見出し画像

鞄を枕にしてコンクリートに横たわっていた少女 第5話

「睦月くん、まずは協力医療機関に行ってみましょう」
「協力医療機関?」

何をどうすればいいかわからない僕たちに、弥生さんは「協力医療機関」での受診を勧めた。

「HPVワクチンの接種後に生じた症状について、適切な診療を提供するために国が選定した病院よ。ただ、あまり期待しない方がいいと思う」
「なんで?」
「行けばわかるわ」
 
接種した病院に事情を話して、「協力医療機関」に選定されている大学病院に紹介状を書いてもらった。あまりいい反応はしなかったけれど、弥生さんが粘ってくれた。変わり者だと思っていたけれど、ワクチンのことをいろいろ調べているから頼りになる。葉月のために一生懸命交渉してくれて、本当にありがたかった。僕だけだったら、冷静な判断ができなかっただろう。紹介された病院でも、もし僕だけだったら、医師に怒りをぶつけていたかもしれない。
 
「ワクチンとは関係ないですね。難関高校に進学したストレスが原因でしょう。優秀な生徒ばかりだから、プレッシャーもあるんじゃないですか?」
 
大学病院で担当した医師は、症状はすべて学校生活のストレスが原因であると決めつけたのだ。そして、精神科の受診を勧めるだけで、何も調べようとはしなかった。弥生さんが言っていたのは、このことだったのか。HPVワクチンの接種後に生じた症状について適切な診療を提供するために選定された医療機関なのに、「ワクチンとは関係ない」という説明の一点張りなんて……。
 
突然、僕の頭の中で、ある声が聞こえた。
 
「でもあれらの症状は、接種してない人たちにも発症していて、ワクチンとは関係ない心因性なんだよ」
 
それは、僕自身の声だった。あの日、台場に言った自分の言葉が、僕の頭の中で再生されていた。僕は、台場に言われたことを思い出す。
 
「だから、名古屋市の調査を自由記載欄まで全部見たのかって聞いたんだよ。俺とその話をするなら、ちゃんと読んでから来いよ」
 
ノートパソコンを開いて、名古屋市のサイトを見た。2015年に名古屋市が行った「子宮頸がん予防接種調査」は今も公開されている。郵送で調査票を送って、24の症状について「いつもある」「ときどきある」「ほとんどない」「ない」から当てはまるものを選んで回答する形で行われた。それらについて補足したいことがあれば、自由記載欄に記入できるようになっている。

僕は、台場に言われた自由記載欄に目を通した。「自由記載 質問2」には 身体の症状など、「自由記載 質問3」は学校生活や就職などに影響があったことについて書かれている。「自由記載 質問6 その他、ご意見等」には、接種・未接種に関わらず、多くの保護者や本人によって書かれた不安や疑問、悲痛な「声」が残されていた。「子宮頚がんワクチン接種あり」と答えた人の意見の中には、僕たちと同じような扱いを受けた人たちの声もある。

265 子宮頸がんワクチン2回目接種時に1回目の時の痛みと手先のしびれがあった事を医師にも伝えましたが「こんなものだよ」と言われ3回まで打ちました。今後この様な事があっては絶対にダメだと思います。ありとあらゆる検査をしましたが数値に特別な異常が出ず体は健康と言われてしまいます。しかし、神経は生きてると言われますが半身まひは治りません。この年齢で毎回導尿をし生理も止まり、どーか助けて下さい!!1秒でも早く治療法を見つける力を貸して下さい。毎回地獄なんです。夢は変える事になってしまったけど日々がんばってます。まだ諦めたくないです。皆と同じ生活を早くしたいです。よろしくお願いします。
 
362 接種の翌日から体調をくずし、主治医や他院を何件もまわり、症状を訴えたが、学校に行けないくらい体調が悪く、食事もほとんどとれない日が4ヶ月以上続いたにもかかわらず、検査をしても明確な異常が見当たらず「このワクチンでそのような副反応は報告されていない」と言われるばかり。でも絶対ワクチンの副反応だと確信しています。今でも疲れがたまったりするとこの時と同じような症状が現れます。TVやネットでみる重症の人のようになるのではと、ドキドキします。
 
958 原因不明の症状が次々と出て、病院(市内)では、心因性・思春期特有のストレスと言われ、失神して1時間意識が戻らず、救急車を呼んでも、医師には「この子は心因性だから救急車で来てもやる事がない」と言われ、それ以降、市内の病院では、なかなか親身になって診ていただけない。県外の病院に片道1~3時間かけて通う日々が続いています。交通費だけでもかなりの金額ですし、通院するために親も仕事を休まなければならず、金銭面でもとても負担が大きくなっています。安心してかかれる病院や治療体制を1日も早く整えてください。
 
1185 ワクチンのせいか?と医師にきいても、たぶんちがう、ストレスじゃないか、とか言われた。本人は高校生活も楽しく、何度も海外留学をしたりして、勉強も成果が出て、目標の大学にも合格圏内で、夢もあり、ストレスの自覚は全く無いと言っていた。受験前に鉛筆が持てないほど握力が低下し、手がふるえるようになった。いつもではないが、不定期に突然ふるえが来る。その都度急救で点滴をするが、原因不明と言われ、様々な検査のため会社を休むことになる。いつも、たぶんワクチンではないと言われる。
 
1504 子宮頸ガンのワクチン後、色々な症状が出だして、時間がたってからだったり、それほどひどいものではなかったけど本人が痛がったり、おかしいと思える事もあったので、病院に相談をしたけど、「原因不明」で、漢方を出されたけど治らずで、とても不満でした。症状があると眼科、内科、整形など相談しても不明で改善されず。視力もメガネが必要になり、視力低下が進み、眼科ではアリス症候群(まぶしい人が小さくみえるなど)で治ると言われて数年。整形も数回痛みで自転車が乗れないと言っても原因不明。接種した産婦人科では「副反応はない」との対応。軽度な人でも、きちんと相談できるよう対応してほしい。どこに相談して良いかわからない。

名古屋市公式サイトより

これは2015年に行われた調査だけど、10年経っても状況は変わっていない。ここに書かれた「声」は、届かなかったということだ。

郵送アンケートによる回答では、症状については記憶があいまいな部分もあっただろう。これらの声をきっかけに、本格的な追跡調査などを始めるべきだったのではないだろうか。それをせずに、数字だけで処理されたのだ。そしてその結果を、僕は信じていた。
 
僕は今まで、何を見ていたのだろうか。子宮頸がんを予防できるなら、絶対にワクチンを接種した方がいいと思っていた。ワクチンについて知らない人がいるなら、知ってもらうための努力をするべきだと、それが母親を子宮頸がんで亡くした僕が進むべき正しい道だと思っていた。ワクチンの安全性に疑問を呈する人たちに「反ワク」というレッテルを貼り、僕の正義から外れる考えには目を向けようとしなかった。
 
でも今、僕の正義はガラガラと音を立てて崩れていった。そして、接種後に出た症状なのに、「ワクチンとは関係ない」と言われて診察してもらえない人が10年以上前からいて、今も同じような扱いを受けている人がいることを、身をもって知った。僕が見た、鞄を枕にしてコンクリートに横たわっていた少女が、診察してもらえなかった人の1人であることも今まで知らなかった。彼女は苦しみながらも闘っているのに、多くの人は無関心だ。正しさの裏側でこんなにも異常なことが起きているのに、正しいという思いこみによって僕はその異常さに気づくことができなかった。
 
正しいことの裏側で苦しむ人がいるなら、それは正しいといえるのだろうか。
 
つづく
 


この記事が参加している募集