『光と影を織り直す人びと』
19世紀の文学を開くと、運命の色彩は驚くほど残酷に描き分けられている。『レ・ミゼラブル』のファンティーヌとコゼット。一人は誰の助けも得られぬまま凡庸な受難の中で散り、一人は祝福された無垢な記号として差し伸べられた手々に救い出される。彼女たちの幸福と不幸を分けたのは、個人の尊厳でも努力でもなく、「どのような男に見出されたか」というたったひとつの偶然に過ぎなかった。
女性の人生が、他者の選択という博打に完全に100%依拠していた時代。もしその不条理に誰も異を唱えなかったなら、私たちは今も「愛される側の客体」という檻の中で息を潜めていたはずだ。
けれど、歴史の闇に向かって声を上げた女たちがいた。
18世紀末のイギリスで「女性に理性を」と苛烈に叫んだメアリー・ウルストンクラフト。1949年、パリで「女に生まれるのではない、女になるのだ」と言い放ち、世界の思想を揺るがしたシモーヌ・ド・ボーヴォワール。あるいは、日本の地で「元始、女性は太陽であった」と宣言した平塚らちょう。
今、私たちが知る名前はごく一部に過ぎない。ボーヴォワールのように鋭利な言葉で哲学の歴史に刻まれた者もいれば、ウルストンクラフトのように生前の自由な生き方を理由に過酷なバッシングを受け、長らく歴史の陰に追いやられた者もいる。名もなき群衆として参政権を訴え、投獄され、あるいは処刑台に登った無数の女たちの声は、歴史の教科書の数行の中に溶けて消えた。
知名度の差は、決して功績の差ではない。後世の人間が「語りやすかったか」「教科書に載せやすかったか」というフィルターを潜り抜けた一握りの光が、今に伝わっているだけなのだ。
そして視線を現代の日本へと戻したとき、言いようのない既視感が胸を突く。
街に溢れる「愛され」の記号。他者の好意を獲得し、庇護されることこそが生存戦略としてもっとも賢明であるとされる空気。それは形を変えて残る、「選択される客体」としての運命の残滓ではないだろうか。主体として己の足で立つリスクを冒すより、愛される枠の中に収まることを求められる構造は、いまなお私たちを縛り続けている。
かつて誰かが上げた声によって、私たちは少なくとも「これは不条理だ」と気づく視線を手に入れた。ファンティーヌの流した涙を、ただの悲劇として終わらせないために。忘れ去られた無数の女たちが手渡してくれたバトンを、いま、私たちはどのように引き継いでいくのだろうか。
