さびしくならないサラダを探して<第十話>
山根君はランチを終えて缶コーヒーに手が伸びようとしていた。こころなしか山根君がそわそわしている。何か言いたいことをじっと我慢している子供みたいに誰もいないステージを見た後、少し遠いどこかを見ていた。
山根君は意を決したように息を深く吐き出すと言った。
渋谷さん、<グリーンサム>の四葉さんに相談とかして迷惑にならないかな?勘が鋭い人なんでしょ?
山根君のそわそわの内容はわからないにしてもその挙動の理由が四葉さんだったのかと、なんだかぽかんとしてしまった。
横顔を見る。
答えを待っていそうな山根君に言う。
うん、なんていうのか。四葉さんはこっちが油断してるとぽつりと投げかけてくる言葉の中に、少しだけ予知めいたものが入っていたりするんだよ。
でもそれってずっと後になってわかったりするの。冝保愛子とかじゃないからね。
山根君が、へっ? って顔でわたしをみて笑う。
冝保愛子って、あのドラマの不適切とかいうやつ?あの冝保愛子?
あれ笑ったね。冝保愛子は出てこないのにさ。おれ知らないのになんか笑ってた。
深刻めいた話が冝保愛子でくるめられてしまって、ふたりで笑っていたら山根君が予知めいたことって渋谷さんあったの? って食いついてきた。
あっ、でもいいや。
言わなくていい。
話を〆にかかった。そう言いながらおもむろにごちそうさまでしたって両手をあわせて、そのお弁当に山根君は頭をさげていた。
いい奴や。透に報告したいぐらいいいやつだ。
妙な間があいてしまったけど。ふいに聞きたくなってわたしはそのお弁当手作りだよね、山根君めちゃくちゃ上手いじゃんと話を繋いだ。
山根君にはそれはダメージワードだったのか、びくっとしたまま前を向いて彼はまさか!って割と大きな声で言った。不思議な間が二人の間に流れて、わたしは立ち上がろうとした時。
妹が作ってくれたのってぽつりと言った。
へえーやさしい!お兄ちゃんのお弁当作る妹なんて今時きっといないよ。それにバイトの帰りも迎えに来てくれるなんて。もう神以上。
言葉を盛れば盛るほどどんどん山根君の眉間に闇がさしていくのがわかった。顔から笑みが消えた。
あかんこと言うた?って透の関西弁寄りで内心おろおろしてたら。
妹ね、うん。妹か…。だよな、妹なんだよって。
何かを確かめるみたいになんども呟いて。ふっと息をまっすぐ漏らした。
なになになんなの? って畳みかけようと思ったら、四葉さんに会いに行く時にさ、俺もついてっていい? 真剣なまなざしでたずねてきた。
その瞳はまっすぐ過ぎてこわいほどで、このままこの視線に射貫かれそうで気圧されながらいいよいいよってわけもわからないまま、わたしは了解していた。
壊れたのか山根君。壊したのかわたし?って山根君の顔をおそるおそる見ていた。
<べジルド>では入れ替わりも激しい。バイトの赤坂君がもう辞めた。
黒木チーフがなぜかその子を鍛えようとしていたのか、じゃれたかったのか。見えないところでよく彼のひかがみに蹴りを入れる真似をしていた。
パワハラですよってちゃんと言えるぐらいのメンタルは持ち合わせていた。わたしももっと黒木チーフに言えればよかったのかもしれない。
いつだったかも、僕コンソメポテトサラダの200グラムと、海老とブロッコリーのマスタードマヨネーズ和えの200グラムの違いがわかるようになってきたんです。一発でスケールのメモリが200を指す時、すかっとするんですよ。って嬉しそうに言っていたのが忘れられない。
その感覚はわかる。お寿司屋さんの職人がシャリのグラム数をそれこそ1g単位を手のひらに乗っけた時の感覚でわかるというあれだ。それがサラダの世界でもある。嘘みたいだし軽やかすぎるし、日々の努力みたいなものも軽んじられそうだけど。あることはある。
「数字と皮膚感覚」と名づけて誰か発表してくれないかってわたしはそんなバカみたいな他愛のないことを透といつまでも話したかったことに気づいてただたださみしかった。
そして黒木チーフから蹴りが入ることもなくなった赤坂君のひかがみが痛んでいないことの安寧と、どこかで健やかに暮らしていることも同時に願っていた。
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