世界の果てで、朝焼けを待ち望む。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
山は嫌いだ。
しんどいしかかる労力に対する感動という報酬は、コスパが悪すぎる。
それでも、わたしはインドネシアの山々をめぐった。
活火山であるムラピ山。夜明け前の闇の中、息をきらしながら山頂をめざした。足もとは火山灰で滑りやすく、疲れて立ち止まると、地元の子どもたちがにこにこ笑いながら、差し伸べられた手に引かれ、なんとか山頂までたどり着く。
山頂で、子どもたちが持ってきたカップめんを分けてくれた。冷えきった指でずるずるとすする。湯気のあたたかさが、体にしみわたり、ふわりと鼻をくすぐる。その味は、ただのめんではなく、この山で出会ったやさしさの味がした。あらあらしい山肌からは、白い噴煙が静かに立ち上り、生きている地球を、まざまざと見せつけてくる。
ブロモ山へは、早朝、馬に乗って砂の海を渡った。あたりはまだ星がまたたき、静けさに包まれている。やがて、東の空がしだいに明るくなりはじめ、ブロモ火口がその姿を現した。目の前に広がっていたのは、この世の果てだった。
それはまるで「The end of the world」
核が落ちたあとの月のクレーターみたいに、どこまでも続く砂の景色の中に、ごつごつとした岩肌の火口がぽっかりと口を開けている。カルデラの底には、もうひとつの火山であるバトック山が鎮座し、その奥には、かすかにスメル山の噴煙が見える。地球のエネルギーが凝縮されたような、ざわざわとした空気のうねりを感じながら、ただただ立ち尽くした。
フローレス島にあるケリムトゥ山は、三色の湖で有名だ。
朝日に照らされた湖面は、それぞれ異なる色をたたえ、神秘的なふんいきをかもし出すという。「老人の湖」「若い男の湖」「まほうの湖」と名付けられた三つの湖は、時折色を変えるという。
わたしが見た色は、黒・黒・青で地味でしかなかった。
三つの山はそれぞれ違う個性を見せてくれた。
ケリムトゥ山から宿へ帰ってくると、そこに待っていたのは最悪の結末だった。
バックパックのポケットに手を入れた瞬間、ぞわりとしたものが背中を走る。いくら探しても、財布が見つからない。周囲の他の宿に比べて、この宿だけ料金が安かったことには理由があった。それは、泥棒宿だった。
やっぱり、わたしは山登りは嫌いだ。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
Google Geminiと相談しながら創作しました。
「今まで食べたどんなものよりおいしかった。」「ことばを失った。」「息をのむほど壮大な光景だった。」がどうも中学生の作文的で陳腐だったので、代案の表現を考えてもらいました。カバーイラストは「宮崎駿」風のアニメイラストでお願いしました。
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