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父になった日 前編

「子が生まれる日の空を撮ってほしい」。私は妻から、そう伝えられていた。これは私が父になった日の回顧録である。

覚悟していたはずの日は、それでも突然やってきた。朝焼けの中を、妻と私は産院へ向かう。陣痛に苦しむ妻。その隣で、右を向いて空を撮り、左を向いて妻を気遣う、無力な私。人生でいちばん長い一日が、始まった。

あまりの痛さに病院の車椅子で分娩室に運ばれていった妻を見送り、私は少し途方に暮れていた。病院に待機場所はない。近くに朝早くからやっている落ち着ける店もない。はて、と考えた私。そうだ、私も車を借りよう。近くのカーシェアを予約して、道すがらのセブン-イレブンでパンとチキンを買った私は、車の中でラジオを聞きながらそれらを頬張る。

ラジオからはスピッツが流れていた。睡魔と不安に戦いながら妻からの連絡を待つ自分とは真逆の爽やかな曲。運転席で座席を倒して横になる自分と当たり前のように病院に出勤する人たちの姿。自分は非日常を体験しているけれど、世界はいつも通りだった。

7時58分、麻酔を打ってかなり痛みが和らいだ妻から分娩室へ来るようにとの連絡。担当の看護師に案内され、分娩室5に入る。そこにはベッドに寝ながら話しかけてくる妻の姿があった。まずは元気そうで何より。人生初の出産立ち会い。ここから子が生まれてくるまで、同じ空間で過ごすパートナーといつも通りの感じでいつもと違う話をする。

正直、妻と何を話したかはあまり思い出せず、妻も子も、無事でいてくれという記憶が残っている。世は2026年とはいえ、出産時に万が一のリスクはあって、そのことばかりが頭をよぎっていたと思う。

お昼を回り、妻に陣痛促進剤が投与された。出産のときはもうすぐである。こんなときでもお腹はすくもので、私は売店で売っていたパスタとサラダを買って難なく平らげた。食べられるときに食べておかないと、なんて思いながら。

妻も昼食に出されたゼリーを飲み干し、数人の助産師が分娩室に入ってきた。いよいよその時が近づいてきて、否が応でも手に汗を握る。その手で妻の手を握るわけではなく、いきむ妻を背中から支える。上体を持ち上げて長く息を吐き出す妻に、自分ができる精一杯のことをする。頑張れ、もう少し。少しでも力になれたらという気持ちで、いきみとともに何度も背中を支える。

そして13時過ぎ、助産師に抱えられて我が子がこの世に誕生した。ああ!良かった!!

・・・なんて感情は秒で過ぎ去った。子は泣きはしたものの、1回「えーん」と泣いておしまい。「あれ?もっとギャン泣きするもんじゃないの???」そう思った私は、幸せな思いになったのもつかの間、こんな想像をたくましくし始めた。

低血糖状態なのか?感情を表現しないタイプ?発達特性がある子なのか?

気になって助産師に聞いたところ「色んなタイプの子がいるからねえ。いまそんな泣いてなくても、この後イヤでも泣き声を聞くことになるから!」気さくにそう返してくれたけど、私の疑念は消えない。

そしてGoogleで検索をかける。「出生児 低血 泣かない|検索」「新生児 泣かない 発達特性|検索」と不安に駆動されながら調べ続ける私。結局、生まれてすぐのタイミングでは判断がつかないという、そりゃそうだという検索結果で、私は自分をなんとか納得させた。

この間、生まれたての我が子のシャッターチャンスということで、写真を撮りはしたものの、正直、意識は眼の前の我が子というより、我が子の状態への不安で頭がいっぱいだった。

少々訳あって、子は出生後にGCUという出生児の回復をはかる治療室へ入院することとなっていた。そういった前情報もあったので、私の不安は結構ピークに差し掛かっていたと思う。

分娩にまつわるあれこれが終了し、私は分娩室を放り出された。夕方、GCUの説明があるということで、また2〜3時間ほど外で待機することとなってしまった。

引き続き入院となる妻とも一旦離れ、私は心細さとともに借りている車に乗り込んだ。半日以上直射日光にさらされてサウナになった車内。日が差し込まない部屋にこもり、長らく不安と戦っていた私にはかなり厳しいコンディション。クーラーを全開して返却地へとおそるおそる車を走らせる。ここで判断ミスをして自分がケガ、あるいはもしものことなどあってはならないと。たった2km程度の距離を、日が暮れてしまうのではないかというスピードで進んでいった。

出産に立ち会ってヘトヘトの体と頭で車を返却するという、ジェームズ・ボンドでも肝を冷やすレベルの重要ミッションをクリアした私は、よれよれと近くのショッピングセンターに逃げ込んだ。たどりついたのはフードコートにあるマクドナルド。
なにか甘くて心がほどかれそうなものを、そんな気持ちで久々にマックシェイクのチョコ味を注文した。

今日は土曜日、フードコートには家族連れがいっぱい。10分くらい待ってマックシェイクにありついた。

ストローでシェイクを吸った瞬間、抑えていた不安の感情が一気に溢れ出た。テーブルを囲む家族、店の外で遊ぶ子ども、その様子を見ながら「我が子も、無事であってくれ。どうか健やかに育ってくれ。」そういうストレートな「父」としての思いでいっぱいになり、涙をこらえきれなくなった。けど、30代の男性がフードコートで泣いていたらヤバい。「私は睡眠不足なんだから」なんて言い聞かせながら、あくびで涙をごまかした。あくびは、1度や2度では収まらなかった。

かわいいウシさんを撮って気持ちをなだめる


――時間は16時を過ぎて、時折目頭を押さえながら日が傾き始めた街に繰り出す。我が子への愛を確かめるように、この父になった日を確かなものにするように、私は街じゅうで妙な買い物をすることになる。

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