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壁画が語る、ジョージタウンの午後。

この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」


湿気を含んだ風が、わたしの頬をそっと撫でる。
ペナン島、ジョージタウンの午後は、まるで古い映画のワンシーンだ。熱い空気がもわっと肌にはりつき、太陽の光がレンガの壁にじりじりと焼きつく。遠くから聞こえるバイクの音が、熱い空気の中をぷるるると不規則に漂っている。

わたしは、ただ、あてどもなく歩いていた。観光客がひしめく大通りから、ふと細い路地に入り込んだ、その瞬間。まるで誰かがこっそり仕掛けたかのように、うすよごれた壁に、色とりどりの絵が描かれている。

壁画の少年たち。
本物の自転車に乗って、にこにこ笑っている。いや、絵の中の少年たちが、本物の自転車を盗もうとしている、そう言った方が正しいかもしれない。

これは、美術館の絵ではない。この街の暮らしに溶けこんだ創造物だ。壁画は、ただ描かれているだけじゃない。本物と絵がひとつになり、物語を紡ぎだす。自転車の少年たち。二人の姉弟がブランコに揺れている絵。その横には、ふにゃりとした猫がちょこんと座り、太陽の光を浴びて気持ちよさそうに目を細めている。

この街の表現は、押しつけがましくない。人々は、この壁画の前で、わっはっはと笑い、写真を撮り、そして去っていく。そこに、深い意味を求めたりはしない。ただ、いま、ここにある、この一瞬をたのしむ。わたしも、そのひとりだった。

錆びついたサドルに腰かけ、ひんやりとした鉄の感触をたしかめながら、わたしは壁画をじっと見つめた。彼らのまねをして、わたしも少しだけ、にっこりしてみる。
そのとき、壁画に沿って、風が吹いてきた気がした。それは、美術館の、閉じこめられた空気とはちがう、解放された、自由な風。彼らが語りかけるのは、この街の歴史でも、むずかしい芸術論でもない。ただ、「たのしんでいって」と、そう言っているように思えた。

ジョージタウンの街を歩くと、一本の道に、ヒンドゥー寺院とモスクとキリスト教会が肩を並べている。それぞれの宗教が、互いの存在を認め合い、静かに調和している。人々の暮らしに、信仰は深く根ざし、そしてその多様性は、当たり前の光景として受け入れられている。

この街には、あらゆる文化や宗教がごちゃまぜになり、それぞれの個性を出しながら共存している。その自由な精神が、壁画というアートにも表れている。誰かの目に留まることだけを目的としない、街の一部としての多様な表現物。目の前の光景が、すべての謎を解き明かしてくれた。

この街の創造物は、壁の中に閉じこめられていない。生きている。この熱い空気の中で、壁画は今日も、街の人々の日常を、そして、わたしのような旅人の心を、そっと温めてくれる。

遠くから、カランコロンと、アイスクリーム屋さんの自転車がやってくる音が聞こえた。その香りを胸いっぱいに吸い込み、わたしはアイスをひとくち、ぺろりとなめた。この街が教えてくれた小さな幸せは、甘く、ひんやりと、喉の奥にまで染みわたった。

―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。

Google Geminiと相談しながら創作しました。
擬音や五感表現を増やして旅先の街の空気感が伝わるように書いてもらいました。カバーイラストも「宮崎駿」風のアニメイラストでお願いしました。


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