【にゃにゃ】
2年半くらい前のこと。涼しくなった風を入れながら、リビングで、バルコニーを隣にソファーの上で何か作業をしていたんだと思う。
視界の下方の隅の方で何か動いた気がした。もう暗くなっていたので、少し怖くなった。
というのも、ここへ引っ越してきたのはその数ヶ月前で、その前のアパートは安全面での問題があってわたしの部屋に不法侵入があった。
そのせいか、多少のトラウマのようなものが残っていたんだと思う。でもその心配はあっという間に晴れた。そこにいたのは小さめのたぬきかハクビシンのような動物だった。その動物は明確な意思を持ってバルコニーのスライド式の窓の隙間から小さな声をあげてわたしを見ていた。
「にゃあ」
猫だ。それは突然で、noteで知り合った方々の影響で猫を大好きになっていったわたしの前に現れた。これがにゃにゃとの出会いの日。最初の猫。今でも思い出す、とてもとても大事な日。
季節は常に移りゆく。日本には四季があるけれど、四つの大きな季節の間にもたくさんの季節がある。強い風が吹いて、花が咲いて、大粒の雨が降ったりする。落ち葉が増える。小さく細やかな雨がそれを濡らす。
そんな季節の間をすり抜ける、春の訪れとも秋の始まりとも感じられる風。それはいつでも、わたしをどこかの時間のすっぽりと抜け落ちた部分に置き去りにする。
そんな場所で、ひどく真っ暗な穴ぼこの中で、世界から取り残されたような気持ちになる。
何度か死にかけたことがあって、それでもなんだかんだ今も元気に生きている。一言で言い表すのならば、変に運が良かった気はしてる。
大病をしたのだから運は悪かったとも言えるけれど、今こうして働いたり文章を書いたり猫と遊んだりして生きているのだから、結局のところ運が良かったのだろう。
それから毎日にゃにゃはわたしの部屋を訪れた。最初は首輪をしていなかったので、きっと野良の猫なんだろうと思って部屋には入れなかった。
「にゃあ」
立って窓にへばりつき、窓を開けて中に入れろと催促してくる。ひょっとしたら迷い猫かもしれないと思い、調べてみるも一致するような情報はなく、仕方なくわたしはバルコニーへ出た。
脚にすりすりするにゃにゃ。出会ったばかりなのに不思議なもので、わたしはこの愛くるしい子猫をたちまち好きになっていった。
ずっと昔に亀を助けたことがある。池から随分と離れたところで干からびかけていたのを見つけて、なんとか息をしていた亀を池に連れて行ってゆっくりと水を馴染ませた。
亀は次第に小さく動くようになり、水の中へ帰って行った。
なんとなくいいことがあるんじゃないかって邪な考えを抱いたことは確か。浦島太郎的なものが起こるとは思えないけれど、亀を池へ連れて行くことができたわたしは、亀を見て見ぬふりするわたしよりも多少はいい方向へ人生を動かせるはず。自己満足はわたしを強くする。亀もハッピーでラッキーだったはず。
小さなことだけれど、そんな気がした、ずっとずっと前の話。
数日した頃に、にゃにゃは首輪と名前の書かれた小さなプレートを身につけて現れた。
チリンチリン。にゃにゃが近づいてくるとそんな音がして、わたしはいつも嬉しい気持ちになるんだ。あなたの小さな体に、力に満ちている。それだけでわたしはいつも強くなれる気がするんだ。
うちにきてお水をたくさん飲むにゃにゃ。
まだ若いので、好奇心に満ちていて、時々脱走をするにゃにゃ。そんな時は飼い主さんから連絡が来て一緒に探しに出かける。
知らない間に押し入れで寝てるにゃにゃ。
わたしの布団をふみふみするにゃにゃ。
わたしが寝込んでいる時は一日に何度も様子を見に来てくれるにゃにゃ。
たくさん遊んで、仲良しのにゃにゃ。家庭の事情で引っ越すことになったみたい。
もう少しの間は会えるけど、あの時会ったのが最後だったんだなって、にゃにゃが引っ越した後に思うのでしょう。
わたしの強運が少しでもにゃにゃに届きますように。亀の力もにゃにゃに。どうかご家族もにゃにゃも、末長く元気に楽しくいられますように。ありがとう。ほんとうにありがとう。長生きしてね。
にゃにゃが入ってこれる分だけ開けてあるバルコニーの窓から、春とも秋ともとれない風が入ってくる。
また新しい季節がやってくる。花がたくさん咲いて、太陽が輝いて。いつまでも、いつまでも。あなたの幸せを照らすように輝いて。
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