていたが
腎盂腎炎が発動する。
陣痛がおさまると、今度は脇腹が痛い。
陣痛→脇腹痛→陣痛→脇腹痛
普通は陣痛がおさまっている時は休めるが
わたしは脇腹が出産みたいに痛い。
危険と判断されたのか。
破水させますねー。
と、手動で破水。
わたしの記憶が確かなら、
長女の時は破水してからはあっという間にお産が進んで、数回イキんで産むことができた。
約10分。なので、
ここからは頑張れば産める!
と思っていたが、なかなか出てこない。
よく考えたら長女分娩台に乗って数回しかイキんでないし。
分娩室に入って2時間ほどかかった・・・
地獄だった・・・
最後は記憶うっすらだが、誰かがお腹を押しやがった(改)押してくれた・・・
舐めていた。
二人目は楽だって勝手に思っていたが
一人目の大変さとは全く違う種類の大変さだった。
もうこの辺は痛すぎて覚えていないが、なんとか産まれた。
そして、産まれたての子をぼすっと目の前に置いてくれて、この世に出てきたばかりの我が子と初対面。
長女と同じ顔している笑笑
でも、頭があきらかデカい・・・それだよぉー
長女:2690g
長男:3430g
長女より740gも大きいんですもの。出てこないわけだ。
出産後、どういうわけか
脇腹痛もおさまった。
もしかしたら、出産と一緒に石が出たのかもね!
とのことだった。
わたしは石も同時に産んだのか。
やるなわたし。
出産に必死だっがが
(元)夫の存在に気がついて
顔を見たら真っ青だったのは今でも覚えている笑
倒れそうだったらしい笑
朝5時34分。
また時間外出産だ。追加料金かー
時計を見て、冷静にそんなことを考えながら、自力で歩いて病室へ行き、ベッドで横になった。
(3人目は歩けなくて車椅子だった)
注意喚起です。
夏はぜったいに水分取りましょう!!!
という話し?笑
***
当時のわたしの母は49歳。若いおばあちゃん
(しかも二人目の孫が産まれた)
車の免許を持っていなかった母だが、孫が二人になると、車を運転できた方がいいよね、ということで50の手習い、教習所に通ってくれて、なんとわたしが入院中に無事免許取得!!!
わたしの母って、すごいよなーって今でも思う。49歳で教習所に通って一度も落第せずストレートですって。あんびりーばぼー。
49歳人生初めての一般道運転はわたしの病院へのお見舞いだった。地獄の1歳児な孫を乗せてドキドキしたでしょうね。
駐車場で車庫入れできずあわあわしていたら、たまたま(元)夫が来て、車庫入れしてくれた、という話しは、病室に着いた時に嬉しそうに話していたのを覚えているし、今でも何度もこの話ししてくれる笑
会うと帰りにこの世の終わりみたいに号泣しちゃうから、と、お見舞いに連れてこなかった長女も一緒に来てくれて、産まれた弟と初対面。まだ理解できない1歳6ヶ月ベビー。
検査の結果、腎盂腎炎も良くなり
母子共に退院することができた。
ここからは地獄の育児、怒涛の毎日
大変すぎて、この頃からの1年くらい、ほぼ記憶がない笑
わたしの人生で、完全に1位というめちゃめちゃ大変だった2000年問題。(彼、2000年ベビーです)
長男はすごく良く寝て、よく食べて、機嫌も良くて、いつもニコニコヘラヘラしてて、うん○ちもよくして、愛想良くて、誰に抱っこされても泣かなくて、とっても助かった。
長女がぜんぜん寝なくて、ぜんぜん食べなくて、抱っこしてないと泣いて、便秘で、母乳しか飲まなくて、人見知りで知らない人いると固まって、俄然手がかかったので、二人ともこんなだったら多分育児ノイローゼ爆発だったと思う。
(小学校に上がってからは大変さがSwitchするw)
(実母のおかげで乗り越えられた感謝しています)
長男は寝返りぜんぜんやる気ないし、ハイハイしてから歩くの遅かったし、しゃべらないし、心配になるくらいだったが、2歳半くらいのある時、急に話し始めた。赤ちゃんながらに無理しないタイプだった?笑
その性分、天性をいかして、これからも楽しい人生を歩んでいってくれ。
以上、備忘録でした。
3号出産秘話はブログ残ってた。
そのうち長女の出産秘話も備忘録として書こうと思う。

とっておいてくれたのすごいね。


まぢでこの人デカかった。
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