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【明治文豪、令和を歩く】第1回:アイス・コーヒイ

現代の東京、とある落ち着いた喫茶店の奥まった席にて。路地裏の静けさを好む二人の文豪が、湯気の立つカップを前に向かい合っている。

                                                                                                                    永井荷風

夏目先生、どうです、この店の珈琲は。わたくしはね、どうも今の東京人が好む「アイス・コーヒイ」なるものが未だに解せぬのですよ。季節は夏だろうと冬だろうと、珈琲と紅茶というものは熱いものを啜らなくてはいけない。冷たくしてしまっては、味の半ばを占める香気が、まるで死んだように消え失せてしまうじゃありませんか。
味噌汁に氷をいれますか、あなた。

夏目漱石                                                                                                                       

君は相変わらず拘るねえ、永井君。だが、その点については僕も同感だ。僕は胃が弱いからね。冷たい水などガブガブ飲んだら、てきめんに腹の具合が悪くなる。それに、こうして熱い液体が食道を伝って胃の腑へ落ちていく感覚がないと、どうも「飲んだ」という気がしない。ロンドンにいた時分も、霧の深い寒い日には、熱い茶や珈琲が随分と慰めになったものだよ。

左様でございましょう。本来、洋人の持って来た飲み物は、その本国においても冷却して飲む習慣などないのです。それを邦俗に従って氷を入れるなどというのは、あたかも外国の小説を翻訳する時に、登場人物の名を無理やりに日本名に変えてしまうような、一種の野暮、いや、本来の特性の破損ですな。……ふむ、しかし先生、この香り。悪くはないが、わたくしとしては、ここに少量のコニャックを垂らしたい誘惑に駆られます。

コニャックかね。君らしい贅沢な飲み方だ。僕は酒は嗜まないし、甘いものの方が好きだから、砂糖を多めに入れるくらいで丁度いい。しかし、君がそうやって香りを深く吸い込んでいる姿を見ると、かつて君がフランスやアメリカで過ごした書斎の空気までが、この現代の東京に漂ってくるようだね。

おや、先生にそう言われると面映ゆい。わたくしにとって珈琲の湯気は、かつての書斎、あの唯一の避難所を思い出させるよすがなのです。ランプの光の下、愛読書の背文字を眺めながら、紫煙と共に珈琲の香りを吸い込む。……今の世の中は騒がしすぎますからな。銀座の表通りなど、カフエーというよりは、まるで工場のようです。わたくしはああいう場所で、現代の給仕女や客たちの風俗を観察するのは嫌いではありませんが、心安らぐ場所とは言い難い。

「工場」とは言い得て妙だ。現代人は皆、何かに追われているように忙しない。この黒い液体を味わうためではなく、単に眠気を覚ますための燃料として流し込んでいるように見えることがある。文明が開化して、生活が便利になるのは結構だが、その分、人間の神経はますます衰弱していくんじゃないかという気がしてならんよ。……ところで永井君、君は現代の「ブログ」というものに、我々のこの雑談を載せるそうじゃないか。

ええ。わたくしが日記に日々の如才ない出来事や、世態への愚痴を書き連ねていたのと似たようなものでしょう。ただ、現代のそれは、誰にでも覗かれることを前提にしているようですがね。わたくしのように、裏通りを忍んで歩き、人目を避けて孤独を楽しむ者にとっては、少々眩しすぎる世界かもしれません。ですが、こうして先生と珈琲を囲んでの閑談ならば、書き残しておくのも一興かと思いまして。

なるほどね。まあ、僕も新聞に小説を連載していた身だ。大勢に読まれること自体は嫌いじゃない。だが、あまり深読みされたり、勝手な解釈をされたりするのは御免被りたいね。……さて、冷めないうちにいただくとしようか。君の言う通り、珈琲の命は「暖気」にあるのだから。

全くです。冷めた珈琲ほど、惨めなものはありません。では、いただきましょう。

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