書店パトロール122 『小説の教室』と『五色の舟』と、6月発売の大量の漫画たち
津原泰水の『小説の教室』を読了する。
と、読了して、後日、書店をぶらぶらしていると、津原泰水の新刊が!持ち合わせが!あ!、ある!で、買う、然し、これで私の財布はシオシオのパー。
と、いうのも、三原和人の『宙飛ぶバイオリン』の第4巻が発売されたので、それを買おうかと思ったが、どこにも売っていない。
恐らくは、『ワールドイズダンシング』アニメ化の余波でもあるだろうし、そもそも、書店には1冊くらいしか入っていないのではないか。ちなみに、やはり、『ワールドイズダンシング』は全6巻、書店で売られていた。増刷したのだろう。で、『宙飛ぶバイオリン』の4巻、結句、Amazonで買う。
で、『フールナイト』もアニメ化するのだという。あれだけ推していた『フールナイト』がアニメ化!嬉しいなぁ。
で、今月は、『ブルージャイアント・モメンタム』の8巻は出るわ、『フールナイト』の13巻は出るわ、それから劇光仮面の9巻は出るわ、さらにさらに『ハンターハンター』は連載再開で、7月頭に『ハンターハンター』39巻が出るわ、とんでもない爆釣タイムであり、課金ゴールデンタイムが始まる。絶望だ。
で、まぁ、そんな嬉しい悲鳴、だが、だからこそ、言っておいてよ津原ちゃーん、ってなもんで、まぁ、2,640円、安い安い(震え声)。
で、『小説の教室』を読んでいて、まぁ、津原さんの小説作法について、延々と講義されている、講義を収録した本なわけだが、御本人が言うように、これは、小説を書く人にとって、助け舟になれば良い程度の本、だということだ。小説家としてデビューしたい人間は別の本を読んでください、と言っている。
その中で、自分の作品を解説するのは最もやってはいけないこと、としたうえで、講義なので仕方ない、と、いうことで、『たまさか人形堂物語』や、『赤い竪琴』、『バレエ・メカニック』について説明している。
で、その中で、七五調のタイトルが日本人の心には響きやすい、というのは、なんとなく腑に落ちた。私は、その、タイトルをつける、というのが、絶望的に苦手で、いつも、糞みたいなタイトルをつけてしまうので、なるほどなぁ、と、思えたものだ。
で、最後の講義で、『五色の舟』について解説していたが、『五色の舟』、は、まぁ、津原泰水の短編の中でも最も世評の高い作品だと思われるが、これは近藤ようこさんの手により漫画家されており、私はどちらも読んだが、やはり、小説の方が素晴らしかった(漫画版もいいヨ!)。近藤ようこさんと言えば、小栗判官も素晴らしい。
『五色の舟』は、不具者、原爆、戦争、を、扱った小説で、それを、くだん、という、あの妖怪、を軸に組み立てた御伽噺だ。
主人公は目も見えず、両手がない、不具者で、そういった要素を出版社は嫌う、と、言っていた。然し、この物語には必然であり、津原は、この作品で、昭和的なるもの、日本的なるものを、登場人物の名前に託して、世界観を醸成していった。
本にならないかもしれないと思ったが、意地だけで書いたのだという。
今作では、妖怪のくだん、件が、まぁ、未来を占うわけで、そこで、日本がこれからたどる悲劇を語る。これが、誠にSF的なアイディアに絡んでいて、なるほど、小説のアイディアとは、どのようなものからでも顕れるのだなと、そう感じたものだ。この辺りの、昭和から現代、未来の綯交ぜになった感覚、文章表現は素晴らしいものがある。
で、津原泰水は、短編集の『11』に、『延長コード』という作品を書いているが、これは、自身の中でもよく出来た作品だと思っている、とのことで、本当には、アイロン、スポーツ(?)である、エクストリームアイロニングを書いたらどうか?と、編集者に無茶振りされて、エクストリームアイロニングについて調べていくと、海の中でのアイロンがけで、電気をどうするのか、それなら、絶対に延長コードがいるはずだと、延長コードについて調べまくるうちに、それが主題になっていったのだという。
津原としては、書きたいモチーフよりも、制約のある、特に気にも留めていなかったものを書くことこそ創作に繋がり、いいものが出来上がる可能性があることを論じていた。
で、そんな津原さん、何か、私の好きな、コルヴォー男爵、フレデリック・ロルフに似ているんだよなぁ。衒学家なところが特にそうで、言葉の端々に美意識と傲慢さがある。その傲慢さが、小説に美しい緊張感をいつも湛えさせていた。
例文の中で、キャラクターを立ち上げる際、台詞が重要だと津原氏は言う。
設定を考える必要性は最小限で、書くときは悪役に作者を投影させた方が面白いと。そして、正義側の人間を主人公にした場合、そんなに書かなくても良いとも。それは、読者が代入するからだという。
そんな津原氏、講義で、様々な例文を書くが、その中で、御本人も名分だと自分で書いて言っちゃうのがこの一文。確かに、この一文だけで、どんな女性か、その姿形、性格が立ち上がってくる。
パパに似てると思って付き合い始めたんですけど、今はもう死ねとしか思わないです。
会話文、ダイアローグは、時に詩に成り得ると思わせる。いや、きっと、言葉は全て詩なのだろう。
小説は時間を自在に操ることが出来、一文で、その人物の性格を浮かび上がらせることが確かに出来る藝術である。
