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【フォーミュラ1】 #046 - データから勝利へ――F1チームがAIで変える「レース戦略」の全貌

AIがF1に入り込んだのはいつか

F1チームがデータ分析を本格化させたのは2000年代初頭だ。当時、フェラーリとマクラーレンはテレメトリシステムを整備し、1台の車から走行中に毎秒数百のデータポイントを収集し始めた。しかし当時の「分析」は、エンジニアが膨大なスプレッドシートを目で追う作業だった。

転換点は2010年代後半に訪れた。機械学習の計算コストが下がり、GPUクラウドが使えるようになると、リアルタイムデータ処理が現実的になった。現在、F1マシン1台は走行中に300以上のセンサーから毎秒3万件のデータを送信する。人間のエンジニアが1レース中に処理できる量をはるかに超えたデータを、AIが自動で解析し次の判断候補をピット壁に提示する仕組みが整った。

AWSとメルセデスが共同開発した「F1 Insights」

最も知名度の高いF1×AI事例がAmazon Web ServicesとF1の協業だ。2018年から始まった「F1 Insights Powered by AWS」は、レース中継の解説データを機械学習で生成する仕組みで、「オーバーテイク確率」「タイヤ劣化予測」「ピットストップ最適タイミング」などをリアルタイムで計算して放送に使用している。

技術的にはサーバーレス機械学習アーキテクチャを採用しており、レース開催中のデータスパイクに対応するためAWS Lambdaで動的スケーリングを行う。F1公式によれば、1レースで処理されるデータ量は700GBを超える。モデルはシーズンごとに各サーキットの特性(コーナー数、路面摩擦係数、高度差)を学習し直し、予測精度を高めている。

レッドブルとオラクルが強化する「AI戦略エンジン」

オラクルとレッドブルレーシングは2022年に複数年のパートナーシップを締結し、2024年にはAI活用を全面的に強化する契約延長を行った。オラクルのクラウドインフラ上でレッドブルのシミュレーションモデルが稼働し、レース戦略の意思決定を支援する。

具体的な活用領域は3つある。第一はCFD(数値流体力学)シミュレーションの高速化だ。空力パッケージの設計変更案を評価する際、従来は数日かかっていたシミュレーションをAIサロゲートモデルで数分に圧縮している。第二はレース中のピット戦略最適化で、タイヤ摩耗モデルと気象データを組み合わせたリアルタイム計算によって「今ピットインすべきか、あと5周引っ張るか」を数値で示す。第三は開発優先順位の決定で、ファクトリーでの部品開発スケジュールに機械学習が介入し、ROI(開発投資対効果)が最大になる変更案を提案する。

レーシングブルズが進めるAIエアロ開発

メインチームだけではない。レッドブルグループのセカンドチームであるビザ・キャッシュアップRB(旧アルファタウリ、現レーシングブルズ)も、AIを活用した空力開発を加速させている。

2025年シーズンに向けた開発で同チームが採用したのは、機械学習を用いたCFDデータの回帰分析だ。風洞実験とCFDシミュレーションの相関モデルを学習させ、風洞実験回数を削減しながら予測精度を維持する試みだ。FIA(国際自動車連盟)が設定するCFD稼働時間の制限枠内で最大の情報を得るための戦略でもある。2026年の大幅レギュレーション変更(アクティブエアロ・電動ターボの変更)に向け、こうしたAI活用の速度が設計競争力を決める。

強化学習によるピット戦略の研究

学術サイドからもF1×AIの研究が進む。arXivに2025年1月に掲載された論文「Explainable Reinforcement Learning for Formula One Race Strategy」では、強化学習(RL)エージェントをF1ピット戦略の意思決定に適用する実験が行われた。

この研究が従来のRL研究と異なる点は「説明可能性(Explainability)」を組み込んでいることだ。レース戦略の判断は安全性にも関わるため、「なぜそのピットタイミングを選んだか」をエンジニアが解釈できなければ実運用に使えない。研究では、SHAPベースの特徴重要度分析を用いて、エージェントの判断根拠を可視化する手法を提案している。シミュレーション環境での実験では、既存のルールベース戦略と比較して周回タイムの累積差を平均7秒以上改善したとしている。

2025年12月に同じarXivに掲載された別の論文「Towards Learning-Based Formula 1 Race Strategies」では、実際のF1レースデータを用いた学習ベース戦略モデルの構築を試みている。レースごとの入賞確率を最大化する戦略をモデルが出力し、既知の最終結果との比較検証を行っている。

HPEとF1が示すディープラーニングの計算インフラ

HPE(Hewlett Packard Enterprise)はF1チームに高性能コンピューティングインフラを提供し、ディープラーニングモデルのトレーニングを支援している。マシン設計と走行パフォーマンスの関係をディープラーニングで学習し、設計変更のシミュレーションサイクルを短縮している。

F1チームの設計エンジニアが直面する問題は「探索空間の広さ」だ。フロントウイングの角度、ディフューザーの形状、ブレーキクーリングのダクト配置など、変更可能なパラメータの組み合わせは膨大で、人間の経験則だけで最適解に近づくのは限界がある。ディープラーニングモデルは過去の設計変更とそのパフォーマンスデータを学習し、「次に試すべき変更候補」を効率的に絞り込む役割を担う。

2026年レギュレーション変更とAI開発競争

2026年、F1は10年ぶりの大規模レギュレーション変更を迎える。エンジンはV6ターボハイブリッドの電気出力比率が大幅に増加し、アクティブエアロデバイスが解禁される。このルール変更は「AIによる開発競争の加速」を促す構造になっている。

理由は2つある。第一に、アクティブエアロデバイスはリアルタイム制御が必要で、その制御アルゴリズム設計にML(機械学習)が不可欠になる。第二に、新レギュレーションでは全チームが同一の出発点から設計を始めるため、CFDシミュレーションとAI活用の質がそのまま開発速度の差になる。資金力のあるトップチームだけでなく、中小チームもAIツールの民主化(オープンソースフレームワークやクラウドサービス)によって差を縮める可能性がある。


まとめ

F1におけるAI活用は「トレンド」ではなく「インフラ」になりつつある。毎秒3万件のセンサーデータを処理するリアルタイム解析、CFDシミュレーションを圧縮するサロゲートモデル、ピット戦略を最適化する強化学習——これらは今や、レースを戦う上での基礎設備だ。2026年のレギュレーション変更を前に、F1はドライバーの腕とAIアルゴリズムの両方が勝敗を決める新しい局面に入った。コックピットの外で行われているもう一つのレースから、目が離せない。

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参考文献

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