礎石の結婚観・都会観の影
「それから」抜粋(日韓対訳付き)
彼は理論家(セオリスト)として、友人の結婚を肯(うけが)った。山の中に住んで、樹や谷を相手にしているものは、親の取り極めた通りの妻を迎えて、安全な結果を得るのが自然の通則と心得たからである。
彼は同じ論法で、あらゆる意味の結婚が、都会人士には、不幸を持ち来(きた)すものと断定した。その原因を云えば、都会は人間の展覧会に過ぎないからであった。彼はこの前提からこの結論に達する為(ため)にこう云う径路を辿(たど)った。
彼は肉体と精神に於て美の類別を認める男であった。そうして、あらゆる美の種類に接触する機会を得るのが、都会人士の権能であると考えた。あらゆる美の種類に接触して、そのたび毎(ごと)に、甲から乙に気を移し、乙から丙に心を動かさぬものは、感受性に乏しい無鑑賞家であると断定した。
彼はこれを自家の経験に徴して争うべからざる真理と信じた。その真理から出立(しゅったつ)して、都会的生活を送る凡(すべ)ての男女(なんにょ)は、両性間の引力(アットラクション)に於(おい)て、悉く随縁臨機に、測りがたき変化を受けつつあるとの結論に到着した。
それを引き延ばすと、既婚の一対(いっつい)は、双方ともに、流俗に所謂(いわゆる)不義(インフィデリチ)の念に冒されて、過去から生じた不幸を、始終甞(な)めなければならない事になった。
代助は、感受性の尤(もっと)も発達した、又接触点の尤も自由な、都会人士の代表者として、芸妓(げいしゃ)を選んだ。彼等のあるものは、生涯に情夫を何人取り替えるか分らないではないか。
普通の都会人は、より少なき程度に於て、みんな芸妓ではないか。代助は渝(かわ)らざる愛を、今の世に口にするものを偽善家の第一位に置いた。
説明:
漱石の結婚観には、都会という舞台が落とす影がある。
美が溢れる都市では、心は揺れ、愛は定まらない。
主人公はその揺らぎを“人間の本性”として見抜き、 不変の愛を語る声を、静かに偽善と断じた。
그는 이론가로서 친구의 결혼을 받아들였다. 산 속에서 살며 나무나 산골짜기를 상대하는 사람은 부모가 정한 아내를 맞이하고 안전한 결과를 얻는 것이 자연법칙이라고 생각했기 때문이다.
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