水は、重い。ウガンダの学校で。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
ウガンダの学校に着くまで、水のありがたみをわかったつもりでいた。
ウガンダの田舎に、日本人が開いた学校がある。
家庭の事情で勉強できない子どもたちに、教育と食事を提供している。
旅人は、ボランティアで子どもの世話をすると、宿泊させてもらえるシステム。
バスを乗り継ぎ、そこへ行った。
子どもたちが、たくさんいた。
「水汲み、お願いできる?」
「はい」
簡単だと思った。
「井戸まで、往復一時間くらいかかるから」
「そんなに?」
「そう。自転車で行ってきて」
自転車に、ポリタンクが括りつけられていた。
二十キロのポリタンク。
空っぽでも、重い。
砂道だった。
舗装されていない。ただの、砂道。
自転車は、ふらふらする。
ペダルが、重い。
三十分ほど走って、井戸に着いた。
周辺の住民が並んでいる。順番に並んで水を汲む。
ポリタンクが、ずっしりと重くなる。
二十キロ。それを、自転車に括りつける。
帰りは、もっと重かった。
自転車が、ふらふらする。
砂道で、バランスを崩す。
倒れた。
ポリタンクが、地面に落ちる。
水が、少しこぼれた。
やれやれ。
自転車を起こす。
また走る。
また倒れた。
何度も、倒れた。
砂にまみれた。汗が、だらだらと流れた。
一時間以上かかって、学校に戻った。
疲弊していた。
「お疲れ様」
わたしは、へたり込んだ。
灼熱のアフリカで水を汲みに、一時間。
二十キロを、運ぶ。
それが、日常だ。
数日、学校で過ごす。
子どもたちと、遊んだ。
絵を描いてもらった。
クレヨンで、思い思いの絵を描く。
家、木、動物、太陽。
どれも、カラフルだった。
インドやバングラデシュの子が描いた絵とはひとあじ違う。
これが教育のおかげなのか。
わたしが出発する日の朝、子どもたちが集まった。
子どもたちが、歌い始めた。
子どもたちの声が、重なって、響く。
目尻に水が一滴、出た。
子どもたちは、笑顔で歌っている。
歌の終わりにオーナーに、お金を渡した。
子どもたちが描いてくれた絵の、対価として。
「ありがとう。学校のために、使わせてもらいます」
バスに乗った。
子どもたちが手を振っている。
わたしも、手を振った。
バスが、動き出した。
子どもたちが、小さくなっていく。
学校が、遠ざかっていく。
バスに揺られながら、ぼんやりと窓の外を見ていた。
体調はかんばしくない。マラリアに似た症状だ。
蛇口をひねるだけで、飲み水が出る。
日本は、なんと幸せなことだろうか。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。




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