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たどり着いた楽園で、わたしは「オムレツの重み」を知る。

この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」


当初、島に行く予定はなかった。
マレーシア・コタバルの観光案内所。スカーフを巻いた女性スタッフが、にこっと笑い、ポスターの島を指さして言った。「とてもきれいな島よ。きっと気に入るわ」。その笑顔に背中を押され、わたしはプルフンティアン・クチル島行きのチケットを買った。

白い砂浜とどこまでも透明な海が広がる、まさに楽園のような場所。

人生初めてのシュノーケリングは、まるでサンシャイン水族館をひとりじめして泳いでいるようだった。カラフルな魚たちが、すいーと目の前を横切っていく。海は驚くほど透明で、水面から差し込む光がキラキラと揺らめき、空を飛んでいる感覚になった。

夜になると喧騒は消え、星空の下、波の音だけが聞こえる静寂が訪れる。

熱帯の夜は、濃密な湿気と、かすかな潮の香りで満ちている。懐中電灯の明かりだけを頼りに、砂浜をゆっくりと歩く。波がざあんと打ち寄せ、砂がさらさらと音を立てる。遠くでは、虫の声がじーと聞こえるばかり。見上げれば、無数の星が瞬き、天の川がぼんやりと白い帯を描いている。

日本の夜は、いつもどこかで明るく、何かしらの音が聞こえている。静寂の中に身を置くという経験は、都会で暮らすわたしにとって、どこか非日常的で、少しばかりの不安と、それ以上の期待を抱かせるものだった。

やがて、監視員に連れられて、静かに砂浜の一角に近づいた。息を潜めて見守る先に、巨大な影がゆっくりと動いている。
三日月の光に照らされたウミガメだ。その甲羅は大きく、らかん石のようだ。彼女は、ゆっくりと、しかし確実に、砂浜を這い上がり、やがて、前足でせわしなく砂を掘り始めた。

その姿は、神聖で、そして懸命だった。自分の命を繋ぐための、本能的な行動。周りの音はまるで消え、ただ、ウミガメが砂を掻くごそごそという音と、彼女の荒い息遣いだけが聞こえてくる。時折、彼女は大きな涙のような液体を目から流す。海水の塩分を排出するためだと聞いたが、その姿は、まるで命を繋ぐための苦しみに耐えているようにも見えた。

長い時間をかけて穴を掘り終えると、ウミガメは、小さなピンポン玉のような卵を、次々と産み落としていく。その数は百を超えるという。一つ一つが、新しい命の希望だ。

産卵を終えたウミガメは、疲労困憊した様子で、再び砂をかけて巣穴を隠し始める。その動きはゆっくりとしているが、力強い。やがて、彼女は再び海へと戻っていく。ざぶんと音を立てて海に入り、深い闇の中へと消えていく。その後ろ姿を、わたしはただ、じっと見送っていた。静かな夜の砂浜で。

プルフンティアン・クチル島は、ただ美しいだけの楽園ではない。そこには、悠久の時を超えて繰り返される、命の営みがある。その静かなる鼓動に触れた夜は、わたしの心に、消えない光を灯した。

翌朝、わたしは宿の朝食でオムレツをたのんだ。とろりとした半熟卵とちょうどよい塩加減。まさかね……

―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。

Google Geminiと相談しながら創作しました。
ウミガメの産卵の様子が神秘的になるように書いてもらいました。カバーイラストも「宮崎駿」風のアニメイラストでお願いしました。


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