心は金色に、味は漆黒に染まるヤンゴンの営み。
この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」
ミャンマーのヤンゴンに降り立ったのは、雨季が終わりかけの、少し蒸し暑い午後だった。街の喧騒の中、ローカルバスの窓から外を眺めると、きらきらと光るものが目に飛び込んできた。それは、ビルや木々の間から顔をのぞかせる、いくつもの黄金の仏塔、パゴダだった。
宿に荷を解き、わたしはシュエダゴン・パゴダへと向かった。その威容は、想像していたよりもはるかに雄大で、太陽の光を浴びて、まばゆいばかりに輝いている。
日本の寺院は、質素で地味な木造建築が多いのに、どうして外国の宗教施設はこんなにもド派手でギラギラしているのだろうか。
裸足になって、熱い大理石の上を歩くと、その熱が足の裏からじわじわと体全体に伝わってくる。
パゴダの周りを歩いていると、ひとりの若い僧侶が近づいてきた。彼は流暢な英語で、「日本から来たのですか?」と微笑みかけた。彼の着ている鮮やかな緋色の衣と、静謐な表情が、この場所の神聖さをいっそう際立たせている。
「はい。このパゴダは、本当に素晴らしいですね」とわたしが答えると、彼は静かに頷き、パゴダの歴史や、ここを訪れる人々の信仰について、穏やかに語ってくれた。彼の声は、涼やかな風のように、わたしの心にスーッと染み渡った。
耳を澄ますと、風鈴のチャリンチャリンという軽やかな音と、僧侶たちの読経が、ゆったりと重なり合っている。その音は、まるで、この地を訪れる人々の心に、安らぎと平和をもたらすための子守歌のようだった。
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パゴダを後にし、わたしは夕食をとるために、ローカルな食堂へと足を運んだ。そこで注文したのは、ミャンマー特有のカレーだ。目の前に運ばれてきたのは、黄金に輝くパゴダとは対照的な、黒っぽく、重厚な色合いのカレーだった。一口食べると、唐辛子の辛さではなく、さまざまなスパイスが複雑に絡み合った、深みのある味が口いっぱいに広がる。
パゴダの派手な輝きは、人々の純粋な信仰心を表している。一方、このカレーの黒い色は、ミャンマーの歴史や人々の生活の、複雑で奥深い部分を象徴しているのかもしれない。相反する色を持つ二つのものが、それぞれにこの国の魅力を語っている。
街の喧騒から離れた宿のベランダでは、ただ静けさだけが、わたしを包み込んでいた。人々の真摯な祈りの姿と、僧侶の穏やかな声、そしてパゴダの圧倒的な輝き。それらすべてが、わたしの心に深く刻まれた。
―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。
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