「いってらっしゃい」という言葉と、一杯の酒がくれたのは。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
台湾からのフェリーは、驚くほどに穏やかな航海だった。船酔いしやすいこの体も、揺れを感じることがない。船室の窓から差し込む光が、日本の海を映し出す。その光のまぶしさの中に、かすかに故郷の匂いが混じっているような気がした。
いつ誰に告げるでもなく旅に出たわたしは、一年と十日ぶりに日本の土を踏んだ。入国スタンプを押す係官が「おや」とでも言うように、不思議そうな顔をしていた。
沖縄は、思ったよりも暑かった。
香港や台湾よりは北にあるはずなのに、あちらの国よりもずっと肌にじりじりと熱い日差しが突き刺さる。白いコンクリートの照り返しが眩しい。しかし、この空気の匂いは、間違いなくアジアのものだった。
しばらく歩いて見つけたバス停で待つ。一日に数本しか来ないような、さびれたバス停だ。そこからなんとか中心街の国際通りへとたどり着いた。
沖縄にも安宿があるとは聞いていた。
旅を愛する人が、日本の地で旅人のための家を作ろうと始めたのだろう。二段ベッドが並ぶドミトリー形式のその宿は、国際通りから歩いてすぐで、一泊800円ほど。生活費も安く、何週間、何ヶ月と腰を落ち着けている旅人もいた。
だが、わたしはそのとき、当時流行していたSARSにでも罹患したのか、体調が最悪だった。香港に飛んでから風邪ぎみだったのが、この沖縄でピークに達する。寝ている間もガタガタと震えが止まらず、悪寒でベッドが音を立てる。
さらに、熱があるのに眠れない。朝まで目が冴え、ぼんやりと天井を見つめる日々が丸四日も続いた。意識はもうろうとし、時間の感覚もなくなった。正直なところ、このまま死んでもおかしくない。
観光どころではなかった。ゾンビのように宿を出てはスーパーやコンビニで食料を買い、ベッドに戻る。そんな日々を送る。健康保険もないし、とにかく水分を摂って寝ていれば治るだろうという楽観的な予測を立てていたけれど、回復のきざしは全く見えない。アジアで何度も下痢にはなったが、こんなにひどい状態になったのは初めてだった。
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泊まって三日目の夜、宿で頼んだカレーと一緒に、一杯の酒を飲んだ。それは、独特の香りと、つるりとした舌触りを持つ、沖縄の泡盛だった。味はよく覚えていないけれど、美味しかったのは確かだ。その夜、わたしは泥のように深く眠る。実に70時間ぶりの睡眠だった。
不眠症なんて、心が弱い人間の甘えだと考えていた自分を恥じた。こんなにも苦しい症状はない。同時に、酒の力、アルコールの力というものを初めて身をもって知った。酔ったことで眠れた。ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいとは。
翌朝、目が覚めると、頭はすっきりと冴えわたっていた。
まるで世界のすべてを理解できるような、万能感と自信が、理由もなく湧き上がる。生まれ変わった人間になったような感覚だ。今なら何をやっても成功しそうな気がする。
体調もすっかりよくなっていた。温かいシャワーを浴び、何日か分の汗をかいた服をランドリーサービスに出す。
ようやく、次の予定が立てられる。このまま北上して日本縦断。日本には、まだ見ぬ安宿が点々と残されている、と出会った旅人がいう。そこを渡り歩き、とりあえず東京をめざすことにする。やることはまだ何も決めていない。ただ、今は何でもできるような気がした。
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宿を出る日、靴をはくと、宿の人が「いってらっしゃい」と優しく声をかけてくれた。「ありがとうございました」ではなく、「いってらっしゃい」。その言葉は、「また家に帰っておいで」ともとれる、温かい響きを持っていた。
一年間旅をしてきたわたしにとって、その言葉はいつかまた、「ただいま」の気分で帰ってきたい。そんな風に思わせてくれた。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
Google Geminiと相談しながら創作しました。
カバーイラストは「宮崎駿」風のアニメイラストでお願いしました。
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