悟りの状態はキープしなきゃダメか?ラマナ・マハルシ「真我」島岩「シャンカラ」
もう、覚者とか青年とかボクとか、文章につけるのやーめた!
大胆な、アンラーン(Unlearn)だね。
「人生100年時代の新しい「学び」」だもの。
なんでやめようと思ったの?
ほんのすこーしなんだけど、ページビュー数が減ったような気がしたんだよね。
でも、他の要素が原因じゃないの?たとえば、文章の長文化とか・・・。
文章の長文化は、実はあえてトライしていた。書籍化を目指すボク的には、長文でも書けるように、読まれるように、努めたいと思ったからだ。だから、それが原因かもしれない。
じゃあ、覚者とか青年とかボクとか、やめるアンラーンは必要ないんじゃないの??
いやー、試しにやめてみて、ページビューの変化を見てみたい。いわゆる、鈴木佑「運の方程式」で知った、「科学者マインドセット」(要するに、仮説と検証を繰り返す、みたいなマインドセットのこと)も重要だよね?
まあ、仮説と検証を繰り返すのは大事だろうけど・・・。
とにかく、覚者とか青年とかボクとかはやめて、大幅にアンラーンしてみようと思ったんだ。
「真我」では、ズーッと真我実現をキープすることが大事だ、みたいに解かれていた。
本題に入るけれども、ラマナ・マハルシ「真我」では、ズーッと真我実現をキープすることが大事だ、みたいに解かれていた。
そうだね。日常生活でもズーッと真我実現をキープすることが求められていたよね?
だったら、島岩「シャンカラ」で述べられていた、開眼=アパクロシャ・ジニャーナも、キープすることをシャンカラさんは求めていたのではないか?という疑問にぶちあたった。
要するに、わかりやすく言えば、ボクらが深い内省によって得た、「汝それなり」の悟りの境地を、ズーッとキープする、みたいなことだよね?
まあ、正確には、「開眼」=「「汝それなり」の悟りの境地」ではないけれども、わかりやすく言えば、そうなるかもね。日常生活で、コレをキープするのか、シャンカラさんはどう考えていたのか?を、ChatGPTに聞いてみた。
シャンカラの教説において、開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)は、日常生活でも、維持されるべきものだったか?ChatGPTに聞いてみた!
ChatGPTの回答:
シャンカラの教えにおいて、開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)は、真我(アートマン)に対する直接的で疑いのない知識を指します。この悟りは一時的な体験ではなく、永続的であるべきものとして位置づけられています。つまり、真我の理解が確立されると、それは一時的な状態ではなく、常に「自分が何であるか」についての不動の認識として維持されるべきものとされます。
シャンカラは、真我の悟りを得た者(ジニャーニー)は「アートマン」と一体化し、日常生活の中でもその認識を失わないと述べています。悟りを得た者は、真我としての気づきを日常生活の全ての状況において維持することができるとされ、たとえ外的には普通の行動をしているように見えても、内面では不変の真我の気づきを持ち続けていると考えられます。これはシャンカラが述べる「ジーヴァンムクタ」(生きながら解脱した者)の状態に近いです。
とはいえ、シャンカラはこのような境地に至るためには、徹底的な修行と知識の深化が必要であることも強調しています。自己探求(アートマ・ヴィチャーラ)や識別(ヴィヴェーカ)、非執着(ヴァイラーギャ)といった修行を通じて、真我の知識が一時的なものではなく確立したものへと成熟していくとされています。最初の段階では真我への理解が揺らぎやすくても、修行を重ねることで、日常生活の中でも開眼が維持される状態に達するとシャンカラは述べています。
まとめると、シャンカラの教えにおいてアパロクシャ・ジニャーナは理想的には日常生活でも維持されるべきものであり、そのためには修行を通じて真我の認識を深め、確立させることが求められると理解されます。
【参考】読み飛ばして構わない。開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)と、「汝それなり」の悟りの境地との関係は?
「開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)」と「汝それなり(タット・トヴァム・アシ)」の悟りの境地は、密接に関連していますが、それぞれ異なる意味合いと役割を持っています。
1.「汝それなり(タット・トヴァム・アシ)」の教え
「タット・トヴァム・アシ」は、ウパニシャッドに由来する言葉で、「あなたはそれである」という意味です。これは、個人(アートマン)が宇宙の根源(ブラフマン)と同一であることを示しており、アドヴァイタ・ヴェーダーンタの核心的な教えです。この教えは、真我と宇宙の本質が実は一つであり、分離しているのは幻想に過ぎないと説いています。
「タット・トヴァム・アシ」を理解することは、概念としての悟り(知識の悟り)であり、内面的な探求の指針となります。しかし、この理解が心の底から直接的な経験を伴って確立されていない段階では、完全な悟りとは言えません。
2.開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)
開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)は、「直接的で疑いのない知識」または「自己の真実への直観的な覚醒」を意味します。これは、「汝それなり」の教えを単なる知識や理論ではなく、完全に体得し、自己の真実として深く確信している状態を指します。この状態において、個人の自己意識はブラフマンとしての意識に統合され、「私は真我である」という理解が揺るぎないものとなります。
両者の関係
「タット・トヴァム・アシ」の教えは悟りの核心概念を示し、修行者が探求すべき真理の方向を指し示します。一方で、開眼(アパロクシャ・ジニャーナ)はその教えが完全に体得され、自己と宇宙が一体であることを内面的に「知っている」状態です。つまり、「タット・トヴァム・アシ」の教えは開眼への道しるべであり、開眼とはその教えが真実であると疑いなく確信する悟りの体験そのものなのです。
まとめ
「汝それなり」という教えは、悟りに至るための知識や理論的理解を与えるものであり、「アパロクシャ・ジニャーナ」はその教えが個人の体験と深く結びつき、変わることのない真実として確立された状態です。シャンカラやラマナ・マハルシの教えによれば、開眼の境地に至ることで、「汝それなり」の真理が単なる教えから確固たる悟りに変わり、解脱が達成されるとされています。
【参考】読み飛ばして構わない。ヴィヴェーカ(識別)がわからなかったので、ChatGPTに更に聞いてみた!
ChatGPTの回答:
「ヴィヴェーカ」(Viveka)はサンスクリット語で「識別」または「分別」を意味し、特にインド哲学、特にヴェーダーンタ哲学やアドヴァイタ・ヴェーダーンタにおいて重要な概念です。ヴィヴェーカは、真実と非真実、永遠のものと一時的なもの、自己(真我)と非自己を識別する能力を指します。
シャンカラをはじめとするヴェーダーンタの思想家たちは、悟り(ジニャーナ)に至るためには、まずこの「識別の力(ヴィヴェーカ)」が不可欠であると説いています。具体的には、以下のような二元的な識別を行うことが求められます:
永遠と一時的なものの識別(Nitya-Anitya Viveka)
永遠に不変である「真我(アートマン)」と、一時的で変わりゆく「物質的な世界(アナートマン)」を見極めること。この識別によって、自分が本来の自己である真我と一体であり、肉体や物質的な所有物ではないことを理解します。自己と非自己の識別(Atma-Anatma Viveka)
真我(アートマン)と、心、感覚、肉体などの非自己(アナートマン)を見分けることです。この識別によって、自己とは心や身体に依存せず、それらを超越する存在であることに気づくことが可能になります。
ヴィヴェーカの実践とその意義
ヴィヴェーカは単なる知識として理解するだけでなく、実践を通じて深めていく必要があります。日常生活での体験や行動の中で「何が真実で、何が一時的な現象に過ぎないのか」を見極める習慣を持つことで、真我への理解がより強固になり、物質的な執着が減少していきます。
他の要素との関係
シャンカラの教えでは、ヴィヴェーカは悟りに至るための「四つの徳目(サーダナ・チャトゥシュティヤ)」の一つとして位置づけられており、他の三つの要素(非執着、六つの徳、解放への欲求)とともに修行者が修得すべき基本的な心の資質とされています。ヴィヴェーカがあることで、他の三つの徳もより円滑に養われ、最終的に真我の実現が可能になるとされています。
まとめると、ヴィヴェーカとは、真我に至るための内的な道標であり、永遠のものと一時的なものを識別する能力を育むことで、自己の本質に対する理解を深めるための重要な実践です。
【参考】読み飛ばして構わない。六つの徳とは何か?わからなかったので、ChatGPTに更に聞いてみた!
ChatGPTの回答:
シャンカラが提唱した悟りへの道において、修行者が身につけるべき「四つの徳目」(サーダナ・チャトゥシュティヤ)の一つに「六つの徳」が含まれています。この六つの徳は「シャマーディ・シャット・サンプッティ」とも呼ばれ、心と精神の安定、集中力、忍耐力など、悟りのための内面的な基盤を築くために重要な資質とされています。以下がその六つの徳目です。
シャマ(Shama) – 心の制御
思考や感情を静かに保ち、心を揺れ動かさないように制御すること。煩悩や欲望に引きずられず、心の平穏を保つことが求められます。ダマ(Dama) – 感覚の制御
感覚(視覚、聴覚、触覚など)を抑制し、外部の刺激に過度に反応しないようにすること。これは、外界の影響に左右されず、内面に集中する助けとなります。ウパラティ(Uparati) – 執着からの離脱
世俗的な楽しみや、個人的な欲望への執着から離れること。特に義務や正しい行い(ダルマ)に専念し、感情や欲望に振り回されない態度を指します。ティティクシャ(Titiksha) – 忍耐力
苦痛や困難、逆境に対して忍耐強く、感情的に反応しない力。これにより、困難な状況でも冷静さを保ち、真我探求に集中することができます。シュラッダ(Shraddha) – 信念と信頼
師(グル)や聖典(ヴェーダ)、真理への深い信頼。探求の道において揺るぎない信念を持つことで、迷いや疑念に惑わされずに進むことができます。サマーダーナ(Samadhana) – 心の安定と集中
心を一点に集中させ、動揺や迷いなく安定した状態を保つこと。サマーダーナにより、真理の探求においてブレることなく精神を集中させることが可能になります。
六つの徳の意義
これらの徳目は、それぞれが心の安定と集中力を強化し、悟りに必要な内的な静寂と明晰さをもたらします。シャンカラの教えでは、六つの徳が整うことで、真我への探求がよりスムーズに行え、深い気づきと平安が得られると考えられています。
このように、六つの徳は互いに補完し合いながら、修行者が真我を認識するための基礎を築く重要な要素とされています。
【参考】読み飛ばして構わない。四つの徳目とは?、更にChatGPTに聞いてみた!
ChatGPTの回答:
「四つの徳目」(サーダナ・チャトゥシュティヤ)は、シャンカラが悟りの道において必要とする四つの基本的な修行要素で、真我(アートマン)への気づきを深めるために求められる心の準備です。これらは特にアドヴァイタ・ヴェーダーンタで重要視されており、修行者が悟りを得るための基盤となります。以下がその四つの徳目です。
ヴィヴェーカ(Viveka) – 識別力
永遠で不変のもの(真我)と、無常で変わりゆくもの(物質的な現象や肉体)を識別する力です。これにより、自己の本質が一時的な現象ではなく永遠の存在であることに気づきます。ヴィヴェーカは悟りの道の第一歩とされ、真理を見極める基盤となります。ヴァイラーギャ(Vairagya) – 非執着
一時的な快楽や感覚的な満足、物質的な所有物への執着を捨てることです。真我探求においては、外的なものに対する欲望や執着が妨げとなるため、それらに心を奪われない態度が重要です。ヴァイラーギャにより、内面的な探求へと集中することが可能になります。シャマーディ・シャット・サンプッティ(Shamadi Shat Sampatti) – 六つの徳
これは、心と感覚を制御し、精神的な平安を得るための六つの徳(シャマ、ダマ、ウパラティ、ティティクシャ、シュラッダ、サマーダーナ)を含みます。六つの徳目によって、心と精神が安定し、悟りの準備が整います。これについては、前の説明で詳述しましたが、これらは心の安定、集中、忍耐、信念、離脱を育てるためのものです。ムムクシュトヴァ(Mumukshutva) – 解脱への強い欲求
解脱(モークシャ)への強い渇望です。これは悟りを求める真剣な意志であり、自己の本質を理解し、生まれ変わりの輪(サンサーラ)から解放されたいという切実な願いです。この欲求が深まるほど、修行への意志が強くなり、悟りに向けた努力が確固たるものになります。
四つの徳目の意義
この四つの徳目は、互いに関連し合い、修行者が真我の認識を深め、悟りに至るための基盤を整えるものです。ヴィヴェーカとヴァイラーギャによって世俗的な執着から離れ、六つの徳で心と感覚を制御し、解脱への強い欲求によって揺るぎない探求を続ける力が養われます。
シャンカラの教えによれば、これらの徳目を持つことで、真我に対する理解が深まり、外界の影響に左右されず、悟りの境地に近づくことが可能になります。
ということで、だーいぶ、知識が深まった!!
ちょっと長かったけれども、だーいぶ、知識が深まった!!
四つの徳目、六つの徳ねー?やることいっぱいあるよね?
まあ、地道に、四つの徳目、六つの徳を実践するしかないのかなー?。でも、ボク的には、もうボクらは、ここまでしなくてもいいと思うんだけどもさ。ボクらは、もう「ジニャーニー」になろうと思えばなれると思うから。
そうかもね。そして、開眼=アパクロシャ・ジニャーナ、即ち、わかりやすく言えば、ボクらが深い内省によって得た、「汝それなり」の悟りの境地(ボクらの悟りは知識の悟りにとどまらない完全な悟り)、みたいなものも、日常生活でもキープすべきことがわかったよね?
そうだね。ボクらが深い内省によって得た、「汝それなり」の悟り(ボクらの悟りは知識の悟りにとどまらない完全な悟り)も、日常生活でもキープすることを実践しよう。あと、やっぱり、ボクらは、四つの徳目、六つの徳を実践しなくてもいいのではないか?。ボクらは、もう「ジニャーニー」になろうと思えばなれると思うから。なぜなら、あの悟り体験は、強烈だったので、いつでも思い出せるし。まずは、思い出し、追体験し続けることで、「ジニャーニー」の状態になり、悟りを盤石にしよう!!
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