家事の見方、親の見方が変わった瞬間
家事のみかたが変わった瞬間、それは一人暮らしを始めた頃だ。
子どもの頃は毎月コロコロコミックを買ってもらう約束で風呂掃除だけはしていた。
それは家族の生活を回すためではなく、欲しいものを手に入れるための面倒ごととしか見ていなかった。
親が毎日ご飯を作ってくれることに感謝していなかったわけじゃない。
時々手伝うことでご飯を作ることの大変さは学習した。
しかし、当たり前のように毎日ご飯を作ってくれる親の姿をみ続けて、どこか親がご飯を作ってくれるものだと甘えてしまうようになって、僕は大人になった。
大学に入学し、一人暮らしを始めて、全ての家事を自分でしなければいけなくなった。
大学で勉強して、バイトや部活で疲れて、家に帰る。
実家では親がご飯を用意して待ってくれていたが、今はどんなに疲れていても自分でやらなければ飯も食えないし風呂も入れない。
上手くいかなかった日は、何もやる気がわかないし、できなかった。
親は必ず食べるものを用意してくれた。
きっと知らないだけで、毎日とても疲れていただろうし、とても嫌なことがあった日も沢山あったと思う。
それでも、親はずっと毎日家事をしてくれた。
今一人暮らしをしている僕は、家事をする気力がなくても全て自分で完結するため、極論しなくてもいいともいえる。
だが親は、自分が家事をするかしないかが子どもの生活を左右するという大きな責任を負い、どんな日でも家事をやってくれていた。
それは子どもの僕が当たり前のことと思っていいことではなかった。
子ども一人でそのことに感謝できるようになることはそう簡単ではないだろうが、いつか感謝できるようにならなければいけない。
それほど家事をするということは、家族の生活を保つという大変で偉大な仕事なのだ。
全て自分で完結する独り暮らしを始めて、家事の見方、親の見方は大きく変わった。
そして、この見方はもう変わらないだろう。
