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見たいものしか見たくない時代の文芸コラム(第七回)

12月 短歌俳句川柳VS現代詩・エッセイ批評・批評とは何か?

 まずは謝罪から。私は、絓秀実氏と丹生谷貴志氏の最近刊行されたコレクションについて、若い世代に解説を書いてもらうことに対して批判をした。若い世代としたが、世代は重要な要素ではなく、闘う批評家なのに解説を書いてもらって流通しやすくするのはいかがなものかという批判である。詳細は、Twitter(現X)の中沢忠之アカウントを検索し、11月30日のタイムラインを通覧していただきたい。
 最初の私の批判に対して、当のコレクションに解説を寄せている石川義正氏から批判をもらった。それを受けて私はなぜ批判をしたのかその説明をくどいほどポストしたが、いま思えば言い訳にすぎない。
 今回の時評を書きながら、自分も同じではないかと思うようになった。編集として、書き手の言葉をより多くの人に届けるためのできる限りの努力をしてきたし、書き手としても、自分の言葉を届けるための配慮を当然しているではないかと。他人にするなと要求しておいて、自分は同じことをのうのうとやってのけているということほど恥ずかしいこともない。
 絓秀実氏と丹生谷貴志氏(お二人はなんのことか知っていないかもしれないが)、ならびに解説等を書かれた方や出版社などコレクション制作に携わった関係者の皆様(巻き添え事故をくらったようなものでしょう)に深くお詫び申し上げます。また諭してくださった石川氏に感謝いたします。
(※石川氏からお名前の誤記の指摘を受け、修正しました。「正義」→「義正」。12月7日付)

 境港観光協会が主催する「妖怪川柳コンテスト」が第20回となる今回で終了することがSNSで話題になった。注目が集まったのは終了の理由である。「AI(人工知能)の発達により、妖怪川柳を簡単に作れるようになり、人間が考えたものと見分けることが困難になったため」とのこと。

 ピーク時(2014年の8335句)に比べて落ち込み傾向(前回2546句)にある応募数も少なからず影響していると思われるが、昨今のAI脅威論も引き金にはなったのだろう。そもそも表現ジャンルの中でも短詩形は、「第二芸術」論(桑原武夫)以来、表現主体に対する疑義が向けられてきた。技術や教養、作家性がなくたって誰にでもそこそこ書けてしまうのではないかと。
 その一方で、短歌の本歌取り(他者の過去作引用)に見られるように、表現主体を抹消するような側面が短詩形にはそなわっているともいえる。というか韻律の定型自体が歴史的な縛りにほかならない。表現主体を自由にさせない縛り。だとすれば、もう一段階進んで、AIに句作をゆだねたとしても、ランダムにコード(プロンプト)を入力し、いくつか作らせた中でこの一句﹅﹅﹅﹅を選別する行為が確保されていれば万事問題ない(作品として認める)という考え方も成り立つはずだ。
 『短歌研究』(11・12月)「展望座談会2025」(吉川宏志×島田修三×小島ゆかり×石川美南×郡司和斗)では、表現主体の「私」が昨今崩壊しつつあるのではないかという議論が繰り広げられた。そこで議論の軸になったのは平尾勇貴の評論「引用と編集の詩学――ディレクターがあらわれるとき」である。『短歌研究』が主催する第一回「短歌研究評論賞」の受賞作である(『短歌研究』9・10月号掲載)平尾の論は、穂村弘や瀬戸夏子の短歌連作を例にあげて、「私」の体験や内面を表現したり、技巧的に言葉を並べたりする主体ではなく、他人の作や自作を引用し編集する主体――「ディレクター」と呼ばれる――が短歌の世界に現われているという。

 以前(第三回)紹介した山本浩貴(いぬのせなか座)の詩人論――「詩人は「語と語の配列を吟味する存在」から「"配列の背後で働くルール"を探り・編む設計者」へと変化する」――とも共鳴する発想だろう。「ディレクター」にせよ「設計者」にせよ、メディアや工学のイメージによって表現主体の「私」を相対化する――相対化された現状を可視化する――試みだといえる。こうなると、句作や作歌をAIに外注するのも不自然ではない。いっそのこと、AIによる作も積極的に募った方が盛り上がるのではないか。
 ところで、上記「展望座談会2025」は文字通り今年の短歌界の書誌や出来事全般――昨今の短歌ブーム・「座」としての文学フリマ・BR賞など短歌関連賞・「私」の崩壊と編集作業・短歌甲子園…――を見渡す試みで、しかも20代から70代までひと世代ごとに参加者が組まれており、とても充実したものになっている。「いかに低年齢層に短歌をひろめていくか」のくだりを読むと、どの文学ジャンルにもいえることではあるが、学校教育からふれる機会が少なくなる中で、いかにアテンションを高めるかが強く意識されていると感じた。
 最近の文学界隈では、制度が問われるとすれば、書店のあり方や出版・流通がもっぱらである。それは商業や営業というアテンションに関わる側面だからだろう。当然重要なことである。その一方で、制度のあらゆる側面が営業や商業主義に溶け込んでいるのも現在である。文体や語り口が分かりやすいものがよいとされ、入門書や新書が流行り、作家だけが感謝する褒め書評が量産され、創作より評論(文芸批評ではない)重視の文芸誌やルッキズム批判を軽やかに無視した文芸誌『GOAT meets』が登場し、寄稿者は固定され(面倒そうな作家・批評家は採用されない)、制度内にはそんな状況をおかしいと呟く者が一切存在せず、文学賞はリクルートではなく販促のための賞レースとして消費される(受賞作がなければ袋叩きにされる)。『本の雑誌』の今月号の特集は「オモロイ純文運動!」松永K三蔵プロデュース)で、読者の感興など度外視してよいとされる純文学の中でもアテンションアゲアゲな作品を紹介するという内容だった。
 思えばゼロ年代の最初くらいまでは、文学賞および文芸誌制度をはじめ、時評や文学史の記述、全集のあり方などが商業度外視で批判的に検討された。だいたいの主張は、制度の経年劣化を指摘して文学(聖人視される作家)を批判すればよいというどれも似たようなものが目立ったわけだが。そこに東浩紀が「営業」が重要だという視点を導入したが(「共同討議:いま批評の場所はどこにあるのか」『批評空間Ⅱ‐21』1999・6)、いまやすべてが営業になってしまったように感じる。むろんどれも必要性があることは理解するし、私もそれらの恩恵を受けているので、外から批判して悦に入るつもりなどないが、批判的な精神はもっていたいし、冷や水を浴びせる、冷笑だの老害だのと批判されようと、いちいち皮肉や小言を披露していきたい。それが先人から受け継いだ文芸批評魂だと信じているが、冒頭の謝罪にもある通りそんな偉そうなことをいえる資格などありはしないとも感じる。
 なので私のいったことが変だとか間違っているとか感じたなら、じゃんじゃん批判をしてください。たとえば、おそらくこんな風に制度を勇ましく(マッチョに)批判すれば、メジャーな媒体からマイノリティの立場を発信する必要がある作家たちは嫌悪感を示すはずである。前回紹介した市川沙央による批判でそのことに気が付いたのだった。
 話題を修正。短詩形つながりで、今月の『すばる』(12月)に掲載されたシンポジウム「詩歌の未来を語る―越境の時代に―」(井戸川射子×小佐野彈×堀田季何×暮田真名×神野紗希)も紹介しておこう。専門ジャンルを割り振れば、井戸川=詩、小佐野=短歌、堀田=俳句兼短歌、暮田=川柳、そして司会の神野=俳句となる。一読印象に残ったのは、詩歌ジャンルの中では詩人の井戸川だけが、自分のジャンルについて「わからない」を連発し、韻律の定型に縛りを感じているらしい点である。「定型のリズムからも自由になりたいのかもしれません」(164ページ)。その一方で、短歌・俳句・川柳勢は韻律に対してネガティブな要素がなく、それで世界とつながれるくらいの感覚で比較的自信をもって自分のジャンルを語っていた。
 短歌や俳句が堅調であるという話題――とくに俳句は世界二百弱の言語で独自に発展しているそうだ――がシンポジウムでも聞かれたが、現代詩がその難解さゆえに困難な状況にあるという話は以前から聞く。ただ最近は、ひところ好調だった小説ジャンルも急速にネガティブな話が多くなった。短歌や俳句に比して現代詩と小説ジャンル(ひとまず純文学に範囲を狭めるが)に共通するところは、非定型である点だろう。誰もが共有する形式が存在しない。ゆえに自由な創造と共感が可能となる。とすると、AIに近いジャンルに活気があり、人間らしいジャンルに元気がないということだろうか?
 いまはそう簡単に答えを出さないでおこう。私は、どのジャンルもたいして理解しているわけではないが、この一年ほど文学ジャンルの詩誌・文芸誌を広範囲に観察してきた。時評を担当するために必要だったし、「このロンブンがすごい 2024」の瀬戸夏子の記事によって短歌総合誌の存在を衝撃をもって知ったからだ。他にも詩誌はもちろんのこと、俳句の総合誌や演劇雑誌をたまにパラパラしてみる。
 ジャンルを先導するのはいやがおうにも専門誌の役割だが、小説以外のジャンルを手に取ると普通のことを地道にこなしているのが分かる(内部の細かい政治は知らないが)。とくに短歌と俳句の総合誌を開くと、賞を程よく按配し、新人や在野を育て(新陳代謝への配慮)、自ジャンルの批評や書評を充実させている。短歌は書評のためのBR賞など面白い試みにもチャレンジしている。純文学の文芸誌はこの十年、おそらく、真逆なことをやってきた。批評の新人賞を切り捨て、誌面を埋めるために外部から旬な言論人を招聘、作家以外に明け渡し、毎号やりくりしている。海外に翻訳されたことと文学賞の受賞だけが突発的に話題にあがる。
 どちらがよいかは一概にいえない。前者の方が内向きであり、後者が外に開かれているということもできる。ただし、最近の傾向は前者の方がジャンルがうまく回っているように感じなくもない。たとえば純文学だと『小説TRIPPER』――アテンションに寄りすぎているが『GOAT』を含めてもよい――が短歌や俳句の総合誌に近い構成で存在感を示しているのもその印象を強くさせるだろう。だからこう問うてみたい。この十年ほどは、マイノリティの主題が純文学にハマって倫理的な箔が付き(「政治と文学」の疑似的再来!)、共感読者が増えた一過的なボーナストラックにすぎず、最近ようやく地が露出してきたのではないか? とはいえ、これが事実だとしても、教育などでの接触機会や読者数は、他の文学ジャンルと比べると贅沢なほど多いこと、それは依然として変わりないだろう。

 エッセイに特化した文芸誌『随風』2号(10月、書肆imasu)が刊行された。SNSと文学フリマだけを人気の指針にするのは慎重になるべきだが(講談社エッセイ賞は2018年で終了している)、ここ数年注目度の高い文学ジャンルであろう。
 随筆という言い方を含めエッセイがブームになった時期は過去に複数ある(酒井順子『日本エッセイ小史』参照)。小林秀雄の時代に発明された「批評」もエッセイであるという見方も可能だろう(『井口時男批評集成』「小林秀雄と佐藤春夫 エッセイと昭和批評」)。最近のエッセイ・ブレークにおいて特異なのは、なにより批評を伴っている点である。エッセイ批評。宮崎智之柿内正午が牽引しているようである。彼らは『随風』の創刊号(2025・3)から参加している。エッセイ批評が私の視野に入ったのは、2023年の9月『文學界』の特集「エッセイが読みたい」が最初で、最近だと2025年1月『すばる』に宮崎が発表した「エッセイを批評する」がある。
 もちろん、個々のエッセイの積み重ねがあってこそのブレークだと思う。しかし、宮崎らがたびたびSNSで発信している通り、エッセイ批評の状況整理や理論化の影響も無視できないだろう。ただ、どれも面白く読んでいることを前提に、読者として不満に思うことが若干ある。そこで語られるエッセイの可能性――端的に「よいエッセイ」の条件――が抽象的に感じることがあるのである。言い換えれば、それはべつにエッセイでなくてもよいのではないか? 小説や詩を代入してもかまわないのではないか? そう感じることがあるのだ。たとえば『随風』2号の「宮崎智之による宮崎智之」では、「私」の自己言及による多数性と唯一性が語られる。柿内の「随筆時評」は、SNSなどリアルタイムの「口語表現」が支配的な言語環境下にあえて「文語表現」を差し込む批評的実践を導き出している。それらはエッセイの魅力というよりも、表現すること、書くこと全般の現代的な問題ではないだろうか。
 全部が全部ではないが、そう感じることがある。おそらくエッセイへの批判にナイーブになっているときである。エッセイは、①書き手の「私」が表現を占有しがち、②音声(口語)中心主義の最たるジャンルではないか、③共感的読書しかできない、そういった批判に対して過度に反応するときに、エッセイの固有の問題から離れていくように感じる。そうだ、エッセイがブレークしている時代の裏面に、小説や現代詩の衰弱があるのではないかという指摘をしてみたい誘惑に私もかられるが、それはしないでおこう。それもエッセイ批判の典型にすぎないかもしれない。
 振り返れば、エッセイ批評がはじまったころ、すでに固有の定義が試みられていた。柿内は「エッセイという演技」といい、宮崎は「エッセイという「文」の「芸」」といっていたのである(上記『文學界』)。文学史的には、「私小説演技説」を想起させるだろう。1950年前後、中村光夫と伊藤整、それに平野謙が「演技」という観点から私小説の限界にこぞって言及している。限界というのは、大正時代に一般化した私小説が、昭和戦後に薬漬けや自死にまでいたった無頼派においてひとつの限界点をむかえたという考え方による(私小説の「調和型」から「破滅型」へ)。このあたりの議論は注目してよいかもしれない。もちろん私小説がエッセイに近いゆえである(平野の「私小説の二律背反」は私小説の文脈に「文壇交遊録」や「心境小説の随筆的傾向」をくわえている)。また、「演技」の登場を、ジャーナリズムの市場原理による「観客」の内面化を条件(自然・神に向けた告白から観客に対する演技へ)としている点、リアルタイムの「口語表現」が支配的な言語環境でのエッセイを考える柿内の見取り図に近い。
 ただし、昭和の私小説演技説の彼らは、「演技」には、やはり﹅﹅﹅批判的である。「芸術」と「実生活」の対比でいけば、「演技」は「芸術」がコントロールできない「実生活」の成れの果て――太宰治ら無頼派の「破滅型」が代表――とされたのだ。しかし、令和のエッセイ演技説では、「演技(芸)」を「実生活(口語表現)」をコントロールする「芸術(文語表現)」の側に置き、肯定するようである。この反転(「調和型」への単なる回帰ではない)をどう解釈すればよいだろう?
 とはいえ、これはエッセイを「演技」としてみた場合の一考察にすぎない。たとえばエッセイを体験型と省察型に分けてみよう。エッセイといえば日記や身辺雑記の体験型をイメージしがちだが、広義には、批評や哲学の一部や読書感想なども含むだろう。演技モデルと相性がよいのは前者であり、省察型の後者は演技モデルではうまくすくえない。むしろ、短歌や現代詩の現代的なモデルとして編み出された「ディレクター」や「設計者」に近いとはいえないか。エッセイの手法として「サンプリング」があることを宮崎は指摘している(「エッセイを批評する」)。
 平尾の「ディレクター」にせよ、山本の「設計者」にせよ、近代以降の創作主体・表現主体を乗り越えるイメージとして提示されていたことに注意したい。「演技」もおそらくそうだ。反転ではまだ足りないくらいの、潜在的な可能性を秘めているのではないか。たとえば中村光夫だが、前述した通り私小説の演技には否定的である。ただし微妙なところがある。田中英光を例にあげ、彼の演技的なパフォーマンスの断片は、観客を感染的に魅了し、その衝動から彼について何かを書かせてしまうというのだ。「彼等はもはや小説ではなく、ただ小説の材料を自分の行動に関して綴つてゐるだけなので、現代の私小説はすべて作者を材料にした「記録文学」にすぎないと云へませう。/したがつてこの「記録」を「文学」にまで高めようとする衝動がかへつて他人の裡に目覚めるのは当然のこと」(「モデル小説」)なのだと。「芸術」がコントロールできない演技的なパフォーマンスの不完全性に、中村は得体の知れないエネルギーを触知している。田中自身、太宰に感染した作家だった。その太宰のセルフボケツッコミも、演技者ー観客の二重体による空回りにほかならない。
 荒木優太がその不完全ゆえに批判した綿矢りさ『激しく煌めく短い命』(2025・8)は、日記――とくに前半の学生時代は作家本人の記録のように読める――の断片をぐだぐだ積み重ねたような長編だが、『夢を与える』(2007・2)や『生のみ生のままで』(2019・6)で構成力の高い長編を書きえた作家が当該作を書いてしまった理由を、この演技的なパフォーマンスに見出したい思いがある。綿矢は太宰好きを公言している。では、これらパフォーマンスの感染的リレーになんの意味があるのかというと、なんの意味もない。
 ちなみに、私小説の限界に「演技」を見出した私小説演技説の可能性を、坂口周が引き出している(『「世界」文学論序説』2025・1)。福嶋亮大の『厄介な遺産――日本近代文学と演劇的想像力』(2016・8)にも同じ問題意識があるだろう。
 やや脱線してしまったが、あまりよそからの批判を意識しすぎず(といいながらちゃっかり批判をしているわけだが)、これからもエッセイの魅力を発信し、可能性を広げられることを期待しております。この時評に対する批判もたくさんあるんだろうなあと思いながら。

 「批評とは何かというようなメタの議論をしている暇があったら一作でも多く、一字でも多く、特に新人作家の実作批評をしてあげてほしい」。市川沙央のこの発言(「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」11月26日)は、SNSで軽く炎上した。確かに批評をやっていれば少しカチンとくるかもしれない。
 市川は根っからのパフォーマンサーなんだと思う。意図しているのか、天然なのか不明だが、議論喚起する発言が多い。市川沙央か百田尚樹かくらいのものだろう。
 とにかく批評のメタ議論禁止令が出るのは、観客からみて、いまは批評とは何かなんてつまらないということなのだろう。お腹いっぱい。確かにそうかもしれない。であればいまこそ、小説とは何か、純文学とは何か、どうあるべきかを議論しませんか?

 さて、最後にいよいよ今月のハイライト、谷川俊太郎追悼特集の出番だが、時間が来てしまった。皆さんごきげんよう!

▶中沢忠之。1972年生。凡庸の会。文学+WEB版編集人。


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