見出し画像

鞄を枕にしてコンクリートに横たわっていた少女 第3話

数日後、通学途中に異様な光景を目にした。いつもはスマホでニュースをチェックしている時間だったけど、充電し忘れてバッテリーが少なくなっていたから、バスの中からぼんやりと外を見ていた。あるバス停に近づいたとき、バスを待つ列の中に、鞄を枕にしてコンクリートに横たわっている少女が見えた。急病だろうか。それにしては、横に母親らしき人が付いているが、うろたえているようには見えない。周りの人たちも、慌てている感じではなかった。
 
バスが停まると、その少女は杖を使って立ち上ってバスに乗ってきた。立っているのがつらそうだが、みんなスマホに夢中で気づかない。しばらくすると耐えきれず、彼女は床に座り込んでしまった。それを見て、ようやく席を譲ろうとする人が声をかけたが、次で降りるからと断った。次のバス停は「北千坂高校前」。この春から、葉月が通っている学校だった。最近、葉月とは生活時間がズレていて、ちゃんと制服姿を見たことがなかったから、同じ学校だと気づかなかったんだ。僕は、なぜそうしたか自分でもわからないけど、彼女を追ってバスを降りていた。
 
母親に支えられながらバスを降り、彼女は体を引きずるようにして学校に入っていく。彼女はなぜ、あんなところに横たわっていたのだろうか。僕は、彼女の顔をどこかで見たことがあるような気がしたけど、どこだったか思い出せなかった。近くの公園に行き、ベンチに座って思い出そうとしたけれど思い出せない。ただ、コンクリートに横たわっていた少女の姿は、僕に何かを伝えようとしているかのように脳裏に焼き付き、消そうとしても消すことができなかった。
 
思わぬところで寄り道をしてしまったので、もう1限目には間に合わない時間だ。2限目が休講だったから、僕はそのまま家に帰ることにした。
 
「お兄ちゃん……」
 
家に帰ると、トイレの前で葉月が倒れていた。
 
「葉月!」
「あ、頭が割れ、る。気持ち、悪い。力が抜けて、動けない」
「しっかりしろ!」
 
何が起きたかわからない。でも妹は今にも死にそうな顔をしていたので、救急車を呼んだ。運ばれた病院で検査をしたけれど、異常は見つからなかった。異常が見つからないので何もしようがないと言われて、鎮痛剤を処方されただけで帰された。
 
「まだ痛むのか?」
「うん。少し、マシになったけど」
「どうしたんだろうな、急に」
「実は昨日……、HPVワクチンを打ったの。最近お兄ちゃん、帰りが遅かったから話してなかったけど」
「2回目、打ったんだ」
「そう。それで昨日から頭が痛かったけど、今朝学校に行こうと思ったら、急に強烈な痛みが来て……」
「なんでそれ、病院で言わなかったんだよ」
「だって、言ったらちゃんと診てもらえなくなるから」
「えっ?」
「ワクチン接種後に具合が悪くなった人から聞いたの。ワクチンを接種したって言ったら、診察してもらえなかったって」
「そんなことあるわけないだろ」
「あるんだよ」
「誰に聞いたんだ?」
「渋谷先輩から聞いたっていう友達。うちの高校にいるの、積極的勧奨が再開されてから被害にあって、裁判の原告さんたちと一緒に活動している先輩」
「裁判……」
 
思い出した。台場柊一と初めて会ったあの日、台場が駅で裁判に関するビラ配りをしている動画を友達が見せてくれた。そこに、コンクリートに横たわっていたあの少女も映っていたんだ。そのときは車椅子に乗っていたけど、確かにあの女子高生だった。

「私のこの痛みも、ワクチンと関係あるんじゃないかな?」
 
つづく


この記事が参加している募集