バス広告100年の歩み──日本の街を彩る広告の歴史
街を走るバス。その車体に描かれた広告は、地域の景観の一部であり、企業と人々をつなぐ大切なメディアでもあります。日本でバス広告が始まったのは1925年。以来、時代とともに進化し、街を彩る存在として定着してきました。ここでは、年代ごとにその歩みを振り返ります。
1920年代〜1930年代:誕生期
1925年、東京や大阪で乗合バスが普及し始めた頃、車体の側面に広告板が掲出されました。当時の広告は手描き文字とシンプルなイラストが中心で、商店名や商品名を大きく書き、街の人々の目を引きました。テレビやラジオがまだ普及していなかった時代、バス広告は「動く広告塔」であり、新聞やポスターと並ぶ広告手段の一つとして注目を集めました。
昭和5年(1930年)7月13日、市営バス浄心・名古屋駅前・内田橋間新設
— 名古屋市交通局 (@nagoya_kotsu100) July 13, 2022
同年4月に浄心車庫🚍が完成し、本格的営業が始まりました。時代の後押しもあり、当初から着実に成長していきました📈
市営交通100周年まで、あと19日#市営交通100年祭#名古屋市交通局 pic.twitter.com/3hMaxHNITU
広島を走ったシボレーバス①
— 広島市郷土資料館 (@hiroshimakyodo) July 19, 2024
バスの運転手さんと女性の車掌さんがにこやかに写る昭和10年頃の写真。詳しく解説しているこちらもご覧ください。https://t.co/JV1K9Xgxca pic.twitter.com/I7jUfbcmQU
🚌NBAといっても「日本バス協会」ですが、日バス協(@NBA_bus)では、9月20日(#バスの日)に迎える #日本のバス120年 を記念して、「バス停から見える風景」「バス停のある風景」をテーマに、写真の投稿を募集しています。
— 広島電鉄【公式】 (@HIRODENofficial) September 4, 2023
こちらの写真は1938年に当社と合併した「広島乗合自動車」のバスです。 https://t.co/Lg5jjhRTS6 pic.twitter.com/0OLKnpgBYy
1940年代〜1960年代:成長期
戦後の復興と高度経済成長により、路面電車に変わり、バスの数が増加するとともに広告も多様化しました。車内放送やポスター広告が登場し、地元企業や商店街の広告が街の風景に自然に溶け込む中、バス広告は生活者にとって身近な情報源となり、地域の経済や文化を映し出す鏡として認識されるようになりました。
昭和41年11月30日改正「千曲バス時刻表」のスーパーチェーン安楽屋の広告がありました。 pic.twitter.com/3xSqSqdCqo
— のりあいアーカイブス (@omnibus_archive) November 27, 2020
≪#三重会館の倉庫係≫
— 三重交通【公式】 (@miekotsu_bus) August 26, 2023
今から58年前…伊勢志摩地方では伊勢道路が開通❕
当時伊勢と志摩とを結ぶ路線バスは鳥羽経由でしたが、伊勢道路が両地域を直結したことによって大幅なスピードアップとなり、運行開始当初は飾りを付けた「花バス」でその開通を祝いました💮 pic.twitter.com/z9MrMw1tSA
本社の書類を整理していたところ、当社で活躍していた3軸バス(MR430型)の在りし日の写真が発掘されました。当時の運転席や客席の姿はとても貴重ですね。100名以上乗ることができたというこの車両、乗務員不足のこの時代なら重宝されるかも? pic.twitter.com/n7i2BB9plK
— 旭川電気軌道㈱ 【公式】 (@denkikidou) June 5, 2019
1970年代〜1980年代:発展期
この時期のバス広告は、カラフルなイラストや写真を用いたデザインが増え、視覚的に訴求する表現が多く見られるようになりました。
また、広告効果をさらに高めるために広告主が限られたスペースを最大限に活用し、多角的な訴求を行う戦略を意識し始めた時期で、広告手法の幅が徐々に広がっていきました。バスは地域住民の身近な移動手段であると同時に、日常的に目にする媒体として認知され、地域企業や商品の知名度向上に役立っていました。
いまのラッピングとは違いなんというか味があった昔のバスの広告 pic.twitter.com/OIJCRJCvOA
— 猟虎 (@bpKCHr7jETmBkYa) November 13, 2025
当時、千曲バスはものすごい経年車の巣窟と思って、カメラ抱えて悶絶していましたが、BU05Dでも20年選手。4R95はまだ18年。
— CURIOUS編集室 (@CURIOUS_49) April 18, 2020
現在の2002〜2004年車(すでにジェイバス)と同じなんですよねぇ。
時の進みは昔のほうが早かったと思う。
昭和63年、野沢・青木・下秋和の各車庫にて。#信州古バス見聞録 pic.twitter.com/acZrVbayEY
三菱路線車のベストセラー
— 国鉄バス太郎 (@kokutetsubus_T) October 16, 2025
縦置き6DB1エンジンは最後部席を一段と跳ね上げ非力ながら力強い重低音を響かせました
三菱名古屋工場製G4系ボデー
フェンダーアーチ裾部の広がりが特徴的です
エアサスのトルクロッドも窺えます
レベリングバルブの排出音が蘇ります
1981年8月山口県光営業所
1974年式MAR470 pic.twitter.com/EGWZyML0Pl
1990年代〜2000年代:革新期
当時の日本では、車体広告の全面ラッピングは規制の対象でしたが、規制が見直されたことで、車体全体を覆う大胆なデザインのラッピングバスが可能になったのです。その後、フルラッピング広告が次々と登場し、バス全体を広告キャンバスとして活用する企業が増えました。街を走る大型広告は一目で目立つ存在となり、商品パッケージやキャラクターを全面に打ち出したデザインはメディアでも取り上げられ、バス広告の注目度はさらに高まりました。
長野オリンピック協賛、コカ・コーラ全面ラッピングバス。当時はインパクト強かったですね。 pic.twitter.com/Cuazt28Oqk
— KAZ (@MS513RA) February 4, 2022
懐かしの【都営バスラッピングバス】
— くますけぽん (@kumasukepon) May 5, 2022
2000年に始まった都営バスのラッピングバス広告。初期の頃の主要ラッピング😄
(*なお、当時の画像なので画質は良くありません😅) pic.twitter.com/matm83Q9nu
2000年4月10日から東京都交通局は増収のため、都バスの車体全体を広告にしたラッピングバスの運行を始めました🚌💨
— Sony | So-net【公式】 (@Sonet_fukuonsei) April 10, 2024
そういえば一時、こんなかわいいラッピングバスも都内を走ってました🥰また乗りたいなぁ・・・ pic.twitter.com/V9bMfNJ2HY
2010年代〜現在:デジタル・地域連動期
近年、バス広告は宣伝の枠を超え、地域とのつながりを生む存在へと変わりつつあります。車内やバス停ではデジタル化が進み、広告だけでなく天気予報やニュースをはじめタイムリーな地域情報発信が可能になりました。
また、地域のバス会社と企業、自治体が連携して行う取り組みも増えており、バス広告は企業活動の情報発信手法であるだけでなく、地域に根ざしたコミュニケーションを生み出し、地域貢献の一端を担うメディアにもなっています。
こうした変化の積み重ねによって、通勤や通学の途中にふと目に留まる広告が、地域の情報や企業の取り組みを身近に感じさせ、さらには地域の暮らしと企業活動をつなぐ存在へと広がりを見せています。
【10月は #里親月間】
— 神奈川県庁子ども家庭課 (@kodomo_kanagawa) October 28, 2022
先日、#里親制度 PR看板を付けた #神奈中バス が走行中とお知らせしましたが、藤沢・綾瀬・茅ヶ崎・平塚・厚木営業所エリアでは、11月中旬まで車内デジタルサイネージでPR動画も放映中!
対象エリアで神奈中バスに乗られる方は、ぜひ前方モニターにご注目ください♪ pic.twitter.com/HyugS4x36q
「ヤマノススメ Next Summit」ラッピングバス運行開始!
— 国際興業バス(公式) (@kokusaibus) March 11, 2024
「国際興業バスまつり」と「商店市×元気市」でのお披露目を経て、3月11日よりいよいよ運行を開始しました。くわしくはこちらhttps://t.co/pUFlX54VeI
「見て楽しい、乗って楽しい」バスとなっております♪ pic.twitter.com/CdHQM6sbSI
9/29(月)より沿線の魅力を詰め込んだラッピングバスの運行を開始しました🚌💨
— 大阪シティバス株式会社【公式】 (@citybus_osaka) October 1, 2025
62号系統沿線の大阪市内の主要観光スポットをあしらったデザインになっています😀✨
皆さまのご利用をお待ちしております😊#大阪シティバス pic.twitter.com/QWg9lMyc2p
1925年の誕生以来、日本のバス広告は街の中で情報を運ぶ存在として、人々の生活と企業の想いをつなぎ続けてきました。今日も街を走るバスは、静かに、しかし確かにメッセージを届け、地域と社会を支える架け橋となっています。

