見たいものしか見たくない時代の文芸コラム(第十三回)
6月 世代感覚・新旧中上特集・クィアなパフォーマンスとしてのエッセイ・女性用風俗
まる一年分の十二回をやり遂げた後、やめるか続けるか迷ったが、なんとなくやることにした。仕事のあいまに時評をやると、他の書きたいものが一向に書けなくなるのが悩ましいところではあるし、完走できるかは分からないが、二巡目の風景を見てみたいと思った。時評はいくら力量があっても十分ではない。同じ時期の様々な文学的営み、作品との出会いが質を左右するところが面白い。
今月は、『角川短歌』の世代特集に注目→『ユリイカ』の中上健次特集を約二十年前の同作家特集と比較検討→物語批判から、聞き書き・二人称回想小説に及び→柄谷行人の「文学と批評は終わった」発言から「最後の文芸批評家」大杉重男の「文学」評価に言及→吉本ばななの話題のエッセイとともに『随風』3号を紹介→令和のエッセイブームを牽引する宮崎智之と柿内正午によるエッセイの定義から、藤谷千明『人恋しくて女性用風俗に行ったあとで考えたお金とケアと欲望のこと』に繋げるものである。
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