それでいい気がした。カラコルの針葉樹林。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
カラコルという街の名前を、わたしは長らく正しく発音できずにいた。カラコル。「コ」にアクセントを置くのだと聞いたが、口に馴染まず、つい平坦に「カラコル」と言ってしまう。標高1700メートルという数字も、東京住みだった身には実感が湧かない。ただ、バスを降りた瞬間に分かったのは、空気が違うということだった。
薄い。
呼吸をすると、肺の奥まで何か透明なものが入ってくる感じがする。それは冷たくて、少し甘くて、針葉樹の匂いがした。
街の向こうに、山が見える。天山山脈の支脈だと、宿の主人が教えてくれた。その斜面は一面、濃い緑に覆われていて、近づいてみるとトウヒの森だった。針葉樹林、という言葉が脳裏に浮かぶ。小学校の社会科で習ったような気がする。タイガ、亜寒帯、そういう単語と一緒に。
でも、教科書の写真で見たそれよりも、ずっと優しい感じがした。木々は整然と並んでいるわけではなく、適当に、というか自然に散らばっている。風が吹くと、枝がさわさわと揺れて、何か囁いているようだった。何を囁いているのかは、もちろん分からない。
散歩のつもりで山の方へ向かってみた。舗装されていない道を歩いていると、時々、馬が横切る。牛もいた。羊もいた。彼らはわたしを一瞥すると、また草を食み始める。邪魔してすみません、と思う。
針葉樹林の中に入ると、空気がまた変わる。ひんやりとして、少し湿っている。木漏れ日が地面に斑点を作っていて、その光の粒が風で揺れる様子を見ていると、時間の感覚がおかしくなる。ここは何年前も、何年後も、変わらないのだろうと思う。
木の幹に手を当ててみた。ざらりとした感触。樹皮が、とても静かに呼吸しているような気がした。気のせいだろうけど。
遠くで鳥が鳴いている。何の鳥かは分からない。でも、その声は森の空気に溶け込んでいて、聞いていると落ち着く。わたしはそこに30分くらい、いや、もしかしたら1時間くらい座っていたかもしれない。
カラコルに来る前、わたしは「旅」というものを、もっと劇的なものだと思っていた。何か大きな発見があるとか、人生が変わるとか、そういうことを期待していた。でも、この針葉樹林の中で、ただ座って、空気を吸っているだけで、それは十分なことのように思えた。
帰り道、また馬に出会った。今度の馬は、わたしをじっと見つめてきた。何か言いたげな目だった。でも、やはり何も言わず、また草を食み始めた。
そういえば、と思う。カラコルという名前の意味を、まだ調べていない。帰ったら調べよう、と思いながら、また忘れるのだろうと思う。それでもいい気がした。
空気がいい、というのは、こういうことなのかもしれない。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
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