【フォーミュラ1】 #037 - F1と翼の歴史――1968年モナコの「逆さの翼」から2026年アクティブエアロまで、空を飛ばないための58年間の技術革命
はじめに
航空機の翼は空へ飛び立つために揚力を生む。では、その翼を「逆さ」にしたら何が起きるのか。1960年代、F1エンジニアたちはこの単純な発想に賭けた。タイヤを路面に押し付ける「ダウンフォース」という概念の誕生である。以来58年、翼はF1マシンの性能を根底から変え続けてきた。本記事では、1968年の最初のウィング装着から2026年の次世代アクティブエアロ規制まで、F1における翼の進化を8つの視点から解き明かす。
翼の起源――シャパラルからロータスへ
F1にウィングをもたらした功績は、テキサスの元グランプリドライバー、ジム・ホールに遡る。1960年代半ば、ホールが設計したスポーツカー「シャパラル 2F」は、航空機の翼を逆向きに搭載して負の揚力を生み出すという革新的な試みを実現した。
この着想にいち早く反応したのが、チーム・ロータスの創設者コーリン・チャップマンである。1968年のモナコGP、グラハム・ヒルが駆る「ロータス 49B」のフロントとリアにシンプルなウィングが装着された。結果は劇的だった。ヒルは2位に0.6秒差をつけてポールポジションを獲得し、そのまま優勝を飾った。同年のスパ・フランコルシャンでは、フェラーリの設計者マウロ・フォルギエリがクリス・エイモンの「フェラーリ 312/67」に本格的なインバーテッド・ウィングを搭載し、ウィングなしの同僚に5秒もの大差をつけてポールを獲得している。わずか数カ月で、翼の優位性は疑いようのないものとなった。
巨大化する翼と安全の危機
翼がもたらす速さの代償は、すぐに表面化する。初期のウィングはサスペンションのアップライトやホイールハブに直接マウントされていた。チャップマンは乱れのない空気を取り込むため、細長い支柱の上に車幅いっぱいの巨大なリアウィングを高く掲げる設計を採用した。しかし、空力負荷に耐えきれなくなった支柱がひび割れ、ウィングが走行中に脱落するトラブルが多発した。
F1史に残る危険な時期であった。ドライバーの命に直結するウィング脱落事故が相次ぎ、モータースポーツ界全体に衝撃を与えた。速さの追求と安全確保の間で、規制当局は即座の対応を迫られることになる。
FIAによるウィング規制の歩み
では、統括団体はどのようにこの問題に対処したのか。FIA(国際自動車連盟)は、ウィングをシャシーに直接固定することを義務付け、高く聳える支柱式ウィングを禁止した。効率は下がるが、安全性を優先する判断である。
規制の歴史はその後も続く。1994年、イモラでのアイルトン・セナの悲劇的な事故を受け、1995年にはフロントおよびリアウィングの高さ・前後位置に厳格な寸法制限が導入された。2001年にはフロントウィングの最低地上高が40mmから100mmへ引き上げられ、空力性能そのものが制限された。さらに2019年にはフロントウィングのデザインがシンプル化され、後続車への「アウトウォッシュ」が抑制された結果、オーバーテイク数が20%増加するという成果を上げている。
グラウンドエフェクト――車体裏面が「翼」になった時代
1970年代後半、翼の概念は車体の上から下へと拡張される。1977年、ロータスの空力エンジニア、ピーター・ライトはベンチュリ効果を利用した「ロータス 78」を開発した。サイドポンツーン内部に逆翼形状のトンネルを設け、スライディング・スカートで路面との隙間を塞ぐことで、車体裏面全体がひとつの巨大な翼として機能するようになった。
1978年にはブラバムがファンで空気を吸い出す「BT46B」を投入し、ニキ・ラウダが2位に30秒以上の差をつけて圧勝した(直後に使用自粛)。1979年の「ロータス 79」で全チームがグラウンドエフェクトを導入したが、コーナリングスピードの異常な上昇を危険視したFIAは、1981年にサイドスカートを禁止し6cmの最低地上高を義務化。1983年にはフラットボトム規制を導入してグラウンドエフェクトを完全に封じた。しかし創意工夫は止まらない。ルノーのジャン=クロード・ミジョーは1983年の「ルノー RE40」にブロウン・ディフューザーを導入し、排気ガスをディフューザーに吹き付けることで80kg分もの追加ダウンフォースを獲得してみせた。
ウィングの多段化とコストの爆発
規制と技術革新の攻防は、フロントウィングとリアウィングの構造を年々複雑にしていった。1970年代にはガーニーフラップが導入され、1984年にマクラーレンがマルチエレメント(多段)ウィングを実用化した。2004年には3エレメント構成のフロントウィングが登場し、空力の精密化は新たな段階に入る。
2009年には「ダブル・ディフューザー」がチャンピオンシップの行方を左右した。スーパーアグリのエンジニアが発見した規制の抜け穴を活用したブラウンGPが圧倒的な速さでタイトルを獲得している。2019年にはメルセデスが「W10」のフロントウィング下に独自の「ケープ」デザインを採用し、ハミルトンとともに王座を守った。現代のF1において、フロントウィングとリアウィングを合わせたコストは約25万ドル(約3,750万円)に達する。ひとつの部品がこれほど高額になるのは、最先端のCFD解析と複合素材の投入が不可欠だからである。
DRS――ボタンひとつで変わるウィングの角度
2011年、オーバーテイク不足を解消するためにDRS(ドラッグリダクションシステム)が導入された。ステアリングのボタン操作でリアウィングのフラップを最大85mm開き、空気抵抗を削減してストレートでの最高速を時速10〜12km向上させるシステムである。
使用条件は厳格だ。先行車から1秒以内(計測ポイント通過時)にいる追従車のみが使用でき、防御側のドライバーは使用できない。なお、2024年からはレース開始またはセーフティカー再開後の1周目からDRSが使用可能にルールが変更されている。F1で初めてDRSを使用したドライバーはジェンソン・バトンであった。
DRSは「人工的なオーバーテイク」との批判も受けてきたが、2022年以降のグラウンドエフェクト復活により接近戦が増え、2026年にはついにDRSが廃止されることが決まっている。
2026年アクティブエアロ――翼が「動く」時代の幕開け
2022年、約40年ぶりにベンチュリ・トンネルが解禁されグラウンドエフェクトが実質的に復活した。フロントウィングは最大4エレメントに制限され、スウィープバック形状が義務化された。この規制変更により後続車への「ダーティ・エア」が大幅に減少し、接近戦の質が向上している。
そして2026年、F1はDRSに代わる新たな概念「アクティブ・エアロダイナミクス」を導入する。フロントとリアの両方に可動空力デバイスが搭載され、コーナーリング時には高ダウンフォースモード、ストレートではウィングを寝かせて空気抵抗を最小化する低ドラッグモードの2種類をドライバーが使い分ける。また、マシンの俊敏性を取り戻すため、最低重量は800kgから768kgへ32kg削減され、ホイールベースも200mm短縮される。翼は単なる固定された板から、状況に応じて形状を変える「知的デバイス」へと進化するのである。
まとめ
1968年にコーリン・チャップマンがモナコで最初のウィングを装着してから58年。翼は事故と規制と技術革新の連鎖の中で、F1を根本から変え続けてきた。フロントウィング単体でマシン全体の25〜30%のダウンフォースを生み出し、3エレメント構成ではダウンフォース係数が37.69%増加する一方、空気抵抗は124.61%急増するという究極のトレードオフが存在する。2026年のアクティブエアロは、このトレードオフをリアルタイムで最適化する初の試みとなる。空を飛ばないための翼の物語は、まだ終わらない。
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参考文献:
12 of the biggest innovations in F1 over 75 years - Raceteq / 2026 REGULATIONS EXPLAINED - Formula 1 / Aerodynamic and Structural Design of a 2022 Formula One Front Wing Assembly - Semantic Scholar / Drag reduction system - Wikipedia / F1 Front Wing: Aerodynamics, Rules and Changes / Formula 1 Aerodynamics - F1technical.net / How the bodywork rules shape Formula 1 cars - F1technical.net / Retro F1 tech: The ground effect era - Motorsport.com / Tech Explained: 2022 F1 Technical Regulations - Racecar Engineering / The first appearance of wings on Formula 1 cars - Motorsport.com
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