なぜ「今ここ」に戻ると不安と憂うつが弱まるのか?アドラー心理学と野田俊作の瞑想論
なぜ「今ここ」に注意を戻すと不安が弱まるのか?野田俊作が語る瞑想の本質
瞑想は、過去や未来の思考や感情にばかり向かっていた注意を、「今ここで」の感覚に連れ戻す操作のことだと言っていいでしょう。そうして思考の影響を受けなくなると、思考に伴う感情である「不安」と「憂うつ」とは消えてしまう。
結論から言えば、不安や憂うつは「思考」と強く結びついており、注意を「今ここ」に戻すことで、その影響は弱まっていく。
アナタの前提
アナタはこう思うかもしれない。
「不安は現実そのものから来る」
「考え続ければ安心できる」
「心配することで問題に備えられる」
その感覚は自然である。
しかし、
野田俊作は、
不安を「思考との結びつき」として捉える。
不安は未来への思考から生まれる
不安の多くは、
まだ起きていない未来に向いている。
・失敗したらどうしよう
・嫌われたらどうしよう
・悪いことが起きたらどうしよう
つまり──
不安は現実そのものというより、“未来についての思考”によって増幅されるのである。
憂うつは過去への思考と結びつく
一方、
憂うつは、
過去への反芻と結びつきやすい。
・あのとき失敗した
・あんなことを言わなければ
・自分はだめだ
こうして、
思考が繰り返される。
「今ここ」に戻るとは何か
ここで重要なのが、
「今ここ」である。
・呼吸
・身体感覚
・周囲の音
・目の前の現実
つまり──
頭の中ではなく、現実へ注意を戻すのである。
瞑想とは「注意を戻す操作」
引用で非常に興味深いのは、
瞑想を神秘的なものではなく、
「注意を連れ戻す操作」
として説明している点である。
これは非常に実践的な説明である。
なぜ不安が弱まるのか
理由はシンプルである。
思考が未来や過去を回り続けると、
不安や憂うつは強化される。
しかし、
注意が現実へ戻ると、
思考の連鎖が弱まる。
つまり──
不安の燃料が減るのである。
野田俊作独自の臨床的応用として読むべきではないか
個人的には、
この「瞑想によって不安や憂うつが消える」という語りは、
アドラー心理学そのものの中心理論というより、
野田俊作による実践的・臨床的応用として理解したほうが自然ではないか
と思っている。
アドラー心理学の中心には、
・共同体感覚
・目的論
・対人関係論
などがある。
一方、
野田俊作はそこへ、
瞑想や「今ここ」の感覚を積極的に接続している。
つまり──
アドラー心理学を、日本的・臨床的に展開した独自色の強い実践とも読めるのである。
「考え続けること」が解決ではない
アナタは、
問題を解決しようとして、
考え続けているかもしれない。
しかし、
考えるほど、
不安が強まることもある。
そのとき必要なのは、
さらに思考することではなく、
現実へ戻ることである。
日常に潜む「思考への没入」
アナタは無意識にやっているかもしれない。
・未来を延々と想像する
・過去を反芻する
・頭の中だけで生きる
これらはすべて、
不安や憂うつを維持しやすい状態である。
問いと選択
ここで一つ、問いを持ってほしい。
「自分は今、現実を見ているのか。それとも思考の中に閉じこもっているのか?」
その上で、こう選ぶこともできる。
→ 呼吸を見る
→ 身体感覚へ戻る
→ 今ここへ注意を向ける
結論
不安や憂うつは、未来や過去についての思考と深く結びついている。
そして、
「今ここ」に注意を戻すことで、
その思考の影響は弱まり、
感情も変化していく。
野田俊作は、その実践方法として瞑想を重視したのである。
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アナタは、グループと瞑想 アドラー心理学を語るを開いた瞬間、「一人で変わろうとする限界」を突きつけられる。野田俊作の言葉が、他者との関係の中で起きる変化のリアルを浮かび上がらせ、気づけば自分の見方も関わり方も書き換わっている――孤独な努力を終わらせてしまう一冊である。
野田俊作は、日本におけるアドラー心理学の代表的な実践家であり、シカゴ・アルフレッド・アドラー研究所留学に留学し、アメリカのアドラー派(ドライカース系)の影響を受けながら、その普及に大きく貢献した人物である。初代日本アドラー心理学会会長。日本のアドラー心理学の第一人者!
