見出し画像

シャンカラの思想

【ヴェーダンタ学派】
 インドで、最も有名な哲学者とされるのが8世紀頃のシャンカラです。シャンカラは、ヴェーダンタ学派に属しています。ヴェーダンタ学派は、バラモン教の六派哲学の一つで、インドでも最大の学派です。六派哲学は、正統バラモン哲学とも言います。ヴェーダンタ学派の開祖は「バーダラーヤナ」で、根本聖典とされるのが「ブラフマスートラ」です。シャンカラは、そのブラフマスートラを注釈しました。
 ヴェーダンタは、ウパニシャッド哲学とも言います。ウパニシャッド哲学で、最高神とされるのがブラフマンです。ブラフマンは、真に実在する唯一の「有」とされています。実在とは、それが存在するために、他のものを必要としないもののことです。ブラフマンは、この世界全体の展開のことだとされています。その世界は、常に運動状態にあり、中断することがありません。ブラフマンは、分割されることがなく、全体として一つのものだとされています。そのため、全一者とも呼ばれました。その全一者には、比べるものがないので、差別や属性がないとされています。また、それは、不滅不生で、恒常不変なものとされました。

【アートマン】
 シャンカラは、この世界を認識しているは、自己の内側にあるアートマン「個我」だとしました。アートマンは、認識することを本質とする主体とされています。ただし、アートマン自体を、認識したり、言葉によって表すことは出来ません。それは、世界を照らす「光」や「火」例えられています。アートマンは、普段、自分だと思っている私のことではありません。この私というものは、幻のようなものにすぎないとされるからです。シャンカラは、その幻は、アートマンに対する無知「無明」から生じるとしました。ただし、その無知がなぜ生じるかは説明していません。我々が見ている多様な現象世界は、実体のない夢のようなものとされています。
 本来、全てのものはブラフマンであるはずです。アートマンもまた、ブラフマンであることを梵我一如と言います。シャンカラは、それを「私は、ブラフマンである」とか「全てが、アートマンとなった時、彼は、何によって何を見るだろうか」などと言いました。この思想を「不ニ一元論」と言います。例えば、それは波や泡の本性が海であるようなものです。本来は、それらは同一のものであるはずなのに、それをあえて、名称によって区別するから、違いが生じるとされています。シャンカラは、そのことをたえず思い浮かべるべきだとしました。

【輪廻】
 我々が、梵我一如という真理を受け入れないのは、幻である自己に固執するためとされています。それに対する無知から生じるのが輪廻です。輪廻とは、始めと終わりのないサイクルとされています。生き物は、その中で生まれ変わってきました。輪廻は「業」によって起こるとされています。業「カルマ」とは、行為のことです。業には、もともと善や悪という意味はありませんでした。一つの行為は、先行する行為によって決まるとされています。その行為の結果は、果報と呼ばれました。全ての業は、連鎖反応的に起きるとされてます。アートマンとブラフマンの同一性を知ることが、その連鎖から抜け出す方法とされました。その方法を解脱といいます。解脱した状態は、満足した安らぎの境地とされました。

いいなと思ったら応援しよう!