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筆記体と、浜崎あゆみの例のマーク

小学校の頃、全く友達がいなかった私は、ひたすら家でチラシの裏に「筆記体」を書き殴るという、地味な暇つぶしに精を出していた。まさかその結果得た特技が、中学進学後にヤンキーたちのパンドラの箱を開けてしまうことになるとは、小学生の私は知る由もない。 

中学校に入学した春のこと。同じ部活の三年生のA先輩に呼び止められた。彼女は2つ上の姉と保育園からの親友で、茶髪でサラリとした髪の毛が美しかった。

「ねぇ、英語得意だってお姉ちゃんに聞いたんだけど...生田斗真って英語で書ける?」
と、ノートの1ページを差し出す。

A先輩がおっしゃっている「英語」とは、「ローマ字」のことだろうか...。おずおずとブロック体で『Toma Ikuta』と記した。すると、A先輩の眉間に深いシワが寄った。

「ちがうよ、英語で書いてよ! これみたいに!」

彼女が指さしたのは、英語の教科書の隅にある、うねうねとした文字。そう、筆記体である。ああ、なるほど。筆記体こそが英語なのか。独特の解釈に困惑しながらも、逆らうのも怖い。とにかくその場を立ち去りたい一心で筆記体でその名を綴り、差し出した。

英語版:   生田斗真

「すごーい! 英語で生田斗真って、こんな風に書くんだ!」
A先輩は、近くにいた他の先輩たちに宝物のように筆記体の生田斗真を自慢して回っていた。私はお役に立てて良かったです感を全身で表現しながら、そーっと部室を後にした。

だが、ここから、怒涛の日々が幕を開けることになる。

数日後の昼休み。「先輩たちが会いに来てるよ」とクラスメイトに呼ばれて教室に戻ると、A先輩率いる三年生の女子グループが私の机を占拠していた。机の上には、ジャニーズやw-inds.のブロマイドや切り抜き、そして色とりどりのポスカやミルキーペンがセッティングされていた。
「ブロマイドに英語で名前を書いてほしいの!」
戸惑う私をよそに、先輩たちは目を輝かせて言った。
「ほら、英語(※筆記体)で書くと、サインみたいでかっこよくない?生田斗真の写真も持ってきたからまた英語で名前を書いて欲しいんだー!」
逃げ場はなかった。先輩たちからの気迫に押され、指示のあった場所にアイドルの名前を、筆記体で書き込んでいく。
「きゃーーー! 本物みたーい!」
喜ぶ先輩たちを横目に、「え、なんの本物?」と突っ込んだら袋叩きに遭いそうなので黙っていたが、なんとも言えない感情に押しつぶされそうになっていた。これは偽造サイン? いやいや、これはただ、筆記体変換サービスだ。そう自分に言い聞かせ、苦笑いを浮かべていた。

お気づきの方もいらっしゃると思うが、私の通っていた中学校はそれなりにガラが悪い。校舎内を自転車で走り抜ける者がいたり、窓からトイレットペーパーを投げる者もいた。その世界のヒエラルキーの頂点は、腰パンと細眉をデフォルトにしたヤンキーたちだった。A先輩はそのはしくれに属しており、私の「英語(※筆記体)に名前を変換する謎サービス」の噂はヤンキー界のネットワークを通じて、あっという間に広がっていった。

そしていつしか依頼は、ヤンキーのトップオブトップ、T先輩からも舞い込むようになった。彼からの依頼はこうだった。
「『ayuのマーク』の横にさ、英語で俺の名前も書いてよ」

『ayuのマーク』とは、当時のヤンキー界における絶対的DIVA、浜崎あゆみのあのロゴマークのことだ。生徒会室から調達してきたであろうポスカが、机にゴロゴロと置かれる。
もはやメインは筆記体ですらなく、ただのロゴデザインの模写ということなのか?いろんな疑問は残ったが、私はT先輩のCampusのノートにayuと先輩の痕跡を刻む約束をさせられた。
半日後、出来上がった作品を確認しにT先輩がやってきた。「こ、これです……」と約束の品を差し出すと、T先輩は確認するやいなや、同行していた仲間に見せびらかし「かっけーな!これなら勉強も楽しくなるな!」と笑いながら、私の肩をバンバン叩いて労ってくれた。

T-senpai

それ以降、あらゆるヤンキーからCampusのノートが持ち込まれ、T先輩と同じ施しを求める受注が相次いだ。「浜崎あゆみのシンボル+筆記体の名前」という組み合わせには、どういうわけか「集中力を高める効果がある」という伝説まで誕生していた。 事実、T先輩が受験勉強を始めたらしいのだ。私は祈祷師か。

家には持ち帰りたくないので、授業中に内職をし続けた。ポスカを振るカシャカシャ音が聞こえないよう、タオルでペンを包み込んで振る技も様になり、インクの量も一ミリ単位でコントロールできるようになっていた。

ようやく安息の地である自宅へ逃げ帰った私を待っていたのは、さらなる絶望だった。なんと姉が、ポスカを手に勉強机に向かっていたのだ。(※)姉は、私の筆記体スキルをヤンキー界にリークした張本人である。

「おかえり。私もayuのマーク、ノートに描いてみようかなと思って!」
姉が握りしめていたのは、毒々しいほど鮮やかなピンクやオレンジのポスカだった。一つ完成させると、かなり満足したらしく、リコーダーのケースや手鏡に、ひたすら例のマークを増殖させていた。よくわからん。好きなアーティストのマークを自分のマークのように描くイニシエーションの意義とは。そういえばこの人も受験生なのではないだろうか。
その奇行を冷ややかに見守り、そしてひらめいた。そうか、姉がこの役を引き継いでくれれば、私はこの連鎖から足を洗えるのではないか…と。思い立ったら吉日、私は必死で姉に筆記体をマスターさせることに尽力した。
その作戦は功を奏し、姉への引き継ぎを一週間ほどで完了した。

それからしばらくしたある日、帰宅すると母の怒号が響いていた。掃除をしていた母が、例のマークで埋め尽くされた姉のノートの隙間から、43点という絶望的な数字のテストを発見したらしい。
「こんなバカみたいなマークばっかり書いて! 今年は受験でしょ! 勉強しなさい!!」
ネチネチと数時間説教を受けた姉は、部屋に戻るなりMDコンポで浜崎あゆみの『A Song for XX』を小さく流しながら、しくしく泣いていた。

居場所がなかった /  見つからなかった

なるほど、このように浜崎あゆみはヤンキーやギャルの気持ち代弁してくれているのか。解像度が高すぎる図があまりにシュールで思わず吹き出しそうになったので、部屋の端で『ちびまる子ちゃん』の8巻を読んでいるふりをした。ポスカでできた右手のペンだこをそっとさすりながら。

これが、地味な暇つぶしから筆記体を特技とした少女が辿り着いた、成れの果てである。

ちなみに姉は、その翌年、ORANGE RANGEのマークの習得に精を出し、あらゆる自分の持ち物にそれを記していた。
それを見ながら「懲りないなぁ」と思う反面、そこまで熱心に誰かにラヴ上等!となったことがなかった私は、ほんの少しだけ、うらやましい気持ちになっていたのだった。


『A Song for XX』
姉がよく聴いていた。私は、今の方が染みるかも。

『ちびまる子ちゃん』の8巻
はまじとまる子のウワサが流れる話が何度読んでも面白い

【補足】転売サービスなどが発達していない時代の話であり、個人の範囲で落書きを楽しんでいた中学生の話です。先輩たちや私の正義のために一応記しておきます。

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