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ビジネス部門の「Autonomy」を実現するAI:ビジネス部門の自律を支援し、法務相談件数50%以上の減少を導いた設計の裏側

スマートキャンプ株式会社で法務室長を務めている、雨宮です。

現在、多くの企業がリーガルテックの導入やAI活用を模索していますが、その多くは「法務部門の効率化」に焦点が当たっているのではないでしょうか。しかし、スマートキャンプのAI活用は少し毛色や方向性が異なります。

狙いは、「ビジネス部門が法務課題を自律的に解決できる武器を提供すること」。つまり、ビジネス部門のAutonomy(自律)の実現です。

本記事では、法務相談件数を1年で50%以上減らし、かつビジネス部門の満足度も向上させた、「カスタムGem(Gemini)」を活用した具体的な取り組みと、その構築プロセスの一部を公開します。

インハウスの法務実務家として企業法務にかかわっている方、また、特に少人数法務部門のために人的リソースの不足にお悩みの方にとって、何かのヒントになれば幸いです。

「法務サーベイ」で見えた、ガバナンスとスピードのジレンマ

スマートキャンプは現在、IPOを目指すフェーズにあります。ガバナンス構築やコンプライアンス確保のため、これまで「原則としてあらゆる事項を法務に相談・確認することが必要」という中央集権的な体制を敷いてきました。

この体制により、法務部門としてのプレゼンスや信頼スコアは十分に蓄積できました。しかし、法務部門を一つの「サービス」、ビジネス部門のメンバーをその「ユーザー」と捉えて実施している半期に1回の「法務サーベイ」を通じて、ある重要な示唆が得られました。

  • 法務サーベイでの回答スピードへの満足度:極めて高く、不満はほぼゼロ。

  • 法務サーベイ外で聞こえてくる本音?:「なんでも法務に相談しないといけないのか」「法務を通すとスピードが落ちる」

法務サーベイのいわばオフィシャルなコメントでは回答スピードは速いとされているのに、実際には、法務に相談することに負担を感じている、何が原因なんだろうか?

データを深掘りして見えてきたのは、「法務部門への依存(他の部門に判断を委ねること)」そのものが、現場にとって心理的な負担や懸念になっているのではないかという仮説でした。つまり、待ち時間の長さや回答スピードの速い/遅いではなく、「自分でハンドルを握れない不安」が根っこの原因ではないか、ということでした。

そこで、次のとおり大きく方針をシフトするとともに、AIを活用したセルフチェックの環境を導入していくことにしました。

法務相談は、原則任意。ただし、ビジネス部門でのセルフチェックは必須とする

ビジネス部門の自律を支える「4つの専用Gem」とAIポータル

この方針のもと、ビジネス部門のAutonomy(自律)を支援するため、GoogleのGeminiを活用した「カスタムGem」等をベースに、以下のセルフチェック環境を構築しています。

すべての入り口:「スマートキャンプ法務AIポータル」

「どこに聞けばいいかわからない」をなくすための総合案内Gemです。相談内容を入力すると、適切な専用アプリ(カスタムGem)へ案内したり、一般的な法務相談の壁打ちに応じたりする役割を担っています。

(参考)「スマートキャンプ法務AIポータル」のUI。
「こんにちは」と入力すると、メニューが表示される設定にしています。

ビジネス部門の意思決定や情報収集を加速させる「4つの専用Gem」

  1. NDAのレビューに特化したアプリ

    • 契約書の中でももっともパターン化しやすいNDA(秘密保持契約)に特化。当社の雛形との差分を瞬時に洗い出し、修正案とその理由、さらには相手方への「返し文句」まで提案します。

  2. 契約書のレビューアプリ

    • 主に業務委託契約書や、日本語/英語の利用規約のレビューを行います。自社のリスク許容度に基づいた判定を行い、クリティカルな論点を整理します。

  3. 契約書データ・反社チェック照会アプリ

    • 「あの取引先と契約締結済みだっけ?」「反社チェックの誓約書は取れている?」といった、過去の契約書締結のデータ照会に特化。法務に問い合わせなくても、ビジネス部門の担当者が契約書の締結状況を即座に確認できます。

  4. 法務関係手続・コンプラ案内アプリ

    • 「稟議はどうやって申請すればよい?」「取引先から電子署名のメールはどこに送信してもらえばよい?」など、社内規程やガバナンス、コンプライアンスに関する手続きや社内制度に関する問い合わせに答えます。

これらに加え、Webアプリとして実装した「決裁権限ナビゲーター」(決裁事項や金額に応じて、取締役会や経営会議承認が必要か等を自動判定するアプリ)を組み合わせることで、ビジネス部門の担当者が自分のデスクで、そして、法務部門に相談や問い合わせをすることなく業務を完結できる領域を最大化しました。

レビュー精度の要:知識ソースの「黄金パターン」

特に利用頻度が高い「契約書のレビュー系アプリ」には、AIが迷わないための3つの知識ソースを登録しています。これがAI活用の「頭脳」にあたり、僕は、この3つの組み合わせを他のAIアプリでも応用できる「黄金パターン」と呼んでいます。

  • 契約書雛形=Ground Truth:スマートキャンプの「あるべき姿」を示す基準や物差しを規定するもの。

  • 契約書雛形の条文解説集=The Why:なぜ、スマートキャンプの「あるべき姿」としてこの条項にしているのか、法的な意図や会社としての方針を逐条で示すことにより、Groud Truthを肉付けし充実させる役割を担うもの。

  • 交渉プレイブック=The How:相手の修正要望に対する「武器(返し文句)」。Ground Truthとの距離や差分をThe Whyを尺度にしてリスクジャッジする役割を担うもの。

この3つをセットにすることで、AIは単なる一般論ではなく、「当社のスタンスに基づいた納得感のある回答」を返せるようになりました。

AIを「自社専属の法務スタッフ」に変えるカスタム指示の工夫

知識ソース(データ)を読み込ませるだけでは、AIはまだ半分しか機能しません。もう半分、つまり「AIの人格と振る舞い」を規定するのがシステムプロンプト、GeminiのカスタムGemでは「カスタム指示」の内容です。

このカスタム指示もGeminiと壁打ちしながら作成しました。その際、以下の3点を特に重視するよう指示しながら記述しています。

  • 「ビジネス部門のパートナー」としての役割定義:単なる「指摘」ではなく、契約書締結までスピーディに進めるためのアドバイスを行う人格を設定。

  • 思考ステップの指定:「取引の経緯や背景を確認」→「当社の雛形との差分確認」→「プレイブックなどに基づくリスク判定」→「代替案検討」というプロセスを明示し、回答の論理性を安定化。

  • 構造化された出力:単に「OK/NG」だけではなく、レビュー結果に基づくカウンター案や推奨アクションを含む形式で回答を出力させる「武器」としての実用性。

参考:当社の「NDAレビューに特化したアプリ」のカスタム指示の内容を公開します。

AIを使って「0から1」を高速で生み出す

「忙しくて、条文の解説集や交渉プレイブックを作成する時間がない」という懸念もあるかと思います。

実は、これら自体もAIを使ってドラフトを作成しました。契約書雛形を登録し、GoogleのGeminiのDeep Research機能を使い、「ビジネス部門の担当者向けに、この契約書雛形の逐条の条文解説集を作ってほしい。」や「ビジネス部門の担当者向けに、この契約書雛形と逐条の条文解説集をもとに、契約書の修正が生じた場合の交渉用のプレイブックを作ってほしい。」といった、非常にラフな(テキトーな)指示を出していました。

正直、それほど期待はしていなかったのですが、出力されたドラフトでは、各条文の目的、その解説、各条文に基づきやってはいけないこと/やるべきことなどの行動指針が記述されていて、その精度の高さには驚かされました。

AIが作ったドラフトを人の目で精査し、自社独自のスタンスへ必要な情報を加筆修正する。この「AIとの共同作業」によって、「0から書き起こすしんどさ」から解放され、知識ソースの構築を数日で完了することができました。

【サンプル】中小企業庁が公開している秘密保持契約書を雛形の代わりにして作成した逐条の条文解説集と交渉プレイブックのサンプルです。いずれも、AIの精度を見ていただくため、AIが出力したままの内容です。

AIによる取り組みの成果:相談件数50%以上減と、ビジネス部門の「手応え」

この取り組みの結果、定量・定性の両面で大きな変化がありました。

  • 定量的変化:法務室への相談件数が大きく減少しました。もちろん、これらのAIの取り組みだけが要因ではないものの、月間の法務相談件数は昨年同月比で50%以上減少しています。

  • 定性的変化:法務サーベイの回答のなかで、AIによるセルフチェックの取り組みの導入に対して「法務に聞かなくても、自分で一定のクオリティまで判断できるようになった」「法務へエスカレする場合も、論点が明確になりスムーズになった」といったコメントが見られるようになりました。

ビジネス部門の担当者が自分のペースで案件をコントロールできるようになったこと。これこそが、AIによるAutonomy実現の最大の成果だといえると思います。

最後に:これからの課題

ここまでお読みになって「法務相談は原則任意という方針は、リスクを許容しすぎている。AIに任せ過ぎでは?」との印象を持たれるかもしれません 。しかし、実際に構築したカスタムGemには法務部門としてのリスク許容度と照らし合わせ、一定レベルを超える場合には法務部門への相談を促すプロトコルを組み込んでいます 。

つまり、AIを単なる「回答マシン」ではなく、「AIによるトリアージ」を前提とした設計とすることで、Autonomy(自律性)とControl(リスク管理)のバランスを図るようにしています。

もちろん、「AIの回答通りに進めてよいか最後の一歩が不安」という声もありますので、今後はAIガバナンス(回答の信頼性担保)や回答の利活用の深化が不可欠です。

そのためにも、定期的なサーベイでユーザー(ビジネス部門)の声を聞き、それに応じた「武器(AI)」をアップデートし続けるサイクルこそが、これからのリーガルオペレーションの肝になるのではないかと推測しています。

法務部門の役割は、単なる「レビュワー/チェッカー」から、AIという武器を現場に配備し、組織全体の自律性を高める「アーキテクト(設計者)」へと変容していくのかもしれません。

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