誰かの空がわたしの星空になってゆく。
夏にスラッシュが入ったみたいに秋の風を感じていた二日前。
夏の背中を見送りながら、かなり嫌わていたけど
でも好きだったよ夏。
そんな気持ちにもなっていた。
毎年悪口いっては秋の始まりに夏に
ずっとすきだったんだよ♪
って心の中で歌ってる。
わたしは野放図でずぼらなので、日々の決まり事
みたいなものに翻弄されながらも逸脱して
生きているのだけど。
最近は洗濯物を夜に干すという民になってしまって
いる。
でもこれが、怪我の功名っていうのかなかなか
よくって。
星空があまりにもきれいなことを知った。
見惚れるってこういうことなんだなと思った。
その時ある時ある人が教えてくれた歌詞のことを
思いだしていた。
東京の空の星は
見えないと
聞かされていたけど
見えない事もないんだな
わたしは、この曲を久しぶりに聞きたくなって。
スマホを取りに行ってふたたび真夜中すぎのベランダに佇んでいた。
耳の中からは志村正彦さんのどうしようもなく
やさしくて心を刺してくる声がする。
せつないメロディが聞こえてる。
しゃがんだまま見上げる空には
秋の星座たちがきらめいていた。
星の瞬きにもきっとリズムがあるのかも
しれない。
彼らにしかわからない音符に似たかたちで空に
レイアウトされてる。
その後でその方に星がきれいだったんですよ
って報告したら。
赤黄色の金木犀も聞きたくなりましたって
御返事をもらった。
赤黄色の金木犀の香りがして たまらなくなって
何故か無駄に胸が 騒いでしまう帰り道
この曲のこの歌詞にわたしは惹かれてしまう。
金木犀って姿はみえないまま、香りだけが
ここにいるよって教えてくれてるみたいで
そこがせつない。
歌詞の中の物語のように去ってしまった人を
思いたいのにちゃんとしんみりしたいのに
できない時。
彼の物語を感傷的に演出してくれるのが
赤黄色の金木犀なんだと思った。
金木犀って悲しみの成分が入ってるに違いない。
それにしても志村正彦さんの声は秋だなって
思う。
彼のその声そのものが金木犀のようで。
姿は見えないのにその声の香りだけで切なくなってくる。
そして秋という季節の奥行きを聴いているものたちにもたらしてくれる。
SNSの中で会っても人と人は出会えるんだなって
あらためて思った。
会ったこともないその方のことはしゃがみたくなるぐらい素敵な絵を描かれることと、フジファブリックの曲が好きだということしかしらない。
でもそれだけで十分じゃないかと、星空の下で
思っていた。
今日こんなnoteを書きたくなったのも。
芥川賞作家の砂川文次さんの言葉がずっと頭の中に
棲んでいるからだった。
「その日見たはずの通勤経路の信号のタイミングやすれ違った車の色や空模様を、私は忘れてしまう。何かを書くということは、記憶にも記録にも残らない、その信号や車の色や空のことを書くことなのかもしれない」
ずっと忘れないって思っても人は忘れてしまう生き物だから。
星がきれいだった。誰かにとっては変哲もない一夜をわたしは拙くとも自分の言葉で刻んでおきたかったのかもしれない。
そしてきっと忘れないって思ったその瞬間のなかにはいろんな人の想いがつまっていて、わたしもその人たちのきれいなうわ澄み液をみるようになにか大切なものをわけてもらっているそんな気持ちになっていた。
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